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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

2012年9月2日、おろろんさんプロデュースにて執り行われた、北勢・中勢の橋シバキ倒し。その中盤に尋ねた物件。これまでに記事にしているのは平和橋六把野井水拱橋

 

 

 

 

 

その流れでやってきたのが、今宵のお題。

いきなりなんやねん、と(笑)。

 

これは養老鉄道に存在するいくつかの煉瓦カルバートのひとつを訪ねたもの。一応引きで撮ってるのだが、草ボウボウでこんなていたらく。場所はコチラ

 

 

 

 

 

 

煉瓦の巻厚は三層。

ここまでのところ、さっぱりサイズ感は伝わらんな~。

 

 

 

 

 

 

さりとて、

これでもまだ伝わりにくいな。これは確かしゃがんで撮ったと思う。

 

この時は乾いていたけど、側壁に育っている水草?を見ると、ここってけっこう水が溜まってる時なんかも多いのかも。

 

 

 

 

 

 

アーチ部は長手積み、

側壁部はイギリス積み。まあ鉄道下はほとんどそうなんやけどね。

 

 

 

 

 

これでけっこうサイズがわかるかな?

抜けた先は、住宅裏手の集水スペースだった。

 

 

 

 

 

 

人目をはばかりつつ、正対。

おお、こっちは全体が見える。やっぱ西側かつ民家の影になってるからかな。小ぶりながらもなかなか端正な煉瓦カルバートじゃないの~。

 

 

 

銘板もなんもなかったので、名称は不明。なので、付近の地名から仮称をもらった。しかし…なんでかこの物件、あんま写真を撮ってなかった。やっぱ民家裏で急いだからかなあ(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 


いきなりですが、ヒロシさん、大好きなんですよ。(ホンマにいきなりやな)

 

この人が大ブレイクしたのって、もう…15年ほど前になるんですかね?「消えた芸人」と言われつつ、ごくたま~にテレビで見かけてましたが、今や「キャンプ芸人」として再ブレイクしているとか…知らんけど。

ヒロシさん的には喜ばしいことですが、まあわたくしそっちはどうでもよくて、あくまでこの人の自虐漫談がとにかく好きなのですわ。

 あのBGMが始まり、あのいでたち、あの佇まいで板についているだけで条件反射的にニヤケてしまうっていう(笑)。

 

 

 

この50分を超える動画で、堪能しまくれます(笑)。

もちろん、全部見る必要はありません。わたくしは見ましたが(笑)。どっから見ても面白いっす。作業用BGMとなってますが、とても気が散って作業なんかできるかと(爆)。

 

 

 

 

 

内容的にはいろんな舞台での音源をつなぎあわせただけのもので、画面はずっと「あのポーズ」の静止画なんですが、それで50分もつのが凄い(笑)。

 

 

 

そういうわけで、複数回登場するネタも多いのですが、毎回笑ってしまうんですよね~。定期的に爆発的に面白いのが繰り出されるんで、気づけば全編見て(聴いて)しまってたっていう。

 

「エロ本を買っているのだから、シールでよろしいわけがないじゃないですか!」

「ふと気づいたら、輪ゴムで2時間遊んでいました」

「いつからいたの?って訊かれましたが、最初からいました」

「『4番・ピッチャー、ヒロシ』…言ってみただけとです!」

「避難訓練なのに、大ケガをしたことがあります」

 

この人最高だわ~。

 

 

 

そういやわたくしの好きなネタ、「触ってもいないのに、手から草の匂いがします」が入ってなかったなあ(笑)。同じくお気に入りの「イカを呑みこむタイミングがわかりません!」は一度出てきて嬉しかった(笑)。

 

 

 

 

 


これからの年末年始、いっそう馬鹿みたいな番組が垂れ流されていろんな芸人たちが出まくるでしょうが、わたくし的には今売れている芸人たちのほとんどよりも、断然好きですね~。面白い、面白くないは個人の好みですけど、これが楽しめないという人とはあんま合わないかも(笑)。

 

 

 

テレビでカツマタがあまりにうるさかった反動でヒロシさんを思い出し、思わず記事にしてしまいました(爆)。

 

 

 

 

 

 

 

2016年10月16日に敢行した、「ある目的」達成のために林道北股線をひたすらに遡っていく旅。

ここまでに記事にしたのが、二乃股橋ゴウシギ橋(仮)奥玉橋三之公橋と三之公上橋(仮)北股川橋(仮)じやくら橋ともう一本かまのたにばし

 

 

 

かまのたにばしを後にして、北股林道をさらに遡上すること6分。

舗装が終了、ダートに。

 

お腹の弱いノートさんなので、改めて気を引き締め直した。

 

 

 

 

 

 

徐々に路上への落石などが増え、

停車してどけることも何度かあった。このあたりは慎重に。

 

 

 

途中、少々路面が悪化したところがあり、一旦はそこに停めて徒歩進軍に切り替えかけたのだが、偵察の結果もうちょいイケるだろうということで、再度乗車して進軍再開。

なにしろ目指すところはまだまだ先だからして、少しでも距離を稼ぎたい。どこであきらめるかのチキンレース的な。

 

 

 

 

 

そのあたりも含めて、かまのたにばしから31分。しばらくぶりに停車する橋が現れた。

 

それがコチラ。

なんともスッキリした橋だこと(笑)。場所は…たぶんここ

 

 

ちなみに地図を見ていただくと、ここに至る1kmほど手前に隧道表記があるのだが、

 

 

 

 

 

それはたぶん、

これのことだと思われる。

 

帰りに撮ったものなので手前が奥地側になるが、このような豪快な切通し。もしかしたら隧道が開削されたものだという可能性もなくはない。

 

 

 

 

 

 

さて、橋に戻って親柱チェック。

「丸山谷」。

 

 

 

 

 

 

ということは、お名前は…?

「丸山谷橋」。ハイ、ありがとうございます(笑)。

 

ちなみに、2回前に紹介したじやくら橋(仮)に続く、陽刻文字の親柱。いや、ほんとにけっこう珍しいはずなのに、これはポイント高い。

 

 

 

 

 

 

 

橋上から望む谷の上流側。

山の神様(山神さんではない・笑)か天狗様でも住んでいそうな、昼なお暗い、鬱蒼とした谷の相だった。

 

 

 

 

 

 

で、こちら下流側。

北股川に流入しているところが見えている。

 

 

 

 

 

 

 

こんな感じで、すでに見えていたように欄干部分はほぼ全壊。

元の姿がよくわからん金属棒が飛び出しているのみ。これとかなんやったんかなあ?

 

 

 

 

 

 

 

 

渡って、正対。

いやほんま、スッキリした橋だこと(笑)。どんな欄干があったのか、想像すると楽しい。

 

ちなみに右の親柱のアップを撮ってないところを見ると、特筆すべきことがなかったんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

なんだかんだでこの橋のキモは、

実はこの「失われた欄干」なんじゃないかと思った。

 

この感じ、例えは大げさやけど、あの「ミロのヴィーナス」の失われた腕がどのようなものだったのか想像を巡らせてしまうのと同じことで。

 

 

…やっぱ大げさか(笑)。

 

 

 

 

おまけ。

 

 

 

 

車に乗り込もうとして北股川を見下ろし…二度見。あれは…

なんのバイク?いつからあそこにいるんだろうか。

 

 

 

 

【次回】、ついに。

 

 

 

 

 

2011年8月30日、仕事で行った横浜で訪ねた、駅近土木遺産(そんな言葉はない)

 

 

 

 

 

JR東海道本線・保土ヶ谷駅から歩いてもすぐのところにある隧道なのだが…

 

あら??

ああ~タイミングが悪かったかーー!

 

隧道前でなんか工事をしている。隧道そのものの工事ではなさそうだが…。

 

 

 

 

 

 

 

接近してみれば

工事エリアがポータル前までベタづけだったが、まあ仕方ない。

 

それよりも、この壮麗なポータルはどうだろう。ピラスターが帯石で止まっており、その上のパラペットには多くの石材を縦に配した独特なデザインと…この色合い、めっちゃ気にならん!?(今田美桜さんふうに)

 

それについてはもうちょい後で。ああそうそう、場所コチラ

 

 

 

 

 

交通整理の方にお願いしてちょっと失礼させていただき、二枚の銘板を撮影した。

上が「横浜市認定歴史的建造物」、下が「土木学会選奨土木遺産」のプレート。

 

注目は土木学会のプレートで、そこには「横浜水道に関わる隧道ー東隧道」とある。実はこの隧道、関東大震災からの復興事業として横浜水道局の手により1930(昭和5)年に完成したもので、路盤下には水道管が埋設されている。

で、この隧道から南方にもう一本、同じく出自でよく似た意匠の隧道が存在しており、この後でその隧道も訪ねたのだが、それはまた別の機会にご紹介する。

 

 

 

 

 

交通整理の方にガン見されながらも

そんなん気にしちゃおれない、この素晴らしいデザインったら。

 

こだわりの迫石形状、帯石直下には雁木、そしてなによりこの紫がかった珍しい色合いの焼過煉瓦!こういう色の煉瓦、他では見たことがない。その珍しい煉瓦が、これまた(隧道のポータルでは)珍しいフランス積みされている。

さすが震災復興のライフライン関連事業、何とも力の入ったデザインで、復興への力強い意気込みを感じるようだ。

 

 

 

 

 

生活道路になっているが、大都市のそれとしてはいかにも狭い。

これで普通に路線バスが走るってんだから、ナカナカだ。

 

 

 

 

 

 

 

なので、

鉄道トンネルみたく退避坑が設けられていた。

 

ちなみにスペックは、延長168m、幅員5.4m、有効高3.8m。

 

 

 

 

 

 

歩いて抜けまして~、

南側ポータル。

 

 

 

 

 

 

 

どうやら、意匠は北側ポータルと全く同じ。

日当たりがよく、煉瓦の発色がひときわ映える。

 

温もりを感じる茶褐色の煉瓦とはひとあじ違う、ちょっとクールでキリッとしたテイストが素晴らしい。これはいいわ。

 

 

 

 

 

北側では撮らなかった扁額。

例によって、揮毫者の名前、読めませ~ん(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと引きで正対。

素晴らしいが、今見ると…ちょっとてっぺん、散髪したいなあ(笑)。

 

 

 

 

うん、実に横浜らしい(謎)、スタイリッシュな隧道だった。

 

 

 

以上。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011年12月14日、初めての掛川探索にて。

 

せっかく隧道の聖地・掛川にやってきたのに、前半は百合切隧道など地味~なとこばっか回ってしまったこの日、本日紹介するのもそんな地味パートでの一洞。まあその中では味があったほうかと…。この日の最後、必要以上にスリルを味わった(笑)のが、岩谷隧道

 

 

 

 

 

アプローチは、こんな道。

なかなか狭くて楽しかった(笑)。

 

 

 

 

 

 

で、現れましたるはこのブツ。

相当に地味な物件ではあるが、縦長ぎみの断面が目を引く。

 

場所コチラ。ちなみにアプローチは西側より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お名前は、

大城隧道。

 

 

 

 

 

 

 

ポータル向かって右に

「昭和45年3月竣功」の銘板。

 

完全にカンやけど、この隧道はもっと古いと思う。コンクリで巻かれたのがこの年ってことなんじゃないのかと。知らんけど。

 

 

 

 

 

 

短い隧道なので、

ズームによる「鉄板の構図」。

 

 

 

 

 

 

 

抜けまして、東側ポータル。

ほぼ同じ仕様のポータルだが、それ以外で触れたいものがふたつ。

 

 

 

 

 

 

 

まずは上の写真右端で背中を向けているこいつ。

旧大東町のカントリーサイン。

 

2005年に掛川市の一部となったということで、かつてはここが市町界だったんですな。白看ではないけど、なかなかの熟成具合だった。もしかしたら今は失われてるかも。

 

 

 

 

 

 

もう一つは、ポータル向かって左の足元に、

ちょこんとおわずコイツ。なんなんだねキミぃ!(久々)

 

なんらかのバルブ的なもの?埋設されている管に接続されてるのだろうけど、その後現在に至るまでも、隧道前でこんなんあんまり見たことない。

 

 

 

 

 

 

このような、

マイナー物件を拾っていくことに喜びを覚えて久しいわたくしでございます(笑)。

 

 

 

 

 

以上。