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年の瀬ですが、少々気になることがあったのでブログを書いています。
皆様もご多忙中とは存じますが、
もしお手すきの時間があれば目を通していただけると嬉しいです(^_^)
実はちょっと前にTwitterを見ていたら、とても気になる投稿がありました。
その方は顔のシミが気になってとある皮膚科クリニックを受診したところ、
以下のプリントをもらって「今使っている化粧品は全部捨てなさい」「日焼け止めも使うな」と言われ、お金を一銭もとられず帰されたそうです。
「もう化粧品は一切やめたほうがいいのかな…?」
と途方にくれている様子でした。
(資料のブログ利用等については当事者様よりご許可を頂いています。)
そこには
多くの女性が肌の色白さ、みずみずしさ、なめらかさなどを求めて化粧品を使用します。しかし、一部の人は、逆に肌に色素沈着を起こして悩むことになります。そしてその色素沈着を隠すためにさらに多くの化粧品を使用して、増々悪い状態になっていきます。
このように化粧品の使用によって皮膚に色素沈着を起こした状態を“黒皮症”といいます。
化粧品は、非常に身近なものであるため、ほとんどの人はその危険性についての認識がありません。そのため、化粧品によって生じた色素沈着を単なる“しみ”と誤解している場合がほとんどです。しみと黒皮症は、本質的に異なるものです。
黒皮症は顔の左右対称に起こりますが、しみは片方だけにできます。このことで簡単に見分けることができます。
…(中略)…
黒皮症の原因は、有害な化粧品にあります。化粧品は数千種の化学薬品から作られています。その中の一つでもその人の肌に合わない薬品が入っていれば、黒皮症を発症させる原因となります。また紫外線により変質する薬品を含んだ化粧品を使用すれば、光毒性型の黒皮症の原因となります。
また普段は安全であっても、多くの化粧品は、紫外線が当たると有害物質に変化します。
ほとんどの化粧品は紫外線照射に対する皮膚の安全性に関して、充分な人体実験を行っていません。そのため実際には、黒皮症を起こさない化粧品はほとんどありません。
…
などということが書いてあり、つまりその皮膚科医は彼女のシミの症状を
「化粧品による皮膚の色素沈着症」=【黒皮症】
と診断し、このような資料を手渡しただけで帰したということのようです。
…しかしその方はTwitterにご自身のお写真も投稿しており、
僕が見る限りでは一般的に『肝斑』と呼ばれるシミの症状(軽度)にしか見えず、
しかも実際にコメントでお話を伺ってみたところ別の美容皮膚科で数年前に肝斑と診断されていたということでした。(今回も別の病院でセカンドオピニオンを求められほうが良いとお伝えしました)
一度美容皮膚科で治療を施して消失したものの、最近再発したため別の皮膚科に来られたそうです。
上記の資料では
「通常のシミは顔の片方にしかできないが黒皮症は左右対称にできる」という理由で見分けることができる
と書いていますが、
前述した『肝斑』も、同じく顔の両頬に左右対称にできることで知られています。
つまり上記の様な見分け方では肝斑と誤診する可能性が高いといえます。
(というか今回の例では確実に誤診だったと思われる)
それだけでなく、
こちらのプリントに記載されている『黒皮症』と呼ばれる症状に関する記載についても
多数おかしな点が散見されます。。
一応この資料の配布元の病院は伏せておきましたが、
東京都心部に位置するクリニックであることから患者さんの数もそれなりに居るものと思われます。
本物の皮膚科が配布しているものなのでそれだけで内容を信じてしまう患者さんも多いと思うのですが、
実際にはこれまでの化粧品技術の発展の歴史を鑑みるに、
ここに記載されている内容は非常に怪しいものであると判断せざるを得ません。
「黒皮症」と化粧品についての歴史や現在の法規制などについて
この場で詳しく解説しておきたいと思います。
◎化粧品による色素沈着症!?…【黒皮症】とは
「黒皮症(こくひしょう)」…
主に日本では【女子顔面黒皮症】や【リール黒皮症】という名称で
1960年代~1970年代末期頃に問題視され、
当時の化粧品業界に大激震を与えた皮膚疾患です。
▶https://www.cosmetic-medicine.jp/result/kokuhi-sho/index.html
よく知られた症状では、
上記左の写真のように顔全体が長期間日焼けしたかのように黒ずんでしまうもので、
日光に当たっていないにも関わらずこのような状態になってしまう女性が非常に増えたということで
当時の皮膚科学会や香粧品関係学会で大々的に問題視され、
多くの研究が行われた過去があります。
特にJ-STAGEなどの国内の論文投稿サイトを調べても、
1970年代末期~1980年代前半ごろの投稿が非常に多く、
最近ではめっきり投稿数がなくなった症例です。
というのも、
「黒皮症(女子顔面黒皮症)」は当時の化粧品に頻繁に配合されていた
いくつかの感作性(アレルギー性)の高い物質が原因で起こっていたもので、
様々な研究の結果として
それらの成分の多くは特定され、
現在では化粧品に配合できないようになっているからです。
(もしくは限定的な処方のみ許されるなど決まりがある)
黒皮症の成因については、
冒頭のプリントに記載されている内容で大体はあっています。
簡単に言えば「化粧品に入っている成分に対してアレルギー性接触皮膚炎が起こり、肌が炎症を起こして、その後炎症性色素沈着が残る」というもの。
昔からかずのすけも「肌が黒くなる(メラニンを作る)のは紫外線だけじゃなくて刺激や炎症に対しても起こるよ」と口をすっぱくして言っていたのですが、
黒皮症はこの最上級版という感じですね。
そして当時の様々な研究によって、
▶本年におけるリール黒皮症および過去の推移
高橋 洋子, 須貝 哲郎, 山本 幸代, 渡辺 加代子
化粧品に用いられていた特定のタール色素(不純物を含む赤219や黄204など)やイランイランやジャスミンなどの精油に含まれていた特定の芳香性化学物質(香料)、光感作性を有する化学物質(フロクマリン等)、サリチル酸ベンジルなどの特定の防腐剤類・殺菌剤類、
その他不純物を多く含んだ純度の低い化粧品成分などが原因のほとんどを占めていたことが明らかとなり、
その後化粧品基準などが改定されて上記に指摘された成分は事実上化粧品には配合できないようになったのです。
結果として
黒皮症と診断される症例は一時全患者数に占める割合が5%に迫る勢いだったのが
90年ごろには0.数%と極稀な症例となり、現在に至ります。
(アレルギーを完全に予防することは難しいため、稀に起こることはありえる)
▶1990年度新患黒皮症のまとめ
有馬 八重野, 早川 律子, 鈴木 真理, 荻野 泰子, 有巣 加余子, 広瀬 統, 松永 佳世子
今でも肌に合わない化粧品の使用による「化粧品かぶれ」や後述する「肝斑」など類似の症状は確かにあるものの、
それらすべてを【黒皮症】と乱暴に括ってしまい、
さらにすべての化粧品が問題であり使用を控えなければならないと患者さんにアナウンスするのは
不必要に過激な注意喚起であると感じます。
また、
もし「黒皮症」だと診断したのであればその原因物質を特定して避けるように促すのが現在の皮膚科での一般的な治療のセオリーであり、
原因の特定も行わず「今使っているものを全部捨てろ」…というのはあまりに杜撰な対応ではないでしょうか。
◎「肝斑」と「黒皮症」の違いについて
そして、
現在ではこの「黒皮症」に一番類似の症例が【肝斑(かんぱん)】だと思います。
肝斑とは以下のような両頬部に左右対象に生じる薄ぼんやりとしたシミの一種で、
▶https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/site_kanpan/distinguish/photo_case01.html
中年の女性に集中していることから一説によれば女性ホルモンと関係が深いと言われています。
黒皮症との外見上の違いは、
「顔全体ではなく顔の一部分(両側)だけ」
など、顔全体に渡る「黒皮症」ほど重度な黒ずみではありません。
黒皮症の治療が非常に難しく難治性であるのに対して、
肝斑は現在ではトラネキサム酸の内服や肝斑専用のレーザー治療で比較的簡単に治療できるのが特徴です。
(ただし継続治療しなければ再発してしまうことが多いし、レーザーも場合によっては悪化してしまうという意見もある)
ですので、「黒皮症だから簡単に治せない」と一蹴されたけど、
実は肝斑であれば比較的簡単に治せるかもしれないということで…
ここを誤診してしまうと患者さん的には切ない話ですよね…。
ただ、実は「肝斑」は「黒皮症」のごくごく軽いものである、という説もあります。
肝斑は女性ホルモンによるもの、という意見がある一方で、
スキンケアのしすぎや肌に合わない化粧品の継続使用で炎症が起こった結果できているという考えもあり、
抗炎症作用のトラネキサム酸の内服で治癒できるのがその証拠であるとも言われています。
これは僕も少し賛成するところがある意見なのですが、
ただ黒皮症はもっと重篤なアレルギー物質が原因になっていたものであり、
現在の化粧品の微小皮膚刺激が蓄積したものが肝斑だと考えたとしても
それを一緒くたにしてしまうのはナンセンスだと思います。
肝斑程度の炎症性色素沈着ならば現代の医療レベルなら比較的簡単に治せるのですから。
◎記載内容のおかしな点について
さらに今回拝見したこの資料、
明らかに記述内容が学術的におかしな点がいくつかあります。
例えば以下の点。
最近の黒皮症に最も多く見られる特徴は、顔全体に色素沈着を起こすものではなく、両頬、上唇などの紫外線が強く当たる部位にのみ色素沈着を起こします。黒皮症のなかでも特に“光毒性皮膚炎”と呼ばれています。
特に「黒皮症の中でも”光毒性皮膚炎”と呼ばれています」という記述には首をかしげる人が多いと思います。
黒皮症と光毒性皮膚炎は症状的に全く別物ですよね。
確かに光毒性物質を皮膚に塗ってそこで接触皮膚炎が生じれば、後に炎症性色素沈着が残って黒皮症のようになることは考えられますが、
まるで黒皮症の症状の中に光毒性皮膚炎があるかのような書き方には問題があると思います。
多くの誤解を生じる記述です。
また、実は現在の化粧品において「光毒性」を有する成分はまず配合できないので、
(光毒性…紫外線により変質して皮膚などに明らかな刺激性や毒性を発揮する成分)
ある意味化粧品の利用で光毒性皮膚炎を起こして黒皮症になることはほぼ考えられません。
(極微量不純物として混ざっている場合はないとも言えないので、100%とは言えませんが、「最近よくある」と言えるほど症例があるとは到底思えません)
光毒性を持っている成分は化粧品よりも医薬品のほうが圧倒的に多いと思います。
(モーラステープなど湿布薬の有効成分であるケトプロフェン等)
ちなみに似た症状で「光アレルギー性皮膚炎」というのもありますが、
この光アレルギー性物質は件の研究の際に黒皮症の原因物質として問題となったため
現在ではそれを内包する精油成分や香料などの特定成分(フロクマリン等)を科学的に除去して配合されるようになっています。
また類似の話ですが、
普段は安全であっても、多くの化粧品は、紫外線が当たると有害物質に変化します。ほとんどの化粧品は紫外線照射に対する皮膚の安全性に関して、充分な人体実験を行っていません。
そのため実際には、黒皮症を起こさない化粧品はほとんどありません。
この一文に関しては化粧品に関してあまりに無知だと感じました。
先程も書いたように、現在化粧品に明らかな光毒性物質や光感作性物質は配合されないようになっています。
特に紫外線での変質についてはとても厳重に試験されていおり、
無添加系やオーガニック系に稀におかしな化粧品があるのは事実ですが、
基本的にはほとんどの化粧品(特に日焼け止めやメイクアップアイテム)が紫外線に対して安定です。
そのため、現代で黒皮症を起こしうる化粧品などはごくごく稀にしか存在しません。
他にも突っ込みどころが満載なので、
ぜひ化粧品や皮膚科学にお詳しい方は細部まで読み込んで頂くと良いと思います。
◎「知識のアップデート」は大切
というわけでTwitterで偶然見つけた過激すぎる「黒皮症」への注意喚起について思ったことを書いてみました。
この注意喚起に対して感じたのは「知識のアップデート」は大切だな…ということです。
おそらくこちらの皮膚科の先生は、
今から40年くらい前に問題になっていた黒皮症の知見を当時得たまま、
その後知識のアップデートをせずに現在まで来てしまったのではないかと思います。
今の現状で正しい黒皮症に関する最新の知見や、化粧品技術の発展を知っていれば、
たとえ実際に黒皮症の患者さんがいらっしゃったとしてもこんな過激な化粧品否定はしないと思います。
現状ならばまずは原因の物質を特定することが最優先で、
原因を特定してそれを確実に避けることができれば、
化粧品をやめる必要などなく今後も大好きな趣味を謳歌することが可能です。
たとえ本当に何らかの化粧品が原因だったとしても
化粧品やメイクアップが大好きな人に対して、
その原因をちゃんと特定せずに「すべての化粧品をやめろ」
…というのはあまりに酷で、人の気持ちを無視した安直な結論だと僕は思います。
「医療」と「美容」の世界には簡単には言い表せられない深い隔絶があるのは前々から気になっているところですが、
まだまだこういう意見を持っている皮膚科も多いのかな…と感じた一件でした。
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