「ある日 函館」 西野鷹志

住んでいる国立の古書屋で偶然手にとり 何となく購入し 寝ころんで 読了したところだ。
題名に函館を謳っているが中身は函館には留まらない。 むしろ函館以外を取り上げている場面も
多い。函館に在住している著者にとって函館以外の街は旅先なのだろうなと思う。ただし、函館ですら
旅先であるかのような切取り方が本書の味わいである。なんでそうなるのかなと考えることは楽しい。
結論的に言うと著者が挟み込んでいる白黒写真が函館を旅先にしているのではないか。それが
僕の仮説である。著者はあとがきで ブレッソンの言葉を紹介している。
「絵画は瞑想、写真は短剣のひと刺し」
刹那的な風景の切取りを写真と考えるなら、刹那的な時間を積み重ねて行く旅に似ているのも無理はない
かもしれない。なるほど、旅は短剣に似ているとも言える。
題名に函館を謳っているが中身は函館には留まらない。 むしろ函館以外を取り上げている場面も
多い。函館に在住している著者にとって函館以外の街は旅先なのだろうなと思う。ただし、函館ですら
旅先であるかのような切取り方が本書の味わいである。なんでそうなるのかなと考えることは楽しい。
結論的に言うと著者が挟み込んでいる白黒写真が函館を旅先にしているのではないか。それが
僕の仮説である。著者はあとがきで ブレッソンの言葉を紹介している。
「絵画は瞑想、写真は短剣のひと刺し」
刹那的な風景の切取りを写真と考えるなら、刹那的な時間を積み重ねて行く旅に似ているのも無理はない
かもしれない。なるほど、旅は短剣に似ているとも言える。








