最近のジャニーズ騒動を見ながら、既に四年前に、ジャニー喜多川氏の訃報に接して私のストリップ日記に書いていたものを思い出した。以下に掲載しておきます。

 

 

 

2019年7月9日にジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川さんが亡くなるという報道が飛び込んできた。私は名前くらいしか知らないが、世間は大騒ぎになってる。

7月11日の新聞には、こんな記事が載っていた。ジャニー喜多川さんのトピックスだ。

<毎日新聞の「余禄」から抜粋>

「今日のオーディションは、終わり」。

宣言したのは先ほどから書類選考を通った数十人の少年に「飲み物は要らないか」とカップを配っていた中年男である。審査員席らしき正面の席は空席のままだった。

むろん男はジャニー喜多川さんだった。

黙ったまま受け取るもの、声掛けを無視する者、無駄話をやめない者、開始時間が話と違うのに文句をいう者は、その時点で失格になった(小菅宏著「アイドル帝国ジャニーズ 50年の光芒」)

写真撮影を拒み、公に姿を見せぬジャニーさんの素顔をどの少年も知らなかったころの話である。オーディションの合否は飲み物を受け渡す時のやりとりの印象で決まった。ご当人は「ぼくは素を見て判断する」と語っていたという。

歌って踊る男性グループのショーは米国で過ごした高校時代、バイト先の劇場でよく見た。最も人気だったのは50代のグループだが、ショービジネスが未開拓な日本では少年が一生懸命に歌い、踊る姿が共感を得られると考えたのだ。

最初は東京・代々木公園の少年野球に参集した4人――元祖ジャニーズから始まった男性アイドルのプロデュースだった。高度成長期から昭和バブル期、そして平成・令和へ、時代の波動とみごとに共鳴したアイドルの育成術である。

「ユー、やっちゃいなよ」。

日本のジャニーズ系に発した男性アイドルグループは今やアジアのポップスの象徴的存在である。底知れぬエンターテイメントの鉱脈を掘り起こした87年間の旅が今終わった。

 

<朝日新聞の「天声人語」から抜粋>

これほど名を知られていながら、これほど素顔を知られぬまま旅立った人も珍しいのではないか。訃報の写真のジャニー喜多川さんは、帽子をかぶり、サングラスをかけている。表情も年齢も読み取りがたい。

素顔や肉声をさらさない主義で知られた。同僚記者によると、取材には毎回、撮影不可と言う条件が付された。「劇場の客席で観衆の反応をつかむため、顔は公開したくない」などの理由が挙げられた。

「ユー、やっちゃいなよ」。そんな言い回しで知られたが、取材には折り目正しい日本語をゆっくり話し、敬語も丁寧だった。ジャニーズらしさとは何かと尋ねると、「品の良さ」と答えたという。

1931年、米ロサンゼルスに生まれた。幼くして、真言宗の僧である父の故郷・和歌山県へ移る。米軍の空襲下、紀ノ川に飛び込んで生き延びた。朝鮮戦争の際は、米軍側の一員として半島に滞在。戦災孤児らに米兵の衣類を洗う仕事を与え、自立を助けている。

ショービジネスの基本は、朝鮮戦争の前に暮らしたロサンゼルスで学んだ。高校や大学に通うかたわら、美空ひばりさんら日本から訪米する歌手の公演を手伝う。東京に移り、30歳でジャニーズ事務所を設立する。

フォーリーブス、シブがき隊、少年隊、SMAP、嵐、関ジャニ∞・・・。ジャニーズの誰が好きかを問えば、容易に世代を言い当てられる。人前では素顔を見せず、裏方に徹し、日本の大衆文化に新風を吹き込み続けた稀代のプロデューサーだった。

 

たしかに美談である。さらにネットで彼のことを調べてみた。

すると、数々の大物タレントやアイドルを輩出してきた偉人の訃報に、こうした多くの労いの言葉や功績を称えるコメントが報じられる中、ジャニー喜多川社長のタレントやジャニーズジュニアに対する性的虐待が一切報じられないことに対する疑問の声も挙がっていた。これには驚いた。詳しくこの事件を検索した。

 

□タレントに対する性的行為についての報道と裁判

(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋)

ジャニーが同性愛者(ゲイ、少年愛、ペドフィリア)であり、事務所に所属する男性タレントに対して猥褻な行為を行っているとの噂は、1960年代から散発的に報道されていた。

元フォーリーブスの北公次による『光GENJIへ』シリーズ(データハウス、1988年)

元ジューク・ボックスの小谷純とやなせかおるによる『さらば!!光GENJIへ』(データハウス、1989年)

元ジャニーズの中谷良による『ジャニーズの逆襲』(データハウス、1989年)

平本淳也による『ジャニーズのすべて―少年愛の館』(鹿砦社、1996年)

豊川誕による『ひとりぼっちの旅立ち - 元ジャニーズ・アイドル 豊川誕半生記』(鹿砦社、1997年3月)

元光GENJI候補の木山将吾(山崎正人)による『SMAPへ - そして、すべてのジャニーズタレントへ』(鹿砦社、2005年)

など、事務所に所属したタレントらにより事務所の内情を取り上げたいわゆる「暴露本」が出版された。1988年(昭和63年)- 1989年(昭和64年/平成元年)に『噂の眞相』がこの問題を数回取り上げた。なお、自民党衆議院議員(当時)・阪上善秀(元・兵庫県宝塚市長)が2000年(平成12年)4月13日にこの問題を衆議院で取り上げている。

1999年(平成11年)、『週刊文春』がジャニーズ事務所に関する特集記事、「ホモセクハラ追及キャンペーン」を掲載し、喜多川が所属タレントに対して同性愛行為を行い、事務所では未成年所属タレントの喫煙などがあると報道した。これらの記事は衆議院の特別委員会でも取り上げられ、これに対しジャニー側は記事が名誉毀損であるとして、文春に対し1億円あまりの損害賠償を要求する民事訴訟を起こした。

2002年(平成14年)3月27日の一審判決では東京地裁は文春側に880万円の損害賠償を命じた。文春側はこれを不服として東京高裁に控訴した。2003年(平成15年)7月15日の二審判決では、ジャニー側の所属タレントへの同性愛行為を認定した(矢崎秀一裁判長)。このため、同性愛部分の勝訴は取り消され、損害賠償額は120万円に減額された。ジャニー側は損害賠償額を不服として最高裁に上告したが、2004年(平成16年)2月24日に棄却され(藤田宙靖裁判長)、120万円の損害賠償と同性愛行為の認定が確定した。

また、『ニューヨーク・タイムズ』、『オブザーバー』などの世界各国のメディアでも取り上げられ、この問題をタブー視するなどして報道しない日本のマスメディアの姿勢を指摘した。

 

これには驚いた。スターを多数輩出した「偉人伝」やタレントとの「強い絆」など、華々しく美しいストーリーばかりが報道される中で、その背後には一体どんな真実があり、ジャニー喜多川の性犯罪や少年愛の対象となってきたアイドルやタレントは誰なのか気になるところ。

ネットには次のような記載がある。・・・

ジャニー喜多川の性犯罪被害者はメジャーデビューを果たす前の「ジャニーズJr.の少年たち」といわれています。なかでも驚きなのが20歳になる前の未成年の少年たちがジャニー喜多川さんに犯されていたということです。

現在ではジャニー喜多川さんの性犯罪者や少年愛の話題はメディア等でほとんど語られることがありませんが、性的虐待の詳細や被害者が誰なのかについてはこれまでの「裁判」と「暴露本」で明らかにされてきました。

性的虐待の被害者の中には暴露本を出版した元・光GENJIの木山将吾さんのほか、ジャニーズJr.時代のSMAPやTOKIOの候補メンバーも含まれているという噂があります。さらにジャニーさんの後継者として注目されている滝沢秀明さんも被害に遭っていたという説もあり「掘られた」少年たちは1人や2人ではないという可能性も囁かれています。

 

アメリカ帰りのジャニー喜多川さんなら、少年愛に走るのは想定内のことでしょう。

であれば、華やかな夢を追いかけて芸能界を目指した少年たちを食い物にしたジャニー喜多川さんの罪は大きい。個人的には許せないと思った。

まさしく「ジャニーズの光と闇」を垣間見た想いがした。

 

 

            

 

 

                                                R2.2

【「ジブリにおける龍」の考察】

 

 ジブリと龍の関わりが気になって、いろいろ調べてみました。

 

■トトロが中国では「龍猫」と言われていることについて。

 

 龍そのそのではないのですが、トトロが中国では『龍猫(ロンマオ)』と呼ばれることを見つけました。(出典 : Yahoo!知恵袋)

 その話に入る前に、以前、アゲハさんにお渡ししたレポートの中で、トトロのモチーフは、北欧伝承に登場するトロルとも言われていることをお話しました。その後、トトロの名前については、宮崎監督の知人の娘が、「所沢のオバケ」を「ととろのざわのオバケ」と言ったことが由来にあるという説を見つけました。『となりのトトロ』は当初『所沢にいるとなりのおばけ』というタイトルだったこと、また実際に所沢には「トトロの森」があることを考えると、名前の由来はその辺にありそうですね。

 

 さて、本題に戻ります。

スタジオジブリ制作の『となりのトトロ』は、1988年公開の宮崎駿監督作長編アニメーション映画です。その『となりのトトロ』が、2018年、ジブリ作品として初めて中国で劇場公開されました。中国では、これまで外国の映画上映本数が厳しく制限され、ジブリ作品は過去一度も公開されませんでした。ただ、多くの中国人はDVDや違法ダウンロードで幼い頃に視聴し、ジブリ映画や宮崎駿監督は中国でも人気です。

その『となりのトトロ』の中国版タイトルは『龍猫(龙猫)』、読み方は「ロンマオ」と言います。

一体なぜトトロが「龍猫」なのでしょうか。由来としては、二つの説があるようです。

①「龍猫」はネコバス

龍猫とはトトロのことではなくネコバスを指し、トトロは、「多多洛(たたら)」と言うそうです。タイトルは『龍猫」となっていますが、龍猫とは猫バスのこと。(出典 : となりのトトロで中国語講座)

確かに、トトロ自身が「トトロ」と言ったことが本来の名前の由来なので、音を変えるわけにはいかないでしょうから、トトロが龍猫(ロンマオ)というのは違うかもしれません。

②龍猫はチンチラ

中国語で龍猫はチンチラを意味します。チンチラとは南米のネズミの一種で、その姿がトトロと似ていることから、題名も『龍猫』になった、という説もあります。

龙猫はもともとチンチラ(chinchilla)という南米のネズミの中国語名ですが、その姿がトトロと酷似していることから香港でトトロが「龙猫」と訳されたのがきっかけだそうです。

(出典 : Yahoo!知恵袋)

以上の二つが『となりのトトロ』の中国版タイトル『龍猫』の由来です。

 

  私はこの記事を読んで、なんか腑に落ちませんでした。

 単純に考えて、トトロを「龍のような猫」に見えたというのがいいと思えました。

 まず<猫>ですが、私にはトトロは体型的に狸に近いと思えます。しかし、狸は人間を化かす動物なのでイメージが悪い。だから人間にかわいがられる猫に見立てた。猫と言われれば、そう見えなくもない。(笑)

 中国ではパンダのことを熊猫(ションマオ)と呼ぶ。パンダは熊そのものであり猫には見えないが、親しみを込めて猫の字を付けているのだと思う。

 次に<龍>ですが、龍というのは中国では神獣です。トトロは子供にしか見えない=心の清らかな人間でないと見えない神聖な生き物、まさしくファンタジーな生き物です。しかも、空を飛べます。大きくて、子供たちを包み込み、しかも子供たちを乗せて空を飛びます。映画の中でも、最後の方でサツキとメイをお腹に乗せて空を飛ぶトトロのシーンは名場面です。こうしたイメージから<龍>という形容詞が付けられたのではないでしょうか。

 

■ジブリ作品に龍って出てきますか?  (My知恵袋を参照)

 

◇平成狸合戦ぽんぽこでは、狸が化けたものではありますが緑色の竜が少しだけ出てきます(おそらく名前はありません)。

 

千と千尋の神隠しでは、ハク(本当の名前はニギハヤミコハクヌシで、埋め立てられた川の神様)が白い竜に変身します。

ちなみにハク竜は竜としては小柄で、顔は犬っぽい(もののけ姫の山犬モロがデザインイメージだから)です。

龍のくねくねした形は河川がイメージのようです。時に河川は濁流となって流域を壊滅させる。その破壊的な力を龍に重ねているわけです。宮崎監督は感心するほどよく勉強されていますね。

⇒ハクはジブリに登場する男性キャラクターの中で一番人気があります。またハクが登場した映画「千と千尋の神隠し」がジブリで最も観客動員数が高く(私も映画館で観たジブリ作品はこれだけ)、最も評価が高い。それはハクという龍が登場したからではないかと不思議に感じられる。

 

◇ゲド戦記の登場人物テルーも竜に変身します。上記二作品の竜は身体が細長く、翼のない東洋的デザインですが、こちらは翼のある西洋的なものです。身体の色は黒く、金属のような鱗で全身がおおわれています。

⇒東洋の龍は翼がなくても空を飛べます。一方、西洋ではドラゴンと呼ばれ、翼を持ちます。東洋の龍は蛇のように細いので、くねくねと空を飛べます。ところが西洋のドラゴンは肥満体なので翼がないと飛べる気がしませんね(笑)。

 

 以上、三つ紹介されていましたが、もう一つありますね。

◇天空の城ラピュタに出てくる「龍の巣」です。

「龍の巣」はラピュタを覆っている巨大な低気圧の渦です。 風向きが逆である為、侵入しようとしても風の壁に粉砕されてしまう。ラピュタ人が地上に降りた際に、ラピュタに再び人が近づくことの無いように作られ、進入する事を困難にしました。

パズーの父が偶然この中に入り込み、ラピュタの撮影に成功している。

飛行石の首飾りを持つ者が望んで近づくと消滅し、白日の下に姿を現すようになっている。

イメージ的には巨大な入道雲(積乱雲)または竜巻。そのため、それらに対しても使われることがある。

 

そういえば「龍神雲」という言葉がありますね。その名の通り、龍の形をした雲のことです。空に細くたなびく雲が、まるで龍が空を飛んでいるように見えることから、龍神雲と呼ばれています。

龍が持つイメージは国によって違いますが、日本では古来から雨乞いの神として崇められたり、畏怖の対象とされたりしてきました。龍神を祀った神社も全国各地にあり、古くから人々の暮らしと密接に関わっていることがうかがえます。

龍が雲に姿を変えたような龍神雲は、龍神からのメッセージであると言われています。

滅多に現れない龍神雲を見たら、これからあなたに幸運が訪れるというお知らせかもしれません。

 

 

■   映画『千と千尋の神隠し』のハクを紐解く

 

ジブリ作品に登場する男性キャラクターの中でも1、2を争う人気キャラクターのハク。

映画『千と千尋の神隠し』は日本歴代興行収入第1位という人気作で、世界中にもファンがいます。私には、この映画が人気の高い理由は、このハクの存在があるような気がしてなりません。ハクの正体は龍です。龍の力が、この映画を頂点に押し上げたのです。

 

ハクは神様専用湯屋「油屋」の強欲な主人・湯婆婆の下で働く謎の美少年です。見た目の年齢は12歳ぐらいで髪型はおかっぱ、純白の上着に水色の下袴の童形「水干(すいかん)」を着ています。

いつの頃からか突然油屋にやってきて、魔女でもある湯婆婆の弟子になりたいと申し出たため、湯婆婆の手駒にされています。魔法か神通力(じんずうりき)らしきものを使うことができるようで、油屋に迷い込んだ千尋が見つからないように“人払い”をかけています。

その後ハクは千尋を元の世界へ返すため、陰ながら尽力しました。

 

ハクの普段の姿は平安時代の衣装・童形水干を着た美少年です。しかし、その本来の姿は純白の龍。湯婆婆がハクに、銭婆が持つ契約印を盗み出すよう命じた際は、銭婆に追われて重傷を負い、龍の姿に戻っています。昔から対立していた姉妹、銭婆と湯婆婆の争いに巻き込まれてしまったわけです。

そして、ハクの正体は千尋が以前住んでいた町に流れていた川「琥珀川(こはくがわ)」の主の龍神で、本名は「ニギハヤミコハクヌシ(饒速水小白主)」です。幼い千尋が川に落ちた際に、彼女の命を助けていました。千尋はその時にハクの本当の名前を知りますが、成長してハクと出会った時には、彼の名前を忘れてしまっています。その原因は諸説あり、現実世界で川が埋め立てられてしまったため名前を忘れた、父の仕事で転校を繰り返していため忘れた、など様々です。

ハクは湯婆婆の弟子になって魔女の契約をしたため、千尋と同じく名前を湯婆婆に奪われています。ハク自身も名前を奪われたことによって、自分の本当の名前を思い出せなくなっていました。

しかし物語の終盤、銭婆の家から油屋へ戻る際に、千尋は白龍姿のハクの背中でハクが「琥珀川」の主だったことを思い出します。千尋が琥珀川を思い出したことによって、ハクも本当の名前を取り戻したのです。

 

もう一度、千尋とハクの関係をおさらいしましょう。

幼い頃に千尋は琥珀川で溺れかけ、琥珀川の化身であるニギハヤミコハクヌシ(=ハク)に命を助けられています。そのためハクは以前から千尋を知っており、千尋が見知らぬ異世界に迷い込んだ時も、彼女が人間であることを隠したり、千尋が消えそうになった際も存在が消えないように手助けしたり、湯婆婆の元で働くためのアドバイスをしたりと陰ながら支えています。

千尋もそんなハクに対して、湯婆婆の支配の呪縛から解放させるためにニガダンゴを食べさせたり、ハクが銭婆から魔女の契約印を奪ったことを銭婆のところまで謝罪しに行ったりと尽力しています。さらに終盤では忘れていたハクの名前を思い出し、ハクが自分の本名を取り戻すきっかけを作りました。

これらのエピソードから、お互いに助け合いながら惹かれ合う関係がうかがえます。親しい友人以上恋人未満、厳しい世界を生き抜く同志といったところでしょうか。

 

ハクが千尋を元の世界に戻すために湯婆婆に交換条件を願い出た時、「八つ裂きにされてもいいのか」と脅されていました。湯婆婆は自分に反抗するのであれば、魔女の契約に従い罰を与えることを警告したわけです。

しかし、物語の終盤にハクが本当の名前を取り戻したことで、魔女の契約は効力を失って、湯婆婆の呪縛から解放されました。契約が消失したのならハクは千尋と同じく自由になり、八つ裂きにされる心配もないと考えられます。

ハクは千尋を元の世界への道まで送り届けた別れ際、「私は湯婆婆と話をつけて弟子をやめる。平気さ、ほんとの名を取り戻したから。元の世界に私も戻るよ」というセリフを残しています。しかしその後、ハクが人間界に戻れたのかどうかは全く描かれておらず、不明です。ファンの間では、ハクは湯婆婆に八つ裂きにされる運命を受け入れたのではないかという説もあるので、ハクが千尋の背中を押すために嘘をついたとも考えられます。そう見ると非常に切ないセリフにもとれます。であればこそ、ハクは女性ファンの心を鷲掴みにします。

 

ハクは外見が白面の美少年の上、こうした千尋とのやりとりを見ていると、女性ファンの心をつかむのは当然のことでしょうね。

フィギュアスケート界のスーパースターである羽生弓弦選手が、右足首の怪我が心配されたにもかかわらず平昌オリンピックに出場し見事にソチに続きオリンピック二連覇を果たしました。その時に着ていた衣装によく似ているため、ハクは羽生選手とイメージがダブルと噂されることがあります。

羽生弓弦選手はまさしく金の龍なのだと思う。彼のジャンプは龍の如く高く舞い上がる。だから金の龍としてオリンピック二連覇という偉業を成し得たのだ。しかも、フィギュアスケートは冬季オリンピックの花形競技である。この競技での金メダルは他の競技と比べものにならないほど輝きが違う。羽生弓弦選手はまさに別格の金の龍なのだと思う。

一方、映画『千と千尋の神隠し』は日本アニメを代表とする作品であり、宮崎駿監督を世界に知らしめた。宮崎駿監督も金の龍なのだ。そして、監督を世界に押し上げたのは、映画『千と千尋の神隠し』に登場するハク、白い龍なのだと感ずる。

私は自分の童話の中で、一般の龍は「黒い龍」で、稀に「金の龍」と「銀の龍」がいると話した。そのとき「白い龍」という概念はなかった。あえて、白い龍を登場させてきたところにも宮崎駿監督の凄さを感じた。もちろんハクには白い龍が似合う。

龍というのは黒い鱗におおわれ、自ら光を発しない、「黒い龍」が一般的なのだ。龍は目立たないように漆黒の闇や暗い水の底に潜む。白も同じく、自ら光を発しない。黒と白は同系色なのだ。ハクは琥珀川という名の知られていない小さい河川の龍だ。だから自ら光を発する、大河なる「金の龍」や「銀の龍」とは言えない。

しかし、ハクは「白い龍」を「金の龍」に押し上げた。そのため映画『千と千尋の神隠し』は世界に冠たる日本アニメの金字塔を打ち立てることができたのだ。

 

■ゲド戦記における「まことの名」

 

もうひとつ、私が映画『千と千尋の神隠し』で強く印象に残ったのが「まことの名」という点です。

千尋は油場で働くことになり、湯婆婆と契約書を取り交わします。そのとき、自分の名前を書き間違えます。荻野千尋…と書いてあると思いきや、荻の字が間違っています!本来“火”と書くべきところが“犬”になっています。千尋が単に書き間違えただけなのか、それともわざと間違えたのか…すごく気になりました。結局、このお陰で契約書は無効になりました。

一方、ハクの契約書は名前を間違えていないため有効でした。ただ、契約した時点で、ハクは以前の本当の名前を忘れていました。最後に、千尋のお陰で本当の名前を思い出します。

だからハクは「私は湯婆婆と話をつけて弟子をやめる。平気さ、ほんとの名を取り戻したから。元の世界に私も戻るよ」というセリフを最後に言います。

私は、これらのエピソードを見て、ゲド戦記における「まことの名」を思い出していました。しかし、映画「千と千尋の神隠し」が童話「ゲド戦記」と繋がっていたとは夢にも思いませんでした。

 

 宮崎駿監督が「自分の作品は全て原作の『ゲド戦記』の影響を受けている」と語っているのを後で知り、私はすごく納得がいきました。

 私自身、初めて童話『ゲド戦記』を読んだとき、「まことの名」という点が頭から離れませんでした。

ゲド戦記の世界「アースシー」では神聖文字で表記される「真(まこと)の名前」が存在する。真の名を知る者はそれを従わせることができる。人は己の真の名をみだりに知られぬように、通り名で呼び合う。主人公を例に採ればゲドが真の名で、ハイタカが通り名である。

真の名(まことのな)  by出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

「アースシーにおいて、すべてのものを支配できるもの。砂の一粒、水の一滴まで森羅万象が真の名を持っており、真の名を知っていればそれを操ることができる。学院ではこの全てを覚えることも学業の一環として課される(24時間でページの一覧が消去される魔法仕立ての教科書がある)。魔法使いには真の名を探り出す術をもっているものもおり、ゲドは生まれつき真の名を探り出す術に長けている。

人間の場合、成人の儀式の際に、儀式に立ち会う魔法使いやまじない師の口を借りて洗礼の形で知らされる。通常は一生変わることはないが、強い力を持つ魔法使いであれば、(無理やり)新しくつけかえて相手を生まれ変わらせることもできる。また、自分の真の名を相手に知られると、たとえ魔法使いであってもその相手に対しては完全に無防備になる。そのため一般に、よほど信頼できる相手でない限り、真の名を他人に明かすことはない。」

 

 

■   ジブリ作品の中で、龍のイメージが一番濃いのは「ゲド戦記」である。

 

ジブリ「ゲド戦記」は、宮崎駿氏の息子・宮崎吾郎監督が手掛けた。宮崎駿監督は今回はスタッフに入っていない。鈴木敏夫マネージャーが宮崎駿を口説いて、宮崎吾郎に監督をやらせた作品だ。

この作品はかなり難解だ。原作「ゲド戦記」も難解でしかも長編であり、それを簡単に描くことなんてできない。私自身、若い頃に原作「ゲド戦記」を読み始め、途中でギブアップした思い出がある。そのため、ジブリ映画でどう描いたか、すごく興味があった。

以下、ゲド戦記について詳しく記載したい。

 

<目次>

1 ゲド戦記の原作とは?

2 原作 ゲド戦記のあらすじ

3 ジブリ「ゲド戦記」のあらすじ

4 ゲド戦記のテルーの正体とは?

5 ジブリからのメッセージ

 

ゲド戦記の原作とは?

『ゲド戦記』(ゲドせんき、Earthsea)は、アーシュラ・K・ル=グウィン(1929年10月21日 - 2018年1月22日 88歳没)によって英語で書かれ、1968年から2001年にかけて出版されたファンタジー小説。「戦記」と邦訳されているが戦いが主眼の物語ではなく、ゲドが主人公として行動するのも最初の一巻のみである。原題も作品世界を意味する『Earthsea』(アースシー)となっている。全米図書賞児童文学部門、ネビュラ賞長編小説部門、ニューベリー賞受賞。

英語圏におけるファンタジー作品の古典として、しばしば『指輪物語』『オズの魔法使い』と並び称される。文学者マーガレット・アトウッドは『ハリーポッター』や『氷と炎の歌』など近年流行した幻想小説に影響を与えた作品として、ゲド戦記一巻の『影との戦い』を挙げている。

 

アメリカの女優作家アーシュラ・K・ル=グウィンの同名小説で、「指輪物語」「ナルニア国物語」と並ぶ世界三大ファンタジーとして世界中で愛されています。原作は全6巻。

ジブリ「ゲド戦記」では、第3巻「さいはての島へ」がベースにはなっているが、もう1つの原案になっているのが宮崎駿氏が執筆した絵物語「シュナの旅」。

ジブリ「ゲド戦記」は宮崎吾朗監督・脚本の独自解釈によるストーリーとなっている。しかも、絵物語『シュナの旅』がキャラクターイメージの元となっている。監督の宮崎吾朗は「『シュナの旅』の登場人物に少しずつアレンジを加えていって…『ゲド戦記』の世界に近づいた感じです」と語っている。

 

原作 ゲド戦記のあらすじ 引用元:Wikipedia

この世で最初の言葉を話したセゴイによって海中から持ち上げられ創られたと伝えられる、太古の言葉が魔力を発揮する多島海(アーキペラゴ)、アースシーを舞台とした魔法使いゲドの物語。アースシーのうち、主にハード語圏では森羅万象に、神聖文字で表記される「真(まこと)の名前」が存在し、それを知る者はそれを従わせることができる。人は己の真の名をみだりに知られぬように、通り名のみを名乗る。主人公を例に採ればゲドが真の名で、ハイタカが通り名である。

 

影との戦い

第1巻は、ゲド(ハイタカ)の少年期から青年期の物語。ゲドは才気溢れる少年であったが、ライバルよりも自分が優れていることを証明しようとして、ロークの学院で禁止されていた術を使い、死者の霊と共に「影」をも呼び出してしまう。ゲドはその影に脅かされ続けるが、師アイハル(オジオン)の助言により自ら影と対峙することを選択する。

こわれた腕環

第2巻は、カルガド帝国が舞台。アチュアン神殿の巫女テナー(アルハ)が中心の物語。名前(自己)を奪われ、地下の神殿の闇の中で育てられてきたテナー。しかしそこに、二つに割られ奪われた「エレス・アクベの腕輪」を本来あるべき場所に戻し、世界の均衡を回復しようとする魔法使いゲドが現れる。少女の自己の回復と魂の解放の物語でもあり、ゲドとテナーの信頼、そして愛情の物語としても読める。

さいはての島へ

第3巻では、大賢人となったゲドが登場する。世界の均衡が崩れて魔法使いが次々と力を失う中、エンラッドから急を知らせて来た若き王子レバンネン(アレン)と共にその秩序回復のため、世界の果てまで旅をする。

帰還

第4巻は、ゲド壮年期の物語である。ゲドは先の旅で全ての力を失い、大賢人の地位を自ら降りて故郷の島へ帰ってきた。そこで未亡人となったゴハ(テナー)との生活が始まり、さらに親に焼き殺されかけた所を危うく救われた少女テハヌー(テルー)が加わる。ところがかつて大賢人であったゲドと、元巫女のテナーの2人は故郷の一般の魔法使いにとっては目障りでしかなく、3人の「弱き者」たちを容赦なく悪意に満ちた暴力が襲う。魔法の力を失った後に見えて来るアースシーの世界を覆う価値観とは、一体何なのか。それを作者自らが問いかけている作品とも言える。

アースシーの風

第5巻は、かつてゲドと共に旅をし、アースシーの王となったレバンネン(アレン)や、ゲドの妻となったテナー、その二人の養女となったテハヌー(テルー)が物語の核となっていく。竜や異教徒のカルガド人によって、従来の正義であった「真の名」という魔法の原理への批判が行われ、これまで作り上げられてきたアースシーの世界観を根本から壊していくような物語構造となっている。女の大賢人の可能性や世界の果てにある理想郷、また死生観への再考、長年敵対していたカルガド帝国との和解も暗示。テハヌーと竜との関わりも明らかにされ、確実に物語の中心はゲドからレバンネン、テハヌーの世代へと移り変わってきている。

ゲド戦記外伝(ドラゴンフライ) アースシーの五つの物語

 

ジブリ「ゲド戦記」のあらすじ   引用元:金曜ロードSHOW!

「魔法」が日常的に存在する多島海世界「アースシー」。そこでは人間の住む世界に現れるはずのない竜が突然現れて共食いを始め、魔法使いが魔法の力を失うなど、異常事態が次々に起こっていた。その原因を探って旅を続けていた「大賢人」と呼ばれる魔法使い・ゲド、通称ハイタカは、ある日、エンラッドの国王である父を刺し、国から逃げている途中だった王子・アレンと出会う。アレンは、世界を覆いつつある「影」に怯えていた。

ハイタカと共に旅をすることになったアレンは、美しい港町、ホート・タウンに到着。しかしその街もかつての輝きを失い、麻薬や人買いが横行していた。そんな街角で人狩りのウサギの襲撃を受けていた少女・テルーを助けようとしたアレンは、ウサギに襲われ囚われの身に。ハイタカは奴隷として売り払われそうになっていたアレンを救出。そしてハイタカの昔なじみの巫女・テナーの家を訪れたアレンは、テルーと再会する。

テナーの家で畑仕事などを手伝う中で、少しずつ人間らしさを取り戻していくアレン。そんなアレンにテルーも少しずつ心を開き始めるが、アレンが自ら生み出し彼に付きまとう「影」は彼の心をむしばんでいく。そんな中ハイタカは、世界の均衡が崩れかけている元凶が魔法使いの・クモであることを察知。過去のある出来事からハイタカを恨み続けているクモは、アレンの心の中の「影」を利用してハイタカを倒そうと決意するのだが…!?

 

ゲド戦記のテルーの正体とは?

テルーは物語の最後でドラゴンになります。あまりに突然すぎて(いや、途中に伏線はありましたが)なぜ?と疑問に思った方も多いはず。

「人は昔、龍だった」

「かつて人と竜は一つだった」

「龍族の一部が人間になる道を選んだ」

ジブリ版や原作のゲド戦記にも記されていた文言から、テルーは龍族の子孫で人になる道を選んだ種族だったことがうかがえます。

ジブリ版の最後では目を見開いて何かの力に覚醒したように見えるテルー。それまでは自分が人ではない龍族の末裔だなんて知らなかった。だからこそ、それまでは人間界で普通に暮らせていました。クモに捕らえられ、意識を失ってはじめて龍の力に目覚めてしまった。

 

◇ジブリからのメッセージ

子供の頃は、無邪気に好きなことをして、好きなように過ごしていたはずが、大人になって一般社会で長く暮らしていると、好きなことも好きと言えず、イヤなことも断れないようになり、本来自分のしたいことに情熱を注げるはずが気づけば、死んだ魚の目のようなよどんだ瞳で毎日を生活してる。。。

もっと自分の力を信じて前を向いて生きていこうというメッセージにも取れる気がします。

⇒このメッセージは心に刺さる。

 私は60歳にして全てを捨てて、好きなことだけに夢中になりたいと思っている。もう残された時間は限られているから。

 

原作ゲド戦記では、竜のことを「アースシーに住む、人間とは異なる知的生物。人間より賢く、遥かに長命で、多くは人間を見下している。」「全ての竜は魔法を使う。」としている。

人類より遥か昔に、竜という知的生命体が存在していたと考えると面白いな。

 これを是非とも物語にしてみたい!

 

 

 

 

 

 

今回は、浅葱アゲハさん(フリー)について、H30年11月中の京都DX東寺での公演模様を、演目「ギャツビー」を題材に語りたい。

 

 

 

まずは、内容を私なりに書いておく。

この作品は、2013年頃に出した作品である。というのも、2013年の映画『華麗なるギャツビー』をモチーフにして作られたものだから。

 

最初に、アゲハさんがリングの上に乗って演技するところからスタートする。

旅芸人の恰好をしている。「映画ギャツビーをモチーフに、旅芸人をイメージして作った出し物ですー。」とのコメントなので、映画の中に出てくる、ギャツビーの館で毎夜催されるショーに出演しているイメージかな。

金色の上着、赤い腹巻、左右の丈が違う膝丈の水色のズボンを履いて、腰から赤や金色の布がたくさん垂れている。黒いバレエシューズのような靴。

音楽は「Young and Beautiful」。ドラマチックなメロディが一気にステージを盛り上げる。この曲は、アメリカ合衆国のシンガーソングライターであるLana Del Rey(ラナ・デル・レイ)が2013年の映画『華麗なるギャツビー』のために書いた楽曲。同映画のサウンドトラック『ミュージック・フロム・バズ・ラーマンズ・華麗なるギャツビー』からのシングルとして2013年4月23日に発売された。オルタナティヴ・ロック・バラッドであるこの曲はデル・レイが映画の監督であるバズ・ラーマンと共同で作詞した。

エリザベス・ウールリッジ・グラント (Elizabeth Woolridge Grant、1985年6月21日 - 現在33歳) は、ラナ・デル・レイ(Lana Del Rey)の芸名で知られるアメリカ合衆国、ニューヨーク州、ニューヨーク・シティ出身のシンガーソングライターである。 自らを「ギャングスタスタイルのナンシー・シナトラ」だと名乗っており、彼女がリリースする曲には全体的に悲しみを表現しているものが多い。そのため、自身のジャンルは「サッドコア」だと公言している。2012年1月30日には、メジャーデビューアルバム『Born to Die』がリリースされており、アメリカ合衆国やイギリスを初めとした世界各国でアルバムチャート上位を獲得した。

すぐに曲が変わる。二曲目は、Pitbullの「International Love ft. Chris Brown」。ノリのいいラップ曲。リングから降りて舞台で踊る。

ピットブル(Pitbull 1981年1月15日 – 37歳)は、アメリカ合衆国 フロリダ州 マイアミ出身の歌手、ラッパーである。身長171cm。本名は「アルマンド・クリスティアン・ウリア・ルイス・ペレス(Armando Christian Uria Ruiz Pérez)」。「Mr. Worldwide(ミスタ・ワールドワイド)」としても知られる。 他の歌手とフィーチャリングする事が多くなった為、エレクトリック-ハウス、ヒップ-ハウス、ダンス-ポップ系の曲も歌う。最近ではヒップホップとレゲトンのミックススタイルの音楽プロデューサーとしても活動している。

両親はキューバ人で、「マイアミで最もキューバ人が多く住む」と言われるリトル ハバーナ地区で育った移民二世。英語とスペイン語のバイリンガルで、キューバの詩人ホセ・マルティ(José Martí)と、Miami Bass(ブーティ・ミュージック)の影響を受けて育つ。 エンジニアリングの高校に通っていた時から歌手としての才能を感じ、何か目立つ音楽のジャンルをと、「ダーティ・ラップ(汚いフレーズを使うラップ曲)」を選んで、曲を書き出した。歌い始めた時、ある人から「歌っている様子がまるで犬のピットブルみたいだ」と言われた事から、「ピットブル」と名乗るようになった。

その後、スヌープ・ドッグ等のヒップホップに強く影響を受け、本格的に活動を開始。後に、プロデュース・チーム「“The Diaz Brothers”」との仕事を経て、その才能を人気ラッパーの「リル・ジョン」(Lil Jon)に認められ、2002年に発売された彼のアルバムで歌手としてデビューする。

2004年のデビューアルバム『M.I.A.M.I (Money Is A Major Issue) (El dinero es un problema importante)』でメジャーデビューを果たす。これが、全米で50万枚以上をセールスし、ゴールドディスクを獲得するヒットを記録、一躍スターへ。

三曲目はJason Walkerの「Echo」。ここで黒・金の上下セパレートの軽装に着替えて、またリング演技。

Jason Walker(ジェイソン・ウォーカー)は、米国ペンシルバニア州キャノンズバーグ生まれのシンガー・ソングライター(ダンスポップ系)。2004年「Foolish Mind Games」,2005年「Set It Free」が米国ダンス1位を記録、2011年末までに同チャートで6曲がチャートインしています。

リング演技の途中で音楽が変わる。四曲目は一曲目と同じ「Young and Beautiful」で今度は長く流れる。

曲の途中で、リングを降りて舞台で着替える。衣装を全て脱いで、全裸になり、金の鎖を身体に羽織り、白と茶の羽毛がふわっとしたマラボーを身体に巻き付けてベッドへ移動。

ベッド曲は、Fergieの「A Little Party Never Killed Nobody (All We Got) ft. Q-Tip, GoonRock」。激しいテンポの音楽。Q-TipとGoonRockをフィーチャーしたこの曲は「華麗なるギャツビー」のサウンドトラックに収録。

「小さなパーティーは誰も疲れさせたりしない」→「ちょっとしたパーティーでは誰も疲れたりしない」の意味です。party は「パーティー」の意味で、kill はこの場合「疲れさせる」の意味。

ファーギー・デュアメル(Fergie Duhamel、1975年3月27日 - 現在43歳)は、アメリカ合衆国の女性歌手、ソングライター、俳優である。彼女はヒップホップグループブラック・アイド・ピーズの女性ボーカリストで、世界中のチャートで成功を収めている。彼女のソロデビュー・アルバム「プリンセス・ファーギー」はチャート上で大成功を収め、「ロンドン・ブリッジ(英語版)」、「グラマラス(英語版)」、「ビッグ・ガール・ドント・クライ」という3つのBillboard Hot 100チャート1位獲得シングルを生み出した。

ファーギーは子供番組「キッズ・インコーポレイティッド(英語版)」とガール・グループワイルド・オーキッド(英語版)のメンバーだった。2001年に彼女はグループを辞め、翌年にはブラック・アイド・ピーズとチームを組むようになった。ブラック・アイド・ピーズでは、2006年9月にソロデビュー・アルバムを発表する前に、ヒットを連発した。グループは、2009年にアルバム「ジ・エンド」で、更なる成功を収めた。2009年から2010年にかけてグループと共にツアーを始め、2010年5月にエイボンの下で彼女初のプロデュース香水「アウトスポークン」を発表。その後、3つの香水を発表した。

 

すぐに、2013年の映画『華麗なるギャツビー』をレンタルして観た。正直、映画そのものにあまり惹かれなかった。そのせいか、この映画の中で、たくさんの音楽が流れているがすーっと聴き流してしまう。曲自体に大きなウエイトを置いていない感じもして、曲そのものに感動することもなく、あまり印象に残らなかった。しかし、同じ曲をアゲハさんのステージで聴くと、めちゃくちゃいい曲に聴こえてくる。なんでかな(笑)。

他の踊り子さんにも以前この映画をモチーフにして演じていたのを記憶しているので、女性にとってこの映画は興味深いようだ。主演のレオナルド・ディカプリオに興味を持つかどうか、つまりレオマニアな女性にはたまらない映画なのかもしれないね。

それにしても、この演目において、この映画の曲も、他の曲も、アゲハさんの選曲はほんとにいいね。前回のレポートで「音楽の玉手箱」のようだと評したけど、アゲハさんの全てのステージに共通しているね。

 

 

平成30年11月                             DX東寺にて

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考】2013年の映画『華麗なるギャツビー』

 

『華麗なるギャツビー』(かれいなるギャツビー)(原題: The Great Gatsby)は、2013年のアメリカ合衆国の恋愛・ドラマ映画(英語版)である。F・スコット・フィッツジェラルドの1925年の小説『グレート・ギャツビー』を原作としており、バズ・ラーマンが監督・脚本を務めている。出演はレオナルド・ディカプリオ、トビー・マグワイア、キャリー・マリガン、ジョエル・エドガートン、アイラ・フィッシャー、ジェイソン・クラークらである。

撮影は2011年9月5日にオーストラリアのシドニーで始まった。元々は2012年12月公開予定であったが、2013年5月10日に延期された。また、第66回カンヌ国際映画祭でオープニング作品として上映される。日本では、6月14日から公開。

 

『華麗なるギャツビー』(The Great Gatsby)は1974年制作のアメリカ合衆国の映画。F・スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』の映画化作品。アカデミー賞衣裳デザイン賞、編曲賞を受賞した。

 

<あらすじ>

ニューヨークの郊外、ロングアイランドのウェストエッグにあるその大邸宅では毎夜、豪華絢爛な饗宴が繰り広げられていた。近隣から、ニューヨークから着飾った大勢の男女が訪れ、軽快な音楽に合せてダンスを踊り、シャンペンが何本も抜かれ、何人ものコックが大量のご馳走を作り、給仕達が忙しく、大広間、芝生の庭、プールの回りを駆け回っていた。ニック・キャラウエイはある夜その喧騒が静まった静寂の中、じっと佇み、海の向こうの緑色のランプを見つめる男を見かける。その男はギャツビー、かつての恋人デイジーに再会するために盛大なパーテイを毎夜繰り返していた。

 

数年前、大富豪の娘であるデイジーと軍人のギャツビーは愛し合うようになるが、ギャツビーは戦場に行き、帰ってきても無一文の貧乏青年。デイジーはギャツビーをあきらめ、大金持ちのトム・ブキャナンと結婚してしまう。1920年代の繁栄するアメリカの中でギャツビーは成功を収め巨万の富を得て、デイジーの愛を取り戻そうとする。

 

ギャツビーはニック・キャラウエイの手助けによりデイジーとの再会を果たす。夫への愛が冷めていたデイジーも過去の愛を思い起こしていく。デイジーの愛を再度得たギャツビーはトムと別れることを望むが、デイジーは決心がつかず、ギャツビーとトムの口論に取り乱し、部屋を飛び出す。後を追うギャツビー。その帰り道に事故が起きる。愛のため自分を犠牲にすることを厭わないギャツビーだったが、悲劇は事故だけでは終わらず、思わぬ方向へと展開していく。果たしてギャツビーの思いは遂げられるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

浅葱アゲハさんについて、令和元(2019)年11月頭の京都DX東寺の公演模様を、演目「it」を題材に、「表現者は感動を自分の形にする」と題して語る。

 

 

 

 当日の出し物、1回目は新作「ゴジラ」、2回目は演目「it」、3作目は和物「kyoto」。

 ちょうど2ステージ目が始まる直前に、MINAMIさんから「今週はアゲハ姐さんと『IT』ミッドナイト上映に行ってきたよ。」のポラコメをもらったばかり。2019年映画「IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」が現在上映されているのは私も知っていた。前作の2017年映画「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」を私も観ていたので興味があった。そうしたら、アゲハさんのステージに赤い風船が登場している。ステージ内容は映画「IT」ではないものの、赤い風船のイメージが重なった。

 すぐにアゲハさんに演目名と曲名を確認。「今公開してる映画『IT2』の(あくまでイメージな)出し物です。ほんとは怖いホラー映画だよ。ちょうど11/1に映画『IT2』が公開されたので久しぶりにやってます!」との返答に、思わずニヤリ。さっそく観劇レポートを書く気満々になる。(笑)

 

 演目「it」は二年前、ちょうど2017年映画「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」が封切られてから作った作品のようだ。もしかしたらステージを拝見しているかもしれないが、正直云って、私はこの作品のステージを観た記憶がない。私は2017年映画も今年ビデオで観たばかりなので、当時は全く知らなかった。知らないために心が動かされず記憶にないのかもしれない。

 アゲハさんは、2017年映画「IT」を観て、それをステージ作品に取り込んだ。自分が得た「感動」や「こだわり」を作品に昇華させるのは表現者の本能である。感動というのは読んで字のごとく「或る心が動かされた」と書く。心が動かされたり、ある事象にこだわらないと、表現する対象にはならない。アゲハさんが映画「IT」でどれだけ感動したかは分からないが、少なくとも‘赤い風船’が印象に残り、それを作品に取り入れた。(正直、私は2017年映画「IT」を観たけど、それほど感動はしなかった。でも、知識として得られたので、アゲハさんのステージを観て心が動かされた。)

 心が動かされるためには、人は体験したり、知識を得なければならない。勉強はそのために必要だ。たくさん勉強する人はそれだけ感動が広くかつ大きい。私は自論として、子供には「感動学習」が大切だと思っている。人生の豊かさは感動の多さで決まるから。

 そして、その感動を自分の形に表現できるのが表現者(アーティスト)なのだ。自分の形とは、文章でも、音楽でも、絵画でも、踊りでも、なんでもいい。表現者にとっては、それこそが生きた証になる。踊り子にとってはステージであり、私にとっては文章になる。

 

 ステージ内容を書く前に、2017年映画「IT/イット “それ”が見えたら、終わり。」について簡単に触れておく。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

『IT』(イット)は、1990年のアメリカ合衆国のホラー映画。米国ではテレビミニシリーズとして2回に分けて放送された。物語前半は幼少時代、後半は大人になった現代のパートに分かれている。原作は1986年に発表されたスティーヴン・キングのホラー小説『IT-イット-(英語版)』。

2017年にリメイク。邦題は『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』。これは小説の前半に当たる。そして、小説の後半が、2019年映画「IT イット THE END “それ”が見えたら、終わり。」として公開中。

映画「IT」では、人間の弱さに付け込む不気味なピエロ、ペニーワイズに翻弄される人々を描く。ペニーワイズは、ボサボサの赤髪に赤い鼻といった道化師の出で立ちをした悪魔。対象を威嚇・捕食する際は鋭い牙を剥き出す。基本的には多感で夢を持つ子供のみに見え、恐怖を与えるほどに美味になることから様々な幻術(物体を自在に操る、相手の恐怖心を覚える姿に擬態する、血を含んだ風船を飛ばすなど)で対象を追い詰める。

 ちなみに、ペニーワイズはトロールが出てくるノルウェーのおとぎ話「三びきのやぎのがらがらどん」をヒントに作られた。この点が私の興味を引いた。実は、この童話はジブリ映画「となりのトトロ」と関係が深い。映画「となりのトトロ」のエンドロールで、サツキとメイがお母さんから絵本『三匹の山羊』を読み聞かせてもらっているシーンがある。その絵本の表紙には、橋の上を渡る三匹のヤギと、それを下から見るトロールの姿が描かれている。ノルウェーでは、トロールはいたずら好きの妖精と認識されていて、物が突然なくなるとトロールのせいだ、と言われることもある。容姿は毛むくじゃらで巨大だそう。なんか大トトロと通じてますね。それに映画「となりのトトロ」に登場するトトロが、大トトロ、中トトロ、小トトロと3体いることも「三びきのやぎのがらがらどん」と共通してます。また、ペニーワイズは特定の子供たちにしか見えないが、トトロも子供にしか見えない点も同じだね。

 小説のあらすじは次の通り。1990年のメイン州デリーで、子供だけを狙った連続殺人事件が発生する。デリーに住んでいたマイクは、事件現場近くでそこにあるはずのない男の子の古い写真を発見し子供時代にIT(あいつ)と呼んでいた奇怪なピエロ、ペニーワイズの仕業であると確信する。マイクはかつての仲間との約束を思い出し、30年ぶりに再会することになる。

 

 

  アゲハさんは、16年目に入っている。これまでの踊り子人生で、たくさんの作品を作り、積み上げてきた。それらひとつひとつがアゲハさんの感動集。

 アゲハさんの感動をただステージだけで観てそのまま流してしまうのは本当にもったいない。私なりに、その感動を受け止め、自分の形として文章に表してみたい。

 ここ直近二年余りで、アゲハさんの、かなりの作品の観劇レポートを書いてきたが、演目「it」を拝見しながら、まだまだ観てない沢山の作品があるんだなぁ~と改めて感心させられた。これからもストリップを楽しみながら観劇レポートを書かせて頂きたい。

 

 

2019年11月                          京都DX東寺にて

 

 

 

 

2019.11 

『ピエロと赤い風船』 

~浅葱アゲハさんの演目「it」を記念して~

 

 

 

 ぼくが小さい頃の話。

ぼくの住んでいる家からは動物園が近かった。そのため両親がよくぼくを動物園に連れて行っていってくれた。ぼくの家は貧しかった。動物園の入場料は安いので、それが家族で楽しめる最大のレジャー。でも、ぼくは動物園があまり好きじゃなかった。  

動物園の中は広い。動物園の隅の方に小さい遊園地がある。ただ、遊園地は別途お金がかかるので、ぼくがそこに行きたがっても、両親はいい顔をしなかった。

ある天気のいい夏の日、動物園の中を巡っていて、たまたま遊園地の近くを通った。ぼくが遊園地に入りたがると困ると思ったのか両親の足が速まった。

そこに突然、ピエロが現れる。白粉を塗った顔に赤い団子っ鼻という特徴ある顔。

「ぼうや、赤い風船はいらないかな?」と言って、たくさん持っている風船の中から、ぼくに赤い風船をひとつ差し出した。風船は風で揺れていた。

「ピエロさん、ありがとう」 ぼくはお礼を言って、赤い風船を受け取った。

 喜ぶぼくの顔を覗きこむように、ピエロは言った。

「ぼくには、きみが求めているものが分かるよ~。きみは遊園地に行きたいんだね~。ちょうどタイミングよく、ここに遊園地の無料招待券があるんだ。きみにプレゼントしよう。」ピエロは遊園地の招待券をくれた。「今日は無料でなんでも乗り放題だよ。」

 両親が丁寧にピエロにお礼を言っていた。

「ピエロさん、ありがとう!」 ぼくはお礼もそこそこに、遊園地に向かって駆けだしていた。前から乗りたいと思っていたジェットコースターやメリーゴーランド、そして観覧車など全ての乗り物を堪能した。

 こんなに楽しいことはなかった。間違いなく、今まで生きてきて一番楽しかった。

 このときの“ときめき”、そう最高に楽しい思い出・・・遊園地とピエロ・・・が、ぼくの脳裏深くに刻み込まれた。

 

 いつしか、ぼくは大人になっていた。

 ふつうに就職し、ふつうに結婚し、ふつうに子供を育てあげ、今やふつうの親父になっていた。ふつうに幸せだと思う。

 しかし、なんか、ふつう過ぎて、面白くない。小さい頃に味わった、あの特別な“ときめき”が欲しいと思った。

 ある夜、夢の中に、小さい頃に出会ったピエロが現れた。そして、「ぼくには、きみが求めているものが分かるよ~」と言う。「きみを“大人の遊園地”に連れて行ってあげよう。」

 

 ぼくは、ある劇場に連れていかれた。そこはストリップ劇場だった。

 入場したら、一人の踊り子がステージで踊っていた。その舞台の上に、赤い風船がひとつ置いてある。場内には風がないのになぜか風船は揺れていた。

 踊り子の顔を見て驚いた。彼女はピエロのお面を付けていた。白粉顔に真っ赤な団子っ鼻。まさしくぼくを劇場に連れてきたピエロだ。

ピエロの顔をよく見ると、目の周りが青色で、目の下に涙のような銀色の星が並ぶ。金色の唇。ぼさぼさの赤髪。正直、仮面が怖かった。でも、仮面は笑っているようでもあり怒っているようでもあり、それでいて涙顔であることに不思議な感じを覚えた。

派手なお面を外すと、綺麗な女の人の顔が現れる。あまりの美しさに言葉を失う。

改めて、踊り子の名前を確認する。壁紙の香盤表に‘アゲハッチョ’とある。

 

お面と素顔のアンバランスに、また笑うピエロの涙顔に、ぼくは人生の悲喜こもごもを垣間見たような気分になった。すると、自分のこれまで歩んできた人生の様々な局面が断片ながら走馬灯のように流れた。ふつうの人生と云ったがやけに紆余曲折にも思えた。行き当たりばったりで生きてこなかったか。ぼくはたくさんの人と出会い、そういう人々の間を風船のようにふらふら生きてきただけではないのか。

ふと、揺れる風船の中に、悲喜こもごものエネルギーが充満しているような気がした。「これまでの人生、これでよかったのか」という悶々とした問いが投げかれられる。頑張って生きてきたつもりでいたが、全てが間違いであり、偽りのようにも感ずる。でも、何が正しく、何が間違いなのか、ぼくには分からない。

ピエロの仮面を見ていたら、どれが本当の顔で、どれが偽の顔なのか分からなくなる。仮面夫婦とはよく云うが、人は仮面を付けながら生きているのかな?とふと思った。本当の素顔は夫婦であろうとなかなかさらさないもの。こうやってストリップに来ていること自体、女房にも誰にも話せない。

 

でも、ストリップを観ていると“ときめき”を感ずる。この感情だけは本物だ。小さい頃に遊園地で感じた懐かしい感情だ。まさにぼくにとってストリップは「大人の遊園地」だった。

ステージの上の踊り子は、新体操のようにリボンをくるくると振り回した。これは遊園地の乗り物をイメージした「くるくる」。楽しく音楽にのって踊っている。赤い風船がリボンの風に合わせて妖しく揺れる。

ぼくにはそれが「くるくる巡る人生」と感じられた。くるくると回りながら、今はストリップ劇場に来たわけだ。風船を揺らすもの、それが縁なのかな。「人生いろいろ、悲喜こもごも」しみじみそう思う。

ぼくはピエロに導かれて、ストリップの魅力にのめり込んでいった。ストリップを観ているときのぼくは偽りのない自分だと思えた。

 これから先、ぼくにどんな人生が待ち受けているのか、ぼく自身にも分からない。しかし、今はただ、この甘美な世界に浸っていたい。

 

                                    おしまい

                         

 

 

 

 

浅葱アゲハさんについて、令和元(2019)年9月結のシアター上野の公演模様を、新作「ゴジラ」を題材に、「新作初出しの立ち合い」と題して語ります。

 

 

 改めて、ゴジラをストリップで演ずるなんて人間業じゃないと思う。だからこそ、アゲハさんが今回の作品でゴジラをどう演じようとしたのかが注目される。

 ゴジラを演ずるなら・・・私として思い浮かぶ方法を挙げてみる。

〔ケースA〕ゴジラを登場させるパターン

ゴジラのミニチュア版を作り、着ぐるみで演ずる。あるいは、ステージの背景として置物にし、逃げ惑う人間とか、ゴジラと戦う自衛隊員を演じてもいい。

これだと、ゴジラが登場するので、観客はすぐにゴジラの演目と分かるメリットがある。ただし、ゴジラ制作の費用がかかるし、運搬が大変だね。

ちなみに余談だが、最近、DX東寺の葵マコさんが、「ブス」という作品を演ずるのに、大きなクマの着ぐるみを着ていた。暑くて大変だが、演出効果としては物凄くインパクトがあった。

〔ケースB〕ゴジラの代替を登場させるパターン

 今回のアゲハさんの演出のように、ゴジラに見合う黒い恰好をする。こうすれば、いつものように踊れるメリットがある。ただ、これがゴジラと気づかない客も多いだろう。それでもゴジラのサントラ曲を知っていればゴジラと気づくし、遅くともモスラの登場により分かる。

〔ケースC〕ゴジラを登場させないパターン

 不気味な恐怖感だけで、観客にゴジラをイメージさせる。

 よくゴジラの映画で、最初に原因不明の異常現象(地震や火山活動など)が起き人々を混乱させ恐怖のどん底に突き落とす。映画が進むにつれ、それがゴジラに因るものと判明。人間はゴジラに対抗するために手立てを考える。時にそれがモスラの登場にも繋がる。恐怖の対象物が具体的に分かった瞬間に、人間の気持ちは恐怖から対抗心に変化する。

 最近とくに思うのだが、人間にとって、得体のしれない不気味なものほど恐ろしいものはない。人間は賢いので恐怖の対象が何なのか分かると知恵を働かせて排除しようとする。ゴジラの映画では放映時間内に全てを解決してしまわなければならないわけだが、本当に怖い映画にしたいなら得体を具体化しないのもひとつのやり方ではないかと思う。

そこで、ゴジラをストリップで演じようとするならば、音響に委ね、アゲハさんとしてはそれを怖がる人間を演ずるか、ゴジラと戦う戦闘員を演ずるのもありかもしれない。モスラが出てくれは必ずそれがゴジラであることは誰もが知っている。

 以上、あくまで、参考として述べました。マル

 

 

最後に、映画『King of Monsters』がいかに凄い映画かを紹介したい。

1954年に日本で「誕生」、これまでに30本以上が製作され、シリーズ累計動員数が日本国内だけで1億人を突破している国民的アイコン「ゴジラ」。ゴジラが誕生して65年の今年2019年、世界同時公開の超大作映画として『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』が公開される。『X-MEN2』、『スーパーマン リターンズ』などの脚本で知られるマイケル・ドハティがメガホンを握り、前作『GODZILLA ゴジラ』から引き続き、芹沢猪四郎博士役を演じた渡辺謙が出演するほか、第89回アカデミー賞2冠に輝いた『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のカイル・チャンドラー、『トレイン・ミッション』に出演したヴェラ・ファーミガ、大人気ドラマ「ストレンジャー・シングス」などの代表作で知られ、本作にてスクリーン・デビューのミリー・ボビー・ブラウン、第90回アカデミー作品賞他4冠受賞の『シェイプ・オブ・ウォーター』主演のサリー・ホーキンス、日本でも馴染みのある中国人女優 チャン・ツィイーなど豪華俳優陣が出演している。

 

 最後の最後に、ひとこと。日本のゴジラがアメリカに上陸するにあたり、英語のスペルをGodzillaにした。あえてdを加えて頭をGodにした話は有名。今回のアゲハさんの作品「ゴジラ」はまさに神業である。

 

 

2019年9月                           シアター上野にて

 

 

 

 

 

 

 

                                    2019.9

童話『怪獣がストリップをぶっ飛ばす-ゴジラが踊り子になった!?-』  

~浅葱アゲハさんの新作「ゴジラ」を記念して~

 

 

 

 ストリップの特別企画として双子の美人姉妹がデビューすることになった。それが驚くことに身長30㎝の小人であった。

 彼女たちは、日本の悪徳業者により、南洋の孤島インファント島から連れてこられた。見世物とされるにはあまりにも美しい容姿をしていたのでストリップ劇場が譲り受けることになったのだった。

 彼女たちは‘小美人’としてデビューした。身体が小さくてステージ映えしなかったので、3Dの特撮技術を駆使してスクリーンに拡大した。最初のうちは、物珍しさが先行したが、彼女たちの容姿の美しさに加え、その二人の歌声は観客を魅了した。

 

 一方、小美人が連れ去られたインファント島は大騒ぎになっていた。彼女たちは島に住む怪獣たちの護り神であった。

インファント島は、かつて原水爆実験場にされたために動物たちが突然変異し、巨大な怪獣と化していた。他の原水爆実験場にされた島からも怪獣が集められ、今やそこは怪獣ランドとなっていた。人間たちが原水爆実験などで自分勝手に怪獣を作り出し、それを時に映画の撮影に利用し、それ以外は邪魔にならないように人間界から隔離していたのだった。

そこには映画でお馴染みの怪獣たちが勢ぞろいしていた。東宝三大怪獣と称されるゴジラ、モスラ、ラドン。三つの首をもつキングギドラ。キングコングやガメラもいた。

島内では、ときに怪獣たちがお互いに喧嘩をすることもあるが、小美人の存在が彼らをうまく共存させていた。

 

特に小美人と親しくしていた怪獣モスラは、小美人が放つテレパシーにより、彼女たちが日本のストリップ劇場にいることを知っていた。ところが、怪獣にはパワーはあるが知恵がない。身体が大きい割に脳が極めて小さいからである。怪獣たちは力任せに小美人を奪還するわけにもいかず困っていた。

 そんなとき、魔女っ子アゲハッチョがインファント島の上空を飛んでいた。日本のストリップ劇場で小美人がデビューしたことを知り、インファント島の状況が気になっていたのだった。

 アゲハッチョは怪獣モスラに近づいた。アゲハ蝶の妖精でもあるアゲハッチョは蛾の怪獣であるモスラとコミュニケーションがとれた。アゲハッチョは怪獣たちの要請を受けて、小美人を取り戻す計画を練った。

 彼女の計画は次のとおり。魔法で怪獣たちを小さくして、ストリップ劇場に出演させる。それに乗じて、小美人を奪還するというものだった。

 怪獣たちは、自分たちがストリップ劇場に出演しても問題がないか心配した。

 ゴジラは言う。「オレは、もともと力強いゴリラと巨大なクジラから名付けられた。パワーには自信があるが、エロスには縁がない。」

 それに対して、アゲハッチョは答える。「大丈夫よ。あなたは元々ビキニ環礁で生まれたのだから、ビキニの水着を着たらセクシーになれるわよ。」

 モスラは言う。「わたしは所詮、醜い蛾なの。あなたのように美しい蝶にはなれないわ。」

 それに対して、アゲハッチョは答える。「小美人を助けたいんでしょ⁉ つまらないコンプレックスに悩むことはない。最後はあなたの特技の鱗粉攻撃で観客の目を曇らせたらいいわ。」

 キングギドラも何か言いたそうな顔つきをしていたが、頭が三つあるので考えがまとまらなかった。

 とにかく、魔女っ子アゲハッチョは怪獣たちを魔法のステッキを振って小さくした。

 ♪ねるねるねるねー

 怪獣たちはみるみる小さくなり、怪獣のミニチュア版となった。そして、空飛ぶ怪獣ラドンの背にのって、日本に向かった。日本に到着してからラドンも小さくされた。

 

 魔女っ子アゲハッチョはストリップ劇場の経営者と交渉した。こうして‘ストリップ怪獣ランド’の特別企画が催された。

 怪獣たちは‘ストリップをぶっ飛ばせ!’とばかりにステージに駆け上がった。その瞬間、観客たちは大歓声。そうか、観客たちはみなゴジラの映画を観て育った世代。馴染みの怪獣たちがステージに上がって盛り上がらないはずがない。エロスなんて問題は、モンスターパワーの前に吹き飛んだ。

 モスラは得意の鱗粉攻撃。合わせて、連れてきたモスラの幼虫たちが観客に糸をはき絡み付ける。観客は悶絶状態!!! それに加え、小美人が歌う「モスラの歌」♪モスラーや、モスラー♪ この歌を聴いた観客たちは数日間そのメロディが頭から離れなくなる。

 ちんぽ三兄弟も駆け付けた。彼らの三つの顔を見つけたキングギドラは、急に元気になり、三つの頭を振って張り切りだした。ファイヤー!!!と雄叫びを上げて口から火を噴いた。

それを見たゴジラも負けじと口から火を履く。まさにファイヤー合戦。観客の髪の毛はチリジリ状態!!!

 ちょとしたテーマパークのアトラクションよりはるかに迫力がある。この‘ストリップ怪獣ランド’の特別興行は大当たり。

 劇場は連日超満員。

 お陰で、魔女っ子アゲハッチョは小美人を解放してもらい、怪獣たちと一緒にめでたくインファント島に帰還することができた。

 

                                   おしまい

 

 

 

 

浅葱アゲハさんについて、2019年5月頭の渋谷道頓堀劇場での15周年公演模様を、周年作「ダンボ」を題材にして、「ダンボは翼であり、本作は我々への応援歌だ!」という題名で語りたい。

 

 

私はすぐにディズニー映画のアニメ版「ダンボ」を観てみた。1941年制作の古い映画だが古さを全く感じない。簡単にあらすじを紹介する。・・・

サーカスに、愛らしい子象が誕生した。“大きすぎる耳”をもった子象は“ダンボ”と呼ばれ、ショーに出演しても観客から笑いものに。子象が虐められたと勘違いした母親象が暴れ、その結果、ダンボと母親は別れ別れになる。かわいそうなダンボ。失意の底に落ちてしまうも、勇気と心の開放によって、その耳で空を飛ぶことに成功しサーカスの花形スターへとなっていく物語・・・

観た瞬間、ダンボがアゲハさんに重なった。大きな耳で空を飛べるダンボはまさしく空中ショーのアゲハさん。アゲハさんがSMパフォーマンス系の空中ショーから現在のストリップ界に入ってきたときに激しい葛藤があったことは知っている。思い起こせばH27(2015)年4月25日(土)、渋谷道頓堀劇場で浅葱アゲハさんの11周年記念イベントにて、アゲハさん本人の口から直接そのことを切々と語ってくれた。アゲハさんのアクロバティックな空中ショーは観客の度肝を抜くが、「それはサーカスみたいなものでストリップではない」と陰口を言われた。たしかに以前は今のように華麗に踊れなかった。空中ショーという最強の武器を持っていたが、それはダンボの耳のごとくコンプレックスのもとになっていた。それが今や、ダンスの習得とともに、空中ショーが最大の武器と化した。しかも今やストリップ界は空前の空中ショー・ブームとなっており、アゲハさんはその第一人者として空中ショーの女王に君臨した。たくさんの踊り子の憧れであり、かつ彼女の性格の良さも相まってアゲハさんを慕う踊り子は数多い。

こうした背景を鑑みれば、当然のごとくアゲハさんはダンボと重なる。

 

 

ダンボの大きな耳が‘翼’なんだと思えた。大きな巨体のゾウが空を飛べるのだから奇想天外な凄い翼だ。最初は醜さの象徴とされた大きな耳が、実は空を飛べる道具になり、ダンボをサーカス団の人気者に押し上げていく。まさしくコンプレックスは欠点ではなく個性であることを分かりやすく教えてくれる。それが大きな耳としてのダンボの‘翼’となる。

浅葱アゲハさんにとっての‘翼’は空中ショーだった。誰もができないアクロバティックな空中演技。ところが、ストリップの世界では異端とされた。確かに、当初はダンスがうまくできなかったので、空中ショーというサーカス的な存在として認識された。しかし、アゲハさんはダンスを習得することで、ストリップ界の中で空中ショーのできる踊り子になった。折から空中ショー花盛りになり、ますます彼女の存在は輝いている。

アゲハさんは、本作品をひとりひとりのお客さんに向けて作ったと言っている。

だから、私自身がこの作品を「私への応援歌」として捉えることができた。

 

私にとっての‘翼’とは何か。

以下に述べるのは極めて個人的な話になる。観劇レポートというより個人的な感想文になってしまうがご了承いただきたい。

私は生後間もなく小児麻痺を患い足の不自由な身体障害者として育った。笑いものにされたし、よくいじめられてきた。それでもひねくれずにやってこれたのは家族や友人や恩師のお陰だった。家が商売をやっていたので近所のお客からもかわいがられた。こうした周りの愛情に支えられてきたわけであるが、なによりも自分を変えたのは身体が不自由なために運動に注力できず、その分、読書をしたり、勉強に時間を割くことができたことだった。当時、秋田はスポーツ県で、近所では必ず何かしら運動サークルに入るのが当たり前であった。ものごころ付く10歳頃に「おまえは勉強で頑張るしかない」と教えてくれた恩師がいて、それからは勉強の虫になった。お陰で私は中高では常に成績トップだった。中三のときに地元新聞社主催の全県模試で秋田県の18番になり新聞に名前が載った。高1の旺文社模試では秋田県内3位、全国108番目まで上がった。身障者というハンデを克服した美談のように評され、私は地元では10年に一人の秀才と呼ばれた。そのままストレートで志望大学に入る。一流の会社に就職し、家族をもち、理想的な人生を送ってきた。

ところが、40歳でストリップに嵌り、自分ではあくまで遊びの領域と考えていたにもかかわらず、60歳を前にして、家庭を壊し、会社を辞めることになった。今ではストリップ漬けになり、ストリップ浪人の生活となる。ハンデを克服した人生の成功者のように見られてきたが、一転、人生の敗北者となる。もうすぐ、還暦祝いということで秋田の田舎に帰省する。田舎には今のストリップ漬けの生活を知る人は誰もいないが、そのことを恥じる気もない。

たまたま見つけたストリップという面白さ、自分はストリップが好きだと分かった。たまたま執筆を趣味にしていたので、ストリップをネタにしてエッセイや童話、観劇レポートを書き続ける。ストリップと執筆が重なったことで、私はストリップからますます離れられなくなってしまった。

家族と仕事を捨てるとき、私にはペンという‘翼’が残された。

ふつうなら65歳までは会社に残り、その後、豊かな余生を送るのだろう。

ところが60歳を前にして私は決断した。これから先は「自分の好きなことだけやっていこう」と。会社では経理の仕事が多く数字ばかり扱った。稟議書にハンコをもらって歩くのが仕事の中心でもあった。でも、そんなことは本来好きじゃない。本当に好きなのは「もの書き」であり、そのネタとしての「ストリップ」なのだ。だから、人生に負けたのではなく、私の中の「ストリップ愛」が勝ったのだと思えばいい。

毎日ストリップに通い、執筆を楽しむ。気の合う踊り子さんもたくさんできて、観劇と執筆で楽しい時間を過ごす。

当然のことながら、私の趣味として書いてきたものがたくさん貯まってきた。自分が書いたものは可愛い。とくに童話は宝物だ。小さい頃から宮沢賢治に憧れてきた。彼のようになりたいと思っていたが、もちろん彼の領域には遠く及ばないが、ただ毎日のように沢山の童話が書ける状態になってきた。昔々、理想としていた姿に今こうしてなっている。

ならば、童話だけでも公表したい。評価されなくてもかまわない。自分の存在意義がここにあるから。

ストリップがネタになっているので、一般ウケはしないだろう。このまま趣味の領域として公表しないでおく手もある。でも、こんな私ではあるが、自分の存在を形として残したいと思うようになった。

きっと笑われるだろうな。誰もが羨むような人生を棒に振って、ストリップ童話なんか書いている人間をきっと人は馬鹿にするだろう。でも、自分で好きで決めた第二の人生なんだから、もうどう言われようが構わない。そんな気になる。

 

そう思っているときに、浅葱アゲハさんの作品「ダンボ」を拝見した。

最初に、ガツンときたのがセカオワの曲「サザンカ」の歌詞だった。♪「いつだって物語の主人公は笑われる方だ 人を笑う方じゃないと僕は思うんだよ」そう、笑われるだろう。でも笑われても構わない。人生の主人公なら笑われるんだ。人のことを笑ってばかりで人生を過ごしたくないもの。

次に、じわじわ来たのがダンボの生きる姿だった。大きな耳が翼になった。コンプレックスと思っていたのが彼の個性になり、それが誰にも真似できない武器になった。私も不自由な足がコンプレックスだったが、だからこそ勉強し、今では前からの夢であった、自由に童話を書けるようになった。ペンが翼になり、私に空想の翼をくれた。私がダンボと重なった。

いつも思うんだ。すべてのことは自分に重ねてみないと分からないと。いくら本を読んでも目が文字をなぞっているだけで身に付かない。いくらいい映画を観たって心が観てないと感動しない。自分のこととして捉えられないと何も身に付かないもの。時間の無駄になる。実際の体験だけは身をもって知るから身に付くんだろうね。

アゲハさんからダンボの絵をもらったとき、すてきな童話のネタを頂いたと思った。最初に、どうしてアゲハさんはダンボが好きなんだろうかと思った。でも、それではまだ他人事だ。アゲハさんに勧められ、ディズニーアニメ映画「ダンボ」を観るも、すぐにこの面白さが分からなかった。ディズニーの童話が書きたい。しかし、ダンボになりきれないとダンボの童話は書けない。正直、ダンボの前で悶々と立ち尽くしている自分がいた。

そこに、アゲハさんのステージが登場。アゲハさんのダンボを演ずる姿に自分が見えた。アゲハさんが私を応援してくれているように思えた。その瞬間、悶々としていた壁を乗り越えらえた。そんな気がしている。

ステージにはそういう力がある。それが表現者の力だ。観客が何かを求めてステージを観れば、いいステージは何かを与えてくれる。だからステージは素晴らしいのである。

今のアゲハさんには表現者としての力量がある。だから我々観客は感動する。アゲハさんは我々観客を感動させるべく使命があるようにも感じられる。ステージに命を使わなければならないんだね。それがアゲハさんの宿命なんだよ。そのために空中ショーを演じられる翼を与えられているんだ。きっとね。

ここまでくると、アゲハさんとはストリップという同じ舞台で出会えた縁を感じる。私とアゲハさんは、きっと表現者として同じ血が流れている。だから、アゲハさんのステージに感動し、たくさんのことを感じられるのだと思う。これからもお互い鼓舞しながら人生を高めていきたい。

 

 最後に、アゲハさんがいい曲だよねというファンモンの「希望の唄」の歌詞を書いておきたい。

 

あなたがいて あなたといて

 

もしもこの世にあなたが 存在していなかったら

100ある笑顔のうち 少なくとも40はなくなる

もしも地球の裏側 あなたがいるとわかったら

無くなった40の笑顔 取り戻すため海を渡ろう

あなたの涙が雨になる あなたの言葉が風になる

諦めかけて乾いた心に 希望という花が咲いた

ああ気付いてほしい この歌の意味を知ってほしい

僕にとってこんなにも 大事で必要な人

 

あなたがいて あなたといて こんなに幸せになれるよ

忘れないで そのぬくもり 他の誰でもないあなた

あの涙も その笑顔も あの涙も その笑顔も

 

この無数にある出会いの中 偶然あなたと繋がった

もしも出会えてなかったら 夢すら持ててなかった

いつの間にかあなたの笑顔が 変わらない本当の居場所

心から支えられている だから僕は笑っていられる

ともに遠回りとかもしたけど 辿って来た夢の足跡

昔から変わらず今でも 沢山の勇気をありがとう

振り返らずにまた前へと これからも重ねていく年

僕には歌しかないけれど ずっと見守ってほしい

 

あなたがいて あなたといて こんなに幸せになるよ

忘れないで そのぬくもり 他の誰でもないあなた

この世界で 一人だけの あなたに出会えた奇跡が

こんな僕を 勇気づける 力があなたにはあるの

 

いつも愛してくれた人よ

僕に今 何か出来るのなら

探していた 未来の灯りを

あなたと分かち合いたい

 

あなたがいて あなたといて こんなに幸せになるよ

忘れないで そのぬくもり 他の誰でもないあなた

この世界で 一人だけの あなたに出会えた奇跡が

こんな僕を 勇気づける 力があなたにはあるの

 

あなたがいる あなたといる

あなたがいる あなたといる

La La La La...

 

 

2019年5月                           渋谷道劇にて

 

 

 

 

 

                                    2019.5

ファンタジー童話『ダンボ』  

~浅葱アゲハさんの15周年作「ダンボ」を記念して~

 

 

 

 あるサーカス団に一匹の象の赤ちゃんが誕生しました。

 名前をダンボと言います。ダンボには大きな耳が付いていました。一種の奇形でした。観客はそんなダンボのことを嘲笑いました。

 笑われたダンボはサーカスのテント小屋の隅で泣いていました。

 そこに、空を飛んでいた魔女っ子アゲハッチョがダンボを見つけました。彼女の背中には天使の羽根が付いています。彼女はお空の高いところからやってきた堕天使でした。

「かわいいゾウさん、どうして泣いているの?」

 アゲハッチョは優しく声をかけました。

「みんながボクのことを笑うんだ。こんな大きな耳が付いているからね。」

 アゲハッチョはその耳に優しく触れて、「私が魔法で飛べるようにしてあげるね」と言って、魔法のステックを振りました。「ねるねるねるね~♪」と呪文を唱えました。そして「耳を翼のように羽ばたいてごらんなさい。そうすれば身体が空中に浮くはずよ。」と囁きました。

 ダンボが耳をバタつかせると、身体が宙に浮きました。みるみる空を自由に飛び回れるようになりました。ダンボは「ありがとう。アゲハッチョのお陰で、ボクはアゲハッチョと同じように空を飛べる翼を持ったよ。」と嬉しそうにお礼を言いました。

 空を飛べるようになったダンボは一躍人気者になりました。

 

 ある街に、売れない歌手がいました。

 彼は小さい頃から歌が好きで歌手になるのが夢でした。彼は路上で歌を唄っていました。しかし、街の人々は忙しくて路上で立ち止まって彼の歌をじっくり聴いている余裕はありませんでした。だから彼の前に置いてある帽子に誰もお金を投げ込んでくれません。お金がなく、食べることもままならず、彼は次第に元気をなくし落ち込んでいきました。世の中が暗く寒々しいものに見えてきました。

 アゲハッチョはそんな彼を見て、彼の帽子にサーカス興行のチケットを投げ込みました。

 翌日、彼はサーカスにやってきました。

アゲハッチョはピエロに化けて、彼に近づき、彼をダンボの背中に乗せました。ダンボは彼を乗せて空高く舞い上がりました。

「うわー、高いところから見ると人間は米粒のように見えるね。つまらないことでくよくよしていても仕方ないね。元気を出して、また歌を唄いたい。」

 アゲハッチョは魔法のステッキを取り出し、「ねるねるねるね~♪」と呪文を唱えました。そして彼にギターをプレゼントしました。彼の指が勝手に動きギターが自動的にメロディを奏でました。彼はダンボの背に乗り、大空の上で思いっきり声を出して歌いました。

 初めてたくさんの人々が彼の歌声に心を止めました。

 そうして、彼の歌声はギターという翼を得て世界中に飛び回りました。

アゲハッチョもダンボも彼の活躍を喜びました。

 

 サーカス団は移動しました。

 次の街には、交通事故で片足を失った男の子がいました。彼はもともとスポーツの大好きな少年でしたが、もう片足を失ったためにスポーツはできないと、ベッドの上でふさぎ込んでいました。アゲハッチョは彼に元気を与えたくて、サーカス興行のチケットを彼の部屋に投げ込みました。

 彼は車椅子でサーカスにやってきました。そして、大きな耳で自由に空を飛ぶダンボをまぶしそうに眺めていました。アゲハッチョはピエロに化けて、彼に近づき、彼をダンボの背中に乗せました。ダンボは彼を乗せて空高く舞い上がりました。彼は「自由に動き回れるって本当に気持ちいいね」としみじみと言いました。

 アゲハッチョは魔法のステッキを取り出して、「ねるねるねるね~♪」と呪文を唱えました。そして彼の足に合う義足をプレゼントしました。彼は努力して、以前のようにスポーツができるまでになりました。彼は義足という翼を得たのです。彼はその翼でもって、お世話になった人々に恩返しをしたいと考えました。

 彼はパラオリンピックに出場し見事に金メダルを獲得したのです。

 アゲハッチョもダンボも彼の活躍を喜びました。

 

 また、ある街にサーカス団は移動しました。

 その街には、生まれつき身体の動かない女の子がいて、車椅子の生活をしていました。身体の不自由な少女はいつも読書で気を紛らわせていました。読書に疲れたときにはぼんやりと窓の外を眺めます。

彼女は人生に絶望していました。「私なんかなんのために生まれてきたのでしょ。こんな意味のない毎日を送るのは嫌だわ。もう死んでしまいたい。」彼女が部屋の窓から見える景色はどんよりと暗い灰色の世界でした。

 アゲハッチョはそんな彼女の部屋にサーカス興行のチケットを投げ込みました。翌日、彼女は車椅子でサーカスにやってきました。

 そして、アゲハッチョはピエロに化けて彼女に近づき、彼女をダンボの背中にのせて空の世界に招待しました。

 空の上から眺めると、いつも窓から眺める世界は別世界に見えました。「私の周りの世界は、こんなにも明るくて楽しい世界だったなんて知らなかった。地上で生きている人間はそれだけでとても幸せなんだわ。みんなにそのことを教えてあげなくちゃ。」

 これを聞いたアゲハッチョは彼女に一本のペンをプレゼントしました。そして「あなたの思うことをこのペンで書いてみて。そして世界中の人々にあなたの気持ちを届けてあげてほしいの。」とアゲハッチョは言いました。

 アゲハッチョはペンという空想の翼を彼女に与えたのでした。お陰で、彼女が書いた童話は夢と希望に満ち溢れていました。そして多くの人々の共感を得ました。彼女の言葉は翼をもって世界を飛び回ったのです。

 アゲハッチョもダンボも彼女の活躍を喜びました。

 

 アゲハッチョは思いました。

「私は本当の翼を与えたわけではない。魔法にはそんな力はない。私はきっかけを作っただけ。もともと誰の中にも才能があり、それを自分の気持ちをちょっと変えることで才能を開花させることができただけ。」

 今日もアゲハッチョはピエロに化け、ダンボは空を舞いました。

 

                                   おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

浅葱アゲハさんの演目を機として、ステージと童話から感じたことを「時間とストリップ」という題名で、以下に考察してみた。

 

 

1.    ストリップは時間のかかる遊びである。

 

 ストリップは時間のかかる遊びだと思う。一般の風俗というのは射精で終わるために、あっという間に終わる。ところが、ストリップには射精というのがないため区切りがない。

一回のステージが三時間位なので、それがひとつの区切りではあるが、私のように熱心なストリップファンは、朝早くから開場前に順番待ちし、開場してから終演まで、まさに朝から晩まで時間をかけてストリップを楽しむ。休みの一日は、他には何もできず、ストリップだけで全て終わるのがストリップ常連の常である。ある意味、コスト・パフォーマンスはいい。あっという間に終わる射精風俗と違い、ストリップという風俗は、ポラ撮影を考えないと、安い入場料でずーっと粘って一日楽しめるわけだ。

 射精というのは極めて自分勝手なもので、勝手に興奮して勝手に終わる。その点、ストリップは決まった興行時間に合わせなければならない。一回三時間というステージに合わせ、ポラを撮ったら踊り子に預け、三時間後の次の回にサインポラを回収する。踊り子と仲良くしたいと考えれば最低6時間は時間を費やす。もっと仲良くしたいと考えれば9時間、12時間と三時間刻みでプラスの時間をかけることになる。

 

 ストリップにおける時間のトピックスとしては皆勤がある。踊り子に夢中になった客の中には毎日通い出す人が多い。その結果、十日間フルで通えば皆勤と呼ぶ。会いたいから毎日通ってしまうわけだが、こと皆勤は簡単にはできない。人は誰しも仕事や私的な時間がかかり踊り子さんにばかり時間を割いてられない。たから仕事をうまく調整し、会社の行事をくぐりぬけ、飲みに誘う同僚の言葉を断って、毎日毎日劇場に通うことで漸く皆勤が達成される。この苦労は皆勤した人でないと分からない。皆勤はまさに大好きな踊り子に十日間という自分の時間を捧げることを意味する。踊り子さんに対する熱い気持ちの表れなのである。

 大変であるからこそ、踊り子はそれを評して皆勤賞を贈る。

 

 もうひとつ、ストリップにおける時間のトピックスとして遠征がある。熱心なストリップファンは、好きな踊り子が出演するなら、日本全国どこまでも追いかける。遠い場所だと宿泊する必要もあり、土日二日間をたっぷり時間をかけて応援する。一般のストリップファンは小遣いの範囲内で遊ぶから遠征まではしない。せいぜい仕事の出張を兼ねて遠征するのが関の山で、ここまでが限界。我々レベルでは遠征が当たり前なのでかなり重症レベルである(笑)。

  あるストリップ仲間Mさんの話だが、Mさんはある踊り子Iさんに夢中になり、たった一回のステージにもの凄い時間と労力と金を使ったことがある。次のような話である。

踊り子Iさんが大阪東洋ショーに出演していて楽日を迎えた。その日は金曜日。Mさんは週末金曜日の仕事を漸く終え、時計を見る。今から新幹線で大阪に向かえば、Iさんのラスト四回目ステージに間に合う、そう思うと居ても立ってもいられなくなる。たった一回のステージのため、Mさんはすぐに東京から大阪に新幹線で向かう。Mさんが来てくれて、その踊り子Iさんもびっくり。そして、そのまま、Mさんは夜行バスで大阪から東京に戻って来た。

翌朝、土曜日の早朝に、東京の劇場で彼と会う。私も同じ踊り子Iさんを応援していたので早朝から並んでいた。そう、Iさんは連投で東京の劇場に乗ることになっていたのだ。今日から彼女に会えるのにもかかわらず、Mさんは昨夜わざわざ大阪まで行ったのだ。集まってきた彼女のファン仲間は皆、Mさんの行動を聞き、呆れながら「おまえ、バカじゃないのか」と彼をからかった。しかし、私はそうは思わなかった。たった一回のステージでもいいから、どうしても彼女に会いたいという彼のピュアな気持ちに感動した。これが踊り子に惚れてしまった純粋な彼の想いなのである。時間をかけるとは、こういう事例もあるわけだ。

 

 この事例を考えた場合にも、本当にストリップは時間のかかる遊び、いや、あえて時間をかける遊びということになるわけだが、ただストリップというのは時間を売る商売ではないなと感じる。

 私は今好きな踊り子さんに向け、手紙やレポートを書いているわけだが、いつもマンガ喫茶で執筆活動している。マンガ喫茶では例えば三時間コースでいくらと決まっているが、三時間過ぎると10分毎に80円が加算していく。この分刻みがまさしく時間泥棒である。時間に急かされ、気が焦り、執筆が雑になる。ホント無駄な浪費と思うことが度々ある。マンガ喫茶はまさしく時間売りである。それに対して、ストリップは時間売りではない。先ほどから述べているように、一応一ステージは三時間で一サイクルであるが、何時間居てもいいわけだ。それに対して、パチンコやマージャン等、それを時間潰しと考えるならば全て時間を売ってると言っていいだろう。

 では、ストリップって何を売っている商売なのかと考えると、私は「ストリップは感動を売っている商売だ」と考えている。

 先ほどの事例のように、踊り子に恋している場合はたった一回会えることが感動。私のようにステージから得られた感動をせっせとレポートにしているケースもある。私は感動しないとレポートは書けない。私のレポ―トは私の感動集なんだな。

 

 

2.    自分の時間が持てなければ生きていることにはならない。

 

作者のミヒャエル・エンデは作中でこう語っています。

「時間をはかるにはカレンダーや時計がありますが、はかってみたところであまり意味はありません。というのは、だれでも知っているとおり、その時間にどんなことがあったかによって、わずか一時間でも永遠の長さに感じられることもあれば、ほんの一瞬と思えることもあるからです。

なぜなら時間とは、生きるということ、そのものだからです。そして人のいのちは心を住みかとしているからです。」(引用元:『モモ』ミヒャエル・エンデ作、大島かおり訳)

このフレーズが私としては一番ズバッときたところです。

 

ひとつは時間の本質を言い当ててます。

 時間にはふたつのものがある。ひとつは時計ではかれる時間。私たちの文明は、この共通の時間という概念があるお陰でとても便利になっていますね。

 もうひとつは、心の時間です。これは時計では計ることができません。先ほどのスト仲間の事例で見たように、たくさんかけた時間は好きな踊り子にあった感動の瞬間に永遠のものになります。私が書き上げたレポートも、読んで感動が蘇るものであれば永遠のものとなります。時計では計れませんね。

 心は色んなことを語り掛けてくれます。仕事を前にしても手につかない状態だと、仮に時間がたくさんあっても時間の感覚はない。ところが切羽詰まってくると、そろそろ時間が無くなるよと語ってくれます。そこで初めて時間を意識してタイム・スケジューリングしようとしますね。心が感じなければ時間という存在はないのです。

 

 もうひとつ大切なことは、「時間とは、生きるということ、そのもの」

 このことは別の個所にも、次のように記載されている。人間に時間を与えるマイスター・ホラは、灰色の男たちの正体についてこう語っています。

「彼らは人間の時間をぬすんで生きている。しかしこの時間は、ほんとうの持ち主からきりはなされると、文字どおり死んでしまう。人間はひとりひとりがそれぞれじぶんの時間をもっている。そしてこの時間は、ほんとうにじぶんのものであるあいだだけ、生きた時間でいられるのだよ。

 「じゃあ灰色の男は、人間じゃないの?」

 「いや、人間じゃない。似た姿をしているだけだ。」

 「でもそれじゃ、いったいなんなの?」

 「ほんとうはいないはずのものだ。」

 「どうしているようになったの?」

 「人間が、そういうものの発生をゆるす条件をつくりだしているからだよ。それに乗じて彼らは生まれてきた。そしてこんどは、人間は彼らに支配させるすきまをあたえている。それだけで、灰色の男たちはうまうまと支配権をにぎるようになれるのだ。」(引用元:同掲)

 

「『じぶんの時間』を生きられなければ、灰色の男たちのようになってしまいます。

なにについても関心がなくなり、なにをしてもおもしろくない。この無気力はそのうちに消えるどころか、すこしずつはげしくなってゆく。日ごとに、週をかさねるごとに、ひどくなる。気分はますますゆううつになり、心のなかはますますからっぽになり、じぶんにたいしても、世のなかにたいしても、不満がつのってくる。そのうちにこういう感情さえなくなって、およそなにも感じなくなってしまう。なにもかも灰色で、どうでもよくなり、世のなかはすっかり遠のいてしまって、じぶんとはなんのかかわりもないと思えてくる。怒ることもなければ、感激することもなく、よろこぶことも悲しむこともできなくなり、笑うことも泣くこともわすれてしまう。そうなると心のなかはひえきって、もう人も物もいっさい愛することができない。ここまでくると、もう病気はなおる見こみがない。あとにもどることはできないのだよ。うつろな灰色の顔をしてせかせか動きまわるばかりで、灰色の男とそっくりになってしまう。そう、こうなったらもう灰色の男そのものだよ。この病気の名前はね、致死的退屈症というのだ。」(引用元:同掲)

 

 時間に追われ、仕事に追われる現代人の姿を風刺的によく表していますね。

 

「じぶんの時間を生きる」とは、自分にとって大切なものを抱えて生きるということ。

 改めて、自分の人生を振り返ってみて、何が一番好きなことか?を考えてみる。

 小さい頃は何になりたいかよく分からなかった。勉強だけは一生懸命にやって成績はいつも良かった。だから希望の大学にストレートで入る。でも成績が良かったから法学部に入っただけで、法律が好きだから法学部ではなかった。実際、法律は勉強していてつまらなかった。おそらく私には文学部の方が向いていた。法学部は就職に優位なので一流の会社に入れた。ところが、会社で何をしたいかが無く、ただ一生懸命に仕事に向き合ったために出世はした。仕事には達成感など楽しい面もあるが、実際のところ私にはビジネスが向いているとは思わなかった。もちろん仕事は、家族のために稼ぐことが一番の目的だった。

 あるとき、ストリップに出会い、ものすごく感動した。自分の中に押し込められていた欲望が爆発したみたいな感じ。しかも単にステージを鑑賞するだけでなく、ステージから得られた感動を文章に落とし込む作業をやり始める。執筆が趣味だったので嵌りに嵌った。ところが、ストリップは時間のかかる遊びである。仕事や家庭生活の中からストリップに割ける時間は極めて限られる。しかも最大のネックは、ストリップが家族からも会社からも認められないという点。したがって、こそこそ隠れながら、時に嘘をつきながら、大好きなストリップに時間をかけていく。一般の人は、土日の休みだけとか、小遣いの範囲内とか、そういう限定された中でストリップを楽しんでいる。ところが、私の場合はその殻を突き抜けてしまった。

 家庭を壊すつもりは更々なかったものの、「残業で遅くなる」「今日は休日返上で出勤しなければならない」などの嘘がばれ、とうとう妻に愛想をつかされる。「ストリップは単なる遊びだから」という理屈は妻には通じなかった。救われたのが子供三人の子育てが終わり既に社会人になっていたことか。離婚後は、自分の給料は全てストリップに注ぎ込めるようになる。家庭に振り向けるべき父親としての時間の制約も無くなった。

 会社は生活の糧になくてはならないもの。それも、ある踊り子の出現を機にして退職となってしまった。定年前に会社を辞めるつもりは無かったが、こうなってしまったからには運命と思うしかない。退職金は十分もらったので、十分働いた満足感はある。

 家庭と仕事という束縛から解放された瞬間、私の時間は完璧に自由になった。全てを捨てることで見えてきたものもある。

今は大好きなストリップ三昧が可能になった。毎日好きな踊り子を追いかけ、好きなだけ観劇し、好きなように執筆している。好きな踊り子さんのために観劇や執筆にいくらでも時間を費せることは本当にストリップ冥利に尽きる。私は間違いなく、今や自分の時間の主人公になれて、生きている実感がある。

 ただ、家庭を捨てた後ろめたさ、仕事をしていない罪悪感、将来的に金銭面や健康面や身寄りのない不安などは付きまとう。今はストリップの楽しみで気を紛らわしている。ただ、東京オリンピックを前にして今後のストリップがどうなるか分からないし、また観劇や執筆に没頭できるのは体力的には今しかなかったとも考えてもいる。何よりも、好きなことに時間が割けることは生きている実感がある。

 

 

3.    好きな人と関わることは、相手に自分の時間を与えること

 

モモには人の話に黙って耳を傾けられるという最高の能力があった。このことを童話の最初のところで印象深く書いてある。「聞く」ということがどんなに素晴らしいか、がよく分かる。

 

主人公のモモには、ひとつだけ特殊な能力があります。それは「聞く」こと。この能力を体験した住民たちにはこのような変化がありました。

(一)ばかな人にもきゅうにまともな考えがうかんできます。

(二)じぶんのどこにそんなものがひそんでいたかとおどろくような考えが、すうっとうかびあがってくるのです。

(三)どうしてよいかわからずに思いまよっていた人は、きゅうにじぶんの意志がはっきりしてきます。

(四)ひっこみじあんの人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。

(五)不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいてきます。(引用元:同掲)

 

小林良孝氏の論文「ミヒャエル・エンデ著『モモ』の世界構造について」によると、このモモの能力によって、住民の4つの能力が引き出されるとされています。

それは、「愛する」こと、「空想する」こと、「希望する」こと、「信じる」こと。

(一)にあてはまるのは、左官屋のニコラと安居酒屋の亭主ニノである。彼らはモモに話を聞いてもらうことによって、互いに相手を「愛する」能力を身につけたのである。

(二)と(四)にあてはまるのは、子供たちである。彼らはモモと一緒に居るだけで、奇想天外な遊びを思いつき、ひっこみ思案な子でも、その遊びに熱中し、見ちがえるほど勇敢に行動したのである。子供たちはモモと一緒に居るだけで、「空想する」能力や熱中する能力を身につけたのである。

(二)と(三)にあてはまるのは、観光ガイドのジジである。彼もモモと一緒に居るだけで、彼の空想力は天衣無縫にはばたき始め、自分のやりたいことがはっきりしてきて、あすへ向かって「希望する」能力が生まれてきたのである。

(五)にあてはまるのは、道路掃除夫のベッポじいさんである。彼もモモに話を聞いてもらうことにより、道路掃除という・仕事の重要さへの信念をますます深め、道路掃除夫であっても自分はこの世では唯一無二の重要な存在であるという信念をますます深め、ますます喜々として自分の仕事に着実に励むようになったのである。つまりベッポは、モモに話を蘭いてもらうことによって、「信じる」能力をますます強固たらしめたのである。

(引用元:小林良孝「ミヒャエル・エンデ著『モモ』の世界構造について」)

 

「じぶんの時間」を生きるとは、自分にとって大切なものを抱えて生きるということ。

ニノと二コラにとっては、「愛する」こと

子どもたちにとっては、「空想する」こと

ジジにとっては、「希望する」こと

ベッポにとっては、「信じる」こと

モモは人生におけるこの4つの重要性を教えてくれました。自分にとってほんとうに大切なものは何なのか、考えさせられます。私にとっては、それはストリップだと思えたのです。

 

ここで大事なことは、「聞く」という行為は「自分の時間を与える」ということに通じます。

私はたくさんの踊り子が好きだから、毎週、自分の時間のシェアリングをする。あの踊り子さんに何日、この踊り子さんに何日会いに行くと予定を立てる。そのことを前にエッセイで書いたが、「愛シェアリング」と命名している。

踊り子がステージで演じ、その訴える声を心を耳立てて聞き分けようとする。そして、その声を私なりに文章に落としてみる。それが私の観劇レポートであり、私の創作童話であり、これらは私の時間と感動が詰まったシロモノである。

最近、アゲハさんを始め、私の創作童話にマンガを描いてくれる踊り子さんが出現した。こんな客サービスはこれまで聞いたこともない。マンガを描くことは、絵心という才能もあるだろうが、だいたい時間がかかって大変だと思う。こんな私のためにそこまでサービスする義務はない。それにもかかわらず描いてくれたマンガを目の前にして私は感動で胸が張り裂けそうになる。そこに踊り子さんの時間が凝縮されているのだ。それが分かるから涙が出てくるほど嬉しい。

そもそも絵というのは時間のシロモノ。絵心ある画家がたくさんの時間を費やして描く。我々はその時間を一瞬にして味わうことができる。だから感動するのである。それは作家でも画家でも建築家でも舞台演出でも(もちろん踊り子も)、みんな同じことなのだ。芸術というのは全て「その人の時間の凝縮」なんだ。

アゲハさんが朝早く起きて私のためにマンガを描いてくれたと聞いたとき、心からありがたいと思った。私との長い付き合いの中で培った、私の文章に対する愛情をひしひしと感ずる。私にマンガを提供してくれた踊り子さんは皆同じ気持ちだと思う。私の童話のマンガ化で私と踊り子さんのコラボが実現した。ある程度、量が増えてきたら形として残したいと思っている。これが私の「ストリップ・マガジン構想」なんです。密やかな夢と思ってきましたが、アゲハさん達のお陰で夢の実現ができそうな予感がしています。

 

モモの物語では、時間を節約するために人と話すことをどんどん切っていきます。モモのように人の話を聞くために、自分の時間を惜しみなく与えることとは真逆ですね。

真の愛とは自分の時間を惜しみなく与えることだと思います。母親は子供のために時間を惜しみません。自分の時間なんか忘れてしまいます。そう、「時間を大切にする」というのは、「時間を無駄にしない」ことではなくて、「時間を忘れる」ことかもしれませんね。

時を忘れるほど、大好きなことをしている瞬間、大好きな人たちと一緒にいる瞬間、そんな時を重ね刻んでいく人生は、どんなに幸せだろうと思います。

 

Giving is living 与えるのは生きていること

 

Strip is living 私にとってストリップこそ生きている証

 

 

4.    ストリップは「時間の花」なんだ!

 

モモの物語を読んでいて、最も印象的なのは「時間の花」のシーンだった。(※. 以下に要約版を記載するが、この部分は生の文章を味わってほしい。少し長いけど、原文を最後に添付しておく。)

モモは、人々が時間を奪われ続けているとき、円形競技場に突然現れたカメ・カシオペイアに連れられ、時を司るマイスター・ホラのところを訪れた。マイスター・ホラの家、時の生まれる場所で、モモは、「時間の花」を見せてもらう。

そこは、丸天井の下、暗い池に光が差し込んでいた。黒い鏡のようになっている池の水面を大きな大きな時計の振り子が行きつ戻りつしている。振り子が、池のへりに近づくと、大きな花がすぅっと咲き、振り子が遠ざかると散っていく。それが何度も何度も繰り返される。しかも花はこれまで見たことのない美しい花たち。その花が散る時、モモはとても悲しい気持ちになるが、次の瞬間には、また振り子が近づいた場所に新しく咲いた花を、これまで見た中で一番美しいと感じるのでした。

同じ花は1つとしてなく、新しい花が生まれるたびに、今までで一番美しく思えてくる。これが「時間の花」。そのすばらしい光景を目にしたモモは、時間の真実を悟る。

この場面を読んで、「時間」というものを、これほど豊かに表現した物語を読んだことはなかったと思いました。

ホラはモモに、「(この場所は)おまえじしんの心のなかだ」と告げる。この時間の花は、1人1人の中にあり、生きている限り生み出され続ける。しかし、こんなに輝いていて、こんなに貴重なものに思えるのに、同じ花は二度と咲かない。

この物語では、「時間」とは一度しか咲かない美しい花として描かれる。とても美しい比喩であり、この描写だけでもエンデの名は永遠でしょうね。

 

要約すると、「時間は、均質なものではなく、その瞬間、瞬間で全く違う唯一無二の花を咲かせるような美しい心の世界――。」

このシーンを読んでいると、「時間」というものの儚さをしみじみと感じる。その一瞬一瞬の美しさに気づかず、幸せを感じずに生きるのは、あまりにもったいない。

 

ふと、踊り子もステージも「時間の花」なんだと思えた。

踊り子が輝ける期間というのは一生の間でもほんの短い間だけ。永久にできる仕事ではない。若さが輝ける期間は有限である。そう思えば思うほど、今、このステージで精一杯輝きたいと思って頑張る。踊り子の輝きは「時間のもつ花」なのだろう。

どの踊り子も個性をもち、みんな違う輝きをもつ。そして、次から次へと新しい踊り子が出てきて、次から次へと新しいステージをやる。その新しいステージが一番いいと感じる。私はいつも、いま目の前の踊り子、いま観たばかりのステージが最高と思い、その感動をレポートに落とし込む。少し後から書こうなんて思ったら、その感動は逃げていく。「時間の花」はその瞬間に輝きを発するから、すぐ枯れてしまうのである。

 

やはり大切なのは「今」なんだ。「いつやるの?」まさしく「今でしょ!」となる。

「たった今」というひとときは、どんな過去より未来より美しく、尊い。そしてその「今」が過去に去って次に来る「今」も、やっぱりこれまでで一番美しい。日々の時間をそんな風に感じられるモモは、いつも「今」に生きていて、だからこそ、「未来」の約束と引き換えに「今」を奪おうとする灰色の男たちの取引に応じることはないのです。

今という瞬間、目の前の物事に夢中になっている時、私たちは本当に今を生きて、与えられた時間を大切にしていると云えるのだと思います。 

 

張り切って書き始めたら、思索が広がり、かなり長い論文調になってきた。今まで書いたレポートで一番長いものになったよ。内容の質はともあれ、それだけで大満足です。すてきな機会を与えてくれたアゲハさんに心から感謝します。

 

 

平成30年3月                         大阪晃生ショーにて

 

 

 

 

 

〔参照 ※〕少し長くなるが、「時間の花」の章を物語から引用。描写がとっても美しい。

 

「時間のみなもとを見たいかね?」

「ええ。」と、モモはささやくようにこたえました。

「つれていってあげよう。だがあそこでは沈黙を守らなくてはいけない。なにもきいてはいけないし、ものを言ってもいけない。それを約束してくれるかね?」

それから、マイスター・ホラのうでに抱かれたまま、長いくらいろうかをとおっていったようです。

 

天井のいちばん高い中心に、丸い穴があいています。そしてそこから光の柱がまっすぐに下におりていて、そのま下には、やはりまんまるな池があります。そのくろぐろとした水は、まるで黒い鏡のようになめらかで、じっと動きません。

 

水面にすぐ近いところで、なにかあかるい星のようなものが光の柱の中できらめいています。それはおごそかな、ゆったりとした速度で動いているのですが、よく見ると、黒い鏡の上を行きつもどりつしている大きな大きな振子でした。でもどこかからぶらさがっているのでもないようです。まるでおもさのないもののように、宙をたゆたっています。

 

この星の振子はいまゆっくりと池のへりに近付いてきました。するとそのくらい水面から、大きな花のつぼみがすうっとのびて出てきました。振子が近づくについれて、つぼみはだんだんふくらみはじめ、やがてすっかり開いた花が水のおもてにうかびました。

 

それはモモがいちども見たことがないほど、うつくしい花でした。まるで、光りかがやく色そのものでできているように見えます。このような色があろうとは、モモは想像さえしたことがありません。星の振子はしばらく花の上にとどまっていました。モモはその光景に、すべてをわすれて見入りました。そのかおりをかいだだけでも、これまではっきりとはわからないならがらもずっとあこがれつづけてきたものは、これだったような気がしてきます。

 

やがてまた振子は、ゆっくりもどっていきました。そして振子がわずかずつ遠ざかるにつれて、おどろいたことに、そのうつくしい花はしおれはじめました。花びらが一枚、また一枚と散って、くらい池の底にしずんでゆきます。モモは、二度ととり戻すことのできないものが永久に消えさってゆくのを見るような、悲痛な気持ちがしました。

 

ところがそのときには、池のむこうがわに、またべつのつぼみがくらい水面から浮かびあがりはじめているではありませんか。そして振子がゆっくりと近づくについれて、さっきよりももっとあでやかな花が咲きにおいはじめたのです。

 

今度の花は、さっきのとはまったくちがう花でした。やはりモモの見たことのないような色をしていますが、こんどの色のほうが、はるかにゆたかで、はなやかな気がします。においも、さっきとはちがう感じの、もっとあでやかなにおいです。見れば見るほど、つぎからつぎとこの花のすばらしい点がモモの目に入ってきました。

 

けれどもやがてまた星の振子は向きをかえ、花はさかりをすぎて、一枚ずつ花びらを散らし、くろぐろとした池の沼の底知れぬ深みに消えてゆきました。

 

しずかに、しずかに、振子は反対がわにもどって行きます。けれどさっきとおなじところではなく、ほんのわずかずれたあたりです。そしてその場所、さいしょの花から一歩ほどはなれたところに、またしてもつぼみがひとつ浮かびあがり、しずかにふくらみはじめました。

 

これほどうつくしい花があろうかと、モモには思えました。これこそすべての花の中の花、唯一無比の奇跡の花です。

 

けれどこの花もまたさかりをすぎ、くらい水底に散って沈んでゆくのを見て、モモは声をあげて泣きたい思いでした。でもマイスター・ホラにした約束を思い出して、じっとこらえました。

 

向こうがわへ行った振子は、そこでもまたさっきより一歩ほどとおくまで進み、そこにふたたび新しい花がくらい水面から咲き出しました。

 

見ているうちにモモにだんだんとわかってきましたが、新しく咲く花はどれも、それまでのどれともちがった花でしたし、ひとつ咲くごとに、これこそいちばんうつくしいと思えるような花でした。

 

(岩波書店ミヒャエル・エンデ 大島かおり訳「モモ」213ページから217ページ)

 

 

 

                                    H30.3

『モモがやってきた ―うさかめver―』  

~浅葱アゲハさんの13周年作「モモとじかんどろぼう」を記念して~

 

 

 

ある日、森のストリップ劇場に、不思議の国から一匹のうさぎがやってきた。

そのうさぎは、大きな時計をショルダーバックのように肩からぶら下げているので「時計うさぎ」と呼ばれていた。いつも時計に追われるように「あぁー忙しい!忙しい!」と言うのが口癖になっている。そのため、別名「忙しうさぎ」とも陰口されている。

さて、その時計うさぎは、不思議な国で上演されている舞台を森のストリップ劇場でも上演させようと企画していた。そのため、森のストリップ劇場の看板娘になっていたうさぎちゃんに演技指導するためにやってきた。一応、時計うさぎは同じうさぎとして先輩なので、うさぎちゃんは「お姐さん」と呼んで立てていた。

時計うさぎは、「忙しい!忙しい!」と叫びながら、うさぎちゃんに演技指導した。ゆっくり反復練習なんかしない。ひとつをマスターしないうちに、次から次と新しい振付をこなしていく。出来上がりはすごく早かったものの、踊り込んでいないため、そのステージはどこかバタバタ感があった。

これまで、カメさんは出来上がった作品にケチをつけることは一度もなかった。いつも「よく頑張って仕上げたね。いい出来栄えだよ。」と労をねぎらう言葉をかけていた。ところが今回は違った。うさぎちゃんを諭すように話し出した。「ストリップのお客さんは癒されたくてステージを観に来ている。ところが今回の作品は観ていてバタバタしているので、客としては気持ちが癒されるどころか落ち着かなくなる。もう一度、最初からやり直してみたらどうかな。」

カメさんにそうアドバイスされたものの、うさぎちゃんは、時計うさぎのお姐さんへの手前もあって、どうすればいいか困ってしまった。

 

そんなとき、ひょっこりとモモが2人の親友、道路掃除夫のベッポという老人と観光ガイドのジジという青年、そしてカメのカシオペイアを連れてやってきた。

カメさんはカメのカシオペイアを見つけた瞬間に、そそくさとご挨拶に行く。なぜなら、カシオペイアはカメさんのお師匠さんだったのだ。カメさんが時に哲学的な話をするのもカシオペイアの影響だったんだね。

カシオペイアは、劇場に到着するやいなや、訝しい顔つきをして、モモとカメさんに「近くに時間泥棒の気配を感ずる」と耳打ちした。

図星だった。時計うさぎは時間泥棒に侵されていたのだった。

それを知ったカメさんは、うさぎちゃんと劇場経営者にすぐに相談に行き、時計うさぎを解雇し不思議の国に帰らせることにした。

 

カメさんはうさぎちゃんに話した。

「ストリップというのは時間のかかる遊びなんだ。いや、あえて時間をかける遊びと言い換えてもいい。ゆっくり時間をかけてステージを楽しむのがストリップの良いところ。だから、演目を作る踊り子さんの方も焦ることなくゆっくり作品を練り上げていけばいい。そうすれば、良い作品もできるし、観ている客も落ち着いて観れて癒されるんだ。

 きっと、ストリップにはカメの歩みが向いているんだね。‘歩’という字が止と少でできているように、ボクは歩いては止まって考え、そして少しだけ進んでいく。その繰り返し。だからボクは歩くのがのろいけど、その方が結果的に早く遠くまで行ける秘訣だと思っているんだ。思い出してごらん。うさぎとカメのかけっこの時もそうだったよね。」

 カメさんがいつものように哲学的な話をしました。でも、うさぎちゃんはそんなカメさんを尊敬の目で見ていました。

 

 モモたちは、看板娘のうさぎちゃんがいつものように元気にステージを演じているのを楽しそうに観ていました。

こうして、森のストリップ劇場では、いつものように時間がゆっくり・まったり過ぎていくのでした。

                                   おしまい

 

【参考】童話『モモ』のあらすじ

円形劇場あとに住みついた女の子モモ。モモは、掃除夫のベッポ・観光ガイドのジジという2人の親友や友達たちと楽しく暮らしていました。

ある日、時間貯蓄銀行の灰色の男たちが街にやってきて、人々の時間を盗み始めます。みんな時間に追われるようになり、心もギスギスするようになりました。モモは、今まで遊びにきていた友達たちがやってこないことで、街の異変に気付きます。モモと親友たちは、世の中がおかしいことを大人たちに知らせますが、誰も聞いてくれません。

灰色の男たちから目をつけられてしまったモモは、男たちに追いかけられます。しかし、モモのもとに現れたカメに助けてもらい、時間の外側にある「どこにもない家」に連れていかれます。そこで、マイスター・ホラと出会い、時間の秘密や灰色の男たちとの戦い方について教えてもらいます。そして、モモの活躍によって、みんなの盗まれた時間が元にもどり、人々は時間に追われることなく、以前のように楽しく過ごせるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回は、浅葱アゲハさんの14周年作を題材に、「ストリップというユートピア」という題名で語りたい。

 

今回の14周年作について、アゲハさんから、演目名(未定)や曲名、そして『侍女の物語』がモチーフになっていることを教えてもらう。

14周年作を初日に一回拝見しただけでの感想レポートを書いたものの、やはり思い込みが強すぎて、頓珍漢なものとなってしまった。それでもアゲハさんから「『侍女の物語』は宗教を利用した男尊女卑の世界を描いているので、ぼくのステージからイスラム原理主義的なものをイメージして下さったのは全然間違いではないんですよ! すごーい!!☆」と褒めてもらったので気を良くして、再度『侍女の物語』を調べた上で観劇レポートを書き直そうと思う。

さっそく『侍女の物語』のお勉強をしようと思ったら、書物は絶版になっているし、映画を観ようとしたら新宿のTSUTAYAには置いていなかった。アゲハさんからわざわざ「侍女の本あるよ。明日もってくるね。」と言ってもらったが、今はネットでかなりの情報を調べられたので大丈夫だよ。

 

まず最初に、私の調べた範囲で『侍女の物語』について紹介しよう。

Wikipediaによると次の通り。・・・『侍女の物語』(The Handmaid's Tale)は、カナダの作家マーガレット・アトウッドのディストピア小説。1985年に発表されるやベストセラーとなり、書評からも絶賛され、カナダ総督文学賞、アーサー・C・クラーク賞などを受賞した。日本では新潮社より1990年に出版され、2001年には早川書房より訳注などが追加された文庫版が登場した。1990年に映画化、日本でも公開。2017年にはHuluでドラマ化された。・・・以下は、立宮翔太さんの読書ブログ「文学どうでしょう」を参照。

上記によるとマーガレット・アトウッド(斎藤英治訳)『侍女の物語』(ハヤカワepi文庫)があるが、残念ながら、現在は絶版のようです。

カナダの女流作家アリス・マンロー(現在86歳)のノーベル文学賞受賞(2013年)で注目が集まっているカナダ文学ですが、L・M・モンゴメリの『赤毛のアン』シリーズを除けば一番有名な作品がこの『侍女の物語』かも知れません。

一般の知名度はあまりないですが、受賞こそ逃したもののブッカー賞の候補にあがり、カナダの権威ある文学賞カナダ総督文学賞を受賞しました。その衝撃的な内容で、世界的な注目を集めた作品です。

内容に入る前に、少し作者のマーガレット・アトウッドについて触れます。著者略歴によるとカナダ生まれの女性(1939年11月18日 – 現在78歳)で、トロント大学やハーバード大学で英文学を学んだ後、大学の先生をしていた。やがて作家となり、女性ならではの観点で描かれるその作品がフェニミズムの観点から注目され始める。『侍女の物語』では逃したブッカー賞を、後に『昏き目の暗殺者』という作品で受賞している。

では、この物語のどこが衝撃的かというと二点ある。

第一に「ディストピア」を描いた小説であること。「ディストピア」は理想郷の「ユートピア」の逆で、あって欲しくない世界のこと。「ディストピア」ものの多くは全体主義(個人よりも国全体を重んじる思想や体制のこと。ファシズムなどの独裁政権にイメージとしては近い感じになります。)の近未来国家が舞台となって描かれています。この『侍女の物語』で描かれる世界は、それほど近未来ではなく、ある日アメリカ合衆国を思わせる国でクーデターが起こって、社会の仕組みが大きく変わってしまったという設定の物語になっています。

舞台であるギレアデ共和国は、近未来のアメリカにキリスト教原理主義勢力によって誕生した宗教国家。有色人種、ユダヤ人を迫害し他の宗派も認めない。内戦状態にあり国民は制服の着用を義務づけられ監視され逆らえば即座に処刑、あるいは汚染地帯にある収容所送りが待ちうけている。

そして衝撃的な内容のもう一つの点は、この社会が完全に男性優位の社会であること。女性に対してはかなり特殊な扱いがされています。

生活環境汚染、原発事故、遺伝子実験などの影響で出生率が低下し、子供が極めて少なくなっている社会なので、数少ない健康な女性はただ子供を産むための道具として、支配者層である司令官たちに仕える「侍女」となるように決められている。

この物語は、夫と幼い娘と引き裂かれ子供を産むためだけにある司令官の”侍女”となった主人公〈わたし〉の視点から語られていく。

「ディストピア」ものであること、そして女性が虐げられる立場の物語であること。この極めてショッキングな二つの観点から、SFと文学の両方の面で、世界的に大きく注目される一冊となった。

 

先ほどのアゲハさんの説明で「『侍女の物語』は宗教を利用した男尊女卑の世界を描いている」というのがよく分かった。

この国家はキリスト教の原理主義(聖書に忠実であろうとする立場)の一派が支配しているため、少子化の対策に科学の技術は使えない。つまり、人工授精などは法律的に許されないが、聖書にある代理母は許される。子供を産める女性、特に出産経験のある女性が特権階級の〈侍女〉として教育を受けるのでした。

逆に〈侍女〉として選ばれない女性の多くは、〈不完全女性〉という烙印が押され、〈コロニー〉に行かされてしまうという恐ろしい社会。男性も性交が許されて、子孫を残せるのは選ばれた特権階級だけです。

以上の予備知識をもって、今回の14周年作品の紹介と解説をしていきたい。

 

 この『侍女の物語』は、女は産む機械、それを体現した世界。男女均等なんて言葉は吹き飛んでいる社会である。しかも、女性の役割をがちがちに区分している。正式な婚姻の相手である「妻」、家事を司る「女中」、そして生殖を担当する「侍女」と。

 現実の女性というのは、妻と家政婦と母親と娼婦など時に相反する役割が混沌としているもの。男性も同じか。そうした役割を無理やり振り分けようとするところに冷徹な世界ができてくるのである。現実の男女には「あいまいさ」があるからこそ「思いやり」や「愛」が生まれるのである。

 

 話は変わるが、私はたまたま今年のGWにハリーポッター・シリーズの映画をずっと観ていた。

ハーマイオニー・グレンジャー役で知られる英女優のエマ・ワトソンさんが、この「侍女の物語」と関連していることを知りビックリ☆

女性の権利を守る国連親善大使でもあるワトソンさんは、2017年6月に、「パリのあちこちにこの本を隠している!」とツイッターにメッセージを投稿した。仏書籍業界週刊誌リーブル・エブドのウェブサイトによると、隠された本の数は100冊に上るという。

ワトソンさんは以前にも同様の試みを行っている。アフリカ系米国人女性作家で公民権運動家のマヤ・アンジェロウ氏の自伝「Mom & Me & Mom」を昨年11月にロンドンの地下鉄に、今年3月にニューヨークの地下鉄内に隠した。

全部の本が必ず見つかるように、非営利の読書支援団体「ザ・ブック・フェアリーズ」は、ツイッターを通じて隠し場所を探すヒントを提供している。

いやぁ~なんたる偶然か・・

 

 さて、我らが浅葱アゲハさんも今回の14周年作を通して女性の権利を守るべきメッセージを発信しているのである。この作品を観た人は是非とも感じてほしいものです。

 アゲハさんが私のポラにコメントをくれた。「今回の作品は『侍女の物語』というのが元になっています。今の世界に重ねて、男性も女性もお互いを大事にできる平和な世界であってほしい、という願いを込めて作りました。男性と女性がお互いを大事にできるストリップが、本当にぼくには幸せで、大事な場所です。」

 時に踊り子さんも裸の仕事をしていることに世間の目を意識して自己卑下したり、時に観客も踊り子に憧れながらも女性に縁のない自分が情けなくなったり、そうした自己嫌悪に陥ることもあろう。それに対して、アゲハさんは「ストリップは男も女も対等に楽しめるユートピアなんだよ」と説いてくれる。すてきなメッセージですね。

 

 

平成30年5月                           DX歌舞伎にて

 

 

 

つい最近、テレビで映画『ジュディ 虹の彼方に』2019「オズの魔法使」の女優ジュディ・ガーランドの伝記 主演がレネー・ゼルウィガー(ア主女、助女) を観たばかり。

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浅葱アゲハさんについて、令和3(2021)年12月中の池袋ミカド劇場の公演模様を、16周年作「OZ」を題材に、「オズの魔法使いの教え」と題して語ります。

 

 

 

童話「オズの魔法使い」は、アメリカ合衆国を代表とする童話である。1900年にライマン・フランク・ボームが著した児童文学作品で、アメリカ人で知らない人はいない。

内容は、次のとおり。

ある日、主人公のドロシーはカンザスから東の国へ飛ばされた。

ドロシーはカンザスへ戻るため、願いごとを抱えているかかしやブリキのきこり、ライオンとともに、魔法使いのオズのもとへ向かった。

オズから指令を受け、ドロシーたちは力を合わせておそろしい西の魔女を倒したが、オズの正体は魔法使いではなかった。

最後に南の魔女が現れ、オズの魔法がなくても、かかしたちの願いはもう叶っていると言った。ドロシーも無事にカンザスへ帰ることが出来た。

 

この話のミソは次の三人の家来である。日本の桃太郎の猿・犬・雉みたいだね。

・かかし…わらのつまった頭に、脳みそをほしがっている。

・ブリキのきこり…からっぽになった胸に、新しいこころをほしがっている。

・ライオン…おくびょう者で、勇気をほしがっている。

 

 演目「OZ」では、この三人の中から、ブリキの木こりを取り上げたところである。

ちなみに、この物語は、いろいろ深読みされており、ブリキの木こりは東部の労働者階級を表現しているとされる。19世紀、労働者は機械を動かし続けなければいけなかった。そのためボームは東部の労働者階級が家族をかえりみず働き続けたことをブリキの木こりで表現しているのだと。

 まぁ、そこまで政治的解釈するまでもなく、ボームは本作の序文には「ただ今日の子供を喜ばせる為に書いた」と明言している。

物語の三人は、最初のうち、「知恵」「こころ」「勇気」について、魔法で手に入れようと考えていました。ところが、西の魔女とのこわい戦いに逃げずに立ち向かった結果、知恵やこころ、勇気が手に入ったところです。大切なのは、努力と経験です。がんばった経験は必ず、あなたの中にあなただけの知恵やこころ、勇気を形作ってくれるということを教えています。

 

 この映画『オズの魔法使い』に興味が湧いて、映画の主人公ドロシーを演じたジュディ・ガーランドのことを調べました。

ジュディ・ガーランド(英語: Judy Garland、1922年6月10日 - 1969年6月22日)は、アメリカ合衆国の女優、歌手。子役として出演した『オズの魔法使い』で大人気を博します。『オズの魔法使い』はジュディの才能を大々的に世に知らしめるものとなり、この役でアカデミー子役賞を受賞する。

以後も映画『スタア誕生』などで抜群の歌唱力を披露して1940〜50年代のハリウッドを代表する大スターの一人となった。そしてアカデミー主演女優賞にノミネートされた。が、主演女優賞は『喝采』のグレース・ケリーが受賞し、ジュディの受賞はならなかった。受賞を逃した失意により、彼女の私生活は再び荒れはじめ、数度の自殺未遂を起こしている。

私生活では、結婚と離婚を5回繰り返す。薬物中毒と神経症はさらに悪化。1969年6月22日に滞在先のロンドンで、睡眠薬の過剰摂取にてバスルームで死去。自殺とする説もある。47歳だった。

 

天使のような歌声をもつ世界的な天才歌手が、こんな壮絶な人生を送ったことを知って唖然となった。映画の主人公であるジュディ自身が、オズの魔法使いの大切な教えである「知恵」「こころ」「勇気」をなくしてしまったことがただただ残念でならない。

 

2021年12月                           池袋ミカド劇場にて

 

 

 

【参考】

1.     Over the Rainow  / ジュディ・ガーランド

 

Over The Rainbow

アーティストJudy Garland

アルバムThe London Sessions: The Best Of The Capitol Masters (Selections From "The One And Only" Box Set)

 

1939年アメリカ制作(日本公開は1954年)。ヴィクター・フレミング監督、主演はジュディ・ガーランド(当時17歳)です。ハーバート・ストサートが音楽を担当し主題曲「虹の彼方に」は大ヒットしました。

 

あー聴いたことのある曲だと思った。なんの曲か分からなかったが、映画「オズの魔法使い」の曲だったかとしみじみ思う。

旋律が綺麗で、印象に残る曲ですね。

 

ほかの歌手さんがてっきり歌ってるのかと。でも、ジュディ ガーランド が歌ってると知った時はビックリしましたね~

今でも、彼女の深くて、大人びた歌声をきくと年齢とのギャップで背中がゾクゾクしますね(笑)

ジュディの壮絶な人生知ってこの作品見ると悲しくなる

大好きなジュディですが  薬中毒で亡くなり  世界的な天才歌手なのに残念です。

曲を歌っていた方が、後にあんなに激しくも悲しい生き方をした事を、映画で知って、苦しく思いました。美しいものを生み出すことは命を削るようなものなのだと思います。数々の天才的な音楽や文学や思想家が自ら命を絶ってしまったり、早世してしまった事に、深く哀悼を捧げます。

 

ジュディ・ガーランド(英語: Judy Garland、1922年6月10日 - 1969年6月22日)は、アメリカ合衆国の女優、歌手。子役として出演した『オズの魔法使』で大人気を博し、以後も『スタア誕生』などで抜群の歌唱力を披露して1940〜50年代のハリウッドを代表する大スターの一人となった。娘のライザ・ミネリも女優。

 

 

 

 

 

 

今回は「ストリップは空蝉(うつせみ)」という話をしたい。久しぶりに私のストリップ・エッセイとしてストリップ論を展開する。

 

 

世の中を 憂しとやさしと 思えども 飛び立ちかねつ 鳥にしあらねば (万葉集)

 

万葉集の山上憶良の詩です。「世の中をつらい、肩身が狭いと思うけれども飛んで行くことはできない。鳥ではないのだから。」という意味。まさに読んだままの訳で、難しい言葉もなく、あえて言えば「憂し」はつらい、「やさし」は肩身が狭い・恥ずかしいと解します。

山上憶良には庶民の側に立った、優しい歌がたくさんあります。この歌も私が諳んじられる好きな歌です。(山上憶良については事後録としてゆっくり語りたいと思います。)

 

さて、確かに、この世の中は、生きていく上でつらいことがたくさんあります。そのつらさに耐えて私たちは生きていかなければなりません。

しかし、私は、ことストリップに出会ったお蔭で、毎日楽しく生きていけるようになりました。十日刻みのストリップ・カレンダーで、今週はどこに行こうかな!?とウキウキ気分。ストリップは死ぬまでの大切な趣味になりそう。

先日、ある劇場で早朝の順番待ちをしていたら、顔馴染みの方が来られ、いろいろ世間話をした。彼は54歳で早期退職をして今は平日ストリップ三昧しているとのこと。彼曰く、五年後の東京オリンピックの頃にはストリップが無くなっているかもしれない。だから、今のうち目いっぱい観ておきたいんだ!と話す。

彼も以前からストリップを生活のリズムにしている。大好きなストリップで人生の最後を飾りたいのか。それにしても、54歳でストリップ隠居とは早すぎる。いくら退職金があっても働かなくてはどんどん減っていくだろう。よく老後に不安を感じないなぁ~と他人事ながら思ってしまう。ふつうの人は一気にそこまで踏み切れないことだろう。

ともあれ、ストリップという趣味を見つけて、毎日を楽しく過ごしている男性はたくさんいる。平和な日本を象徴するストリップ通い、ささやかな庶民の幸せ。そう思えば、ストリップは決して悪いこととは思えない。

 

ときに、ストリップは蜃気楼だなと感ずることがある。

ストリップは男を竜宮城に連れていく。そこには絶世の美女である乙姫様が舞い踊る。舞台を見ながら酒を呑むこともできる。まさに酒池肉林の桃源郷。ふだん全く女性と縁がない男性が、絶世の美女と仲良くできる。しかし、これが現実であるはずがない。劇場から一歩外に出ると厳しい現実が待っている。

それでも、一時でもいいから夢をみれたわけだから、ストリップは安い遊びである。

 

ストリップは空蝉(うつせみ)。うつせみとは、古語の「現人(うつしおみ)」が訛ったもので、転じて生きている人間の世界、現世を意味する。また、字のとおり、セミの抜け殻をしめす夏の季語でもある。

空蝉というと源氏物語に登場する女性を思い浮かべる人が多いと思うが、私の場合は、さだまさし27歳の誕生日(1979年4月10日)にリリースされた名アルバム「夢供養」(1979年の第21回日本レコード大賞ベスト・アルバム賞受賞)に収録されている曲「空蝉」を思い出す。この曲は、地方の小駅の待合室で、都会から迎えに来るはずの息子を待つ老夫婦と、それを待ち受ける非情な結末、胸を締め付けられる内容である。ちなみに、このアルバムには名曲「まほろば」も収録されている。万葉集を題材としており、先の山上憶良に通じる。この曲は、さだお気に入りで現在でも頻繁にコンサートで採りあげている。さだが師と仰いでいた詩人でもある宮崎康平は、この曲をして「さだは自分を超えた」と賞賛した。と同時に「聴き手がついてこれないから、これ以上難しい曲は書くな」と忠告したらしい。

ストリップを観ていると、踊り子が空蝉に映ることがある。透き通るほどの白い肌が、セミの抜け殻に見えるのかも。というより、踊り子はいろんな過去や事情を踏まえて、今ステージに立っている。ある日突然、親バレなどで目の前から消えていくことしばしば。いつでも会えると思っていた存在が突然消えていくほど空虚感・虚脱感を覚えるものはない。そうしたことが日常茶飯事なのがストリップの世界でもある。だからこそ「一期一会の気持ち」でステージを眺めるようにしている。

 

そのためか、ストリップを観ながら、強い無常観に襲われることがある。

所詮は一時の現実逃避かなと思える。しかし、ストレス解消として、こんな素晴らしい時空はない。

男にとって最も興味のある女性の裸を観ることにより、本能の状態⇒無の境地になり、この世のせちがらさを忘れさせてくれる。私の場合は頭が一旦空っぽになるお蔭で、楽しいポエムや童話が浮かんでくる。仕事にずっと囚われていると創作活動なんてできない。いい意味でストリップがリセットのスイッチを押してくれる。

私には、ストリップ観劇は上手に生きるうえでの知恵ではないかと思えてならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【参考】源氏物語に登場する空蝉(うつせみ)という女性

 

 源氏物語に登場する空蝉という女性は、あの驕慢な貴公子であった光源氏をぎゃふんと言わせた、印象的な方。

次のようなストーリーである。

 

 光源氏17歳の夏の話。すでに彼は、その美貌と才能で宮中の評判になっていた。

 ある夜のこと、その日は方角的にここに泊まるのはよろしくないことが判明した。やむを得ず、方違え(かたたがえ)に知人の紀伊の守(きのかみ)の邸宅を選び、向かうことになる。偶然にも紀伊の守の父である伊予の介(いよのすけ)宅の女性たちも方違えに来ていた。

 源氏が通された部屋のそばで女性の話し声がする。源氏は聞き耳を立てた。覗き見したら伊予の介の後妻、空蝉(うつせみ)がいた。決して美女ではないものの、立ち振る舞いが水際立っており趣味が良かった。源氏はたしなみ深い空蝉を魅力的に思えた。

 眠れない源氏は、そっと起きだして、先ほどまで女性の声のしていた方へ向かう。うつらうつらしていた空蝉は驚くものの、源氏を受け入れる。

 空蝉のことが忘れられない源氏は何度も求愛をこころみる。若く高貴で魅力的な源氏の求愛に心の底では空蝉も惹かれ、悩みながらも、聡明な彼女は釣り合わない立場であることを理解していた。一度は身を許したものの、その後はいくら源氏にかき口説かれても誇り高く拒んで決して靡こうとはしなかった。

 空蝉にはつらい境遇があった。元々上流貴族の娘として生まれ育ち、宮仕えを希望したこともあったが、父の死で後ろ盾を失った。そのため心ならずも、伊予の介を務める男の元に後妻として嫁ぐ。伊予の介の前妻の娘(軒端荻、のきばのおぎ)とは殆ど同年輩というから、かなりの年の差結婚であった。伊予の介は空蝉を非常に可愛がったが、当の空蝉は受領の妻という下の身分に零落したことを恥じており、夫への愛も薄かった。

 

 一度、源氏の訪れを察した空蝉は、薄衣一枚を脱ぎ捨てて逃げ去る。源氏はその薄衣を代わりに持ち帰った。源氏は蝉の抜け殻のような衣にことよせて空蝉へ歌を送る。

 

 空蝉の身をかへてける木(こ)のもとに なほ人がらのなつかしきかな

 

 蝉が殻を脱ぎ捨てるように、小袿(こうちぎ・上着)だけを残したあなたが、それでもやはり人柄が懐かしく感じる。ロマンチックな歌である。

空蝉も源氏の愛を受けられない己の境遇のつたなさを密かに嘆いた。しかし返歌はしなかった。

 皮肉にも、源氏の求愛を空蝉が拒絶し、その拒絶により彼女のことを忘れられない存在にした。

 その後、二人は再会する。間もなく夫を亡くした空蝉は継息子・紀伊の守の懸想を避けるため出家する。源氏は尼になった彼女を二条東院に迎えて住まわせた。

 

【参考】山上憶良について