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歌舞伎座幕見『丸橋忠弥』

新しい年を迎えましたが、ブログの方はまだ昨年の残務が終わりません(笑)。

話はさかのぼりますが、昨年12月24日、歌舞伎座の幕見で『丸橋忠也』を鑑賞いたしました。

公園サイト
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/940

12月は歌舞伎のチラシもクリスマス風…筋書きの表紙は田舎の雪景色。


河竹黙阿弥作で由井正雪の乱を描いた『樟紀流花見幕張』(くすのきりゅう はなみの まくはり、通称「慶安太平記」)よりということで興味をひかれたのです。通信制大学で歌舞伎の卒論を書いた時、黙阿弥にはとてもお世話になりました?ので。

久しぶりの歌舞伎鑑賞、幕見席が前日からオンラインで予約できるようになっていました。220円システム料がプラスになりますが、鑑賞当日に並ばなくていいのは便利ですね。ただ列をまちがって座ってしまい、劇場スタッフの方に指摘されましたが(笑)

雨の日ですから、看板も濡れています。

入場して歌舞伎座の天井を見上げただけで気持ちが軽くなりました。
第1場は江戸城堀端で老亭主一人が営む茶屋。数人の中間が集まって飲んでいるところへ酔っぱらった主人公忠弥が登場、中間たちに気前よくおごって帰らせ、老亭主が望んだ肴がないというと金を与えて買いに行かせます。そこに妻の父藤四郎が来て飲んだくれと借金について意見しますが聴く耳なしの様子…でも飲んだくれのふりをして…野良犬が現れたのを利用して偵察を始めます。酔った忠弥に近づいてくる着ぐるみの犬がちょっとかわいいです。筋書きによれば犬を追うふりをして堀に石を投げて深さをはかる?というものですが…兵法?の心得があればそれでわかるのかしら? そこへ現れたのは二人の近習を従えた立派な侍…知恵伊豆と呼ばれる松平伊豆守…体制側のエリートとその体制の転覆をはかる男の対峙…酔っ払って乱れた見かけの忠弥とパリッとした裃の伊豆守が並び、互いにただものではなさそうだと思いつつあるのが伝わってきます。


この場の主人公のいでたち…4F通路のポスターです。キセルで堀の深さを計測?しているのだとか

第2場は「槍術師範」と看板のある忠弥の住まい。米屋に支払いを督促される妻のおせつ。米屋の後に来たのはせつの父藤四郎、忠弥の母おさがも迎えます。おさがは病身です。寝ぼけ眼で出てきた忠弥に貸した金を督促し意見する藤四郎に近いうち金が入るあてがあるという忠弥。そこへ二人の人物が訪ねてきます。そのうちの一人が総髪なので「ひょっとして由井正雪?」と思いましたがそうではなく同志の一人。飲んだくれぶりを心配して来た彼らに江戸城破壊計画?を語る忠弥。…帰ったふりをして聞いていた藤四郎は松平伊豆守に知らせることを決め、やはり聞いていた母おさがは自害…息子の大望の足手まといにならないために…

 

おさがはどこかで謀反がうまく行かないことも予感していたのかもしれません。でもやはりやりたいことはやらずにいられない息子であることもわかっていました。主人公の計画を訴え出る藤四郎も悪人ではありません。むしろ娘夫婦を守り、流血沙汰を避けるための行動…謀反の計画をたてても決行前に捕縛されれば、申し開きの仕方によっては命はたすかるかもしれないからでしょうか。

御用提灯を掲げて押し寄せてきた捕方…こんなに早く捕まえに来たのは
藤四郎の密告もあったのでしょうが、あの時の伊豆守がひそかに手筈を整えていたのかしら? 

家の裏手に逃れた忠弥が一人で大勢の捕方を相手に戦う、その立ち回りがこの芝居の最大の見せ場。傷を負い、髪も着物も乱れての奮戦する姿がこのポスター。


井戸にあがり、捕縛されたことを暗示するような見得で幕になります

だらしないアル中風の振る舞いの下に野望を秘めた主人公をめぐる家族らの心理劇、立ち回りは華麗ですが、若い美女や恋愛沙汰は出てこない歌舞伎としては地味?なのであまり頻繁には上演されないような気がして観ておこうと思いました。

『由井正雪の乱』の講釈『慶安太平記』から作られた歌舞伎『樟紀流花見幕張』()ですが、現在は丸橋忠弥が主役のこの部分しか上演されないのだそうです。『慶安太平記』は講談では今も語られているようです。

『慶安太平記』あらすじはこちら
https://www.koudankotohajime.com/keiantaiheiki


現実の世相がまずい方向に行っている気がしてならない今、正雪や忠弥のような権力に抵抗しようとした人が気になります。槍を振り回したりはしないまでも…何とかならないのかと。黙阿弥の時代の観客たちも明治の世への不安や疑問を抱えながらこの歌舞伎を観ていたのではないでしょうか。

芝居の後、地下の木挽町広場をひとまわりし、銀座の街のクリスマスオーナメントを楽しみながら帰りました。

北条幻庵 ー横浜・小机城と関東の戦国ー(横浜市歴史博物館)

以前図書館で武田信玄や上杉謙信と同時代を生きた北条氏3代目氏康の伝記を読んだ時、この後世ドラマや小説によく登場するのは信玄、謙信ですが、領民を幸せにしたのは氏康ではないかなと思いました。それ以来、小田原北条氏についてもっと知りたいと思っていたのでこの展覧会を鑑賞しました。

展覧会サイト
https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/koudou/see/kikakuten/2025/genanten/

展示会の主役、幻庵は伊勢宗瑞…私が子供の頃人形劇で知った名前では北条早雲の四男、宣伝動画によれば「北条氏五代の隆盛と共に生きた一族の長老」でありながらこれまであまり知られていなかったとのこと。ずいぶん前ですが、小田原北条祭りにいった時、「北条5代を大河ドラマに」という幕が出ていました。早雲とか氏康とか一人に絞るのではなく、5代を通してドラマ化するなら、この幻庵が主人公になるのでしょうか。

プロローグ「伝説の武将」のコーナーに展示されていた短刀にまず見入ってしまいました。とても凝った龍の彫りこみがされているのですが、うっかりオペラグラスを忘れたために拡大して見られず残念。展覧会ポスター、チラシ右に写真が出てます。撮影が許可されているところならスマホで拡大して見られますが、この展覧会は写真撮影禁止でした。

第Ⅰ章 『北条幻庵という人物』コーナーの北条氏康書状にも感激。氏康直筆は初めて見たのです。北条一族は花押がかっこいいですね。

「幻庵の出陣」コーナーの発掘された兜鉢も素のままの戦国の悲惨さを感じました。
以前、小田原城で見た信玄との戦いで亡くなった北条氏信のものと伝わる甲冑にも
再会?できました。これも飾り気のない鉄のつらなりでロマンに彩られない
戦国をしのぶことができます。

この蒲原城主氏信の戦死に関連した第Ⅳ章「西側国境の防衛」のコーナーには
青磁や白磁、それにいわゆる唐三彩?の一部と思われる鮮やかな緑色の器物の破片が
展示されていました。平和な時はすてきな暮らしをしていたのですね。
またこのコーナーの説明によれば大名の地位を失った今川氏真夫妻を
小田原に迎えたのも幻庵、優しい方だったのでしょうか。

第Ⅴ章「北条氏光の活躍」コーナーで氏光は越後に人質として行った
景虎の先妻を娶って小机城主となったと説明されていました。以前読んだ本では北条家から上杉家の養子となり、御館の乱で亡くなった景虎が小机城主だったかどうか確認できないというようなことが書いてありましたが、その辺の研究は進んだのでしょうか。

第Ⅵ部「戦国の終焉」の第Ⅱ章「幻庵の死と小田原合戦」のコーナーに足軽などが被っている陣笠の現物が展示されていました。現代の素材で複製されたものはおもてなし武将隊の方などが被っているのをよく見ますが、この時代に使われていたものは漆を塗りかためてわりと手間をかけて作っていたのですね。


第Ⅲ章「久野北条家」のコーナーに展示の『北条宗哲(幻庵)朱印状』で桔梗の根の納入を命じているのにも興味をひかれます。幻庵は桔梗の薬効を知っていたのですね。下記のふじみ野市の市報の記事に「漢方薬の服用が幻庵の長寿の秘訣」だったかもとあります。

 

https://www.city.fujimino.saitama.jp/material/files/group/3/2022_10gatsu-h4.pdf

 

同じく第Ⅲ章の「幻庵をめぐる文化」のコーナーに幻庵作と伝わる「一節切」の縦笛は墨?で横縞模様がついていました。この時代のリコーダー? 同じところに展示されていた書物『東国紀行』もいつか読んでみたいと思います。

文書や図面の展示が多く、あまり予備知識がない上にオペラグラスなしですから、わりと疲れましたが、見学してよかったと思います。

アンケートに答えてかわいいイラストの幻庵ポストカードを頂きました。
北条氏が隆盛に向かうところから滅亡直前までを生きた幻庵、生涯を

終える時、どんな思いだったのでしょうか。

 

12月11日の続き―英国アンティーク博物館 BAM 鎌倉

八幡宮の鳥居を出てすぐ右の通り沿いにある『英国アンティーク博物館 BAM 鎌倉』を見学。

同館サイト
https://www.bam-kamakura.com/about



入口でシャーロック・ホームズがお出迎え
 

 

スマホで館長様自らが案内する動画を視ながら鑑賞します。
階段の壁にかかる絵から懇切丁寧なご案内。ターナーやコンスタブルの影響を受けた風景画ばかりとのこと。HPからもごらんになれます。
https://www.bam-kamakura.com/floor


2階はジョージアン・ルーム。銀の燭台やポットやビスケットウォーマーなどがずらりでまぶしいですね
 

 

 

すてきな装飾のある金のハープ。向こうの棚に並んでいるのは靴の木型。

 

3Fはシャーロック・ホームズの部屋。暖炉の前のテーブルにはあのホームズの鳥打帽。暖炉の上にはあのナポレオンの像もあります。1991年に英国一人旅で訪れたロンドンのシャーロック・ホームズ博物館を思い出しました。いかにも英国風老紳士が出てきて「このテーブルに座ってホームズの帽子を被れますよ」と説明してくれました。ただここは立ち入り禁止。ロンドンの方も現在はどうなっているかわかりません。
 

リビングの右脇が書斎。化学実験道具にジェレミー・ブレットに似せたマネキン。

ホームズシリーズの初版本や著者コナン・ドイル直筆の手紙の

展示コーナーもありました。

 

ホームズの寝室 棚のわきの蓋のある椅子のようなものはトイレ

 

4F、ヴィクトリアンルームの座って写真撮影できる椅子。これ以外は椅子が

あっても展示品なので座れませんでした。

燭台のついたピアノ

ピアノの上のドールハウス。豪華ですが背景の絵は服を着ている絵の

方が私はいいですね(笑)。

 

ドールハウスはもう一つ、こちらの方が家にほしいです

ランプのコレクション。家にほしいのは緑のガラスのかな?

 

4Fの隅に設けられた立礼用の茶室。壁に用いられているのはこの建物の

下で発掘された昔の邸宅の木材。細長い窓から鶴岡八幡宮の鳥居と

その背後の山が掛け軸の絵のように見せる、借景がポイント。

昔の同僚に自称若干霊感を持つ人がいました。会社のあるビルの一室に

「戦災で亡くなった誰かがいる」と言っていた…その人なら「邸宅の木材に憑いた鎌倉時代の武士の霊とヴィクトリアン時代の鏡に憑いた貴婦人の霊がいる」といいそうです。夜、同じ場所に現れても言葉が通じなくて大変かな。

 

国宝館で仏像や仏画を見たばかりだからどうしようかな?と思ったのですが、
「当日券あります」の表示にひかれて入館。平日ですから空いていてラッキ―でした。


1Fのショップスタッフの方に「週末は予約しないと入れないのですか?」と
たずねましたが、そうと決まってはいないそうです。ただあまり大きくないフロアに所狭しとアンティークの品々が並んでいますから、混雑気味の時は息がつまりそうになるかもしれません。鎌倉は寺が多いせいか、法事や墓参りの後の観光と思われる老若男女揃った4人以上の家族連れもよく見かけます。そういうお客2組以上と同じフロアだと私はつらいかな。

袈裟をかけたジェレミー・ブレットがパイプを持って経行している夢を見そうな
気分で家路につきました(笑)
 

 

特別展「扇影衣香-鎌倉と宋元・高麗の仏教絵画の交響』

またまた話はさかのぼりますが12月11日、鎌倉国宝館の特別展『扇影衣香-鎌倉と宋元・高麗の仏教絵画の交響-』を鑑賞いたしました。

国宝館に行く前に鶴岡八幡宮に参拝



柳原神池の橋で撮った写真。紅葉している樹が水面に映っています。


展覧会サイト
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kokuhoukan/2025-seneiikou.html


出品リスト
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kokuhoukan/documents/seneiiko_list.pdf

下記、ナルホド事始メ|鎌倉市公式によれば、この展覧会では「修行の一種である「経行(きんひん)」という、歩く様子を描いた像」を出品しているのが目玉とのこと。

https://kamakura-city.note.jp/n/n883cd6c47870

この日印象に残ったのは『以亨得謙経行像』(南北朝時代 佐賀・萬歳寺)
日向に生まれて元に渡り、30年過ごした後、帰国、鎌倉や京都の禅寺で活躍した後、九州へ下り、萬歳寺などを創建…なんて波乱万丈の生涯…海外に30年いたら帰るのがいやにならなかったのかしら? この展覧会は写真が禁止でしたが、
下記「萬歳寺の文化財」でごらんになれます。
https://www.city.tosu.lg.jp/uploaded/attachment/2761.pdf

ちなみに経行は坐禅の間に眠気を覚ますために行われた修行の一つとのこと。私も読んだり書いたりしていて眠くなってきたら歩いてみようかしら

くすんでいるのに顔の部分をオペラグラスで見ると話しだしそうな
すごい存在感なのが『無準師範像(円覚寺)』
モノクロですがこちらのサイトでごらんになれます
https://www.tobunken.go.jp/materials/glass/21869.html

『玉隠英璵像』…この人は信州出身なのだそうです。初めて知った同郷の偉人です。

『遊行上人縁起絵』(清浄光寺本)、吉山明兆の五百羅漢図(東福寺)は
 南北朝時代のものとは思えないほど色あざやかでした

円覚寺の元時代の五百羅漢図、一見くすんで見えるのだけれど、
少し時間をかけて眺めていると枝を張った樹の風情、人々の表情などが
浮かび上がってきます。

展覧会チラシに写真のある建長寺の『釈迦三尊像』。右の童子だけ顔が白いのがちょっと不思議。

特別展の隣の部屋にはいろいろな仏像が集められていました。辰年生まれを守って下さるという普賢菩薩像があったのでおがみました。

鎌倉国宝館を出た後、旗上弁財天に参拝、池をスイスイ泳ぐウミネコに癒されました。


 

舞踏公演『優雅な生活が最高の復讐である(落下編)』あるいは『怪奇大錯戦』?

話はさかのぼりますが…昨年12月13日土曜日、中野のテルプシコールで
舞踏公演『優雅な生活が最高の復讐である(落下編)』を鑑賞いたしました。
父の介護のため、夜の外出はあまり出来ないのですが、この日は土曜日で
弟が家にいてくれたので行くことができました。

公演詳細とチラシは下記

★「優雅な生活が最高の復讐である」(落下編)
2025.12.12(金)19:30
13(土)18:00

中野テルプシコール
東京都中野区中野3-49-15-1F

[出演]石丸麻子 古茂田梨乃 斎木穂乃香 藤井マリ
[音]望月隼人 [声]本田ヨシ子
[照明・映像]森政也 [写真]小野塚誠
[映像]高橋哲也 [宜伝美術]小笠原幸介
[企画]moonfish art (藤井)

一部動画も公開されています
https://www.youtube.com/watch?v=tmTI9YHJkT4

『優雅な生活が最高の復讐である(落下編)』まずこの公演の題に
ひきつけられてしまい、観ようと思ったのです。

4人のメンバーは8月から準備、鍛錬をしてきたとのことです。うまく文章にすることができないのですが、それぞれの個性、パワーがひびきあい、照明、音響も見事な舞踏でした。

とにもかくにも失業やらデイサービスをいやがる父の問題やらのストレスから
しばし解放されたすてきな夜でした。

開演前に気づいたのがテルプシコールの壁のこのしみ? 人影のようにも
見えるのでもしかして舞踏の演出なのかなと思いました。舞踏の途中で
照明が当たると輝くとか…


終演後、舞踏家の一人藤井マリに尋ねたところ、アートではなく、最近自然にできたとのこと。藤井がいうには「十字架みたいにも見えるのよね」

そういわれると霧の中にたつ十字架のようにも…

 

もし生物だとしたら、2本の脚には膨らみがあり、頭には大きな耳?角?…悪魔?ある日、これが光り出して、色がついて盛り上がって、ついには
壁を抜け出して暴れ出す?…

そういえば…初代ウルトラマンを倒した怪獣ゼットンにも似ていないでしょうか? あるいは怪獣までとはいかなくても芸術家の強すぎる情熱がこめられ十字架が恐怖をまき起こす『怪奇大作戦』のエピソードを作るとか…
…特撮ファンの皆様、いかがでしょうか。

と脳内で怪奇大錯戦?を繰り広げながらの帰り道、中野駅南口のレンガ通りのクリスマスイルミネーションも楽しみました。

11月の寛永寺根本中堂、入谷鬼子母神

話はさかのぼりますが、昨年11月10日、上野の寛永寺根本中堂に参拝いたしました。寛永寺では不忍池の弁天堂や清水観音堂、出勤前にも立ち寄れた両大師はもちろん何度もお参りしていますが、上野公園からやや離れた根本中堂へ行くのは初めてでした。

寛永寺HP
https://kaneiji.jp/#gsc.tab=0

この日は動物園も博物館も休業の月曜でしかも雨もよいの寒い日でしたから、上野は平素より静かでした。

寛永寺HPなどから何となく大伽藍、私の知っている中では善光寺本堂のよう
大きな建物を想像していましたがあそこまで大きくはありません。でも歴史の重みを感じさせます。正面は閉じていて、脇の階段からあがり、靴を脱いでお参りします。中で売られていたお守りやお札はさすがに種類が豊富でした。

後からNHKEテレの『新日曜美術館』で知りましたが、寛永寺創建400年記念で根本中堂中陣に日本画家手塚雄二画伯による龍の天井画『叡嶽双龍』が描かれていました。でもこの日、中陣は非公開で気がつきませんでした。正面から入れなかったのも天井画公開準備中だったからかもしれません。

同番組によれば、この絵には中国明代の墨が用いられているとのこと。

画材も寛永寺と同じ長さの歴史を背負っているのですね。


樹々が色づき始めていた境内もとても静かです。欧米からの観光客が
数人、散策を楽しんでいました。



開催中だった東京ビエンナーレの展示場の一つになっていて、根本中堂裏に
黒川岳氏の『石を聴く』という作品が置かれていました。



『石を聴く』については詳しくはこちら
https://tokyobiennale.jp/tb2025/exhibition/gaku-kurokawa/?lang=ja



参拝を終えて門を出たところにふくよかな猫ちゃんがいました。この子に会えてこの日にお参りしてよかったと感じました。


この後、「恐れ入り谷の鬼子母神」という言葉で知られる入谷鬼子母神(真源寺)へ向かいましたが、その途中、おなじみの上野両大師にもお参りしました。

 

手水舎の龍が紅葉のレイをつけています。

境内のクコが花と実の両方をつけているのが見られてラッキ―でした。


 


入谷の鬼子母神こと真源寺は有名ですが、この日は人気がなく、鬼子母神の扉も閉じていました。

 

朝顔市などの行事がない時は閉じているのかもしれません。鬼子母神本殿の龍の彫刻は最近作られたもののようですが、かわいらしい表情でした。



 

以上、古い話で恐縮です。皆様のお役にたつブログかどうか
わかりませんが、自分としては時期がずれてもどこかに書いておかないと入谷鬼子母神に行ったことがあるのかどうか、後でわからなくなってしまいそうなのです。
 



 

初詣…アジサイに水仙? 秋冬の花の記録

1月3日、近所の神社へ初詣しました。弟に父を車椅子に乗せて連れて行ってほしかったけど、暮れの激務で疲れているらしいし、父もおっくうだというので一人です。参拝し、
小さなダルマ(1000円)を買いました。昨年は小型の熊手も買いましたが今年は大きなものしか見当たらなかったのでやめました。

神社の近くの公園、ぱっと見にはアジサイの株に水仙の花が咲いているかのような不思議な光景。

もともとここには正月頃、水仙が咲き、母の生前にはよく散歩に連れてきておりました。どうやら水仙の根っこがアジサイの下に潜り込んだようです。

もちろんもともとの場所の水仙も花盛り、香りにも癒されました。


ついでですが、父を散歩させている公園でこの秋もキンモクセイが咲きました


ヒイラギモクセイも咲きました。

ただキンモクセイもヒイラギモクセイも毎年2回は咲くのですが、
今年は1度しか見られませんでした。気候が不順だからかもしれないし
私がぼうっとしていて2回目を見逃してしまったのかもしれません。

今、母が生前好きだったサザンカも咲いていますが、花付きが今一つです。

年頭の所感…自家製正月飾りと母の遺産?

このブログを読んで下さる皆様、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。



7年前に亡くなった母の遺品の中に大量の折り紙がありますので、正月飾りを買わずに作ってみました。こういう作業はわりと好き、正月が過ぎたら焼却するのも紙だから簡単なのもいい…けれどネット動画などを見ながら作るのは時間がかかりました。以前、ヨーロッパのの紀行番組でクリスマスが近づくと「クリスマスプディング」を作るが出来上がったプディングは来年まで寝かせて置き、当年のクリスマスに味わうのは前年に作っておいたプディングという風習が紹介されていました。母の折り紙はまだ沢山あります。クリスマスも正月も間近になると何かと忙しくて落ち着きませんから、夏のうちからクリスマスオーナメントや松竹梅は作っておき、クリスマスプディングのように寝かせておく方がいいかもしれません。まずは七夕の飾り作ろうかな? 七夕のまで現状が改善していることを祈りつつ。

鏡餅も飾りなしのものを買い、折り紙で飾ってみました。これもあり合わせの緑の紙テープ?で裏白風にしてみましたが、何だか長すぎて怪物の触手みたいにも見えます。ちょうど年末に孤児院に親切な人が贈ってくださった大きな雪だるまから超獣が出てきて暴れるお話を視たばかりだからでしょうか(『ウルトラマンA』38話)

 

みかんは暮れに葉つきのものが運よく手に入りました。3つ入って113円。

1つは鏡餅に載せ、後の2つはしばらく可愛らしさを楽しんだら食べます(笑)。



新しい年を迎えましたが…頭の中も家の中も片付いていません(笑)。
既にブログに書きましたように秋に30数年働いた職場を辞めました。そのことはしかたないかな、あのまま65歳までというのは業界の景気からも私自身の体力、知力からしても無理だったし…と受け入れています。で、これからどうするか?については何だかまとまりません。とりあえず失業保険の手続きはとりましたし、同居している弟の収入と介護中の父の年金もありますから当座は暮らしに困るわけではないのですが…

 

ちなみにこれは退職時にもらった花束の中のユリです。こんなに沢山花びらのたくさんある八重咲?のユリは初めて見ました。香りもとてもすてきでした。



これからどうしようか…考えなければならないのですが、考えるとこれまでのことを振り返ってしまいそうで、うっかり振り返ると旧約聖書に出てくるロトの妻のように心が固まって塩の柱とかになってしまいそうで…

とりあえずとっちらかりまくっている家の中を片付けつつありますが、どういうわけか気持ちが落ち着かず、はかどりません。それでもガサコソやっておりますうちに母のたんすの中から遺産?が発掘されました。

ポーチに一杯の10円玉、5円玉、1円玉。ざっと数えますと1円玉は1100円ほど、5円玉は330円ほど、10円玉は5000円ほどもありました。一時期、私が銀行が両替をしていない土曜日も店番の仕事をしていて時々、家から小銭を持って出ることがありましたので、母がそのために貯めていてくれたのではないかと思われます。5円玉の入っていたのゴブラン織風のポーチはデザインが悪くないので金具部分を磨けば使えるかしら?

できれば渋沢栄一か福沢諭吉を同じくらい遺してくれたらよかったのに
と考えてしまいますが…ささやかでも何か楽しめることに使おうと思います。ともあれ年の始めでございますからお金が儲かった?お話を書かせていただきました。

何卒、本年もよろしくお願い申し上げます。

 

11月末、東京国立博物館の続き「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」及び清朝の染織

11月末、東京国立博物館のつづきです。

この日、上野に来たのは働いていた会社で催してくれた歓送会に出るためでした。鎌倉復興当時の北円堂内陣の再現を試みる奇跡的な企画というふれこみの『特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』は混雑しているらしいし、興福寺は高校の修学旅行でも見たからいいかなあとも思っていたのですが、開催中に上野に来る用事ができましたから見ることにしました。ちょうど金曜日で20時まで開館だったこともあります。

特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2706


入館までに行列に並ぶということはありませんでしたが、結構な人出。
展示のうち明らかに見た記憶があるのは無著像。修学旅行の予習?で
朗読された先輩の作文で無著像についてかなり詳しく書いているものが
ありました。その先輩はいたくこの像に感銘を受けたらしく
「ムチャクさん」とさんづけで書いていました。実際に見てみると確かに
ムチャクさんと呼びかければ答えそうにリアルな(少々気持ち悪い?)像でした。今回の展示では修学旅行の時に見た正面だけでなく、横からも後ろ姿も鑑賞できたのです。

最近美術番組で知ったのですが、無著、世親兄弟は4世紀から5世紀にインド・ガンダーラ地方で活動した僧侶で唯識という仏教思想を完成させたのだそうです。「さまざまなこころが変化して 見るものと見られるものに分かれる、だからすべては存在しない、我がこころが変化したものにすぎない」あるのはただ心だけという思想なのだそうです。イメージさえあれば我々はものが見える音が聞こえるという考え方だとか

『祈りの空間』を再現しているのですが、平日にも関わらず、人が多く、
近づいて見るには辛抱強く待たなければならず、あまり祈るのにふさわしいムードではありませんでしたが、それでも手を合わせている人がいました。私も中心の弥勒菩薩像に今後のことを祈りました。

中心の弥勒菩薩と無著、世親像は修学旅行?で見たと思うのですが、
初めてで、楽しみだったのが写真やテレビで見ても躍動感
たっぷりの四天王像。どの像もどの角度から、顔、鎧、筋骨?どの部分を見ても魅せられてしまいます。

最初に見たのは増長天、たまたま台座の周りの人並みに切れ目があったのです。剣をかまえ、にらみをきかせているような姿勢ですが、近寄って見上げてみると瞼をやや伏せた顔には思慮深さ、やさしさも感じさせます。眼も口も大きく開いて手に腰をあててダンスの決めポーズをとっているような増長天、槍をたて、こぶしを握って強い思いを感じさせる持国天。彫刻なのにまるで今生きている人間に出会ったかのような心地になる展示でした。

いちばん好きなのは塔を手にのせている多聞天。小学生のころ、雑誌か何かに載っていたこの像かどうかわからないけど、やはり多聞天の立像の写真を見ている時、祖母から「家を持っているから地震の神様だとかいう人がいるけど、それはウソだからね」と言われました。ミュージアムショップに多聞天が持つ宝塔の『ぬいぐるみ』が売られていました。手に載せると多聞天気分に
なれるグッズ。

この展覧会は写真撮影禁止でしたので、4人?の写真のクリアファイルを買いました。裏は顔のアップの写真でかなりお得?なクリアファイルです。これを持ってレジに並んでいる時、女性のお客さんの一人から「すみません。そのファイルどこにありますか?」と尋ねられました。多聞天の宝塔ぬいぐるみの大きなポスターの下の台に並んでいると答えました。人が多すぎて商品を見るのも大変。

それから多聞天の上から撮ったポストカードも買いました。


『運慶~』を見た後、まだ歓送会開始までに時間があったので東洋館に戻り、3階 5室の『中国の染織 清朝の染織』を鑑賞しました。(中国の染織 清朝の染織)同展サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=7970


『濃萌黄天鵞絨地雲龍文様刺繡』
テレビの鑑定番組で学んだのですが、中国の皇帝を象徴する龍は必ず5爪が5つなのだそうで、この龍もちゃんと5本指?…皇帝の身近にあったのでしょうか。

 

『錦鯉図軸』


説明に錦鯉を織り出した「掛軸」とありますがこんな巨大な掛け軸をかけられる床の間ってあるでしょうか? 大きすぎる鯉で色の地味なので日本でイメージされるニシキゴイに見えず、ナマズか何かみたいに思えます。それとも龍になる直前で巨大化している?

『袍 紺綾地龍文様』
金色の龍に白い鳥が舞う衣装。龍の爪は5本ですが、皇帝が着用したものではなく、舞台で皇帝役が着たと考えられるとのこと。
 

 

『礼服飾り 牡丹孔雀文様』

華流時代劇で宮廷の人々が衣装の背中に縫い付けているもの、金ぴかで何だか重そう。


 

以上の3つはあまり家にほしくありませんが、刺繍の袖口飾りは

家にあってもいいかも…着用しないまでも掛け軸?として。

 

『袖口飾り 黄繻子地花鳥虫文様』

花や枝の刺繍はすてきですが、赤い眼のヒキガエルが不思議な袖口飾り。

袖口用ですから2本ずつあります

 

『袖口飾り 黄繻子地牡丹蝙蝠文様』

縁起ものの桃に卍が刺繍されているのが印象的

 

『袖口飾り 浅葱絽地牡丹蝶文様』

半襟?などにして身に着けるならこれがほしいかな?

 

『袖口飾り 白繻子地草花少女文様』人物やや風景まで刺繍で表現されてい

部屋に飾るならこれがほしいかも。

 

 

 


最盛期は日本の江戸時代とほぼ重なる清王朝は中国の古代と呼ばれる中では一番新しいため、美術でも工芸でも技術が発達していて、陶磁器でも服飾でも色彩豊かで豪華、きれいだとは思うのですが、華やか過ぎて個人的にはあまり家にほしいと思わないものが多いのがこの時代(笑)。

歓送会でホットジャスミンティーをオーダーしたら奇しくも?茶わんが

清朝風?でした

杏仁豆腐おいしかったです。

『中国書画精華宋・元時代の名品とその広がり 』続き 2つの山水画、『蓮池水禽図軸』

11月末に鑑賞した『中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり』。(~12月21日で終了)の続きです。


展覧会サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=7944

 

静嘉堂文庫美術館にも似たのが出ていた伝夏珪筆『山水図軸』。
白い点が映ってしまっているのはガラスケース越しなのでご容赦下さい。

 

これは静嘉堂文庫美術館で見た伝夏珪筆『山水図』。構図がちょっとちがうけど、よく似ています。もちろんちがう絵なのですが、かの時代にはこういうタイプの絵が出回って絵を志す人はお手本にして学んだのでしょう。こうしたものを2点、あまり間を置かずに鑑賞するのは私にとっては初めてです。

意図したわけではありませんが面白いですね。

 

 

これもガラスケース越しなので今一つよく撮れてない李公麟款『十六羅漢図』

でもとても毛筆で描いたとは思えない細かな筆致。



 

重要文化財『五龍図巻』龍の眼つき、鱗、爪、恐ろしくなってくるほどの迫力!

 

滝のしぶきの描き方の強さ…なんとなく葛飾北斎の海の波を思い出します。

北斎はこういう絵をヒントにもっと細かく描き込んだのかしら?


そしてこの展示のの最大の収穫、つまり家にほしいのは伝顧徳謙筆『蓮池水禽図軸』。今まで写真を撮ることができた中で一番美しいハスの花の絵ではないかと思います。ハスに戯れる白いツル2羽が鳴き交わしているのもすてき。

 


ちなみに他にも同じ題の於子明筆の方は写真撮影禁止でした。

 

この後、特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」を見るために本館へ向かいました。


つづく