ちょっと迷ったけど、やはり今やるべきだろうと思って。
かなり複雑な気持ちだけど…。
【本篇】に続く。
2023年6月27日、仕事で大阪へ行った際に立ち寄ったのが
その名も「歯神社」。この少し前にブラタモリで登場した神社だった。
そのロケーションは
こんな感じ。なるべく人が少ないタイミングを狙って撮ってるからこんな感じだが、なかなかどうして。
普段は地図リンクを貼るが、
今回はロケーションを知っていただくためストビューを貼ろう。関西にお住まいの方ならお分かりかと思うが、ガチの街中である。
学生時代からこのあたりはよく来ていたし、そういえばここに神社的なものあったかなあ、くらいの印象はあったけど、
気に留めたことなど一度もなかった。ブラタモリで知るまでは。
由緒書き。
各自お読みいただきたい。
ここに映っているのが境内のほぼ全てだが、
そこに、「なで石」なる石が安置されている。
既に詳しい内容は忘れてしまったんだが、このなで石、元々は船をつなぐ石だった、とかだっけ。違ったかも。
とにかく、現在大阪キタの一大繁華街である梅田は、実はかつて「埋田」と呼ばれた寂しい湿地帯であり、全くもって栄えた場所ではなかったんだよ、という説明の傍証として登場していたように思う。
阪急の大阪梅田駅からは徒歩5分、JR大阪駅からでも10分以内の場所。
梅田にお越しの際は、ぜひお立ち寄りを~。
全然関係ないけど、大阪駅ホームから見えるぴちょんくん、ここにおったんか~。今気づいた(笑)。
2020年11月29日、福井県宿題回収ツアーの初日。
この日のネタで唯一記事にしている朝イチの大谷トンネルを後にして約40分、
本日最初の「宿題回収」ポイントへと到着した。場所はおおむねこのへん。
存在を知ってからなかなか訪ねあぐねていた、ザ・宿題。ブツがどこにあるかは…おわかりですな?
この不条理なロケーションはもちろんだが、ブツよりもさらに奥にあるコンクリ塊も気になるな。一瞬さらに先代の隧道が埋められてるのかと思ったが、さすがにそれはないか。
まずは正対。
突き出した岩をぶち抜いているが、向かって右側からすぐに回り込めそうな(実際、建物さえなければ容易いはず)。
地図リンクはご覧いただいただろうか。この状況は間違いなく、かつてこの隧道、海岸線ギリギリにあったんだろう。道路改修のために海岸が埋められて後退し、こんな感じになっちゃった、と。
でもなけりゃわざわざこんな隧道掘るわけない。絶対穴が掘りたいだけやろ!?な房総半島じゃあるまいし(笑)。
この隧道の完成年は不明(ネット上では調べきれず)だが、険阻な越前海岸に(たぶん)初めてつけられた車道の息吹を今に伝える、貴重な遺構であると思う。
かなりワイルドなビジュアルだが、
ここんとこはどうした?
ちょっとだけ崩れたのかなんなのか、なんにせよこれ要る?いたずらに狭くなっちゃってるだけに思えるが…。
洞内は
なんだかよくわからないものの置き場(放置?)になっているような。
そしてこれは…
でゃーこん…じゃなくて大根。ですな。これはお漬物にするやつ?
大根をバックに(笑)振り返り。
ええですな~。
抜けて振り返り。
いや、えもいわれぬテイストが馨(かぐわ)しい限りで。そういえばこっちはモルタルで補修されてるな。
道路隧道としてはほぼ役目を終えているが、完全に死んでもいないというこの隧道、わたくし表現するところのリビングデッド隧道…「だった」。
「だった」と書いたのは、
わたくしの訪問後にフェンスで閉じられてしまったから。
これはわたくしの訪問からわずか4ヶ月後、2021年3月のストビューだが、
簡易ながらもフェンスが設置されてしまっているのがわかる。
人目に付くこのこのロケーションにあって、たとえ簡易なものでもフェンスの存在はキツイ。これでこの隧道はリビングデッド状態からとどめを刺されたってことなんだろう。これから訪ねる方は、その辺お見知りおきを。
以上。
2023年8月22日に敢行した薬院新川の古橋群探索は、酷暑のため福海橋、宮の谷橋、御陵橋、土居橋で打ち切り。平尾架道橋(仮)を見て終了した。
翌々日8月24日、残る橋をチェックするため、
再び西鉄平尾駅へ降り立った。
この日もたいがい暑かったのだが、なんとか橋を追いかけながら天神まで歩くつもり。さて、やりきれるのか、わたくし?
さて、本日最初の橋は平尾駅から目と鼻の先。
が、訳あって西鉄とは反対側の西側から始める。遠くに見えているのが西鉄の高架だ。
ここまでと同じ高欄意匠、そして白塗り。
橋名が仮名で刻まれていたが、「いちさ」の次が判読できなかった。Q地図様によれば、市崎橋だという。
薬院新川・上流側。
遠くに土居橋が見えた。
さてこの市崎橋、ここまでの橋と大きく違う点がひとつあって、
それは…
めちゃめちゃ幅が広い!
わかるかな?向こうの歩行者の背後にある柵みたいなのが、下流側の欄干なんである。つまり、下流側に大きく拡幅された結果が現在の姿であり、この道路(市道博多駅鳥飼線)を境界として今いるのが南区、向こうが中央区となっている。
なので、愛でる対象は
上流側しかない。
これまでの橋と同じく、「昭和九年二月」。白塗りが剥げて元のコンクリが覗いた親柱が愛おしいわ。
フェンス隙間からスマホを差し出して、
無理くりのサイドアングル。延長に対して幅員が三倍以上あるっていう。
最後に一応、反対側の写真も。
つまんな(笑)。
こういうシリーズでなければ単独ではまあ採り上げないだろうなって橋ではあるが、これまで判で押したように同じような橋が続いたことを考えれば、まあアクセントとしては良かったかなと。
強引に納得させ(笑)、次なる橋へ。
山の中の陰鬱な感じが続いたので、気分を変えまして。
2023年11月24日、中国地方TSHO周遊の二日目午前。かいかんはしとの予期せぬ出逢いに先立つこと約3時間、また違うテイストの予期せぬ出逢いがあった。
それは、
唐突に。なんかいらっしゃるよ!?
それは、
めちゃめちゃ熟成された軽バン。
ほとんど余地のない海沿い県道の山側に、
シンデレラフィットしていた。側溝さえ塞いでいない。絶にして妙。
わたくしには車種も定かでない彼(彼女?)は、
潮風に晒されながらというロケーションを考えれば、実はさほど古くもないのかもしれない。いつ頃にどのような経緯で、この場所にいることになったんだろうか?そこにどのような物語があったのか、なかったのか。
まあ良質な草ヒロというものは、すべからくちょっとした想像力を搔き立てるものであると思う。知らんけど。
多くの人がこれを見て抱く感想は「ただの不法投棄物」なんだろうけど(事実そのとおりなんだが)、わたくしは彼(彼女?)に、このままずっとここにいてほしいと思った。
この場所の地図は明示しないが、車を停車した先の左カーブを立ち上がったところにあったヘキサがこちら。
いやあ、ええとこでしたわ。
以上。