中学3年3学期の覚えたい言葉
上善若水
老子
上善(じょうぜん)は水の若(ごと)し
水は善(よ)く万物を利(り)して而(しか)も争(あらそ)わず
衆人(しゅうじん)の悪(にく)む所に処(お)る
故(ゆえ)に道に幾(ちか)し
上善若水
水善利万物而不争
処衆人之所悪
故幾於道
新潟県南魚沼群の湯沢に白瀧酒造がある。
その代表酒、「上善如水」をご愛飲なさっている方もたくさんいらっしゃると思う。
その白瀧酒造のHP社名の横には、 ミズノ ヨウニ イキルノサと掲げてある。
まさに明快である。
水は、高きから低きへ、器により形を変え松陰先生の訓えの「道」そのもに思える。
わが地黒田藩の黒田家、家祖、黒田如水の訓えも以下にある。
「水五訓」 王陽明
一.自ら活動して他を動かすは水なり
二.障碍(しょうがい)に遭(あ)いて激し、その勢力を百倍するは水なり
三.常に己れの進路を求めてやまざるは水なり
四.自ら潔(きよ)うして他の汚濁を洗い、しかも清併せ容るるは水なり
五.洋々として大海を満たし、発しては雲となり、雨と変じ、 凍っては玲瓏たる氷雪と化す しかもその性を失わざるは水なり
諸君、お酒は二十歳になってから。
おいしいお酒を飲めるよう、日々これ精進、私の場合は小人、ミズノ ヨウニ イキルノサ。
中学2年3学期の覚えたい言葉
將進酒
李白
君見ずや 黄河の水 天上より来たるを
奔流 海に到りて復た廻(かへ)らず
君見ずや 高堂(こうどう)の明鏡 白髪(はくはつ)を悲しむを
朝には青絲(せいし)の如きも暮には雪となる
人生意を得れて須(すべか)らく歓を尽くすべし
金樽をして、空しく月に對(たい)せしむる莫(なか)れ
君不見黄河之水天上來
奔流到海不復廻
君不見高堂明鏡悲白髪
朝如青絲暮成雪
人生得意須盡歡
莫使金樽空對月
中学生に酒を飲めという詩を覚えろというのは、酷ではないかとお思いであろう。
しかし、大人になってこの歌を、諳んじて、意味を知った時、必ずや当人は酒飲みになっており、また、人としての幸せを感じるであろう。
現に今の私がそうである。
ごらん、 黄河の水が天上より流れてくるのを
その流れは海まで行って帰ってくることはなく
ごらん 一戸建てに住むおやじの、鏡に映る白髪をみて、悲しんでいるのを
朝には黒糸のような髪が 夜には雪のように真っ白になっているだから(あるだけましか)
人生 自分の思うように楽しもうではないか
黄金の酒樽を ただ空しく月に照らさせてはいけない。
ただ月に照らされる黄金の樽は持っていないが。
中学1年3学期の覚えたい言葉
題桂花美人
高啓
桂花の庭院 月は紛紛(ふんぷん)
霓裳(げいしょう)を按(あん)じ罷(や)んで 酒半ば醺(くん)す
一枝を折り得て 携(たづさ)へて袖に満つ
羅衣(らい) 今夜 熏(くん)するを須(もち)ひず
桂花庭院月紛紛
按罷霓裳酒半醺
折得一枝携満袖
羅衣今夜不須熏
金木犀の花が香り咲く庭には月の光がこうこうとさし、
胡弓の演奏も終えれば、ちょうど酒も回ってきた。
金木犀を一枝折って袖に入れれば
今夜は衣に香を焚くまでもない
10月も上旬になると、わが団地もどこからともなく金木犀の香りが漂う。
高啓先生も「羽衣の曲」(天女が水浴び押している時に、「天衣」を盗まれたという謡曲)を聴き、すっかりできあがって、そのまま眠りに就いたのであろう。
私も昨晩は月見でほろ酔い、羽衣伝説の夢を見るべく、 ギャッツビーのシャワーフレッシュ(オーシャンシトラス)の柑橘系の香りをまといTVの木村卓也氏のごとく、スタイリスティックスの「愛がすべて」を聞きながら眠りに就いた。
今朝起きて、iPod touchの電池切れがむなしかった。
中学3年2学期の覚えたい言葉
「春望」
杜甫
国破れて山河在り
城春にして草木深し
時に感じては花にも涙を濺(そそ)ぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
烽火 三月に連なり
家書 万金に抵(あた)る
白頭 掻けば更に短く
渾(すべ)て簪(かんざし)に勝(た)えざらんと欲す
国破山河在
城春草木深
感時花濺涙
恨別鳥驚心
烽火連三月
家書抵万金
白頭掻更短
渾欲不勝簪
杜甫が長安で安録山の反乱軍に軟禁されていた時に詠まれたもの。
国は破れても山河はそのま残る、花は涙を流し、家族の別れに鳥も悲しむ、花は涙を流して、戦争は終わりそうにないし、家族の安否がわからなければ、髪がなくなるほど心配だ。
実に家族思いである。
希望喪失二極化社会になって久しい、昨晩もNHKで現代の貧困のドキュメントを見ていた。
ひょっとして、戦争の種類は違えども、おやじは、四面楚歌の環境ではみな同じ心境ではなかろうか?
お月見2
昨夜は見事な月夜であった。
一片の雲を従え凛と中空に浮かぶ姿は、まさに野に咲く一輪の虞美人草のごとくであった 。
お月見と言えば古来からだんご。
十五夜は、中国から伝わり、その中国では中秋節として、月餅を供えたという。
我が家では横浜土産の崎陽軒の月餅を、横浜にいる家人から、1週間前に取り寄せたが、
元来、甘、酒、両をたしなめ、という、ご先祖以来の家風により、月餅も お月見当日には、すでに最後の一つになっていた。
その最後の貴重な月餅も家人が横浜の家人とスカイプではなしなが ら、御酒を供えて、その横でおこぼれをいただいていた私の横で、無造作に頬張っていた。
話は脱線したが。その月餅 が日本にきてお月見団子になった。
1日おくれであるが今日は団子を食そうと思う、はたして、団子を焼くか、みたら しにするか、草団子、餡かけ、きなこもよいかもと、はや、悩みがまた一つふえた。
中学2年2学期の覚えたい言葉
返歌
虞美人
漢兵(かんぺい)すでに地を略し
四方楚歌の声
大王 意気尽く
賤妾(せんしょう)何ぞ生に聊(やす)んぜん
漢兵已略地
四方楚歌聲
大王意氣盡
賤妾何聊生
「四面楚歌」におち、最期のときと覚悟を決めた項王の歌の後に、「美人これに和す」とあり、この歌を虞美人が歌っ たのち、項王と杯を交わし、虞美人は剣舞を舞い、その剣で自害したとされる。
一大悲恋物語である。
なお虞美人の「美人」とは、漢代の女官の官位の名前。
現代にも命をかけた恋愛が進行中の方もいらっしゃるであろうが、私には心のドキドキ感のめぐりあいが少なくなっ て久しい。
中学1年2学期の覚えたい言葉
垓下(がいか)歌
項羽
力(ちから)山を抜き気世をおおう
時(とき)利あらず騅(すい)逝(ゆ)かず
騅(すい)の逝(ゆ)かざるを奈何(いかん)すべき
虞(ぐ)や虞(ぐ)やを若(なんじ)を若何(いかん)せん
力抜山兮気蓋世
時不利兮騅不逝
騅不逝兮可奈可
虞兮虞兮奈若可
映画「さらば、我が愛/覇王別姫」でレスリー・チャン氏が、京劇「覇王別姫」の「蝶衣」、その中で演じた項羽の恋人「虞姫」。 劉邦に敗れた項羽が「 四面楚歌」におち、最期のときと覚悟を決めた項羽が歌う歌である。
なお、「騅」とは、項羽の愛馬の名前。
「虞」は、項羽の足手まといになることを嫌って、自刃して果てる。
その亡骸の眠る土に、翌春、美しい花が咲い た。
ポピーの花である。
人々は、薄幸の美女を憐れんで、この花を「虞美人草」とよんだ。
ともあれ私の今の心境は、日々これ、ブログを若何(いかん)せんである。
中学3年1学期の覚えたい言葉
陶淵明
「飲酒」
菊を采(と)る東籬(とうり)の下(もと)
悠然として南山を見る
山気(さんき) 日夕(にっせき)に佳(よ)く
飛鳥(ひちょう) 相 与(とも)に還(かへ)る
此の中に真意あり
弁ぜんと欲すれば 已(すで)に言を忘る
采菊東籬下
悠然見南山
山氣日夕佳
飛鳥相與還
此中有眞意
欲辨已忘言
東の垣根に咲く菊の花を採りながら
ゆったりと時を過ごしている
ふと遥かな南方の山(廬山)を眺めると
夕暮れの 霞たなびく様が美しく
鳥が連れ立って 塒(ねぐら)へと帰ってゆく
この何気ない情景の中にこそ
言葉で言うには及ばぬ、人生の真の姿があるようだ
今の私にはまだ到底この心境になれない、このあせりは何であろう。
中学2年1学期の覚えたい言葉
陶淵明
歸去來兮(かへりなん いざ)
田園 將(まさ)に蕪(あ)れなんとす 胡(なん)ぞ歸らざる
既に自ら心を以(もっ)て形(からだ)の役(えき)と爲す
奚(なん)ぞ惆悵(ゆうちょう)して獨(ひと)り悲しむ
已往( いおう)の諫(いさ)めざるを悟り
來者(らいしゃ)の追ふ可(べ)きを知る
歸去來兮
田園將蕪胡不歸
既自以心爲形役
奚惆悵而獨悲
悟已往之不諫
知來者之可追
陶淵明は41才の時、役人生活に別れを告げ故郷に帰る。
この時の心境を表したもの。
さあ帰ろう、田園が荒れようとしている、いままで生活のために心を犠牲にしてきたが、悲しんでいる場合ではない、過ぎたことは仕方ないから、未来こそ追いかけるべきものだ。
帰るふるさとがあるとはなんと幸せなことか。
中学1年1学期の覚えたい言葉
今日からは、明倫小学校を卒業した中学生に私が推薦する。言葉を書き連ねたい。
春眠暁を覚えず
処処(しょしょ)啼鳥(ていちょう)を聞く
夜来(やらい)風雨の声
花おつることを知る多少(いくばく)
猛浩然
春眠不覺暁
處處聞啼鳥
夜来風雨聲
花落知多少
我々には、春眠暁を覚えずという冒頭の部分が有名であるが、実は、この詩は、作者の猛浩然が、科挙の試験に失敗した時に詠んだもの。
試験合格者は朝早くから務めに出ているが、落ちた自分はぐずぐずと布団の中にいる。
試験は難しく風雨の様で、花の様なわたしも相当にダメージを食らったというのが真相だと聞いた。
春の寝心地の良さに朝またうたたねをしてしまった。との解説もあるが、世の中本音と建前があるのです。