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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2019年11月3日、六厩川橋アタックの翌朝。この午前中は、RKパパさんにご案内いただいての荘川名所めぐり(謎)。

今宵ご紹介するのは、すでに記事にしている尾●郷の吊り橋とはまた違った意味で、教えてもらわないと絶対に行くことはなかったであろう物件。

 

 

 

それが、こちら。

集落の中の生活橋だが、なんと木製!

 

場所はこちら。さすがにこういうところまでは、知っていないとなかなか踏み込まない。教えていただき感謝!

 

 

 

 

 

お名前は、

下島橋。

 

 

 

 

 

左の親柱には

「町屋川」と。

 

 

 

 

 

上流側からのサイドビュー。

うーむ。まんま木橋だ。

 

しかし下部構造は違うような。対岸におあつらえ向きのものが見えるんで、後でチェックだ。

 

 

 

 

 

橋上から望む、

上流方向。

 

 

 

 

 

そして、

下流方向。

 

 

 

 

 

いや~、なんといっても

この橋面の風合いが、適度にヤレてていい味出してる~。

 

 

 

 

 

渡っての正対。

ちゃんと車も渡れる橋ですな。重量制限も見当たらなかった。

 

 

 

 

 

左の親柱、

「しもじまはし」。

 

 

 

 

 

そして右の親柱にはお誕生日。

「昭和五十七年 三月」。おお~昭和!

 

観光地にあるようななんちゃって木橋みたいな、昨日今日にできた橋じゃないぞと。ちゃんと木橋として年月を重ねていることがわかって嬉しかった。

 

 

 

 

 

そしてお約束の、

下からチェーック。

 

 

 

 

 

残念ながらというかやっぱりねというか、

下部構造は非木製。コンクリート製のビームに板を敷いているようだった。

 

 

 

 

 

しっかりメンテナンスされていて、

怪しげな点は全然なかった。

 

 

何故この生活橋に木橋が採用されたのかは不明だが、最初の写真をよく見るとこの橋が「荘川ウォーキングコース」の一部であることがわかる標柱がある。そのためにちょっと雰囲気のある木橋にしたのかもしれないが…。知らんけど。

 

 

近所の方ならご存じかもしれない。

 

 

 

 

 

最後に、下流側からのサイドビュー。

パパさん、その節はありがとうございました!

 

 

この後の帰り道で、一谷坂リベンジを果たして帰宅した。

 

 

 

 

 

 

以上~。

 

 

 

2020年11月19日の仁丹看板ハントで見つけた物件をご紹介…だが今回はちょっと変則なスタイルで。ちょっと周辺が味わい深かったもので~。

 

 

 

 

まずはこれ。

まだないですよ?

 

 

 

 

 

この路地を抜けた先で振り返ると、

こういう鋭角な角広場?(呼び方がわからん)に出る。

 

左側の路地から抜けてきた。小さなお店が密集していて、夜に来たらさらに得も言われぬ雰囲気だろうな~と。

 

 

今度は右の路地に向かいまして…

 

 

 

 

 

抜けて振り返ると、

こう。おっと、ありましたな!

 

 

 

 

 

ハイ、こちら。

錦小路通りといえば、京都の台所・錦市場が有名だが、そことはちょっと離れてますな。

 

 

 

 

 

最後にいつもの「ど~こだ?」的写真で〆。

個人的には「立小便を禁止する」看板に持っていかれてしまう。この一帯にたくさん貼られてたな~(笑)。最初の写真にも写ってるし。

 

 

 

 

 

 

以上~。

 

 

 

 

2012年2月14日。聖バレンタイン・デイにおっさん二人、doodoongooさんに連れて行っていただいた玄倉林道アタックの直後に立ち寄った隧道をご紹介。

この日のネタであと記事にしているのは、最後に立ち寄った世附隧道

 

 

 

まずはこれ。

なんか書いてあったが、目がかすんでよく見えない…(笑)。自己責任でお邪魔。

 

 

 

 

 

正対。

オーラをまといつつある、コンクリート隧道だ。

 

現在地はこちら。見るからに、神奈川県道710号の旧道に見えるし、実際そうだと思う。

 

 

 

 

 

お名前は、


三神隧道。記事を書くにあたって調べてみたところ、読み方は「さんしん」隧道、1950(昭和25)年の建造だそうだ。

 

 

 

 

 

入洞して、振り返り。

むこうに見えるは、往時の氏の愛車、マーチコレットさん。

 

 

 

 

 

短い隧道なので、振り向けばもう

こんな感じ。

 

 

 

 

 

抜けて振り返り。

陽当たりの関係なのか、こっちのほうがきれいに見えるが、実はけっこうくたびれていた。

 

 

 

 

 

こちらも扁額は同内容。

この旧道の隧道は「三神隧道」だが、

 

 

 

 

 

実は現道の隧道は

お名前が違う。

 

 

 

 

 

こっちは

「神縄隧道」という。

 

神縄隧道の完成は1977(昭和52)年であり、この西方に建設された1978(昭和53)年建造の三保ダムと無関係ではないと隧道だと思われる。対する三神隧道はダムに先んじること28年。当初からダムができても問題ない高い位置に穿たれていたということになるな。

 

 

 

 

まあ、極めて殺風景なブツだったが、

素掘り隧道まみれだったこの日においては、かえって新鮮でよかった、という記憶がある(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

 

 
備忘記事です。
 
 
 
さる5月20日、アクセス解析の「公式ハッシュタグランキング」で、昨年大晦日以来の1位になりました。
 
なんというハッシュタグかというと、「フォルクスワーゲン」。

 
1位になるとはフォルクスワーゲン、人気ないんでしょうかね、と思いましたが、これを書いてる時点でこのハッシュタグのついた記事は22,430件となってますので、逆に凄いやん(爆)。なんでウチなんかの記事が1位になったのかは、神の味噌汁ですが…。
 
 
 
とりあえず、こうして記事のネタになるのがありがたい(笑)。
 
 
 
 

2020年4月2日、鹿児島出張最初の休み。かねてから気になっていた石橋記念公園を訪ねるべく、JR鹿児島駅から歩いた。

 

 

もう到着、というところで出会ったのが、

この日豊本線の橋梁。名称は不明だが、通常は河川名がつけられるだろう…ということで記事タイトルの通りとした。

 

で…すぐになにか違和感を感じた。

 

 

 

 

 

なんだろう…と接近したら…あらららら?

何かねあれは?

 

 

 

 

 

二本の橋梁の間に

木製ホーム!?

いや、実際はホームじゃないのだろうが、なにこれ?

 

 

 

 

 

隙間からのぞきこんでみたら、

ガーダー上に組んだH鋼に板を敷いてあるような、簡素っぽい造り。

 

 

 

 

 

「危険立入禁止」と書きつつ、かなり甘々な状態だが、

さすがに現役の鉄道施設&人目ありまくりなので、登ることは控えた…登りたかったけど。

 

いやマジで、なんなんだろうね?

 

 

 

 

 

石積みの橋脚も気になりつつ…

もういっちょ気になるのは、

 

 

 

 

 

こちら。

カーブしながら渡河する本線に対し、直線的に架かるもう一本の橋梁。見た目的には一番新しいコンクリート橋梁だが、これだけが廃されている状況。

 

これはおそらく引き込み線の類だったと思われる。

 

 

 

 

 

というのは、

ここの踏切名称が「営林署踏切」ということで。


 

 

 

 

これは踏切より鹿児島駅方を見た景。

引き込み線は左端の架線柱あたりを打ちっぱなしの方向に延びていたと思われる。

 

 

今昔マップを見ると、1980年代までは上の写真でいうと線路より左側一帯、貯木場と思われる広大な敷地が描かれている。

 

 

営林署に付属して、かつては周辺の材木の最終集積地となっていたのではないかと思わせる、そんな場所だ。現在は、部分開通している国道10号鹿児島北バイパスがそこを横断しており、役目を終えて遊休地となっていたところを、その後バイパス用地として転用された、みたいな流れが想像される。知らんけど。

 

 

あの木製ホーム的なものが、かつての営林署や貯木場なんかに関連するものなのかはわからないが、なくはないかもしれない気がしないでもないような気がする(爆)。

 

 

ちなみに、現在も鹿児島営林署の後身だと思われる「鹿児島森林管理署」がほど近く所在しているようだ(このすぐ先ではなく鹿児島北バイパスの海側だが)

 

 

 

 

 

 

この後すぐに見つけたのが、旧行屋堀の石造水位計。そして石橋記念公園からの帰りのこの謎物件も記事にしている。記念公園と併せ、何気にホットスポット(笑)。

 

 

 

 

以上。