穴と橋とあれやらこれやら -78ページ目

穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【1】より続く。

 

 

延長500mにも及ぶと言われる、水路隧道。果たして、どんな感じなのだろうか。外見で判断するに、里耀洞のような圧殺狭小系ではなさそう…

 

 

と思ったのだが

ちょっと、予断を許さないかな?

 

まっすぐではなくて曲がっているようで、行く手は漆黒の闇。現役だってことだし、もちろん閉塞はしてないはず(当然空気も澱んではいない)。様子を見ながらって感じで進んでみようか。

 

 

 

 

 

目を引いたのが、上の写真でもすでにわかると思うが、

この独特な地質。

 

関西圏ではあんまり見た覚えがない感じの…礫岩っていうんだろうか。大分や鹿児島など九州で何度か見た感じのやつだった。

 

 

 

 

 

振り返りの、鉄板の構図。

この手の洞内、なんか不安なのよね…。

 

こんなこと書くとアレだけれど…洞内には無数の鑿痕が…みたいな事前情報から想像していたイメージとは全然違った。これ…鑿痕もクソもなくない?

 

 

 

 

 

最初左に曲がったあと、

どうやらお次は右へ曲がるよう。えらい断面が斜めになってるようだが…?

 

 

 

 

 

その「右曲がり斜め」まで進むと、なんと…

ええ?あれ!?もう出口!?延長500mとちゃうんかーーい。

 

 

 

 

 

でも見間違いではなく、

わずか数十m、あそこが出口だ、間違いない。どうなってんのこれ?

 

 

 

 

 

振り返りの「斜め」パート。

余談だが、たとえ大した長さでなく貫通していても、ちょっと曲がったり高低差があるだけで光ってまったく射さないのだ。記事にしている中で思い出すのは菅原隧道釣上隧道池郷川不動滝の隧道あたりだが、暗黒洞にはカーブがつきものってことで。

 

 

 

 

 

抜ける手前あたりの洞内とか、

側壁部分が大変なことに。これもはや礫岩の範疇も超えてきてるような?大昔、川か池か湖かなんかの底だったのかここは?

 

 

 

 

 

さて、状況はのみこめないけど

この極めてへんてこりんな断面をもって隧道は終わり。抜けた先は左からの崩土がだいぶキテいた。

 

 

 

 

 

抜けて正対…してもちゃんと隧道が写らないので、

ちょっと角度を変えて。

 

ちょっとこっち側の感じ…ほとんどの人は入るの躊躇するだろうなあ。

 

 

 

 

 

少し離れて、引きで全景を。

ここまで離れると、もはや閉塞寸前に見えるが、実際はご覧いただいたようにまだそんな切迫した状況ではない。とはいえ、だ。

 

 

現場に到着してから何度か頭をよぎった疑問が、またも浮かんだ。

「しかしこれ…ほんとに現役なの?」

 

これに加えて、新たに「隧道、全然500mもなかったやん」っていう新たな疑問が。どうなってんだこれは?

 

 

 

 

 

ともあれ、

乗りかかった舟、このまま水路を追いかけてみよう。

 

 

 

【3】に続く。

 

 

 

連載を始めたとこだが、2024年6月8日つまり昨日、日帰りで三重県熊野市・尾鷲市へと突撃してきた。長年手をこまねいていた到達困難物件にポイントを絞り、あとは当地周辺不完全燃焼系物件への再訪、通りすがり系などいくつか。

 

 

とにかく趣味の活動がままならない今年、先月に続いてまたも隣県だが、遠出がしにくい分逆に長年の近場宿題系へ目を向けることになり、それはそれで楽しめている。

 

 

 

 

では以下、ダイジェスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

到達困難物件といっても、まあ歩けば誰でも行けるところなんだが、それでもようやく現地を踏めて達成感はあった。続いて訪ねた13年半ぶり再訪の某廃隧道は、とんでもなくヤバい状態になってた。潜り込んだけど、あれはもはや止めといた方がいいな。最後、14年越しに到達した念願の廃橋も然り。そしてあそこの隧道、やっぱり怖いな。

〆は我が趣味活における聖地のひとつ、道の駅海山でソフトクリームを食して打ち上げ。

 

 

 

いや~、今回も楽しかった。最初に記事にするとしたら、どれかなあ…。

 

 

 

2023年6月24日、「大阪府南部の橋つまみ食い~ちょこっとそれ以外もあるよツアー」にて訪ねた「それ以外」をご紹介。これ、この日のメインターゲットのひとつだった。当日のネタで他に記事にしているのは、ここより前に訪ねた金剛橋籾山橋

 

 

それにしても今回の記事タイトル…。七つ池隧道?そんなん聞いたことないぞ?という方が大多数だと思う。無理もない。その理由は後ほどわかる。

 

 

 

今回の物件は、思うところあって場所は伏せさせていただく。まあその気になって調べればわかるだろうけど(わたくしも自力で調べた)、調べてまでも行きたい方向け…っていうか、誰にもおススメはしないかな。まあ見て判断いただければよろしいが、完全自己責任にてお願いしたく。

 

 

 

そんなわけで、和泉市某所。

ここを右へと分け入っていく。

 

 

 

 

 

そこは、池沿いの道。

車でも入って来れた感があるが、まあいい。

 

 

 

 

 

ほどなく、車道の終わり。

展開できるスペースはあったから、ここまで来てもよかったかな。

 

 

 

 

 

右奥方向にのびていく道。上の写真で道が見えなくなるその手前あたりで

左を向くと、こう。…あれか。

 

 

 

 

 

少し接近すると…

見 え た 。あれが目指す七つ池隧道に違いない。

 

 

この物件をどこでどうやって知ったのだったか、もはや記憶にないのだが、わたくしが事前に持っていた情報を先に披露しておこう。引用元を明示しないのは心苦しいが、和泉市K町町会様のサイトからの情報である。

 

宝永10年(1710年)に発生した火事によってこの隧道(トンネル)がつくられたとされます。当時、水不足に悩まされていた地域の皆さんは、T立池からO池までつづく隧道の建設を決定し、ツルハシやノミを使った手掘りの堀突貫工事が行われました。隧道の壁には今もその掘り跡を見ることができます。”(イニシャル化は筆者による)

 

 

そう、この物件はなんと江戸期の素掘り隧道。建造のきっかけは火事だったとの言い伝えだが、農業用の水路隧道がその正体である。大多数の方がおそらく聞いたことなかろうというのはこれが理由なのだった。そんなものが大阪に!?ってところだろう。

 

というわけで訪問時、なんと完成から313年!これが見たかった。そしてあわよくば、潜りたかった。

 

 

 

だが、同じ引用元の別項において、さらなる情報も目にしていた。それは…

 

”宝永10年に造られた延長500mにも及ぶ七つ池隧道(農業用素堀トンネル)は、今でも使用されており、その内部には作業用に使われたノミの跡が無数に残されていて、当時の苦労と農業を営む先代の『水』への思いが忍ばれます。”

 

 

これは正直ハードル高いよね~、と思いながらここへ来た。で、現地で状態を確認し…「今でも使用」されているようには見えなかったんだな。少なくともこの日この時には。水も流れていないし(これが大きかった)、これなら様子見しつつのチャレンジはできると判断した。

 

そうとわかれば、直ちに行動。

 

 

 

 

 

上の引き写真ではサイズ感がわかりにくいが、

接近したらもっとわからんな。

 

 

 

 

 

かなり窮屈そうなサイズに見えるかもしれないが

実際入洞してみれば、この感じ。

 

身長173cmのわたくしが普通に立って撮ったものだ。農業用の水路隧道としては規格外にデカい穴であることが伝わるだろうか。

 

だが…奥に向かっては急速に窄まっているのがわかる。果たしてどんなサイズか。

 

 

 

 

 

振り返っての、鉄板の構図(最近多いな)

このデカさよ!

 

 

さて、どうなるこの先?

 

 

 

 

【2】に続く。

 

 

 

以前、こんな記事を書いた。運命的な、人間椅子の再発見。その後じっくり着実に聴き続けてるのだが、なんというかしみじみと、ええなあと。

 

前回は”杜子春”を紹介したが、今回はその後にリリースされた現時点での最新MV、”さらば世界”を。著作権的なアレで動画貼り付けも埋め込みもできないので、やむなくYouTubeリンク挿入で。

 

 

 

 

この動画へのコメントで

「The only regret I have in life is that I became aware of Ningen Isu only four years ago.(私が人生で唯一後悔してるのは、人間椅子を知ったのがたった4年前だってことだね)」なんてコメントがあって、わたくしも思わず「まさに!」って思ってしまったんだな。

ましてやわたくしの場合、その存在を知りながらスルーし続けてきたわけで、この30年間はマジで人生の損失だったわ。なんでこんなカッコいいバンドに気づけなかったんだって話。

 

 

 

”杜子春”と同じく、こちらも冒頭1分で名曲確定。キレよく重たい反復リフ~中間部の鮮やかな転調と和嶋氏らしからぬメジャーキーでのギターソロ、から~の暗転再転調という構成も、歌詞の表現する世界をよく表している。何にも増して、トリオ編成を感じさせない分厚い演奏。MVとはいえヤバイ。各楽器のトーンも最高、素晴らしいサウンド。

 

 

ほんとは記事を書いてる本日、”品川心中”が脳内ループで鳴り続けていたのでそっちを記事にしようと思ってたんだが、ちょっとその…コアすぎるかなと思ってこちらにした。あと何度か人間椅子記事を書いてから紹介するべき楽曲かな、とか。要は自分にブレーキをかけたわけ(笑)。

 

 

 

次は…”なまはげ”か”宇宙からの色”…もしくは”恐怖の大王”あたりで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まあなんとも独りよがりな記事だこと。音楽ネタはいつもそうだけど。

 

 

 

2021年7月4日、仕事で尼崎に行った際に通りかかった橋をご紹介。

 

 

歩いておりましたら…

反応するよね~。現在地こちら

 

 

 

 

 

一見して古い橋。

今昔マップを見ると、1927年の地図にはすでにこの場所に橋が描かれている。往時と同じ橋とは限らないが、これは戦前橋もあるか。

 

 

 

 

 

サイドアングル。

ああ、古そうね間違いなく。

 

 

 

 

 

川の名は上坂部川で、

下流側にはこれまた古そうな水門が。一応現役か?

 

 

 

 

 

現地では何の情報もなし。

Q地図で確認したところ、記事タイトルどおりの無味乾燥なお名前が判明した。元はちゃんとしたお名前があったんだろうが…。

 

 

 

街中に残るささやかな旧橋。こういうの拾っていきたい。

 

 

 

以上。