11月東博東洋館の続き『中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり』
11月末の東京国立博物館鑑賞の続きです。
東洋館の4階では『中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり』が開催されていました。(~12月21日で終了)
中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=7944
宋元の絵画は静嘉堂文庫美術館の展覧会で見たばかりだからいいかな…と思いつつ、せっかく来たからにはやはり…。

国宝の『夏景山水図軸』確かに名品なのですが、山水の様子が少し荒涼とし過ぎていてちょっと怖いです。
足利義満が所蔵していたとのこと、物事が思うようにいかなくて
一人になりたい時眺めていたのでしょうか

孫君沢の『雪景山水図軸』。雪だというのに窓を開け放っていて描かれている人物が寒そうですがとても緻密な絵。
王世昌の『秋景山水図軸』月に照らされた崖や樹々を見上げる二人連れ。
文人か学者と思われる男とその従者。その視線の先には風に舞う木の葉。
彼らの衣服も風に吹かれています。人物も樹々も実に精密に描かれています。
夏景、秋景と名付けられた絵は静嘉堂文庫美術館でも
見たけど、こちらの展示品もいいですね。
東博のHPでおすすめとなっている伝趙昌筆『竹虫図軸』。
ちょっとくすんでますが書家としても日本人にポピュラーな趙孟頫款の『竹石図軸』
顧安の『翠竹図軸』、元時代ですが、こちらの方が見やすいです。葉が小さめなのは春の竹だからでしょうか。
時代が下って明代、朱端筆の『竹石図軸』。竹をくねらせる風の音が聞こえてきそうです。

派手な美しさはないけれど風雪に耐える竹は画家にとって奥深いテーマなのでしょう。家にも竹の掛け軸があってもいいかも、床の間があればですが。
つづく
11月末東博東洋館の続き 楽天像等『日韓国交正常化60周年 日本にもたらされた朝鮮半島の文化』
11月末、東京国立博物館の続きです。
先日ご紹介したシルクロードの南夕子…と筆者が勝手に呼んでいる月天と同じストゥッコ断片でかわいいのが蓮華化生像…壁にかざりたいかも。
その隣に陳列されている大谷探検隊将来品の青銅小像の楽天を見た時、ふと時間ができたら音楽を学んでみたいと考えていたことを思い出しました。念願の?フリー?になったのに今は習い事を始められる状況にありませんが、来年はおちついて取り組めるよう、この小さな像に祈りました。小さくてもちゃんと琵琶を奏でていますからこの願いをかなえてくれそうな気がするのです。
東博HPで「おすすめ」となっていた『ドロナ』。キジル石窟の壁画に描かれたバラモン。争いを調停した人物とのこと。壁画の中からものの道理を語りかけてきそうですね。
東洋館 9室で開催の『日韓国交正常化60周年 日本にもたらされた朝鮮半島の文化』(~12月21日で終了)ものぞいてみました。
同展サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=8229
『鵲尾形柄香炉』(じゃくびがたえごうろ)

我が家の墓がある寺の住職もこういう柄のついた香炉を使っていたなとか
思ってしまいますが、国宝です。飛鳥時代に朝鮮半島から伝わってきたこの
形が今も出回っている仏具につながっているのですね。
詳しくはこちら
『鵲尾形柄香炉』東博サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl&colid=N280
金色の菩薩半跏像、サイズは小さいけれど修学旅行等で見た広隆寺や中宮寺の弥勒菩薩像によく似ています。

「善光寺の秘仏を模した像に似たものが多い」という『如来および両脇侍立像』これもあちらこちらで見る仏様ですね。


仏壇や経机にあるこの雲のようなデザインもこんな古くからあるのですね。

横溝 正史『悪魔の降誕祭』(角川文庫1974年初版)より表題作
現在出回っているものの表紙はこちら
Kadokawaサイト

今年初めに書きましたこの本におさめられている『霧の山荘』についての
ブログはわりとご好評を頂いております。いよいよクリスマスシーズンになりましたので表題作についてもご紹介します。
12月20日の夜、金田一耕助が緑が丘荘の住まいから等々力警部と出かけようとした時、かかってきた小川順子と名乗る女性の電話。「生命にかかわること」と切迫した様子でしたが、
金田一は9時までに戻るので管理人に部屋に通してもらって待つようにと言い、出かけました。金田一が戻るとその女性は来てはいましたが洗面所で息絶えていました。亡くなった女性の本当の名は志賀葉子、著名なジャズシンガー関口たまきのマネージャーでした。死因は青酸カリ、ハンドバッグに入れて持ち歩いていた鎮静剤の中に仕込まれていました。
そして関口たまき本名キヨ子とその夫服部徹也…まだ30前のたまきは年の離れた夫をパパと呼んでいます。たまきはものがたい家庭に育ち、昭和21年に女学校を出て雑誌社に就職、そこの社長が徹也でした。「世間しらずのキヨ子はこの徹也にだまされたのである」と著者は書いています。徹也の妻可奈子、娘由紀子は疎開中なのに独身と称してキヨ子と関係…雑誌社がゆきづまるとキヨ子を看板娘にバーを経営、そこへ来るG・Iが口ずさむジャズをキヨ子がおぼえて歌い出したのがきっかけで歌手として成功…その稼ぎで可奈子と由紀子も暮らしていました。
著者が書くには可奈子は夫の情婦に貢がれて平気な良心もプライドもない女。徹也とたまきが粗末なアパートに暮らしているのに経堂の立派な家に娘と暮らしていました。しかしダンス講師との大胆な不倫が露見してさすがに離縁話が出た時、青酸カリで自殺。その一周忌の後、娘由紀子は
たまきの養女になりました。その年のクリスマス前、起きたのが志賀葉子の事件…可奈子の死にも疑惑が…

金田一の部屋の日めくりカレンダーが12月24日まで破られ、25日となっていました。25日すなわちクリスマスに何か起こるのではないかと感じる金田一。
そしてクリスマス、たまき夫妻が建てたばかりの西荻窪の豪邸で開かれたパーティーの最中、服部徹也が刺殺されます。
パーティの支度の指示をしたものの、参加しなかったたまきの叔母梅子が
語る姪夫妻の複雑すぎる愛憎…生さぬ仲なのにたまきを憎まず、むしろ崇拝しているという由紀子、たまきを恋するピアニスト道明寺修二…
徹也はたまきの部屋とドアで隔てられた浴室の脱衣場へ続く小廊下で死んでおり、お互いに出していないニセ手紙によってここへ来た修二とたまきが
異様な物音でドアを開けたところ、部屋に倒れ込んだのです。そして脱衣場に落ちていたのは道明寺に夢中の未亡人柚木繁子のロケットペンダント。たまきの押しかけ弟子浜田とよ子が目撃した徹也と由紀子の口喧嘩…。
事件担当となった島田警部補が「煮えきらない、キッパリことをわりきれない、えてしてそういう人がキッパリことをわりきろうとすると、とんでもないことを考える」と評するこの事件のヒロイン関口たまきの性格…読んでみて心に残るのはこのたまきという女性の不思議。徹也に妻子がいることがわかり、家族から別れを勧められても応じないのは「貞女二婦にまみえず」という古風な価値観が身にしみていたからというのですが、「妻とはいずれ別れるから」と言われたわけでもなく独身だとだましていた男に貞節をつくしたくなるかしら? 徹也との子を妊娠しても可奈子の生前には中絶してしまったのは私生児を生みたくない、だからと言って自分の産んだ子を可奈子の子として入籍されるのはプライドがゆるさないからというのですが、
私生児を産むより中絶する方がもっと物堅い古風な人はやりにくいのではないか?本当にこんな女性がいたのでしょうか。マネージャーが謎の死を遂げたばかりなのに出席者10人ほどのささやかなものとはいえ、パーティを開催するのも古風な人のすることに思えません。
それとも戦後間もない混乱期にはジャズシンガーのような時代の先端をゆく仕事に従事しながら、内面は世相の変化についていけず、はためから見ると矛盾した言動をする人間が多く見られたのでしょうか?
本来は金田一の部屋で事件の依頼にきた人物が亡くなってしまう事件と、豪邸のクリスマスパーティの最中に起きる殺人と2つの短編にするつもりだったのを何等かの理由で融合させて無理に長くしたのかな?なんて勘繰りたくなります。横溝作品の中では完成度の高い傑作ではない気がしますが、今の私のようにめでたさも中ぐらいのクリスマスシーズンを過ごす人には降誕祭の悪魔もいい気分転換になるかもしれません。(笑)。

尚、この『悪魔の降誕祭』はNHKでミニドラマ化されており、このお正月に
再放送されるそうです。
シリーズ横溝正史短編集IV 『悪魔の降誕祭』
番組サイト
https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-PNKM3G3R2L
”ウルトラマンA28話配信” シルクロードの南夕子…東博の月天像
俳優の星光子さんが無料配信された『ウルトラマンA』第28話について
ブログを書かれています。
本当に美しくも悲しいエピソードで、幼心にも深く刻まれ、忘れることができません。今でも月に関わる何かに出会う度に南夕子のことを思い出すのです。
最近は11月末、東京国立博物館の東洋館で『月天像』を見ました。
月天は仏法の守護神、自然(特に月)の運行を司る神なのだそうです。
持ち物は月珠(げっしゅ)、蓮華(れんげ)、半月幢(はんげつどう)など、
乗り物は月兎(げっと)を持つことや、白鵝(はくが)に乗ることもあるとか。

この月天像は大谷探検隊将来品で「ストゥッコ浮彫小像及び装飾断片」の一つ。11月3日の無料開放日に来た時にも展示されていましたが、小さなものですから気がつきませんでした。南夕子のように自らの飛行能力はないらしく、白鵝らしき鳥に乗っています。御召し物は星光子さんにも似合いそう…だと私は思います。
もしもご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら来年1月18日までは展示されていますから東京国立博物館東洋館2階3室へお越しください。
東京国立博物館東洋館サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=hall&hid=13
他に同じ東洋館地下12室の東南アジアの陶磁のコーナーに『怪獣蒟醤十二角形高杯』が展示されています。

なんとなく鳥風の怪獣の模様があります。ともかくも美しい高坏ですね。ヤプールが悪いエネルギーを送っても暴れさせるのは難しそうです(笑)。
以上、特撮ファンのための東博案内でした(誰にも頼まれてませんが)
東南アジアの陶磁
東京国立博物館東洋館地下 12室
2025年9月30日(火) ~ 2026年2月1日(日)
東京国立博物館東洋館サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=hall&hid=13
ちなみにこの日、庭園入口で八重咲のフヨウが美しく咲いていました。そうまるで南夕子のようです。

同じ日に4階8室の『中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり』と
本館の特別展『運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』も鑑賞しましたが、
それについては後日お話します。
べらぼう 江戸たいとう 大河ドラマ館
二天門から浅草寺を出てまっすぐ歩くと左側に『べらぼう大河ドラマ館』のエントランス。

大河ドラマ館と称する所へ来るのは2016年春に友人と郷里近くの『真田丸』以来です。『真田丸』の大河ドラマ館は上田市の旧市民会館だった建物を利用していましたが、『べらぼう』は区民会館の9階に設けられています。

『べらぼう』はものすごくハマって視ていたわけではないのですが、刀とか鉄砲とか政治的権力とかではなく、文化的な功績で名を遺した蔦屋重三郎は我々の職業(書店業)の先祖かもという同僚の言葉も気になって大河ドラマ館も見ることにしました。
自分の仕事の先祖かと思ってドラマを視ているなどどウカツに口にしようものなら「あなたの会社は出版はやってないでしょ。それでもあなたが自分の資金で書店を開いて経営しているなら蔦重を先祖ということもできるが雇われて店番していただけなんだからそんなことをいう権利はない」と理屈っぽい人からは言われそうですが…それも蔦重のように情熱をもってこの職業を選んだわけではなく、店番を仰せつかった時…つまり店舗担当になった時は売り飛ばされた遊女のようにつらくてしばらく心療内科へ通ったし…今思うと労災ですね。
しかも今はその勤め?からは江戸時代風にいうと暇を出されてしまいました。吉原風にいうと勤め先からは年季明け(65歳まで務めるつもりだったのに)を告げられました。しかし年金定期便によれば、まだ稼がないとだめみたいで…閑話休題
ドラマの中で平賀源内が主人公に授けたとされる「耕書堂」の店名の書。
源内の「書をもって世を耕し、この日の本をもっともっと豊かな国にすんだよ」というセリフは確かに感動的でした。
ほかに主人公の妻となるていの「書物があるのとないのとでは天と地ほどのちがいがある」という言葉も心に残っています。
ぶつくさいいながらもほぼほぼ書店員が一生の仕事になってしまった私…確かに書物、本というものには力があり、望む品をお客様にお届けできた時などささやかながら世の中を耕せたと感じることもありました。それにしてもやせた土地でしたが(笑)。
平賀源内の発明品『エレキテル』の撮影使用品。

蔦重が瀬川に持ちかけた足抜けの秘策

『吉原細見』『一目千本』『江戸生艶色樺焼』等、劇中に登場した出版物の展示。
仲ノ町コーナーの花魁道中の再現。個人的には花魁の着物がちょっと
七五三風すぎる気がします。

同じフロアにあるたいとう江戸もの市入口は花でいっぱい。
大河ドラマ館入場者は無料で乗れる循環バスで江戸新吉原耕書堂へ。蔦屋重三郎が新吉原の大門前に開業した「耕書堂」を模した施設とのことですが、よくあるみやげ物店に関連グッズを並べたという感じ。「耕書堂」の割には書物がありませんでした(笑)。
江戸新吉原耕書堂の展示物。以前読んだ小説で花魁のげたを
風呂の腰掛けに鼻緒をつけたようなと書いていましたが、うまい形容です。。

この循環バスは蔦屋重三郎の墓のある正法寺や平賀源内墓所も回るのですが、明るいうちに帰宅しないと父の認知症が悪化するため、割愛いたしました。
循環バスで大河ドラマ館に戻り、徒歩で上野駅へ。途中、仏具店に
立ち寄り、父に頼まれていた仏壇のおりん用の布団を買いました。
入館時にパンフと共に手ぬぐいを頂きました。また江戸新吉原耕書堂で佃煮を買いましたら『吉原細見・お散歩版』がもらえました。
浅草寺へ行きました
またまた話はさかのぼりますが…かれこれ一か月前?! 11月14日、浅草寺へ行きました。少し前にテレビで『2時間でまわる浅草寺』という番組を視て、これからは東京へ出ることも少なくなりますから、行っておこうと思ったのです。
浅草へは10年ほども前になるでしょうか? そのころ通っていた着付け教室の催しで料亭での食事会へ来て以来です。玄関から入った後、再び中庭?のようなところへ降りていく座敷での会食…不思議な構造の建物でしたね。

食事の後、人力車に乗る企画でした。車夫の方がガイドも兼ねていて松下幸之助と雷門の話をしてくれました。でもあの時は浅草寺の中までは入りませんでした。
仲見世通りの混雑は避けて脇道を歩き、宝蔵門の前へ。観光客の頭が入らないように写真を撮るのが大変でした。


浅草寺六角堂…東京都内最古の木造建造物とのこと。小さいけれどじっと見入ってしまいます。

塩田平の安楽寺の八角三重塔を思い出しました。八角と六角の違いはあるし、安楽寺の方が時代は古く、塗装なども凝っていますが…眺めていると癒される感じが似ているのです。
「本尊は日限(ひぎり)地蔵尊で、日数を決めて祈るとその願いが叶うとされる」とのこと。日数ではなく、年数ですが、「70歳まで年金をもらわないで暮らせますように」とお願いいたしました。
針供養で知られる淡島堂、そしてその脇におかれた空襲から本尊を守った天水桶

案内板を見ていた時、声をかけてくれたボランティアさんに訊いて
鎮護堂へ。
そして幇間塚…昔、吉原が舞台の歌舞伎で卒論を書いたので、なんとなく拝んでおこうかと。そういえば着付け教室の催しでも現代の幇間の芸を観ました。神仏を参拝する時の若い娘とおばあさんを演じ、おばあさんの時は
手ぬぐいを着物の衿にかけて年齢を表現していました。今思うと貴重な経験ですね。

浅草寺HPに「本堂南東にある小高い丘は、弁財天を祀る弁天堂が建つことから弁天山と呼ばれる」とあるところから何となく距離があるような印象を持っていましたが、本堂のすぐ近くです。ただ和服をレンタルした海外からの旅行客がつめかけていて、なかなか御堂の写真が撮れず、戦時中も鐘が供出されなかったことで知られる鐘楼の方を先に撮りました。
ちなみに弁天堂で見かけた海外からの観光客の女性で振袖をお召の方がいましたが、すねが見えそうなほど着丈が短く、まるで女中のよう…ああでもしなければ歩きにくいのでしょうが、昔習っていた着付けの先生が見たら嘆くだろうな。


二天門の増長天と持国天は片手を腰にあてていてまるでダンスを踊っているようです。

顔に彩色が残っている方が増長天です。二天門から浅草寺を出てべらぼう大河ドラマ館へ向かいました。
静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝(後期展示)その2
『静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝』後期展示の目玉は二つの
『四季山水図屏風』
伝周文筆の『四季山水図屛風』樹々や建物の描き方がとても緻密。
式部輝忠の『四季山水図屛風』は淡彩水墨ですが、色が鮮やかでわかりやすいですね。
山水の中に描かれる人物の物語?も面白く書籍になっていたら読みたいです。

式部輝忠の『四季山水図屛風』全体は展覧会サイトでごらんになれます。
『青緑山水図巻』も前期とは場面が変わっていました。やはり家にもらうならこれかしら(笑)

伝周文の『四季山水図屛風』に影響していると言われる孫君沢の『楼閣山水図』

元時代のもののせいか全体をみるとくすんだ感じでわかりにくいのですが、
拡大すると楼閣が魅力的です。特にバルコニー?で眺めを楽しんでいるところがすてき。
伝夏珪筆『山水図』。小さな絵ですが室町水墨画のカノンなのだそうです。


重要文化財の『漢書』の版本。前期に展示されていた菊池容斎が描いた呂太后の戚夫人処刑のエピソードの箇所がわかりやすく示されています。
有名なお話ですが、ちゃんと文献を見ると一つ利口になった気になれます。漢文読めないけど。
クライマックス?は国宝『風雨山水図』(伝馬遠筆)。
松の樹の先端は強風で折れているみたいで風雨の迫力は満点…ですが13世紀のものとあって説明にある「旅人」の存在がわかりにくいです。
ちょっと出費がかさみましたが、前期、後期両方見て本当によかったと思います。
静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝(後期展示)その1
またまた話はさかのぼりますが、11月11日、神保町シアターでの映画鑑賞の後、『静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝(後期展示)』を鑑賞いたしました。
展覧会サイト
https://www.seikado.or.jp/exhibition/current_exhibition/
第1章『岩﨑家(静嘉堂)と博覧会』のコーナーに前期から展示されていた野口幽谷『菊鶏図屏風』。前回は気がつかなかったのですが、青い小菊が描かれているのが気になりました。
説明によれば瑠璃雛菊…瑠璃色は初めて知りました。調べてみると瑠璃色といってもこの絵のような青ではなく、紫に近い青の小菊です。この屏風ちょっと派手過ぎて家にはほしくありません(笑)。

菊池容斎の後期展示は『阿房宮図』。秦の滅亡の時、項羽に焼き払われる始皇帝の宮殿を描いています。悲劇的な絵ですが、始皇帝の栄華も感じさせ、目が離せません。


菱川師宣落款の『美人若衆図』。着物の柄がすてきです。赤い花柄の方は無理ですが、若草色の方なら私も着てみたいかも?


曽我兄弟の仇討ちに題材をとった宮川長春の『形見の駒図』。曾我兄弟ではなく、十郎、五郎それぞれの恋人が描かれています。形見ですから愛する人はすでに亡いのですが、やはり衣装が美しいですね。
第2章 『修理後初公開!詩画一致の絵画』コーナーに展示の『秋景山水図』(倪元璐)。

で旅だった友人を送る絵…
船はわかるのですが、樹の下で見送っている人がわかりにくいです(笑)。
この絵は1970年の大阪万博に出品…この万博には両親に連れられて当時5歳の私も行きました。もちろん見た記憶はありません(笑)。

日本の室町時代、永享年間に描かれた『聴松軒図』。松がくねくねし過ぎていてあまりここに住みたくありません(笑)

応仁の乱で都を追われた関白一条兼良が題を書いている『蜀山図』
中国の蜀(四川)の景観とのこと…ここじゃないどこか平和な場所へのあこがれ? 修理して横じわを消したのだそうです。
中国、明時代に描かれた『竹林山水図』。風の音が聞こえてきそうです。

応仁元年と入っている『万里橋図』。橋の描き方がちょっと堅い感じですが、
この橋を渡って安らかな世界へ行きたいという思いが入っているのでしょうか。橋の上にいるのは諸葛孔明一行とのこと。
けわしい山と霧、天気も悪いのかしら?そんな中を旅してきた僧二人が
尋ねあてた高僧との話声が聞こえそうな『洞山良价禅師図』 小さいけど衣服までしっかり描き込まれています。
『巣雪斎図』「巣を捨て飛躍を試みよ!」と呼びかけている絵なのだとか。説明もちょっと難解ですが「雪も恐れずに出かけなさい」ということ? 時にはそういう勇気も必要かもしれません。

続き物?になっている室町時代の『山水図』。パズル?のようにも楽しめますし、1つ1つでも飾れて便利? 旅に出たいけど出られない時、効く絵ですね。

その2へ続きます
修理後大公開! 静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝(前期展示)
展覧会サイト
https://www.seikado.or.jp/exhibition/current_exhibition/
話はさかのぼりますが、11月7日、『静嘉堂の重文・国宝・未来の国宝』前期展示を鑑賞いたしました。この展覧会は前期と後期に分かれていて第4章で宋元の名画が出る後期だけにしようかなとも思ったのですが、前期だけ展示にも気になるものがあったので、500円得になる前、後期パスポートを買いました。あまりやらない贅沢です。
この美術館に来るのは初めてだったので、明治生命館にたどり着いた後も美術館入口がわからず、他の会社に入ってしまいそうでドキドキ。うろうろして守衛さんに尋ねてしまいました (笑)
大阪・関西万博開催記念と銘打っていますので、歴代万博に展示された品が並んでいます。

今回見た洋画の中で家にほしいのはこの『濁らぬ水』(山本森之助)。渓流のさわやかさが伝わってきます。
清朝初期、順治年間に描かれた陳紹英の『夏景山水図』この絵がネット上でとても評判がいいのです。説明の通り、窓辺で読書している人がとても幸せそうです。

幕末、横山雲南による模写。

間違い探しのようですが模写の方がちょっと机が広いかな?

実をいいますとガラス越しですと私の視力では書かれていないものが判然としないところがありまして…枚田水石の模写のおかげではっきりとわかります。山の描き方が若干不気味ですが…雨の中の人々、遠くに見える建物がすてき。

題名から「どんな絵なんだろう?」と不思議に思っていた『川至日升図』。長寿を祝う絵なのだそうです。樹々がリアルな気がするけど川がどこか布のよう。

描かれている人物、家、舟に心ひかれる『雪景山水図』(趙左・明時代)。船頭さんと話している人は寒いので襟巻?

第3章 未来の国宝!コーナーの謝時臣『四傑四景図』は4人の英傑の絵ですが、栄光の姿ではなく、世に出る前の困っている様子を描いているが面白いですね。
機織り中の妻に無視されたり、通りがかりの老婦人に食べ物を恵んでもらったり、行商して深夜に帰っても貧しさに愛想をつかした妻から離婚されそうになったり…洞穴に住んだり…
どの絵も背景の描き方が華麗すぎて問題のご夫婦?がどこにいるのか
さがすのにちょっと苦労しました。
破窯風雪…奥にいる奥さん、アニメ風でかわいいけど寒そう。この絵の上の方に描かれている家が気になります。苦難を乗り越えた彼らが将来住む豪邸?


朱買臣は「50歳になったら富と名声を得る」と妻に言ったそうです。これが何歳の時の話なのかわかりませんが、奥さんは「もっと若いうちにきれいな服を着たいわ、子供にも小さい頃からいい教育受けさせたいわ」なんて言われなかったかしら?

幕末から明治に活躍した歴史画家菊池容斎の『馮昭儀当逸熊図』。
戦わせて見物するために宮廷へ連れてこられたクマが脱走…敢然と立ち向かう美しい妃…楽しく豪奢なイベントで暴れ出す熊…何だか今でも起こりそうなことです。

そしてこの絵は全体の写真を撮る気にならなかった『呂后斬戚夫人図』。

この展覧会の目玉でHPに全図があります。
https://www.seikado.or.jp/pdf/20251004_release.pdf
あまりにも有名なお話ですが、なぜこんな緻密に描き出したのでしょう?誰かの注文…注文と言えば『呂后斬戚夫人図』と『馮昭儀当逸熊図』は注文すると
ブランケットにしてくれるという広告が出ていました。確かに未来の国宝に
なる絵かもしれませんが、個人的には家にはほしくありません。

冬の山脈?の描き方がとてもリアルな『梁園飛雪図』。雪のつもった建物や樹々の風情もすてきです。人々は寒そうですが。

彩りがきれいで人々の話声も聞こえてきそうな絵巻物、『青緑山水図巻』

第4章の前期は渡辺崋山の作品を展示
しのつく雨の音が聞こえ、霧が掛け軸からわいてきそうな『渓山細雨図』。
愛する芸妓さんを描いた『芸妓図』蛮社の獄で悲劇的な最期を迎えた崋山ですが、こんな素敵な女性と楽しんだ日々もあったのですね。話しやすそうな
性格のような気がします。
為政者が農民の労苦を知るための勧戒的な詩の世界を月明りの中に描いた『月下鳴機図』のどかそうに見えるけど夜も仕事中…でもこんな家いいかも…なんて思ってしまいますが、天保12年蟄居中に描いたとのこと、描くことで心を静めていたのでしょうか。

魚の絵としてはちょっと生生しすぎてあまり飾りたくない『遊漁図』。不穏な未来を暗示しているのだとか。
第4章の部屋にはこの美術館で一番有名な品『曜変天目』(稲葉天目)もありましたが写真撮影禁止でした。想像していたよりも小さな茶碗です。がぶ飲みに向いていません。ごく濃いお茶を少しだけ飲むための茶碗かな?ミュージアムショップにあったぬいぐるみは写真OKでした。実物大とのこと。

展示目録では第3章に入っていますが、入ってすぐのロビー?のガラスケースに展示されていた『色絵五艘線文鉢』。家にある六角形の大皿を思い出しましたがもちろんこんなに豪華じゃありません。

念願?の神保町シアターで映画鑑賞『雑兵物語』
10月まで働いていたのは上野ですが、数年前までの勤務地は神田、それも通算すると20年近くもの間です。上野も嫌いではないですが、いまだに東京の中で我が町といえば神田のような気がします。特別親しい人がいるわけではありませんが。
神保町の書店街まで歩いて7,8分のところでした。昼休みに書店街をぶらつく…というわけには行きませんが、買いたい本や見たい本を事前に絞っておけば、三省堂書店本店で目的を果たすことはできたのです。その際、近くにある神保町シアターの前を通り、いつかここで映画を観たいと思っていました。

そして11月11日、その願いがかないました。今年6月に亡くなられた
俳優藤村志保の特集で映画『雑兵物語』を鑑賞したのです。特別
藤村氏のファンではないのですが、映画やテレビの時代劇に出演されているのを視て着物姿の本当に美しい方だと思っていましたし、戦国の雑兵という
テーマにも興味をひかれました。
神保町シアターサイト
https://www.shogakukan.co.jp/jinbocho-theater/program/fujimura_list.html#movie05
戦国時代、領主の戦いに駆り出された農民兵のお話。歴史劇というよりは
時代劇コメディ…オープニングタイトルもマンガです。でも冒頭から
疲れ切ってふらつきながら歩く主人公茂平を演じる勝新太郎の演技に
見入ってしまいました。茂平がたどりついた農家には何もない中で
お腹が空かないようにごろ寝する弥十がいました。他の村人たちは
「戦さに行けばお金がもらえる」という話を聴きに寺に集まっているというのです。
戦さに行くという百姓の仙太、「あんたに死なれたら身重のオラはどうすればいいか」といっしょに戦うことを決める妻のおたつ。茂平に率いられて戦場に出た村の衆。敵襲の中、おたつは産気づいてしまいます。仙太はなんと敵将に事情を説明…それをきいた敵の大将は「出物、はれ物、ところ選ばず」と兵をひきます。そんなばかなって感じですが…
淑やかな武家の女性の役を得意としているイメージのある藤村志保氏ですが、この映画では何と「裸にならなきゃ男で通る」村のおてんば娘…
お楽しみ?の温泉に入る場面もあります。
武士たちが食べている白米食べたさに死んだ敵の大鎧を着てにわか侍大将に扮したり、敵方の農民兵と話して先方の旗印を手にいれて危機を乗り切る茂平…百姓には敵も味方もどうでもいいと…
物語の後半で茂平たちは主君に命じられて敵陣を全滅させられる秘密の新兵器…爆弾?を運ばされます。爆弾はどうも薬材に似た成分でできているようで、自分たちから老いた武者の鎧を買いたたいた女商人に「薬」として
売りつけて仕返しします。
茂平たちは目的を果たし、主君からごちそうされますが、爆弾?が
投げ込まれる敵軍の中に仙太夫婦がいることを思い、救出に向かいます
映画が娯楽の王様だった時代のパワーがあふれた
ハチャメチャコメディのようでいて、今も世界中でやまない戦争への
訴えも感じる映画でした。



















































































































































































