日本の風習には「節句」という季節の節目がある。節供(せっく)ともいう。

この日に伝統的な年中行事が行われるが、もともとは日本の風習と、中国大陸から伝わった暦が合わさって誕生した。古くは節日(せちにち)といい、節日には朝廷において節会と呼ばれる宴会が開かれた。日本の生活に合わせてアレンジされていくつもの節日が伝わっていたが、そのうちの5つを江戸時代幕府が公的な行事・祝日として定めたのが節供である。

五節句とは次の五つ。

人日(じんじつ) 1月7日七草

上巳(じょうし/じょうみ) 3月3日、桃の節句、雛祭り

端午(たんご) 5月5日、菖蒲の節句

七夕(しちせき/たなばた) 7月7日、たなばた、星祭り、竹・笹

重陽(ちょうよう) 9月9日、菊の節句

 

さて、もうすぐゴールデンウィークに入るので、端午の節句について少し解説する。

もともと中国を起源としているが、日本では、鎌倉時代ごろから「菖蒲」が「尚武」と同じ読みであること、また菖蒲の葉が剣の形を連想させることなどから、端午は男の子の節句とされ、男の子の成長を祝い健康を祈るようになった。、武者人形や金太郎を模した五月人形などを室内の飾り段に飾り、庭前に鯉幟(こいのぼり)を立てるのが、典型的な祝い方である。鎧兜には男子の身体を守るという意味合いが込められている。こいのぼりをたてる風習は中国の故事にちなんでおり、男子の立身出世を祈願している。典型的なこいのぼりは、5色の吹き流しと3匹(あるいはそれ以上の)鯉のぼりからなる。吹き流しの5色は五行説に由来する。

 

ちょうど、ゴールデンウィークに向け、仙台の一番町アーケード街にはこいのぼりが飾られていた。

仙台ロックに通うたびに、このこいのぼりを眺めていたら、ひとつ童話が浮かんできた。

踊り子さんへの恋心をエネルギーにして、3月3日と5月5日と7月7日の節句を組み合わせて、こんな内容に仕上げてみました。

 

題名は『恋のぼり』・・・

 

昔々、貴族が活躍していた時代の話。

 

桃の花が咲く京の街。

 暖かくなってきた日差しの中、お内裏様が道を歩いていると、向こうから大きな牛車がやって来ました。牛車の中には、お姫様が乗っており、名前をお雛様といいました。お内裏様はお雛様の美しさに見惚(と)れました。

 一目惚れしたお内裏様は、従者に頼んで、恋文をお雛様に届けました。

 そして二人は人目をはばかって会う仲になりました。というのは、二人が公然とお付き合いするには大きな障害がありました。お内裏様とお雛様は都を代表する名家の子息・子女で、それぞれが右大臣、左大臣をつとめる家柄。激しく権力争いをしていたため、家同士が非常に仲が悪かったのです。二人に恋の自由はありません。

楽しい日々は二ヶ月もたず、二人の交際はばれ、それぞれの家人たちが二人の仲を引き裂こうとしました。

 

 菖蒲が香る大きな池のほとり。

 お内裏様とお雛様は、池の鯉を眺めながら、二人の境遇を嘆きました。

 すると、池の中の鯉が二人の悲しそうな姿を見て声を掛けました。

「よかったら、私がお二人を現世の悩みから解放してあげます。私と共に、遠い世界に行きましょう!」

 鯉は恋に通じます。二人は鯉の言葉に従うことにしました。

 鯉はこいのぼりになって天高く舞い上がり、二人を遠くへ連れて行きました。どのくらいの距離を、どのくらいの時間をかけたのか判らないほど遠くへ移動しました。

 

 二人を乗せたこいのぼりは天の川に辿り着きました。

 二人を降ろして、こいのぼりは言いました。

「ここは自由なる天空の地。もう追っ手が来ることもありませんからご安心下さい。これからはお二人で自由にお過ごし下さい」

 お内裏様とお雛様は喜んで、天の川で水遊びをしました。鯉も楽しげに二人の周りを泳ぎまわりました。

 実は、二人と鯉のあげた水しぶきこそが、地上から見ると天の川の星の輝きなのです☆

 

 笹が生い茂る竹やぶ。

 お内裏様とお雛様の家人たちは二人がいなくなったことを嘆き悲しみました。そして、二人の交際を反対したことを深く後悔しました。

 家人たちは二人の無事と幸せを祈りつつ短冊にしたため、それを笹舟にして川に流しました。家人の願いはきっと天の川まで届くことでしょう。

 その後毎年7月7日になると、家人はその行事を行いました。いつの頃からか、二人は天の川の織姫と彦星として噂されるようになりました。

                                    おしまい

 

平成21年4月                           

 

 

 

 

 

 

今回は「ストリップはマジックか!?」という話をします。

 

DX歌舞伎で、ひなぎくさんの出し物でマジック・ショーを拝見した。

30cmくらいの三つの空の円筒をひとつに重ね、その中から5枚の色柄の布を出し、最後に花を出す。そして、その取り出した5枚の布を、一瞬で一枚の布にしてしまう。それを曲にのせ、テンポよくやるのだから、ダンスを見ているのりで眺められた。私にはマジックのネタは分からなかった。すごく手際がよくて本格的なマジック・ショーだった。

ひなぎくさんのステージでは他に、かぶりのお客に紐を握らせて、あそこから12枚の旗を出すこともやっていた。一枚一枚と旗が出てくるのは結構大変じゃないかな。間違えばまとめてごそっと出てくる可能性があるわけだが、キレイに決めていた。

ひなぎくさんに「とてもいいステージ、いいマジックだったよ」と手紙に感想を書いて渡したら、「失敗をしてタネが全部落ちたこともあります。あと・・・ワラビミニでは舞台の背景がほぼ鏡でできてるのでお客さんが鏡をのぞくと、タネがもろ見えだったり・・・でもでも頑張って、なるべくファンタステック!なイリュージョン!にしたいと思っています。」というお返事が返ってきた。

既に他の劇場も回って、実践練習を重ねているとのこと。とはいえ、私は彼女のマジックに対する入れ込み、いやステージに対する取組み姿勢に感心した。

 

「恋はマジック」という曲や映画のタイトルは多い。バリー・マニロウのヒット曲は記憶に残っている。

 恋をすれば、相手に夢中になる。それはまさに夢の中への誘(いざな)い。マジックを掛けられて夢見心地になっているのと同じ状態。それならば、恋愛期間中は相手に対して上手にマジックをかけ続けてほしいと願う。いずれ、結婚すれば現実に引き戻され夢は醒めてしまうのだから・・。

 

 ストリップも同じマジックの世界かなと思う。

 お客は、竜宮城に入り、素敵な乙姫様に恋をする。劇場の中にいる間は浦島太郎になりきりたい。擬似恋愛でも仮想セックスでも何でもいい、夢見心地でいたい。お客は踊り子さんに恋をし、その恋のエネルギーを明日への生きる活力としたいのだ。客のそんなハッピーな気分を上手にフォローしてくれるのが踊り子さんの役目かな。

 踊り子さんだって、ステージにのっているときは大スターやアイドルになりきれる。客も踊り子もお互いハイな世界に陶酔できるのがストリップという場なのである。

 出し物としてマジック・ショーに取り組むのもいいし、そうでなくても、お客の心にマジックをかけるつもりでステージに望んでみたらどうだろう。

 

                            

 

 

 

 

  秋ですなぁ~

 今日も、秋るまでストリップを楽しむぞっと!

 

 ほっこりする話をひとつ。日経新聞朝刊(H24.10.8)の「春秋」から。

 

 童謡の「どんぐりころころ」に、幻の3番の歌詞があるのをご存知だろうか。

ドングリが池にはまり、ドジョウが出てきて一緒に遊ぶのが1番。

 やっぱりお山が恋しくて、泣いてドジョウを困らせるのが2番。

 それで終わりでは子供にとって悲しすぎると考えたのだろう。別の音楽家がハッピーエンドの歌詞を付け足した。

♪どんぐりころころ泣いてたら、仲良し子リスが飛んできて、落ち葉にくるんでおんぶして急いでお山に連れてったーーー

 

 実は桂三枝さんが創作落語でつくった4番もある。

 ♪どんぐりころころ帰ったら、仲間がみんな拾われて、お話相手がいなくなり、ドジョウに会いに転がったーーー

これで物語はエンドレスに続く。

 

 

 秋は人恋しくなる季節ですね。

 暑かった夏の疲れが未だに身体の中に気だるく残っている感じがある。そんなとき、涼しくなった風が当たると、無性に人肌の温もりを恋しく想う。

秋は恋する季節でもある。私はストリップがあるお陰で年がら年中恋をしている。劇場は踊り子さんに恋をする場と思っている。きっと根底にあるのは人恋しさなんだろうな。

                                                  

 

 

 

 

 

久しぶりにストリップ・エッセイを書いてみよう。過激な題名ですが「心のおまんこ」と「心のちんぽ」として語ります。

 

 

Ⅰ.「心のおまんこ」論

 

 この四月に東洋にいたら、顔見知りの東洋常連が変な話を切り出してきた。

「オマンコの成形手術って知ってる?」

「えっ!? 何、そんなのあるの?」と聞き返した。処女膜再生手術というのは聞いたことがあったが、まさか下の顔も上の顔と同じく成形することがあるとは・・・

 膣縮小手術と言われるもので一般的にあるらしい。出産や加齢によって膣の緩みが気になって行うもの。若い子でもヒダが大きくなり黒ずんでくると、経験が多いと思われたくないと施術する子もいるらしい。よくスジマンとかビラマンとか言うが、これはかなり体質によるものと思っていたが、年齢や経験によって変質する影響度も大きいらしい。

 ストリップファンとして、毎日のように下の顔を拝見しているわけだが、たしかに若い子の下の顔はキレイだと思うことが多い。ストリップ用語では‘美マン’という。たしかに美マンに当たると心が洗われる気分になる。

 というか、サーモンピンクだと興奮する。形よりも色が大きいかな。よく、オス猿がメス猿の赤いお尻に興奮するというから同じじゃないのかな。若い子の方がピンクピンクしている。だから男はいくつになっても若い女を求めたがるのか。ストリップが永遠なのもそういうことか。男というものは不思議なものだね。

 ところで、その成形費用は、ネットで見たら、23万円とある。

ちなみに、先ほどの東洋客が、ある踊り子さんから相談されて、「お客さんがオマンコの成形手術の費用を負担してくれたら、切ったオマンコのヒダをあげるわ」と言われたらしい。そのためカンパしてくれる客にはヒダを御裾分けするというのだ。これには驚いた。たしかに大好きな踊り子さんのオマンコはお金の問題は二の次にして欲しいだろう。しかし、アルコール漬けされたオマンコが欲しいだろうか。彼に聞くと、この話をしても、みんな引いてしまい、誰ものってこないらしい。そうだろうと思う。

実際に、このストリップ業界にも既にその成形手術をやっている踊り子さんがいるらしい。彼からその名前を聞いて、驚くばかりだった。ただ彼女のステージを何度も見ているはずの私がその変化に気付かないでいた・・というのも変な話だ。(笑)

 

はたして、自分は毎日ストリップ劇場で何人ものオマンコを見ているわけだが、一体どんなオマンコを見たくて劇場通いしているのかなと自問自答してみた。

 たまにしか来ない客は、たしかにオマンコを見たくて来ているだろう。いや、殆どそうだろうな。そのことを否定するつもりは全くない。

 ある70代のスト常連客がしみじみと話してくれた。「長いストリップ人生を振り返ってみれば、『わーい、こんな可愛い女の子のオマンコが見れたよー!』と言っているうちが、ストリップの一番楽しいときだ。」と言う。彼は若い時に踊り子と同棲したことがあるらしい。踊り子と客の垣根を外したときから大変なことになっていく、としみじみ語ってくれた。

 オマンコはみんな同じだ!と思われがちだが、下の顔は、上の顔と同じように千差万別。みんな、違った顔をもっている。

 だから、若くてキレイなオマンコというのは分かる。かといって、若ければいいかというとそうでもない。

 私の場合は正直、好きな女の子のオマンコしか見ていない。間違いなく、好きか嫌いかの感情で見ている。ストリップでは、ヌードを見せてくれる場だから、基本的に嫌いになることは殆どないはすだが、長い間お付き合いしていると性格が分かり嫌いになることもある。そうすると、目の前で見ていても心の目が閉じる。

 ストリップは心の癒しに来ているのだが、嫌いな人を見ると癒されない。したがって自然と席を外す。これは自然な防衛本能なのだ。「オマンコはみんな同じなんだから、みんなのヌードをしっかり観ろ!」とストリップのマナーを説く人がいるが、私は自分が癒される人のしか観たくない。

 というか、私は「自分の好きな人の心のオマンコを見に来ている!」と言いたい。我々は目で見ているが、本当は頭で見ている。頭イコール心で見ている。心で感じるものは相手の心である。好きな人のオマンコを通じて、好きな人の美しい心が見たいのだ。

 

 

Ⅱ.「心のちんぽ」論

 

 先日、東洋の常連客と話をして驚いた。

 まだ若い(48歳)男性であるが、珍しい癌にかかり、実験台として無料にて米国シカゴに癌治療に行っていると言うのだ。臍の癌というのは非常に珍しいらしい。問題は癌が膀胱に転移したこと。一般的には癌で膀胱を取ると、お腹の横におしっこの袋を付けるもの。私の上司にも膀胱癌でそうしている人がいた。ところが、彼はそれは絶対に嫌だと、腸の一部を膀胱代わりにしたらしい。ただ尿意がないため、腹筋によって定期的におしっこを出す必要がある。おちんちんは既に飾りもの状態。

 おちんちんは勃起しないわけだから、もう身体はエッチなことを要求しないのかと思われるが、彼はどうしてもストリップ通いは止められない、と言う。彼は「好きな踊り子を見ると、おちんちんが勃った気がする。それだけで嬉しくて堪らなくなる。」と話してくれた。

 私は彼の話を聞きながら「ストリップは身体(ちんぽ)が欲するから観ているのではなく、心が欲するから観ている。つまり、心のちんぽで観ているんだなぁ~」とつくづく感じた。

 

 

平成30年4月                           大阪東洋ショーにて

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、「踊り子ベイビー」という話をします。

 

 

踊り子さんから「最近の太郎さんの手紙は新人さんが出てこないという嘆きの話が多いわね」と言われた。踊り子さんにとっては、そんな愚痴には興味がないんだろうね。申し訳ない。

しかし、私自身にとって書くことがストレス解消。これは私の個人的なストリップ日記なので、不満のはけ口にさせてもらうことを理解してほしい。ということで、懲りずにまたこんな話をしてしまう。

 

新人さんが出てこない状況をこんな譬え話にしてみた。

新人というのはベイビー誕生によく似ている。子作りも大変であれば、生まれてから育てるのも大変である。

「新人さん想像妊娠」・・・いい新人さんがデビューすると噂され、大いに期待していた。ところが、直前になってデビューが流れる。そんな話はよくあるね。ベイビー誕生を想像していたに過ぎない。

「新人さん死産」・・・ようやくデビューが叶い踊り子として一度は息をしたものの、いろんな事情でデビュー週で消えてしまう。ひどいときは一日で消えることもある。せっかく生まれても踊り子としての命は短く、踊り子としては死んでしまう。

いい新人であればあるほど、私は夢中になってデビュー週のお祝いに通うだろうから、「なんで辞めてしまったのかな」とずーっと尾を引く。思い出のレポートを読み返すたびに彼女の姿が蘇り胸が締め付けられる。まるで死んだ子の歳を数えるみたいに。

どんどん新人さんがデビューしているときは、辞めた新人さんの思い出に浸る間もなく、次の新人さんに走るので気が紛れる。しかし、これだけ新人のデビューが少ないと不満と嘆きが募るだけ。

新人さん誕生には時に早産も難産もあるだろうが、とにかく踊り子生命を保つことができれば、ストリップの父は幸せである。

 

ストリップの父は、踊り子ベイビーの誕生を心から待ちわびている。

 

 

平成25年6月                           

 

 

 

 

 

 今回は、「落ちていく日々」(その2)と題して語ります。

 

 財布を無くしてから一週間もしない5月14日(火)。私は相変わらず、毎日ストリップ通いを続けていた。

 その日も会社が終わって、すぐに新宿の劇場に向かう。高速道路に乗り込む時に、なんか車の調子が悪いなと感じた。ペダルを踏み込んでもスピードが上がらないし、エンジンの方から異音が聞こえる。もう少し手前で気づいていたら、会社のすぐ向かいにある車の整備会社に寄っていた。半年程前に車検をお願いしたところなので気楽に相談できたのに。早く劇場に行きたかったのと、もう高速に入ってしまったので、そのまま騙し騙し運転を続けた。オイルランプが点灯していたのでおそらくオイル切れと思ったが、新宿に着いたらガソリン・スタンドで相談しようと考えていた。

 ところが考えが甘かった。

大変なことになる!途中、品川から首都高に入り、東京タワーの近くの高速道路が渋滞してブレーキをかけて車を止めた瞬間にエンジンが落ちた。キーをかけてもエンジンが動かない。さぁ、大変なことになった!少しカーブしている二車線で、路肩もなく、このままでは後ろからの追突の危険がある。私はすぐに車から降りた。ただ見通しはよくなかったものの後続車は私の停車ランプに気づき次々と追い越していった。

気持ちは動顛しなかった。以前、高速道路でタイヤがパンクした経験があったので、今回も同様に、保険会社に電話連絡して助けてもらう。しばらくしたら、高速道路の警備パトロールが来て、一旦、近くの高速道路出口から一般道に牽引された。そこに保険会社から連絡を受けたレッカー車がやってきた。簡単に点検してくれたが単なるオイル切れではない感じだった。

もう夕方19時半が過ぎていたので、今から修理を受け付けてくれるところはない。車は一旦レッカー車が預かり、翌朝、希望の修理工場に運ぶことになる。私は、車検をお願いした会社の向かいにある整備会社に連絡した。運よく電話が繋がり、明日レッカー車を受け入れてくれることになる。その旨の手続きを済ました。保険では10万円までのレッカー移動が無料になるらしく、アクアラインで木更津まで移動しても保険で十分対応できるとのこと。(後に五万円ほど掛かったとの通知書が保険会社から届く。)こういう時に、本当に保険をしっかり掛けていて良かったと感じる。

 自宅まで送ってくれるとのことだったが、私はその日も劇場に行こうと思っていて、最寄りの地下鉄駅まで送ってもらい、新宿に向かった。DX歌舞伎で、落ち込む気持ちを癒した。仲良しの坂上友香さんの笑顔が優しかった。

 

 当日は、新宿の常宿カプセルホテルのはたご屋に宿泊し、翌朝五時に起床して、六時15分発の木更津行きアクアラインバスに乗る。

 会社の向かいの整備会社に連絡したら、オイルの無い状態で運転していたのでエンジンが完全にいかれてしまっているとのこと。オーバーホールするより、中古エンジンに取り換えた方が修理が安いとのことで、その通り依頼する。軽の代車を貸してもらう。その日から軽の代車で劇場通いする。東京の劇場に行くためにアクアラインを通る度に、軽でも片道3000円かかる。いつもならETC割引で片道850円なので、これは痛い出費になった。これが5月30日まで約二週間続くことになる。このETC割引がきかないことが、直接の修理代約20万円と合せて、かなり大きな出費になる。

 実際に、その期間は、アクアライン代がかかり過ぎるために関東の劇場は控え、自宅の近くの若松劇場に多く通うこととした。

 

 車というのは金食い虫であるが、ストリップ通いする上で、これほど便利なものはない。私のように木更津から関東の劇場に行くには車がなんと言っても早い。バス等の公共交通機関では時間に制約されるし不便。また車があれば、TSのように深夜24時が過ぎても終電を気にすることはない。ハシゴも容易にできる。

 まさに車こそ私のストリップの足。車があるお蔭で、楽しいストリップLIFEが楽しめているわけである。従って、今回のように車が自由に使えないとなると、ストリップ通いがかなり制限されてしまう。

 

 それでも私は劇場に通い続けた。このくらいの障害にへこたれてたまるか。

 どんなことがあっても、劇場に行くと、気持ちが和んだ。ストリップこそ、私の癒しの薬。私はストリップ無くしては生きていけない。

 

 そう思っていたが、この二つの事件は、これから起きる事件の序章に過ぎなかった。

平成25年5月                             

 

 

 

 

 

 

 今回は、「落ちていく日々」(その1)と題して語ります。

 

 五月は最悪の日々が続いた。

 忘れもしない5月9日(木)から悪夢が始まった。当日は、東京の水道橋で講習会に参加する予定になっていた。私は前日も新宿TSミュージックで、お気に入りの立花さやさんのラスト・ステージを深夜24時過ぎまで観劇した。そして、そのまま近くの常宿のカプセルホテルはたご屋に宿泊した。翌朝は、総武線の水道橋まで10時までに行けばいいので、八時頃にゆっくり起床して一風呂浴びて向かおうと呑気に考えていた。

 朝風呂ですっきりしてロッカーに向かうと、キーが付いていた。えっ!昨日からロッカー・キーを指しっぱなしにしていたのだ。慌てて、ロッカーの中身を確認したら財布だけが盗られていた。茫然自失の状態。すぐにフロントに相談したが従業員も困惑。見つかったら教えて欲しいと連絡先のメモを渡し、私はホテルを出た。

まずは、今日の講習会に連絡し、キャンセルをお願いする。ドタキャンになるが快く受け付けてくれ代金も返すと言ってくれた。その旨を会社にも連絡し、今日は有給休暇にしてもらう。そして、すぐに交番に駆け込んだ。新宿ニューアートの近くのゴールデン街の花園交番が一番近いと思い入ったが、そこは四谷警察署管内だった。ホテルは新宿警察署管内なので、そちらの方が手続きが早いとは言っていたが、とりあえず花園交番で盗難届の受付をしてくれた。

 被害額と言われれば、現金が10万円ほど入っていた。もちろんキャッシュ・カードがたくさん入っていて、すぐに銀行のカード二枚とクレジット・カード三枚を紛失届に連絡し使用をストップしてもらう。三菱東京UFJ銀行は再発行手続きまで電話で済ませられたが、仙台で作った七十七銀行の方は銀行の窓口まで来てほしいと言われた。銀行によって対応がまちまちで、こういう困ったときは事務手続きを簡便にしてほしいものだ。クレジット・カードはスムースに対応してくれた。それにしても携帯電話があって助かった。携帯電話まで盗まれていたら大変だったな。

最初に困ったのは、財布の中に身分証明するものが全部入っていたこと。運転免許証、健康保険証、社員証。特にすぐに必要なのは運転免許証だ。これがないと通勤も何も出来ない。警官が親切に対応の仕方を指導してくれた。運転免許証の再発行には住民票の写しが必要になる。そこで家族に連絡する。午前中はパート勤務していた妻に事情を説明し、再発行にお金がかかるので二万円を用立ててもらう。一旦、千葉の自宅に戻り、住民票をもらってから、幕張の免許センターに向かい、運転免許証の再発行が完了した。

そうそう、財布を盗られて一番困るのは、なんと言っても、お金がないことだ。キャッシュ・カードが全部入っていたので、お金が引き出せない。銀行から預金をおろすには、キャッシュ・カード以外では、通帳と印鑑が必要になる。通帳は会社に置いてあるので当日は無理だった。クレジット・カードでもあればローンでもできたのに。これからは危険分散として、カードの一部を財布以外にも別々に保管しようと思う。遠征なんかしていて財布の盗難に遭ったら完全にアウトだからね!帰りの切符代を工面できなければ最悪のことになる。・・・ともあれ、今回は小銭が2500円ほどポケットに入っていたので、それで自宅まで帰り、妻に叱られながらも現金を用立ててもらえた。(最悪、帰る小銭も無ければ交番で5000円くらいまでは貸してくれるようだ)

無事、運転免許証の再発行ができた時点で、午後三時。まずはホッとしたら、足が勝手にストリップ劇場に向かった。ドタバタした一日だったが、疲労回復・精神安定剤にはやはりいつものようにストリップとなる。私はやっぱりストリップ病だね。

池袋ミカドで、仲良しの時咲さくらさんから「太郎さん、今日、なんか元気ないね。心配事でもあるの。」と顔を覗きこまれた。さくらさんには判るんだね~。さくらさんがますます愛おしくなる♡

 

 現金がたくさん入っていたので、お金をすられて、財布は捨てられることになるだろう。だから財布が戻ってくる公算はない。交番ではホテルに監視カメラが付いていたことを確認されたので、捜査してくれるものと期待していたが、後で確認しても捜査した形跡はない。警察は財布の盗難届くらいでは何もしてくれない。

 財布を無くすと、事務手続きがこれほど大変というのが身に沁みた。運転免許証に始まり、銀行カードやクレジット・カードの再発行、そして会社に紛失届を出して、健康保険証や社員証の再発行手続き、はては自宅と会社の合い鍵の手配。

 すぐには気づかなかったが、私は財布にストリップ観劇用のものがたくさん入っていた。まずは夜行バスの切符。一カ月先まで仙台往復の三回分を予約購入していた。予約切符は万一拾われて金券ショップに持っていかれる可能性もあり、再発行は効かないとのこと。そのため、再度、切符を購入するしかない。ただ、紛失した旨の証明書を書いてくれ、万一見つかった時には一年内なら返金してくれるようだ。しかし期待できそうにない。

 大きいのは前売り券。大阪晃生の回数券二枚分22,000円(一枚11,000円で四回入場可)、そして大阪東洋のプリペイド・カード五枚分(なんと額面六万円×5=30万円分、実際はその半額で購入したが)。安いからと先買いし、東洋はこの先2,3年間は入場料を買わなくても、これで間に合うと思っていた。金額的には圧倒的に痛い。しかし、嘆いても仕方ないので、(東洋は現在休館中でもあるが)もう閉館したものと諦めるしかない。他にも、渋谷道頓堀劇場の満券二枚を始め、各劇場のポイント・カードをたくさん無くしたのが、ストリップ通いするうえで結構大きい。

 

 これだけは後悔しても始まらない。

 キーの指しっぱなしという私の不注意であり、誰の責でもない。

 財布は戻ってこなかったが、すぐに何事もなかったかの如く普段の生活には戻った。確かに未だにいろいろと尾を引いているのも事実。ただ、お金はもちろん大事だが、お金で代替できるものならまだいいと考えるべきだろう。

 

 

平成25年5月                             

 

 

 

 

 

今回は、選挙とストリップについて語ります。といっても、政治的な難しい話ではありませんので、ご安心を。

 

 数年ほど前、私は以下のような文章を書いている。-----------

 千葉県の知事選挙にあの森田健作さんが立候補しました。結果としては残念ながら、72歳になる現職知事の堂本女史が当選してしまいました。堂本知事はなにもしないと評判の知事です、なにせ高齢ですから。

 私はあまり政治には興味がない(ストリップの方が当然興味がある?)ので普段は積極的に投票所に行かないのですが、今回は森田候補を応援していました。

 というのは彼の掲げている政策でひとつ期待したいものがありました。それは、アクアライン通行料の値下げです。

 私は、千葉の幕張の近くに住んでいますが、仕事の勤務は木更津だったので、平日にストリップを観たいと思ったときは会社帰りに自宅の近くの若松劇場に行くか、あるいはアクアラインを使って川崎ロックや横浜・浜劇に行ってました。

 海を渡って好きな女性に会いに行くなんてロマンチック!  ・・「イルカに乗った少年」いやいや「アクアラインに乗った中年親父」というところか(^0^)  ともあれ、この情熱を汲み取ってもらえるかな??

  さて、ロマンチックな気分に浸る前に現実的な問題があります。

その問題とは交通費。高速バスだと片道が川崎1400円、横浜1500円と手頃ですが、マイカーだとアクアライン通行料だけで3500円、それに前後で600円ずつかかり、合計では川崎4100円、横浜4700円となります。帰りは幕張まで帰りますので、川崎からだと1400円、横浜からでは1700円の高速代となります。

 高速バスの方が安いのですが、マイカーだと早く着くし、終演時間が遅くなってもゆっくりストリップが楽しめるという利点があります。だから週末はとくにマイカーで行くことが多い。となると問題はやはり足代。入場料よりも割高になり、我々安サラリーマンには厳しい金額です。

 そう思っているところに、森田候補が、車のアクアライン通行料を片道800円にすると公約してました。いまいまは通行料が高いため、ぐるっと東京湾を回るドライバーも多いようです。巨額の投資のため通行料が高いとは言え、いつも殆んど利用していない状況ではなんのために投資したか分かりません。交通量が増えれば収入も上がるはず。ということで、森田候補の考えに諸手を挙げて大賛成していました。いまさらながら、彼の落選が残念でなりません。

 ともあれ、ストリップのために投票に行ったなんて、ここだけの秘密ですよぉ~。----------

 

今では森田さんが新知事になってますから、なつかしい話です。

 森田知事の公約どおり、アクアラインは試験的に片道800円になりました。また高速道路の料金が全国的に割引きになり、以前のほぼ半額になりました。ストリップで川崎、横浜、果ては新宿まで行くのに金銭的に随分助かります。ただ通行量が多くなり時間は以前より若干かかる感じがしますが。

 

 話が飛躍しますが、「ストリップが世界を救う」なんてスローガンを掲げたストリップ平和党があったらいいなぁ。ストリッパーが国政に打って出るなんて考えたら面白いな。

 私はストリップを観るたびに、幸せを感じるし、これこそ平和のシンボルだと感ぜずにをれないものですから・・(^0^)

 

もうひとつ別の話。

 私はよく選挙の応援などに借り出されます。会社帰りや休日を潰されること度々です。会社のお付き合いですから致し方なしですが・・。

 問題は、演説がやたらと長くつまらないということ。候補者の他に支持者を含め、演説も2時間くらいが多いですが、聴いていても退屈してしまうことが多い。

 ストリップだと朝早くから2~3時間も開演待ちし、しかも1ステージ3時間を2ステージ観たりしていますが、まったく時間を長く感じない! !

 同じ時間でもなんでこんなに感じ方が違うのでしょうね。

  要は、興味があるかないかの問題。同じ時間を過ごすなら、できるだけ自分が興味を持つことに時間を費やしたいなぁ。誰にとっても時間は有限なもの、できるだけ充実した想いができることが幸せなこと、なんて思ったりしています。

 

 つまらないお話にお付き合いさせてすみませんでした。

 

                         

            

 

 

 

 

私は四年間単身赴任で仙台に住んでいました。仙台はもともと私が多感な大学時代を過ごした街なので、単身赴任の不安は全くなく楽しみばかりでした。

 

今回は、仙台に関連して歌の話題をさせて下さい。

ストリップと音楽は密接不可分の関係と思います。音楽のないストリップはまさにクリープを入れないコーヒー(古い表現で失礼!)

音楽があってこそのステージですよね。ダンスもそうですが、ベットでの盛り上がりは選曲に左右されると言っても過言ではないと思います。ムーディアスな曲に合わせたベットショーは本当に最高です。

 時に昔懐かしい曲がかかり心を奪われることがあります。以前、ある踊り子さんのベットソングにオフコースの「言葉にできない」の曲が使われていました。オフコースの曲をストリップで聴いたのは初めてでしたし、オフコースには特別の想いがあったので感無量になってしまいました。

 

少しオフコースについてお話しさせてください。

 小田和正さんは私の大学の先輩にあたります。30年ほど前、ずいぶん昔になりますが、大学祭で初めてオフコースに出会いました。

 最初は3名でスタートしたようですが、私が見たときには、小田さんと鈴木康弘さんのお二人でした。

 ちなみに、なぜグループ名が「オフコース」か知っていますか? 小田さんと鈴木さんは横浜市にある進学校の聖光学院高校に通ってました。同級生三人でバンドを始めます。理系で優秀だったので、小田さんは東北大学建築学科、鈴木さんは東京工業大学制御工学科に進学する。大学時代は鈴木さんがせっせと仙台に通って練習していた。普通であれば、二人ともこのまま建築の仕事に就くのでしょうが、どうしても音楽への想いを捨てきれず道(コース)を外しました。それがオフコースoff courceの名前の由来です。

 また、彼らが大学四年生のとき、ヤマハ音楽コンクールに出場し、優勝したらそのまま音楽を辞めるつもりだったと後に小田さんは話しています。ところが、二位となる。そのときグランプリをとったのは「竹田の子守歌」を歌った赤い鳥でした。そのため、このまま音楽を辞めるわけにはいかないと決意したらしい。

 私は当時「秋の気配」という名曲を聴いて完全にオフコースにはまりました。私の大学時代はオフコースにどっぷりつかった青春といえます。恋をするたびにオフコースの曲がバックにありました。ひとつの恋に必ずひとつの曲がペアリングしています。カラオケで歌うたびに思い出されます(涙)

 アルバムのジャケットには、オフコースのことをハーモニーの美しさから日本のカーペンターズと称しているものがありましたが、それをいうなら日本のサイモン&ガーファンクルの方がいいと思っていました。アルバムには小田さんと鈴木さんの曲が仲良く半分ずつ入っていました。小田さんのメロディー、鈴木さんのリズム、というのがほどよくバランスされたアルバム。もちろん二人のハーモニーがオフコースの命です。

 初期の頃は、どちらかというと片思いの歌詞で、季節を背景に女性への想いを切々と歌い上げるものが多かったのですが、それが「秋の気配」で転機を迎えました。初めて女性のもとから去っていく内容を歌うことによって、ひとつの成長が見受けられます。このあたりから、小田さんはウレセンの曲を書くコツをつかみます。私が大学三年のころにリリースされた「言葉にできない」はその集大成的な名曲です。この曲が収録されているアルバム「OVER」はオフコース最高の名盤です。この時期には小田さんの歌詞は「あなたが欲しい」とか「あなたを抱きたい」というストレートな表現がさらりとできるようになり、もう一段の成長がみられます。

 このような小田さんの成長に対して、鈴木さんは相対的に見劣りしてきます。アルバムの構成も小田さんの曲が中心になります。オフコース・ファンでも、鈴木さんの曲を外して、小田さんの曲だけをテープに録って聴いたりするようになります。当然の末路としてオフコースは解散しました。

 小田さんは今では60歳を超える年齢になりましたが未だにあの美声は健在で精力的に作曲や音楽活動で活躍されています。少し前に出たベスト版のCD売上は最高齢のギネスなのだそうです。

 私にとって、小田さんは尊敬すべき大学の先輩であり、すてきな曲で心を癒してくれ、青春を彩ってくれた、最高の音楽家です。

 

 大学の同じサークルの仲間も、オフコースに魅了され、オフコースのバンドを結成していました。コンサートを聴きにいきましたが、彼もなかなかのボーカルでした。が、正直云って、私の方が上手いと思ってました(笑)

 ちょっと自慢話させてください。

 私も大のカラオケ好きです。少し前までは毎月新曲を5曲はマスターして、職場の若い連中とよく歌いにいってました。自称、私のカラオケ道場(私の出費が多いので???)

 私の声は河村隆一によく似ているようです。河村隆一がデビューした当時、カラオケ仲間から同じ声質の人が出てきたね、と云われました。スナックで彼の曲を歌ったとき、同じ歌をもう一度リクエストされたこともありました。

 そういう声なので、オフコースの高音には十分ついていけます。私のレパートリーは徳永英明、尾崎豊、ASKA、サザンなどですが、最近ではEXILEや森山直太郎、河口恭吾などを好んで歌います。

 踊り子さんを隣にして歌えたらどんなに幸せだろうと思います(^0^)

 

 長々と、自慢話までしてしまって失礼しました。

 

 

 

 

 

 

さて、先日「冬ソナ」の話をしましたが今回はその続きをします。

いまや日本中ヨンフルエンザに感染してしまった様相が漂っていますね。テレビを観るたびにヨン様がCMに登場して全女性のハートを射止めています。

わが妻もヨン様へのお熱冷めやらず、写真集を買ってきては真剣にながめています。

中年以上の女性がヨン様の魅力にはまりやすいといいますが、完全に該当してしまいました。人気の冬ソナ・ツアーで韓国に行きたい、なんて云ってるくらいです。

 

そのペ・ヨンジュンですが、初主演映画「スキャンダル」が人気でした。「冬ソナ」の純愛路線とは全くイメージが違い、プレイボーイの役。したがって、冬ソナのイメージを壊したくないひとは見ないほうがいいようです。でも、ヨン様ファンは観に行きたいわけです。

当然、わが妻も観に行きました。私も一緒に観たかったけど、一人でヨン様の世界に浸りたいという妻の主張に負け、成人映画のため入れない小学三年生の娘の相手をしていました。

観終わった妻はご機嫌でした。ヨン様は微笑みだけでなく、なかなかの肉体美だったようです。

映画館の中に、ヨン様と一緒に写真を撮るコーナーがあって、女性の顔の部分が穴になっていて、そこから顔を出して撮るわけですが、中年のおばさん方がたむろしていたそうです。妻は一人で行ったので撮ることができなかったと残念そうでした。・・・

前売り券と送り迎えで映画館を三回アッシーしました。私もいつも好きなことをやらせてもらっているので、たまには妻サービスも必要ですよね。

 

昨年末は、ヨン様がその肉体美を誇る写真集の広告に来日し大騒動でしたね。ホテル前でおばさま方が怪我をするおまけ付きになってしまいました。

空港にヨン様を見に行きたいと言っていた妻は結局仕事で行けなかったのですが、あの怪我をした事件をテレビで観ていて、ファンのおばさん達を非難したり、ヨン様がかわいそうなどと言ってました。私は半分あきれて、ヨン様の方にも非はあるよと言った途端、妻はしばらく口をきいてくれませんでした(泣)

 

今年のサラリーマン川柳大賞の中に、「ヨン様か 俺は我が家で ヨソ様さ」・・・

思わず「座布団、一枚」と言わずにいられませんなぁ(^0^)

 

さて、ヨン様は「微笑みの貴公子」と呼ばれていますが、私もヨン様に負けずにストリップ界の「微笑みの貴公子」になれないかなぁ。いつもにこにこ観ているつもりですが・・・、私の場合はいやらしさが出ているのでやっぱり無理ですかね(^0^)

 

 

 これからも応援させていただきます。素敵なステージを期待します。

 

平成17年6月始                          若松劇場にて