今回は、「落ちていく日々」(その2)と題して語ります。
財布を無くしてから一週間もしない5月14日(火)。私は相変わらず、毎日ストリップ通いを続けていた。
その日も会社が終わって、すぐに新宿の劇場に向かう。高速道路に乗り込む時に、なんか車の調子が悪いなと感じた。ペダルを踏み込んでもスピードが上がらないし、エンジンの方から異音が聞こえる。もう少し手前で気づいていたら、会社のすぐ向かいにある車の整備会社に寄っていた。半年程前に車検をお願いしたところなので気楽に相談できたのに。早く劇場に行きたかったのと、もう高速に入ってしまったので、そのまま騙し騙し運転を続けた。オイルランプが点灯していたのでおそらくオイル切れと思ったが、新宿に着いたらガソリン・スタンドで相談しようと考えていた。
ところが考えが甘かった。
大変なことになる!途中、品川から首都高に入り、東京タワーの近くの高速道路が渋滞してブレーキをかけて車を止めた瞬間にエンジンが落ちた。キーをかけてもエンジンが動かない。さぁ、大変なことになった!少しカーブしている二車線で、路肩もなく、このままでは後ろからの追突の危険がある。私はすぐに車から降りた。ただ見通しはよくなかったものの後続車は私の停車ランプに気づき次々と追い越していった。
気持ちは動顛しなかった。以前、高速道路でタイヤがパンクした経験があったので、今回も同様に、保険会社に電話連絡して助けてもらう。しばらくしたら、高速道路の警備パトロールが来て、一旦、近くの高速道路出口から一般道に牽引された。そこに保険会社から連絡を受けたレッカー車がやってきた。簡単に点検してくれたが単なるオイル切れではない感じだった。
もう夕方19時半が過ぎていたので、今から修理を受け付けてくれるところはない。車は一旦レッカー車が預かり、翌朝、希望の修理工場に運ぶことになる。私は、車検をお願いした会社の向かいにある整備会社に連絡した。運よく電話が繋がり、明日レッカー車を受け入れてくれることになる。その旨の手続きを済ました。保険では10万円までのレッカー移動が無料になるらしく、アクアラインで木更津まで移動しても保険で十分対応できるとのこと。(後に五万円ほど掛かったとの通知書が保険会社から届く。)こういう時に、本当に保険をしっかり掛けていて良かったと感じる。
自宅まで送ってくれるとのことだったが、私はその日も劇場に行こうと思っていて、最寄りの地下鉄駅まで送ってもらい、新宿に向かった。DX歌舞伎で、落ち込む気持ちを癒した。仲良しの坂上友香さんの笑顔が優しかった。
当日は、新宿の常宿カプセルホテルのはたご屋に宿泊し、翌朝五時に起床して、六時15分発の木更津行きアクアラインバスに乗る。
会社の向かいの整備会社に連絡したら、オイルの無い状態で運転していたのでエンジンが完全にいかれてしまっているとのこと。オーバーホールするより、中古エンジンに取り換えた方が修理が安いとのことで、その通り依頼する。軽の代車を貸してもらう。その日から軽の代車で劇場通いする。東京の劇場に行くためにアクアラインを通る度に、軽でも片道3000円かかる。いつもならETC割引で片道850円なので、これは痛い出費になった。これが5月30日まで約二週間続くことになる。このETC割引がきかないことが、直接の修理代約20万円と合せて、かなり大きな出費になる。
実際に、その期間は、アクアライン代がかかり過ぎるために関東の劇場は控え、自宅の近くの若松劇場に多く通うこととした。
車というのは金食い虫であるが、ストリップ通いする上で、これほど便利なものはない。私のように木更津から関東の劇場に行くには車がなんと言っても早い。バス等の公共交通機関では時間に制約されるし不便。また車があれば、TSのように深夜24時が過ぎても終電を気にすることはない。ハシゴも容易にできる。
まさに車こそ私のストリップの足。車があるお蔭で、楽しいストリップLIFEが楽しめているわけである。従って、今回のように車が自由に使えないとなると、ストリップ通いがかなり制限されてしまう。
それでも私は劇場に通い続けた。このくらいの障害にへこたれてたまるか。
どんなことがあっても、劇場に行くと、気持ちが和んだ。ストリップこそ、私の癒しの薬。私はストリップ無くしては生きていけない。
そう思っていたが、この二つの事件は、これから起きる事件の序章に過ぎなかった。
平成25年5月
