CEOコラム -33ページ目

column401 お客様と共に製品やサービスを創造する

今最先端のマーケティングの考え方は、お客様との「共創」ということらしい。
考えてみれば我社の歩みは「共創」の歴史ともいえる。
コトラーのいう「共創」とは手法はかなり違うし、仕掛け・スケールも違うが…。

ビジネスを始めた頃は全てがないものづくし。
売りたい商品をお客様に勧めると50%は批評・否定・説教される。
しかしその中の10%は話をしているうちにどちらからともなくアイデアが出る。
ほとんどはお客様のアイデアであるが今でも販売している商品もいくつかある。

ニーズは常にお客様の問題意識の中にあるケースが多く、通常は顕在化していない。
コミュニケーションの中で互いがひらめき、売りのアイデアが溢れている。

時代は「Web上の相互コミュニケーションで売りのアイデアをどう共創してゆくのか?」というステージに入った。
できるだけ多くのお客様の声をひとつの方向へ導びくにはどうすればよいか?
どうしたらお客様の潜在ニーズを引き出せるのか?
仕掛けはかなり難しい。
心理学を学ばなければ答えは出ないかもしれないが、相手の立場にいかに立てるかが勝負の決め手であることは言うまでもない。

column400 ウォーキングとルーティンワーク

5月から始めたウォーキングが半年続いた。
目標1日10,000歩に対し、結果は11,700歩。
体重は6kg減り、カラダが日中だるくなることもなくなった。
何よりもプラス材料は気持ちが前向きになることだ。

今まで何年もチャレンジして三日坊主で終わってしまっていた様々なルーティンワークがパーフェクトでないにしろ80%はできるようになった成果は大きい。

ドラッガー曰く
「成果は目標に向けた習慣によってのみもたらされる」
とは言え、この半年の間様々な障害が待ち受けていた。

まず「仕事での移動」。
これは現地で公園を見つけ解決。

次に「泥酔した翌日」。
これはほとんど毎日歩けず、しかし昼食時に1時間歩くことによってカバー。

次に「海外」。
正直これが一番の障害だった。
スケジュールは自分が決められないケースが多く、集合が早朝の場合は歩けず。
移動日は空港内をひたすら歩いてなんとか乗り切る。

次に「雨の日」。
はじめは傘をさして歩いていたが、レインウェアを探し購入。
因みにレインウェアはフィッシング専門店が一番充実していた。

次に、今直面している「寒い日」。
日の出が6時30分ぐらいで日の入りが16時30分。
とても早朝から歩きたくないし、夏のように4時には起きられない。
そこで朝・昼・夕の3分割ウォーキングに変えた。

公園も寒くなるとメンバーが半分は入れ替わり、若い人は減り、リタイア世代が大半を占めるようになった。
歩きながらiPodで英語を聞いているが、以前より多少聞けるようになった程度で歯がゆい。

column399 投資スタンスの転機

今、投資は事業にしろ個人金融にしろ忌嫌われている。
事業への投資は好景気に戻れば今後ビジネスの伸びる部門へ実行することは誰でもやる。
しかしカネがカネを生む世界に投資することは今も好景気の時期も多少罪悪感が伴う。
なぜだろう。

保険・銀行など、金融は全てカネにカネを生ませるビジネスだが、運用部門になるとマネーゲームになる。
今の世界金融恐慌は、実体経済とかけ離れた金融工学に基づいたデリバティブ取引が問題視されている。

デリバティブ(金融派生商品)のひとつで、現在世界に7,000兆円という日本の国家予算の何十倍の規模のCDSが、巨大な損失を内包し破裂寸前の状

態にある。

「カネさえあれば幸せになる」という幻想的考えが根底にあるに違いない。
本来個人ベースで人や会社に投資する場合、相手の信用力や将来性そして何より共有する夢・ビジョンがあることが前提となる。
私も投資スタンスが「カネさえ儲かればよい」に知らず知らず傾いていたように思う。

企業の理念、それに基づくトップの考え方、事業内容への共感、社会性の有無を充分考慮した投資に切り替える大きな転機にしたい。

そんなことを考えている間に世界中の国で表面化しないようにしていたCDSがいつ爆発するのか見当もつかない。
しかしビッグバンは安心した頃にやってくる。
会社もそんな状況を見越していくつもの戦略オプションを用意しておかねばならない。



※CDSとは
クレジットデフォルトスワップ(Credit default swap)の略。銀行がリスクのある顧客に金を貸すときにかける保険のこと。AIGはその保険引き受け手の最大手だった。

column398 無自覚の選択

我々が触れるメディアの中で無自覚に選択している順番を並べると以下になる。
(1)テレビ
(2)ラジオ
(3)チラシ
(4)新聞
(5)雑誌
(6)インターネット
上から順に下に行くほど自らの意思で接触する。

特にテレビはヒマだとつい観てしまう習慣がある。
毎日観ているうちにテレビの内容をそのまま無自覚に受け入れている自分がいる。
無自覚な選択は責任がないため考えることはない。
ただ、ひたすら受け入れる、良い・悪いの二次元的発想になってくる。

テレビで放映していたことを話題にしてその内容が違っていた場合は、自分の考えでないとテレビのせいにできる。
それを繰り返しているうちに自分の意思の確認がどんどん希薄になっていく。

最後は職場においても曖昧な指示や受け答えになり、どちらでも取れるような返事をして結果に誰も責任を取らない集団になっていく。
情報に対して自らの明確な意見とそれに対する行動の意思が生まれるとき情報は価値を持つ。
全て情報に対して人ごとの態度を取り続けていることは会社を崩壊に導く。
何よりも本人が楽しい人生が送れない。
流れにさおをさすのは自らが選択した情報に対しどの程度行動すべきなのか考えることからはじまる。

完璧はない。
しかし日記をつけていないと自らの考えは進化していかない。
日記は自らを振り返ることにより、自らの考えを構造化する効果がある。

column397 困ったときの精神安定剤としてのドラッカー

社員が成果を上げるポイントとしてドラッカーは指摘する
(1)働きやすい環境すなわち成果を出せる環境を意図的に作り上げ、定期点検をする
(2)自らの能力や存在を成果に結び付けられる習慣的な力を身に付ける

この2つは常に点検しているつもりだが、社員の成長・会社の状況・マーケットの変化により複合的に変化していくので経営者にとって最も難しく感じる。
働きやすい環境とは、社員が受身の仕事から自ら仕事を作り責任を全うする力がつくまで会社がいかに刺激を与えられ続けられるかという勝負になる。
上司との相性、家族の問題、本人の資質・やる気、会社の人材育成など、考えすぎてもいけないが能力の発揮しやすい環境というのは確かにある気がする。
しかし本来、人はどんな環境下にあっても与えられた状況を変化させうる力を持っている。
それがドラッカーの言っている(2)の習慣に違いない。

毎日新聞を読んでいれば読まずにいられなくなるように、半年間毎日目標に向け、急ぎではないが重要なことをやり続けたとき、きっと大きな成果が我々を待っている。

column396 NHK 「仕事の流儀 脳活用法SP」 を観て

「100人のその道のプロはここ一番でどうしたか?」を分析した。
非常に興味深い内容だった。
テレビを観た人も多いと思う。
私なりの納得をコラムにしてみた。

(1)アイデアを出したいときどうしたか
100人の共通項目⇒情報が遮断されている場所に身をおく
確かにいいアイデアはトイレ・風呂・新幹線の中と狭い場所に孤独でいるとき思い浮かぶ。
私は東京─名古屋間を毎週往復しているので、のぞみ車中は絶好の考えるスペースになっている。
ケータイがつながりにくく人と話さない大切な100分間である。

(2)プレッシャーをはねのけるにはどうしたらよいか
多くの共通項目⇒勝負のときは決まったルーティン・段取りで挑む
イチローはいつもストレッチから打席に入り打つまで同じ段取りと時間割で気持ちを落ち着かせているようだが、私の場合は朝のウォーキングが気力を充実させる源となっている。
プレッシャーに克つというよりストレスの発散と脳の活性化のためかもしれないが。

(3)スランプのときどうするか
ほとんどのプロの共通項⇒笑うこと
意図的でもよいから笑うと前頭葉が活性化されるそうだ。
確かに私も朝は意図的に声をかけたり、作り笑いをして仕事を始めている。

(4)自らのモチベーションを上げる為にどうするか
プロの共通項⇒A:自らの小さな成功体験を思い起こす B:あこがれの師匠を思い出す
私の場合負けず嫌いだからこの人に負けたと感じた瞬間、ライバルとなる。
師匠というより強いライバルが自らを奮起させる。
自分との闘いを忘れ、人と勝負したくなる過去と決別し、尊敬できる偉人と知り合い、その人に近づくために自らを変革すべきことは自明の理である。


 

column395 今がチャンス

そんな気持ちで悲観論に満ち溢れた世界、日本、我社の現状と未来を分析しようとした1週間であった。
買った本は
(1)ソロスは警告する [講談社]
(2)悩めるアメリカ [日経文庫]
(3)本質を見抜く力 [PHP文庫]

人の未来は不確定要素に満ち溢れている。
普段はあまり意識せず生きているが、ひとたび予期しない変化(災害、身の周りの不幸、ビジネス環境の大変化)や自分の病気がやってくると、意識しなかった自分の不確定な未来が今突然襲い掛かってきているような錯覚に陥る。(潜在意識の顕在化)
ピンチやスランプはチャンスと頭でわかっていても、実際に見える世界が悲観的に見えるのはなぜか?

ア)ピンチの本質がわかっていないからではないのか?
イ)自らの明るい未来に確信がもてるほど考えていないのではないか

この2つの命題を自らのテーマとし、今整理している最中なのだ。


サブプライム問題そのものでなく、それがきっかけで起きている世界の混乱の本質は何か。
(1)金余りから金不足へ、マネーフローの減少が実体経済へ波及する
(2)世界中にバラまかれたドルや米国債その他の米国発債権・株式が売られることにより米国が破綻する可能性が出てきた
(3)米国が破綻を回避するため戦争を仕掛ける可能性がある
(4)サブプライムは単なるきっかけであり、過去10年間先進国で実施された通貨の過剰な供給は、あらゆる資産を制御不能にした


ではそれが我々にどんな影響を及ぼすのか?
この世界経済の混乱の中、ひとつ言えることはこの先ハイパーインフレの時代が来そうということだ。
厄介なのは一旦デフレ(流動性低下による資金不足のため)になり、突然全ての通貨の価値が下落し始めるのだ。
そうしないとこの混乱は終わらない気がする。
商品・不動産・株はいずれ再び上昇を始める。
それがいつ起きるのかはわからない。

自らの未来はこうした世界の未来とリンクはするが、こんな戦国時代はおもしろい。
守りと攻め、自らの考えが当ったりはずれたりする。
はずれたとき破綻しない準備と自らのビジョンを再構築する時期が今なのかもしれない。

column394 量子論と人生

「人は他人との関わりにおいてしか幸せを実感することが出来ない」
この命題を検証してみたい。

まずは研究者。
どんな分野の研究者も「真実の追究」、つまり我々を取り巻く世界の一部を知ろうとして、書物を読み自ら考え、自らの研究テーマの答えを求め続ける。
一見、人との関わりが全くないように見えるのだが、「本を読む」こと自体が過去の人が考えた知識に触れているわけで、人類の歴史の積み重ねを自らの中に取り込んでいることになる。
又、研究の成果を後世に残したいと思う研究者も結局は人類の役に立っているという満足感を求めているに違いない。

次にスポーツ選手。
室伏のような孤高の一流選手は一見人の為でなく自らとの戦いだけに没頭しているように思えるが、金メダルを取ったときの喜びは人に認められたことに対する喜びに満ち溢れていた。


一方量子論の世界の話はこの人間関係に近い側面がある。

その前に量子論のポイントを整理しておきたい。
1)全ての物質の最小単位は素粒子であり、波でもある。これを量子(パケット)という。
※携帯のパケットと同じ

2)全ての物質はエネルギーに変化可能で、エネルギーは物質に変化することが可能である。E=mc²

3)物質の最小単位であるパケットが剛体に見えるのは、原子核のまわりを電子が毎秒600マイルで動き、円盤のようになっているからである。

そして人間関係に近い側面は、パケット(量子)を最小単位に分割することは不可能で全体の中で部分が互いに関連しあう複雑な織物であるのだ。
すなわち物質はそれ単体では存在することすら出来ないものであり、人間が独りで生きていけないことに大いに関係があるような気がするのだがいかがであろうか?

column393 100年に1度の大転機が来た

株が連日息つく暇もなく下がっている。
ナンピン(下値買い)してもまだ下がる。
ドロ沼に両足を突っ込んだ状況になってきた。

私もこれで3年連続損をしている。
なぜ上がると思う株が上がらず売ってしまった株が上がるのかと低次元の考えをする時期ではなさそうだ。
娯楽としての投資から、学習し続ける投資に転換するときが来たようだ。

モーニングサテライト、日経CNBCはここ5年ほぼ毎日観ていたが、そこで語られる現状分析、未来予測を聞いているとさも自分が経済に関して何でも知っている気になってくるから不思議だ。
予想は占いと同じレベルで50%の確率でしか当たっていない。
ならば見て買ってもあまり意味がない。
特にチャート分析銘柄紹介は曲者である。

ぼやきはさておき、ビジネスも投資も変化を先読みしてどんな変化にも対応しつつ成功を収めたいと誰しも考える。
ところが未来の読み方の基本スタンスやパラダイム(認識の枠組み)を理解していないために、予測と願望の区別がつかなくなってしまっている。
本来、予測は「自らの目的・目標にかなった今ある未来を現在から探すこと」からはじめるべきなのだが、願望が強すぎると5年後の未来が2年後の未来に思えてくる。
ここが経営者としては最も注意を払わねばならないポイントと考える。

ソニーやホンダは先を読みすぎて本来ヒット商品になるべき傑作を何度も過去不発にしている。
日本を代表する大企業でさえ誤ることがあるのだ。

株に至っては、バフェットかソロス以外は予測が外れることの方が多いのではないだろうか?
ただ、ビジネスも投資も勝っている人は勝ちの時大きく儲け、失敗の損失は最小限にとどめていることだろう。
ではバフェットやソロス、そして世界の名経営者はなぜほとんど失敗がないのか?
次週はこのことについて考えてみたい。

column392 私の生きる使命と存在理由

こうしている間にも死は1秒1秒迫っている。
私はなぜ今生きているのか、私はなぜ今こうしてコラムを書いているのか?
誰かに何かを伝えたいと思っているのか、自分を納得させるために書いているのか?
何故仕事をするのか? それでは仕事がなかったら何をするのか?

答えはあるが確信がない。
確信するべきなのか。
しかしこれはするべきと考える。


「喜びあふれた楽しい人生をおくりたい」

誰もがそう思う。
しかし現実はそんな時もあるがそうでないときもある。
なぜそう願っているのにそれが続かないのか?
喜びは相対的であるに違いない。
だが誰もが同じようにうれしいことがある。
それは人から認められる時、さらに賞賛されるときだ。
ひょっとしたらその為だけに生きている人も大勢いるかもしれない。

美味しい食べ物  千差万別
達成感 レベルの差がある
お金 レベルの差がある

お金ほど喜びに差が出るモノも珍しいかもしれない。

10億円持っている人に50万円
1,000万円持っている人に50万円

資産比率からしたら100倍の差がある。
100倍の喜びの差はないにしても、10倍の差はあるだろう。
ではどちらが50万円を大切に扱い、明日に生かすのか?
これはもちろん人により差があるが、おそらく10億持っている人の方が大切にするだろう。
お金はお金を持っている人に吸い寄せられ、大切にされ、そして有効に使われることを望んでいるに違いない。

人との出会いも同じだとすれば、相手を大切にしなければ相手は自分を認めてくれることもない。
結局は人との関わりの中においてしか喜びを見出せないにもかかわらず、関わることに意識が向かないのはなぜだろう。
自らの生きる使命はできるだけ多くの人に関わり、お役に立てることに違いない。
お役の立ち方にもいろいろあるが、自分と対話していなければ自分がシャープに表現できない。
そのバランスがなんとも難しいのだ。