ザ・ハンマー 著:飯野文彦
ザ・ハンマー
飯野文彦:著
エニックス ISBN:4-7575-0485-3
2002年8月発行 定価882円(税込)
1冊前に読んだ本が、けっこう頭を使う読み物だったので、今度は頭を使わない物がいいと思って、これをチョイスしてみた。カバー裏のあらすじ解説にあった“超Z級スプラッターホラー”という言葉に、惹かれる(笑)エニックスがスクウェア・エニックスになる前に出版された本なので、一応絶版みたい?Amazonのマケプレなんかではまだまだ買えるみたい。
とある地方の閉鎖的な田舎町、矢摩来町で、猟奇的な殺人事件が発生。町の権力を牛耳る町長、野義昭造の長男・昭治が、カーSEXの名所でもある町の高台でガールフレンドとよろしくやっているところを巨大な化け物のような影が襲ったのだ!昭治はなんとか助かったものの、ガールフレンドは元の形が判別できないほどの肉塊と化していた。この事件を皮切りに、矢摩来町で同様の惨殺事件が連続して起きる。停職中の刑事、皆藤幹也は復職をかけて、犯人を追う!
本当にZ級ですね(笑)出てくるキャラクター、ほとんど変態だよ。超下品なエロ&バイオレンスオンパレードで…最初のうちは鬼畜な文章も…「13日の金曜日」とかハリウッドホラーでも見ているような雰囲気(SEXしか考えてないバカモノな若者が惨殺されるというお約束)で面白く読めたのだが、最後まで同じテンションだと、かなり疲れる。もう、何度…糞尿・ゲロ、その他類する言葉が出てきたことか。何かあるたびに、出てくる奴らは糞まみれ、ションベンまみれになるんだこれが。あとはSEXネタばっか。
一応は、刑事が犯人探しする(=怪物の正体を突き止める)なんてサスペンスミステリーな要素もあるんだけど、怪物の正体は予想通りで、驚きはない。下ネタ描写はやたらと丁寧で、要らん描写もたくさんあるくせに、肝心の何故、そういった怪物になってしまったかというのは、けっこうおざなりな説明で、この辺もB級ホラー映画と同じノリを感じる。
綾辻行人の「殺人鬼」をもっと低レベルにした感じの作品だった。糞、ションベンの描写だけでももう少し控えてくれれば、それなりに楽しめたのだけどね…程ほどにしてくれよ。
主人公の刑事もとんでもないチンピラ刑事…停職になっているのは仲の悪い上司の嫌がらせなんだけど、元々からかなりのごろつきだったんだ、これが。
最初の方は…明確な時代設定が提示されてないんだけど、妙に古臭いイメージが付きまとう。そしたらさ、“南海の野村(克也のこと)”とか、“ジャイアント馬場とボボ・ブラジルの試合を見た”なんて描写がさりげなく出てくるんだ。「エクソシスト」が新作映画として語られているのをみると、1974年前後なんだろうと思うけど。
エニックス発行の小説というと、たぶん…ターゲット年齢は低めだと思うんだけど、それにしちゃ、オゲレツ(死後だろこんな言葉)すぎるね。
個人的採点:50点
浪漫探偵・朱月宵三郎 屍天使学院は水没せり 著:新城カズマ
浪漫探偵・朱月宵三郎
屍天使学院は水没せり
- 新城カズマ:著
富士見書房 ISBN:4-8291-6117-5
2001年3月発行 定価567円(税込)
前に読んだSF小説「サマー/タイム/トラベラー」の新城カズマのミステリー小説を見つけたので買ってみた。表紙のイラストから察せられるとおり、富士見ミステリー文庫というライトノベルな作品です。ただ、このイラストに騙されることなかれ、中身はとんでもない怪物です。全然、中高生向きじゃないし、そこそこ読書好きの大人だって、読むのに一苦労するのではないかと思われる、一癖も二癖もある難解な作品です。100円で見つけてきた本としては、メチャクチャ読み応えがあったけど、ライノベ感覚で手を出しちゃったので、頭使いすぎて、ちょっと疲れた。
全寮制の女学院、聖クラリッサ学院に転校してきたばかりの深草真夜は、図書館で一人の少女をよってたかって責めながら、怪しげな儀式を行う先輩たちを目撃。思わず仲裁に入ってしまった。実はその少女も転校してきたばかりで、目羅乃乃子と言う。妙な成り行きで、出会ってしまった2人、噂好きの乃乃子が仕入れた学園内で起きた“猟奇殺人”の話を聞いていると、その直後、謎の巨猿が現れ彼女たちを襲った。そのピンチを救ったのが、時代錯誤な格好をした不思議な青年・朱月宵三郎だった。実は三郎は、長い間、本の中に封印されており、真夜を助けるために抜け出してきたのだ。今回の事件の影には、同じく封印されていた夕闇男爵という三郎の好敵手が関わっており、その人物が真夜を狙っているという…。
冒頭のさわりの部分を紹介してみましたけど、きっと物語の内容なんて、全然イメージできないと思いますよ。こういうのってメタミステリっていうのか?とにかく、メチャクチャなお話です。大昔の探偵小説を思わせる文体で語られ始めたと思いきや、化け物は出てくるし、封印やらなんやらファンタジー系なのかと?でも、密室で行われた猟奇殺人やら、謎の暗号やらを解くなど、物語の真髄では本格推理も忘れちゃいない。素っ頓狂な萌えキャラ出てくるあたりは…しっかりライトノベルというのを意識していますね。
独特の文体で、言葉巧みに読者を翻弄していきます。作品の骨格やオチなど講談社ノベルで出ている、北山猛邦作品みたいなのが好きな人はいいんじゃないですかね?ああいう作品をもう少しライノベ風にしたって感じ?あとがきで、原作者も詳しく語っていますが…偉大な先人へのオマージュであり、パロディであり、変化球の推理小説として…玄人向けの作品ですよ、やっぱり。読書好きの人からは、かなり評価されているようです。自分ももう少し知識を見に付けて、いつかは再読してみたいななんて思ったり…。
個人的採点:70点
そして今はだれも 著:青井夏海
そして今はだれも
- 青井夏海:著
双葉社 ISBN:4-575-23534-2
2005年9月発行 定価1,785円(税込)
「そして今はだれも」を読み終わった。新米の女教師と生徒が、相次ぐ自主退学の謎に迫る学園ミステリー。全体的に地味な印象が強く、殺人事件も起きなければ、警察も出てこなかったりするのだけど、しっかりと推理小説になっているところは評価できるのでは?
名門のお嬢様学校として知られる明友学園…近年、共学化を果たしたものの、OBや保護者、教師陣の中には伝統を重んじる者が多く、男女の差が歴然とした特殊な環境だった。そんな学園内で、男子生徒ならともかく、品行方正な筈の女子生徒が、続けて自主退学に追い込まれた。その影には、Xと呼ばれる謎の教師が深く関わっているらしいと生徒の間で噂になっている。新任の女教師・坪井笑子は…生徒から協力を求められ、X探しを手伝うことになってしまった…。
最近は学校の先生の不祥事も目立ってきたから、こういう話もリアルっていえば、リアルだよね。
限られた容疑者の中から、与えられたヒントと、調査によって得た証拠で、ああでもない、こうでもないと推理し…犯人を突き止めていく。その推理のカギになるひとつが、タバコ・喫煙というアイデアがなかなか面白い。
生徒には「法律で決められているから吸っちゃダメだ」と説教をし、そのくせ職員室に帰れば、タバコを上手そうにふかす教師の姿って、けっこう学生時代に奇異に映ったもんですよね。そういうところから、教師だって普通の人間なんだっていうのがよく感じられました。=犯罪にだって走るよな~って微妙な説得感が出てくるわけですよ。教師だって人間なんだから、欠点のひとつやふたつ、みんな持っているわけで、この作品ではそれが、みんなをどんどん怪しくしていくんです。
怪しいヤツほど、きっと犯人じゃないんだろうなぁって雰囲気は最初から感じていたので、オチはなんとなく想像通り。犯人との対決なども、イマイチ盛り上がりに欠けたが、それも物語をうそ臭くしないための著者の努力だと好意的に捉えましょうかね…。それにしては、記憶喪失の生徒がちょっとリアルじゃなかったなぁ。
個人的採点:65点
蛍 Firefly 著:麻耶雄嵩
蛍 Firefly
- 麻耶雄嵩:著
幻冬舎 ISBN:4-344-00664-X
2004年8月発行 定価1,680円(税込)
麻耶雄嵩の「蛍 Firefly」をハードカバーで読了。今年のはじめに、新書にて再発売されている模様。
オカルトスポットを巡る大学のサークル・アキリーズ・クラブの面々は、京都の山奥にある「ファイアフライ館」と呼ばれる屋敷へやって来た。そこは、かつて有名な音楽家が猟奇殺人を起こした場所であり、現在はクラブのOB、佐世保が所有している。件の殺人事件と同じ日に合宿を行うというのが彼らの中では恒例行事になっているのだが…、実は昨年合宿に参加した一人の女性メンバーが、その後、“ジョージ”と呼ばれ世間を騒がしている殺人鬼の餌食となっていたのだ。メンバーはその事件を忘れられず、心にしこりを残したままだった…。
途中、ややダレ場もあるが、麻耶雄嵩らしい本格仕様の極太推理小説ではあり、後半は見事な伏線とどんでん返しに酔いしれ、最終ページのエピローグまで気が抜けなかった。ただ、トリック&犯人など他の麻耶作品と比べると、全体的に分かりやすい内容ではあったかなと…。最後の最後のオチには思わず、不謹慎にも笑ってしまった。
嵐の山荘ものという…本格推理小説ファンにとっては、それだけで贅沢なご馳走なんだけど、思ったほど進行形で起きる事件の方が派手ではなかったかなと…。「ファイアフライ館」を舞台にした音楽家たちの事件、または殺人鬼ジョージと…過去の出来事のほうがインパクトがありすぎた。それに負けないくらいのおどろおどろしい事件を、起こして欲しかった気もするのだが…事件の当事者たちが、冷静すぎちゃって、どこか緊迫感が欠けるのが勿体無い。トリック優先なのかなという解釈もできるか…?もちろん、それらの過去の事件も、しっかりと物語には関わってくるのだけどね…。
綾辻やシマソウの後継者的な作者だけに…本格好きなら読んでおいた方がいいですよ。充分、楽しませてもらいました!
新書版 蛍 幻冬舎 2006年1月発行 定価880円(税込)
個人的採点:70点
Fコース 著:山田悠介
Fコース
山田悠介:著
幻冬舎 ISBN:4-344-40668-0
2005年6月発行 定価480円(税込)
前に、2冊しか読んでないのにボロクソ貶したら、山田信者のファンに偉く怒られまして(もちろんコメント削除したけど)、もっと作品を読んでから批判しろと言われました。じゃあ読んでやろうじゃないかと意気込んだんですけどね、なかなか100円コーナーになくてずっとほったらかしにしていたんですけど、この間、新し目の作品も含めて大量に山田悠介本を100円コーナーでGETしました。でも、なんだか、やっぱり読み始めるのが怖くて(金返せ!時間を返せ!ってなるんじゃないかと思って)…結局、一番薄っぺらい文庫から読んでみることに。読書慣れしている人だったら、30~40分で読めそうなくらいの内容です。
えっと、これもホラーでいいんでしょうか?バーチャルゲームにハマった若者がただゲームしているだけだった「Aコース」の続編?姉妹編?な作品。そう、「Aコース」を読んで、ボロクソ貶したんですよ、確か…。
ホンモノのようなリアルな仮想体験ができると人気のアトラクション「バーチャルワールド」の新作、Fコースに挑んだ3人の女子高生と、1人の女子中学生…。ゲームの内容は、ある美術館に潜入し、指定された絵画を時間以内に盗み出さなければ爆発するという…。もちろん美術館には警備員がガードしており、さらに説明になかった謎の敵も現れる!4人は無事にゲームをクリアできるのか?
はぁ(ため息)、何も言う事はありません…途中でまさかとは思ったけど、やってはいけないオチを平気でこの人は…。結局、何も起こらない「Aコース」も酷いが、このオチはもっと酷い。反則なオチをやらかすなら、せめて中身をしっかり読ませろよ。あのオチが成立するような作品に仕上げろよ。まったく手抜きもいいところ…。100円で買っておいて言うのもなんだけど、金返せ!
それにしても、新しい作品を読むたびに、ガックリとさせられるよね、この山田悠介という作家は…。これでベストセラーになるのだから、今の世の中の方がよっぽど恐ろしいホラーです。続けて山田作品を読む気にはなれません。また、気が向いたら読みます。
個人的採点:30点
狂い咲く薔薇を君に 牧場智久の雑役 著:竹本健治
狂い咲く薔薇を君に
牧場智久の雑役
竹本健治:著
光文社 ISBN:4-334-07631-9
2006年4月発行 定価840円(税込)
別のシリーズで主役をはっている牧場智久という探偵が脇役になって登場する、竹本健治の連作短編。あとがきを読んだら、漫画原作として用意した企画が、ポシャッたのでそのアイデアを生かしてアレンジしたそうで…あまり多くの竹本作品を読んでいない自分でも、雰囲気の違いが感じられた。なんか、霧舎巧の霧舎学園みたいな、軽い感じのラブコメ風学園ミステリーとして楽しめる1冊であり、ライノベ感覚でも読めちゃうのでは?しかし表面上は軽いタッチだが中身はしっかり本格推理になっているので、ミステリマニアも充分楽しめるはず。
騒がしい密室
明峰寺学園に通う高校一年、津島海人…突如、始まった校内放送で同級生の少女に名指しで問い正されてしまったのだが、本人には何のことかさっぱり理解できない。その直後、その少女が密室の放送室で自殺を図って死んだ。学校中の生徒から批難の目が向けられた海人の信頼を回復させるため、憧れの先輩、武藤類子と事件の調査を開始!類子は事件を解決させるために、頭脳明晰な天才棋士牧場智久に助っ人を依頼した。
密室トリックをメインに、色々と残された手がかりからの犯人探し。挿入されている挿絵なんかにも、さりげなく手がかりがあったりして、犯人やトリックなども読者にも割と正解が導きやすいようになっていたのでは?
狂い咲く薔薇を君に
津島海人は、演劇部の部長に担ぎ出され、イギリスの薔薇戦争を元にした史劇で役者を演じることに…。その舞台の本番中、演劇部の看板女優が演じる姫が、暗殺者に矢で撃たれて絶妙するという迫真の演技を披露した直後に…実際にボウガンの矢で刺されて死んでしまった。全校生徒が見守る中で起きた殺人事件…舞台を偶然見に来ていた牧場智久も加わり、捜査を開始する…。
表題作ってことで…3作品の中で一番、計算しつくされた大掛かりなトリックものって印象が強かった。現場の状況だとか、トリックを理解するのにも、けっこう頭を使ってしまった(笑)読みながら犯人探しする余裕なんかなかったよ…。
遅れてきた屍体
津島海人はいつものように学校へ登校すると、なにやら人だかりができており、パトカーやマスコミで騒然としていた。なんと、学校の校庭で女生徒が殺害されたのだが、その姿があまりにも奇妙で、猟奇的だったのだ。死体から内臓が全て抜かれており、さらに死体は校庭に描かれたミステリーサークルの中に放置されていたのだ。オカルト狂いの生徒は宇宙人の仕業だと言い出す始末であり、被害者の女性ともオカルトに興味を持っていたらしい…。過去の事件を通し顔見知りになった刑事から情報を収集しながら、海人と類子は、今回は牧場智久抜きで事件を解決してやろうと意気込むのだが…。
学園内で起きた猟奇殺人…いち早く“ハウ・ダニット”ではなく“ホワイ・ダニット”だと劇中人物に宣言させ…何故、こんな手の込んだ猟奇殺人を行ったのかから事件を解こうと、ああでもない、こうでもないと突飛な推理を繰り広げていく。
全体を通して学園ミステリもののお約束のようなキャラクター活躍し…生徒が死んでいるのに不謹慎すぎる発言ばかりの、教師や生徒たちと、思わず事件は凄惨なのに笑ってしまうところもあったりする。キャラクターの登場の仕方とかやや強引なところもあるんだけれども、お約束として読むのがいいんだろうなぁと。軽い気持ちで読みながら、本格も味わえるといので良しとしましょう。
個人的採点:70点
南方署強行犯係 黄泉路の犬 著:近藤史恵
南方署強行犯係 黄泉路の犬
近藤史恵:著
徳間書店 ISBN:4-19-850676-0
2005年9月発行 定価860円(税込)
近藤史恵の「南方署強行犯係」シリーズの2作目…前作の「狼の寓話」ではDVを扱ったこのシリーズだけど、今度はアニマル・ホーダーというちょっと耳慣れない言葉がテーマ。動物愛護がエスカレートしてしまい、逆に動物の虐待へと繋がってしまう人のお話。
新人刑事の會川圭司が、南方署の強行犯に配属されて3ヶ月…若い姉妹が暮らす家に空き巣が入り、犯人と鉢合せしてしまうという強盗事件が発生。被害者は軽い怪我を負ったものの、金品の被害も少なかったのだが…ただ一点、愛犬のチワワを連れされれてしまったことに大きなショックを受けていた。犯人の手がかりがつかめないまま数ヶ月…思わぬところでその手がかりが発覚。被害者がインターネットで情報を募っていたところ、犬を保護したという情報が寄せられたのだ。しかし、既に飼い主と名乗る人物が連れ去っていた後だった…。確認のため調査に乗り出す會川と先輩の女刑事・黒岩のコンビだったが…その連れ去った謎の人物を捜査中に新たな事件に遭遇する…。
著者なりの、動物愛護への考えがかなり強調されているのだが、実はペット嫌いなので、へ~そうなんだと冷めた目線で読んでしまう所も多々あり。ただ、ペットへの人間のエゴイズムと、人間の子育てを対比させるなど、ペットに興味がなくても読ませるような工夫がされていた。會川くんの先輩である、クールな女性刑事、黒岩に…家庭のゴタゴタが勃発。甥っ子への母性愛が目覚めることで、黒岩が苦悩する姿が描かれていく。家庭のゴタゴタが捜査中の事件にも関わったりすれば、もっと面白かっただろうに…。
個人的採点:65点
レストア オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿 著:太田忠司
レストア
オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿
太田忠司:著
光文社 ISBN:4-334-07630-0
2006年3月発行 定価840円(税込)
太田忠司の「レストア オルゴール修復師・雪永鋼の事件簿」を読む。著者の霞田志郎シリーズでも過去にオルゴールを題材とした作品があったが、よっぽど好きなテーマなんでしょうね。今回はオルゴールの修復師が主人公に。連作短編なので、一つ一つの物語は、推理小説としてちょっと物足りない部分があるんだけれども…人間ドラマの方で最後までなんとなく惹きつけられてしまう…。鬱病に掛かっていて病院通い…人付き合いが苦手な偏屈な主人公が、事件を通して人間らしさを取り戻していくというのがお話の流れ。
夏の名残のバラ
雪永鋼を修復師の道に引っ張り込み、常客の一人である遠江早苗から、奇妙な依頼が舞い込む…。ただでさえ人付き合いが苦手な鋼だったが、知人のオルゴールを直すために依頼人と直接会って欲しいと…。一方的な要求に、渋々従った鋼は…飯村睦月という若い女性と引き合わされる。彼女の依頼は、亡き父親の遺品のオルゴールの曲が、生前、父が聴いていた曲と全然違うものなので、何故、そんなことが起きたのか解明して欲しいというものだった…。
キャラクターの紹介編といったところだろう。オルゴールの謎は、解明されると大したことがなかったのだが、その後の出来事の発端になるエピソードで、これを機に今回の依頼人だった飯村睦月が抱える家族間のゴタゴタに引きずりこまれていく。連作なのは分かっているけど、それにしてもラストはちょっと中途半端な印象を受けたなぁ。まぁ、最後まで読むとスッキリするけど…単発で読むと評価しにくいです。
秋の歌
鋼は行き着けの喫茶店のウエイトレスから、オルゴールの修理を依頼される。高価な物ではないので、修理をするより新品を購入した方がいいと薦めるのだが、実は知り合いから預かった母親の形見であることが伝えられる。遡ること一ヶ月前、母子家庭の親子が火事の被害にあい、生き残った娘がどうしてもオルゴールを修理したいと願っていたのだ。事情を聞き、オルゴールを調べる気になった鋼だったが、それがきっかけで、火災の裏に隠されたある秘密に気が付く…。
一番、推理小説らしかったエピソードかな。単発で読んだら、これが一番面白いだろうなぁと思える話だった。飯村家の方はそんなに深く関わってこないんだけど…睦月が頻繁に接触を試みてきて、話が繋がっているんだよって言うのを匂わす役目を果たしていた。
冬の不思議の国
鋼の師匠であり、国内外からもレストアの腕を認められていた灘本が、亡くなる前に修理した最後のオルゴールが、壊れてしまったと早苗から修理依頼が舞い込む。灘本のレストアした作品が、たった数年で壊れるわけがないと怪しむ早苗だったが…案の定、そのオルゴールには秘密が隠されていた。
オルゴールを題材とした中では一番、綺麗にまとまっていたかなって思える話だった。事件らしい事件は起きないんだけど、暗号解読などが、盛り込まれていた。徐々にキャラクターの意外性などが見え始めてくるし、主人公の鋼にも何か秘密がありそうだと匂わせる記述が…。
春の日の花と輝く
飛び込みで修理見積を受けた鋼、しかしそのオルゴールは大して高価なものではなかった。持ち込んだ依頼主は、亡き祖父が自分が死んだら処分してお金に変えろと言い残したので、さぞかし高価な物なのだろうと期待していたらしいのだが…。
思わせぶりだった飯村家のゴタゴタが表面化。作品全体を考えると、クライマックスへ向けて一番盛り上がってきたところなのだろうが、テーマになっているオルゴールの話のほうが、脇のような存在になってしまった印象を受ける。何で祖父は自分が死んだら処分して欲しいと考えていたのかというのが今回のカギでもあるんだけれども、それよりも主人公の身に降りかかっているゴタゴタを助けるヒントを、その依頼から得るいうのが重要だったみたい。
わが母の教えたまいし歌
父親の会社を継ぎ、切り盛りしている姉が持ち込んだ、壊れたオルゴールペンダント。実は母親からのプレゼントだったと鋼に伝える…。
飯村家のゴタゴタもようやく収束に向かいつつ…ようやく鋼の秘密が明らかになる。結局、オルゴールのレストアをしながら、それに関わった他人の心をレストアし、自分の心もレストアされていたという。鋼の“あの秘密”…もっと凄いものを想像していただけに、ちょっと拍子抜けだった。
実は、全ての短編に共通するのが、“親子・家族”の問題が絡んでいるということ…。個々のオルゴールにまつわるエピソードもそうだったんだけれども、飯村家のゴタゴタにしろ(あえて各短編のあらすじには含まなかったんだけれども、色々と家族間で事件が起きている)、そして主人公の鋼にしろ…みんな、原因はそこにあったのかと。通しで読むと、実はオルゴールじゃなくて、そっちがテーマだったのかと納得してしまう感じでした。推理小説としては弱いが、物語としてはいい話だった。自分も60の後半に差し掛かろうとしている両親のことをちょっと考えちゃったりしたね(^^ゞ
個人的採点:65点
孕み -白い恐怖- 著:佐藤有記
孕み -白い恐怖-
佐藤有記:著
角川書店 ISBN:4-04-381601-4
2006年1月発行 定価500円(税込)
角川のホラー文庫から出ているホラー小説だが、同名タイトルの映画を脚本家自身が小説化したものだそうなので、ノベライズに分類しておく。
中学生のゆいは…たった一度の同級生とのSEXで妊娠してしまった。世間体を気にした両親は…父方の妹…叔母夫婦が山奥で営むペンションに滞在し、そこでゆいに出産させることにした。しかし急激な環境の変化に戸惑いをみせる両親。ゆい自身も現実感を見出せないまま日々を過ごしていたのだが…近所に住む異様な風体の男の目撃し興味をそそられ、さらにその男の行方不明になっていた母親の死体を発見する…。
映画やドラマのノベライズっていうと…本当にシナリオそのまんまのような中身の薄い小説も少なくないんだけど、一応、想像力をかきたてられる文章にはなっている。しかし、文章が上手だとは手放しで誉める事はできず、人称がころころと変わるのが、けっこう読みづらい原因かと?
スプラッターホラーを扱った小説にも、綾辻行人の「殺人鬼」シリーズのように、本当にホラー映画を読んでいるような恐怖と、小説ならではのどんでん返しのビックリが味わえる作品があるのだけれども、この作品はその部分については、全くひねりがなくて残念ですね。
妊婦の中学生…古くは金八先生とか?最近もTVドラマで似た題材の作品がセンセーショナルに扱われているけど、その部分も、ようは、殺人鬼が跋扈できる舞台に、主人公たちを誘う手段にしかなっていないのね。雪山に連れて行ったってだけで満足しちゃってるみたいで…あらすじで読むほどショッキングじゃなかった。“孕み”=“妊婦”のことだと思っていたんだけれど、そういう意味合いも持たせながら、人間誰しも、腹の中ではどす黒いものを抱え込んでるいるといいたいようです。唯一、ピュアな存在のキャラに最後にあのセリフを言わせたかったようですね…。
これが映像になると、どんな風になるのでしょうか?DVDも出ているようなので、機会があったら見てみようかなと…。小説としてはちょいイマイチ。
個人的採点:55点
百万の手 著:畠中恵
百万の手
畠中恵:著
東京創元社 ISBN:4-488-01702-9
2004年4月発行 定価1,785円(税込)
東京創元社のミステリ・フロンティアの一冊として配本されたのだが、今年になって文庫化されているみたい(だから100円コーナーで見つかったのか)。この著者の作品を読むのは初めてだったのだが…著者初の現代小説ということ。
中学生の音村夏貴は父親を亡くし、母子家庭で育っている。最近、何かと干渉的な母親と喧嘩をし、家を飛び出した夏貴は…兄弟のように育った幼馴染の正哉の家に向かうのだが、なんとそこが火災に見舞われていた。幸いに正哉は外にいて助かったのだが、家の中に両親が取り残されているのを知ると、自ら炎の中に飛び込んでいってしまい、結局、助からなかった。目の前でその姿目撃し、彼の行動を止めることが出来なかった事を悔やむ夏貴も…ショックのあまり持病の過呼吸の発作が起き、救急車で病院へ運ばれた…。その夜、無事に自宅に戻ってきた夏貴は、最後に正哉と会話を交わしたときに彼の携帯電話を掴んで、持ってきてしまったことに気づく。すると、その携帯電話から、なんと正哉の声が聴こえてきたのだ…。この世に未練を残した正哉が、火災の原因が放火ではないかと訴え、夏貴に犯人探しをして欲しいと頼み込む…。
主人公が初っ端で、携帯電話に宿った、死んだ友人の幽霊と会話しちゃうわけだから…その後は何を言われても、どんな展開になっても納得するしかないです(笑)現代が舞台だけど、一昔前だったらSF小説の題材だよね、コレ?マッドサイエンティストが出てくるB級映画を見ているようで、エンターティメント小説としてはけっこう面白い。
ネタばれになるので、あまり詳しく書けないんだけど…最初は友人の仇討ちに、放火犯を捕まえようと思っていたんだけれども、実は主人公たちの出生の秘密が物語に深く関わってきて、主人公も何度も命を狙われて、知らず知らず事件の当事者になっていくという展開。
ストーリーもさることながら、大切な友人を失った主人公の少年の前に突如“未来の義父(母の婚約者)”が現れ、とっても胡散臭いオッサンなんだけれども(最初のほうなんて、存在自体が不自然でお前も事件に絡んでるのではないか?って疑いたくなるもんね)、事件を捜査する相棒となっていく過程が面白く描かれている。
予想に反して、大風呂敷を広げたSFチックな話なんだけれども、家族の再生・絆なんかもしっかりと描かれていて、そういうところもテーマになっており良かったと思う。
文庫版 百万の手
東京創元社 2006年6月発行 定価840円(税込)
個人的採点:70点