実以のブログ -2ページ目

クレオメの思い出、初めての肺炎

1970年代後半のお話です。

祖母のいとこ=当時60代の女性がその父親(当時90代)と

暮らしておりました。最初その父の方が発熱し、肺炎を起こし、

看護しているうちその女性も感染し、二人とも入院。

父親の方が命をとりとめて娘の方が亡くなってしまいました。

「あのおじいさん、よほど生命力が強いんだねえ」
いとこの葬式に行く時、祖母が言っていました。この数年前に

会った時、そのおじいさんは胸元まである真っ白な長いひげがあり、

作務衣にちゃんちゃんこだったか和装で、何だか昔話の本から

抜け出したようにも思えました。後から聞いたのですが、

元教員で戦時中、森鴎外の『護持院河原の敵討ち』を

授業で取り上げたことを問題視され、終戦まで
教職を追われていたとのこと。

父を遺して亡くなった娘の方は戦争で夫を失って以来独身で

やはり教員だった人。一度妊娠したけど胞状奇胎で、

そんなこともあって一時期精神を病んで家にこもっていたとか。

祖母と父によれば私はこの方によく似ているそうです。

理屈っぽくて色気のないところが…

ともあれ、私たちがこの父娘と同じ運命にはならずに済んだようです。

6月20日現在、私は平熱で咳もあまり出ません。

胸元のもやもやがとれませんが来週には病院に父の面会と

今後の打ち合わせに行きます。

6月9日、医者に行く途中、近所の公園でクレオメが咲いているのを見ました。


クレオメの花を初めて見たのも70年代後半のこと…母と二人で歩いている時、道端の高いブロック塀の前に咲いていました。この塀の家の人が種をまくか植えたのでしょう。母は「きれいな花だね」と感嘆していました。灰色の塀が背景でしたから、より華やかにかわいらしく感じました。


 

クレオメ(Cleome)という名がわかったのはその頃、家に送られてきた園芸会社のカタログに載っていたからです。花の形が蝶に似ていることから和名をセイヨウフウチョウソウ(西洋風蝶草)というそうです。確かに風にゆれると蝶のようです。

 

6月18日、2度目の内科医の診療を受けた日のクレオメです。大きく咲き進んでいます。母がもし生きていて見せてあげたらやはり「きれいだねえ」と喜ぶでしょう。


細長いつぼみが開くと蝶の形になるのも、開く直前のつぼみの形も不思議。

花びらより倍も長いおしべとめしべがクモの脚みたいにも見えるので

英語名はスパイダーフラワー(spider flower)とのこと。

 

確かに美しい花ですが、一体どんな構造になっているのかと

ついついじっと見入ってしまいます。ひょんなことから動き出したり、

飛んだりしそうな…悪い宇宙人がエネルギーを送ると
ピンク色の巨大なクモ怪獣?になりそうな気もしてしまいます(笑)。

母と散歩でよく見ていたガクアジサイも見ごろを迎えています。

軽いながらも肺炎と言われてビビりましたが、

38度熱が出た時でも父とちがってずっと食欲はありました。

 

ステーキや焼き肉をもりもりというわけには行きませんが、
パン、餃子、ラーメンなどの炭水化物は食べたくてたまりません(笑)。

 

 

2度目の内科受診の後、温かくて滋養のつきそうなものが食べたくて

中華料理店で鳥そばをいただきました。久しぶりでおいしかった

…昨年前半までは体調が落ち込んだ時は上野駅構内にある

ヴィーガンラーメンの店へ行っておりましたが、そのようなところを

家の近くでも見つけておくべきかもしれません。

 

白いアマリリス、父の緊急入院、野沢菜しぐれ

5月中旬、父を散歩させた公園の花壇に白い大きな花が咲いているのが見えました。ユリかと思って近くへ行くと白いアマリリスでした。初めて見ます。


つぼみもきれいです。



ところで父の車椅子散歩はあれが最後になってしまうかもしれません。
というのは6月初めに父が入院してしまったからです。

数か月前から食欲が落ちてきているのは感じていました。特に朝、起きた時
「気持ち悪い、具合悪い、食べたくない」というような意味のことを言っていました。それでも体温は平熱で、寝たいだけ寝かせておくと

のろのろでも起きて自分で着替えをしていました。

5月末に訪問医療の先生が来た時には体温も血圧も正常でしたが
その翌朝、起こした時に「頭が痛い」というので検温すると37.2度でした。
ただしばらくすると起き上がってごはんとつけものを食べて

テレビを視ていたので、この日行く予定だったデイサービスを

休みたくて発熱したのかなと思ったのですが。
 

翌日、父を起こすと起きてたちあがりはしたものの、

「頭が痛くてたまらないからすぐに頭痛薬をくれ」と言います。
頭痛薬をのむには何かお腹に入れる必要があります。

それでロールカステラを小さく切って食べさせ、

家にあった鎮痛剤をのんでもらいました。

 

尋常ではないと思い、訪問医の先生に連絡、その翌日に臨時往診してもらい、血液検査をして、カロナールとオーグメンチンの処方箋をもらいました。

ところがオーグメンチンの在庫が最寄りの薬局にありませんでした。

入荷しにくい薬とのことです。

 

ちなみにこの薬はこの翌日出る血液検査によっては

のまなくてもいいかもしれないとのことなので翌日、

別の薬局へ行くことにしました。

 

次の日、訪問医から電話があり、「やはり血液検査の結果では炎症の可能性があり、入院した方がいい病状、オーグメンチンは入院を待たず一刻も早くのませるべき」と言われたのでバスに乗ったところにある大きめの薬局へ

走りました。家に戻ってカロナールとオーグメンチンをのませると

いくらか頭痛も体温も動きにくさも落ち着いたようでした。

病院は決まったものの、受け入れが可能なのは翌日、

しかも父を運ぶ福祉タクシーの手配がつかず、

結局入院できたのは午後でした。

入院する前の晩、薬を服用させる前に少々のご飯と

この「野沢菜のしぐれ」を食べさせました。


前回のブログで紹介を忘れていた信州土産です。父が好きそうな品ですが
真空パックなのでもっと日が経ってから食べさせるつもりでした。
でもふと思って開けてみました。



野沢菜は確かに入っています。でも

パッケージの写真ほどの存在感がなく、昆布やしらたきや

トウガラシが目立ちます。どれも発熱し、食欲の落ちた老人に

適したものとは言えません。海藻やこんにゃくで窒息すると

大変なことになりそうで。


でもひょっとするとこれが父の最後の食事になるかもしれないのです。

父に「味見してみる?」と訊いた上で
比較的喉を通りそうなものを選んで、少しのご飯と口に運びました。
すると「うまいな」と言ってくれました。「お茶漬けにすればおいしいぞ」とも。

とブログをお読みの介護中の皆さんにはまねしてほしくないことを

してしまいましたが、、父は何とか生きているようです。

病院から何の連絡もありませんから。

診断は誤嚥性肺炎ということです。

 

父を入院させた翌日から私に喉の痛みと微熱が出ました。

家で静養しても治らず、2日後には一時的ですが

38度台の熱と咳もひどくなりました。

 

特に夜、寝ているとお腹から絞り上げるような?咳が出て

とまらないのがつらいです。

 

この手の症状があると面会ができないらしいので病院に問い合わせると
コロナとインフルエンザでないことがわかれば病院指定のマスクをするなど
条件付きで面会できるかもしれないとのこと。

 

というわけで発熱外来を受診しました。

コロナもインフルも陰性でしたが、レントゲンと血液検査の
結果、軽い肺炎を起こしかけているとのこと…

幸い、発熱外来で処方してもらった薬を服用してからいくらかよくなりつつ
あるようですが、本日(6月13日現在)、まだ熱と咳が出ます。
 

いささか親不孝ではありますが、来週まで

面会に行かず、ごろごろしようと思います。
 

信州初夏の旅 お土産編

5月の信州の旅で会った友人からたくさんお土産をもらいました

 

このうち『おばすて味噌かけくるみ』と『おばすて味噌キャラメルポップコーン』は

テレビを視ながらまたたくまに食べてしまいました(おいしかった!)

 

 

風雅なパッケージに入った『そばの華』は中心部に煎ったそばの実のある

クッキーです。やさしい味でこちらはゆっくり頂いております。

 

『アップルシナモン』は我が家にとっては贅沢品のブルガリアヨーグルトと

いっしょにいただきました。これも美味でした。

 

柳町の菱屋さんで自宅用に買ったのは『華城下』なる味噌。こちらは今使っている味噌が終わったら味わってみます。

 

とまあ、もらってばかりの私です。

 

ついでですが、旅から帰ったら弟がベランダでなんとなく育てているらしい

菜の花が貧弱ながら今頃さいていました。

 

 

 

信州初夏の旅2026 つづき 上田城址公園の枝垂れ桜の実、人生で最も高価な天ぷら

5月の信州の旅、2日めです。
宿泊は上田第一ホテルでした。エントランス脇にアイリスが咲いていました。
またこのホテルの前にもスズランが生えているのに気づきました。もう1週間早く来ていたら花が見られたでしょう(我ながらスズランへのこだわりが怖い)


前の晩、コンビニで買っておいたパンとロビーの無料コーヒーで朝食。チェックアウト後、ホテルに荷物を預けて散策に出かけました。。

この日は水曜日なので池波正太郎真田太平記館も上田市立博物館も休館。
上田城址公園の山極勝三郎の胸像にご挨拶。


うすら堺雅人に似た銅像、そして西櫓にもご挨拶

 

GWが終わったばかりだからか、上田城址公園のあちらこちらが
工事中。バリケードにお城の紹介記事がありました。
 

 

堀を縁どる新緑。


小さなリボンのようなカエデの翼果。


枝垂れ桜の実。

春の花も美しいですが、実にも観賞価値がありますね。

そしておもてなし武将隊の幸村様にも謁見。


その後、柳町の武田味噌の店、菱屋で自宅用に味噌を買いました。


昼食は前回ここを訪れた時、閉まっていた手打百藝おお西に入りました。


この店の前にある兵馬俑のレプリカをどうやって中国から持ってきたのか
伺いたかったのです。

飛行機の席を取ったのではなく、船で送ってもらったそうです。



この日お勧めの山菜(山うど)の天ぷらと発芽そばを頂きました。


発芽そばについてはこちら

おお西様HP
https://www.ohnishisoba.com/?page_id=66

ちなみに店先に「山菜天ぷら」1650円と書いてありましたので
山菜の天ぷらそばが1650円なのかと思いましたが、山ウドの天ぷらだけで
このお値段でした! おそらく私にとって空前絶後の高価な天ぷら!

 

おお西様店先のカメさんとつくばいが涼し気。

昼食後はホテルで荷物を受け取り、これ以上出費しないように
早々に新幹線で帰りました(笑)。
 

信州初夏の旅2026 長野県立美術館『東山魁夷館コレクション2026 第Ⅰ期』

5月の旅の続きです。


友人の車で長野駅まで送ってもらった後、バスで善光寺大門へ。

恒例の善光寺参りをいたします。


本堂にスロープができていました。これで車椅子やベビーカーでも

参拝できますね。


おびんずる様の腰をありがたくなでさせていただいた後、
長野県立美術館へ


『東山魁夷館コレクション2026 第Ⅰ期』を鑑賞します。


展覧会サイト
https://nagano.art.museum/exhibition/higashiyama2026_1

『花明り』は有名な絵ですが実物を見ると桜の描き方の緻密さにため息。
会場は撮影禁止でしたが、こちらでごらんになれます

https://www.higashiyama-kaii.or.jp/%E8%8A%B1%E6%98%8E%E3%82%8A/

 



『あぶり餅』はこの御餅を売っている店の絵ですが、そばで見るとどちらかというとラフなタッチなのに離れてみると店の活気、餅のおいしさ?が感じられるほどリアルなのが不思議。
複製ですがこちらでごらんになれます。
https://cdbid.waterhop.sbs/index.php?main_page=product_info&products_id=2799362

そしてぜひ実物を見たかったのが『緑響く』。私はこの絵のクリアファイルを

友人に贈り、その後自分でもほしくなって買ってしまいました。クリアファイルの写真ではわかりにくいかと思いますが、実物を見ると中心部の緑の樹の間に吸い込まれそうな気分になりました。水に映る白い馬や樹々の影の描き方も絶品です。平日で空いていたのでこの絵の前のベンチに掛けてしばしぼうっとしてしまいました。


奥穂高渓谷の夕暮れを描いた『夕静寂』も滝のマイナスイオンが漂ってきそうで、つらい時に眺めるためにクリアファイル買いました。


東山魁夷が15歳の時に描いた自画像も展示されていました。とてもかわいい
少年だったようです。下記でごらんになれます

https://www.higashiyama-kaii.or.jp/%E8%87%AA%E7%94%BB%E5%83%8F/

 

1944年、36歳の時に描いた『すみれ』はとてもかわいい絵ですが、すみれの花の色が紫ではなく、見事に藍色。藍色のすみれがあったのかそれとも絵の具の色が変わったのか? ちなみにこの画像は見つかりません。

絶筆の『夕星』。ちなみに読み方は「ゆうせい」ではなくて「ゆうぼし」。


「これは何処の風景と云うものではない。そして誰も知らない場所で、実は私も行った ことが無い。つまり私が夢の中で見た風景である」とのこと。
そのせいか幻想的…画面左と右で生えている樹がちがい、

あるいは季節もちがうような…描かれた4本の樹の高さや形が皆違うのも何かを語っているような? これもクリアファイルではわかりにくいですが星の描き方もどこか絵本風?

作品は撮影禁止ですが通路に図書の展示コーナーがありました。そのうち
読んでみたいものです。

 

足休めを兼ねて魁夷の画業を紹介する映像も見ました。

帰り道、善光寺のお守り等の販売所の裏で、

咲き残りのスズランを見つけました。


善光寺参道に垣根にスズランが生えている宿坊がありますが今年は
花が終わってしまっていましたからラッキー。

バスで長野駅に向かい、駅ビルで夕食用のお焼きを買い、しなの鉄道でホテルを予約した上田に行きました。
 

信州初夏の旅2026 長野県立歴史館 常設展示

企画展を見た後は常設展示室へ。ここがオープンしたばかりの頃にも
一度来ておりますが、あまり記憶に残っておりません。

歴史館サイト
https://www.npmh.net/permanent/genshi.php


いきなり度肝をぬかれたのが動くナウマンゾウ。

何となく動物園で見かけるゾウの牙が長くなってるだけかしらと想像していたのですが、ずっと大きいです。もし現代人が戦うならガンダムが必要なくらい(笑)。

歴史番組などにもよく登場する縄文のヴィーナスと仮面の女神、ここにあるのは複製ですが。


人気所蔵品のトロフィー型土器


掛け算九九が書かれた木簡


復元された竪穴住居と高床式建物


竪穴式住居の中(暗いけど)

 

古墳時代の戦士…戦国武将よりは楽そう?


古代の信濃と朝鮮半島のつながりのコーナー

『善徳女王』などの韓国時代劇に出てきそうな黄金の冠。ドラマに出てくる方が
豪華ですが。

 

奈良時代前期の信濃国国司の印鑑の模造。字体は8世紀前半のものとのこと


奈良時代に信濃から朝廷におさめた白布の袴。


鎌倉時代の善光寺境内、これは以前に見た記憶がなんとなくあります。


大河ドラマで話題? 太閤検地帳


 

江戸時代、この歴史館の近くにあった矢代宿割図


旅の楽しさが伝わってくる江戸から松代への道中記


文久3年に徳川斉昭の娘溶姫(ようひめ)が加賀へ嫁ぐ途中、小休止した尾崎家へ与えたとされる品。幕末のものなので状態がよくてきれいですね。


鹿児島暴挙(西南戦争)の文書。長野県まで電信がきていなくて岐阜から飛脚で知らされたとか。


明治末の製糸工場を再現したコーナー


工女を指導する教婦の服装。工女より上等

 

工女の服装。現代とちがい、帯が二つに折られておらず、ラフな感じ。



なぜか食事の模型もありました。



昔のおもちゃのコーナー。セルロイドのキューピーさんがちょっと怖いです。

歴史館見学を終え、信州そばのランチを頂いた後、友人の車で長野駅まで

送ってもらいました。

信州初夏の旅2026 『犬神家の一族』を聴きつつ墓参及び長野県立歴史館『長野県民の戦後再出発』

5月中旬、父がショートステイに行っているスキ?に墓参を兼ねて信州に行きました。


菩提寺最寄り駅で迎えてくれた友人の車で寺に向かったのですが、
昔と全然変わってしまって道に迷って大変…ランドマークになっていた
大きな会社がなくなって宅地となり、公民館まで消えて普通のお宅に
なっていたため、曲がるべき角がわからず遠回り。

通信教育のラジオ授業を受けるのにつかっていたICレコーダーから音楽を流しつつ、墓掃除と除草剤散布。熊を除けるためです。曲目はなぜか映画『犬神家の一族』のテーマ。我が家には犬神家ほど財産がないのですが…考えてみるとこういう時は読経か声明のCDにすべきかしら?

幸いにも熊はみかけず、墓参を済ませ、友人の車で長野県立歴史館へ。


企画展の『長野県民の戦後再出発』を鑑賞。

令和8年所蔵品展 長野県民の戦後再出発


展覧会サイト
https://www.npmh.net/exhibition/

満蒙へ渡った人が多い長野県、満洲で歌われていた隣組の歌の楽譜と振付の表。


日本国内で流行していたものにならって作られたと説明にありますが、
私も聞いたことのある『隣組の歌』とは楽譜がちがいます。

隣組の歌(とんとんとんからりんと)の楽譜はこちら
https://ja.musescore.com/user/80345581/scores/24317008

満洲での暮らしをしのぶ写真帳。


満洲の児童が描いた絵。

この子は絵が上手です。生き延びて才能を発揮していてほしいものです。

米軍が投下したビラ。

ビラがSNSに変わっただけで今も似たようなことがされています。つらいですね。

ゼロ戦のスピナー部分を転用したバケツ。魔女用の大鍋に最適?


GHQが収納した「赤羽刀」の大刀『山城守藤原国次』と脇差『筑前守源宗継』。



小学校の社会の教科書でも見たことのある『あたらしい憲法のはなし』


婦人参政権運動で活躍した児玉勝子の年譜と日記。

こういう方がいたことを
今まで知りませんでした。

企画展の後は常設展示室をまわりました。

つづく
 

『メアリ-・ポピンズのお料理教室: おはなしつき料理の本』P.L. トラヴァース作

メアリー・シェパードさし絵・モーリス・ムーアベティ料理監修
鈴木佐知子訳 文化出版局 1977年初版(950円)

表紙の写真はこちら

 

 

 


今年1月にご紹介した『エミリ・ディキンスンのお料理手帖』は全く読むだけのお料理本ですが、この『メアリ・ポピンズのお料理教室』のレシピには

10代から20代にかけて作ったことがあります。ですから出版年も古いですが、ずいぶん使用感があります(笑)。先日、公共図書館でこの本を見かけたのでレビューを書いておこうと思い立ちました。

「おはなしつきお料理の本」とあるように前半はバンクス家の料理番ブリルばあやがめいの子供たちのはしかの看病で不在となり、メアリ・ポピンズと子供たちが食事作りに奮闘する一週間の物語。曜日ごとの朝、昼、晩の英語と日本語のメニュー一覧もあります。これを見ると昼食がLunchではなく、Dinnerとなっていてローストビーフ、ビーフパテ、アイリッシュ・シチューなどボリュームのある料理を出します。日本では夕食の方が手間をかけてDinnerになるイメージですが、この本のSupper(夕食はチーズトースト、フレンチトーストなどあっさりしています。


この本を買った時、高校生だった私、家庭科の先生に見せたら

「野菜、特に緑黄色野菜が足りませんね」と言われそうだと

思いつつ、食べてみたかったのは火曜日の昼食メニュー。羊飼いのパイに人参のバター煮、りんごの重ね焼き。緑黄色野菜である人参のバター煮とりんごの重ね焼きは自分でも作ってみました。パイ皿にパン粉を入れ、薄切りのりんごを並べ、その上にまたパン粉、その上から砂糖をふり、それを繰り返して皿がいっぱいになったらオーブンで焼きます。ふりかける砂糖は本には「赤砂糖」とありますが、入手できませんので家にあった上白糖を用いました。それでも家族にも好評で何度か作りました。わりと簡単なレシピで子供といっしょに作ったら楽しそう。りんごも「酸味の強い青いりんご」

とありますが、日本で出回っている糖度の高いもので作るなら砂糖の量を加減すればいいでしょう。

 

羊飼いのパイは自分では作りませんが、
後年、勤め先近くにできたアイリッシュ・パブで食べました。この本のレシピよりかなり小さいパイでしたが。ちなみに火曜日の夕食は魚のコロッケにジャムをのせたタルト、日本人の感覚ではちょっと不思議。

40ページ以降は「メアリー・ポピンズのお料理ノート」、お話部分に登場したものも含めたアルファベット順のレシピ集。巻末には「ごちそうになるもの」「つけ合わせとソース」「お食後になるもの」などに分類した索引、登場人物の紹介もあります。ちなみにそもそもメアリー・ポピンズについて知りたい方は下記へ

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%94%E3%83%B3%E3%82%BA

 



私が実際に作ってみたのは主に「お食後になるもの」や「ケーキとクッキー」に分類されるもの。つまりお菓子類。特にダンディケーキ(フルーツケーキ)はクリスマスパーティや招待された結婚披露宴などに出し、比較的高評価でした。ただ中にいれるフルーツ類は本に書いてあるものより少なめにしました。材料のうちカラント(よくあるレーズンよりも小粒な味の濃い干しブドウ)は入手できませんたし、もしあったとしても小麦機1と4分の1カップ、バター130グラム、卵3個ぐらいで作った生地に干しブドウ1カップ、カラント1カップを入れて焼いたものを想像すると小麦粉をつなぎにしたブドウの塊のようであまりおいしくなさそうな気がしました。

「ごちそうになるもの」のメニューのうち、トライしたのは「野菜のポタージュ」だけ。材料の野菜をやわらかく煮込んだ後、裏ごしせよとあるのですが、裏ごしが面倒でそのまま頂いてしまったのをおぼえています(笑)。

 

アイリッシュ・シチューやランカシャー風ラムの煮込み、ローストチキンなどは読んで想像するしかありません。ラムの肉や鶏1羽を入れられる大きさのオーブンなどを都合できませんから。後にアイルランドを旅行した時、アイリッシュシチューがランチに出た時は感激でした。


「朝食用」に分類されているレシピは全て卵の料理。いり卵、つまりスクランブルドエッグはこの本の通りに作ると確かにおいしいです。卵6個をあらかじめボールに割り入れ、塩、コショーと共にかきまぜ、鍋で溶かした大さじ3杯のバターでくるむように弱火で柔らかく仕上げるというもの。しかし卵をかきまぜるボールという洗い物が生じるのが面倒だし、バターも高いので、現在は専らサラダ油をフライパンに入れて、そこにいきなり卵を割り入れて作っております(笑)。

今後、私がこの本の料理を作ることはなさそうです。

でも改めて読んでみますと楽しいし、物語の読者が

作中に出てくる料理を想像したり、調べたりして作った本ではなく、

原作者のトラヴァース自らが関わって英国の家庭料理を紹介している点が

貴重だと感じます。

ちなみにこの本は『台所のメアリー・ポピンズ おはなしとお料理ノート』という題で挿絵を彩色した新版が2014年に出ています。原題が『Mary Poppins in the Kitchen』ですから、新版の方が直訳に近いですね。
 

 


 

父初めてのショートステイ、いちご柄のトレイ、アマリリス、タチアオイ

5月中旬、マンションの事情で父に1週間ほど特別養護老人ホームにショートステイへ行ってもらいました。


初めてのショートステイですから準備がなかなか大変。

着替えを下着も含めて上下3セット、パジャマも1,2着用意せよとのこと。

動きやすく、洗濯機に放り込んで大丈夫な服をと言われておりますから、ダンディに装わなくてもいいかもしれませんが、
それでも家族以外の人の前に出るとなるとあまりよれよれというのもどうかと
思います。ですからユニクロ、GU、しまむら、ワークマンなどをめぐって
スウェットパンツ、トレーナー。Tシャツなどを買いました。

ちょうど御上?から電子マネーか商品券で5000円分いただけるハガキも届きましたので、アマゾンで新しいポロシャツも買いました。1年ほど前に買ったものの色ちがいの品です。



父には袖の先がこうなっているのがいいというこだわりがあります。不思議と
店頭で売っているところが私の行動範囲では見つかりません。

ショートステイに持って行くものには全て記名しておく必要があります。連休明けからずっと、ひまさえあれば父の服や下着に名札を縫い付けたり、歯ブラシやシェーバーに名前を書いたり貼ったりしていたような気がします。

父はふだんからデイサービスに行くのもいやがるくらいですから、

出発当日の朝もぐずぐず言いましたが…何とか車に乗せました。

施設にいた間はマイペースで過ごしていたとのこと。

職員さんを困らせるようなことはなかったのですが、

私に電話をしてきて「このホテルにいつまで
いるんだ?」などと訊いてきました。事の次第はもちろん説明済なのですが、
忘れてしまうのです。

他にこの春入手したもので記録しておきたいのはイチゴ柄のトレイ。
昨年、自治会の行事でお盆が必要になり、急遽、家にあったものを
持ち出したのですが、使っている時ふと裏側が黒ずんでいるのに

気づきました。


そろそろ新しくした方がいいなと思っていましたが、次にどんなものを
買ったらいいか1年間考えてしまいました。



100円ショップのでもいいかなあという気もするのですが、生協のカタログに
かわいいいちご柄のトレイが出ていましたので購入。いちご、ブドウ、レモンなど果物のデザインにはひきつけられてしまいます。

物価が高くて節約しなければ、なるべく買わないようにと思う一方で、「いずれ買おう」と思っているものは買わずにいると急に値上がりしてしまうような気もしてきてしまうのです。

父をよく散歩させる公園で今年、タチアオイが咲いています。勤務していた会社の近くで咲いていたタチアオイ、今年は見られないかと思っておりましたが、住まいの近くでも発見してラッキ―。


そのそばでアマリリスも咲いています。

遠目にも燃えるかがり火のようで見ると元気が出ます。





 

スイレンと片付け?

5月2日、両親が入院したことのある病院近くの池にスイレンの花が咲いているとのことなので行ってみました。

池の最寄り駅近くでいささか盛りを過ぎてはいましたが、藤の花を見ることができました。来年はもう少し早い時期に来てみましょう。

 

その池に確かに白いスイレンは咲いていました。

でも小さな花で岸から遠い所でしか咲いておりませんので、
写真はなかなか難しく、これが精いっぱい。

 

ちなみに池の上でこいのぼりが風の中を泳いでおりました。


池の近くの花壇でバラがきれいでした。このバラの名は「ラヴァーグルド」

母が見たら喜びそうな黄色いバラ。

このピンクのばらの黄色い芯が見えるのは盛りを過ぎて

咲きすぎているのか、それともこういう咲き方をする品種

なのでしょうか。

 

いささか元気のないこの白バラの品種名は『正雪』。ショウセツじゃなくて

マサユキと読むそうです。


ところで私が初めてスイレンの花を見たのは小学3年生ぐらい、

祖母に連れられて松本へ行った時のこと。

祖母が生まれ育った寺へ行き、その後、おそらく祖母の関係者と

思われる家を訪問しました。

 

その家ではおばあさんに二人会いました。一人は居間らしき部屋で

当時60代だった祖母と同じ年ごろの人。その人とお話した後、

離れと思われる所に住んでいるおばあさんのところへ。

祖母よりさらに一世代上の方だったような気がするので

いわゆる隠居所だったのかもしれません。


居間からその隠居所へ移動する時、庭に面した縁側を通りました。

祖母にとっては親しい家だったようで案内もなく、祖母と二人だけ。

祖母が「ごらん、スイレンが咲いているよ」と庭の池を指さしました。

池の水に淡いピンクの花がいくつか浮いているのが見えました。

このスイレンの家での思い出がもう一つ。
隠居所のおばあさんがいた部屋は三畳間でした。

こたつに座ったおばあさんで部屋がいっぱいな感じです。

 

その家を出ての帰り道、祖母は「あの離れは四畳半と三畳間の二間、

あのおばあさんは四畳半の方に箪笥やら行李やらをおいて、

自分は三畳間にいるんだから変わっているよね」と言いました。


「それでもって炊事は外でしているんだって」

あの三畳間は縁側に面していて外に七輪、

ひょっとして水道もあったかも…


スイレンが咲いていた家と我が家との関係については今、父(祖母の息子)に訊いてもわかりません。祖母が生きているうちに訊いて記録しておけばよかったのですが。かなり大きな古い日本家屋で、庭の池や石、

植え込みなども立派だったような気がします。

記憶はおぼろげながらもあのような日本風庭園の池で

咲くスイレンを再び見たいと願うのです。

そしてあの二人のおばあさんと祖母との関係も今となっては不明ですが、
祖母の母である曾祖母の実家の関係者で、

あるいは私と遠縁ながら血縁もあるのかも…

と申しますのは、昨年仕事を辞めて以来、身辺整理、いわゆる断捨離にも
取り組んでいるのですが驚くほど進みません。

介護と求職活動で忙しいせいもありますが、

なかなかものが減らせないのです。

買ったものでももらった物でも縁あって我が家に来たからには

何か役立てたい、使いたいという気持ちが起きてしまいます。

あのスイレンの家の隠居所のおばあさんの血がわずかながら私にも流れていて、このままだと4畳半を物置にして3畳間で寝起きする…

つまり居住スペースより収納スペースが大きく、不思議な場所で食事を作る暮らしになるかも…


というか既になりつつあるような…それでも楽しく天寿を全うできれば
いいのかも…マンションで七輪は使えませんが(笑)