因果倶時 -63ページ目

柔らかな「芯」をもつ

今日はイマイチの日!

頭はキレないし、仕事も今日絶対手をつけようと思ってた仕事が出来てないし、天気は悪いし!!


そんな中で収穫;

①久しぶりに外出し、外の人(ていっても中だけど)と会ったことで刺激を受ける

→やはりオフィスにずっといるのはよくないなぁ。これから理由つけては外の人と会わなくては。

②一日の終わりに、よい話を沢山聞く。やはり師匠は師匠だ。人生の師匠は至るところに存在する。経験からつむぎ出される言葉には重み・真実味がある。


③気持ちを引き締め、再度やり直しを決める。


重みのある言葉というのは、どういうことか。
それは、外的な要因で容易に変わったりしない、「芯」。
自分もいつかはそんな言葉がしゃべれる人間になるだろうか?

恥ずかしいことに、今の自分では、全く想像が出来ない。
まだまだ「芯」は全然無さそうだ。
というのも、他人の目、というのがやはり気になるから。
結局のところ、自分なりの「芯」を探すのがこれからの20年の人間としての挑戦なのかな。

できれば、“柔らかな”芯を見つけたい。

これまで尊敬できる人の言葉を聞いてきたかぎり、「芯」は実は硬質なものではなさそうだ。尖っていないというか。円いCORE。

嬉しいのは、環境がいくら変わろうとも、人と人のつながりこそが大事だということを肌で感じたこと。

いまさらそんなこと気づいたの?と笑われそうだけど、でも、何度でも、そういうことは感じれるよう、心の新鮮さをいつまでも保ちたいと思う。

50年たっても60年たっても気付きを失わないようにしたい。

量より質だがまずは量 その前に戦略?

夢発見日記より。


たしかにそうだ。


量より質というが、まずは量をこなさないと、質が生まれない。

質を安直に産むことは極めて困難だ。

沢山の量をこなす中で、自然と無駄が淘汰され、目的に行き着く最短距離が生まれてくる。これが質だ。

たとえば日本が誇る匠な精密加工技術。

理論からは匠は生まれない。

もちろん理論は大事だが、匠といわれる域は、長い時間の経験の中から生み出されてくる、究極の微調整だ。

もっと身近なところでは、営業でするプレゼンとか。

プレゼンというのも数をこなすうちに、磨きがかかり、言いたいことをずばっと言えるようになる。



ところで、質を産むために一生懸命量をこなし、コツコツコツとひとが積み上げたものを、一瞬にして覆すことが得意な国がある。


アメリカだ。


日本人が100のものを101、102にするところでしのぎを削るところに彼らはついていけない。

ところが、彼らは一瞬にして土台を取り替えてしまう。

そうすると、そもそも、100が「0」になってしまい、新たな「1」が生まれてくる。

日本人にとっては晴天の霹靂というものだ。

何十年もかかって100を110までもってきたのに、それをいきなり「0」にされては、まったくもって、骨折り損、というものだ。

その上、100が110になっていることの価値を評価してくれる人は世界にあまりいないときている。

なぜなら日本では大衆製品を磨き上げるからだ。

ヨーロッパのように、高級製品を磨き上げるのは、あまりうまくない。

大衆製品をいくら磨き上げたところで、、、、買う人の購買力に問題があるってもんだ。



。。。。にっぽん、くじけるなよ、、ガンバレ。。。。

教育業界の常識を疑う

↓は、ここ数日の学校教師関係のセクハラ系事件の流れ


1.熊本の養護学校教諭
これが懲戒免職

2.熊本大学の60歳教授
これが停職15日間

3.秋田県の中学教諭
これが停職3ヶ月

なんか変だ。

1は「ネットで知り合った」中学生とのわいせつ行為。

事情はよく分からないが、その中学生だって悪いじゃないの。
そういうことは一切かかれてないけど。

2、3は、あきらかな破廉恥行為。
学校という場の教師・教授がその立場を利用してセクハラなりわいせつ行為をしたことが明確だ。
なのに、停職処分????


ハー?


どっちが悪いんだっての。


だいたい学校の教諭なり教授という立場のものがこのような事件を起こしておきながら、職場に復帰しようとは、それこそ、それを許している業界も含め、ハレンチにもほどがある。


免職、永久追放にきまってんだろうが!


だいたい、この人たち、なんで逮捕されないんだろ?

はっきり言って、世の中、バランス悪すぎる。

僕は法律の勉強はまともにやったことがないけど、法律で決まっている罰則には、まともに犯した罪に相当する罰を与える、というものと、見せしめ的な罰を与える、というものがあるような気がする。


よく検察とかは、「政界の巨悪を討つ!」とか「巨大企業の悪を断罪する!」なんて息巻いているけれど、たしかにそれも大事だが、まずは身近にある小さな、だけど、人の心身に傷を刻み込むような犯罪を、徹底的に裁くべきだ。

なぜなら政治や企業の犯罪は、一種、「見方」によって変わるもので、そういった犯罪によって社会が成り立っているとか、歴史によって培われてきた慣習、あるいは、外国の標準によって判断すると犯罪になる、という面もあるからだ。

しかし殺人や傷害、性犯罪はまぎれもない重犯罪だ。

とくに性犯罪に対する国と警察の意識は甘すぎる。

ちなみに、保護士をやっているある人によれば、性犯罪者というのは、犯罪者の中でももっとも手に負えない=矯正されないそうだ。

こういった犯罪に対しては、昔の王国がやっていた、ハンムラビ法典的なやり方がふさわしいと思う。

・殺人 → 理由・年齢を問わず、死刑

・性犯罪 → 生殖機能をなくさせる

これでいいんじゃないのか?
大体、この手の犯罪は事情なんか赤の他人が裁けるもんじゃない。
裁こうとするから、間違いがおきる。

刑法は、「おきてしまったことを裁く」ためにあるべきではなく、「犯罪を予防する」という側面をもっと重視して作られるべきではないか?

きっとそういうことも考えられてきたんだろうけど、最近の社会ニュースを見ているかぎり、あまりそういう側面が、効果を発揮しているとは思えない。

ちょっと過激かな?

でも、↑のような教育業界のあまっちょろい自主管理体制を耳にすれば、いい加減にしてくれ、と誰でも言いたくならないか?

参考資料-神戸新聞2002

オモロコワイ

近々発売のC社の社長の本を読んだ。




感想トップ3発表!

1.おもしろい
2.よくわからない
3.おそろしー




1について;
これは読みやすくて、ものすごくテンポもいい。しかも内幕ここまでさらしていいの、、、?  絶対売れると思う。

2について;
この会社がここまで成長してきたその原動力の秘密とは、、、、 正直よくわからない(汗)。 結局、組織の成長はそれに関わる人の情熱と、実行力ってことか。

3について;
なにがおそろしいのか・・・そのモウレツな働き方。そしてそれがこの先、自分に降りかかってくんじゃないの?という予感。。。



読んでよかったような、読まなきゃよかったような、、、(笑)

ローレライ

今はやりの「終戦のローレライ」を読み終えた。



著者: 福井 晴敏
タイトル: 終戦のローレライ 上



読み終わっての第一感想だが、なぜかそんなに響かなかった。

たしかに力作だということは分かる。

一定のレベル以上の物語だということは分かる。

でもなぜか心に響ききらない。


何故だろう?


もしかしたら、この本が訴えようとしていることは、実際のところ、今、この時代を生きている、僕ら自身が、既に十分に感じ、感覚として理解していることだからなのかもしれない。

だからいまさら懇切丁寧に解説されても、、、、そんなところだろうか?

世のおじさんども、がんばれ!

カウンターにつくと、隣でおじさんが二人、もくもくと飯を食っていた。

今日の昼のレストランでのことだ。

どう見ても二人は同じ会社の同僚だ。

しかし二人は一切しゃべらない。

ひたすらハシを動かすのみ。

別に食事に集中しているわけでもない。

ただ、お互いに、お互いを触れ合うのを恐れているかのように、ひたすら食事をしているフリをしているように見えた。

二人は顔を下げていて、まるでお通夜のように、その二人の周りだけは、皿に当たる食器の音しかしない、静かな、それでいて、お互いにすごい神経戦を繰り広げているような、そんな気を、僕はまともに感じた。


(きっとこの二人はお互い、頭の中では「どうしようかなーどうしようかなー」と色々考えているんだろうな、、)



飯を二人ともほぼ同時に食べ終えた。

一方がおもむろに、2~3言、しゃべった。

ぼくは、ほんの50cmぐらいヨコにいたけれど、全然なにを言っているか聞き取れない、そんな「×○▲○、、」みたいな発言だった。

しかし言われたほうのおじさんには理解ができたらしく、小さな声で、「△○▲□×、、、」と、これまた解読不可能な回答をしていた。

きっとこの2人は何かに疲れ果ててるんだろうな、と、しみじみ思った。

きっと家に戻れば、一家の主として子供も十分に育ったはずの世代だ。

「元気だそうぜ!」

と背中をどつきたくなる、そんな姿だった。

ニッチ戦略

うちの子は幼くしてニッチ戦略を会得している。
いやむしろ知らないうちにニッチ戦略をとらざるを得ないかわいそうな環境と言うべきか(笑)
ナンバーワンよりオンリーワンてやつだ。

ウルトラマンが好きなので、朝からウルトラマンの曲を流して、ジャンプダンスを踊る。その時の顔はむちゃ勇ましい。

ウルトラマンの歌を歌って、と頼むと、「ウルトラマーン、ナンバー、シックス!」から始めてポーズをばっちり決める。

今日は本屋に行った。

ウルトラマン全集の絵本を見つけて夢中だ。

ページをめくると、ウルトラマンが勢ぞろいしている。

「ママー、このウルトラマンはなに?」

そのとき、横からのぞいていた少し年長の男の子がすかさず、

「これはガイア!」

うちの子はビックリだ。

その男の子はさらに連続で

「これはコスモス、これはネクサス、これはアグル、、」

と教えてくれた。

うちの子は、、、、(無言)

もう一ページめくった。

そこにいるウルトラマンを男の子は知らなかった「これは知らないよ」

うちの子はママを見上げて

「これはタロウ」

ニカーっ。

漸く一矢を報いた嬉しそうな顔だった。

下町コント:メーカー

お義母さんがパート先から帰ってきた。

なにやら買い物をしてきたらしい。

うちの子供のところに一直線だ。

私と妻は、親として、「一体何を買ってきたんだ、今度は、、??」と、すぐに警戒モードに入った。

(買い物袋のデザインからすると、危険な香りがするぞ、これは。。。)


母「はーい、お土産かってきたわよー」

息子(買い物袋をのぞき込む)

母「ほーら、これどうかしらねー、ちゃんと似合うかしらねー」


(じゃんじゃじゃーん)



出されたものに我々夫婦はすばやい視線を走らせる。

(色はどぎついこげ茶色、いや、あれは通称「うんこ色」というやつだ)
(ふむふむ、どうやらTシャツらしい)
(生地は安物だな明らかに。さてはヨーカ堂か?)



母「ほれほれ、どう、気に入ったぁ~~??」

といいながら、Tシャツを裏返し、表を向けると、そこには、、


妻「なにそれっ!! 仮面ライダーじゃない!! もうやだー!!!」

母「あら、なにがやなのよ。子供ってこういうもの着るのよ」

妻「いやに決まってるでしょっ! そんなキャラクターモノの服着てる子がいまどきどこにいんのよっ!」

母「でもこれ300円だったのよ」


(おいおい安すぎだぞ、、)


母「300円で、こんなのまで付いてるんだから」

そういいながら取り出したそのオマケは、腕時計型”仮面ライダー変身ベルト”!

お義父さん、爆笑しながら一言「おいおい、お前、もうちょっと考えてあげろ。うちは子供にはメーカーモノしか着せないんだからな(笑)」

妻「そうだよー  なによこれ。私はこんなの買ってきたことないでしょ。ちゃんとブランド物なんだからさっ! いい加減分かってよ、これじゃまるっきし下町っ子じゃない!」

母「え、ちゃんとこれはメーカーモノよ。ほら見て、ここに書いてるでしょうよ」




タグにはこう書かれていた;

バ ン ダ イ

堀江さんに関する考察(2)

以前コメントを頂いたおくまんさんが、たまたま同じようなことを仰っているので共感ついでに、更に妄想していること整理してみます。

僕はそんなにホリエさんに共感持ってるわけではない。
あの人、やっぱしダメだと思う。あの手法じゃ。

もし幕末の騒乱時に生まれてきたら、すげえ弁は立つし頭はいいけど、一人で突っ走って段々周りから見放され、でも本人はあまり気づかず、周りがアホだと思っていたら結局殺された、清河八郎のようなタイプだったんじゃないかな?

それはそうとして、堀江さんは「テレビとネットの融合」について最初に語ったために、世間が「一体なにをしてくれるんだろう??」と余計な期待を抱いた挙句に、それが勝手に暴走して、多くを語らない堀江さんが、なにやら怪しげな妖気を漂わせている。

ある意味、これは堀江さんにとっては、思ってもみない効果なんじゃないかな。
だって、存在が実体以上にデカく見えてるでしょ、明らかに。

僕は実はこの疑問に対する回答が最近分かってきたように思う。

敢えて断言しましょう;

「堀江社長はなんにも考えていません」(笑)


何故か?

パソコンとテレビの融合はもうそこまできちょります。

テレビ番組は、他のどこにもない、圧倒的なキラーコンテンツとして生活に密着しております。

どう考えてもあと5年はテレビ番組の地位は揺らぎません。

人間の感覚器官は、実はもう使い尽くされています。

最初に目で訴えたメディアが活字。
次に耳に訴えたのがラジオ。
そして目と耳、両方に訴えているメディアがテレビ。

ネットはどうか? ネットはこれに更に、手を使うというアクションが入ってきます。つまり能動系です。

しかし受動系のメディアはもうテレビで進化が打ち止めな気がします。

次に何かが起きるとすれば、それはもう直接脳や神経に訴えるような、いわゆるバーチャルワールドを起こすようなメディアでしょう。そんなのが普及するとしてもまだまだ5年以上先の話です。

つまりどう考えてもテレビ以上のメディアは今後しばらく登場しないのです。

ハードウェアの進化の観点からすれば、既にPCとテレビは融合しています。
であれば、ネット上に、キラーコンテンツたるテレビ番組を放送すること以上に何を考える必要があるのか???

無いですね。全く無い。

だから堀江社長はなんにも考えてないのです。ネットで流すコンテンツを求めているだけの話です。
コンテンツさえあれば、あとは自在に加工が出来ます。
それはネットの専門家、マニアックたちが勝手にクリエイトしていきます。
ほっときゃなんとかなるわけです(笑)

ここまで書きましたが、でもやっぱり堀江社長がすごい隠しだまをもっていたら、、、謝ります。そして尊敬します、その時は。



(追記)清河八郎に堀江さんのイメージを投影させていた人が他にもいたのでビックリ。かなり詳しく書かれているのでコチラをリンクします。

うぉー

たまらんこの花粉!

どうやらニュースは本当らしい。

ここ4年ほど花粉に悩まされるからだになったとはいえ、今日の症状はもうアレルギーの域を超えている。

病気だ。これは。

鼻は詰まってるなんてもんじゃない。
完全に塞がっている。
そのせいで飯を食うと空気を一緒に飲み込んでしまい、気持ち悪い。

仕事にならない。仕事が出来ない(花粉関係ない?)

それにしても、日本政府は国民全員に花粉症の薬を無償配布すべきだ。花粉症で日本のGNPは10%ぐらい下がっているんじゃないか?

何か政府は花粉症に対する対策をうっているのか?

北朝鮮なんかどうでもいい。

郵政省もどうでもいい。

花粉をなんとかしてくれ。