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特別展「扇影衣香-鎌倉と宋元・高麗の仏教絵画の交響』

またまた話はさかのぼりますが12月11日、鎌倉国宝館の特別展『扇影衣香-鎌倉と宋元・高麗の仏教絵画の交響-』を鑑賞いたしました。

国宝館に行く前に鶴岡八幡宮に参拝



柳原神池の橋で撮った写真。紅葉している樹が水面に映っています。


展覧会サイト
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kokuhoukan/2025-seneiikou.html


出品リスト
https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kokuhoukan/documents/seneiiko_list.pdf

下記、ナルホド事始メ|鎌倉市公式によれば、この展覧会では「修行の一種である「経行(きんひん)」という、歩く様子を描いた像」を出品しているのが目玉とのこと。

https://kamakura-city.note.jp/n/n883cd6c47870

この日印象に残ったのは『以亨得謙経行像』(南北朝時代 佐賀・萬歳寺)
日向に生まれて元に渡り、30年過ごした後、帰国、鎌倉や京都の禅寺で活躍した後、九州へ下り、萬歳寺などを創建…なんて波乱万丈の生涯…海外に30年いたら帰るのがいやにならなかったのかしら? この展覧会は写真が禁止でしたが、
下記「萬歳寺の文化財」でごらんになれます。
https://www.city.tosu.lg.jp/uploaded/attachment/2761.pdf

ちなみに経行は坐禅の間に眠気を覚ますために行われた修行の一つとのこと。私も読んだり書いたりしていて眠くなってきたら歩いてみようかしら

くすんでいるのに顔の部分をオペラグラスで見ると話しだしそうな
すごい存在感なのが『無準師範像(円覚寺)』
モノクロですがこちらのサイトでごらんになれます
https://www.tobunken.go.jp/materials/glass/21869.html

『玉隠英璵像』…この人は信州出身なのだそうです。初めて知った同郷の偉人です。

『遊行上人縁起絵』(清浄光寺本)、吉山明兆の五百羅漢図(東福寺)は
 南北朝時代のものとは思えないほど色あざやかでした

円覚寺の元時代の五百羅漢図、一見くすんで見えるのだけれど、
少し時間をかけて眺めていると枝を張った樹の風情、人々の表情などが
浮かび上がってきます。

展覧会チラシに写真のある建長寺の『釈迦三尊像』。右の童子だけ顔が白いのがちょっと不思議。

特別展の隣の部屋にはいろいろな仏像が集められていました。辰年生まれを守って下さるという普賢菩薩像があったのでおがみました。

鎌倉国宝館を出た後、旗上弁財天に参拝、池をスイスイ泳ぐウミネコに癒されました。


 

舞踏公演『優雅な生活が最高の復讐である(落下編)』あるいは『怪奇大錯戦』?

話はさかのぼりますが…昨年12月13日土曜日、中野のテルプシコールで
舞踏公演『優雅な生活が最高の復讐である(落下編)』を鑑賞いたしました。
父の介護のため、夜の外出はあまり出来ないのですが、この日は土曜日で
弟が家にいてくれたので行くことができました。

公演詳細とチラシは下記

★「優雅な生活が最高の復讐である」(落下編)
2025.12.12(金)19:30
13(土)18:00

中野テルプシコール
東京都中野区中野3-49-15-1F

[出演]石丸麻子 古茂田梨乃 斎木穂乃香 藤井マリ
[音]望月隼人 [声]本田ヨシ子
[照明・映像]森政也 [写真]小野塚誠
[映像]高橋哲也 [宜伝美術]小笠原幸介
[企画]moonfish art (藤井)

一部動画も公開されています
https://www.youtube.com/watch?v=tmTI9YHJkT4

『優雅な生活が最高の復讐である(落下編)』まずこの公演の題に
ひきつけられてしまい、観ようと思ったのです。

4人のメンバーは8月から準備、鍛錬をしてきたとのことです。うまく文章にすることができないのですが、それぞれの個性、パワーがひびきあい、照明、音響も見事な舞踏でした。

とにもかくにも失業やらデイサービスをいやがる父の問題やらのストレスから
しばし解放されたすてきな夜でした。

開演前に気づいたのがテルプシコールの壁のこのしみ? 人影のようにも
見えるのでもしかして舞踏の演出なのかなと思いました。舞踏の途中で
照明が当たると輝くとか…


終演後、舞踏家の一人藤井マリに尋ねたところ、アートではなく、最近自然にできたとのこと。藤井がいうには「十字架みたいにも見えるのよね」

そういわれると霧の中にたつ十字架のようにも…

 

もし生物だとしたら、2本の脚には膨らみがあり、頭には大きな耳?角?…悪魔?ある日、これが光り出して、色がついて盛り上がって、ついには
壁を抜け出して暴れ出す?…

そういえば…初代ウルトラマンを倒した怪獣ゼットンにも似ていないでしょうか? あるいは怪獣までとはいかなくても芸術家の強すぎる情熱がこめられ十字架が恐怖をまき起こす『怪奇大作戦』のエピソードを作るとか…
…特撮ファンの皆様、いかがでしょうか。

と脳内で怪奇大錯戦?を繰り広げながらの帰り道、中野駅南口のレンガ通りのクリスマスイルミネーションも楽しみました。

11月の寛永寺根本中堂、入谷鬼子母神

話はさかのぼりますが、昨年11月10日、上野の寛永寺根本中堂に参拝いたしました。寛永寺では不忍池の弁天堂や清水観音堂、出勤前にも立ち寄れた両大師はもちろん何度もお参りしていますが、上野公園からやや離れた根本中堂へ行くのは初めてでした。

寛永寺HP
https://kaneiji.jp/#gsc.tab=0

この日は動物園も博物館も休業の月曜でしかも雨もよいの寒い日でしたから、上野は平素より静かでした。

寛永寺HPなどから何となく大伽藍、私の知っている中では善光寺本堂のよう
大きな建物を想像していましたがあそこまで大きくはありません。でも歴史の重みを感じさせます。正面は閉じていて、脇の階段からあがり、靴を脱いでお参りします。中で売られていたお守りやお札はさすがに種類が豊富でした。

後からNHKEテレの『新日曜美術館』で知りましたが、寛永寺創建400年記念で根本中堂中陣に日本画家手塚雄二画伯による龍の天井画『叡嶽双龍』が描かれていました。でもこの日、中陣は非公開で気がつきませんでした。正面から入れなかったのも天井画公開準備中だったからかもしれません。

同番組によれば、この絵には中国明代の墨が用いられているとのこと。

画材も寛永寺と同じ長さの歴史を背負っているのですね。


樹々が色づき始めていた境内もとても静かです。欧米からの観光客が
数人、散策を楽しんでいました。



開催中だった東京ビエンナーレの展示場の一つになっていて、根本中堂裏に
黒川岳氏の『石を聴く』という作品が置かれていました。



『石を聴く』については詳しくはこちら
https://tokyobiennale.jp/tb2025/exhibition/gaku-kurokawa/?lang=ja



参拝を終えて門を出たところにふくよかな猫ちゃんがいました。この子に会えてこの日にお参りしてよかったと感じました。


この後、「恐れ入り谷の鬼子母神」という言葉で知られる入谷鬼子母神(真源寺)へ向かいましたが、その途中、おなじみの上野両大師にもお参りしました。

 

手水舎の龍が紅葉のレイをつけています。

境内のクコが花と実の両方をつけているのが見られてラッキ―でした。


 


入谷の鬼子母神こと真源寺は有名ですが、この日は人気がなく、鬼子母神の扉も閉じていました。

 

朝顔市などの行事がない時は閉じているのかもしれません。鬼子母神本殿の龍の彫刻は最近作られたもののようですが、かわいらしい表情でした。



 

以上、古い話で恐縮です。皆様のお役にたつブログかどうか
わかりませんが、自分としては時期がずれてもどこかに書いておかないと入谷鬼子母神に行ったことがあるのかどうか、後でわからなくなってしまいそうなのです。
 



 

初詣…アジサイに水仙? 秋冬の花の記録

1月3日、近所の神社へ初詣しました。弟に父を車椅子に乗せて連れて行ってほしかったけど、暮れの激務で疲れているらしいし、父もおっくうだというので一人です。参拝し、
小さなダルマ(1000円)を買いました。昨年は小型の熊手も買いましたが今年は大きなものしか見当たらなかったのでやめました。

神社の近くの公園、ぱっと見にはアジサイの株に水仙の花が咲いているかのような不思議な光景。

もともとここには正月頃、水仙が咲き、母の生前にはよく散歩に連れてきておりました。どうやら水仙の根っこがアジサイの下に潜り込んだようです。

もちろんもともとの場所の水仙も花盛り、香りにも癒されました。


ついでですが、父を散歩させている公園でこの秋もキンモクセイが咲きました


ヒイラギモクセイも咲きました。

ただキンモクセイもヒイラギモクセイも毎年2回は咲くのですが、
今年は1度しか見られませんでした。気候が不順だからかもしれないし
私がぼうっとしていて2回目を見逃してしまったのかもしれません。

今、母が生前好きだったサザンカも咲いていますが、花付きが今一つです。

年頭の所感…自家製正月飾りと母の遺産?

このブログを読んで下さる皆様、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。



7年前に亡くなった母の遺品の中に大量の折り紙がありますので、正月飾りを買わずに作ってみました。こういう作業はわりと好き、正月が過ぎたら焼却するのも紙だから簡単なのもいい…けれどネット動画などを見ながら作るのは時間がかかりました。以前、ヨーロッパのの紀行番組でクリスマスが近づくと「クリスマスプディング」を作るが出来上がったプディングは来年まで寝かせて置き、当年のクリスマスに味わうのは前年に作っておいたプディングという風習が紹介されていました。母の折り紙はまだ沢山あります。クリスマスも正月も間近になると何かと忙しくて落ち着きませんから、夏のうちからクリスマスオーナメントや松竹梅は作っておき、クリスマスプディングのように寝かせておく方がいいかもしれません。まずは七夕の飾り作ろうかな? 七夕のまで現状が改善していることを祈りつつ。

鏡餅も飾りなしのものを買い、折り紙で飾ってみました。これもあり合わせの緑の紙テープ?で裏白風にしてみましたが、何だか長すぎて怪物の触手みたいにも見えます。ちょうど年末に孤児院に親切な人が贈ってくださった大きな雪だるまから超獣が出てきて暴れるお話を視たばかりだからでしょうか(『ウルトラマンA』38話)

 

みかんは暮れに葉つきのものが運よく手に入りました。3つ入って113円。

1つは鏡餅に載せ、後の2つはしばらく可愛らしさを楽しんだら食べます(笑)。



新しい年を迎えましたが…頭の中も家の中も片付いていません(笑)。
既にブログに書きましたように秋に30数年働いた職場を辞めました。そのことはしかたないかな、あのまま65歳までというのは業界の景気からも私自身の体力、知力からしても無理だったし…と受け入れています。で、これからどうするか?については何だかまとまりません。とりあえず失業保険の手続きはとりましたし、同居している弟の収入と介護中の父の年金もありますから当座は暮らしに困るわけではないのですが…

 

ちなみにこれは退職時にもらった花束の中のユリです。こんなに沢山花びらのたくさんある八重咲?のユリは初めて見ました。香りもとてもすてきでした。



これからどうしようか…考えなければならないのですが、考えるとこれまでのことを振り返ってしまいそうで、うっかり振り返ると旧約聖書に出てくるロトの妻のように心が固まって塩の柱とかになってしまいそうで…

とりあえずとっちらかりまくっている家の中を片付けつつありますが、どういうわけか気持ちが落ち着かず、はかどりません。それでもガサコソやっておりますうちに母のたんすの中から遺産?が発掘されました。

ポーチに一杯の10円玉、5円玉、1円玉。ざっと数えますと1円玉は1100円ほど、5円玉は330円ほど、10円玉は5000円ほどもありました。一時期、私が銀行が両替をしていない土曜日も店番の仕事をしていて時々、家から小銭を持って出ることがありましたので、母がそのために貯めていてくれたのではないかと思われます。5円玉の入っていたのゴブラン織風のポーチはデザインが悪くないので金具部分を磨けば使えるかしら?

できれば渋沢栄一か福沢諭吉を同じくらい遺してくれたらよかったのに
と考えてしまいますが…ささやかでも何か楽しめることに使おうと思います。ともあれ年の始めでございますからお金が儲かった?お話を書かせていただきました。

何卒、本年もよろしくお願い申し上げます。

 

11月末、東京国立博物館の続き「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」及び清朝の染織

11月末、東京国立博物館のつづきです。

この日、上野に来たのは働いていた会社で催してくれた歓送会に出るためでした。鎌倉復興当時の北円堂内陣の再現を試みる奇跡的な企画というふれこみの『特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂』は混雑しているらしいし、興福寺は高校の修学旅行でも見たからいいかなあとも思っていたのですが、開催中に上野に来る用事ができましたから見ることにしました。ちょうど金曜日で20時まで開館だったこともあります。

特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=2706


入館までに行列に並ぶということはありませんでしたが、結構な人出。
展示のうち明らかに見た記憶があるのは無著像。修学旅行の予習?で
朗読された先輩の作文で無著像についてかなり詳しく書いているものが
ありました。その先輩はいたくこの像に感銘を受けたらしく
「ムチャクさん」とさんづけで書いていました。実際に見てみると確かに
ムチャクさんと呼びかければ答えそうにリアルな(少々気持ち悪い?)像でした。今回の展示では修学旅行の時に見た正面だけでなく、横からも後ろ姿も鑑賞できたのです。

最近美術番組で知ったのですが、無著、世親兄弟は4世紀から5世紀にインド・ガンダーラ地方で活動した僧侶で唯識という仏教思想を完成させたのだそうです。「さまざまなこころが変化して 見るものと見られるものに分かれる、だからすべては存在しない、我がこころが変化したものにすぎない」あるのはただ心だけという思想なのだそうです。イメージさえあれば我々はものが見える音が聞こえるという考え方だとか

『祈りの空間』を再現しているのですが、平日にも関わらず、人が多く、
近づいて見るには辛抱強く待たなければならず、あまり祈るのにふさわしいムードではありませんでしたが、それでも手を合わせている人がいました。私も中心の弥勒菩薩像に今後のことを祈りました。

中心の弥勒菩薩と無著、世親像は修学旅行?で見たと思うのですが、
初めてで、楽しみだったのが写真やテレビで見ても躍動感
たっぷりの四天王像。どの像もどの角度から、顔、鎧、筋骨?どの部分を見ても魅せられてしまいます。

最初に見たのは増長天、たまたま台座の周りの人並みに切れ目があったのです。剣をかまえ、にらみをきかせているような姿勢ですが、近寄って見上げてみると瞼をやや伏せた顔には思慮深さ、やさしさも感じさせます。眼も口も大きく開いて手に腰をあててダンスの決めポーズをとっているような増長天、槍をたて、こぶしを握って強い思いを感じさせる持国天。彫刻なのにまるで今生きている人間に出会ったかのような心地になる展示でした。

いちばん好きなのは塔を手にのせている多聞天。小学生のころ、雑誌か何かに載っていたこの像かどうかわからないけど、やはり多聞天の立像の写真を見ている時、祖母から「家を持っているから地震の神様だとかいう人がいるけど、それはウソだからね」と言われました。ミュージアムショップに多聞天が持つ宝塔の『ぬいぐるみ』が売られていました。手に載せると多聞天気分に
なれるグッズ。

この展覧会は写真撮影禁止でしたので、4人?の写真のクリアファイルを買いました。裏は顔のアップの写真でかなりお得?なクリアファイルです。これを持ってレジに並んでいる時、女性のお客さんの一人から「すみません。そのファイルどこにありますか?」と尋ねられました。多聞天の宝塔ぬいぐるみの大きなポスターの下の台に並んでいると答えました。人が多すぎて商品を見るのも大変。

それから多聞天の上から撮ったポストカードも買いました。


『運慶~』を見た後、まだ歓送会開始までに時間があったので東洋館に戻り、3階 5室の『中国の染織 清朝の染織』を鑑賞しました。(中国の染織 清朝の染織)同展サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=7970


『濃萌黄天鵞絨地雲龍文様刺繡』
テレビの鑑定番組で学んだのですが、中国の皇帝を象徴する龍は必ず5爪が5つなのだそうで、この龍もちゃんと5本指?…皇帝の身近にあったのでしょうか。

 

『錦鯉図軸』


説明に錦鯉を織り出した「掛軸」とありますがこんな巨大な掛け軸をかけられる床の間ってあるでしょうか? 大きすぎる鯉で色の地味なので日本でイメージされるニシキゴイに見えず、ナマズか何かみたいに思えます。それとも龍になる直前で巨大化している?

『袍 紺綾地龍文様』
金色の龍に白い鳥が舞う衣装。龍の爪は5本ですが、皇帝が着用したものではなく、舞台で皇帝役が着たと考えられるとのこと。
 

 

『礼服飾り 牡丹孔雀文様』

華流時代劇で宮廷の人々が衣装の背中に縫い付けているもの、金ぴかで何だか重そう。


 

以上の3つはあまり家にほしくありませんが、刺繍の袖口飾りは

家にあってもいいかも…着用しないまでも掛け軸?として。

 

『袖口飾り 黄繻子地花鳥虫文様』

花や枝の刺繍はすてきですが、赤い眼のヒキガエルが不思議な袖口飾り。

袖口用ですから2本ずつあります

 

『袖口飾り 黄繻子地牡丹蝙蝠文様』

縁起ものの桃に卍が刺繍されているのが印象的

 

『袖口飾り 浅葱絽地牡丹蝶文様』

半襟?などにして身に着けるならこれがほしいかな?

 

『袖口飾り 白繻子地草花少女文様』人物やや風景まで刺繍で表現されてい

部屋に飾るならこれがほしいかも。

 

 

 


最盛期は日本の江戸時代とほぼ重なる清王朝は中国の古代と呼ばれる中では一番新しいため、美術でも工芸でも技術が発達していて、陶磁器でも服飾でも色彩豊かで豪華、きれいだとは思うのですが、華やか過ぎて個人的にはあまり家にほしいと思わないものが多いのがこの時代(笑)。

歓送会でホットジャスミンティーをオーダーしたら奇しくも?茶わんが

清朝風?でした

杏仁豆腐おいしかったです。

『中国書画精華宋・元時代の名品とその広がり 』続き 2つの山水画、『蓮池水禽図軸』

11月末に鑑賞した『中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり』。(~12月21日で終了)の続きです。


展覧会サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=7944

 

静嘉堂文庫美術館にも似たのが出ていた伝夏珪筆『山水図軸』。
白い点が映ってしまっているのはガラスケース越しなのでご容赦下さい。

 

これは静嘉堂文庫美術館で見た伝夏珪筆『山水図』。構図がちょっとちがうけど、よく似ています。もちろんちがう絵なのですが、かの時代にはこういうタイプの絵が出回って絵を志す人はお手本にして学んだのでしょう。こうしたものを2点、あまり間を置かずに鑑賞するのは私にとっては初めてです。

意図したわけではありませんが面白いですね。

 

 

これもガラスケース越しなので今一つよく撮れてない李公麟款『十六羅漢図』

でもとても毛筆で描いたとは思えない細かな筆致。



 

重要文化財『五龍図巻』龍の眼つき、鱗、爪、恐ろしくなってくるほどの迫力!

 

滝のしぶきの描き方の強さ…なんとなく葛飾北斎の海の波を思い出します。

北斎はこういう絵をヒントにもっと細かく描き込んだのかしら?


そしてこの展示のの最大の収穫、つまり家にほしいのは伝顧徳謙筆『蓮池水禽図軸』。今まで写真を撮ることができた中で一番美しいハスの花の絵ではないかと思います。ハスに戯れる白いツル2羽が鳴き交わしているのもすてき。

 


ちなみに他にも同じ題の於子明筆の方は写真撮影禁止でした。

 

この後、特別展「運慶 祈りの空間―興福寺北円堂」を見るために本館へ向かいました。


つづく

 

11月東博東洋館の続き『中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり』

11月末の東京国立博物館鑑賞の続きです。

 

東洋館の4階では『中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり』が開催されていました。(~12月21日で終了)
中国書画精華 ―宋・元時代の名品とその広がり サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=7944

宋元の絵画は静嘉堂文庫美術館の展覧会で見たばかりだからいいかな…と思いつつ、せっかく来たからにはやはり…。

国宝の『夏景山水図軸』確かに名品なのですが、山水の様子が少し荒涼とし過ぎていてちょっと怖いです。

 

足利義満が所蔵していたとのこと、物事が思うようにいかなくて
一人になりたい時眺めていたのでしょうか


 

孫君沢の『雪景山水図軸』。雪だというのに窓を開け放っていて描かれている人物が寒そうですがとても緻密な絵。



 

王世昌の『秋景山水図軸』月に照らされた崖や樹々を見上げる二人連れ。

文人か学者と思われる男とその従者。その視線の先には風に舞う木の葉。

彼らの衣服も風に吹かれています。人物も樹々も実に精密に描かれています。

夏景、秋景と名付けられた絵は静嘉堂文庫美術館でも
見たけど、こちらの展示品もいいですね。

東博のHPでおすすめとなっている伝趙昌筆『竹虫図軸』。

南宋時代の絵ですが花の赤、葉の緑が鮮やかに残っています。


ちょっとくすんでますが書家としても日本人にポピュラーな趙孟頫款の『竹石図軸』


 

顧安の『翠竹図軸』、元時代ですが、こちらの方が見やすいです。葉が小さめなのは春の竹だからでしょうか。

 

時代が下って明代、朱端筆の『竹石図軸』。竹をくねらせる風の音が聞こえてきそうです。


派手な美しさはないけれど風雪に耐える竹は画家にとって奥深いテーマなのでしょう。家にも竹の掛け軸があってもいいかも、床の間があればですが。

 

つづく

 

 

 




 

11月末東博東洋館の続き 楽天像等『日韓国交正常化60周年 日本にもたらされた朝鮮半島の文化』

11月末、東京国立博物館の続きです。

先日ご紹介したシルクロードの南夕子…と筆者が勝手に呼んでいる月天と同じストゥッコ断片でかわいいのが蓮華化生像…壁にかざりたいかも。

 

その隣に陳列されている大谷探検隊将来品の青銅小像の楽天を見た時、ふと時間ができたら音楽を学んでみたいと考えていたことを思い出しました。念願の?フリー?になったのに今は習い事を始められる状況にありませんが、来年はおちついて取り組めるよう、この小さな像に祈りました。小さくてもちゃんと琵琶を奏でていますからこの願いをかなえてくれそうな気がするのです。

 

東博HPで「おすすめ」となっていた『ドロナ』。キジル石窟の壁画に描かれたバラモン。争いを調停した人物とのこと。壁画の中からものの道理を語りかけてきそうですね。

東洋館 9室で開催の『日韓国交正常化60周年 日本にもたらされた朝鮮半島の文化』(~12月21日で終了)ものぞいてみました。
同展サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=8229

『鵲尾形柄香炉』(じゃくびがたえごうろ)


我が家の墓がある寺の住職もこういう柄のついた香炉を使っていたなとか
思ってしまいますが、国宝です。飛鳥時代に朝鮮半島から伝わってきたこの
形が今も出回っている仏具につながっているのですね。
詳しくはこちら
『鵲尾形柄香炉』東博サイト
https://www.tnm.jp/modules/r_collection/index.php?controller=dtl&colid=N280

金色の菩薩半跏像、サイズは小さいけれど修学旅行等で見た広隆寺や中宮寺の弥勒菩薩像によく似ています。


 

「善光寺の秘仏を模した像に似たものが多い」という『如来および両脇侍立像』これもあちらこちらで見る仏様ですね。


仏壇や経机にあるこの雲のようなデザインもこんな古くからあるのですね。

 


 

横溝 正史『悪魔の降誕祭』(角川文庫1974年初版)より表題作


我が家にある品の表紙はこちら

 

 

現在出回っているものの表紙はこちら
Kadokawaサイト

 

 


今年初めに書きましたこの本におさめられている『霧の山荘』についての
ブログはわりとご好評を頂いております。いよいよクリスマスシーズンになりましたので表題作についてもご紹介します。

12月20日の夜、金田一耕助が緑が丘荘の住まいから等々力警部と出かけようとした時、かかってきた小川順子と名乗る女性の電話。「生命にかかわること」と切迫した様子でしたが、
金田一は9時までに戻るので管理人に部屋に通してもらって待つようにと言い、出かけました。金田一が戻るとその女性は来てはいましたが洗面所で息絶えていました。亡くなった女性の本当の名は志賀葉子、著名なジャズシンガー関口たまきのマネージャーでした。死因は青酸カリ、ハンドバッグに入れて持ち歩いていた鎮静剤の中に仕込まれていました。

そして関口たまき本名キヨ子とその夫服部徹也…まだ30前のたまきは年の離れた夫をパパと呼んでいます。たまきはものがたい家庭に育ち、昭和21年に女学校を出て雑誌社に就職、そこの社長が徹也でした。「世間しらずのキヨ子はこの徹也にだまされたのである」と著者は書いています。徹也の妻可奈子、娘由紀子は疎開中なのに独身と称してキヨ子と関係…雑誌社がゆきづまるとキヨ子を看板娘にバーを経営、そこへ来るG・Iが口ずさむジャズをキヨ子がおぼえて歌い出したのがきっかけで歌手として成功…その稼ぎで可奈子と由紀子も暮らしていました。

著者が書くには可奈子は夫の情婦に貢がれて平気な良心もプライドもない女。徹也とたまきが粗末なアパートに暮らしているのに経堂の立派な家に娘と暮らしていました。しかしダンス講師との大胆な不倫が露見してさすがに離縁話が出た時、青酸カリで自殺。その一周忌の後、娘由紀子は
たまきの養女になりました。その年のクリスマス前、起きたのが志賀葉子の事件…可奈子の死にも疑惑が…

金田一の部屋の日めくりカレンダーが12月24日まで破られ、25日となっていました。25日すなわちクリスマスに何か起こるのではないかと感じる金田一。

そしてクリスマス、たまき夫妻が建てたばかりの西荻窪の豪邸で開かれたパーティーの最中、服部徹也が刺殺されます。

パーティの支度の指示をしたものの、参加しなかったたまきの叔母梅子が
語る姪夫妻の複雑すぎる愛憎…生さぬ仲なのにたまきを憎まず、むしろ崇拝しているという由紀子、たまきを恋するピアニスト道明寺修二…

徹也はたまきの部屋とドアで隔てられた浴室の脱衣場へ続く小廊下で死んでおり、お互いに出していないニセ手紙によってここへ来た修二とたまきが
異様な物音でドアを開けたところ、部屋に倒れ込んだのです。そして脱衣場に落ちていたのは道明寺に夢中の未亡人柚木繁子のロケットペンダント。たまきの押しかけ弟子浜田とよ子が目撃した徹也と由紀子の口喧嘩…。

事件担当となった島田警部補が「煮えきらない、キッパリことをわりきれない、えてしてそういう人がキッパリことをわりきろうとすると、とんでもないことを考える」と評するこの事件のヒロイン関口たまきの性格…読んでみて心に残るのはこのたまきという女性の不思議。徹也に妻子がいることがわかり、家族から別れを勧められても応じないのは「貞女二婦にまみえず」という古風な価値観が身にしみていたからというのですが、「妻とはいずれ別れるから」と言われたわけでもなく独身だとだましていた男に貞節をつくしたくなるかしら? 徹也との子を妊娠しても可奈子の生前には中絶してしまったのは私生児を生みたくない、だからと言って自分の産んだ子を可奈子の子として入籍されるのはプライドがゆるさないからというのですが、
私生児を産むより中絶する方がもっと物堅い古風な人はやりにくいのではないか?本当にこんな女性がいたのでしょうか。マネージャーが謎の死を遂げたばかりなのに出席者10人ほどのささやかなものとはいえ、パーティを開催するのも古風な人のすることに思えません。

それとも戦後間もない混乱期にはジャズシンガーのような時代の先端をゆく仕事に従事しながら、内面は世相の変化についていけず、はためから見ると矛盾した言動をする人間が多く見られたのでしょうか?

本来は金田一の部屋で事件の依頼にきた人物が亡くなってしまう事件と、豪邸のクリスマスパーティの最中に起きる殺人と2つの短編にするつもりだったのを何等かの理由で融合させて無理に長くしたのかな?なんて勘繰りたくなります。横溝作品の中では完成度の高い傑作ではない気がしますが、今の私のようにめでたさも中ぐらいのクリスマスシーズンを過ごす人には降誕祭の悪魔もいい気分転換になるかもしれません。(笑)。

尚、この『悪魔の降誕祭』はNHKでミニドラマ化されており、このお正月に
再放送されるそうです。


シリーズ横溝正史短編集IV 『悪魔の降誕祭』
番組サイト
https://www.web.nhk/tv/pl/series-tep-PNKM3G3R2L