流離の翻訳者 青春のノスタルジア -46ページ目

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

メルマガ「翻訳ひとくちメモ」の書き出し部エッセイからもう一本。

 

 

以下は、北九州市門司区の「門司港レトロ」とそれに対峙する下関市の「はい!からっと横丁」について2017年7月末に配信したメルマガの書き出し部のエッセイに若干の改訂を加えたものである。

 

 

北九州市内には「門司港レトロ」と呼ばれる観光スポットがあり大正レトロ調に整備された建造物や施設に昨今多くの観光客が訪れている。

 

この対岸の下関市に「はい!からっと横丁」という遊園地がオープンしたのが4年前(2013年)のことある。

 

 

 

園内に設置された大観覧車のLEDイルミネーションは関門海峡の夜景に彩りを添えるとともに、ライトアップの色で翌日の天気予報を表示するという粋な演出を行っている(赤…晴れ、緑…曇り、青…雨または雪)。

 

http://haikarat.com/parkmap/attraction/01.html

※「はい!からっと横丁」ウェブサイト-アトラクションのご紹介より引用。

 

 

 

 

 

観覧車を英語ではFerris Wheelと言うが、Ferrisは設計したエンジニア、ジョージ・ワシントン・ゲイル・フェリス・ジュニア(George Washington Gale Ferris, Jr.)の名前に因んだものである。

 

なお英英辞典の定義は以下の通り。

 

Ferris wheel:

A Ferris wheel is a very large upright wheel with carriages around the edge of it which people can ride in. Ferris wheels are often found at theme parks or funfairs.

 

「観覧車とはその円周端部に人が乗れる客車(運搬車)を取り付けた非常に大きな直立型の車輪でテーマパークや遊園地でよく見られる遊具をいう」

 

 

観覧車はもちろん遊具であり交通機関ではないが、以前観たテレビドラマのプロローグがとても印象的で今でも頭の片隅に残っている。

 

「観覧車は不思議な乗り物だ。どこにも行けない。ぐるっと回って元のところに戻ってくる。でも、一度空に近づいたあの景色はいつまでも胸に残り、下に降りてきてももう忘れることはできない。」

(TBSテレビ「夜行観覧車」2013年放送 - 原作:湊かなえ「夜行観覧車」)

 

 

 

 

先日、観覧車に乗れないという若い女性と話をしたときこのプロローグを思い出した。乗れない理由は「乗る意味がわからない(楽しめない)から」とのことだった。なお、絶叫マシーンは大好きなそうだが ……。

前回の記事に書いたメルマガ「翻訳ひとくちメモ」では本論に入る前の書き出し部にショートエッセイを掲載していた。

 

その中で「翻訳における人間と人工知能の対決」について記載したものがある。以下は「翻訳ひとくちメモ」第9号の書き出し部を若干改訂したものである。

 

 

「アルファ碁」などの人工知能(AI = Artificial Intelligence)と人間の棋士との対決が巷の話題となったのは2017年春先のことだった。

 

囲碁、将棋、チェス、チェッカー、オセロなどのゲームは「ゲームの理論」(Game Theory)では「二人零和有限確定完全情報ゲーム」(Two-players, Zero-sum, Logical Perfection Information Game)に分類される。

 

このようなゲームは相手の手を完全に先読みすることが理論的に可能であり、それに基づき双方のプレーヤーが最良の手を打てば必ず先手必勝・後手必勝・引き分けかが決まるという特徴を持つ(もちろん完全な先読みが人間には不可能なためゲームとして成立する訳であるが ……)。

 

これが人工知能等のソフトウェアが開発しやすい理由と思われる。

 

 

 

 

翻訳の世界でも、そんな人間と人工知能の対決が国際通訳翻訳協会と世宗大学(韓国)の主催で2017年2月にソウルで開催された。

 

対決は人間の翻訳士4名とAI翻訳ソフト3機種が同じ課題を翻訳し、それを同協会の会長を含む3名の専門家が採点する方式で、その課題(翻訳言語方向)はハングル⇔英語(文学分野)、ハングル⇔英語(非文学分野)の合計4パターンだった。

 

人間側は30歳から55歳までの専門翻訳士の男・女4名で、対する人工知能はグーグル翻訳(Google Translate)、ネイバーのパパゴ(Naver Papago)およびシストラン(SYSTRAN)のAI翻訳ソフトという顔ぶれとなった。

 

 

 

 

結果は30点満点で人間の翻訳士の平均が24.5点、翻訳ソフトが10点と人間の圧勝となった。ただ、本イベントは勝敗よりは機械(翻訳ソフト)が人間と協業する水準程度まで進化したことが認識されたという点で評価されているようである。

 

 

その時の勝敗はともあれ ……。以来早や5年余り。AI翻訳ソフトは日々進化を続けてゆき我々翻訳会社にとって一大脅威となっていったのである。

毎年この時期になるとあちこちでヒガンバナが見られるようになる。鮮やかな赤が秋の訪れを告げている。

 

ヒガンバナは別名、曼殊沙華(まんじゅしゃげ(か))とも呼ばれる。サンスクリット語のmañjūsakaを漢字で音写したもので「天界に咲く想像上の花」を意味するらしい。

 

日本では田畑の周辺や川岸また墓地などに群生しているのがよく見られるが、その毒性から害虫や害獣を避けるために人為的に植えられたものと考えられているようである。また死人花(しびとばな)、狐花(きつねばな)、幽霊花(ゆうれいばな)など異名が多いのも特徴である。

 

学名はLycoris radiata、英語ではcluster amaryllis(群生するアマリリス)とかred spider lily(赤い蜘蛛の百合)と訳されている。

 

曼珠沙華一むら燃えて秋陽つよし そこ過ぎてゐるしづかなる径」

※一むらは一叢(群)の意味(木下利玄『心の花』1925年より)。木下利玄(1886~1925)は日本の歌人。

 

 

(英語訳)

Red spider lilies burn as I pass through the quiet streets under the strong autumn sun.

※訳者不詳

 

 

 

 

2017年2月。幼い頃から私を可愛がってくれた母方の伯父が亡くなった。晩年は認知症が進行し私を認識することもできなくなっていた。伯母は随分前に亡くなっており夫婦には子供がおらず私と弟の二人だけで見送ることになった。あの寂しい葬儀を今も時々思い出す。

 

 

2017年春頃からから既存顧客に対する訪問等の営業を積極的に行うようになった。若手エンジニアの英語力が高まってきており新日鐵関連からの翻訳・通訳の受注は次第に少なくなっていた。新日鐵以外の一般顧客に対する営業を強化する必要があった。

 

2017年5月。あるPR方法を思いついた。メールマガジン(メルマガ)の配信である。当初は登録翻訳者・通訳者向けの送信を想定していたが、既存顧客の翻訳・通訳依頼部門の担当者を含めることにした。

 

「翻訳ひとくちメモ」と題するメルマガの創刊号を2017年5月中旬に配信した。創刊号のテーマは法務分野から「Warranty と Guarantee」を取り上げ「製品の保証」を表す2つの単語WarrantyとGuranteeを比較した。

 

 

以下は、メルマガ創刊号の文面を要約したものである。

 

Warrantyは「担保、保証」の意味で、物品の売買において目的物が価格に見合うだけの品質を備えているかどうか、使用目的に適うどうか、さらに目的物が第三者の権利の目的で無いことなどを売主が保証する場合に使われる。また不動産取引にも使われ、ある不動産に何ら(所有権の)留保が無い権限を保障することをgeneral warrantyとかfull warrantyと呼ぶ。なお英文契約書等で使われるRepresentations and Warrantiesという条項は「一定の事情や事実を表明し、それが正しいことを表明者自身が保証する」ことを意味する。

 

一方でGuaranteeは「保証(人)、保証書、保証契約」の意味で、他人がその債務を履行しないときに代わって責任を負うことを約束する契約を意味する。例えばAがBとの間で「もしBがCに対し100万円を貸し付けるならば、私(A)がCに代わって返済します」と約束するのはindemnity、「もしBがCに対して100万円を貸し付け、Cがその返済をしなかったときは私(A)がCに代わって支払います」と約束するのがguaranteeである。製品の保証についてguaranteeが使われることもあるが、本来は金融取引における(連帯)保証について使われる語である。

 

上記はともに法律英語辞典による定義であるが、英英辞典にはwarranty、guaranteeともに「製品に欠陥があった場合、一定の期間内であれば製造元が無償でその製品を交換または修理することを約束する証書(保証書)」という定義が記載されており、結論的にはguaranteeは歴史的には金融取引における「保証(人)」という意味だったのが現在は製品の保証についてもwarrantyと同様に使用されている、ということだと思われる。これは英国、米国でも違いがある。

 

(英文例)

1) There shall be no warranties which extend beyond the descriptions on the relevant specification.

「当該仕様書の記載事項の範囲を超える保証は一切無いものとする。」

 

2) If and when the bank or other financing institution concerned demands additional guarantee for any such borrowings, the Parties shall provide such guarantee so far as allowed under the law.

「関係する銀行またはその他の金融機関がかかる借入に対し追加保証を要求する場合には、両当事者は、法律で許可される限りにおいてかかる保証を与えるものとする。」

 

 

このメルマガ「翻訳ひとくちメモ」は、主として文法項目の盲点などを取り上げながら2020年8月の第77号まで続き、最終的な配信先数(読者数)は300名を超えることになった。

 

台風一過。朝晩少し寒く感じられるようになった。蝉の声は聞こえなくなり秋の虫の音が一世を風靡している。台風が夜半にこんな情景を残していった。

 

百人一首 No.79

「秋風にたなびく雲の絶えまより もれ出づる月の影のさやけさ」

左京大夫顕輔(=藤原顕輔(ふじわらのあきすけ))

 

(現代語訳)

「秋風に吹かれてたなびく雲の切れ間からこぼれ出る月の光の何と澄み切って美しいことか」

 

この歌についてもの幾つか英訳が見つかった。訳者不詳のものもある。

 

1) See how clear and bright

    Is the moonlight finding ways

    Through the riven clouds.

 

2) Sleepless wind creeps through nocturnal skies,

    Sweetly cool is its autumnal feel,

    Silent radiance of occasionally appearing moon.

 

3) Autumn breezes blow

    long trailing clouds.

    Through a break,

    the moonlight—

    so clear, so bright.

    (Translated by Peter MacMillan)

 

 

「月光」を表す moonlight と同義の moonshine という単語がある。この単語、辞書を引くとちょっと変わった意味を持っている。

 

Moonshine:

1) Strong alcoholic drink that is produced illegally

「不法に醸造された強いアルコール飲料(密造酒)」

 

2) An idea or statement that is silly or wrong and does not deserve serious attention

「愚かなまたは誤った考えまたは申立てで、真面目に耳を傾けるに値しないもの(戯言)」

 

本来の「月光」の意味は辞書の第3義にある。「密造酒」の意味の moonshine は18世紀末の米俗語(スラング)で、農民たちが山間に逃れて月光の下でひっそり酒を密造したことから「月光」という単語を使って洒落て呼ぶようになったらしい。

 

The villagers had been distilling moonshine as long as fifty years.

「その村人たちは50年もの長きにわたり密造酒を蒸留していた」

 

The project manager regarded his eccentric idea as romantic moonshine.

「プロマネは彼の奇抜な発想を非現実的な戯言とみなした」

 

 

 

 

2016年の暮れの翻訳者・通訳者有志の忘年会は八幡東区の中央町で開催した。有志5名が集まった。一次会は焼き鳥が美味しい「ちんちくりん」。二次会は折尾のカラオケスナック「てんとう虫」へ。

 

 

 

その時ベテラン翻訳者のKTさんからあるお誘いを受けた。「連句」である。

 

連句とは俳諧の連歌のことで3~4名で五七五(長句)→七七(短句)→五七五→七七…と順番に句を連ねて詠んでゆくもので、普通の俳句とは異なり一句で独立して鑑賞されるのではなく、前後の句との繋がり具合が重視される。言い換えれば俳句の連想ゲームのようなものか。

 

句の詠み方には作法がありこれを式目という。また句の数により歌仙(かせん・三十六句)、四十四または世吉(よよし・四十四句)、百韻(ひゃくいん・百句)などの形式がある。

 

歌仙の三十六句を詠み終えることを「歌仙を巻き終える」という。一巻中に春・夏・秋・冬すべての季節が詠み込まれ、句の連想の流れの中に四季の移ろいを感じることができる。

 

 

テレビ番組の「プレバト」ではないが、歳時記を持ち歩くような風流な遊びがそれから2年ほど続くことになった。

 

当時のS社社長の紹介で新日鐵関連のE社の知財部門から特許関連文書(「権利要求書」)の中文和訳(簡体字⇒日本語訳)の案件が入ったのは2013年5月のことだった。

 

以前から地元の製造業から時々特許関連案件が入っていたようだが、私がS社に入社して以降は本件が初めてだった。

 

 

特許権など知的財産権関連の文書は、和訳であろうが英訳であろうが、独特な文体が使われており素人には理解しづらいものである。この知財分野に進出するためには、英語を理解するよりは「まず知的財産権について日本語で法的に理解すること」が必要だと以前から私は考えていた。

 

 

翻訳・通訳部門の売上がピークを迎えた2016年3月から一息ついた2016年5月、部門の将来のためにもこの知財分野の勉強をやろうと決意した。そして巷に「知的財産管理技能検定」という資格試験があることを知った。

 

試験のスケジュールを確認すると、直近で2016年7月に3級、2016年11月に2級が受験できることがわかった。「これしかない!」と確信した。

 

以来、毎日会社に居残って18:00以降1時間程度、帰宅してからも2時間程度は眠い目をこすりながら知財の勉強を頑張って続けた。

 

知的財産権は私の専門である法務と実務で経験している工業技術が触れ合う領域であり取っ付き易いかと思われたが、然に非ず、思いのほか歯ごたえがある分野だった。参考書の内容がすんなり頭に入るようになるまで1か月くらいかかった。

 

とは言いながら、勉強の甲斐あって2016年7月に3級に合格、また11月に2級に合格した。得点率は3級が90%(合格基準は70%以上)、2級が94%(合格基準は80%以上)だった。

 

特に、派遣詐欺により精神的に傷ついた心を抱えた8月以降、知財の勉強に専念することにより加害者に対する毒気を昇華させていくように努めた。2級の得点率が3級より高かったのはそんな努力の結果かも知れない。

 

会社の総務に相談し名刺に「2級知的財産管理技能士」の肩書きを追加してもらった。これで自信を持って知財関連の営業ができると同時に自分にもプレッシャーをかけた。

 

 

NOVAで英会話を学んだ頃の知り合いに弁理士をされているNさんという方がいた。2級に合格したら営業方々事務所を訪ねてみようと考えていた。

 

果たして2016年12月、Nさんの国際特許事務所を訪問し、旧交を温めるとともに貴重な営業情報を得ることができた。

 

 

そんな充実した気持ちの中で2016年が暮れて2017年が穏やかに始まった。2017年のブログの書初めには「荀子」宥坐編から「何のために学ぶのか?」について以下の記事を掲載している。

 

敢えて「荀子」を選択しているのは自分の考えが性悪説に傾き始めていたことを示しているのかも知れない。

 

https://ameblo.jp/sasurai-tran/entry-12234265784.html

 

 

今はちょうどこんな季節だ。台風が過ぎるまで今年の夏は終わらない。

 

「あかあかと日はつれなくも秋の風」 松尾芭蕉

 

(現代語訳)

秋の風が吹き始めていることを知ってか知らずか残暑の夕日が赤々と燃えている。

 

この句ついて幾つかの英訳が見つかった。

 

(英訳)

1) Glowing red

    Merciless the sun yet

    A wind in the autumn

 

2) Reddy, reddy the sun shines heartlessly.

    But the wind is autumnal.

 

3) Red, red is the sun.

    Relentless, still

    The autumn wind

 

4) Red and bright

    The pitiless sun

    And yet the autumn wind

 

 

 

通訳者の派遣にはリスクが伴う。2016年そんな2つのリスクケースを体験した。

 

(ケース1)

2016年3月。下関市のK社から派遣中の通訳者についてある連絡があった。「通訳者のMBさんを正社員として採用したい ……」と。彼女がやり手なことはわかっていた。K社の判断もまあ当然のことだった。

 

結局、彼女の年齢や資質、また本人の希望等について面談し「ここでK社の正社員になっておいた方が彼女にとってベター」と判断して彼女の背中を押した。

 

S社⇔K社間の契約は紹介予定派遣ではなく一般派遣であるため基本的に手数料(紹介料)は請求できない。今思えば、利益を削って派遣単価を下げ少しでも派遣契約を継続させるなどの手があったかもしれない。

 

結論的に言えば、派遣契約には貴重な人材を社外に流出させるリスクがあるということである。

 

 

 

(ケース2)

2016年夏。新日鐵関連のE社から米国アラバマ州C社への2回目の通訳者派遣の案件が入ってきた。今回は季節が悪い。現地は毎日35℃を超える猛暑だという。高齢のUさんの再度派遣は難しかった。

 

適当な男性通訳者の手持ちが無くネットで募集をかけることにした。茨城県のT市の60代前半の男性Aから応募があった。

 

歳は食っていたがAの「職務経歴書」によればそれなりの工業系通訳の経験を有しているように思われた。とりあえず「一般ビジネス」および「工業技術」の和訳・英訳のトライアルを実施して翻訳能力をチェックした。60%程度の出来だったが技術会議の議事録等の作成は可能と判断した。

 

さらに通訳者のUさんを茨城県のT市に赴かせ直接Aと面談させた。通訳能力をチェックする必要があった。Uさんの判断は「まあ大丈夫だろう」というものだった。

 

これらの結果を受けてAを契約社員としてS社で雇用しE社に派遣する手続きを進めた。2016年7月にAの採用面接をS社の本社で実施し8月上旬にAを渡米させた。

 

私が受けたAの印象は「人が好い田舎者」といったもので決して悪い印象はなかったが ……、この男渡米後に豹変した。

 

E社のプロマネから国際電話で連絡(クレーム)が入ったのはAが渡米して間もなくの日本の盆休み前のことだった。クレームの内容は、①Aに全く通訳の能力(やる気)が無いこと、また②Aに工場構内の通訳に耐えうる身体的能力(体力)が無いこと、だった。

 

①ついては、逐次通訳の際にAは「全然わかんねぇ!」などと平気で口走るらしい。プロの通訳者たる意識が無い、と言うか全然真面目にやっていない。②については現場が35℃を超える猛暑で建屋が3階建でエレベーターも無いなど過酷であることは事前にAに説明済みだったが、年齢的に厳しかったのかも知れない。

 

プロマネが言うには「Aが作業中脚を引きずるような仕草をするため労災でも起きやしないかと心配でならずとりあえずホテルで待機してもらうことにした」とのことだった。これも演技(仮病)かも知れないが日本から連絡してもAに繋がらず問い質すこともできなかった。

 

とにかくAを一刻も早く帰国させて雇用契約を解除しようと思ったが、雇用契約は簡単に解除できない。少なくとも30日前の解雇予告(または解雇予告手当)が必要となる。

 

今回のように労働者(派遣通訳者)側に悪意がある場合、実に面倒な交渉や結果的に無駄なコスト(損失)が生じることとなった。このときは自社の総務グループリーダーが対面で対応してくれた。男気のある人だったが大変な負荷をお掛けしてしまった。

 

私のAに対する調査不足が今回のトラブルの原因であることは明らかだった。後に判ったことだが、Aはある派遣詐欺グループのメンバーだったようである。

 

このとき、派遣契約・雇用契約は安易に締結してはならないこと、また赤の他人を簡単に信用してはならないことを肝に銘じた。

 

 

 

2016年の夏は休暇を取って旅行に行くこともなく後悔の念の中で虚しく過ぎていった。その一方で、私はこのトラブルが生じる前から将来に備えてある分野の勉強を密かに進めていた。

 

こちらでは今日も気温が33℃を超えた。平年より5℃ほど高いらしい。しつこい残暑が続いている。

 

 

一昨日の「中秋の名月」は生憎の曇天でこちらでは拝むことができなかったが、今日やっと夜空が晴れた。今日の月は「立待月」(たちまちづき)と呼ばれる。

 

以下は「中秋の名月(中秋月)」を詠んだ「蘇軾(蘇東坡)」(1036-1101)の漢詩である。ブログ開設当初の2011年9月の記事でも紹介している。光陰矢の如しである。

 

 

「中秋月」                     蘇軾

 

暮雲収盡溢清寒               暮雲(ぼうん)収まり尽きて 清寒(せいかん)溢(あふ)る

銀漢無聲轉玉盤               銀漢(ぎんかん)声無く 玉盤(ぎょくばん)を転ず

此生此夜不長好               此の生(せい)此の夜 長(とこしなへ)に好(よ)からず

明月明年何處看               明月(めいげつ)明年 何れ(いずれ)の処にか看(み)ん

 

(現代語訳)

日暮に雲は消え去り爽やかな涼気が溢れている。

音も無く流れる銀河(天の川)に宝石で作られた皿のような明月が現れた。

これほどに素晴らしい人生、素晴らしい夜だが、それが永遠に続くことはない。

来年はこの月を、果たして何処で眺めていることだろう。

 

 

今が素晴らしい人生などとは決して思ってないが「まあまあの人生かな?」と昨今やっと思えるようになった。そこが11年前と大きく異なるところだ。今後も緩やかに穏やかに楽しく人生を送ってゆきたい。

 

 

毎年この時期になると「夏の思い出」を振りかえる。コロナ禍での三度目の夏。大した思い出も作れなかったが、自分の街にこんなに素晴らしい夜景があったことを初めて知った夏となった。

 

また杏里の「夏の月」はパートナーと付き合い始めた頃よく聴いた曲である。儚くも美しいメロディが哀しい。

 

 

「永遠の美少女」と聞いて思い浮かべる往年のアイドルや女優は人それぞれだろう。私の場合、自分と同じ年の岡田奈々さん。彼女こそ私にとっての永遠の美少女である。彼女の映像に同年齢の自分への思いを馳せる。

 

 

 

 

 

閑話休題 ……。新日鐵関連のE社から環境関連の納期も近づいた2016年2月下旬、同社別部門から今度は海外(米国)への通訳者の中期派遣(2か月程度)の案件が入ってきた。

 

E社はSV(スーパーバイザー)と取引先である米国企業C社に派遣し、通訳者はC社工場構内でE社の設備の据付や試運転についてSVとC社米国人労働者の間のコミュニケーションをサポートする。

 

年齢や体力が懸念されたが、本案件について私は技術通訳に豊富な経験を持つUさん(S社OB)をアサインした。季節的に熱中症などの心配も無かった。工場は米国アラバマ州のMという港町にあった。

 

 

 

環境の大型翻訳案件のチェック・納入を進めながら、海外への通訳者派遣の段取りをこなしてゆくのは相当な負荷があったが、他人に任せられる仕事でもなく頑張るしかなかった。

 

環境の大型翻訳案件はどうにか顧客の指示通りに2016年3月中旬に納入を終え、またUさんも3月下旬に無事渡米した。

 

 

①2015年10月からの下関市のK社への通訳者の長期派遣、②E社からの環境関連設備に関する大型翻訳案件、③同じくE社からの米国C社への通訳者の中期派遣などの案件を受けて、2015年4月~2016年3月期の翻訳・通訳部門の売上・収益は過去最高を記録した。

 

S社では毎年3月に業績賞与(インセンティブ)が支給されるが、予想以上の報酬を得ることができた。

 

 

 

翻訳・通訳部門の行く末は順風満帆に思われた。また、翻訳・通訳のコーディネートや営業についても自分なりに自信を持ち始めていた。

 

 

ただこのひと時こそが翻訳・通訳部門の最盛期(zenith)だったことを後々知ることになった。

 

2015年12月下旬、新日鐵関連のE社から環境関連の英訳案件について連絡が入った。

 

内容は環境関連設備の取扱説明書、運転方案書、検討書、計算書などでファイル数約70、原稿の日本語文字数約100万文字、ページ数はA4サイズで約1,000ページあった。但し納期は2016年3月中旬という。

 

「果たして引き受けるべきか ……?」と思案した。一案件でこれほどの規模のものは経験が無かった。また納期も相当厳しい。ただ売上高は単独で確実に1,000万は超える。結局「やるしかないか!」と引き受けた。

 

 

 

2015年12月末までに第一期の原稿群が入ってきた。原稿の内容を確認して数名の翻訳者をアサインした。近郊の翻訳者には来社してもらい直接原稿を見てもらった。英訳対応の可否を確認のうえ翻訳したい原稿を選択してもらった。

 

年内最終営業日は、通常昼から大掃除、午後3時から納会というスケジュールとなっていたが翻訳・通訳部門は大掃除の時間が無く納会のみ参加し、物々しい雰囲気まま年末・年始の休暇へと突入していった。

 

 

2016年は大型案件の緊張感の中で明けた。2016年の冬は一般的には暖冬と言われているが、ここ北九州では1月下旬から厳寒となった。一日の最高気温が零下という異常な低温が続いた。

 

 

 

私は訳語の標準化、英訳のチェック、編集後の最終チェックと全体の進捗管理を担当したが、原稿量に対する納期の厳しさを日々感じつつ完成品の納入を随時進めていった。

 

 

2016年1月下旬、巷ではインフルエンザが流行り始めていた。インフルエンザには30代の前半に罹ったのが最後で「俺が罹るわけがないっ!」と高を括っていた。

 

……が、過労が祟ったのか2月初旬インフルエンザに罹患した。4日間ほど病休を取ることになった。進捗状況がだんだん厳しくなっていった。

 

設計部門と合わせて100名以下の職場だったが、社長を含めて20名以上がその年インフルエンザに罹患した。翌年以降、会社はインフルエンザ・ワクチン接種費用を会社負担することとし、私も翌年以降は必ずインフルエンザ・ワクチンを接種している。

 

 

 

インフルエンザの影響はあったものの本案件は納期までに何とか全ての原稿の英訳を納品することができた。ただ、一部品質のキープが難しいところもあった。

 

 

やはり品質と納期を両立させることは難しいということを改めて思い知らされた案件となった。

 

以前のJR折尾駅は実にわかりにくい構造だった。

 

JR鹿児島本線、福博ゆたか線、筑豊線、若松線のジャンクションになっており、乗り換えのために一旦駅改札を抜けて再度駅構内に入らなければならないケースもあった。

 

折尾駅の鹿児島線下りホームに以前は「東筑軒」があり名物の「かしわうどん」を何度か食べたことがあった。

 

 

 

 

この折尾駅の近くに門司港レトロに次ぐ北九州のもう一つのレトロ地区がある。折尾堀川沿いの飲み屋街だ。昭和のノスタルジックな風情が漂っている。

 

ベテラン翻訳者のKTさんに誘われて堀川沿いに行くようになったのは2015年の秋頃からだった。角打ち、居酒屋、そば屋、ラーメン屋、餃子専門店などいずれも安くて美味い。

 

但し居酒屋のママさん等の平均年齢は70歳に近い。こんな店を別名「おばけ屋敷」という。

 

居酒屋に入ると何故か英語圏の外国人が多いのも不思議な話だ。店内で英語が飛び交っていたりする。結構飲んで食って1,500円くらいの店もある。果たして採算は取れているのか?

 

 

歴史を紐解くと、堀川沿いの飲食店街は筑豊の炭鉱の隆盛ともに発展したそうで、最盛期は昭和30から40年代。当時は40軒ほどの店があったらしい。

 

折尾駅周辺の再開発に伴い飲食店街を含む区画は閉店や移転されることになったが、昨今の状況は知らない。「門司港は残されて何故堀川沿いは撤去なのか!?」と長年愛されたノスタルジックな街並みを残したいと願う声も多い。

 

 

 

 

2015年12月、そんな堀川沿いで翻訳者有志による忘年会を挙行した。一次会はKTさんお勧めの堀川にしては綺麗な店だった。二次会はカラオケ・スナック「てんとう虫」(果たして今もあるのだろうか?)

 

忘年会のときでは無かったが、俳句を嗜むKTさんが「てんとう虫」前の路上で夕空を眺めながら以下の句を詠んだ。

 

「飛び立ちて空色になるてんとう虫」

 

 

 

そんな穏やかな2015年の暮れだったが実は「嵐の前の静けさ」だった。その後年末にかけて新日鐵関連の顧客から環境関連の超大型案件が入ってくることは、このとき知る由も無かった。