
父初めてのショートステイ、いちご柄のトレイ、アマリリス、タチアオイ
5月中旬、マンションの事情で父に1週間ほど特別養護老人ホームにショートステイへ行ってもらいました。
初めてのショートステイですから準備がなかなか大変。
着替えを下着も含めて上下3セット、パジャマも1,2着用意せよとのこと。
動きやすく、洗濯機に放り込んで大丈夫な服をと言われておりますから、ダンディに装わなくてもいいかもしれませんが、
それでも家族以外の人の前に出るとなるとあまりよれよれというのもどうかと
思います。ですからユニクロ、GU、しまむら、ワークマンなどをめぐって
スウェットパンツ、トレーナー。Tシャツなどを買いました。
ちょうど御上?から電子マネーか商品券で5000円分いただけるハガキも届きましたので、アマゾンで新しいポロシャツも買いました。1年ほど前に買ったものの色ちがいの品です。

父には袖の先がこうなっているのがいいというこだわりがあります。不思議と
店頭で売っているところが私の行動範囲では見つかりません。

ショートステイに持って行くものには全て記名しておく必要があります。連休明けからずっと、ひまさえあれば父の服や下着に名札を縫い付けたり、歯ブラシやシェーバーに名前を書いたり貼ったりしていたような気がします。
父はふだんからデイサービスに行くのもいやがるくらいですから、
出発当日の朝もぐずぐず言いましたが…何とか車に乗せました。
施設にいた間はマイペースで過ごしていたとのこと。
職員さんを困らせるようなことはなかったのですが、
私に電話をしてきて「このホテルにいつまで
いるんだ?」などと訊いてきました。事の次第はもちろん説明済なのですが、
忘れてしまうのです。
他にこの春入手したもので記録しておきたいのはイチゴ柄のトレイ。
昨年、自治会の行事でお盆が必要になり、急遽、家にあったものを
持ち出したのですが、使っている時ふと裏側が黒ずんでいるのに
気づきました。
そろそろ新しくした方がいいなと思っていましたが、次にどんなものを
買ったらいいか1年間考えてしまいました。

100円ショップのでもいいかなあという気もするのですが、生協のカタログに
かわいいいちご柄のトレイが出ていましたので購入。いちご、ブドウ、レモンなど果物のデザインにはひきつけられてしまいます。
物価が高くて節約しなければ、なるべく買わないようにと思う一方で、「いずれ買おう」と思っているものは買わずにいると急に値上がりしてしまうような気もしてきてしまうのです。
父をよく散歩させる公園で今年、タチアオイが咲いています。勤務していた会社の近くで咲いていたタチアオイ、今年は見られないかと思っておりましたが、住まいの近くでも発見してラッキ―。

そのそばでアマリリスも咲いています。
スイレンと片付け?
5月2日、両親が入院したことのある病院近くの池にスイレンの花が咲いているとのことなので行ってみました。
池の最寄り駅近くでいささか盛りを過ぎてはいましたが、藤の花を見ることができました。来年はもう少し早い時期に来てみましょう。

その池に確かに白いスイレンは咲いていました。

でも小さな花で岸から遠い所でしか咲いておりませんので、
写真はなかなか難しく、これが精いっぱい。

池の近くの花壇でバラがきれいでした。このバラの名は「ラヴァーグルド」

母が見たら喜びそうな黄色いバラ。

このピンクのばらの黄色い芯が見えるのは盛りを過ぎて
咲きすぎているのか、それともこういう咲き方をする品種
いささか元気のないこの白バラの品種名は『正雪』。ショウセツじゃなくて
マサユキと読むそうです。
祖母に連れられて松本へ行った時のこと。
祖母が生まれ育った寺へ行き、その後、おそらく祖母の関係者と
思われる家を訪問しました。
その家ではおばあさんに二人会いました。一人は居間らしき部屋で
当時60代だった祖母と同じ年ごろの人。その人とお話した後、
離れと思われる所に住んでいるおばあさんのところへ。
祖母よりさらに一世代上の方だったような気がするので
いわゆる隠居所だったのかもしれません。
居間からその隠居所へ移動する時、庭に面した縁側を通りました。
祖母にとっては親しい家だったようで案内もなく、祖母と二人だけ。
祖母が「ごらん、スイレンが咲いているよ」と庭の池を指さしました。
池の水に淡いピンクの花がいくつか浮いているのが見えました。
このスイレンの家での思い出がもう一つ。
隠居所のおばあさんがいた部屋は三畳間でした。
こたつに座ったおばあさんで部屋がいっぱいな感じです。
その家を出ての帰り道、祖母は「あの離れは四畳半と三畳間の二間、
あのおばあさんは四畳半の方に箪笥やら行李やらをおいて、
自分は三畳間にいるんだから変わっているよね」と言いました。
「それでもって炊事は外でしているんだって」
あの三畳間は縁側に面していて外に七輪、
ひょっとして水道もあったかも…
スイレンが咲いていた家と我が家との関係については今、父(祖母の息子)に訊いてもわかりません。祖母が生きているうちに訊いて記録しておけばよかったのですが。かなり大きな古い日本家屋で、庭の池や石、
植え込みなども立派だったような気がします。
記憶はおぼろげながらもあのような日本風庭園の池で
咲くスイレンを再び見たいと願うのです。
そしてあの二人のおばあさんと祖母との関係も今となっては不明ですが、
祖母の母である曾祖母の実家の関係者で、
あるいは私と遠縁ながら血縁もあるのかも…
と申しますのは、昨年仕事を辞めて以来、身辺整理、いわゆる断捨離にも
取り組んでいるのですが驚くほど進みません。
介護と求職活動で忙しいせいもありますが、
なかなかものが減らせないのです。
買ったものでももらった物でも縁あって我が家に来たからには
何か役立てたい、使いたいという気持ちが起きてしまいます。
あのスイレンの家の隠居所のおばあさんの血がわずかながら私にも流れていて、このままだと4畳半を物置にして3畳間で寝起きする…
つまり居住スペースより収納スペースが大きく、不思議な場所で食事を作る暮らしになるかも…
というか既になりつつあるような…それでも楽しく天寿を全うできれば
いいのかも…マンションで七輪は使えませんが(笑)
母の形見は骨粗鬆症? ユウゲショウ、柏餅
4月初め、立ったり座ったり、かがんだりすると腰が痛むようになりました。
記憶にある限り、転んだり、ぶつけたり、重い物を無理して持ち上げたりは
していません。

整形外科へ行き、「年のせいならいいけれど、万が一知らない間に骨がどうかしていないか心配です。昨年健診で骨密度要注意と出ましたので」と言いますと、「念のためにレントゲンを撮って、血液と骨密度の検査もしてみましょう」とのこと。
レントゲンの結果、ケガや変形などはなし…でも…診療代が7600円!
今の私には大金です…この支払が怖くて症状があっても医者に行かない人
は多いのではないでしょうか。
2週間後、検査の結果を聞きに行きます。骨密度…やはりイエローカード。
特にあの大腿骨の密度も要注意。血液もビタミンD不足。
食べ物や運動で何とかならないのかなあという気もするのですが、
ビタミンDを補う薬を朝食後に服用することになってしまいました。
インスタント食品が多すぎるのかなあ?
寝不足を何とかするためにコーヒーを飲みすぎるのかなあ?
病院近くの道路端に咲くバラを眺めつつ、いろいろ考えてしまいました。

処方された薬の名はエルデカルシトール。8年前に亡くなった母が服用していたものと同じです。魔法の呪文みたいな長い名前だったのでおぼえておりましたやはり親譲り?なのですね。
連休中、父を2度ほど公園に散歩に連れていくことが出来ました。
そこに咲いているユウゲショウも母が好きだった花です。

それから柏餅も家族で頂きました。甘いものも骨密度によくないと思いつつ。

これからは場所をとるけど、母が遺したものだから処分しにくいなと思う時、
「エルデカルシトール、エルデカルシトール」と唱えてみることにします。
母の形見は骨密度に刻まれて?いるのだから物への執着はほどほどに
できる呪文になるかもしれません。
母が生前停留所一つ分だけバスで買い物に行っていたスーパー近くのバラ。
とてもよい香りがします。

骨粗鬆症進行をくいとめるため、このスーパーまでは
歩くことにしました。それから味噌汁やラーメンなどに干し椎茸をいれています。
旧伊藤博文金沢別邸のボタン
話は遡りますが
4月24日、シーサイドライン野島公園駅近くの旧伊藤博文金沢別邸を
訪れました。
旧伊藤博文金沢別邸HP
https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/park/nojima/hakubuntei/outline.php
ぼたん祭り開催中とネットに出ておりましたが、この日、咲いていたのは
黄色と白の品種のみ、いずれも昨年までこの季節に行っていた上野東照宮の
ぼたん苑で名前を知りました。
黄色い大輪の『黄冠』
赤い花で唯一咲いていたのは品種不明のこれのみ。しかも三角の不思議な咲き方。
写真以外のボタンが皆、花が終わってしまっていたのは残念でした。
ただ丸くふくらんだシャクナゲのつぼみをいくつも見ました。
GW中はシャクナゲがきれいに咲いているかもしれません。
脳内に昔の千円札が浮かびました。
「上野東照宮のぼたん祭りなら会期終わり近くの5月に行っても赤もピンクも
紫もきれいにたくさん咲いていたんだけど」と心の中でつぶやきます。
千円札の伊藤博文が「征夷大将軍と比べないでほしい」と答えました。
でも初代内閣総理大臣のお宅なのですから…
まあ本宅じゃなくて別邸だし」とブツブツしつつ、邸内へ。
庭園から見た別邸の外観。
明治天皇ら要人が訪れたという客間からの眺め。海が見渡せて
並ぶ石灯籠が夜にあかりが入ったらさぞや素晴らしいと思うのですが、
台風でも来たら怖い気がして個人的にはここに住みたくはありません(笑)。
ボタンやシャクヤクが植えられた庭園にも容赦なく海風がふきつけていて
ここでガーディニングはなかなか大変そう。
客間の床の間には博文が漢詩を書いた屏風。
そして端午の節句のしつらえ。
現代の作ですが、すてきな几帳?や文箱、香炉がありました。
湯舟は三つに仕切られていて真ん中が深く、中に腰掛けがあるつかり湯。ここに入るのですね。その右は掛け湯、左には水を入れて置き、熱すぎる時などの温度調節に使うとのこと。昔の人の入浴スタイルがわかりますね。
女中部屋だったとされる小部屋の天井の電灯。
昔、住んでいた家にこういう丸い笠の電灯があったので懐かしくて思わず写真を撮ってしまいました。妙な物の写真を撮る客ですね(笑)
玄関前のアヤメもきれいでした。アヤメの右側のシャクヤク、
今頃咲いているでしょうか。
この春のスズラン
好きな花は?
花は何でも好きな方ですが…スズランもその一つ。
毎年4月に入り、ソメイヨシノが盛りを過ぎる頃、
スズランの花が気になります。
5月1日がスズランの日である通り、本来なら5月の花のイメージが
ありますが、関東では場所にもよりますが4月中に花盛りに
なってしまうようです
▼本日限定!ブログスタンプ
昨年までは上野東照宮のぼたん祭りや上野両大師の庭、
神田勤務の頃から知っている集合住宅の植生などのものを
楽しんでおりました。このうち神田の場所へはレスリー・チャンの
その翌日16日です。美女の後ろ姿?
4月18日、この日は天気が良すぎてちょっと光線が加減が難しかったかも。
4月21日 この頃になると盛りを過ぎてバター色になるものも出てきますが、
新しく咲く花も見つかります
4月23日、この日は雨でした。そのためピントがやや甘いのはご容赦。
雨のしずくも光っています。
スズランは遠目には存在すらわからないのですが、
緑の葉影で咲く花を見つけるとどんどん引き込まれてしまいます。
同じ株でも角度を変えるとちがう表情が見えてくる気がするのです。
この公園では紫蘭もとてもきれいです
”小泉八雲著、平川祐弘訳『怪談・骨董』より『幽霊滝の伝説』 テストのひっかけ?問題 あるいは熊”
河出文庫2024年
表紙の写真はこちら
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309420851/
3月に書いた小泉八雲の『骨董』の中の『ある女の日記』についての
本レビュー、ご好評を頂いています。
八雲の作品で私が一番最初に読んだのは、小学生向けアンソロジーの中の
『耳なし芳一の話』、その次が学研だったか小学館だったか忘れましたが
学習雑誌に掲載された『幽霊滝の伝説』です。闇の中を髪をなびかせて
走るこのお話のヒロイン安本お勝の挿絵をおぼえております。

『幽霊滝の伝説』は短い作品ですが、怖さではこれを越えるお話は
あまりないのではないでしょうか。『耳なし芳一の話』や『轆轤首』などのように
数百年前のお話ではなく、「いまから三十五年前」の冬の夜の恐怖。
八雲がこれを書いた時から35年前とすれば、このお話の当事者は
生存していた可能性もあり、いかにも本当にあったことにも感じられ、
読むたびに背筋がぞっとします。
また四谷怪談の伊右衛門のようなとんでもない悪人の所業の報いではなく、、村の女たちのおしゃべりがはずんで転がり出したちょっとした欲、
見栄が凄惨な結末につながるという点でも生々しさにふるえます。

以前、この作品を取り上げたテレビ番組で解説していた先生が
本当に大切なものについて考えさせる話だと言っていました。
主人公のお勝は皆の紡いだ麻をもらえるから
つまり収入が増えるからと肝試しに出かけるのですが、その結果…
形はちがっても似たようなあやまちをしてしまうことは
現代にもありそうです。
もしもお勝が赤ん坊を麻採り場の女たちにあずけたなら、怪談ではなく
武勇談になったのでしょうか? それとも…これは怪異に
よるものではなく、動物、ひょっとしたら熊?が起こしたこと? あの声は熊の吠える声がそう聞こえた? 昨今のニュースを視ているとそんなことも
考えてしまいます。

3月まで放送されていた朝の連続テレビ小説のコラボで朗読番組にも
なっていた『幽霊滝の伝説』はいわゆる怪談の中でも傑作なので、
てっきり八雲の『怪談』に収録されているかのように思っておりましたが、
そうではなく作品集としては『骨董』に収録されています。
中学か高校の国語のテストのひっかけ問題になりそうですね。
夏が来たら…暑い夜にはこのお話を読んで、闇の中でかすかに光る
幽霊滝のマイナスイオン?で涼むのもいいかもしれません。
八重桜、一重のバラ…手のあるニンジン、父、兄弟を忘れる
桜の名所近くで働いておりました昨年までに比べますと
お花見の機会は少なくなるのはいたしかたないとは思っておりましたが、
近所のスーパー近くにあった八重桜の樹が伐られてしまいました。
しかしその樹のあったところに白い一重のバラが咲いていることに気づきました。とてもさわやかです。

スーパーといえば…特売のニンジンの袋の中に、手が生えたようなのがありました。
レーズンで目鼻をつけてみますと…なかなか迫力のあるオレンジの妖怪風に
なりましたので、怪獣ジェロニモやタイラントが怪獣カロテンとなって巨大化し
力を貸してほしいとやってきました。

でもニンジンは「私の使命は怪獣になることではなく、人類に眼と肌の健康と免疫力を与えることです」と断り、お味噌汁の具となりました。
も一つ、食料品の話題…最近、チョコレートが高いです。昨年は1枚100円前後だった板チョコが200円近くします。
ウルトラ兄弟をチョコでコーティングしようとたくらむヒッポリト星人も板チョコが
買えません。準チョコレート菓子でなんとかなるでしょうか?

八重桜につきましては4月中旬に受講したジョブカードセミナーの会場近くで
見られました。上野で見ていた頃のように品種名がわからないのが
残念ですが。


ジョブカードセミナーを受けた夜、父が「実以はこれからどうするつもり?」と
尋ねるので「とりあえず仕事を探してる」と答えました。その後少し話をしたところ、父が母が亡くなったことを時々忘れるだけでなく、福島にいた伯父や
松本にいた叔父(異父弟)が亡くなっていることも忘れていることがわかりました。
福島の伯父については訃報の直後、父は自分でどこかで小さなフレームを買ってきてパソコンで一番最近の写真をプリントアウトして仏壇に置いたというのに。「オレの兄弟どうなった…みんな死んじゃったか?」と驚いたように言うのです。

「お母さん、どこかへ行ったのかい?」と時々言い出すのは母の死が受け入れられない、悲しすぎるから? それならいわゆるグリーフケアのようなことを考える必要があるのかな?などと考えておりましたが、伯父たちのこともわからないとなると悲しみもありますが、記憶力全般が衰えているのですね。
そういえば…最近、録画した時代劇の同じ回を5度も繰り返して視ていました。
視ている途中で眠ってしまって結末がわからないからなのか、それとも
視たことを忘れてしまうのか…
親がこうなっているということは…いずれは私もこうなる可能性大ですから、
今、持っている本やDVDなどはなるべく早いうちに読んだり、視たり楽しんで
おこうと思います。
介護については今まで以上にプロに相談する必要を感じます。
ブログスタンプを10日分集めるとシルバーランクに昇格するよ。
▼3月のあなたはブロンズランクでした
『レスリー・チャン — 誰能代替你地位?』
2003年の春、友人との栃木の旅から帰ってすぐ、レスリー・チャン自殺の
ニュースを耳にした時は衝撃を受けました。特にファンではありませんでしたが、当時、仕事で香港の品を扱っていたのです。
その後、通信制大学での卒論指導の先生も映画俳優としてレスリーを高く評価していました。代表作『さらばわが愛―覇王別姫』は東急文化村での上映時にはあまりの混雑で観られず、なぜか金沢の街で鑑賞したのをおぼえております。そんなわけで生誕70年を記念した展覧会を見ることにしました。
「レスリー・チャン — 誰能代替你地位?」写真展
詳細はこちら
会場のVictoria1842ビルは1Fがカフェのカウンター、2Fがカフェルーム、そして3Fが展示室でした。まずはカフェで一休み。ユンヨン茶なるものを注文してみました。ちょっと不思議な味でしたがおいしくいただきました。コーヒーと紅茶のブレンドに練乳を加えたものとのことです。漢字で書くと鴛鴦茶、こちらの方が私にはわかりやすいです(笑)。
一緒に行った友人が味わったのは香港ミルクティ。その特徴がカフェルームの壁に若き日のエリザベス女王の肖像など英国領だったころの香港を記念するものと共に掲示されていました。
そしてこの部屋に映画『欲望の翼』のフィギュアと『さらばわが愛』の写真がありました。

3F展示室の写真は音楽活動についてのものがほとんどでした。大きなモニターでは生前の歌唱やバラエティなどに出演した際の映像も流れておりましたが、出演した映画、ドラマなどについての展示物はフィギュアの他は見当たりませんでした。ただこのビルの地下には香港関係の書籍や絵葉書、ストラップ等香港グッズの店があり、レスリー・チャンの大型写真集も売られていました。
レスリーと日本との関わりの説明
天使?風の衣装で歌う? 髪はかなり長くして束ねています。ロングヘアだった時代があったのをはじめて知りました。

写真家の紹介
どんな服を着てもどんな髪型にしても、そしてどんな役を演じても
魅力にあふれ…確かにこの展覧会の題にあるように「誰能代替你地位?」
(誰もあなたの代わりはできない)スターですね。

中学から大学の途中まで英国で教育を受けたレスリー・チャンは
頭脳も優秀な人で人生でもさまざまなことを試みたようです。
私は香港には中国への返還直前に一度行っただけです。
でも東洋と西洋の文化がミックスし、共存しているすてきな場所だと
思いました。ごちゃごちゃしているのに伸び伸びしたところも
あって何でもありで…
レスリー・チャンは今は損なわれつつあるかもしれない香港そのものの
化身のような人物だったように思えます。彼が志半ばで自ら命を絶ったのは
現在のようなご時世になることを予感したからでしょうか?
カフェに入った時はあまり人がいませんでしたが、土曜日とあって昼過ぎから
おそらくレスリーの熱心なファンらしき女性客が多く入ってきました。地下1F
店も拝見した後、地下鉄で神保町へ。リニューアルした三省堂書店本店を見学しました。
『戦争の記憶-横浜と軍隊の120年』(横浜都市発展記念館)
既に終了した展覧会で恐縮ですが、4月10日、横浜都市発展記念館の『戦争の記憶-横浜と軍隊の120年』を鑑賞いたしました。

展覧会サイト
http://www.tohatsu.city.yokohama.jp/feature.html
雨、風の強い日でしたので少し迷いましたがやはり見ておこうと思ったのです。
明治44年の『東京市全図』。


展示物の撮影が許されていたのはここまででした。
横浜の近現代の始まりはやはりペリー来航から…『黒船来航画巻』や「ポーハタン」艦上の宴会図など。
神奈川区にある砲台跡、日の出町にあった軍事拠点だった太田屋陣屋、三春台の兵隊山など自分にもなじみのある地名が登場して、ずしんと来ました。
西南戦争の死者の慰霊碑、招魂社(野毛山)があることも初めて知りました。
この時、太田房次郎なる若者が徴兵されていく図を描いた『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』(1877)では黒い軍装をまとった房次郎に父が自分の小指を切って渡していました。
1908年に来たアメリカ艦隊についてのコーナーは黒船ならぬ『白船来航』。
『米国艦隊歓迎演芸梗概』(1908)の冊子の表紙は花盛りの桜に朱塗りの橋。
いろいろな出来事の記念として人気があったのは絵葉書とそれをまとめた
絵葉書帖だったようです。『日露戦争関係絵葉書帖』(1905)、『陸軍特別大演習絵葉書』(1921)、『海軍大演習観艦式記念絵葉書』などには桜や紅葉などの挿絵も入っていました。第一次世界大戦後の『平和記念絵葉書』(1919)には各国の国旗とオリーブの葉の輪、上半身は裸でロングスカートの平和の女神?が描かれておりました。
1939年、日米関係が悪化する中でワシントンで亡くなった駐米大使斎藤博の遺骨を届けるために来たアストリア号についての展示には浅草の雷門前で観光するアメリカ兵たちや満開の八重桜にキスしながらアイドル風に微笑む若い兵士の写真がありました。
第2次大戦中、「本土決戦―地域の軍事化」のコーナーには戸塚海軍病院の看護婦の帽子が展示されていました。茶色のビロード風の生地で正面に大きなリボンが縫い付けられ、小さな赤十字がついています。
「敗戦と占領軍の駐留」のコーナーでは占領軍向けのバーやホテルの宣伝カード、映画やスポーツなどのエンタメガイド、東京や横浜の観光ガイドが展示されていました。面白いと思ったのはお土産用の煙草セット。銀色で彫金?で桜?の模様をつけた盆に富士山や横浜税関の建物や椿?の模様の灰皿、シガレットケースの蓋では赤い着物を来た日本髪の女が港を見ています。写真撮影禁止でしたが、下記Xでごらんになれます。
https://x.com/yoko_tohatsu/status/2019914702994960533/photo/2
この展示を見た後、同じ建物にある横浜ユーラシア文化館の常設展示も鑑賞。
3~5世紀のシリアの美しいガラス香油瓶。
この日は『戦争の記憶』展示のボリュームがあって疲れていたので、今回はあっさり。また天気のよい日に行きます。
十二単…マキシム、バキシム
父を車椅子散歩に連れて行く公園の花壇に「十二単」と書かれた札がありました。いかなる植物なのか? どんな花が咲くのかと思っておりました。
ひょっとしたらこんな花?…まさかね。

4月6日、晴天に恵まれたので父を散歩に連れ出しました。
かの「十二単」の花が咲いておりました。

近くに赤やピンクのチューリップ、つまり派手な花が咲いているせいも
ありますが、名前のわりに地味というか、楚々とした魅力の花です。唇形花が幾重にも重なって咲くところから平安時代の女官の服に例えられたとのことです。
話はちがいますが、最近、何でも高くてスーパーに行く度にお札が
どんどんなくなります。
15%引きクーポンで何とか買ったインスタントコーヒーと
自分の名前に似たコーヒーを眺める超獣バキシムです。
たまには空の割れ目ではなく、ミルクピッチャーから
登場してみました(注1)

このミルクピッチャーは1998年にローマのカフェグレコを訪れた時に買ったものです。スタンダール、ゲーテ、メンデルスゾーンなど著名人が利用したことで知られる歴史あるカフェです。昨年閉店したとのこと…
ミルクピッチャーを買ったのは私の手持ちのお金ではカップやお皿は高すぎたからでしょう。オレンジ色がバキシムの一角のある頭の色とコーディネート?
「マキシム、バキシム、カフェグレコ」…何かを買うかどうか値段で迷う時、
この呪文を唱えてみます。迷いが止まり、良い判断ができる…かどうかは
今後研究します(笑)。
注1)筆者の書いていることがわからない方は、『ウルトラマンA』第3話をご覧ください。


















































