往年のプロレスファンであれば、エリック兄弟の悲劇を通らずにはいられなかったはずである。ただ、ほとんどの日本人はその事実を知るのみであり、具体的に家族に何が起こっていたのかまで知る人は多くはなかったとは思う。なので、この映画ではそんな知られざる事実も多く語られており、もちろんどこまでが本当で、脚色なのかはそれを観るだけでは分からないものの、そういう観点からしてもなかなか興味深い物語だった。
まず思ったのは、父親のフリッツが息子たちをNWA世界王者にさせる事に異様なまでに固執していた事である。もちろん、昭和のプロレスにおいてNWA世界ヘビー級王座とは絶対的な世界最高峰であり、馬場が戴冠して以降も日本人が腰に巻くことを願ってやまなかったものである。ただ、近年の研究ではアメリカでは本当に稼げる場所がNYC、つまりはWWEのMSGのリングであった事、多くのレスラーたちがそこを目指していた、と言う事が日本でも知られてきたので、日本人だけが異様なまでにNWAを神聖視していたのだと思うようになってきたのだ。
しかし、この映画を見て、ギャラの面はいざ知らず、NWA世界王者こそレスラーにとっての最大の栄誉であったのだ、と改めて実感したものであり、そしてそこに至るまでの過程には様々な人間の思惑や嫉妬などが渦巻いていた、と言う事も知る事が出来た。
そして、近年のプロレス映画につきものとして、ケーフェイ、いわゆるプロレスの内側に触れているという事がある。と言う訳で、この映画でもエリック兄弟と、対戦相手のブルーザー・ブロディらが試合前に打ち合わせをしているシーンが流れ、そしてのちにケビンの妻となるパムからも、プロレスはフェイクなの?とケビンが質問されるシーンが含まれている。
当然、この映画のテーマはそこではないので、正直なくても全く支障はないシーンだとは思うのであるが、その後のケーフェイを超えたあまりにも生々しい人間ドラマが描写されていく事で、プロレスの本質はそんなものではないんだよ、と言う事を監督が伝えたかったのかも知れない、と言う事を感じたものだ。
ストーリーは長兄かつ唯一の生存者であるケビンを主役として回っていくのであるが、父親のフリッツはデイビッドとケリーにそのセンスを見出された事で、ケビンよりもプッシュされていく事になる。私は姉しか居ないので、弟にジェラシーを抱いた事はないものの、当然ケビンとしては面白くないに決まっている。そのあたりのプロレスラーとしての葛藤や嫉妬も、上手く描かれていると感じたものだ。
そして、期待に違わずレスラーとして大成していき、ダラスのリングを大いに沸かせていく事となり隆盛を極めていく。その流れから、NWA世界王者に挑戦していく流れが出来ていくのであるが、そこまでの流れはほぼ順風満帆と言っていいものであった。なので、前半1時間はまあ楽しい気持ちで観る事が出来るのであるが、プロレスファンとしては当然その後に起きる悲劇をすでに招致している訳であり、後半1時間は気分が重くて仕方がなかったものである。
その描写もおおよそ史実通りなのであるが、ケリーのバイク事故がNWA世界王座になった直後のような描写になっていたのは気になる所だ。もちろん実際はそれから約2年後の事である。マイクの怪我と病気は史実通りであるものの、私は死因のみしか知らなかったので、その要因となった怪我と病気をここでようやく知る事が出来た。
そして、私もリアルタイムで知ったケリーのピストル自殺でケビン以外全員の死を迎えてしまう訳であるが、ここの描写も史実とは若干異なるようである。ケリーは事故後もWWEのリングに立つなど、兄弟では一番の出世をしたとは思うのであるが、足を切断した事からくるこらえようのない苦しみ、そしてWWEをクビになるかも知れないという未来への恐怖などは、観ていて本当に心が痛んだものである。
その死をもって映画はラストを迎えていくのであるが、個人的には最初から最後まで2時間全くだれる事なく集中して観れたので、映画の出来としては最高と言っても良かった。また一族のライバルとして、前述のブロディや、テリー・ゴーディやマイケル・ヘイズらのザ・ファビュラス・フリーバーズ、そして往年のNWA王者であるミスター・プロレス・ハーリー・レイスや、そしてそしてリック・フレアーらも出来る限り似せてまで登場してくれるのはファンならニヤリとしてしまう事この上ない。
ただ、反面気になる点もいくつかあり、まずはベルトがチープすぎる事、そしてレスラー兄弟としては5男に当たるクリスの存在が、パーマン5号のごとく完全に抹消されているのはさすがに気の毒に思えたものだ。触れない云々以前に、その存在が最初からいなかった事のようになっている描写なのである。一応、最後にメッセージも出るし、パンフレットにはその理由も示されている。
監督曰く、観客はこれ以上の悲劇に耐えられないだろう、との事らしいが、本音を言ってしまうと尺の問題、そして一番は他の4人と比較してレスラーとしての実績は皆無に等しかった、と言うのが一番かと思う。私は週刊ゴング掲載時の訃報で彼の存在自体を初めて知ったのであるが、いかんせん巨人が並ぶアメリカで165cmはあまりにも小さすぎる。日本ですら新日本・全日本の採用基準が180cm以上の時代(実際は未満も多くいたのだが)だったのだから、他の選択肢はなかったのか、と思わざるを得ないものだ。
私の感想はおおむねこんな感じであるが、プロレスファンであれば観て絶対に損はないだろう。暗いストーリーなのはどうしようもないが、それでも全体的な出来としては大満足だった。