輝二を加えた大輔一行は、森の小道を進む。木々に日差しがさえぎられるせいで、暗くなるのが早い。
「今日はこの辺で野宿しようぜ。俺、腹減ったよ」
「俺もー!」
純平とブイモンの言葉で、今日の寝床が決まった。
ちょうどよく開けた空き地があって、その中心でたき火をたく。輝二は一人旅をしてきたからか手際がよかった。赤い火が燃え盛る頃に、友樹とボコモンネーモンが野菜を抱えて帰ってくる。おなじみになってきた肉リンゴに、スープキャベツ。木の枝に刺してあぶると、香ばしいにおいがたちのぼってきた。
「デジタルワールドでの野宿も、こうやってのんびりしてると楽しいな」
ブイモンに言われて、大輔は枝を削る手を止めた。
「そうだな。俺達の方だといつも日帰りだし。泊まり込みで行った時はデジモンカイザー探しで、楽しんでる暇なんてなかった」
「みんな、元気にしてるかな。テイルモンとか、アルマジモンとか」
「心配、してんだろうな、俺達の事」
ふと思い出してしまって、二人とも黙り込んだ。この世界に来てからD-ターミナルは圏外だし、戻る方法も見つからない。数えてはいないが、もう一か月近く経つはずだ。
一乗寺賢が行方不明になった時、テレビの向こうで彼の両親が泣いているのを見た。自分の家族や仲間もきっと、あんな風に……。
と、大輔が思いにふけっている中。急に風が強くなり、たき火が大きく揺れた。友樹が帽子を吹き飛ばされ、わたわたと追いかけて捕まえる。同時に辺りが暗くなった。
泉が空を見上げる。
「雲が出てきたわね」
「月が三つとも隠れちゃったよ」
純平が少し不安そうに肩をすぼめる。
どこからともなく音が聞こえてきた。ブイモンも大輔も原因を探して立ち上がり、辺りを見回す。
「川が流れてるのかな?」
「それとはちょっと違うような」
「あれ見て!」
友樹の叫び声に、みんなが振り向いた。
暗がりの中で、木の幹がいくつか光を放っていた。幹の中ほど、ちょうど大輔達の目の高さ辺りだけが光っている。謎の音もそこから聞こえていた。
「そうか、ここはテレビの森じゃ!」
「テレビ!?」
大輔とブイモンの声が重なった。二人のいたデジタルワールドでは、テレビといえば人間世界とデジタルワールドをつなぐ機械だ。言われてみれば、この音もテレビの砂嵐にそっくりだ。映像は少しずつ鮮明になって、ビル街や飛行機を映し出す。
「俺の聞いた不思議な場所というのもこれか」
「きっとそうじゃ。テレビの森というのは人間世界を映し出すといわれ、大輔はん! 聞いとるんか!」
輝二とボコモンの会話など耳にも入らなかった。木の幹を次々に見回り、知っている景色を探す。もしこことお台場がつながっているなら、仲間と連絡が取れるかもしれない。
「――さん!」
砂嵐に混じって、声が聞こえた。どこか、聞き覚えのあるような。
「大輔さん!」
声のする方へ向くと、テレビの向こうに人影が見えた。画面に身を乗り出しているらしいその顔は、大輔がよく知っていた。
「伊織!?」
大輔は目を丸くしてその木に駆け寄った。その名前を聞いて、ブイモンも飛んでくる。
幹に手を触れられるほど近づき、まじまじと見る。やはり、伊織に間違いなかった。
「伊織! 久しぶりだな!」
大輔の声が弾む。割り込むように入ってきた黄色いデジモンを見て、ブイモンも喜びに飛び上がった。
「アルマジモンも! 元気だっ」
「おみゃーら、今までどこでなにしとったんぎゃ!」
叩きつけるような大声。大輔達は思わず立ちすくんだ。温厚なアルマジモンからは考えられない剣幕だ。
伊織の表情もいつになく厳しい。
「行方不明になって、みんな探してたんですよ!」
「あ、ご、ごめん……」
思わず謝りながら、大輔は違和感を覚えていた。心配されているとは思っていたが、二人の反応はそれ以上だ。落ち着いて見ると二人とも土ぼこりまみれだ。伊織は少しやつれている。アルマジモンの体は傷だらけだった。新しい傷も古い傷もある。
「一体、何があったんだ」
大輔が真剣になって聞くと、伊織達はようやく画面から体を離した。壁やロッカーが見える。学校の教室にいるらしい。
伊織は疲れたように息を吐いてから、重い口を開いた。
「……大輔さんがいなくなった後、急に人間世界にデジモンが攻めてきたんです」
「デジモンが人間世界に!?」
「ひょっとして、デジモンカイザーがまた!?」
ブイモンと大輔の言葉に、伊織が首を横に振る。
「違います。でも、僕達にも正体はよく分かりません。ただ、街を襲うデジモンはとても強くて……誰もかなわなかったんです」
その口調に、大輔は嫌な予感がした。
「なあ伊織。太一先輩やヒカリちゃんは? 光子郎さん達は!?」
伊織はうつむいた。肩が震えている。その腕にそっと手をやってから、アルマジモンが代わりに答えた。
「残ってるのは、おれ達だけだぎゃ。光子郎は最後まで一緒にいたけど、おととい伊織をかばって……」
「そんな……嘘だろ」
大輔はよろめきそうになった。太一先輩が、みんなが? 自分のいないほんの一か月の間に?
「僕だって信じたくありません。でも……。これを見てください」
伊織が手を伸ばしてきて、映像が揺れた。映像を映している機械を伊織が持ち上げたらしい。窓ガラスが割れ、荒れた教室が一瞬映る。窓の外に向いた所で、揺れは止まった。
「これが、今のお台場なんです」
大輔は自分の目を疑った。
教室から見えるはずの海は干上がり、草一本ない砂地をさらしていた。その中に打ち捨てられた船がいくつも転がっている。丸焦げになり原型を留めていない船もある。
ビルは文字通り山のように積み重なった瓦礫と化し、陸を埋め尽くしている。ゆりかもめの高架は飴のようにねじ曲がっていた。
道路沿いの植木はほとんどがなぎ倒され、辛うじて立っている木も立ち枯れて茶色の幹をさらしている。大輔の育った街に、もう人の気配は残っていなかった。
「僕達はまだ残っていた学校に逃げ込んだんです。光子郎さんが遺してくれたパソコンと、食べ物を少し抱えて。そうしたら、急に画面が光りだして」
伊織が自分の方にパソコンの向きを戻した。泣きそうな顔で床にしゃがみ込む。
「大輔さん、生きているなら早く戻ってきてください。大輔さんがいたらって、みんなで何度も話してたんです。僕とアルマジモンだけじゃ、もうどうしたらいいのか分かりません」
「分かった。すぐにそっちに戻る!」
大輔は反射的に返事をして、デジヴァイスを取り出した。惨状を見せつけられて、じっとしていられるわけがなかった。
「大輔、どこに行く気だよ!」
振り向くと、純平達が見ていた。やりとりをずっと聞いていたらしい。
大輔は一刻も早く戻りたい気持ちを抑えて、純平達と目を合わせた。
「上手く説明できなくて黙ってたんだけど、俺はこのデジタルワールドの人間じゃないんだ。っていうかその、俺が純平達と違うデジヴァイスを持ってるのは、別のデジタルワールドで手に入れたからなんだ」
「よく分からないよ。大輔さん、僕達を置いてっちゃうの?」
友樹の戸惑った表情に、大輔は複雑な気持ちになった。
「ごめん。俺の仲間がピンチなんだ。すぐに戻ってやらないと。それが済んだら、またここに戻ってくるから!」
「守れないかもしれない約束ならするな」
輝二の淡白な言葉に、大輔は眉を上げる。その顔をまっすぐ見て、輝二が続ける。
「俺達はスピリットを得て戦える。余計な心配はしないでお前は自分の世界に帰れ」
つっけんどんな言い方だが、輝二なりの優しさだと大輔は感じた。口は悪いが性格は悪い奴じゃない。
「サンキュ。よしブイモン、帰るぞ!」
大輔は画面に向き直り、デジヴァイスを向ける。
テレビの光がひときわ大きくなり、二人を包み込んだ。
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題名が既にオチというか何というか。さらっとお台場滅ぼしてみた←
先日諸事情でお台場を訪れたのですが、景色を見ながら「ここが完膚なきまでに破壊されたらどうなるか」を考えていました。なんという危険人物(苦笑)