アガサ・クリスティ『ハロウィーン・パーティ〔新訳版〕』 | 実以のブログ

アガサ・クリスティ『ハロウィーン・パーティ〔新訳版〕』

山本やよい訳

2023/8 早川書房 クリスティ文庫31

表紙の写真はこちら

 

ポワロの親友のミステリー作家、アリアドニ・オリヴァが友人ジュディスに

招かれてきたウドリー・コモンは土地はロンドンまで通勤可能で新しい家が

どんどんできているという土地。

 

子供たちのためのハロウィーン・パーティが開かれる「りんごの木荘」に準備を手伝いに来たアリアドニですがカボチャの種類もわからず、あまり役に立っていない様子。集まってきたこの街の学校の先生、薬剤師、主婦たちは有名人のゲストだからかそんなアリアドニをとがめもせず、てきぱき動いています。

 

「おばさんは人殺しのお話を書く人でしょう」「私、人殺しを見たことがあるの」と話しかけてきたのはがっしりした13歳の少女ジョイス。日頃から嘘つきだと評判のジョイス、周囲の人は本気にしません。

 

ハロウィーンの楽しさ、りんごのおいしさが感じられる序章。読みながら思わず近所のスーパーでニュージーランド産のりんごを買ってしまいました。プリンスりんごというそうです。ハロウィーンのゲーム、アップルボビング(Apple Bobbing)に向いた小さなりんご。水に浮かせたりんごを手を使わずに口にくわえて(かみついて?)取ります。行うと床が水浸しになるのだそうで。下記のサイトに写真が出ています。

 

日本でよく見かける「ふじ」などは大きすぎてこのゲームは無理(笑)。

紅玉なら何とか使えるかしら?

 

次の章で場面はポワロのフラットに変わり、雨の中、漁師が着る本格的な防水服を着たアリアドニが助けを求めにやってきます。パーティの最中、ジョイスはアップルボビング用の水を入れたバケツに顔をつけられ、命を絶たれたのです。

 

家族からさえ「人の注目をあびたくてうそをつくめちゃばか」といわれるジョイス。しかしこの夜にいた人々の中に殺人犯がいて犯行をジョイスに目撃されたと思い、殺したのでしょうか?

 

一方でこのパーティに招かれてきた年少者たちの誰かによるいたずらのような犯行という意見を言う人も…つまり精神の未発達ゆえの?

 

ポワロはかつて一緒に仕事した元刑事のスペンスやその妹エルスぺスの

協力を得てこの土地のジョイスが目撃している可能性のある未解決事件を調べていきます。その中でパーティ主催者のロウィーナ・ドレイクが夫の伯母で資産家のミセス・ルウェリン・スマイスの遺産を相続した際に起きたことを

知ります。

 

ミセス・スマイスの遺言書では最晩年の故人に仕えていた外国人のオリガ・セミーノフに全財産を遺すとありましたが、オリガが平素から体が不自由になった故人の代筆をしていたことから遺言書偽造の疑いをかけられ、その直後に失踪、悪事を見破られた故の逃亡?

 

このブログにも取り上げた『あなたのお庭をどうする気』と同じ、

実子のない財産家の相続問題…愛情ばかりでもないかもしれないけれどとにもかくにも面倒を見てきた甥や姪から相続権を取り上げて、海外からきた使用人?に与えようとする、そんなケースが当時のイギリスには現実にあったのでしょうか?

 

船旅でアリアドニと友人になったという水の精のようなジュディスとその娘でシェイクスピアの『テンペスト』のヒロインと同じ名前を持つ森の妖精のようなミランダ。デビット・スーシェ主演のドラマでは美少女の女優さんが

ミランダに扮していましたが、原作の中でもポワロに「美しいお嬢さんですな」と言わせています。美しいのですが、この物語の段階ではまだ容姿を利用して注目を浴びたいなどとは考えない無垢な心の持ち主。

人の注目を浴びるためなら見え透いた嘘をいうジョイスはあまり皆に好かれないタイプですが、なぜかミランダとは仲良し。

 

つまりミランダのような子は「インドに行ってきた」とかいうジョイスのほら話を

ただ面白がって聴くだけで、他の人のように不快がったりしないのですね。

ジョイスのようなタイプは老若男女問わず、日本でもよくいます。

実は私の知り合いにも一人、例えば…

 

銀座ブロッサムのすてきなランチ会に参加した話を彼女にすれば、

「銀座ブロッサム? 私、昔、あそこで婚約式をしたの」といいそうです。

著名な画家の旧宅で舞踏を観たと言えば、画家の卵とつきあっていたと

語るかも…推定50代、現在は独身なので婚約は果たされなかった…

とそこで悲劇のロマンスが始まる?…金品をだまし取る嘘ではなく、とにかく今彼女が私に話したいことなのだから、真偽をあれこれいうのって、なんだか無粋な気がして、私は彼女の創作?楽しむことにしています(人が悪い?)。また彼女はルックスが良く、娘盛りの頃はもてたと思われるので、飲み会などで過去のコイバナを始めると居合わせた人はたいてい数分は耳を傾けてしまいます。彼女を嘘つきだと攻撃する人はこれがゆるせないようです。つまりウソで皆の注目をだまし取っていると。

 

閑話休題、ともあれクリスティのミステリーに人気があるのは、こういう現実のあるあるを物語に織り込むのが上手だからではないでしょうか。

 

そしてガーディニングを愛するミセス・ルウェリン・スマイスが作り始めた石切り場庭園のハンサムな造園家マイクル・ガーフィールド。ジョイスらが通う学校の校長ミス・エムリンと教師のエリザベス・ホイッティカー。ミセス・スマイスの遺言状についてアリアドニに話す掃除婦のミセス・リーマン等々…さまざまな人々の話を総合し、さらに事件当夜の状況を冷静に分析したポワロがたどりついた真相は…恐ろしいものでした。

 

被害者の死因となったアップルボビングの他、ナッツにブランデーをかけて火をつけるスナップドラゴンに小麦粉削りなどこのお話に出てくるゲームは個人的にはあまりやってみたいとは思いませんが日本には欧米とは同じ形では定着していない行事ハロウィーンの雰囲気、わくわく感を味わえるミステリー。でももし現実に起きたらと想像すると身の毛がよだつお話。モンスターや魔女や骸骨などの仮装と楽しむ日の集いに、人間の皮をかぶったモンスターが潜んでいたのですから。

 

パーティ中に起きる殺人といえば、このブログで以前に取り上げた

『鏡は横にひびわれて』があります。事件のカギが被害者の性格にあるという点も同じ。その場の主役になりたいために関心をひきたい相手、ここでは著名なミステリー作家のアリアドニに殺人を目撃したと言ったジョイスの性格にあるのです。もしも身近にこの手の人が居て、気になるのであれば、この本を勧めて読ませると薬になる?かもしれません。ジョイスはこの性癖ゆえに身を滅ぼしたとも言えるので。

 

ただ『鏡は横にひびわれて』の犯人には同情できる面もありますが、この事件の犯人はそうではありません。自分の欲のために、幼い命を平気で犠牲にするのです。ですのであまり残忍だったり、ドロドロしているのが苦手という

方は読む前にちょっと考えることをお勧めいたします。