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ONCE IN A LIFETIME

フィリピン留学から人生が変わった一人の男のお話です。

2023年10月1日

 

しばらく部屋で休んだ後は、真っ先に念願のカオサンロードへと向かう事に決めた。まだ夕方だったので賑やかになる前なのだが、長年の夢が叶うとなると居てもたっても居られなかったのだ。しかし、ご存じのようにカオサンは不便な場所に位置しているので、車以外で行くのはかなり時間がかかる。なので、Grabしか選択肢がなかったのであるが、実はマレーシアでiPhoneとAndroidでログインとログアウトを繰り返していたら、クレカの登録が出来なくなってしまっていたのだ。

 

2個のスマホで同時ログインが不可能なのが原因なのであるが、という訳でもしタイに来てもGrabが使えなかったら行動範囲は大幅に狭まってしまう。その場合はもう最悪現金払いか、タクシーで行くしかないのであるが、国が変わったせいか無事にクレカを登録する事が出来たのだ。

 

そして、早速準備をしたのであるが、バンコクは渋滞が激しいと聞いていたし、さらにいくらバンコクとは言ってもGrabはそれなりに運賃もかかってしまう。しかし、タイではマレーシアではなかった選択肢がひとつあった。それはずばりグラブバイク、読んで字の如くオートバイ版のGrabであった。

 

これはかなり安く、200円ぐらいで行く事が出来た。不安もあったが、距離は4キロ程度あったもののほぼ一直線だったし、なんとかなるかと思って呼んでみた。で、後ろに乗せてもらっていったのであるが、なんとノーヘル、しかもバイクに乗らない私は2人乗りの仕方も分からず、よってシート下を掴む事すら知らなかったので、ひたすらライダーにしがみつくしかなかった。

 

YouTubeを見れば分かるが、タイではすり抜けが当たり前、しかも車が引いた所では軽く60キロ以上出すし、それでいて大き目のバックパックも背負っている事から、乗っている最中は本当に怖かったものだ。もうここで振り落とされたら確実にここで死ぬな、と思いながら乗っていたが、かろうじて無事カオサンまでたどり着き、何故かライダーとグータッチして別れを告げた。

 

そして目にしたのは、遂に長年の念願であった「バックパッカーの聖地だった」カオサンロードだった。さすがにまだ人はまばらだったものの、さすがに長年の夢が叶っただけあって、感動もひとしおだった。そして、まず調べた事は、トイレのありかだ。入ってすぐの所にあるマクドナルドの奥に早速有料トイレを見つけたのであるが、あいにくメンテ中で入れなかった。

 

 

 

 

 

2023年10月1日

 

最初はSIAM駅で降りて行ったのだが、MBKまでは案外遠く、SIAMセンターの中を数分歩いてようやくたどり着く事が出来た。中はかなり広かったが、お目当てのお店があるフロアはほぼ全てがスマホとPC関連で埋め尽くされており、他国でもこれほどまでの規模は見た事がないほどのものだった。

 

ただ、自分のような慎重派の人間は滅多にスマホを落としたりもしないし、一応iPhone12ProMaxのカメラがダメになった事はあった事はあったのであるが、それははっきりと自転車の振動が原因であったし、つまりは自然故障や落下による事故などはこれまでは一度足りともなかったのである。

 

なので、これほどまでに修理屋が並んでいても、それだけで利益が出ているのかはなはだ不思議ではあるのだが、歩いていくうちに遂にそのユーチューバーが頼ったお店が見つかり、さらに動画で見た店員さんもちょうどいた。さすがに仕事の邪魔になると思い、話しかける事はなかったものの、単なる一般人を見てこんなに感動したのは初めてだったかも知れない。

 

また、このフロアには明らかにタイ人ではないっぽい店員も多く、実際外国人観光客も多いため、英語はかなり通じると言って良い。実際、そのユーチューバーを担当した方も英語はペラペラであり、外国人専門のお店でもないにも関わらず、これほどまでに流暢に話せているのは普通に凄いと思ったものだ。

 

そうこうしているうちに14時を回ったので、駅に戻りホテルへと向かった。幸いホテルは難なく見つかったのであるが、近代的なモールとは対照的に、そのあたりはいかにも東南アジアという雰囲気だったので、逆に安心したものである。ホテルはすぐに見つかり、チェックインも難なく済ませたのだが、レセプショニストのお姉さんからして非常に感じが良く、この時点でもう安心したものである。

 

建物はホテルというよりホステルであり、ほとんどの部屋がドミトリーなのだが、私はたまたま運が良かったのか個室を予約する事が出来た。写真で見るよりも若干古めかしい感じはしたものの、部屋は非常に快適であり、ここに来てようやく完全に一人になれた事が本当に爽快だったものである。

 

ただ、あとで知った事なのだが、タイのホテルは部屋さえ空いていれば、チェックイン時間前でも済ませられる事があるらしい。この日はSIAMに着いたのが13時半ぐらいだったので、その時点ですでにチェックイン出来ていたかも知れないのだ。なので、身軽になってから回れば良かった、と後々になって後悔したものである。

 

 

 

 

 

2023年10月1日

 

その最中、トイレに行きたくなったのだが、「地球の歩き方」によると、バンコクのほとんどの駅にはトイレがないと言う。バンスー中央駅まで何分かかるかも分からないし、しかし改札内にはトイレは見当たらない。もうどうしようもないので、窓口の女性スタッフを呼んで事情を説明すると、なんとガードマンに話してくれて、トークンを預かってもらい一度外に出る事が出来た。

 

そこで九死に一生を得た訳であるが、今度は改札からトイレまでやたらと遠い。単にでかいだけで利便性などは一切考慮されていない所に、先進国との壁を感じたものであるが、そのまま戻って無事にホームへ戻ると、明らかに先ほどよりも人が少ない。ネットで調べた時刻よりも早く行ってしまった感であり、さらに次の電車を待つ羽目となってしまった。

 

一応、10分待ったぐらいで来てくれたのであるが、この時点で駅に来てからかなり経っており、軽く30分はロスしてしまった。電車は空港の特別仕様などでは一切なく、至って普通の通勤列車という感じであった。そしてバンスー中央駅に着くと、今度は青のMRTに乗り換えだ。さすがにMRTではカードが使えるので、窓口でカードを買って乗車していったのであるが、実はMRTではタッチ決済対応のクレカでも乗れたのだ。もしかしたら手数料などもかかるのかも知れないが、今の所その情報はないので、カード代金だけ丸々損したのかもしれない。

 

そして、今これを買いている時に知ったのであるが、実はSRTでもタッチ決済で乗れたらしい。まあ、こちらは専用のカードなどはないので、別に損はしていないのであるが、トークン購入の手間など考えたらやはり損をしたとしか言いようがない。

 

まあ、それはさておき無事にMRTに乗り換えると、公用語でもないのに簡体中国語の表記がそこら辺にある。まあ、タイの経済もかなり華人が占める割合が多いらしいし、当然多いであろう中国人観光客は英語も全く分からないので、致し方ない感はあるのであるが、地元民からしたら複雑だろう。

 

そして、すぐにまた高架のBTSへと乗り換える。この路線は、ラピッドカードというまた別のカードが必要となるのであるが、券売機では買えず窓口で買わなければならないようだった。しかし、何故か長蛇の列であり、仕方ないのでそこに並ぶ羽目になった。そして、自分の番になると、パスポートを要求された。現地の交通系カードを買うためだけに、そこまで要求されたのは今回が初めてだった。無事買う事は出来たものの、自分のせいで後の人たちを待たせてしまったのには申し訳なかった。

 

そこからホテルの最寄駅までは一直線だったのだが、まだ時間があったので、私の好きなYouTuberがスマホを壊した時に訪れたMBKに行く事にしてみた。

 

 

 

 

 

2023年10月1日

 

この日もほぼ6時にマンションを出発し、電車でKLIAまで向かっていった。このバティック・エアはターミナル1なので、前回とは異なるラウンジを使用したのであるが、出国後すぐの所にあるせいか、朝早くながら非常に混雑していた。そこで朝ごはんをたらふく食べてから搭乗口へと向かっていったのだが、ここターミナル1はチャンギと同様、ゲート直前に2度目の手荷物検査がある。KLIAではベルトも取らなければならないので、前回の教訓からこの時はジーパンではなく短パンで行った。

 

機内に入ると、客が少ない事もあるとは言え、確かにLCCよりかは大分広いな、といった感じで非常に心地が良かった。そして、KLからバンコクであるにも関わらず、日本人も何人かいた事にも驚いた。到着予定時刻は大体2時間後ぐらいであったのだが、予想よりも早く1時間半程度で着いたかと思う。そして、このバティック・エアはドンムアンに着くのだ。そう、ブルース・リーが「ドラゴン危機一発」の撮影のためにタイに来た際、降り立ったのがこの空港だったのである。

 

つまり、それを知った時からこのドンムアン空港、という名前だけは知っていたのと、そして50年前にブルース・リーもここに居たという事実だけで、心の底から感動したものであった。まあさすがにそれだけ古く、そして小さな空港でこそあったものの、それだけにすぐに入国する事が出来た。

 

しばらくその感動に震えていたものの、ずっと居る訳にもいかないので、早速現金を下ろしていった。いきなり2000バーツ下ろしたので、側のセブンイレブンでパンとスプライトを買い、申し訳ないと思いつつも小銭に崩していった。同時に現地の価格もチェックしていったのであるが、当然とは言えシンガポールよりも明らかに安く、大体マレーシアと同じぐらいであったかと思う。

 

そこから鉄道駅まで向かっていったのであるが、一応案内はあるもののそれらしき駅は全く見当たらない。延々と国内線ターミナルを歩いていき、そのまま長い長い通路を歩いていった外に、ようやく駅舎まで辿り着く事が出来た。そこからドンムアンんのターミナルが一望出来るのであるが、まだブルース・リーの感慨に浸っていた私は、またしばらく感動で離れられなかったものである。

 

まあさすがにずっと居る訳にも行かず、名残惜しくも改札へと向かっていったのであるが、カードチャージ可能、的なマシンこそあるものの、それを帰るような機械は見当たらない。案内に聞いてみると、このSRTというのはSuica的なものはなく、わざわざトークンを買わなければならないと言う。この辺りはまだ前時代的だな、と思いつつ、そのまま買って改札を抜けていったのだが、今度は電車が全く来ない。

 

 

 

 

 

2023年9月30日

 

この日は完全に休息に充てる日としたので、午後まで部屋で休んでいった。そこからまずジャランアローで炒飯を食べていき、PUDUというまず観光客が寄らない場所へと向かっていった。目的は少し気になるスポットがあったからなのだが、さすがにその辺りはブキ・ビンタンなどとはまるで対照的な東南アジアのスラムと言った感じであり、とても東南アジア第3の都市とは思えない光景だったものだ。

 

その帰りはららぽーとへ寄っていったのだが、さすがに週末だけあっていくらか客は入っているようだった。ちょうどその時間、ミートアップ主催の言語交換パーティが地上階のバーで行われていたので、少し覗きに行ったのであるが、ちょうど目の前でタイフェスティバルが行われていた事もあって中は満員、それらしき人たちは外に追いやられていた感じなので、そのまま通り過ぎていってしまった。

 

さすがにやる事もないので、そのままモノレール駅へ向かっていったのだが、途中何やら人だかりがあり、覗いてみるとなんと中では金網リングでの女子格闘技が行われていた。これまでマレーシア出身のレスラーも格闘家も聞いた事ないし、そもそもそれなりの規模の国なのにWWEネットワークすら視聴不可能な地域なので、まさかそんな場所で格闘技を見るとは思いも寄らなかったものだ。チケット払わずとも外から見えたのであるが、さすがに女子が殴り合っているのはあまり見たくはないので、スルーして帰った。

 

帰りはジャランアローでマンゴージュースを買い、その後はトロピカル・スパへ行ってマッサージを受けた。1年間に行った際にはボディはもちろん、アロマまで受けたりしたのであるが、そのどれもが痛く、そして今回は昨日の肩の痛みもあったので、もうフットマッサージしか受けない事にした。ここは90分であれば85RM、約2800円弱で受けられるので、KLの相場を考えればリーズナブルな感じである。

 

そして部屋に戻り、早速バンコクへの航空券と、宿を探す事にした。1日休んでまた別の国へ行く、というのはなかなかハードな感じではあるものの、シンガポール行きが予定よりも1日遅れてかつ4日も費やしてしまったので、仕方がなかった。

 

さすがに近場だけあって、前日でもまだ席には余裕があった。最初はエアアジアで行くつもりだったのであるが、最安かつ朝10時でマリンドエアのフライトがあった。それまで聞いた事のないエアラインだったが、ググってみると今はバティック・エアというらしいのだが、特に問題もなく、さらに普通のLCCよりかは若干グレードも良いらしいので、迷わずそれにする事にした。

 

ホテルは大分前から絞っており、中心部のSIAMセンターから出来るだけ近い場所かつ駅近に泊まる事に決めていた。そこで、ちょうど一つ駅の所に、ブッキングドットコムにおいて評価9.5という、異様に高いスコアのホテルがあったので、悩んだ挙句そこにする事にした。

 

 

 

 

 

 

2023年9月28日

 

朝はいつものようにダイニングへ向かい朝食を食べていると、初めて見る欧米風の男がやってきた。のち、白人の女性が来たので、案の定彼にばかり話しかけていたのであるが、そのイギリス人女性が消えた後、私も思い切って彼に話してみた。彼はベルギー人であり、アジアを周遊していて、日本にも行く予定があると言っていた。さすがに英語も堪能であり、やはり旅人の共通語は英語である、という事も改めて実感したのであるが、あいにく彼は時間がないという事で部屋に戻ってしまっていった。

 

そうこうしているうちに11時近くとなってしまったので、定刻通りにチェックアウトをした。しかし、前述のようにフライトが17時なため時間が余りまくり、仕方ないので行ってみたかったリトルインディアまでわざわざ乗り換えて行く事にした。たどり着いてみると、案の定整頓された街並みに、そのままインド系のお店が入っているだけのような感じであり、カオスさなどは微塵もなく、やはりここでもシンガポールなのだな、と思うばかりだった。

 

結局、そこでも興味が湧かなかった私は、そのまま引き返して空港まで直行した。まだまだ時間があるとは言え、外は暑くて歩けないし、そもそもチャンギ空港自体エンターテインメントの塊のような場所であるから、そこで最後まで時間を潰す事にした。しかし、さすがにもはや新鮮味もなく、とっとと出国手続きを終えて後はラウンジで休む事にしていった。

 

さすがにチャンギのラウンジだけあって非常に快適であったのだが、その途中、美人のアテンダントがムーンケーキとお茶を提供してくれた。そう、その日は中華圏ではムーンケーキフェスティバル、その日だったのだ。今から11年前、偶然私の誕生日と重なった際、香港の友人が祝ってくれた思い出深い日だ。日本では月見だからと言って直接何かしらする事はないとは思うのだが、中華圏の人にとっては大事な日らしく、家族や友人たちで祝うらしい。そのあたりはいかにも中華圏と言った感じだ。

 

その後は特に何もなかったのだが、チャンギ空港やKLIAは待合室に入る直前に荷物検査があり、さらには中には売店もトイレもないので、搭乗までギリギリ外で待つのがコツだ。そして、ほぼ定刻通りに離陸していったのであるが、この時のスクートのFAが私好みの感じだったので、もう少し何か話せれば良かったなと思う。

 

KLIAまでは1時間弱なので、あっと言う間の空の旅だ。日本にいるとここまで一瞬で着く海外はないので、この辺りの感覚はマレーシア、東南アジアならでは、と言う感覚だろう。KLセントラルまではKLIAエクスプレスで帰ったのだが、シンガポールに不満だった私は夜まで過ごそう、と思っていたので、マッサージやご飯などで時間を潰した。

 

この時はマンション近くのザ・トロピカルスパへと行ったのだが、金曜日の夜だけあって人が多く、仕方ないので多少割高な良心へと向かっていった。まだ上半身には痛みが残っていたので、初めて90分でのフットマッサージを受けたのであるが、さすが良心、予想よりも遥かに気持ちが良く、受けている最中にうとうとしてしまったものである。

 

そして部屋へと帰り、久々の一人部屋とシャワーで長い一日を終えた。カプセルホテルは2泊ぐらいであれば非日常感覚もあって新鮮なのであるが、やはり3日も泊まると、ふかふかなベッドで一人部屋というのは最高、と思ったものだ。

 

 

 

 

 

2023年9月28日

 

本当にここの階段登っていけばマダム・タッソーに着くのかよ?という疑問が拭えないまま、ひたすら階段を登っていくと、風変りな建物がそこに鎮座しており、それがお目当てのマダム・タッソーだった。まあいわゆる、世界各国の大都市に存在する蝋人形館なんだけども、大体どこの都市でも基本の雰囲気は同じようなものなのであるが、このシンガポールでは一味違い、前半は船に乗ったり少し風変わりなアトラクション気味となっていた。

 

正直、バリウッドのスターなどは全く知る由もないので、その辺は適当にスキップしていき、中盤になった辺りで世界のリーダーや、私でも知っている有名人らが現れてきたのだが、案の定集団で来ている人間が代わる代わるセルフィーを取っていき、空気も読めずにひとつの人形を独占。

 

雰囲気的には欧州っぽかったのであるが、見た目全員50以上の女性であり、国籍や人種に関係なくこの辺の人たちはみなそんな感じなんだな、と実感。途中、香港・台湾のスターのコーナーもあり、当然我らがブルース・リー、そしてジャッキー・チェンの姿も。しかし、どこかで見たことが、そう香港のそれと全く同じポーズ、構図だったのだ。まあ、ないよりは遥かにマシとは言え、さすがに手抜き感も感じてしまう。

 

人形館がひととおり終わると、マーベルの連中による4D短編映画が。流行りそうで結局定着しない3Dメガネをかけ、あまり意味は分からずとも、マーベルを知らない私でも割と楽しめた。知っていて聞き取りも出来ればさらに楽しめるのだろう。そこを抜けると定番のお土産屋があったのだが、基本どこの国でも統一されたお土産のようであり、当然香港で買ったマグカップもスキップ、シンガポールローカルのマグネットだけ買って帰った。

 

そして、途中2ヵ所ぐらいに写真スポットがあったのであるが、これもマリーナ・ベイ・サンズ同様、背景が合成となっており、最後にお気に入りの背景のショットを有料で持ち帰りが出来るというもの。2つで15SGDと、シンガポールにしてはそこそこリーズナブルであったのと、まあここはもう2度と来る事がないのは間違いなかったので、記念に買って帰った。

 

駅に戻ると、セントーサ島内においてはモノレールは乗り降り自由なので、せっかくだから、と終点まで行ってみた。しかし、ビーチは別に大した事もなく、それ以上に暑くてとても歩ける気温ではなかったので、コーラだけ飲んで帰った。

 

その後はそのままホテルへと向かうが、もう外には出たくなかったので、駅にあるパン屋でパンを買って帰った。この時、最初店員の男子が中国語で話してきたのであるが、理解が出来ないと言うと、英語で「その3つを買えば4ドルだよ」と教えてくれたので、適当に3つ選んで帰った。物価の高いシンガポールでも、一応庶民向けの食べ物とかあるんだな、と実感したものである。

 

それを宿に戻って夕食として食べて、ようやく「待望の」シンガポールの夜を迎えた。一刻も早く出国してマレーシアに帰りたい、という気持ちしかなかったのだが、あいにく「少しでも長くシンガポールに居たい」という事で、入国後の気持ちとは裏腹に、午後便を予約してしまっていたのだ。

 

 

 

 

2023年9月27日

 

夜はどこで過ごそうか迷ったものの、結局お爺さんのお勧めに従ってガーデンズ・バイ・ザ・ベイへと向かう。ちょうど20時頃に行われているナイトショーを見る事が出来たものの、やはりどうしても心から感動する事が出来ず、タイ版の炒飯を食べただけでそこを後にした。ただ、その帰りにはマリーナ・ベイ・サンズの中を通って行くのだけれども、それにはさすがに圧倒されたものだった。

 

2023年9月28日

 

マリーナ・ベイ・サンズの展望台に限り、一般客でも金さえ払えば登れるという事なので、3000円ほどをKlookで支払って行く事にした。ここまでの道のりは、昨日も通ったMRTのベイフロント駅からすぐ行けるので、非常に交通の便がいい。ただ、私のホテルの最寄り駅からは一度乗り換えが必要であり、さらにその駅ではかなり歩かされるため、次回からこの路線の最寄りに泊まるのはよそう、と思った事は言うまでもない。

 

そして、案内板の通りに進むと難なく入口まで行けるのであるが、公用語であるマレー語やタミル語を差し置いて、何故か日本語表記が存在した。チャンギ空港の案内板でも同様であったが、これを親切と取るか、それとも日本人は英語を話せないからと馬鹿にしているのか、と憤るかは完全に人それぞれだろう。正直言うと、情けないと思わざるを得ない。

 

そのまま入口へと進み、エレベーターへ乗る直前にありがちな記念ショット撮影を行い、そのまま展望台へと向かった。さすがに夜景の方が映えるのだと思うけども、それだと倍の6000円も払わなければならなかったので、さすがに断念した。景色はさすがに壮観ではあったものの、下手すれば熱中症になるぐらいの暑さだったので、さすがに長居は不可能だった。

 

降りていくと、先ほど撮影した写真が出来上がっていた。ケース入りが確か55SGD、写真のみが32SGDだったと思うのだが、さすがに高すぎると思い躊躇したものだ。しかし、おそらくここに来ることはもう2度とないかも知れなかったし、「Once in a lifetime」の精神で前者を購入した。結局、チケット込みで9000円である。ここに来るだけで9000円。

 

その後はせっかくだから、行こうと思っていたけど面倒だからどうしよう、と迷っていたセントーサ島に向かう事にした。全く迷う事なく行けるのであるが、デパート内にホーカーズがあったので昼飯を食べようと思った所、結局どれがいいのか迷った挙句マックにしてしまった。何を頼んだか覚えていないが、多分ダブルチーズバーガーか何かだったかと思う。

 

セントーサ島まではモノレールで行けるのであるが、2両編成のため常に満員と行った感じだ。お目当てのマダム・タッソーがあるのは2つ目の駅であり、そこで降りて向かっていったのであるが、駅からは何とも不便な場所、しかも結構階段も登らなければならないため、全てが緻密に作られた世界都市シンガポールとは思えないほど、面倒な道のりだった。

 

 

 

 

 

 

2023年9月26日

 

海外でカプセルホテルに泊まるのはこれで2回目なのであるが、見た目はいわゆるカプセルという感じではなく、カーテンで完全に仕切られたドミトリー風カプセルのような感じだった。ただ、木造の部屋はなかなか居心地が良く、最低限のテーブルやコンセントも用意されていたので、常に青白い光にやられていた台湾のそれよりかは遥かに快適だった。

 

夜になって夕食を求めに近場のホーカーズへと向かったのであるが、前述のようにこの辺りは住宅街であるため、観光客としては若干不便な感じであった。一応、周りに何件もレストランやマッサージ店などもあるにはあるのであるが、物価を考えたらなかなか行く気持ちになれず、という訳で安さを求めてラッフルズ・プレイス側のホーカーズへと向かっていった。

 

一応、そこに行く前にシンガポール随一の繁華街と言われるオーチャード通りにも行ったのであるが、なんの変哲もない都会であり、さらにショッピングに興味のない自分にとっては特に楽しめるものもなかった。

 

そしてラッフルズ・プレイスに戻り、少し迷いながらもホーカーズへと到着した。さすがにシンガポール随一だけあって、中は非常に大きく、様々な種類のお店が並んでいた。ここに来ればほとんどの料理はカバー出来そうな感じであったが、それだけにどれにすればいいのかなかなか決められず、結局タイ料理屋でパイナップル炒飯を頼んでいった。価格も全体的に安く、5ドルもあれば何かしら食える感じだった。

 

その後は夜景を見に、再びマーライオン公園へと向かう。さすがに奇麗であったものの、やはり前にも触れたように、すでに数えきれないほど香港の夜景を堪能してきた私にとって、それほどの感動はなかった。なので、数分滞在しただけでホテルへ直行していった。

 

その時点ですっかりシンガポールへの興味を無くしていた私は、別の便を予約してとっとと帰ろうかと思ったのだが、せっかく来たのと、これが最後かも知れないという思いから、我慢して3泊する事にした。

 

2023年9月27日

 

ここのホテルはカプセルながら朝食も出るので、物価の高いシンガポールとしてはとてもありがたかった。そこに行くと、昨夜居たおじいさんが居たので、色々教えてもらったり話をした。話をしてみるとローカルな人であり、シンガポールの歴史や英語、そして建国の父であるリー・クワン・ユーの事などを色々教えてもらった。さすがに現在のシンガポールの礎を築いた偉人だけあって、国民は今でも尊敬しているようだ。

 

とりあえずラッフルズ・プレイスはもういいかなと思ったので、ひとまずチャイナタウンへと向かっていった。目の前すぐにショッピングセンターがあるので、そこに行ったのだがさすがに内部はきらびやかなシンガポールという感じではなく、いかにも中華圏のローカルデパートみたいな雰囲気だったので、逆に安心したものである。また、ここのマッサージは相場よりもかなり安いのであるが、あまりにも店舗数が多すぎ、かつ客引きがうざすぎ、なので、結局ここでは1度も受ける事はなかった。

 

その地上には、中華街のホーカーズがあったものの、結局ここでも目ぼしいものが見当たらず、近くのマクドナルドへ行き久々のクォーターパウンダーを頼んだ。香港とは異なり、意外にもシンガポールのマックは大したメニューもなく、特に行く価値もないのであるが、外は異様に暑いし、そこで小休止していった。一応、その前にメインストリートも歩いたものの、こちらはあまりにも小奇麗すぎてなんの面白みもなく、適当に回っただけでそこを後にしていった。

 

結局、そこでも特に得るものは何もなかった私は、すぐにホテルへ戻り小休止していった。

 

 

 

 

2023年9月26日

 

チャンギ空港から市内へは、MRTのグリーンラインが最も手っ取り早く、しかもホテルの最寄り駅が同路線でもあったので、選択肢は最初からそれしかなかった。しかし、チェックインまで時間があったので、しばらくジューエル・チャンギを中心とした空港内を観光し、シンガポール上陸の感慨に浸っていた。

 

空港内にはマクドナルドもあったので、価格をチェックしていったのであるが、やはりどれもべらぼうに高い。かろうじてフィレオフィッシュのセットが確か6.50SGD、日本円で700円ぐらいであり、あとは軒並み1000円超えだったように思う。なので、結局何も買う事はなく、ターミナルを移動して駅へと向かった。

 

事前にシンガポールのPASMO版であるイージーリンクカードの存在を知っていたので、インフォメーションで入手した。ここでは現金のみだったのであるが、事前に50SGDをおろしていたので難なく買えた。ここで、クレジットカードなら機械でチャージ出来ると教えてもらったので、マシンでやってみたものの、「海外のクレカは使えない」的な表記があり、案の定不可能だった。ネットで調べてみると、今はどこでもこの仕様らしく、つまり観光客は常に現金が必須、という事なので、慌ててさらに50ドルおろしてしまった。

 

当然、ATMや海外引き出しの手数料も倍かかってしまった訳で、入国早々大損してしまったという事になる。これは地球の歩き方には触れられていなかった盲点だった。いきなり暗い雰囲気になってしまったものの、電車が来たのでいよいよ市内へと向かっていった。しかし、Googleマップを見ると同じ路線なのにすぐに乗り換えとある。何の事はない、このチャンギ空港はいわゆる成田空港支線的なものであり、常に空港とこの駅の区間を往復しているだけの事なのだ。なので、乗り換えも対面ですぐに出来たので、全く問題なかった。さすがにシンガポールである。

 

まだ15時のチェックインまで時間があったので、シンガポールの象徴であるマーライオンを見に行く事にした。ここもネットで行き方を調べており、ラッフルズ・プレイスから地下道を歩いて行けるという。幸い、迷う事もなくマーライオンと対面出来たのであるが、あいにく水を吹いていない。柵があったので工事中だったのだろうが、案外がっかりでもなかったのは確かである。

 

その公園からは、シンガポールのアイコンとも言えるマリーナ・ベイ・サンズが堂々と聳え立っていた。動画や画像で見るしかなかった景色が遂に現実となった訳であるが、正直言うと香港・ビクトリアハーバーからの眺望と比較してしまうとそこまでの感動はなかったかと思う。

 

なので、そこで時間を潰した後はすぐに駅へと戻り、ホテルの最寄り駅へのカラン駅へと向かった。この駅は完全に住宅街のど真ん中であり、都市国家とは思えないほど広々とした場所だった。ホテルへは特に迷う事もなく、タブレットでのチェックインに多少戸惑ったものの、ようやく寝床を得る事が出来た。