
父、91歳の誕生日…でもいよいよ
9月初め、父がトンボ返り再入院していた病院から帰ってきました。
37.5度の熱があるままの退院です。それから
37度前後の微熱が続いています。
肺炎がくすぶっている状態でおそらくもうすっきり治ることは
期待できないようです。
「おれはどうしてこんなところにいるのか」
「ここにいていいのか? 出ていけと言われても困る」
というようなことを口にします。
その度に「ずっといていいんだよ、お父さんが働いたお金で買った家だもの」と答えます。
「お父さんが退職金から頭金出してくれて、ローンは私の名義で
おかあさんもいっしょにここで暮らしてきたでしょう」と言うのですが、
おぼえていなさそうで「そんなこともあったかなあ?」と答えます
時折、嘆かわしい様子で「ここより他に行くところ、ないんだなあ」
ともいいます。
「こんなところ」という言葉から見ていささか今いるところが
気にいらないようですが確かに他に行くところはありません。
容体が悪くなればまた病院に送られる可能性は
ありますが。
「他に行けるところがあるならどこに行きたいの?」と尋ねると
「別に行きたいところはない」と答えます。
帝国ホテルとか姫路城とかベルサイユ宮殿とか
言わないだけマシかしら?
それから不思議なことに「金が一銭もない」ともいいます。
私は父の財布や預金通帳を見せて、「確かに豪華客船の旅に出たり、
テレビCMで宣伝されているようなハイレベルの有料老人ホームに
入るお金はないけど、ここでゆっくり
養生するお金ぐらいあるから」と答えます。
ここ半年ほどは父が自分で財布からお金を出して買い物したり
乗り物に乗ったりしていないからそんなことを言うのかなと思っていました。
でもケアマネさんにこの話をすると「行くところがない、お金がない」
という言葉は幼少期にそういう経験をしているからではないかと。
確かに父の子供時代は幸福とは言えませんでした。
8歳の時、祖母が子供をおいて家を出てしまいます。
父の書いた手記によれば
「母がいつの間にかいなくなっていた」
その後、祖父が結婚した女性、つまり継母とはうまく行かず、
戸籍を見ると中学生の時、生母である祖母の改めて
養子になるという複雑なことになっています。
そんなこんなですから、「ここはいやだけど他に行くところがない」
「お金が全然ない」という思いもたくさん味わって育ってきたのでしょう。
ともあれ、父はだめかと思った91歳の誕生日を迎えました。
その前夜、血圧を測ると上が90しか出ませんでしたので、
もしかするとあと1時間というところで?とハラハラしました。
午前0時を過ぎて父が呼吸しているのを確認してほっとしました。
誕生日が来ても、ゼリー食限定の父にはケーキや寿司
を食べさせることもできません。
ひと月ほど前まで成城石井の弁当を食べていたのに。
ごま豆腐ならと思って買ってきましたが、
私はと言えば、父の病院に行く道で見つけたスーパーで
いくらか高級な?バターを買いました。自分もあと30年ほどで
食べる楽しみを失ってしまう可能性大なのです。

バターをぬったパンをかみしめつつ、いよいよ終末期に入った父と
穏やかに楽しく、過ごしていく方法を考えています。
まずは弟に食事の介助とおむつの交換を教えることにしました。
そうすれば弟の仕事が休みの日には
私が半日ぐらい出かけることも可能になりますから。
ここ数日、父は「水が飲みたい、蛇口からジャーと出した水が」と
言い出して困っています。水もお茶も全て今はゼリーにしなければ
摂取できないのです。
病院からもらった「まぜてもジュレ(青りんご味)」なるもので固めた
ミネラルウォーターです

美しき水の惑星で90年も生きてきたのに、その水が思うように飲めないとは…
宇宙人からも気の毒がられそうです。
私も何だかあちらこちらへ旅しているのに、華厳の滝も那智の滝から流れる水や摩周湖がたたえる水が皆ゼリーになっている夢を見てしまいそうです。
8月の記録…髪のカットなど
今年の8月は父のトンボ返り再入院もあり、
何が何だかわからないままに過ぎてしまいました。
父も何が何だかわからないようで…
病院のベッドで鼻や胸に管やコードをつけてアイスノンを枕に横たわり、
「まいったなあ…おれ、どうなっちゃたんだろう?」と申しておりました。
入院後、1週間がたち、アイスノンはなくなり、管もコードもはずれています。
でも自分がどこにいるのか、あいまいなようで…
昨日朝、家に帰るといって
ベッドから出てしまい、尻餅をついたと病院から電話がありました。
幸いケガはありませんでした。午後、面会に行き、話したところ、
父が「家のことも心配だから、汽車に乗って帰る」つもりだった
家は今住んでいるマンションではなく、現役時代に暮らしていた
信州の家…
父「うちが引っ越すっていうんだよ」
私「えっ今の家は引っ越さないわよ。誰かそういったの」
父「誰だったっけ、松井かな?」
松井さんというのは昔、住んでいた家の近所の人。今はもう
たぶん故人です。
というわけで入院生活は父にとってストレスのようですので、
介護タクシーには休日超過料金を払うことになりますが、
日曜日に退院させます。この日なら弟もいますしね。
これからはなるべく入院させないように、つまりあまり
肺炎を悪化させないようにしていきたいと考えています。
なかなか難しいとは思いますが。
これは父が現在入院している病院へいく道にある
マンションの駐車場に咲くアメリカフヨウです。
鮮やかな赤でハイカラな感じがします。そうまさに
アメリカフヨウと呼びたい感じ。
同じ花の淡いピンクのものが上野両大師で咲いていたのを思い出します。
お寺の石の垣根の隙間から見ると別名のクサフヨウと呼びたい感じ。
つまり日本風でした。
同じ道の幼稚園の門の前で咲いていた百日草。亡くなった母が好きだった
クリアな濃いピンク。
余談ですが、使っているリンスインシャンプーのストックが
残り一つになりましたので、
購入しようとしたら製造中止になっていました。
名残りおしくて写真を撮ってしまいました(笑)
リンスをするのは面倒だけど、私は肌も髪も乾燥気味だから
「しっとりタイプ」を使っていたのですが…
髪をしっとりさせたければリンスを使うべきなのかもしれませんが、
今の私はロングヘアをやめていますので、他のリンスの要らない商品で
なんとかなるでしょう。
そうお盆期間中、父が入院しているすきに?
美容院で髪をカットしてきました。
以前、ロングヘアだったころ、ヘアドネーションのために行ったことの
ある美容院です。その時カットしてくれたのが若い男性の美容師さんで
片腕に大きなタトゥーがありました。
今の価値観ならタトゥーもおしゃれの一つなのでしょう。ただ個人的には
かっこよく感じるよりも私がここの店長なら落とすか、長袖を来て
隠すように言うなあと思ってしまいました。まあそんな古い
頭の人間が行くべき店ではないのかもしれません。
父が退院してきたら、食事はゼリー食を一日数回に分けて
与えなければならないし、
機械を使ってのたん吸引もこれまでより多くしなければなりません。
なかなか出かけられなくなりますが、一生の中でこういう日々
を過ごすことも悪くないと思っています。
家の中にいてもいろいろとやりたいことはあります。
語学の勉強をすること、買ったけど読めてない本を読むこと、そしてできれば
そのレビューを書くこと、せっかく買ったキーボードを使って歌うことなどなど…
父が9月の誕生日を穏やかに迎えられますように。
真珠の耳飾りの戦隊ヒロイン?…(何となく絵画が学べる特撮番組その2)
2か月も放りっぱなしにしてしまいましたが、頼まれもせず考える企画
「なんとなく絵画が学べる特撮番組」『絵画戦隊ペインターファイブ』の続きです(笑)。
赤の戦士が北斎なら、青の戦士は歌川広重かな?
『広重ぶるう』というドラマが作られましたから。
ドラマ『広重ぶるう』サイト
でも黄色の戦士がゴッホなら…
いろいろな国からメンバーを集めたいですね。
広重さんには『浮世絵戦隊』を作る時に活躍していただくことに
します(またリーダーが北斎になっちゃいそうだけど)
青の画家ということでネット検索するとヒットしたのは
『真珠の耳飾りの少女』の来日で話題のフェルメール。
高価なラピスラズリを使った『ウルトラマリン・ブルー』の
使い手。
『真珠の耳飾りの少女展』についてはこちら。私は見に行けないけど。
ウルトラマリンブルーについて詳しくはこちら
ところで何となく学べる戦隊ヒーローを考えていると…
面倒の起きない近代以前の人では
どの分野でもピンクの戦士を探すのが難しいのです。
昔は女性の活躍がなかなか認められませんでしたから。
絵画の分野でも…
17世紀イタリアのアルテミジア・ジェンティレスキぐらいしか
思いつきません。東急文化村でこの女流画家を描いた映画を観ましたので。
それは丹念に研究すれば女流画家もいろいろ見つかるのでしょうが…
私のような浅学な者でもすぐ頭に浮かぶ人は少ないのです。
ふと思います。女性戦士は必ずピンクの戦士でなければならないわけでは
ありません。
アニメですが5色のライオン型ロボが登場する『百獣王ゴライオン』という番組では青のロボに乗るのは姫君でした。
だから青の戦士はバトル・フェルメールにして
『真珠の耳飾りの少女』にメンバーになってもらうことにしましょう。
この絵は『青いターバンの少女』という名で
紹介されたこともありますし。

きっとバトル・フェルメールが唇を半開きにして流し目をすると、悪い怪人が
動けなくなってしまうのでしょう。(別に変身しなくてもできる技という
気もしますが)。
真珠の耳飾りは投げれば武器になる?
「ウルトラマリンブルーパンチ!」と言いながら怪人を攻撃?
『真珠の耳飾りの少女』よりも濃いウルトラマリン・ブルーの
スカートをつけた『牛乳を注ぐ女』は必殺技になってもらいましょう。
彼女が「牛乳を注ぐ女!」と叫ぶと手に赤い壺が握られて
その液体で悪人にダメージ?
なかなか強い戦隊ヒロインになりそうですね(笑)
野菜摂取大作戦?もしてたけど…トンボ返り再入院
近年、父は野菜をあまり食べなくなってきていました。お味噌汁の具も、
朝食や作り置きの昼食に出すトマトやレタスなども残してしまうのです。
歯が弱ってきていることもあるかもしれません。
歯が弱っているといっても…好きなもの、おいしいと思うものは
食べられるようで、漬物は相変わらず好きです。7月に成城石井のお弁当を
買ってやった時には、まるごと揚げたオクラをバリバリと食べて
しまっていたので驚きました。
生や汁物の具になった野菜は苦手でも、漬物なら食べてくれます。
そこで小松菜を買ってきて切り、柔らかい葉の部分と茎の部分を別々に
冷凍し、父専用とします。冷凍のホウレンソウも父に出すのは
葉の部分を選びます。
食事の時は小松菜やホウレンソウの葉を解凍し、父の好きな野沢菜の
漬け物(これもなるべく葉の部分)にまぜて、「漬け物」として
ご飯に載せます。そうすると何とかお腹に入れてくれるのです。
こんな風に野菜摂取大作戦?を展開していたのですが…
肺炎の再燃で入院した父の退院後の打ち合わせのため、病院に行きますと
栄養士さんからのお話がありました。
嚥下の検査をしたところ、食べたものを肺の方へ誤嚥してしまう危険が
大きいので、今後、食事は全てゼリー食にすべきとのことです。
一般の人と同じものなら絹ごし豆腐、卵豆腐、具のない茶碗蒸しはOK。
市販のゼリー、プリン、ムースなどはゼラチンで固めたものならいいが寒天を使ったものはダメ…
水もお茶もこれからは全てゼリー状にして摂取…
父はわりと甘いものが好きでゼリーもプリンも食べるけど、でもデザートは
メインディッシュがあるから楽しめるもの。ずっとデザート風のものばかりが
続くとなると…
もちろん病院からもらった介護食カタログには「白身魚の煮つけ味」の
テリーヌや「焼き鮭のにこごり」も載っているけど父がおいしく
食べてくれるかどうか?
何でもかんでもゼリー状なんて何だか地球上の食事に思えません。
ペガッサ星人でさえ、アンヌ隊員からガラス瓶のミネラルウォーターを
そのままもらっているというのに…(筆者の書いていることがわからない方は『ウルトラセブン』第6話をご覧ください)
父は8月24日に退院してきましたので、卵豆腐や絹ごし豆腐にペースト状の
「すきやき」をかけたもの、ネットで買った高カロリーゼリーを食べさせておりました。
ところが8月25日夜に咳と微熱が出ました。翌26日昼頃には39度になりましたので、訪問医に臨時往診してもらい、救急車で搬送しました。入院していた病院は満床なので、
別の病院です。
あまりの運命?あるいは病気?の無情さに閉口し、
私は父のために冷凍しておいた小松菜の葉をラーメンやチャーハンに
ぶちこみ、買っておいたバナナや梨や抹茶プリン(寒天使用)を
やけ食いしています。
昨日、面会に行ったところ、父は鼻や腕にチューブを入れられて
「どうしてこんなことになったのだろう、どうして俺ばかりこんなに
苦労するのだろう、兄弟はみんな先に逝っちゃったし…」と
申しておりました。
赤ちゃんがミルクから離乳食、そして家族と同じ食事と成長していくように
父はその帰り道をたどっているようです。
息も苦しそうなので…もしかすると…
菩提寺に連絡しておこうかと思いつつ、できればもう少し涼しくなるまで
がんばってくれないかなあなどどこちらの都合で勝手に思いつつ、
今日もこれから面会に行きます。
水分摂取大作戦?コートで枕? 父、再入院、でも第一関門通過?
医者からは父には水分だけで毎日1000ccは摂取させるように
言われていますが、吸いのみで水分摂取させようとしてもあまり
たくさん飲んでくれません。
そこで食事の度にお茶をいれて少しさまし、ストローを入れられる
蓋つきのカップで出すことにしました。
そうすると毎食時200ccは難なく飲んでくれます。

ちなみにこの急須は昨年、父から「急須のいいのを買ってこい」言われて
入手したもの。深い藍色がちょっとラピスラズリ?を連想させて、私も
お茶飲んでみようかな?という気分になります。
ちなみに最近、私がよく飲むのはレモン風味のスポーツドリンク、
色がきれいなレモン色ですから、飲みながら気分がちょっとあがります。
奇妙な物体の写真で恐縮です。亡くなった母が来ていたシルクのコートを
縫って父の枕にしてみました。
父は昼間、テレビを視ている時は以前から使っている高めの枕。
寝る時には高すぎるというので、バスタオル数枚を
をたたんで頭を載せていました。
ケアマネさんからは新しく枕を買うことを勧められましたが、
父が落ち着いてくれるタオルの折り方が
毎日変わり、どういうものを入手すれば、
問題が解決するかが見えません。
父も自分でタオルをいじり、しまいには温泉につかっている人の
ごとく頭頂にのせて寝ていたりします。
もともと父が寝入りばなに訴える「痛い」「具合が悪い」はせん妄、
つまり精神の不穏から来ています。これなら母がそばにいるようで
寝付きがよくなるのではないかと思うのです。ちなみに輪状に
縫い付けたので横からタオルなどを
入れて高さを変えられます(笑)。
母といえば…8月初め、久しぶりに母を散歩させていた公園を通りました。
父のことであたふたしているうちに、この夏は母が好きだった
百日紅も盛りを過ぎてしまいました。
きれいだったのはサンゴジュの実。
近所のスーパー前でかわいいアスターと名前はわからないのですが、
涼し気な白い花が咲いていました。キンギョソウの仲間かなと思うのですが。

またその近くの空き店舗の軒下にツバメの巣ができているのに気づきました。
スマホのズーム機能のおかげでひなたちを驚かせずに撮れた写真です。

ここは以前、ゲームソフトの店で子供たちが出入りしていましたが、
ここ数年はガランとしたままです。ツバメが巣をかけるのは
縁起がいいともいいますから、
今、ここで商売を始めると成功するかも?
父はお盆前にレスパイト入院し、予定なら今週中に退院の
予定でしたが、微熱を出していて検査したところ
肺炎が再燃しているとのことで退院が延びました。
心配ではありますが、とりあえず第一関門?…お盆までいきのびて
くれたので少々ほっとしています。仏教徒の方ならおわかりかと
存じますが、お盆の期間中、お寺は多忙で急なことなどがあると
パニックになりますから。
次なる目標?は9月の父の誕生日でしょうか?
畳にバスタブ? 父のコレクション?
要介護4になった父のために7月中旬から訪問入浴を利用しています。

畳の上でお風呂に入るなんて妙なものです。父の和室には仏壇があり、
母や祖母、曾祖母、大正時代に亡くなった曽祖父らの位牌が並んでいます。仏間が風呂場になるとは先祖代々の霊もびっくりしているかもしれません。
介護ベッド脇に組み立て式の浴槽を置くスペースを作るために父の部屋にあった家具を移動し、大量の物を運び出しました。
両親の本やCD、洋服、道具箱など諸々のものは押し入れや納戸には
入りきらず、リビングに並んでいます
父の定年退職を機にここへ引っ越してきてから30年近く、実にあれこれや
ためこんでいます(お金以外)
特にあきれるのは肩こりや足腰の痛みを抱えた父が買った健康機器のあれこれ。
亡くなった母が言っていました。「うちのお父さんはよそのお父さんが骨董や切手を集めたりする代わりにこういう変なもの(健康器具)をコレクションするのよ。宣伝文句ほどの効きめはないけど買うのが趣味みたい」
既に処分しましたけど、現役のころはエアベッドやウォーキングマシンを
買ったこともあったようです。母いわく「歩くのに何で機械が要るのかしら?
散歩に行きゃいいのに」
枕元の引き出しから出てきた単3電池で動くミニマッサージャー。
ピンクの方は既に母から私がもらっていましたが、もう一つ、
グリーンのものが発掘?されました。ペアで買ったのでしょうか?

これは2020年頃でしたか、「寝ながら肩こりを治したい」ということで、
はるばる有楽町のビッグカメラまで行って買ったマッサージピロー。
この時に椅子の背にとりつけて背中から腰をほぐす機器と足を突っ込んで足裏とふくらはぎを揉む機器も買いました。

店のスタッフからは座るだけで全身をほぐす大型のマッサージチュアを勧められましたが置く場所がない(使わなくなった時の処分も大変)なことを私が
説いて阻止しました。思えばあれが父が都心に出た最後。
仏壇脇の隅から発掘?した時、思わず「なにこれ?」と叫んだのが
この肩たたき機。肩にひっかけて使うのですが、
重くて持つだけで手がだるくなるので私は使う気になれません。

わりといろいろな機能がついています。

ちなみに電源をいれて「リズムたたき」にすると、特撮番組?などに出てくる
マシンガン風武器のような音が出るので、何だか勇ましい気分になります。子供ならあるいは心が子供の方なら肩にのせる方を前に向けて科特隊ごっこをしたくなる…かもしれません。
電池式ミニマッサージャーは今後も我が家で使いますが、
マッサージピローと肩たたき機は手放す予定です。ただ写真でわかるように
どちらも肩にあてる部分が傷んでいますから売り物にはならないかしら?
それでも一応、リサイクルショップに持っていってみようかしら。
アメンバーの皆様でもしもほしい方がいたら連絡下さい(笑)
寝たきりは痛い
7月だというのに近所のスーパー近くでこんなにきれいに咲いているバラを
見つけました。

父の在宅介護に七転八倒しています。何から書いたらいいものか?
7月初め、退院の日、介護タクシーのドライバーさんに車椅子で住まいの中まで連れてきて頂き、車椅子からベッドへの移動もしていただきました。寝かされても父は具合が悪そうで、「首が痛い」と言い続けているので、何度か姿勢も変えて頂きました。小柄な女性のドライバーさんでしたので、申し訳ないことでした。
これが午前のお話で、午後、訪問医療の先生と訪問看護師さんが来ました。こんなふうに家族以外の人が自宅に出入りするというのはあまり経験がないことです。
さらに訪問看護師さんがいろいろな処置をしている間に近所の薬局に出かけて頂いたばかりの処方箋の薬を受け取りました。午前に出かけて午後にまた出かけるなどという経験もあまりありません。薬局で薬を受け取って帰ろとする時、スマホに「後、どのくらいで戻れますか?」と看護師さんからの電話、まああわただしいこと!
ともあれ、処方された薬のうち、舌の上に直接垂らすリスペリドンという鎮静剤を看護師さんに服用させてもらって父はようやく落ち着いたようでした。
「痛い」、「具合が悪い」と言い続ける父に私が振り回され過ぎていたのでしょうか。帰り際、看護師さんから「お父さんと距離をとって下さい」と言われました。その言葉で私も少し気持ちが落ち着きました。
父を観察していると、不快を訴えているのに、呼吸はいびきをかくような
眠っている感じになっていることがわかりました。「首が痛い」「背中が痛い」という言葉もどこか寝言のような…つまり認知症と約一か月間自宅でないところで過ごしたことからくるせん妄状態なのです。もちろん本人はつらいのですが、
即座にその痛みを取っておとなしくさせることはあきらめて、じっくり向き合うことにしました。時間のゆるすかぎりではありますが。
退院後、初めてケアマネさんが来た時にも父は痛がっていました。。ケアマネさんが言うには「痛いでしょうね。ずっと寝ているから」。同じ状態の老人で父のような訴えをする人は珍しくないそうです。
退院直後の父は食事も水分も口に持って行かなければ摂取できませんでした。訪問医の先生からは「脱水状態」と診断され、在宅で点滴を受けることになりました。看護師さんに元は洋服をかけていた壁のパイプにハンガーで点滴の袋をつるしてもらって父の腹部に腹につないでもらいます。数時間後、点滴が終わったら家族がはずして、お腹につながれたチューブは丸めて医療用紙テープで皮膚に止めます。患者はうっとうしいし、家族は面倒ですね。
一週間ほどで父が少ないながら食事をとれるようになったので、
点滴は終わりました。それでも食欲旺盛とは言えませんので、
メイバランスのドリンクやブリックゼリーも与えています。

食事を出すと「ずっと寝ているからお腹もすかないなあ」とぼやく一方で
成城石井の「焼鮭&おかか野沢菜ごはん弁当」を買ってやると
シイタケの煮物以外すべて食べてしまったのでびっくりさせられたりも
します。
ちなみにこれは自分のために買った「夏のお楽しみ弁当」。星型の
医師からは一日水分だけで1リットル飲ませるようにとのことですので、
吸い飲みにとろみをつけたスポーツドリンクを入れていつも介護ベッド脇の
テーブルにおいています。
ところが「とろみエール」なるものの主成分は
デキストリンつまりでんぷんのせいか、吸い飲みの中にかびが生じやすい
のに気づきました。だから吸い飲みは一日使ったら洗って乾燥させた方が
いいから二つほしいな、買おうかなと思いつつ、家の中をかきまわしていたらもう一つありました(笑)。

500年生きるというケムールさん、地球人も生後90年たつと
水分摂取が大変なのですよ。
私はといえばアキレス腱が痛いです。立っている時間が多いからでしょう。
おむつ替えや陰部洗浄など看護師さんがするのを見て学び、
自分でもおっかなびっくりでやっております。
何だかこの立時間が多くて疲れる感じは
30代半ばで事務所から店舗へ配置換えになったころの
つらさを思い出させます。
何だかまとまりませんが父の介護については今後もぼちぼちとブログに書いていきたいと思います。
父の退院、母の裁縫箱
誤嚥性肺炎で6月初めに入院した父は約一か月入院しました。
この度は命はとりとめましたが、この病気にかかるということは老衰が進んで
いる証拠。
担当医の先生は「ご立派だと思いますよ。日本人男性の平均寿命は80代前半なのに大腸がんに脳梗塞に肝膿瘍までわずらって90歳というのは」
立派なのかどうか不明ですが、へんに生命力が強い?…
7月初めに退院しましたが、入院する前は室内は歩けて、お手洗いも一人で
行けていたのが、ほぼ寝たきり状態で要介護4と認定されました。
入院中に今後の父の暮らしについての打ち合わせのため、病院に行った時、
近くの池にスイレンが咲いていました。でも岸から遠いところにしか
咲いていないので写真はこれが精いっぱい。
この池にはカモもいました。このカモ君たちは人に慣れているのか、
岸近くへ泳いできて愛嬌をふりまいてくれました。動物を眺めるのは
気持ちが和むものです。
6月最終週は介護ベッドをレンタルしたり、ポータブルのバスタブによる
入浴サービスをお願いする関係から、父の部屋を中心に家の片付けで
徹夜はしなかったけれど徹夜したくなるくらいばたばたしておりました。
そんな中…長年使っておりました洗濯機が排水できなくなりました。
急いで買い替えしましたが、納品、設置ができるまでに約一週間…
その間、弟はコインランドリーで、私は浴室で桃太郎のおばあさんのごとく
手洗い…しぼって浴室内につるして、しずくがたれなくなったらベランダへ。
洗濯機の買い替えで何が大変かといえば、古い洗濯機が搬出された後、
新しい洗濯機を設置する前の防水パンの掃除…限られた時間のなかで
カビ除去スプレーをかけてゴシゴシ、ゴシゴシ。
しかもちょうど同じ時間に退院したばかりの父のところへ訪問看護師さんが
来ていました。ひそかにあきれてたかも? 時間をずらしたかったのですが、
不可能だったのです。
介護ベッドは父の退院前に設置できましたが、ベッド脇にバスタブを入れられるめどがついたのは退院して一週間後。入浴を実施できたのは約2週間後。
父の部屋から運び出した本棚やマッサージ機や道具箱などなどで今、リビングダイニングは大変なことになっております(笑)。
そんな中、母の使っていた裁縫箱を処分しました。
写真のようにだいぶ古びております。ハサミなどをいれていた引き出しの
取っ手もなくなってますし。
蓋の蝶番が壊れ、ありあわせのネジで修理した後があります。もうお役御免ですね。
何かに利用できるかも?というような思いで保存していた品も手放すべき時が
きているのでしょう。
少しずつ片付けていくつもりではありますが、今はなれない成人のおむつ交換やベッド上の上方移動や着替え作業でへとへとです。
介護や片付けなどについて少しずつブログに書いていきたいと思います。
書くことで自分の気持ちも整理できていくかもしれません。
いろいろなことがあり、自分が正気なのが不思議なくらいではありますが、
この経験が私をよい方向へ変えてくれますように。
何となく絵画が学べる特撮番組はいかが
7月から始まるウルトラマンシリーズの番組名は『ウルトラマンテオ』とのことです。
番組サイト
「テオ」とはどこかで聞いた名前ですね。
そうあの偉大な画家を生涯支えたといわれる人と同じ名前。
もしかしてこのテオさんにはヴィンセントという名前のお兄さんがいたりしないでしょうか? カラータイマーが『ひまわり』の形をしていて、手を十字に組むと『星月夜』のような光線を出し、耳がセブンのアイスラッガーのような武器になる…
巨大ヒーローとなったゴッホの想像図です。
パイプがご用意できず申し訳ございません。
最近、制作が終了したとのことですが、あのスーパー戦隊シリーズ…
関連サイト
あのシリーズの元祖『秘密戦隊ゴレンジャー』が放送された時、
筆者は既に小学校高学年になっていてこの類の番組を
視なかったので、あまり知識がありません。
5人ほどしかいないのに大戦隊と称したり、人件費削減のためか
3人になったこともあったようですね。
それでもメンバーにジャパン、フランス、アメリカなど国の名をつけた
『バトルフィーバーJ!』は数話視たことがあります。
番組サイト
他にもいろいろな国や地方をメンバーにしてそれらの
さまざまな文化、歴史等を織り込んだ番組を作ったら
面白いのにとも思いました。
30代でアイルランドを旅した時、私があのドラマを企画したら
緑の戦士は「バトル・アイルランド」にして、
マスクにシャムロックの葉をつけさせるだろうと考えました。
緑豊かな国ですから。
シャムロックについてはこちら
「バトル・スコットランド」を登場させるならマントがタータンチェックかな?
もしも視聴する子供たちがなんとなく絵画を学べる戦隊シリーズを作るなら、
やはり「バトル・ゴッホ」は黄色の戦士でしょうか。
赤の戦士、リーダーは葛飾北斎かしら?
マントかボディに赤い富士山が描かれた「バトル・ホクサイ」。
番組名は『絵画戦隊ペインターファイブ』?
5人が力を合わせて繰り出す技は「カナガワオキナミウラ」?
青の戦士は…ピカソに「青の時代」があるけれど、
亡くなってから70年経っていなくて、関係者が存命な人は
何かと面倒ですね。
ついでではございますが、誤嚥性肺炎で入院していた父は命はとりとめました。しかし退院しても寝たきりに近くなるようです。そんなわけで介護ベッドが搬入するため、父の部屋のあれこれを運び出さなければならず、バタバタしているところへ洗濯機もこわれかかり、買い換えることになりました。
というわけでストレスがかかる中、息抜きにつまらぬことを考えております。
何となく何かが学べる?ヒーロー番組については
続きを書きたいと思いますが、
メンバーにつきましては全て折り紙のやっこさんで表現させていただきます。
何卒ご了承くださいませ(笑)。
白百合、アガパンサス、母の?アジサイ
5月末、買い物に出た時、スーパー近くの寿司屋の店先に白百合が咲いているのに気づきました。
さわやかな写真が撮れたと思ったのですが、パソコンで拡大してみると花びらの端にわずかに傷みが見られます。先日アップした白いアマリリスもそうですが、純白の花は傷みが目立ちやすいですね。
ちなみにこの日、熱を出して食欲のない父のためにプリンか
ケーキを買おうかと思っていたのですが、コンビニスイーツといえども400円以上するなど高く、結局いつも買う100円ちょっとのロールカステラを買いました。
このユリを小さくしたような花をたくさんつけるのがアガパンサス。発熱外来の医院近くで咲いていました。6月9日の写真ですから今はもっと青みが強くなり沢山開いているでしょう。

2018年に亡くなった母が大好きだった公園のアジサイの
6月16日の写真です。

まさに満開、見とれながら写真を撮っている時、一羽のモンシロチョウが
ひらひら飛んできて足元に来ました。何だか母の魂?のようにも思えて
「おかあさん」とつぶやいてしまいました。

ここのアジサイの不思議は青い花とピンクの花が混じって咲いていることです。

アジサイは酸性土壌だと青い花、アルカリ土壌だとピンクの花になると言われます。庭のアジサイの色が昨年と変わったことから死体発見につながるミステリードラマも以前視たことがあります。原作を探して読んでみたいものです。
実際にはアジサイの品種などによっていろいろのようですが、ここのアジサイはこんな風に一つの花房の左側の青みが強く、右側がピンクとハーフ&ハーフ?で咲いているのもあります。

暑くなったし、このアジサイの形に似たハーフ&ハーフのアイスクリームコーンでも食べたくなりましたが、高いのでまだ食べておりません(笑)。



































