宇品線の廃線跡(広島県広島市。2008年訪問) | 『乗り鉄』中心ブログ(踏破編)

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今回は、広島県の県庁所在地・広島市にある広島駅から南へ分岐して、市街地の東部を南下して広島港のあるの宇品へ延びていた国鉄の路線、
宇品線の廃線跡(広島~宇品)について簡単にレポートします。
尚、宇品線の路線名称は路面電車の広島電鉄にも存在しますが、今回の国鉄廃線跡をは関係がありません。

  

宇品線は元々、日清戦争の人員や物資を輸送する目的で建設され、1894年に全線が開業しました。戦前は軍用線としての輸送がメインでしたが、一般旅客営業を行っていた時期もありました。戦時中は一般旅客営業が中止され、原爆投下により甚大な被害を受けましたが、被害の軽微な南段原~宇品から営業を再開しています。

  

戦後は軍用線ではなくなり、通勤・通学輸送や貨物輸送がメインとなりましたが、市街地の復興が進むとともに沿線にあった仮設を含む公共施設が市の中心部へと転出し、さらに広島電鉄やバスとの利便性の差が大きくなり利用客が減少し、大赤字路線になってしまいました。そして1966年に旅客営業を廃止(定期券旅客輸送は一部区間で継続)、1972年には定期券旅客輸送と貨物輸送が廃止されました。この時点で国鉄宇品線は幕を閉じましたが、その後は「宇品四者協定線」として、貨物駅である東広島駅(現・広島貨物ターミナル駅)~宇品駅の間を国鉄側線扱いとして貨物列車が走っていました。しかし、1986年には完全に廃止されました。

  

廃線後、廃線跡は主に道路転用されましたが、一部区間では路盤が残っている箇所もあります。

  

今回は広島~宇品の順で紹介していきます。

  

尚、今回の区間はサラッと辿っただけなので調査が不十分なことをお詫び申し上げます。
さらに、探訪時期が2008年で、現在は状況が変化していると思われますが、ご了承願います。

  
  

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(Yahoo!地図を使用)  

  
  

路線名   区間   営業キロ  廃止時  
日本国有鉄道:宇品線  広島~宇品  5.9km   (※1)1972年4月1日廃止  
(※1)以降は1986年10月1日まで「宇品四者協定線」として側線扱いで貨物営業を継続。     
(※)全線単線・非電化。軌間1,067mm。     

  
  

探訪・撮影時   2008年12月   

  

  

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(1)起点だった広島駅にて。宇品線の列車は主に切欠式の0番線を使用していました。
宇品線の旅客営業廃止時に0番線が廃止となり、跡地は駐車場・駐輪場となりその遺構が長らく残存していましたが、
現在はどうなっているのでしょうか?

  
  

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(2)広島駅を出発して、最初の踏切へと差し掛かります。
宇品線のレールがどの場所を通っていたかは不明ですが、
少なくとも踏切の先辺りからは宇品線専用の線路があったと思われます。

  
  

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(3)もう少し進むと宇品線跡は右へカーブして山陽本線と分かれます。
写真右側の建物の形状からカーブの具合がわかります。
この辺りの廃線跡は広島駅と正面に見えるマツダスタジアムを結ぶ道路になっています。

  
  

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(4。広島方を向いて撮影)
右カーブが終わると、山陽本線神戸方からの短絡線跡と合流します。
マツダスタジアムの場所には貨物駅がありましたが、現在は移転しています。
その貨物駅を取り囲むように宇品線・山陽本線・短絡線でデルタ線が形成されていました。

  
  

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(5)短絡線跡と合流すると南へ針路を変え、猿猴川を渡りました。
廃線跡には新しい道路橋が架けられています。

  
  

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(6)2008年には写真のような廃線跡の空地が点在していましたが、
猿猴川の先は区画整理が行われ、現在は痕跡がなくなっています。

  
  

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(7)そして南段原駅跡に着きました。
駅跡の一部は小さな公園になっていて、駅名標のモニュンメントがあり車輪・レールが保存されています。

  
  

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(8)南段原駅を過ぎると宇品線は左へカーブして広島大学医学部の西側を南下していました。
痕跡は残っていません。

  
  

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(9)さらに進むと国道2号線と踏切で交差して、宇品線は住宅街の中を南下していました。
宇品線はガードレールの辺りを通っていたと思われますが、廃線後に道路が拡幅されたようで痕跡はありません。

  
  

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(10)道路転用された廃線跡を南下すると、下大河(しもおおこう)駅跡に着きました。
駅跡の一部は「ポッポ広場」という公園になっています。

     
     

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(10)下大河駅跡から先も廃線跡は道路転用されています。

  
  

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(11)さらに南下すると、廃線跡の路盤が姿を現します。
この辺りは家庭菜園化されています。
宇品線跡の東側には宇品線の完全廃止前より幅の広い道路(海岸通り)が通っています。

  
  

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(12)この先、築堤状になっている廃線跡を歩けるようになりますが、
写真の橋梁跡を見ると、一部は廃線後に盛土がされた可能性もあります。

  
  

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(13)そして宇品線跡はマツダ宇品工場の中を通るようになります。
廃線跡は草ぼうぼうになっており、歩けない上に路盤の様子が分かりませんでした。

  
  

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(14)やがて港湾地区へと入り、廃線跡は大きく右へカーブして西へ進路を変えます。
この先の廃線跡は広島高速の用地に取り込まれてしまい、痕跡が失われました。

  
  

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(15)そして右カーブが終わると宇品駅跡に着きます。
単式ホームと貨物側線を有していて、ホームは563mと相当長かったようです。
現在、宇品駅跡は撤去されて広島高速道路になっていますが、
一角には宇品駅ホームに面して存在していた「広島陸軍糧秣支廠倉庫」のレンガ壁面の一部がモニュメントとして保存されています。

  
  

(おしまい)  

  

  

廃線跡探訪の注意点   

私が宇品線の廃線跡を探訪したのは2008年の一度きりですが、広島駅周辺については新幹線の車窓から何度も見ています。
尚、廃線跡は道路転用された箇所も多いですが、遺構も幾らか残っていました。

   

廃線跡の距離は約6kmで、徒歩ではやや長いかもしれません。徒歩ですと片道で2時間少々見ておけば大丈夫でしょう。自転車ですと2時間くらいで往復探訪が可能です。また、廃線跡の約1km西を広島電鉄宇品線が走っていて、片道は広電を利用できます。さらに、廃線跡と広電の間にはバス通りがあり、路線バスも利用可能です(時刻は要確認)。

   

食料・飲料についてですが、沿線にはコンビニが点在していて困りません。但し、宇品方にコンビニは少ないですが…。一方、飲食店はほとんどなく、広島駅周辺に集中している感じです。事前に準備しなくても大丈夫でしょう。尚、自動販売機は至る所にあります。

   

広島へご旅行の際はぜひ一度探訪されてみて下さい!

  

  
接続路線   

接続駅   接続路線  
広島駅   JR西日本:山陽新幹線(新大阪方面博多方面)  
広島駅   JR西日本:山陽本線(三原方面岩国方面)、芸備線、(呉線列車)、(可部線列車)  
広島駅   広島電鉄(広島駅電停):本線<1号線、2号線、6号線>、(皆実線【比治山線】<5号線> )  
宇品駅跡   広島電鉄(海岸通電停まで徒歩5分):宇品線  
  
(参考:Googleマップ、地理院地図、Wikipedia)