『プリマス行急行列車』―『教会で死んだ男』(早川書房クリスティ文庫62)より | 実以のブログ

『プリマス行急行列車』―『教会で死んだ男』(早川書房クリスティ文庫62)より

宇野 輝雄訳 2003年刊
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この棚の写真は4月12日夜、長野への深夜バスに乗る前に立ち寄ったらくスパ1010神田のレストランフロアのディスプレイです。今回の旅の友はこの本でした。

題名からわかる通り、英国風鉄道ミステリーです。プリマス行急行列車の一等客室に乗り込んできた海軍大尉はかすかなクロロホルムの匂いに気づきます。重い大きなスーツケースを座席の下に入れようとした彼が発見したのは女性の刺殺体!
座席の下に大人の死体がすっぽり隠せるなんて、この時代の英国の一等客車はゆったりしていたのですね。
 
被害者はルーパート・キャリントン卿夫人、独身時代の名はフロッシー・ハリディ。アメリカの鉄鋼王の娘。有り金をぜんぶはたいても犯人をつきとめようと望む被害者の父から依頼を受けたポワロ。
 
フロッシーがこの列車に乗ったのはエーボンミード・コートにある公爵夫人邸でのパーティに参加するため。彼女が携えていた十万ドル相当の宝石の装身具の入った青いモロッコ皮のケースがなくなっていました。
 
目的地へ行くには、ブリストルで乗り換えなくてはなりません。同じ列車の三等車で同行していたメイドのジェーン・メイスンが言うにはフロッシーは突然自分はブリストルでは降りずにこのまま乗っていく、手荷物だけはおろしてメイドには駅の食堂でお茶でも飲みつつ、自分を待つよう命じたとのこと。その時フロッシーの客室には男が一人いたが、顔はよく見えなかったと言います。
 
その男こそ、彼女にクロロホルムをかがせて刺殺し、宝石類を持ち去った犯人?…捜査陣はフロッシーと離婚調停中だった夫ルーパート・キャリントンに注目。~卿と呼ばれるにはふさわしくない競馬で財産をつぶした男。結婚後まもなく、自分が惹かれたのは、相手の女性じゃなくて、持参金のほうにだと暴露してしまったらしく、夫婦仲はたちまち冷えて…それでもこの時点では
被害者の遺産の相続権がありました。
 
被害者が結婚前に恋に落ちたが父に引き裂かれたロシュフール侯爵なる
男の手紙が被害者のハンドバッグに入っていました。彼もメイドが語る客室内の男の風体に似ています。フロッシーの離婚話を知って旧交をあたためようと考えていたのかも。
 
どうでもいいのですが、私も宝石類を青いモロッコ皮ではなくてビニール貼りのケースで保管しております。もともとはバルタン星人がぶら下げているペンダント(DVDのおまけ)が入っていたケースですが他の宝石も間借り?
しています。総額数万円相当のものしか入っていません(笑)。

捜査により被害者と見られる女性がウエストン駅で雑誌を2冊購入したことが判明。新聞売りの話では被害者は半クラウンというチップとしては高い金をくれて雑誌の1冊の表紙にブルーの服を着た女性の写真があるのを指さし、

こういうのが私にも似合うと言いました。この日被害者が着ていたのも

派手なブルーのウールのワンピースに白いレースのベールのついた

白ギツネの毛皮の縁なし帽。この人目をひくファッションが事件のカギと

なります。フロッシーはブルーが好きだったのですね。

離婚成立前に財産を手にいれようとする夫の犯行か…それとも昔の恋人との
もつれからか…ネタバレになりますからこれ以上は書けませんが、
真犯人は被害者もその父も思いもしない、ノーマークの存在…
 
真相から浮かび上がってくるのは鉄鋼王の娘に生まれ、今風にいうと
親ガチャに当たっているのに、父以外には誰からも心からかかわってもらえなかった被害者の人生。それがつらいとも思っていなかったのかも
知れません。
 
デビット・スーシェ主演のドラマでは原作では生きている姿は描かれない被害者が美しく驕慢なエピソードのヒロインとして登場。名前はフロレンスと呼ばれています。フロッシーはフロレンスの略称なのかしら? ドラマでは事件発生前から被害者の父はポワロに娘の男性関係について相談しています。
 
パーティでどれをつけるか決められないから宝石をケースごと持って行く、
離婚は成立していないのに昔の恋人に週末に乗る列車を教えて
見送りに来いと誘う…いかにもわがままいっぱいに育ったらしい被害者の気まますぎる性格、日本でいうところの身持ちの悪さ、そして30歳にもなる娘の自立を認めず、恋愛や結婚にも干渉する父の存在がこの残酷な犯罪を誘発したことがドラマでは描かれます。ただ原作とちがって彼女が関わった男の一人が財産にひかれていたのではないと語るのが救いです。
 
私事ながら…事件の舞台となった列車の終点プリマスを1991年のGWに
訪れました。ロンドンのパディントン駅からインターシティのスリーパーサービスを使ったのです。
 
朝、車掌さんが運んでくれた紅茶とクッキーを食べた後、歩き出したプリマスの街は明るく暖かく、当時若かったせいもあるけれど背負っていた重いリュックが苦にならないほど快適でした。ロンドンではまだダウンコートが必要なほど寒いのに、プリマスの海岸では若いお母さんと3歳ぐらいの男の子が水着姿で遊んでいました。