今回は、浅葱アゲハさんの14周年作を題材に、「ストリップというユートピア」という題名で語りたい。
H30年5月頭の渋谷道頓堀劇場に引き続き、翌週5月中のDX歌舞伎にも初日から顔を出す。
DX歌舞伎の香盤は次の通り。①浅葱アゲハ(フリー)、②西園寺瞳(ロック)、③雨宮衣織(ロック)、④ALLIY(ロック)、⑤かんな(ロック)、⑥赤西涼(ロック)〔敬称略〕。
今回の14周年作について、アゲハさんから、演目名(未定)や曲名、そして『侍女の物語』がモチーフになっていることを教えてもらう。
14周年作を初日に一回拝見しただけでの感想レポートを書いたものの、やはり思い込みが強すぎて、頓珍漢なものとなってしまった。それでもアゲハさんから「『侍女の物語』は宗教を利用した男尊女卑の世界を描いているので、ぼくのステージからイスラム原理主義的なものをイメージして下さったのは全然間違いではないんですよ! すごーい!!☆」と褒めてもらったので気を良くして、再度『侍女の物語』を調べた上で観劇レポートを書き直そうと思う。
さっそく『侍女の物語』のお勉強をしようと思ったら、書物は絶版になっているし、映画を観ようとしたら新宿のTSUTAYAには置いていなかった。アゲハさんからわざわざ「侍女の本あるよ。明日もってくるね。」と言ってもらったが、今はネットでかなりの情報を調べられたので大丈夫だよ。
まず最初に、私の調べた範囲で『侍女の物語』について紹介しよう。
Wikipediaによると次の通り。・・・『侍女の物語』(The Handmaid's Tale)は、カナダの作家マーガレット・アトウッドのディストピア小説。1985年に発表されるやベストセラーとなり、書評からも絶賛され、カナダ総督文学賞、アーサー・C・クラーク賞などを受賞した。日本では新潮社より1990年に出版され、2001年には早川書房より訳注などが追加された文庫版が登場した。1990年に映画化、日本でも公開。2017年にはHuluでドラマ化された。・・・以下は、立宮翔太さんの読書ブログ「文学どうでしょう」を参照。
上記によるとマーガレット・アトウッド(斎藤英治訳)『侍女の物語』(ハヤカワepi文庫)があるが、残念ながら、現在は絶版のようです。
カナダの女流作家アリス・マンロー(現在86歳)のノーベル文学賞受賞(2013年)で注目が集まっているカナダ文学ですが、L・M・モンゴメリの『赤毛のアン』シリーズを除けば一番有名な作品がこの『侍女の物語』かも知れません。
一般の知名度はあまりないですが、受賞こそ逃したもののブッカー賞の候補にあがり、カナダの権威ある文学賞カナダ総督文学賞を受賞しました。その衝撃的な内容で、世界的な注目を集めた作品です。
内容に入る前に、少し作者のマーガレット・アトウッドについて触れます。著者略歴によるとカナダ生まれの女性(1939年11月18日 – 現在78歳)で、トロント大学やハーバード大学で英文学を学んだ後、大学の先生をしていた。やがて作家となり、女性ならではの観点で描かれるその作品がフェニミズムの観点から注目され始める。『侍女の物語』では逃したブッカー賞を、後に『昏き目の暗殺者』という作品で受賞している。
では、この物語のどこが衝撃的かというと二点ある。
第一に「ディストピア」を描いた小説であること。「ディストピア」は理想郷の「ユートピア」の逆で、あって欲しくない世界のこと。「ディストピア」ものの多くは全体主義(個人よりも国全体を重んじる思想や体制のこと。ファシズムなどの独裁政権にイメージとしては近い感じになります。)の近未来国家が舞台となって描かれています。この『侍女の物語』で描かれる世界は、それほど近未来ではなく、ある日アメリカ合衆国を思わせる国でクーデターが起こって、社会の仕組みが大きく変わってしまったという設定の物語になっています。
舞台であるギレアデ共和国は、近未来のアメリカにキリスト教原理主義勢力によって誕生した宗教国家。有色人種、ユダヤ人を迫害し他の宗派も認めない。内戦状態にあり国民は制服の着用を義務づけられ監視され逆らえば即座に処刑、あるいは汚染地帯にある収容所送りが待ちうけている。
そして衝撃的な内容のもう一つの点は、この社会が完全に男性優位の社会であること。女性に対してはかなり特殊な扱いがされています。
生活環境汚染、原発事故、遺伝子実験などの影響で出生率が低下し、子供が極めて少なくなっている社会なので、数少ない健康な女性はただ子供を産むための道具として、支配者層である司令官たちに仕える「侍女」となるように決められている。
この物語は、夫と幼い娘と引き裂かれ子供を産むためだけにある司令官の”侍女”となった主人公〈わたし〉の視点から語られていく。
「ディストピア」ものであること、そして女性が虐げられる立場の物語であること。この極めてショッキングな二つの観点から、SFと文学の両方の面で、世界的に大きく注目される一冊となった。
先ほどのアゲハさんの説明で「『侍女の物語』は宗教を利用した男尊女卑の世界を描いている」というのがよく分かった。
この国家はキリスト教の原理主義(聖書に忠実であろうとする立場)の一派が支配しているため、少子化の対策に科学の技術は使えない。つまり、人工授精などは法律的に許されないが、聖書にある代理母は許される。子供を産める女性、特に出産経験のある女性が特権階級の〈侍女〉として教育を受けるのでした。
逆に〈侍女〉として選ばれない女性の多くは、〈不完全女性〉という烙印が押され、〈コロニー〉に行かされてしまうという恐ろしい社会。男性も性交が許されて、子孫を残せるのは選ばれた特権階級だけです。
以上の予備知識をもって、今回の14周年作品の紹介と解説をしていきたい。
開幕前に、盆の上がライトアップされる。そこには、天井から一丁の機関銃が吊るされ、銃口が向けられている。銃による監視社会。衝撃的なプロローグ。
幕が上がると、赤い布が天井から垂れる。(ティシュー演技に使う布である)
一人の女性が、白い帽子をかぶり、フードの付いた赤いマントを羽織って現れる。この白い帽子のつばが前に長くなっていて顔を覆っている。周りから顔を見られないようにしているのだ。これが侍女の身だしなみ。手には宝石の付いた白い手袋をしている。
銃声が起こる。彼女は何度も身構える。
白い帽子とマントを取る。マントの下にも赤いドレスが現れる。そのまま裸足で盆の上に倒れ込む。手を縛られた状態でのSEXシーンを演ずる。
これは物語における司令官との儀式の場面。この社会では子作りは儀式なのだ。開始前に聖書が読み上げられる。ベッドでは奥さんが一緒で、侍女は下半身だけの性交。「女性の性的な興奮やオルガズムは必要性を認められておらず、男性の司令官にとってもこの儀式は楽しむものではなく、仕事の一環です。」
音楽が「For What It's Worth」から「Everybody Wants To Rule The World」と続く。
さらに映画『シェイプ・オブ・ウォーター』のサントラ盤の「Without You」に変わったところで赤いドレスを脱ぎだす。
白い下着姿になる。トップレスのネグリジェとTバックの紐パン。
そのまま、天上から吊るされた赤い布に絡む。白と赤が入り乱れ、エアリアル演技が始まる。
激しくも美しく旋回し、そしてポーズを次々と決めていく。
アゲハさんが感情移入しているのが伝わる。ふつうの人では必死で技をこなすだけだろうが、アゲハさんのような天上人はエアリアルの技の中で感情表現できる。「こんな不条理な世界が許されていいのか」と訴えている。まさしく神の領域である。
音楽が、KOKIAの「0(ゼロ)からの始まり」に変わる。優しいメロディに透き通った歌声に引き込まれる。歌詞もいい♪「I, I love you 私はここに居ると 誰かに知ってほしかったの この胸の痛みを もうこれ以上 頑張らなくていいと 誰かに言ってほしかったの 優しい言葉に 寄りかかりたかった 傷付き 閉ざした 壊れかけの心は それでも 愛を叫んでいた 苦しいよと 助けてと… ねぇ 恐い ...」何回聞いても飽きない。なんか泣けてくる。
この曲は2012年1月25日リリースのKOKIA通算29作目シングル「Memorial days」のB面。作詞作曲はKOKIA。KOKIA(コキア、1976年7月22日 - 現在41歳)は、日本の女性シンガーソングライター・ボーカリスト。本名は吉田亜紀子(よしだ あきこ)。ヴァイオリニストの吉田恭子は実姉である。内閣府「災害被害を軽減する国民運動」のサポーター。1998年(平成10年)デビュー。芸名は、本名「亜紀子(あきこ)」を逆から読み「こきあ」それをローマ字表記「KOKIA」したものである。
立上り曲は、映画『グレイテスト・ショーマン』の主題歌『ディス・イズ・ミー(原題:This is Me)』で気分高揚。映画『グレイテスト・ショーマン』(原題: The Greatest Showman)は、2017年にアメリカ合衆国で製作されたドラマ・伝記・ミュージカル映画。主演はヒュー・ジャックマン、マイケル・グレイシー(英語版)初監督作品。世界中にミュージカル映画旋風を巻き起こしたあの『ラ・ラ・ランド』の作詞作曲コンビが手掛ける、2018年もっとも注目される話題作『グレイテスト・ショーマン』のオリジナルサウンドトラック。主題歌『ディス・イズ・ミー(原題:This is Me)』を“他人と違うとここそが自分を特別な存在にしてくれるんだ”と声高だかにうたいあげるのは、トニー賞助演女優賞ノミネート経験を持つミュージカル女優のキアラ・セトル(Keala Settle)。
最後に、盆の上に機関銃を置いて終演。
この『侍女の物語』は、女は産む機械、それを体現した世界。男女均等なんて言葉は吹き飛んでいる社会である。しかも、女性の役割をがちがちに区分している。正式な婚姻の相手である「妻」、家事を司る「女中」、そして生殖を担当する「侍女」と。
現実の女性というのは、妻と家政婦と母親と娼婦など時に相反する役割が混沌としているもの。男性も同じか。そうした役割を無理やり振り分けようとするところに冷徹な世界ができてくるのである。現実の男女には「あいまいさ」があるからこそ「思いやり」や「愛」が生まれるのである。
話は変わるが、私はたまたま今年のGWにハリーポッター・シリーズの映画をずっと観ていた。
ハーマイオニー・グレンジャー役で知られる英女優のエマ・ワトソンさんが、この「侍女の物語」と関連していることを知りビックリ☆
女性の権利を守る国連親善大使でもあるワトソンさんは、2017年6月に、「パリのあちこちにこの本を隠している!」とツイッターにメッセージを投稿した。仏書籍業界週刊誌リーブル・エブドのウェブサイトによると、隠された本の数は100冊に上るという。
ワトソンさんは以前にも同様の試みを行っている。アフリカ系米国人女性作家で公民権運動家のマヤ・アンジェロウ氏の自伝「Mom & Me & Mom」を昨年11月にロンドンの地下鉄に、今年3月にニューヨークの地下鉄内に隠した。
全部の本が必ず見つかるように、非営利の読書支援団体「ザ・ブック・フェアリーズ」は、ツイッターを通じて隠し場所を探すヒントを提供している。
いやぁ~なんたる偶然か・・
さて、我らが浅葱アゲハさんも今回の14周年作を通して女性の権利を守るべきメッセージを発信しているのである。この作品を観た人は是非とも感じてほしいものです。
アゲハさんが私のポラにコメントをくれた。「今回の作品は『侍女の物語』というのが元になっています。今の世界に重ねて、男性も女性もお互いを大事にできる平和な世界であってほしい、という願いを込めて作りました。男性と女性がお互いを大事にできるストリップが、本当にぼくには幸せで、大事な場所です。」
時に踊り子さんも裸の仕事をしていることに世間の目を意識して自己卑下したり、時に観客も踊り子に憧れながらも女性に縁のない自分が情けなくなったり、そうした自己嫌悪に陥ることもあろう。それに対して、アゲハさんは「ストリップは男も女も対等に楽しめるユートピアなんだよ」と説いてくれる。すてきなメッセージですね。
平成30年5月 DX歌舞伎にて
【浅葱アゲハさんからのポラコメント】
・「きゃー! めっちゃすてきなレポートありがとうございました。まだまだなステージなのに、こんなに深く感じて、読み取ってもらえて、幸せです。」
・「(私が本レポートでハーマイオニーの書いていて、同時にアゲハさんが漫画の題材にハーマイオニーを選んだこと) すごしシンクロでしたね。今日のにエマ・ワトソンさんのこと書いてあってびっくりした。うれしー。」