私の中に他者が息づいている(小林範之)
今日の午前中、「ネガティブ・ケイパビリティ」を課題本とする対話型読書会に参加しました。著者の小林範之さんも参加された総勢12名のちょうどよい規模感でした。まず6名ずつの2グループに分かれて、それぞれの自己紹介と課題本で一番印象に残ったところやキーワードを順番に発表し合います。ファシリテーターから「今日の朝食」というお題が追加されたのでそれがアイスブレイクとなって和気あいあいの雰囲気で進行しました。私のグループには人事系の仕事をされている方々や地元の町おこしに取り組んでいる方がいて普段聞けないような話題に刺激を受けました。私は一番印象に残ったところとして表題の「私の中に他者が息づいている」という著者の言葉を取り上げました。というのも、本書にはキーツを始めとする数多くの引用が紹介されていますが、それに関する次のような記述があったからです。よくよく考えてみると、私が発した言葉や書いた文章は、実は自分の中から生まれたものではありません。それらのほとんどは、人との対話や本やWebとの出会いを通じて得たものです。そうやって多くの「他者の言葉」をため込んできたのです。ということは、私の中には多くの「他者」が息づいているということです。(本書 p.186~p.187 より)そうした「他者の言葉」たちを著者の小林さんは「ネガティブ・ケイパビリティ」の本質を探るために縦横無尽に駆使・編集して本書を書き上げていますが、そのスタイルをご自身がしっかりと意識されている点に彼の誠実さを強く感じたのです。そしてもうひとつお話したのは「新たな発見」と「共鳴」ということです。本書では次のような私の知らない多くの考え方に出会いました。・ティール組織(フレデリック・ラルー)・多重構造論(鶴見和子)・サレンダー(マイケル・A・シンガー)・サイコシンセシス(統合心理学)・我と汝(ブーバー)・言葉とコトバ(井筒俊彦)・ポリフォニック・ダイアログ(斎藤環)・IDGs(Inner Development Goals) :その一方で、自分がこれまで影響を受けた考え方や言葉と響き合うものが多くあったことも驚きでした。その筆頭はリルケの 今はあなたは問いを生きてください という言葉です。これは本書の概論編で引用されたキーツの手紙の中で、「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉がただ1度だけ登場するという 1817年12月22日付の手紙の一節にあるキーツの言葉に触れたときのことです。私はネガティブ・ケイパビリティのことを言っている。それは、安易に事実や理由を求めず、それができないからといっていら立つこともなく、不確実性や神秘、懐疑の中にとどまることを許す資質のことだ。I mean Negative Capability, that is, when a man is capable of being in uncertainties, mysteries, doubts, without any irritable reaching for the fact and reason.(同書 p.31~p.32)もちろん前回書いた松岡正剛さんの『フラジャイル』に出てくる「弱さは強さの欠如ではない」もそうですし、それ以外にも、分子生物学者の村上和雄さんの something great や福岡伸一さんの 動的平衡や ジョハリの窓 を彷彿させる箇所にも出くわしました。これらもすべて私にとっては「他者の言葉」ですが、私の中に息づいている言葉でもあります。あたかも無数の腸内細菌が私の体の一部であるように。その後の進行は、一周目の発表が終わると、各自の発表に対するフリーな質疑応答を経て、別グループにいた小林さんがファシリテーターと交代で私たちのグループに加わり新たな質疑応答が始まりました。そしてグループワークが終了すると最後に小林さんとファシリテーターの対談があって約2時間の読書会がお開きとなりました。初対面の参加者同士でも一冊の本を通して色々な話ができるとても新鮮な体験でした。