前回の記事で「上を向いて歩こう」が、私にとって原体験の曲だと書いた。人生で最初に歌ったのはきっと童謡だったろうが、自分の意志で歌ったという点で原体験の曲と言ってよいと思うのだ。そして小学生の鼻歌だから当然アカペラであり“歌の原点はアカペラ”という私の主張にも通じる。もう少しだけこの曲について書く。

 

まずタイトルだが、作曲者の中村八大にとって歌のタイトルというのは「星影の小径」とか「虹の彼方へ」など文学的な趣のある名詞形との観念があったのだろう。「上を向いて歩こう」というのは「タイトルらしくない」と作詞者の永六輔にタイトル変更を要求したそうだが、彼は「このタイトルで行きたい」と譲らなかったという。

次に歌詞の内容について永六輔は「60年安保闘争の挫折」がテーマだったとの発言もあったようだが、実際は中村メイコへの「失恋」がテーマだったらしい。政治的なテーマがカッコいいと思われた時代もあったが、今となっては男女の恋愛の方が恒久普遍的なテーマなので、むしろ好ましい気もする。

 

中村メイコは親しかった永六輔に神津善行との婚約を告げた際、ショックを受けている彼を見てどうしたらよいか作家である父親に電話で相談し「涙がこぼれないよう上を向いて歩きなさいとそれくらい気の利いた事を言ってやりなさい」との父の進言を伝えた。「だから彼は私のお陰で儲けたのよ(笑)」とはメイコ談。

 

中村メイコは黒柳徹子と並び草創期からTVを知る生証人。私の母が参宮橋にあった注文婦人服店を首都高建設の立ち退きで六本木(現在のROAビルの辺り)に移転した際、近くの喫茶店でよく見かけたと聞く。また永六輔氏とは西新宿にあった台湾料理屋に妹と食事に行った際に隣席してお店のママに紹介されたことも。

 

さて曲はジャズピアニストの中村八大の曲だけあって、メジャー(長調)とマイナー(短調)を組み合わせ、Aメロディ16小節とサビに当たるBメロディ8小節のA-A-B-A構成(計56小節)という、スタンダードの王道とも言うべき形態になっている。シロホン(木琴)の前奏から始まる演奏も軽快かつモダンな雰囲気で親しみやすい。

 

最後に歌唱だが、中村八大は当時まだ殆ど無名に近かった坂本九を起用した。彼は当時の多くの若者同様プレスリーに憧れるロカビリー歌手だったが、エノケン(喜劇王の榎本健一)も愛したといわれる哀愁ある声質と、プレスリー等の影響か下町生まれで邦楽の影響か“九ちゃん節”と呼ばれる独特の歌い方をした。

 

作詞した永六輔が初めて彼の歌を聴いた際「おい、ウフエヘオホムフイヒテって何だ!おれはそんな歌詞書いてないぞ」とショックを受け、中村八大に歌手を変えるよう要望したとのことだが、これについてはタイトルとは逆に、今度は中村八大が頑として譲らなかった。この曲には坂本九を起用しようと心に決めていたようだ。

 

当時の日本はまさに戦後の高度経済成長期で、中学を卒業したばかりの少年少女が先生に連れられて都会の「商店の小僧さん」「工場の作業員」「お屋敷のお手伝いさん」へと集団就職していた。童顔の九ちゃんは彼らのアイドルになった。彼の笑顔はどこか涙や悲しみの余韻を感じさせ、この曲調ともマッチしていた。

稀代の天才達(作詞:永輔、作曲:中村大、歌唱:坂本という「六八九トリオ」)の邂逅でこの楽曲は1963年6月15日付全米ヒットチャートでレスリー・ゴーアの「涙のバースデイ・パーティ」に替わりNo.1(ビルボードでは3週連続、キャッシュボックスでは4週連続)となり世界中で大ヒットしてポップスのスタンダードになった。

 

この曲は果たしてジャズかロックか。作曲者の中村八大は、ジョージ川口(ds.)、松本英彦(ts.)、小野満(b.)と「ビッグ・フォア」を結成して絶大な人気を博していたジャズ・ピアニストだったが、忌野清志郎はこの曲を自らのライブで「日本の有名なロックンロール」と紹介しカバーしていた。もはやジャンルレスなのかも知れない。

 

Saigottimo

以前、本ブログで「洋楽を日本語で歌うことの是非」について書いた。特にジャズは“英語ノリ”の楽曲が多いので日本語で歌うと曲によってはオリジナリティが損なわれる恐れがあるからだ。そのため私が和訳して歌うのは余りジャジーな英語ノリではない曲に限っており、意味を伝えたい場合は歌う前に訳詞を朗読している

 

ラテンの名曲「キエンセラ(Quien Sera)」も英語の訳詞では「スウェイ(Sway)」になるがメロディは同じなのに全く違う曲に聴こえる。オリジナル(原詞のスペイン語)が持つパンチが感じられず流麗なダンス音楽になっている。勿論、日本語に訳しても同じことだろう。

但し、この原則に唯一の例外があることにお気付きだろうか?

 

それは1963年に全米ヒット・チャートNo.1に輝いた「SUKIYAKI」こと「上を向いて歩こう」だ。外国人が英語でカバーした訳でも坂本九が英語で歌った訳でもなく日本語のまま全米No.1になった。全米チャートNo.1の曲はどう考えても「洋楽」なので、この曲に関してのみ、洋楽なのにオリジナル(原詞)が日本語なのだ

当初米国でも「英語以外の歌はヒットしない」と思われていたため(英語以外の歌が全米No.1になったのは1958年のイタリア語のカンツォーネ「Volare(ヴォラーレ)」のみ)、キャピトル・レコードでは坂本九に英語で歌わせようという構想もあったようだが、結果的には日本で販売されたレコードのまま発売され、No.1になった。

 

日本で1961年(昭和36年)10月にリリースされ翌月から3ヵ月間連続No.1ヒットとなったこの曲が、2年後に全米No.1になる経緯やSUKIYAKIというタイトルの由来等は何度も書籍や番組にもなりwikipediaでも紹介されているので割愛するが、私がこの曲に出会った時点ではまだ新人歌手の九ちゃんが歌う流行歌だった。

 

誰しも初めて歌った曲の原体験はあると思うが、私の場合はこの曲「上を向いて歩こう」だった。1962年(昭和37年)の春、渋谷区立山谷小学校1年生の私はランドセルを背負って小田急線参宮橋駅前をこの歌を口ずさみながら通学していた。私は1年生の夏休みに引っ越し転校したので、間違いなくこの年の春のことだ。

 

♪上を向いて歩こう アカペラ・・・こんな感じで歌いながら通学?♪

 

参宮橋で注文婦人服店を経営していた服飾デザイナーの母が園長先生とケンカし、西参道にあったマリア幼稚園を中退した私は、昼間は一人家に居て夕飯時に店に向かう「鍵っ子」だった。就学後も夜一人で電話を待つ私にとって、この歌の「思い出す春の日、一人ぽっちの夜」は切実に身に沁みて、心から歌えた

 

この曲が全米No.1になった時代的背景や米音楽界の状況に関する考察は、この曲もアルバムでカバーしたビリー・ヴォーンの記事の後半で既に記した通りだが、その後、この曲は世界中の数多のアーチストがカバーし、世界約70ヵ国で1300万枚超のセールスを記録し、世界のポピュラー音楽におけるスタンダードとなった。

 

そうなると歌詞の意味を知りたくなるのだろう。英訳詞も登場し、1981年には女性R&Bデュオ「A Taste Of Honey」が下記の自作英語詞でカバーして全米3位、1995年には男性コーラスグループ「4PM」も同詞でのカバーで全米8位、と結局この曲は32年間にわたって都合3度も全米トップ10入りしたことになる。

「上を向いて歩こう」作詞:永六輔、作曲:中村八大

英語詞:Janice Marie Johnson (Taste Of Honey)

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上を向いて歩こうよ 涙がこぼれないように

It's all because of you,I'm feeling sad and blue

You went away,Now my life is just a rainy day

思い出す春の日 ひとりぽっちの夜

and I love you so,How much you'll never know

You've gone away and left me lonely.

 

上をむいて歩こうよ にじんだ星を数えて
Untouchable memories Seem to keep haunting me

Of love so true,that once turned all my gray skies blue
思い出す夏の日 ひとりぽっちの夜

But you disappeared,Now my eyes are filled with tears

I'm wishing you were here with me.


幸せは雲の上に 幸せは空の上に

Soaked with love all my thoughts of you

Now that you're gone I just don't know what to do
 

上を向いて歩こうよ 涙がこぼれないように

If only you were here,You'd wash away my tears

The sun would shine, once again you'll be mine all mine
泣きながら歩く ひとりぽっちの夜

But in reality, you and I will never be

'Cause You took your love away from me.

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私はこの曲を童謡ユニットNostal♪sicの定番レパートリーとして高齢者施設や被災地でのボランティアで歌っていたが、“世界のスタンダード SUKIYAKI”としても歌ってみようと思い立ち、上記の英語詞を覚えて洋楽ナンバーとして何度か歌ったことがある。結果は全くの空振り、聴衆は皆シラーっとした雰囲気のままだった。

 

いま改めて考えてみれば、原詞である日本語のオリジナリティが損なわれた上に、わざわざ母国語ではない英語詞では意味も通じず、さらに昔を知る人々も郷愁を感じない。望みは新鮮に聴いてくれる若い人だけだが、そもそも私が歌うシチュエーションでは聴衆に若い人が居ない。ま、それじゃ大コケしますよねー。

⇒SUKIYAKIのリハ音源(2010年3月22日)

 

Saigottimo

「英語で歌いたいし歌詞も伝えたい洋楽」については、歌う前に和訳した日本語詞をバース代わりに“朗読”していることを紹介した。その際「朗読はヴォーカルとは全く別のスキル」だと述べたが、歌の中の“語り”(「君といつまでも」の「幸せだなあ~」等)はヴォーカルの一部じゃないの?という疑問を持つ人も居られるだろう。

 

いやいや“朗読”と“語り”は違うのだ。「何事も本格的にやらない」をモットーに歌も朗読もちゃんと習ってない私が言うのも恐縮だが、これは体験的にも自明である。“朗読”というのは詩や小説の様に文字で読まれる事が前提の「作品」を読者に代わって読むのだが、“語り”は演者自身の言葉で表現するのが前提だ。

 

朗読は、舞台上で演者が作品を手に持って読むことが多い。これは暗唱しきれなかったからではなく、主体が「(演者ではなく)読まれる作品そのもの」だからである。一方で語りは歌と同様で台本など持たずに演じるいわば「一人芝居」であり(楽曲や戯曲の)作者は居ても舞台での主体はあくまでも演者自身だからだ。

 

「君といつまでも」もそうだが、“語り”が入る楽曲は昔から多く、洋楽ではパット・ブーンの「アイル・ビー・ホーム」(語りは2番)、トム・ジョーンズの「想い出のグリーン・グラス」(語りは3番)、プレスリーの「今夜は一人かい?」(後半殆ど語り)など、ヴォーカリストも歌の延長で一人称のまま語れば良いのであまり抵抗感はない。

 

ところが“朗読”はそうではない。前回の「春の如く」の和訳詞もそうだが、日本語の「詩」という作品形態にして、それを読者に代わって声に出して読むのであり、歌とは全く異なるパフォーマンスだ。私も朗読し始めで要領を得なかった時分は間が持たず、聴いているお客様の方が気恥ずかしくなって吹き出してしまったりしていた。

 

また、朗読に近いが、ドラマの状況説明や番組のタイトルコールなどの“ナレーション”もある。昔々日曜夜6時NHK-FMで「リクエストコーナー」という番組があり、ビリー・ヴォーン楽団の「真珠貝の歌」に「新しいリズムに懐かしい調べの数々、貴方のお好きな曲を集めてご一緒に楽しむ1時間」という石田豊氏の名調子が懐かしい。

 

そして極めつけのナレーションはFM東京の深夜番組「ジェット・ストリーム」だろう。フランク・プウルセル楽団の「ミスター・ロンリー」に乗せた初代パイロット・城達也氏のナレーションは、下記の堀内茂男氏の名コピーと相まって1970年から25年間にわたって多くのイージーリスニング・ファン、洋楽ファンを魅了し続けた。

「ジェット・ストリーム」オープニングナレーション

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遠い地平線が消えて
深々とした夜の闇に心を休める時
はるか雲海の上を、音もなく流れ去る気流は
たゆみない 宇宙の営みを告げています

満点の星を戴く 果てしない光の海を
豊かに流れゆく風に心を開けば
きらめく星座の物語も聞こえてくる
夜の静寂(しじま)の何と饒舌なことでしょうか

光と影の境に消えていった はるかな地平線も
まぶたに浮かんでまいります

これからのひととき
日本航空があなたにお送りする音楽の定期便
ジェットストリーム
夜間飛行のお供をいたしますパイロットは
わたくし 城達也です

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2020年1月9日(木)渋谷・SEABIRD一金ライブで、このナレーションを付した「ミスター・ロンリー」を初演した。この曲は1964年にボビー・ヴィントンが全米No.1ヒットにした歌物なので、歌の部分は歌い、間奏に当たる楽器ソロの尺で上記のナレーションを読んだ。

♪Mr.Lonely(ジェット・ストリーム語り入り初演)…2020年1月9日、渋谷・SERBIRD♪

 

前行にリンクされた初演の音源を聴いてもらうと、「これからのひととき、日本航空が~」のくだりで聴衆が失笑し、尺ピッタリで語り終えた途端に「おぉ」という歓声と拍手が上がっている。一人称の歌と三人称のナレーションの切り替えや尺もピッタリ合わせるよう何度も練習したからだが、ま、色物としては成功でしょうかね

 

Saigottimo

前回の記事で「洋楽を日本語で歌うことの是非」論があると書いた。英語ノリ必至のジャジーな曲は原詞の英語で歌うべきである一方、歌詞の意味を伝えたい場合は、やはり(歌い手も聴き手も母国語である)日本語で歌いたい。そこで、英語ノリがそれ程必要ない曲については“歌える訳詞”を作ったことも紹介した。

 

では「英語で歌いたいが歌詞の意味も伝えたい場合」はどうするのか?その場合は原詞を和訳した日本語の歌詞を、歌う前に“朗読”している。多くのジャズ・スタンダードにはバース(前歌)として本編のメロディの前に別のメロディと歌詞が付随していることがあるので、そのバース代わりに日本語詞を“朗読”するのだ。

 

例えば「春の如く(It Might As well Be Spring)」。この曲は、1945年のミュージカル映画「ステート・フェア」の挿入歌でジャズ・スタンダードとしてもよく演奏される。私も大好きでボサノヴァのリズムに乗せ、オスカー・ハマースタイン2世の原詞(英語)のまま歌うのだが、一方で私としてはこの極めて詩的な歌詞の内容も紹介した

【映画「ステートフェア」のポスター】

【左:1945年のオリジナル版、右:1960年のリメイク版】

 

原詞の英語は下記のタイトルをクリックしてLyrics掲載Webで確認して戴きたいのだが、私が訳した下記の日本語詞は歌わないのでメロディを意識する必要はない。しかし朗読するので読んだ際に響きが良い“読み映え”する言葉のチョイスと詩としてのリズムが求められる。“読むための訳詞”、言わば“歌わない訳詞”か。

 

春の如く(It Might As well Be Spring)

作詞:Oscar Hammerstein II

訳詞:Saigottimo

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嵐に揺れる柳のように、糸で操られる人形のように、

私の心は落ち着かない

まるで“春風邪”でもひいてしまったように

春でもないのに

 

目はうつろ、頭はぼんやりして、

まるで歌を忘れた夜鳴鳥のよう

なんで“春風邪”なんてひいてしまったんだろう

春でもないのに

 

どこか知らない風変りな街角を歩き、

いつか会うかも知れない、見知らぬ女性(紳士)から、

聞いたこともない言葉を耳にする

そんなことばっかり考えている

 

私はまるで白昼夢をつむぐ蜘蛛のように忙しく、

ブランコに乗っている子供のように目まぐるしい

クロッカスの花も、バラの蕾も、コマドリさえ見ていないのに

まるで春が来たんじゃないかと思うくらい

そわそわして、やるせなくて

本当に、なにもかも、まるで春が来たみたいだ

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この日本語詞をバース代わりに朗読するといっても、その譜面は無い。でも、バースなら譜面に従ってルバート(自由なテンポ)で伴奏してくれるピアニスト(かギタリスト)に「すみません、朗読の間、後ろで何か弾いててくれませんか」とお願いするとポロポロとそれっぽく即興で弾いてくれるからジャズミュージシャンは凄いと思う。

 

そして、朗読はヴォーカルとは全く別のスキルなので、いくら歌い慣れていても緊張するもの。だがここ数年間の前尾津也子さんらとの5Thanksでの朗読活動によって少しは自然体で読めるようになり最近では歌い終わった後に「MCも朗読も良かったですよ!」なんて褒められることもある(「じゃ歌は?」とは思うけどね...)。

♪「春の如く」(朗読付)2020年2月14日渋谷・SEABIRD第二金曜ライブにて♪

 

そして、これとは真逆に「英語で歌う必要なく歌詞の意味もウ~ン」というケースに対して、原詞とは全く違う内容の日本語詞を作った事も。1960年の映画音楽「星を求めて(Look For A Star)」、この曲はゲイリー・ミルズが歌う映画のサウンドトラック盤よりビリー・ヴォーン楽団の演奏カバー盤がヒットしたくらいメロディは美しい

【Look For A Star(星を求めて)のレコードジャケット】

 

この曲も原詞の英語は下記のタイトルをクリックしてLyrics掲載Webで確認して戴きたいが、私はこの曲の原詞が余り気に入らなかったので英語では歌わず、小野リサが1st.アルバム「カトピリ」でカバーしていたポルトガル語で歌っていたのだが、原詞の内容と全く関係ない下記の日本語の歌詞を勝手に創作してしまった。

 

星を求めて(Look For A Star)

作詞/作曲:Tony Hatch

日本語詞:Saigottimo

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忘れかけていた 微笑みのなかで

いつかきっと会える Look For A Star

誰もいない夜に 瞳を閉じれば

いつかきっと会える Look For A Star

 

誰でも心のなかに 永遠につづく

輝く記憶を秘めた 無数の星がある

いつかきっと会える あの頃のあなたに

空にまたたく想い Look For A Star

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2005年12月8日(木)四谷三丁目「Bobby's」で、いつも通り1番をポルトガル語、2番をインスト(楽器演奏)、3番を日本語詞で歌った際、クラリネットの松平さんが横目で私を見て「…楽しそうに歌うなぁ…」とつぶやかれたのが印象的だった。これはもう訳詞ではなく自作の「歌える創作詞」だから楽そうに歌っていたのだろうか。

♪Look For A Star 2014年6月6日渋谷・SEABIRD第一金曜ライブにて♪

 

Saigottimo

まだ日本に歌謡曲も確立しておらず“和製ポップス”が登場する前は“カバー・ポップス”と称して洋楽のヒット曲そのままのメロディに日本語詞を付けて中尾ミエや飯田久彦ら日本人歌手が歌っていた。先日亡くなった弘田三枝子もこの時代の寵児だし、漣 健児(さざなみ・けんじ)などの訳詞家が大活躍した時代でもある。

 

但し、洋楽を日本語で歌うことには昔から是非論があった。戦前の「私の青空(My Blue Heaven)」での堀内敬三氏の名訳等もあって日本語で歌う意義も多い一方、ジャズは“英語のノリ”がリズムやメロディに直結するので他の言語で歌うと意味は伝わっても音楽としてのオリジナリティが損なわれてしまうという見解もある。

 

これは我々日本人にとってはピンと来ないかも知れないが「演歌を英語で歌えるか?」と考えるとすぐに理解できる。歌詞の意味やメロディへの譜割りも含めどんなに上手に英訳しても「津軽海峡冬景色」を英語で唸れますか聴いて痺れますかというとノーでしょ?演歌に日本語ノリが必要な様にジャズには英語ノリという事。

 

日本を代表するフォーク歌手の森山良子は、プロのジャズミュージシャンだった父親へのオマージュを込めて「the jazz singer」というアルバムを出しているが、ジャズを歌うに際して、単なる英語のレッスンではなく、ジャズのノリに合う“ジャズ用の英語”を改めて習い直して録音に臨んだというからさすが大したこだわりである。

【アルバム全曲の視聴はココをクリックして下の方へ!】

※ただし1曲目の「私の青空」は父上の歌唱音源

上記のアルバムの中でも、特に「'SWonderful」のようなアップテンポでジャジーな曲は確かに英語ノリが必要だろう。従ってこういう曲は日本語で歌おうとは思わないが、そこまでジャジーでなく、むしろ歌詞の意味を伝えたい曲は和訳したいし私はヴォーカリストなのでそのまま「歌える訳詞」にしたのが下記の私のデビュー曲
 

「What A Wonderful World(この素晴らしき世界)」

words and music by G.Douglas and G.D.Weiss

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I see trees of green,red roses too.

緑の木々に、深紅のバラ

I see them bloom,for me and you.

咲いている、僕らと共に

And I think to myself,what a wonderful world.

なんて素晴らしい、この世界

I see skies of blue,And clouds of white.

紺碧の空に、純白の雲

The bright blessed day,The dark sacred night.

祝福の朝に、聖なる夜
And I think to myself,What a wonderful world.

なんて素晴らしい、この世界

The colors of the rainbow,So pretty in the sky.

空に架かる七色の虹
Are also on the faces,Of people going by,
行き交う人々の様々な顔

I see friends shaking hands.Saying, “How do you do?”

挨拶かわす「やあ、元気だった?」

They’re really saying,“I love you”.

でも本当はこう言ってる「I love you」

I hear babies cry,I watch them grow,
赤ん坊は泣き、そして学ぶ

They’ll learn much more,Than I’ll ever know.

僕達よりも、多くの事を
And I think to myself,What a wonderful world.

なんて素晴らしい、この世界

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この日本語詞での初演はいつのどこだったか忘れたが、茅ヶ崎で客演した際に、お声かけ戴いたサックス奏者のゆみりーから「やっぱり、日本語は沁みますね~」とご評価戴いたのを覚えている。また2011年11月28日(月)恵比寿「カフェ・ラバント」では日本語ペラペラの米国人から「(原詞と)全く同じ意味!イイね」と褒めて戴いた。

 

♪この素晴らしき世界 2019年12月31日・渋谷「SEABIRD」年越しセッションにて♪

 

また、これもジャズと遠くて英語ノリの必要ない曲「今し別れの時(Now Is The Hour)」で、忠実ではないが大意は変えず「歌える意訳」と言ってもいい日本語詞も作った。日本では一般的にハワイアンに分類されている曲だが、マオリ族の別れの歌として知られ、2011年のラグビーワールドカップ閉会式でも歌われている。

 

「今し別れの時(Now Is The Hour)」

Clement Scott (music), Maewa Kaihau and 

Dorothy Stewart (arrangement and lyrics)

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Now is the hour when we must say goodbye

今こそ 別れのとき
Soon you'll be sailing far across the sea
楽しかった ひとときも
While you're away oh, please, remember me
今では 心の糧(かて)

When you return you'll find me waiting here

また いつか 会う日まで

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この曲は2004年11月20日(土)渋谷「公園通りクラシックス」で歌仲間の急死を受けての追悼セッションでお別れの歌として歌わせてもらったのが印象深い。歌いながら「やはり気持ちを込められるのは日本語だな」と思ったことを覚えている。歌い手にとっても聴き手にとっても歌詞の意味を深く感じられるのは母国語という事か。

 

Saigottimo

前回の記事「スタンダードとしての讃美歌を歌う」で、讃美歌496番「うるわしの白百合」の英語詞を作っちゃった経緯を紹介したが、実はもう1曲、私が全く違う理由で英語詞を作っちゃった曲がある。それは日本人なら誰でも知っている歌謡曲のスタンダードともいうべき名曲、若大将こと加山雄三の「君といつまでも」である。

 

とても爽やかで良い曲なのに、(最近になって高橋真梨子がカバーしたが)男性歌手のカバーを聞いたことがない。きっと「ふたりを~」と歌った瞬間に結婚式での親戚のオジサンと同様に加山雄三のバチモンになってしまうからだ。それくらいオリジナリティが強過ぎる彼のイメージを纏わせずに新鮮に楽曲を聴かせられないか!

 

と、そこで思い付いたのが英語で歌うこと。件の英語の達人に監修してもらい、下記の英訳詞を作ってみた。タイトルは「We Are In Love Eternally」。そしてこの曲を歌う際はピアニストに「すみません。この譜面とは違うイントロを8小節ほどお願いします」と言わねばならない。そうしないと例のイントロだけでバレてしまうからだ。

 

-----We Are In Love Eternally-----
In the twilight, we stand by the sea, 

nightfall gently holds two of us.
And I love you, tomorrow will bring 

beatiful morning for us again.
Now starlike shining of your eyes 

seem to lead me to heaven.
And your heart burning in love 

keeps my heart warm and bright.


In the midnight, just time goes by ,

the sunlight never reach two of us.
And I love you, as the sunrise comes, 

so we are in love eternally.
(Talk)
"Happiness....  Happiness is the time with you.
I'll never let you leave until the day I die.... OK?"

(2番のサビからはもう「君はそよ風に髪をとかせて~」

と日本語詞に切り替えても問題なし)
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初演は2007年4月6日(金)渋谷・SEABIRDの第一金曜ライブ。MCで「え~今日は日本のスタンダードナンバーから、皆さんがよくご存じの曲、We Are In Love Eternallyです」と何気なく喋るとお客さんはみな怪訝な表情に。でも配った譜面は邦題のままのベタなので、バンドのメンバーはみんなニヤニヤしながら演奏を始める。

 

ピアノの小松さんが分からないように上手なイントロ(前奏)を8小節弾いてくれて、上記の歌詞で歌い出すと概ね2小節くらいはお客さんも新鮮に「ほう、良い曲だな」と受け止めてくれ、そのうちにお客さんも「うん?この曲知ってるぞ」という顔になり、3小節過ぎた当たりで「あ、あの曲の英語版か!」という感じで笑顔に変わる

 

そして例の「しあわせだなあ~」の語り部分を英語で語ると、皆笑い出して大ウケとなり拍手!続くサビからはもうネタバレしているので堂々と「君はそよ風に髪をとかせて~」と日本語で歌う。ドラムも三連リズムのロカバラッドからジャ~ン!とブレイクを決めて「今宵も~陽は暮れてえ~」後は昭和のカラオケスナック状態に。

 

この曲は私のレパートリーの中で最も男性ウケの良い曲で何故か男性は皆熱くなって喜ぶ(女性は割と冷ややか)。そして最も喜んでくれたのがお店のマスターだった。長く歌っていると曲ウケに男女差があることにも驚かされるが、因みに真逆で男性ウケがイマイチで女性ウケが超良いのは「ムーン・リヴァー」である。

 

Saigottimo

前回このブログの記事「クラシック音楽とスタンダード」で、スタンダードの定義は“時代を越えて人々に親しまれている曲”とし、いくつかの定番本もご紹介したが、その定義からすれば忘れちゃいけない定番本があった。それは世界中の民謡・唱歌等から成る讃美歌だ。「讃美歌」こそクラシックなスタンダード曲集といえよう。

私はキリスト教徒ではないが、中学から大学まで10年間通った玉川学園では毎週礼拝があり毎回讃美歌を10曲以上は歌っていた。クタクタに使い込んだA6版サイズの「讃美歌」を改めて開いてみると、1番から567番まであり、クリスマス・ソングとしても有名な「聖夜(きよしこのよる)」は109番、「もろびとこぞりて」は112番だ。

古今東西の名曲集なので誰しも必ず好きな曲があるものだ。私が一番好きな讃美歌は496番「うるわしの白百合」という曲だ。自分の結婚式でもこの曲を式次第に入れて皆に歌ってもらったし、昔、自動オルガンの音でシチューのCMに使われたこともあったように記憶している。恐らく誰でも聴いたことがあるだろうと思う。

 

私はジャズ・スポットで歌う際もジャズ・スタンダードに限らず自分の好きな曲を自由に歌ってきたので「そうだ、讃美歌も歌おう!」と思い立ち、すぐこの曲を歌うことに決めた。譜面を見ると、このキーならメロディ(ソプラノパート)も歌えるし、B♭(ロ短調)なので管楽器でも問題無さそうだと思ったが、コード名が振られていない。

リズムは8分の6拍子なので「いつか王子様が」のようなジャズワルツの雰囲気でもイケそうだったが、どうせならスイングできるように4beat(4分の4拍子)にし、ついでに英語で歌おうと思った。キーも自分に合わせて「C」に移調し、4beatにするところまでは自分で出来たが、コード付けは無理だったので、音楽の達人にお願いした。

あとは英語詞だが、これが難航した。讃美歌は元々西洋のものだから原典を当たれば良いと思ったのだが原典が手に入らないし、496番というナンバリングも日本独自だという。ええい、では勝手に作っちまえ!と題名「Beautiful lilies, white as a snow」を基に英語の達人の助けを借りて下記の通り英語の歌詞を作り楽譜にした。
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うるわしの白百合、ささやきぬ昔を
Beautiful lilies, white as a snow
Whisper past memories of Jesus's grave
イエス君の墓より、いでましし昔を
Wake up from Dream and eternal life bloom
Withered field in winter is resurrected in spring
うるわしの白百合、ささやきぬ昔を
Beautiful lilies, white as a snow
Whisper past memories of Jesus's grave
百合の花、ゆりの花、ささやきぬ昔を
Beautiful liliesBeautiful lilies
white as a snow bloom eternal life
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初演は2004年4月8日(木)の四谷三丁目「Bobby's」でのセッション「根市タカオを囲む会」だった。ジャズ・スタンダードではないし私製の譜面なので当然初見だが、バンドはトッププロなので難無く伴奏して下さり、私も何とか歌えた。歌い終えると大先輩方からは「なるほど!讃美歌とは良いところに目を付けたね」と感心された。

その後、この曲は私のレパートリーとして、もう何回も歌っているがMCで「讃美歌496番を歌います」と言うと皆ビックリしてちゃんと聴いてくれるし、おそらくMCで言わない限り誰も讃美歌だとは気が付かないだろう。そしてこれは“スタンダード・ヴォーカリスト”としての私の真骨頂ではないかと自負しており今後も歌い続けたい。

 

♪うるわしの白百合 2016年4月1日・渋谷「SEABIRD」第一金曜ライブにて♪

 

※この曲をNHK朝ドラ「エール」(10/16放送)で、我が玉川の後輩、薬師丸ひろ子が台本にない提案でアカペラで歌った。春になると咲く白百合はキリストの復活を暗喩しているが、焼け跡から復活する日本の象徴として、さらにどんな悲惨な「現実」にあっても気高い「理想」を忘れない祈りも込めた、我が後輩の曲選択は流石だ!

Saigottimo

よく言う「スタンダード・ナンバー」は和製英語で、ネイティブの英語では単にstandard(s)と言うらしい(「定番曲」の意)。ジャズは初見でも演奏者が入れ替わってもセッション(合奏)が成立するのは、ジャズの世界においては定番として演奏される楽曲群(所謂ジャズ・スタンダード)が、ある程度確立しているお陰でもある。

 

では何がジャズ・スタンダードで、それは何曲くらいあるのかというと定まってはおらず、一説には2千曲以上あるともいわれる。実際にはジャズ・スポットに常備されている定番本(楽器奏者なら通称「黒本」)に掲載されている200余曲/冊の中から選択される。頻繁に演奏される曲目に限れば、およそ50+α曲くらいだろうか。

 

【上段:通称「黒本」(リットーミュージック社)】

【下段:通称「赤本/青本」(全音楽譜出版社)】

 

この「黒本」の楽譜には、そもそも歌詞が無い曲も含まれているが歌詞が書かれてないので、我々ヴォーカリストにとっての定番本は歌詞が記載されている通称「赤本/青本」と呼ばれる2冊組で、掲載曲数は2冊で400曲超。曲目は「黒本」とも一部重複しているが、インスト(歌無し)では殆ど演奏されない曲目も含まれている。

 

これらを一般的に「ジャズ・スタンダード」と呼んでいるが、必ずしもジャズで演奏するために作られた楽曲ばかりではない。「枯葉」のようなシャンソンの名曲や「夜も昼も」「春の如く」のようなミュージカルの曲や「スマイル」「酒とバラの日々」の様な映画音楽もあり“時代を越えて人々に親しまれている曲”と定義しても良いだろう。

 

【「永遠のポップス①」(全音楽譜出版社)】

そう定義するならスタンダードはジャズに限らずあらゆる分野の音楽に存在する。因みにポップスでの定番本「永遠のポップス」は洋楽のスタンダードが2冊で800曲以上収録されている。当然、邦楽(民謡や歌謡曲)にもスタンダードはあるだろう。ではポピュラー音楽のみならずクラシック音楽にもスタンダードは存在するのか?

 

オーケストラ指揮者で芸大名誉教授の大町陽一郎氏は著書「クラシック音楽のすすめ」で、クラシック音楽は古典音楽ではなく“どんな時代にも愛好され、いつまでも残る良い音楽”と定義し、「マイ・フェア・レディ」のような優れたミュージカルも該当するとしている(*1)。“クラシック音楽そのものがスタンダード”ということか。

 

 

大町氏のクラシック音楽の定義を是とすれば、私もレパートリーにしている同ミュージカルの劇中歌「君住む街角(On The Street Where You Live)」はクラシックであり、なおかつこの曲は「赤本」にも「永遠のポップス」にも掲載されているので、ジャズ・スタンダードでもあり、ポップスのスタンダードでもあるということになる。

【数あるこの曲の音源の中で私のお気に入りはコレ↓】

 

一方で“ジャズの帝王”マイルス・デイヴィスの名言「Good music is good no matter what kind of music it is.(良い音楽は良い、どんなジャンルの音楽かは関係ない)」にも共感できる。この「良い音楽(Good music)」を「好きな音楽」と解釈すれば、私がジャンルを問わずに自分が好きな曲を自由に歌う理由も、まさそこにある。

 

従って、私は自分のことを“ジャズ・ヴォーカリスト”などとは言わず(てゆーか、スキャットも巧くできないから「言えない」というのが実態)、“スタンダード・ヴォーカリスト”と称することにしている。ちょっとカッコいいでしょ?要するに“古い曲しか歌えないジジイ”ということなんですけどね、てへ。

 

♪君住む街角で 2003年6月14日・西麻布「Misty」でのヴォーカルセッションにて♪

 

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*1:「クラシック音楽のすすめ」講談社現代新書1965、P.4,26,27

もう30年以上前の話だが企業派遣で早稲田大学ビジネススクール(一年制)に国内留学させてもらった。海外を含め様々な業種、年代の同級生達と1年間、机を並べてマーケティングや事業開発、企業財務などを勉強させてもらい、この経験は私にとってビジネスマンのキャリア形成上、生涯を通しての貴重な財産となった。

 

ある日の授業で組織論の田崎醇之助先生が唐突に「私は不幸なんです」と仰った。みなビックリしていると教授は黒板横の白壁を指さし「みなさん、この壁は全面真っ白に見えるでしょう?」「・・・(皆頷く)」「私には塗りムラだらけの汚い壁にしか見えないんです」要は、ご自身の色彩感覚が異様なまでに鋭い事への嘆きだった。

 

そういえばゼミ合宿では夏に軽井沢の瀟洒な別荘にも泊めて戴いたが、田崎教授のお父様は個人名の美術館まである高名な画家だった!つまり、教授は画家の父が持つ繊細な色彩感覚のDNAを受け継いだものの、その資質はご自身の仕事(経営学の学者)には生かせないので、ただ生活上不便なだけで不幸だと仰るのだ。

【田崎廣助「箱根朱富士」1975、軽井沢田崎美術館所蔵】

 

音楽でも似た話がある。ある高名なクラシックの音楽家がリゾート地に向かう特急列車に乗ったところ、始発から終点まで車内に音楽が流れていたせいで、とうとうリラックスすることが出来なかったという。音楽を生業にする人にとっては、どんなに小音量でも、曲名や作曲者や演奏の仕方などが気になってしまうのだろう。

 

よくシティホテルのロビーやラウンジでは、耳を澄まさないと分からないくらい薄~くバロック音楽等が流れている。通常の人は無音だと緊張感が高まってしまうので、気付かないくらいの小音量で聴こえる音楽がサブリミナル(意識下)効果となって自然とリラックスできる。しかし音楽のプロには、これが逆効果になるようである。

 

プロといえば、学園祭の講演で当時の人気番組「オーケストラがやって来た」で有名な指揮者の山本直純氏が「ここに来る途中、合唱やブラバンの練習の音が聴こえ、皆さんが音楽を心から楽しんでいる様子が羨ましかった!私は音楽を職業にしちゃったので純粋に楽しめないんです」と意外な本音を漏らした事も思い出される。

 

知り合いのヴィオラ奏者もホテル等で音楽が流れていると「勝手にスコア(譜面)が頭に浮かんできて困る」と言っていたし、絶対音感を持つ某ピアニストも、近所の犬の鳴き声が「あれ、今日はミ♭だな」とか、ふとした複数の物音が不協和音に聴こえて気持ちが悪く「絶対音感なんて本人には迷惑なだけですよ」とも言っていたなぁ。

 

そう考えると、なまじ感覚が鋭いというのも考えものだと思う。画家やデザイナーなど視覚で飯を喰う人ならともかく一般人だったら塗りムラなんて気にならない方が良い。またプロの音楽家でもない限り、ラウンジでの音楽にも気付かないでリラックスできた方が有り難いし、絶対音感も不要だ。これ、五感全部にいえることかも?

 

私はカミさんから「あなたはお米が変わっても全然気付かないのね!」とよく呆れられる。確かに親戚の農家が送ってくれた美味しいお米もスーパーで最安値の米も、炊き立てでも冷凍チンでも、同じように「ご飯はおいしい!」と戴けるのだから、これは自分が“優れた感性を持っていない幸せ”として喜ぶべきなのだろう。

 

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梅雨が明けた途端に猛暑が襲ってきた。もう8月なので誰しもある程度は頭で予測していただろうが、身体がついていかないのが実態ではないか。かといってこのコロナ禍の状況下ではリゾート地に繰り出すのも憚れる。となればエアコンをかけた室内で音楽やTVやゲームを楽しむしかない、という人が多いのではないだろうか。

 

このブログで私は60年代までの洋楽を推してきたので、この暑い時期に聴きたくなる音楽といえば昔ならハワイアンかラテン、最近はボサノヴァということになろうが、ここは敢えて80年代の日本のアルバム、大瀧詠一の「A LONG VACATION」をご紹介したい。紹介する必要などない名盤だが、若い人は知らない事もあるので。

【アルバム全曲の視聴はココをクリックして下へ!】

このアルバムの言葉での解説は野暮、もう聴いてもらうしかないが、ジャケット表面の永井博のイラストの光景が中身の音楽にベストフィットし全てを物語っている。まさにこの絵にある盛夏の音楽なのだが、ここで私が特筆したいのはこのアルバムが作られた季節である。発売は1981年3月、ということは制作は真冬のはずだ。

 

よくファッション業界などは春に秋冬物、秋に春夏物と真逆の季節のモードが発表されるが、あれはそこまで時期をズラさないと商品供給が出来ないというビジネス上の都合からだ。音楽業界にもそういった都合が無いとは言わないが、全く別の事情がある。それはクリエイター(作詞/作曲家)の心理的な理由とも言えるだろう。

 

このアルバムのみならず山下達郎なども真夏の音楽は真冬に作ることが多いようだし、ビリー・ヴォーン楽団のハワイアン「真珠貝の歌」も真冬に制作されている。我々素人からすると盛夏のプールサイドで作っている様に思えるのだが、実際には全く逆で、極寒のオーバーを着る季節に真夏の音楽を制作しているのだ。

【白人男性ジャズ歌手No.1とも言われたメル・トーメ】

 

同様にクリスマス・ソングの定番「The Christmas Song」にも似たようなエピソードがある。共同制作者のメル・トーメとボブ・ウェルズは共に20代前半の若い頃、真夏の酷暑に耐えきれず(1944年ではエアコンが無い?)、二人で寒い冬の季節の行事などを想像し、お互いに言葉にしていたらこの曲↓が出来てしまった、というのだ。

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「The Christmas Song」の歌詞の一部と私の意訳

 

Chestnuts roasting on an open fire,

栗を直火でローストするだろう、
Jack Frost nipping at your nose,

冬将軍は君の鼻を凍えさせるよね、
Yuletide carols being sung by a choir,

聖歌隊はクリスマスキャロルを歌ってるし、
And folks dressed up like Eskimos.

人々はまるでエスキモーみたいに着込んでるのさ、

...

(以下、クリスマスの歳時記のような歌詞が続く)

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これらの事から分かるのは、人間の創造力(クリエイティビティ)には強い想像力(イマジネーション)が必要であり、その想像力は現実として目の前に無い方が強く働く、ということなのかも知れない。年末の寒い季節の行事は猛暑の中でこそ渇望され、逆に盛夏での体験は極寒の真冬に憧憬として描かれる、ということであろう。

 

そこが人間のココロが持つ意外性でもあり面白い点でもあるが、同じアーティストでもミュージシャンはどうかといえばそうではないだろう。このクソ暑い中で、いくら想像力(イマジネーション)を働かせたとしても、クリスマスソングを歌えるか演奏できるか、極寒の時期に真夏の歌を歌えるか演奏できるかと言われても、ねえ・・・。

 

Saigottimo