くにたち蟄居日記 -92ページ目

「垂直の記憶」  山野井 泰史

 
 多くの方も同じかと思うが、沢木耕太郎の「凍」を読んだことで山野井という方を知り、本書を読むきっかけとなった。

 僕自身は登山を全くといってよいほどしない。数年に一度高尾山に登る程度である。大学時代に富士山に登ったことがあり、従い「日本の最高峰を制した」と言えることも確かだが、ぞろぞろと集団で登った富士山を登山と言うべきかどうかには議論があるだろう。従い、全くの登山の素人として本書を読む資質があるのかどうかという点に迷いながらも一気に読了した。
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 本書を読む限り、山野井という方が何の為に命を懸けて登山するのかは分からない。なにしろ山野井自身もそれが「実際うまく答えを見出せない」と告白しているぐらいである。本人が分からないものを他人が理解できるとは
思えない。従い、著者も読者も、本書の主題である「登山」の意義に関しては分からないまま、山を登ったり、
その記録を読んでいたりするわけだ。

 但し、僕としてそれでも一気に読めたのは著者の「死への恐怖」の「恐怖の仕方」に興味を覚えたからである。

 命を懸けて山に登る以上、死ぬかもしれないということは著者も重々覚悟している。著者も「僕は覚悟が出来ている」と明言している。但し、「死を覚悟すること」と「死を恐怖すること」は、実は十分両立し、もっというと本当に
「死を恐怖することが、死を覚悟すること」ではないかと考えることも出来そうである。

 兼好法師が「人が生を楽しまないのは、死を恐れないからだ」と徒然草で書いている。それを援用すると山野井
という方は「生を楽しんでいるのは、死を恐れているからだ」と言える心境なのかもしれない。そういえば
兼好法師は木登り名人の言葉も他の場所で引用していた。確か「木登りは高いところではなく、低いところで
事故が起きやすい」という話だったと記憶している。これも山野井という方の非常に慎重な山登りに
相通ずるものがありそうだ。

 僕らはなかなか日頃死を意識しない。従い、死を恐怖しない。従い死を覚悟する場面も少ない。そう思わされる
読書であった。

「ポーカー・フェース」 沢木耕太郎

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 沢木耕太郎を最近再度読む機会を得ている。先日は「凍」を読み返したところだ。今回は本書を初めて読んだところである。

 沢木の語り口は滔々としていて、ある種の「緩さ」がある。冒頭の話題からゆるゆると話が展開される。その「ゆるゆるさ」が
心地よい。他の方のレビューを拝見していると、その「緩さ」を評価されない方もいらっしゃるようだが、僕としては気にならない。

 もっとも、僕自身が特急より鈍行列車が好きであるという性分だからかもしれないのだが。

 もちろん沢木も最後は話を締めに入る。往々にして冒頭の話題に戻ることもある。要は「つかみ」に使った話を
「締め」にも使うわけだ。「乾杯」と「中締め」をぴしっとやり、その間は「ご歓談」というPartyにも
似ている。

 ここで僕ら自身の「会話」を考えてみる。

 人と話していてたまに思うのは、会話とは実に話がころころ変わっていくものだということだ。
「あれっ 何でこんな話になっているのでしたっけ?」と言ってお互いに笑ってしまうことは結構ある。
話がどう辿ってきたかを思い出してみるのも案外面白いものだ。誠に会話とはお互いがお互いの話に触発されながら
自在に動いていくものである。
 動く速さが「電光石火」であることもあれば「ゆるゆる」であることもある。それは会話している人の性格に
因るのかもしれないが、「会話している同志の関係」にも因るかもしれない。
 ごく親しい人と話していると緊張感無く話せるものであり、従い「ゆるゆる」した話になる気がする。
沢木の本書を読んでいてもそんな「親しさ」が感じられなくもない。
 

 Partyにおいても、「ご歓談」が楽しいわけだ。ゆるゆると人と話したり、若しくは面倒なら部屋の隅で
静かにしていても良い。本書をどう読むかにおいても、同じような自由さがある。

「シルクロード」 喜多朗

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大学生の一夏を襟裳岬の昆布採りの漁師の家で過ごしたことがある。
もう三十年も前の話だ。

 一か月を北海道で過ごすというアルバイトは、東京生まれの東京育ちの僕にはいかにも魅力的な
ものである。とはいっても青函連絡船で早朝の函館に着いたときの心細さは今でも覚えている。
夏とはいえ、かように北海道は寒いものかと驚いたものだ。

 昆布をしまう倉庫の屋根裏部屋に寝泊りした。綺麗な部屋で窓から霧に煙る海岸を
眺めたものである。そんな際に持ってきた喜多朗の「シルクロード」を良く聞いたものだ。

 ということで、今でもこの曲を聴くと僕は北海道を思い出す。大学を卒業し、いくどか
東南アジアに住んだが、この曲は実に人気があり、よく聴く機会があった。今週も出張先
のスリランカで聴いたばかりだ。異国の地で聴く「シルクロード」で北海道の霧を
思い出すのも僕くらいなものかもしれない。

「めがね」 萩上直子

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 日本の民俗学に「ニライカナイ」という概念がある。海の果てに極楽浄土があるという考え方だ。本作の
舞台は「ニライカナイ」の一つではないか。

 この南の島に集まってきている人たちがどういう背景や過去を持っているのかは、全く説明されない。
従い見ている方はある程度想像していくしかないが、殆ど想像できない。おそらくは「都会で疲れた人」
程度のステレオタイプな想像しかできないのだ。「都会に疲れた人」がやってきた、この南の島は、
それでは本当に天国なのだろうか。「都会に疲れた人が南の島で癒される」というような簡単な
話でもないのではないか。

 「ここにいる才能がある」という言葉が映画の冒頭と最後近くで語られる。主人公の小林聡美は
手書きの地図で迷わずに宿屋の来ることが出来たが、それをもってして「ここにいる才能がある」
ということらしい。助演の市川も3年前に地図だけで宿屋に来ることが出来た人であり、以来
その島に取りつかれてしまった人でもある。

 つまりは、その「ニライカナイ」も才能が無いと住むことが出来ない場所なのだろう。凡庸な
方は、「たそがれる」ことに耐えられず、島を去ってしまうに違いない。小林も初めは、その自身
の才能に気が付かず、「ニライカナイ」を見逃しそうになっていたと考えて良い。見逃しかけていた
ものを、かき氷を食べることで見つける場面は、いささかあざといながらも感動的である。かくて
小林も取り込まれてしまったわけだ。

 言うまでもないが、もたいまさこの存在感が素晴らしい。これも民俗学でいう「まれ人」と
言ってよい。「まれ人」とは異界からやってきて、色々と不思議なことをこの世でやってくれる
方である。なんとなく「風の又三郎」のような感じでもあるかなと最後にちょっと思った。

U君への返事  「さて 『結果』 とは何なのか」

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                              くにたち ロージナ茶房にて
 
U君へ
 
 返事が遅れたが、これは今週ずっと貴兄のメールについて考えていたからです。
 
 「結果とは何か」を考えているうちに「結果」という字とは何なのかと思いました。
 
 「果を結する」とはまさしく果物のイメージなのでしょう。果物が実を結んだ状態を「結果」というのかなと。
 
 では果物とは何か?
 
 果物とは中のタネとそれを取り巻く果肉です。我々は果肉を食べてタネを
捨てているわけですが、じゃあなんで果肉がかように美味しいのかと
考えるとこれは「誰かに食べて貰う」からなのでしょうね。これはあきらかに
植物の知恵です。
 
 植物の大きな問題は移動できないことにあります。足があるどころか
根が生えてしまい、多くの場合移動することは致命的です。従い
動けない。
 
 動けない植物がどうやって子孫を残していくかというと
「自分が生えている場所」とは違った場所に子孫を移動するしかないのだと
思います。そう思った植物はタネを移動させることを考えた。自分が移動
できない以上、他人に移動して貰うしかない。その為にはその他人にタネ
持って行って貰えるようにしなくてはならない。
 
 これは凄い知恵だと思いますね。その他にも蜜を蓄えてハチを呼んだり、日光を光合成でエネルギーに変えたりする植物には驚嘆するしかないと思います。
(動物と比べて歴史が長い分、年月に練られてきた知恵の深さが違うのだと思います)
 
 
 それが果物の本質なんだと思います。
 
 
 U君、では、我々はどうなのか。
 
 
 我々はある時期にある場所で仕事をしています。「時期」と「場所」が限られている
点では実は植物と大差がないのかもしれない。我々は思っているほど「移動」
出来るわけではないと思います。
 
 限られた場所と時間の中で何が出来るのかと考えているとだんだん果物の意味も
見えてくる気がするし 従い「結果」という言葉の意味もなんとなくイメージが
湧くような気がしますね。
 
 やっぱり、きっと、「結果」とは果物なんでしょう。
 
 中にタネが入っている果物なのですよ。そのタネはイデア(プラトンだったっけ?)
なのかもしれないし、何かのDNAなのかもしれませんが。
 

「部長の大晩年」  城山三郎

 
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本書の主人公である永田という方は、本書で読む限り、俳人として若しくは趣味人としては誠に
プロであり、旦那芸を遥かに超えている。本書で紹介される数々の俳句に関しては僕も鑑賞眼が
ない。従い的確な理解が出来ている点は覚束ない。但し、本書で紹介されている交友の数々を見る
につけても、永田という方の位置付けというものは想像できる。要は、永田は俳人であり、職業として
三菱製紙の工場で部長をたまたまやっていただけであるとも言えるのだ。

 そんな永田を書いた本書の題名が「部長の大晩年」である。何故、題名で城山が「部長」に拘ったのか
を考えることは興味深い。ここからは想像を逞しくしていくしかない。

 城山が永田に興味を持った部分は、永田の俳句ではないと考えてみる。サラリーマンが上手に俳句を
捻り出したという点に城山が興味を持っていなかった気がする。むしろ天性の俳人であり趣味人である
人が、いわゆる大企業で部長をやっていた点に興味があったのではないか。そう考えると、本書の
味わいもまた変わってくる。

 古くは、住友の益田鈍老であるとか、百五銀行の川喜田半泥子のような方が財界に居た。
実業を営む一方で、趣味人として生きた方である。城山は、その系列の最後の一人として
永田を位置付けたのではないだろうか。益田にしても川喜田にしても、実業界という実に
生々しく世の塵にまみれた場所で、一流の仕事をした点に光芒がある。永田はいささか
実業界の実績としては若干小粒かもしれないが、むしろ小粒であった点でより人間らしいとも
言える。サラリーマンに温かい目を注ぎ続けた城山の視線が見て取れる思いもする。

「私とは何か」 池田晶子

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 著者の池田が亡くなった後の「最後の新刊」シリーズである。本書の白眉は最後の「空を飛べたら」である。

 「空を飛べたら」は、本書を信じる限り、著者が小学校六年生の際に書いた作文である。編者がこれを本書に収録した理由を考えることは興味深い。

 編者は池田という方がごく若い時から文章を書く才能があったという証左として収録したという。但し数あったであろう「作文」からこれを選んできた理由は、それだけではないような気がする。書いた人が小学校六年生であることを一旦忘れて、この一編の童話を読むべきだ。

 童話の主人公はニワトリである。空を飛べないニワトリが、飛翔を希求しつつ、最後に「ぼく、空を飛べなくてもいいんだよ」と言い切る話だ。
 この「空を飛べない鳥」は、実は書いた池田自身であるような気がしてならない。小学校六年生にして、周りの人と自分が異なっており、異なった人生を歩まざるを得ないことを予感していたのではないか。編者は、そんな池田の予感を「最後の新刊」にて紹介したいという野心を持っていたのではないか。そんな気がした。

 池田は「飛ばない事」を選んだ。個性的な人生を歩み、夭折ともいうべき年齢でこの世を去って行った。副題の
「さて死んだのは誰なのか」とは池田が臨終の際に書いた言葉だと本書の著者紹介にあった。さて、死んだのは誰なのか?

「世界」 2013年7月号

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 小出裕章の「滔々と流れる歴史と抵抗ー田中正造没後100年に寄せて」を興味深く読んだ。

 まず田中正造という方は教科書で読んだ程度で、余り知らなかったので今回良い勉強になった。勿論本稿で
描かれている田中正造が実像かどうかは保証されていない。但し、教科書の一行で書かれていた田中正造
ではなく、幾分肉もついた人物像には興味を覚えた。

 また逆説的に言うと、当時の足尾銅山が日本の生命線であったことも描かれている。外貨獲得の大きな
手段であった足尾銅山を当時の政府が守ろうとした事自体は、当時の日本の置かれた状況を鑑みても
理解出来ないわけにもいかない。
 「大を活かすために小を殺す」という言葉があるが、その一例だったのだろう。21世紀の今から当時の明治政府を批判することは簡単だが、それで終わってしまっても意味はない。

 その意味で、「それで終わらない」ように足尾銅山を原発事故に結びつけるのが本稿の後半部分
である。

 原発に関しても「大を活かすために小を殺す」という発想があったのだと僕は思う。但し、そこで
間違えたのは原発のもつリスクを過小見積もりした点にある。結果として「小を活かすために大を
殺す」という魔物であったということだ。

 最近原発事故の話も少なくなってきた。喉元過ぎればなんとやらということなのかと思う。
原発事故は今なお継続中である点に不感症になってきたとしたら、二次災害の日も近いかもしれない。

自分でかんがえるその仕方

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「 おそらく、人が、哲学はわからない、哲学をわかりたいと言うとき、わかっていないのは本当は、
  『哲学』ではなくて、『自分で考える』ことのほうだ。人生や自分について、自分でかんがえるその仕方
  がわからない、と言っているのだ」
 
                                     --「私とは何か」  池田晶子ーー
 
 「かんがえるその仕方」という言葉が重い。
 
 池田ほどのお方だとしたら「その仕方」なんでものは、そもそも無いのだということなのだと思う。考え方という
ものは果たして教えたり学べたりするようなものなのだろうか。
 
 「考える」とは目の前にあるように見える現実や世界をどうやって自分の定規で切り取り、整理し、整頓するという
極私的な作業である。考え方とは、その作業で使われる「自分の定規」だ。そのような極私的なものが普遍的なものになるとも思えない。

「π」

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 カルト映画というジャンルであろう。話としては「数学に取りつかれた男の狂気」というように纏めることは出来るとは思う。何か大きなテーマや思想が潜んでいる雰囲気は漂っているが、最後まで雰囲気で終わっている。「何かがそこにありそうだ」というムードで観客を引っ張っている点には「手腕」はあるが、それだけといえばそれだけである。

 では大したテーマや思想は初めから無いという前提で本作を見直すとどうか。おそらくは本作を鑑賞する一番正しいアプローチはそこにあるのではないだろうか。

 本作からテーマや思想といった「お飾り」を排除すると、見えてくるのは映像美に拘りぬいた監督の「趣味」である。モノクロで撮影することを選んだことから始まり、「数字」という「無機なるもの」と、脳漿やアリといった「有機なるもの」を「頭痛」という苦痛を通じて結びつけるという一種異様な作業こそが監督の趣味である。鑑賞している僕としても痛みこそ感じないがそれでも「無痛の頭痛」を強いられた場面もあった記憶がある。似た映画体験としてはルイス・ブニュエルの「アンダルシアの犬」である。アリが脳漿を歩き回っている場面はブニュエルかダリからの引用に違いあるまい。

 万人向きの映画とはとても言えない。ある種のニッチな熱狂ファンを獲得すべき分野の映画だ。レイトショーでロングラン上映されたと聞くが、まさにそれが相応しい公開のされ方である。まさにカルト映画だ。