旧友との再会は楽しいものである。杯を重ねるにつれて当時のことが思い出されてタイムスリップしたような気持ちになる。還暦を過ぎてからそんな機会が多くなってきた。
路を歩けばあちこちから金木犀の甘い香りが漂ってくる。柿の実が日々熟れてゆき紅葉が少しずつ始まる季節となった。日本の秋は美しい。
もう一つだけ「秋風」関連する漢詩を掲載する。
「曹丕」(字は子桓(しかん)、187-226)は「曹操」の子で、最終的には彼の後継者として魏の初代皇帝となった。
幼い頃から巧みに文章を書き武術では騎射や剣術を得意としたらしい。魏の皇帝としても博聞強識、才芸兼備で詩賦を能くしたと伝えられている。
「典論」を著述して文学独自の価値を宣言し、また多くの儒者に命じて最初の類書(内容を事項によって分類・編集した書物)とされる「皇覧」を編集させたことでも知られる。
「燕歌行」の冒頭部は、武帝「秋風辞」を彷彿とさせる。このように古詩に倣う技法を「擬古(ぎこ)」という。但し、中身は戦場の夫を想う妻の心境を切々と詠んだもので「秋風辞」とは全く趣が異なる。
「燕歌行」 曹丕子桓
秋風蕭瑟天気涼 秋風蕭瑟(しょうひつ)として天気涼し
草木搖落露為霜 草木搖落して露霜となる
羣燕辭帰雁南翔 群燕辞し帰りて雁南に翔び
念君客遊思断腸 君が客遊を念えば思ひ腸(はらわた)を断つ
慊慊思帰戀故郷 慊慊(けんけん)として帰るを思ひ故郷を恋わん
君何淹留寄佗方 君何ぞ淹留(えんりゅう)して他方に寄るや
賤妾煢煢守空房 賤妾煢々(けいけい)として空房を守り
憂来思君不敢忘 憂い来りて君を思い敢えて忘れず
不覚涙下霑衣裳 覚えず涙下りて衣裳を霑(うるお)すを
援琴鳴絃發清商 琴を援(ひ)き絃を鳴らして清商を発し
短歌微吟不能長 短歌微吟すれども長くすること能わず
明月皎皎照我牀 明月皎皎として我が牀(しょう)を照らし
星漢西流夜未央 星漢西に流れて夜未だ央(きわま)らず
牽牛織女遥相望 牽牛織女遥かに相望む
爾獨何辜限河梁 爾独り何の辜(つみ)ありて河梁に限らる
(拙・現代語訳)
秋風が侘しく吹く涼しい季節となり、草木は葉を落とし露は霜となりました。燕の群は去り、雁は南へと飛んで行きました。
あなたが旅の憂いに沈んでいることを思うと腸(はらわた)が引き裂かれそうな気持ちになります。心が満たされないまま、すぐにでも帰りたいと故郷を懐かしんでおられるのではありませんか。何故いつまでも異国に留まっておられるのでしょう。
私はあなたの留守の家を独りで守っていますが、あなたのことを片時も忘れることができず、知らず涙がこぼれて衣装を濡らします。
琴を弾き弦を鳴らし澄んだ音を出してみましたが、歌えば声が小さくなってしまい、とても長く歌うことはできません。
月光が煌々と私の寝床を照らし、天の川も西に傾きましたが夜の帳はまだ明けることはありません。
牽牛と織女は遥か天の川を隔てて向かい合っています。私達は一体何の罪があって、このように引き離されてしまったのでしょうか。