「部長の大晩年」  城山三郎 | くにたち蟄居日記

「部長の大晩年」  城山三郎

 
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本書の主人公である永田という方は、本書で読む限り、俳人として若しくは趣味人としては誠に
プロであり、旦那芸を遥かに超えている。本書で紹介される数々の俳句に関しては僕も鑑賞眼が
ない。従い的確な理解が出来ている点は覚束ない。但し、本書で紹介されている交友の数々を見る
につけても、永田という方の位置付けというものは想像できる。要は、永田は俳人であり、職業として
三菱製紙の工場で部長をたまたまやっていただけであるとも言えるのだ。

 そんな永田を書いた本書の題名が「部長の大晩年」である。何故、題名で城山が「部長」に拘ったのか
を考えることは興味深い。ここからは想像を逞しくしていくしかない。

 城山が永田に興味を持った部分は、永田の俳句ではないと考えてみる。サラリーマンが上手に俳句を
捻り出したという点に城山が興味を持っていなかった気がする。むしろ天性の俳人であり趣味人である
人が、いわゆる大企業で部長をやっていた点に興味があったのではないか。そう考えると、本書の
味わいもまた変わってくる。

 古くは、住友の益田鈍老であるとか、百五銀行の川喜田半泥子のような方が財界に居た。
実業を営む一方で、趣味人として生きた方である。城山は、その系列の最後の一人として
永田を位置付けたのではないだろうか。益田にしても川喜田にしても、実業界という実に
生々しく世の塵にまみれた場所で、一流の仕事をした点に光芒がある。永田はいささか
実業界の実績としては若干小粒かもしれないが、むしろ小粒であった点でより人間らしいとも
言える。サラリーマンに温かい目を注ぎ続けた城山の視線が見て取れる思いもする。