SHOKEI 'S TIMES
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ズレや摩擦から駒

 

クラシック等の多くの音楽において 作曲家と演奏家がいて「音楽」が

生まれる。作曲家のように曲を作る「入力」側とそれとは別に演奏する

(表す)側の「出力」が別々に存在するのが面白いと思う。

 

自作自演はそれを同時に行うことになり、作者の制作意図がストレート

に表された良い場合もあるが、別の演奏家が弾いた方がより名演になる

ことが多いというのが興味深い。

 

つまり作曲家の思い通りに演奏家が「音楽」にしてくれるとは限らずに、

作者とは異なった解釈で表現されることで 新たなひとつの作品となる。

 

「表現」に於いて ここで生じる矛盾やズレに 大きな意味(価値)がある

のだろうと考える。

 

絵画に置き換えて考えてみると 絵は殆どの場合、自作自演なので 入力

は「見る」ことが主になり、出力は「描く」ことになるだろう。

この2つの行為を一人の人間の中で行う時に 入力と出力には距離が必要

なのだと思う。最初の自己を他者として見る一種の自己否定だ。

 

見たままを安易に写生することや計画通りに仕上がった作品が物足りない

と感じるのは この距離が少ないからだと思う。

 

優れた表現には 高い矛盾率を含むものだ。

 

この矛盾や葛藤からは「瓢箪から駒」のような効果があり、表現の醍醐味

でもあると思う。また鑑賞者にとっても一番に見たい(感動したい)ものは 

この意図せずに醸し出てしまったこの駒というか「何か」なのではないか。

 

作り手としては 出そうとして追いかけても出るものでもなく、待っている

だけでも出てこない。日々の修練のようなものがあってこそ この駒が出た

時にだけ拾えるのだ。

 

時々、こういうことを神様からの啓示としてを受け取った選ばれし者のよう

に自分を言う人がいる。「何かが閃いた」とか「空から舞い降りた」と言う

人がいるが、それらの多くは単なる思い込みにすぎない。

そのようなことは 大なり小なり 誰にでも起こりうる偶然だろう。

 

画家マティスは そういう閃きを神からの贈り物のようには取らない。

それらは 日々、自分がしている修練からの賜物であって、毎日努力してい

るからこそ画面に現れた一瞬の現象でも受け取れことになると言う。

とても説得力のある言葉だと思う。

 

出力(表現)の段階で行き詰まったり失敗だと思える「痛み」の段階を経て

仕上がるものの中には 作者が意図しなかったものが生まれ、作者を開眼 

(前進)させたりして、作る喜びを体得する。

 

 

巷の展覧会には 描き慣れた猫や花などのモチーフを組み合わせただけの絵

や自己肯定の上にさらに自己肯定を重ねた 失敗のない絵も多い。

いずれも緊張も破綻もなく駒も出ない。予定調和が多いのはつまらない。

 

料理に於いて素材は大事だが、それ以上に料理人の腕(技術)が重要視され

るように音楽に於いても演奏家の力(技術)は大切だとも思う。

 

絵もそうだと思うが技術が 先に一人歩きしても困りものなのだ。

 

私は まず空間意識とタブーとされている諸問題から

紐解いてみようと思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デッサン教室 真似事「ままごとデッサン」はもう卒業しよう

 

8年前に「デッサン教室」という短期講座を始めた。

当初、受講生は集まらないだろうし、鉛筆だけの画材では長続きし

ないだろうと「短期」という形でスタートしたのだが、定員の2倍

以上の受講生(46名)が集まり、今も続いている。

 

学校などのデッサンの授業は1〜2年間が普通で、遠近法をベース

にした基礎的なことを学ぶだけで終える。見たモチーフを紙の上に

客観的に置き換える作業だ。

この「デッサン教室」でも似たような方法で始めた。習字の授業で

カタチが悪いと先生が朱墨で添削し直すように少しだけ手を入れた。

描いた本人は どこが間違っているか具体的ですぐに分かるやり方

なので喜ばれたと思う。これは初心者用の描き方、直し方であって

本来、私が考えている「デッサン」とは異なる。

 

「デッサン」には もっと大きな意味があると考えている。

 

 

お習字が上手になっても「書」にはならないだろうし、ピアノの

お稽古教室で褒められても ピアニストにはなれないだろう。

 

 

習字やお稽古ピアノには御手本があり、真似る事を目的とするが、

書道やピアニストは自己の「表現」でなければならないからだ。

 

それともう一つ「機能性」があるか無いかという問題もある。

 

 

お習字を習う主な目的は 伝達という目的のためにキレイな文字

を覚えようとすることなので 文字を文字として書く「書」とは

異なると思う。

 

お習字のように真似て描くのは幼児教育における「ままごと」だ。

ままごとは大人の生活を真似て学ぶ大切な基礎教育だと言える。

「ままごと」は「まねごと」。ままごとデッサンは必要だと思うが

「ままごとデッサン」を極めても絵にならない。石膏デッサンを

極めたところで何にもならないが その延長で描いている自称画家

も意外と多いと思う。

 

坂口安吾は『FARCEに就て』と言う論考の中で「言葉には言葉の、

音には音の、色には色の、もっと純粋な領域があるはずである。」

と書いている。純粋と言うのは機能性などを持たないことだろう。

 

 

私が美大に入学した時、真下信一学長が「君たちは世の中にとって

役に立たないことを学ぶために入学してきたのだ。」と言ったのは

この事と同じような意味だろうと思う。

 

 

巷の「書道教室」では 書道と明記してあっても実際に教えている

のは習字であったりするように 習字と書は混同されている。

 

絵やデッサンに於いても同じような曖昧さがあると思う。

 

 

一般的にデッサンというとソックリに真似て描く「お習字」のよう

な事だと思われることが多いが、それは初心者だけの事だと考えて

いる。

見えたものを客観的に真似て描く「同定作用」から画面上の秩序を

身につけていくのも大切かと思われるのだが、この習字のような

デッサンを極めても 絵のためのデッサンにはならない。

 

私の学生時代に石膏デッサンを得意とした友人がいたが、その多く

は絵を描くのを辞めてしまった。要するに 巷でいう絵画の基礎の

石膏デッサンは 上手に描けても絵が描けるようになるとは限らな

いのだ。

 

 

「絵を描くのにデッサンは不要だ。」と言う人がいるが この習字

のようにデッサンのことを指しているのだろう。美大受験用の石膏

デッサンは特殊なものであって その悪影響もあると思われるし、

工芸的な下描きを不要だと指摘している場合もあると思う。

 

過去の画家たちのデッサンをよく見れば、デッサンが不要などとは

言えないと思う。

たとえばゴッホなどは画家を志す前から亡くなるまで多くのデッサン

を描き続けているし、ジャコメッティは彫刻家であるだけでなく

「見る」ことを追究したデッサン家でもある。

ボナールは「私が研究しなければならないのはデッサンなのだ。

私はたえずデッサンをする。そうしてデッサンの後に均衡のとれた

構図がくる。よく構成された作品なら すでに半ば出来上がっている

のだ。」と言っている。(ボナールの場合、見て描くというよりも

感性で見たものと記憶によるものの癒合が多かったと思われるが。)

 

 

芭蕉が「奥の細道」を編纂する際に 写生の句はボツにしたそうだ。

美しい風景を真似して写してそれらしく書けても作品にはならない。

「奥の細道」は旅を終えてから5年もかけて作り直した紀行文のスタ

イルをかりた創作句集(表現)だからだ。

 

創作にまで練り上げる過程として「絵のためのデッサン」が必要に

なってくる。色彩を排除した明暗ではなく白黒の方法で構成、構造

を追求していく。(明暗を追いかけるのではないのが大切。)

 

 

 

つまり「デッサン教室」に於いて これからも初心者は習字のような

デッサンから始めるが、経験者は表現としての「絵のためのデッサン」

にまで描き進めなくてはならないと思っている。

 

以前にブログにも書いたが デッサンには「秩序のある計画性」と

いう大きな意味、役割がある。小手先の描写に留まらずに絵画作品に

向かうためのデッサンを心がけようと思う。

そういうカルチャーを目指すつもりです。

 

 

 

 

 

デッサンについて 関連記事

 

https://ameblo.jp/s0008/entry-11919904716.html

 

https://ameblo.jp/s0008/entry-12300744724.html

 

https://ameblo.jp/s0008/entry-10554445274.html?frm=theme

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は凄い人

夜中に一人で映画を見るは好きだが、作業しなからだと真剣に

観賞できない。そういう時は YouTubeにアップされている昔

の軽〜いTVドラマを流していることがある。

「暴れん坊将軍」や「遠山の金さん」や「裸の大将」など懐か

しい番組がいろいろ並んでいる。

 

見ていると「水戸黄門スタイル」というか 普段は普通の人だけど

実は凄い人だというのパターンがやたら多いと思う。

 

余談だが 「水戸黄門」で 黄門が「助さん角さん、こらしめて

やりなさい。」と嗾けてボコボコにされる下っ端の家来たちが

可哀想に思うことがある。この家来にもきっと家庭があるだろう

し、仕方がなく悪事を手伝っていただけの人も多いのだろうと

思うと時代は変わっても 下っ端は下っ端なんだと思ったりする。

最後に印籠を見せてパワハラでやっつけるのも今と同じだ・・・。

 

「裸の大将」は画家の山下清をモデルにした創作ドラマだが 最後

に山下清だと作品のサインを見せ、正体を明かして終わる。

桜吹雪の刺青の「遠山の金さん」も「暴れん坊将軍」の徳田新之助

も「裸の大将」もスーパーマンも月光仮面もみんな同じパターンだ

と思うと 変身願望は庶民の願い、庶民の夢なのだと思う。 

 

しかし「裸の大将」はちょっと気分の悪いドラマだ。知的障害者を

笑いの種にするのもよくないが それよりもこのドラマを制作して

いる人達が 山下清作品の良さを全く理解してないように思える。

山下清が「有名人で作品が高価だから凄い」としか言っていない。

これでは制作者たちは、ドラマの中に登場する金の亡者たちと同じ

ではないか。山下清を食い物にして視聴率を取ろうとしているだけ

で 山下作品を少しでも一般にわかるように解説したり、絵の見方を

示しても良かったのではないかと思う。とにかく山下清に対しての

愛情は全く感じられないドラマだと思う。

 

先日、私は4年ぶりに近所の歯医者に 行った。5~6年前に出来た

歯科で若い(40代?)院長が饒舌で治療技術も優れているのか評判も

随分と良くなっていて繁盛していた。 治療の順番になり座るとすぐ

に院長が来て「時々、 向こう側の道路を歩いている松波さんを 車の

中から見かけますよ。しょうけいさんがいる~って」とか親しげに

話しかけてくる。

普段、印象の薄いであろう私のことをちょっとでも覚えていてくれる

と言われたら悪い気はしない。一瞬「いい気持ち」になってニコニコ

した。「 私も実は ちょっと凄い人間なのかも~♪」と思わせられた。

でも考えれば 営業上の単なるリップサービスの一つなのだろう。

一瞬でもうまい営業言葉に乗せられてしまい、大したことでもないの

だけれど  一本とられたような気持ちになった。

私もカルチャーなどで多くの方々と接する機会があるので  そういう

小さな心遣いは必要なのかもしれないと思った。

 

考えてみれば、私の周りの友人、知人、生徒さんの中にも

「実は 凄い人」は 結構いるもんだと思う。

 

 

 

 

ニッポンの SHOKEI (照慶)は普通の庶民だが

アメリカの SHOHEI(翔平)はホント凄い人だね。

 

一文字違うだけなのに~   う〜む 残念侍。

 

 

 

 

 

おまけ

山下清さんは昔は あまり好きではありませんでした。

でも 最近 見直して興味が出てきました。↓画像

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ながい夜、短い夜

 

  時計をのぞく

  毛布をひきあげて

  顔をかくす

  腕を伸ばして両脇につけ

  垂直に

  暗い水の底に沈んでゆく姿勢をとる

  眼をつむる

 

 

北村太郎氏の「ながい夜」という詩の一部だ。

 

 

寝ようとして布団に入る時に この詩を時々、思い出しては 

同じような格好をして沈んでいくことがある。

 

 

ここ6〜7年、毎晩、寝るのがam.5時頃で am.7時前には

起きるという生活をしている。

 

 

私は 昔から なかなか寝付けない方だし、そもそも寝るのは

好きではない。子供の頃、夜遅くまで 遊んでいて 両親から

「早く寝なさい」と怒られて泣いていたが そのまま大人に

なった。

 

 

夜は早く寝て朝、早く起きた方が健康には良いということは 

よく分かっているし、絵を描くにも 太陽光の方が色も見える

だろう。

 

しかし 今の私にとっては 日中は雑用が多く落ち着かない。

妻子が寝た夜中の1時を過ぎる頃になると昼の疲れも薄らぎ

お酒を飲みながら am.4時過ぎ頃まで絵を描いたり音楽を聴い

たり映画を見たりする。その後、風呂に入り 仕方がなく寝る。

 

風呂の後でちょっと絵が気になって加筆し始めたりすると 

ついつい徹夜になってしまう事がよくある。

徹夜して絵が良くなる事は殆どないが気持ちは落ち着く。 

5時に寝ても朝は7時前に起きねばならないの がちょっと

キビシイ。

 

自ずと血圧は高くなり、冠動脈石灰化症とか心臓肥大とも言われ

ているが それでも この「夜型人間」はやめられないでいる。

 

早い時間に眠れば、今よりも健康になれるかもしれないが 

生きている意味(sens)は無くなってしまうように思える。

興味は 絵画から始まり、音楽や詩や映画と繋がって切りがない。

どんなに疲れていても 誰にも邪魔をされない 夜中の一人の時間が 

とても 私には貴重な時間だと思える。

 

 

夜が明ける頃には酔いがまわり、千鳥足で妻子の寝ている部屋に

そおっと滑り込む。

 

布団に入り大きく深呼吸をすると この状況がとても「幸せ」だと

改めて思えてくる。

こんなダメな自分やこの中途半端な生き方をしていて それを許し

てくれている家人にも既に亡くなってしまつている両親や全ての

方々に対して「感謝」の思いが募ってくる。

 

こういう一人っきりの醍醐味は 私が「朝型」になったら感じられない

のではないかと思う。

 

 

そして翌朝、上記の北村氏の詩のように・・・

 

 

 

  眼を見ひらいたまま

  暗い水の底から浮かびあがるように

  ゆめからさめる

                   

 

 

                           「ながい夜」より

 

 

と起きる。

そしてまた 眠い一日が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

足が痛い

 

デッサンのカルチャーで使う(モチーフ)大きなカボチャを6個と

玉葱を買った。それをリュックに入れて行商人のように埼玉から

神奈川まで運んだり、他のモチーフを探すのに長時間歩き回った

りしていたら疲れが溜まったのか、夕方になってから足が痛く

なってしまった。

 

しかし筋肉痛ではなく、左足の膝上に針が入っているような

神経痛みたいな痛みだ。妻は直ぐに医者に行けと言うが、

「こんなのは ほおっておけば そのうちに治まるだろう。」と

強がってみせた。

 

しかし夜中になっても痛みは治まらず、翌日になっても続いた。

 

不思議なことに痛みは左膝上から左腿に移ったり左腰に移ったり

する。

 

翌々日は油絵のカルチャーがある。

痛みを我慢してカルチャーの仕事を続けていたが、痛みは増す

ようなので 次の月曜日には整形外科に行くことにした。

 

医者は「これは神経痛ではなく、帯状疱疹だろうから皮膚科に

行って下さい。」と言われた。

確かに左足には虫刺されのような赤い斑点があった。

 

小学校の頃、帯状疱疹になったことがある。その時の痛みと周囲の

人の避けるような眼差しを思い出した。

 

皮膚科に行くとすぐに帯状疱疹だと診断された。 

小学校の頃の事を話すと それは帯状疱疹と似た別の病気だそうだ。

 

 

帯状疱疹は 加齢(老化)や過労により免疫力が低下すると体内に

潜んでいたウィルス(子供の頃の水疱瘡)が再び活動を始め発症する

という。

感染することはないが 水疱瘡にかかった事のない1才未満の幼児には

要注意らしい。

 

大人に感染しないならば、とりあえず 翌日のカルチャーを休まないで

行けるので よかったと思った。(通常休めない)

 

教室内での講座はいいが 水彩画の次のカリキュラムは運悪く野外制作

「写生会」なので長時間歩き回らねばならなかった・・・。

 

 

 

人間の身体は不思議なもので 帯状疱疹は 左右どちらか半身に表れ、

一生に一度だけ発症するのだそうな・・・。

 

これから爺になられる皆様方、左右どちらかに一方に、偏った痛みが

走ったら それは帯状疱疹かもしれません。

 

 

 

また帯状疱疹の薬の注意書きに服用中は アルコールは禁止となって

いたので突然、禁酒週間が訪れてしまった。

 

水彩人の大原氏からも「毎晩、飲んでると早くボケるぞ。」と忠告され

たばかりなので暫くの間、禁酒もいいかも〜 。

 

 

それから10日ぐらい過ぎ、医者から完治のお墨付きをもらい、

薬も飲まなくていいことになった。

 

 

そろそろ禁酒解禁かな。

 

 

 

やはりボケるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケンプを聴きながら描く

 

シューマンのピアノ曲に「ダヴィッド同盟舞曲集」(1837年)

というのがある。「ダヴィッド同盟」とはシューマンが空想で

作り上げた 俗っぽい音楽に対抗する同盟だという。

ちょっとビートルズが作り上げた架空のバンド「 サージェント・

ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に似ていると

思った。ビートルズ(ポール)が作ったのは1967年だから 130年

も前にこの架空同盟をシューマンは考えたことになる。

 

「ダヴィッド同盟舞曲集」は聴き始めた頃は ヘンテコな組曲で

好きになれなかったが 聴き返しているうちに面白さに気がついた。

 

シューマンは 自分の中に想像の二人のキャラクターを作る。

活動的で快活なフロレスタンと静的で思索的なオイゼビウス で、

それが音楽にも現れる。その他に言葉遊びをアナグラムで音化し

て作曲したりしていて・・・調べていくと興味は尽きない。

 

 

 

 

 

 

このシューマンの「ダヴィッド同盟舞曲集」や「森の情景」を

ヴィルヘルム・ケンプの演奏で聞くのが好きで このところ毎晩

のように頻繁に聴いている。

歳をとると味覚が変わるように好きな音楽家も変わる。若い頃は

ケンプの良さはわからなかった。もっと味付けの濃い感情的で

奇抜な演奏家が好きだった。

その頃、ケンプのことを「ピアノの詩人」という人がいたので

興味をもち 聞いてみたのだが、予想とは裏腹に普通の演奏で 

どこが詩人と言われる所以かわからなかった。

これは私の「詩人」に対する浅い偏見だったと後程 気がついた。

 

 

ケンプは極端な事を嫌うようで淡々と弾くが、ダラけたりはしない。

人と違った事をしてやろうとするような「あざとさもない」と思う。

 

ケンプは若い頃、オペラの作曲家でピアノ演奏は副業だったそう

だが、戦後はピアニストとして有名になった。

ケンプがシューマンを主に弾くようになったのは71才からで、

75才からの3年間に集中してシューマンのピアノ曲を録音した

そうだ。(1991年95才で亡)

 

 

 

いろいろなピアノ演奏をあれこれ聴いていると、美しい音を追求

するよりも、音の向こう側にある何物かに思いを馳せているような

演奏があると感じる。

ケンプの弾くシューマンやブレンデルのシューベルト、フランソワの

ショパンやラヴェル等を聴いていると そんなことを ふと思う。

 

そして そういう絵が描けたらいいなと 

ボンヤリ思いながら聴いている。

 

 

絵に於いても 美しい色彩や技術効果を狙った作品や,見栄えを

気にした作品が多いが、ケンプのピアノ演奏のように 自然で何か

深いものを醸し出しているような絵が好きだ。

 

 

そういう絵や音楽に憧れている・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現場主義から離れて

 

知人から 自分の赤ちゃんの写真やペットの写真を「可愛いでしょう」

と見せられて、その返答に困ることがある。

 

その人にとっては 特別な存在で、とても可愛く思えるモノであって

も 他者からは そうは見えない事はよくあると思う。

(こういう時は「元気そうね〜。」ぐらいの返しが適切だそうだ。)

 

 

こういう押し付けは 絵に於いてもよくある事ではないだろうか・・・

と考えた。

 

思い出の品や大好きな風景を画面に再現し、説明されても前述の赤ん坊

の写真と同様で、関係者以外は興味をもたないだろう 。

 

 

要するに個人的な「思い入れ」や「気付き」は、絵を描く人にとっては 

大きな動機になるので必要だが、 他者に見せる「作品」として伝えよう

とするには 不十分な事が多いと思う。

 

 

私は 埼玉に越してから自宅近くの駅や街並みを描いているのだが、

他者から見たら何の変哲もない景色でしかない。

コンステレーションではないが、 作品となるにはそこに「共時性」や

「通時性」がなければ ならないと考えている。

 

その為に 風景を物でなく一つの「出来事」として見ようと試みている。

 

  

        

 

中川一政の晩年の「駒ヶ岳」の絵が大好きだが、現実の 駒ヶ岳に

興味があるわけではない。

 

     中川一政「駒ケ岳」

 

つまり絵としての魅力と 駒ヶ岳の魅力は異なると思う。

 

描写性がもつ意味よりも 「表現」の方が重要なのではないだろうか。

 

 

絵画は「何を描くか」が重要だったが 、19世紀から20世紀に

かけての画家たちは 対象の見方を問い直し、「いかに描くか」を

大きな課題とした。(キュビスム等〜) 

 

マティスの最晩年の「カタツムリ」(下図等、典型的で 色紙を貼り

合わせたカタツムリに 描写性(意味)は無いだろう。

 

        マティス「カタツムリ」

 

 

ボナールは最初に見たイデーを大切にするが、モチーフを見ながら

描くことは しなかったそうだし、ユトリロも現場では描いていない。

ゴーギャンに至っては 見て描く事をすら否定している。

マティスもピカソも写生はするが 本制作では見ながら描くことは

なく、画面上で起こる自分の世界を煮詰めていったと思われる。

 

 

「作品」とは写実の具象作品でも抽象的な作品でも現実をただ真似て

写したものではなく、作り替えられた(置き換えられた)人工物とし

ての面白さだと思う。

 

ただこの方向は危うい面も出てくる。「何を描いても良ければいい。」

という悪しきアカデミズムに通じてしまう誤解も生ずる。

 

 

 

私は必ず、物や風景から絵を出発したいと考えているが、描いている

うちに画面上でフォルムは単純化され 描写性からも離れていきたい。

自由な色面と線に還元された画面で 離陸したいと思っているが・・・

 

まだまだ実景に囚われてしまって・・・・(涙)。

 

 

 

 

 

 

 

 

気配とコンステレーション

 

前回のブログにいただいたコメントの中に「ケハイ(気配」)」という

言葉が出て来て昨年、読んだ本を思い出した。

心理学者の河合隼雄氏によるコンステレーションに関する本で、 

とても面白い思った。(『こころの最終講義』新潮文庫)

                              

                       

 

コンステレーションとは心理学用語だが「星座」という意味だそうだ。

「星座」というものは 個々の星そのものからの意味ではなくて、

観測者が星と星を勝手に関連付けて名付け、そう呼んでいるにすぎ

ない。このような本来バラバラのものを組み合わせて意味付ける事だ

という。

 

 

これは絵の観賞方法や描き方と 共通すると思った。

 

例えば抽象的な作品を鑑賞する際、何が描かれているのかわからない

ので 画面全体から意味や作者の意図を推測する。

細かく分析的に見るとますますわからなくなってしまうが、ボンヤリ

見ていると何か伝わってきたりする。

それに作者の意図とは関係なく、 鑑賞者は画面の中に置かれた色や

線や形を自由に組み合わせて解釈してよいと思う 。

 

作者の意図は 作者にとって必要なだけだ。

絵の面白さは伝達するものとは ちょっと異なると思っている。

 

 

抽象画を描く時も同様なことが言える。

個々の意味を省いて描く事で 部分から描く事を拒み、 画面全体で

一つの事を言い表したいと思う。

 

描いている者にとって何気なく置いた色や消し忘れた色が画面上で

ふと見ると 響き合っていたりするのを発見する事がある。

画面で偶然に置かれた色や形から触発され、次の展開を気配として

感じながら描き進むのも 絵の楽しみの一つでもあると思う。

 

ただ この気配は常に気付くものではないとも河合隼雄は言っている。

見ようとして拘っている時には見えてこない。

悟ろうと焦る僧侶は悟れないように。

 

意味は少し異なるが、具象画を描く時にも目の前の対象物たちは、

私とは無関係に別々に存在しているだけたのだが、描かれた画面の

中では独自な関係が作られ「新しい意味」が生まれてくることになる。

 

 

詩人・演劇家のアントナン・アルトーは、絵画とは「自然を再び一つ

に寄せ集め、血をかよわせ発汗させること。」といっているし、

現象学者メルロ・ポンティは「人が見えないと信じている世界に筋肉

を与えること。」等とカッコ良く言い放っているが、言いたいのは  

同じような事だと思う。

 

「血をかよわせ発汗させること」は作者の勝手な思い込みからだろう。

 

 

 

関連のないと思われる言葉と言葉がぶつかって詩が生まれたり、

トンビとトンビが交わってタカが生まれたりするような事は 

ちょっと考えてみると身近に多々あることだ。

 

 

日常生活に於いては「原因があっての結論だ」というように筋道を

立てて考えてしまう事が多いが、ふと気を緩めて 全体からの「気配」

を感じながらユッタリと過ごしていきたいと思う・・・・が難しい。

 

 

 

枕元に積み上げた読みかけの本の数々・・・・

夢の中でコンスタレーションして良い明日を迎えたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルチャーあれこれ

 

先月末、私が担当しているデッサンのカルチャーにTVの取材が

やってきた。

放映を見たら たったの2分でした・・・・。

 

 


川崎市民プラザの「デッサン教室」は名目上、短期講座として

あるが、実際は 2014年から7年間ずっと継続しているので普通の

カルチャーとあまり変わらない。

デッサンの受講生は46~40名ぐらいなので 2クラスにした。

このプラザでは他に 油彩と水彩、合わせて6教室を担当している。

 

教える事は苦手だし、絵について教えることは殆ど出来ないと思って

いる。しかしもっと問題なのは 通勤に往復で4時間以上かかってしま

うことだ。

 

いつもヘトヘトで すみません。

 

 

取材に来てくれた人は丁寧で真面目な方でしたが、カメラを回す前

に「デッサン教室」や私のデッサン観について説明したつもりだった

が動画編集を見ると あまり理解されなかったみたいでちょっと残念。

 

 

デッサンは見たものを そっくりに真似をすることのように勘違いを

している人が多いようだが

 

私は 「デッサンは物真似の練習なんかではない!」を

モットーにしております。

 

 

しかし受講生の方々も関係者の人にも 

なかなか理解してもらえない・・・・

 

 

絵は 絵として「作り変えること」だと思っている。

 

その為には 見えないところを見ること・・・

 

その練習かな・・

 

 

 

 

 

 

白い部屋と不安な時間

 

 

 

先日、倦怠感を覚えた後で 喉が痛くなり咳が出始めた。

 

筋肉痛のようなヘンな痛みが身体中を走り頭痛もしてきて、

更に 夜には熱が38度も上がった・・・。

ついに新型コロナウィルスに感染してしまったかという

不安が横切った。

 

先週は カルチャーの会食もあり、接触者を数えたら50人

以上になる。責任の重さや家族の事も考えた。

 

 

東京は今日も感染者数が500人を越えて増え続けている。

私はそんな東京へ週に4〜5日は 行っているので いつどこ

で感染しても不思議ではないのだが、どこか 他人事の

ように甘く構えていた。

 

 

急に上がった熱は 一晩で下がったが咳は続いていたので 

心配は治まらなかった。

 

近所のクリニックに行こうとしたが、感染症サポートセンター

に連絡してからだという。電話したら保健所にも電話しろ

と言われた。保健所の人に詳細を話したら、町のクリニック

に行って診察をしてもらってもいいという許可をもらえた。

 

しかしクリニックに行くと 今度は院内に入ってはダメだと

言われ 暫く外で待つ事となった。

晴れて温かな日だったのでよかった。

 

 

陽だまりでボンヤリ待っていると 看護婦が出てきて別棟の

小部屋に案内してくれた。ついていくと真っ白な小部屋に

通された。

椅子と机以外 何もない部屋だった。

 

「異邦人」の冒頭の霊安室のようだとも思った。

 

 

15分ぐらいその白い何もない部屋で待っているとクリニック

の医者と看護婦が揃って恐る恐る入って来た。

ちょっと症状の経過を話をしたら 離れて立っている先生が

「熱が下がったのなら 風邪でしょう。薬もありません。

心配なら検査をしますか?」と言って行ってしまった。

 

 

検査をお願いしたら 別の看護婦さんが来て小さな紙コップを

差し出し「ここに1/4ぐらい唾液を入れてください。」と

言って またすぐに立ち去ってしまった。

 

白い部屋に一人、残されてツバを出そう必死になった。

 

梅干しやレモンなどを想像したが、口の中はパサパサに

乾いていて  唾液を コップの1/4など出るわけがない。

 

その後、何度も看護婦さんに催促され どうにか1/10ぐらい

たまっただけだったが OKになった。結果は明日だと言う。

 

 

自宅に戻ってから もし陽性だと言われたら・・・とあれこれ

考えていたら不安は ますます膨れ上がってきた。

 

 

翌日、夕方になって電話がきた。

 

看護婦は「先生からお話がありますが お時間はありますか?」

と言うので 長い説明があるのか・・・と ちょっと青ざめた。

 

電話に先生が出られて  一言

「陰性です。」

これだけ。

 

素っ気ないが、とにかく ホッとした。

 

 

 

今回はセーフで むしろハッキリ陰性とわかりよかったが

考えてみると「フリダシ」に戻っただけだ。

 

 

来年には「古希」を迎えるジイさんなのでコロナ感染はヤバイ。

 

しかし 古希って? 古い希望って なんだろ? 

新希の方が いいな・・・    新規まき直しぃ

 

 

 

(追記)「古希」は正しくは「古稀」だそうで それも数え年で70歳とのこと。

     数え年で70歳ならば 私は既に 古希でした。あらま 知らぬ間に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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