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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

 

2019年9月20日、新旭逍遥で通りかかった物件をご紹介。小ネタであります。

 

 

 

つくだばしを後にして15分、現われたのは

虚空から突然出現したタイムトンネルみたいな、地下道入り口。なんとも唐突な感じ。

 

 

 

 

 

 

国道161号の「饗庭(あいば)」交差点をアンダーパスする、

自歩専用地下道である。現在地コチラ

 

目を引く手書き看板に書かれているのは、

注意 地下道に水がたまっていることがあります。通行の際は注意して下さい。」

 

そして頭上のパトランプの下に掲げられているのは、

「パトライト回転時は地下道に水が溜まっているので注意して下さい。」

 

 

ちょっと踏み込んだ表現になってる(笑)。

 

 

 

 

 

 

降りてゆくと

大きな交差点なので、まあまあ長い。

 

 

 

 

 

 

 

そして右からは、

161号の歩道からの階段。

 

 

 

 

 

 

 

その近辺にあったのが、この表示。

25号函渠ってことか。

 

手書きで書かれた「点」は、点検時のものか単なる落書きなのか不明。落書きだとしたら、シュールやな(笑)。

 

 

 

 

 

 

進んでいくと、

交差点西側へ上るスロープが始まるところに、階段が。

 

位置的に、161号の歩道にショートカットする階段だ。これを上ることにする。

 

 

 

 

 

 

 

出てきたところは、

こんな感じ。ちょっとしたうらぶれ感が漂っている(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

振り返って、引きで。

矢印のところが、わたくし上ってきた階段の位置になる。

 

 

 

 

 

 

全体を引きで。

赤い車が信号待ちしている道路が滋賀県道558号高島大津線、車が行きかっているのが国道161号。写真でSAY NO運輸のトラックの向こうあたりが、地下道入り口になる。その向こうの高架はJR湖西線。

 

 

こんな地下道は各地にあるのだろうが、実際に歩くことなんて近隣住まいでもなければそうそうない。このちょっとした異界感が楽しいんだな~。

 

 

 

 

 

…という、たぶん誰もまったく面白くないようなネタでも、わたくし十分に楽しめてしまう。エコでしょ(笑)。

 

 

以上。

 

 

 

2012年9月2日、おろろnさんプロデュースにて執り行われた、三重県北勢・中勢の橋シバキ倒し。この日のネタで記事にしているのは、平和橋六把野井水拱橋

先日そのおろろnさんから、この日の後半に訪れた津興(つおき)橋がついに架け替え工事に入った、と教えていただいた。やるやるとは聞いておったが、ついにか…。

 

今宵は、その津興橋の在りし日の姿を、不完全ながらも記録にとどめておこうと…。ここ最近、追悼記事多いな…。

 

 

 

津興橋は、一目見ただけで忘れられなくなるほどのインパクトある橋だった。

 

そう、このお姿。

イカツイ~(笑)。現在地コチラ

 

 

 

 

 

リベットびっしりのガーダーが、

中央分離帯と側壁(高欄)として使われている。

 

 

このビジュアルですぐに想像がつくと思うが、この橋は鉄道橋の転用。昭和5年、伊勢電気鉄道(現・近鉄)の岩田川橋梁として架橋されたもので、昭和36年の廃線に伴う道路橋転用に際して、なんとガーダー橋をそのまま(でもないかもしれないが)舗装して使う、という荒技により、この姿となった。


以来60年近く、架橋からだと90年にわたって使われ続けてきたこの橋だが、大型車や特殊車両の安全な通行もままならないご覧の有様では、このご時世に見逃してもらえるはずもない。上2枚の写真は車の通行が途切れるのを待って撮ってるが、実際はなかなかの交通量であり、狭隘な歩道の危険さもあいまって、架け替えの判断もやむなしと言わざるを得ない。

 

 

 

 

サイドアングルもまた、

鉄道橋梁にしか見えない。

 

 

 

 

 

 

 

自動車が橋上にいるから、

かろうじて道路橋だと認識できるレベルだ。

 

 

 

 

 

 

 

ましてや、

この渋~い塗装の色味たるや、鉄道感五割増し(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

そういえばこれ、

中路プレートガーダーってことになるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

あ~…

える(笑)。

 

 

去る8月31日にガーダーの撤去が始まったということだが、橋の撤去は令和4年度とされており、詳細は不明だがけっこうな時間をかけて行われるようなので、もしかしたらあとしばらくはガーダーが架かった部分を見ることができるのかもしれない。

 

 

 

知らんけど(笑)。

 

 

 

 

この道路は、

地元では「近鉄道路」と呼ばれている。

 

鉄道橋の面影を色濃く残すこの橋が架け替えられた後も、そう呼ばれ続けるんだろうか。あるいは、徐々に風化していくのか…。

 

 

 

 

 

 

最後に、ストリートビューでご覧あれ。

2019年11月の最新版では、ご覧のように仮設橋ができかかった状態。

 

さかのぼっては2012年、2015年、2017年のものを見ることができるが、17年のものがおすすめ。一番スッキリとこの橋を堪能できる。12年と15年は並行する水管橋が補修中で、それが見た目にウルサイ…。

 

 

 

 

 

津興橋、90年間お疲れ様でした。

 

 

 

 

忘れたころにやってくるこのシリーズ。

 

 

今回は、そこはかとなく南国テイストを感じてしまったこの倉庫。

どこが、って言われると困るんだが、強いて言うならこのベンガラ色てきなカラーリングかなあ。それと平たい屋根も。

 

 

なんてことない建物なんだが、なぜかわたくしには響いたので、こうして撮っておいた次第。そして、そういうのを紹介するのが、このシリーズ本来の趣旨でしてね(笑)。

 

 

 

 

ロケ地:鹿児島県指宿市某所  今宵の台風で吹き飛ばされなきゃいいが… 

 

 

 

 

 

 

F1世界選手権に1977年から参戦中の名門チーム、ウィリアムズ。近年は低迷が続き、特にここ数年はテールエンダーを争っていたが、先日ついにチームの売却が発表され、F1のグリッドに残ったただ一つのプライベートチームというそのアイデンティティに終止符を打ったばかり。

(9/6追記:「ただひとつの」ではありません。勘違いして書きましたが訂正します)

 

 

買収したアメリカの投資会社は「チーム名の変更はしない」と発表…つまり幸いにも「ウィリアムズ」の名前は消えずに残ることにはなったわけで、次の焦点はチーム首脳メンバーにウィリアムズ家が残るのかどうかが注目されていたが、このほど今週末のイタリアGPを最後に、フランク・ウィリアムズ代表、クレア・ウィリアムズ副代表が退任し、チームから去ることが発表された。

 

プライベーターがコンペティティヴでいるにはあまりに巨大になりすぎてしまったF1、チーム身売りは遅かれ早かれあるだろうとは思っていたが、創業者一族もついに身を引くことになったか…。

 

 

「車椅子の闘将」と呼ばれたフランク・ウィリアムズ。久しくお姿を見ていないが、50年近くにもなるF1との関わりが、ついに今週末、終わるのか~。最後もグランプリの現場には来ないのかな。

 


アラン・ジョーンズ(80年)、ケケ・ロズベルグ(82年)、ネルソン・ピケ(87年)、ナイジェル・マンセル(92年)、アラン・プロスト(93年)、デイモン・ヒル(96年)、ジャック・ヴィルヌーヴ(97年)と7人のワールド・チャンピオンを輩出し、コンストラクターズ(製造者)タイトルも9度獲得した、この名門チーム。

しかし、日本のF1ファンの多くが記憶しているのは、我が国のF1ブーム全盛期にアイルトン・セナの好敵手として数々の名勝負を演じたナイジェル・マンセルと、彼のドライブする「レッド5」の時代じゃないだろうか。

※写真はネットからお借りしました

 

いやいや、あえてリカルド・パトレーゼ推しだった!なんてマニアもいるだろうけど(笑)。

 

 

わたくしみたいな「全盛期には背を向けていた(後追い)」天の邪鬼なファンとしては、2000年代前半にラルフ・シューマッハとファン・パブロ・モントーヤを擁してフェラーリとガチでしのぎを削った時代が印象深い。タイトルにこそ手は届かなかったけどね~。思えばこの頃が最後の輝きやったなあ…。

それだけに2012年、パストール・マルドナドがスペインGPを勝っちゃった(それも棚ボタでないガチ勝利)のには驚いたわ~。あとは、なぜかガキの頃にFW07のミニカーを持ってた記憶があったりとか…。

 

 

今はウィリアムズの名称を引き継ぐとしている新オーナーだが、投資会社なんて錢ゲバみたいなもの、長期的な保証はない。かつての他の名門たち、ロータスやブラバムのように無残な最期を迎えることは回避できたが、さて、この先どうなるか…。新オーナーの「本気度」はいかに…。

 

 

 

とりあえずサー・フランクとクレア親娘に、お疲れ様でした、と言いたい。

 

 

 

 

2019年7月28日、よととさん宮川さんとの四国遠征2日目。その朝イチ、出発前の散歩で出会った橋をご紹介。

この日のネタで記事にしているのは、中盤~夕刻の八反田第一函渠オロノ バス停学島橋と、幻の学北橋

 

 

 

 

前夜車中泊した「道の駅 日和佐」から歩いて数分。ちなみにその数分の間に見つけたのがこれ(笑)。

 

 

 

 

やってきたのが、日和佐といえばココ!な

四国八十八か所霊場第二十三番札所、厄除けの寺・薬王寺である。

 

 

 

 

 

時刻は5時46分。

なんか門前に橋でもあるかと来てみれば…おおう!

めっちゃゴツい石高欄が印象的な門前橋があった。場所コチラ

 

 

 

 

 

 

向って右の親柱に、お名前が刻まれていた。

「厄除橋」。さすが厄除けのお寺の門前橋、納得感ある(笑)。

 

 

 

 

 

 

それにしても、

いやはやなんとも、マッシヴな高欄!「強そう」って表現したくなる(笑)。

 

 

 

 

 

 

単なる散歩だったので、当然スニーカー履き。

なので、降りての確認はしなかったが…石桁かどうかは怪しいな。

 

 

 

 

 

 

 

山内より。

柔らかい朝陽がいいですな~。

 

 

 

 

 

 

 

基本、斜めアングルってダサいと思ってるのだが(笑)、

ここは灯籠とかいろいろあって、こう撮らざるを得なかった(笑)。

 

 

 

 

 

 

 

ここの親柱は、

ちょっと何言ってるかわかんないなんて刻まれてるかわからなかった。

 

 

 

 

 

こちらには、お誕生日。

「昭和九年三月」と。

 

ところで…親柱の根元に先客がおられますぞ?

 

 

 

 

 

 

 

もし苦手な人がいたら申し訳ないが、

なかなかなサイズの蟹っすよ!

 

なかなかの面構え…なんていう蟹だろう?この他にもいっぱいいたけど。

 

 

 

 

 

 

最後に、山門の中から1枚。

今はまださわやかな、夏の朝。

 

朝のお勤めの声明とかが聞えてきていい雰囲気だったが、お寺への参詣は門前からだけにしておいた。この後もう少し徘徊して、小一時間ほどの散歩。

 

 

この時はまだ、さらにわたくしよりも先んじて宮川さんもここを訪れていたことは、知る由もなし(笑)。

 

 

 

 

 

 

以上。