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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

月見橋遊覧橋笠屋橋より続く。

 

 

 

笠屋橋から南へまた数十m。ここでアクセントが現れた。

コンクリートの一本橋…というよりは、これは堰、ですな。落とし戸で閉鎖したり流量調節できるようになっているっぽい。現役なのかは不明だが、状態はいいようだった。

 

 

 

 

 

で、その向こうにもう見えているのが

今宵のお題。場所はこちら

 

 

 

 

 

やはり、ここも同じ。

月見橋、笠屋橋と共通の高欄意匠だった。そして「昭和八年架設」の銘板もまた。

 

 

 

 

 

さて、今度のお名前は…

「神日橋」。

 

 

 

 

 

毎回こういうの撮ってしまうが、

いやあ、いい風合いですなあ…。

 

 

 

 

 

肉眼では、

ここまでの三橋全てが見えていた。

 

 

 

 

 

渡って、

東側より正対。ここは、この日巡った中で唯一、丁字路になっている橋だった。

 

 

 

 

 

右側銘板で橋名の読み方が判明。

「しんにちはし」。うーむ、これまたどこか格調高いお名前キタな。由来が気になる~。

 

 

そして意味があるのかないのか不明だが(たぶんない)、ここまでで初めて銘板がベンガラ色に塗られている(いた)。遊覧橋は美しく白に塗られていたが、月見橋と笠屋橋は白塗りが色あせたような状態だった。すべて昭和八年製ながら、おのおの異なる現状なのは、まあ当たり前なんだけど興味深い(ワシだけか)

 

 

 

 

では、また来月(笑)。

 

 

その名は、人間椅子。

 

 

 

まさに再発見した。

 

以前にも聴いたことはあるし、なんならアルバムだって持ってるんだが(一枚だけやけど)、今さらながらこんなに凄いバンドだったとは。何故に今まで気づかなかったこの野郎。

 

 

 

再発見のきっかけは、現時点で最新のリリースとなっているこの曲、

芥川龍之介の同名作に材を採った「杜子春(とししゅん)」。度肝を抜かれた、楽曲にも、歌詞のワンフレーズめにも、MVの映像にも。

 

 

 

穏やかながらもどこか寂しげなアコギの調べが、転調して不穏な気配を漂わせ…そして鳴り響く禍々しいキラー・リフ。ここまでの1分で名曲の予感しかしないが、それでは終わらない。まさかの展開の、ラスト1分15秒。至福のトータル7分48秒である。もうサルみたいに聴いてる。

 

 

彼らはBLACK SABBATHから多大な影響を受けた、紛うことなきヘヴィメタルバンドだが、およそその概念とはいろんな意味で乖離した孤高の存在。サムネ画からもその片鱗は伝わると思う。正直なところ、「イロモノ」の固定観念を持っちゃっていたが、いや~違う。これは「実に真っ当な異端」だ。

研磨と先鋭化を繰り返して研ぎ澄まされた純度の高いサウンドが、カッコええわ~。ギター、ベースのトーンとか、一音一音が恐ろしく気持ちいい。

 

 

 

 

 

 

 

他にも、驚くほど素晴らしい彼らの楽曲を再発見中。きっとまたやるぞ。

 

 

それにしても…何度か書いてるけど、やっぱスリーピースのバンドはアタリの確率がめちゃ高。

 

 

 

 

 

2022年5月5日、ノートさんラストラン@紀伊半島の最終日。

トリビュート記事を書いたばかりなのに登場するっていう…(笑)。

 

 

 

この日は(も)長年の懸案であった物件たちをやっつけるべく、朝から移動していた。

その途中にある物件をご紹介。

 

この物件というだけで、ターゲットが何なのかわかる人にはわかるという、そんな位置にある隧道である。場所はこちら。まあマピオン地図には描かれていないけど。

 

 

 

 

 

いきなり、ドン。

無骨なコンクリートポータルの隧道。

 

 

 

 

 

お名前は、

読みにくいだろうが、「備後川隧道」。昭和43年度施工と刻まれている。扁額はなし。

 

記事タイトルにあるように、ここは行政区分上は三重県熊野市だが、林道崩落により現在は奈良県からしか到達できない。

一枚目写真は、この隧道少し手前の林道風景だが、ここ備後川林道は国道425号から分岐しており、その国道425号がしばしば通行止めとなるために、何の確認もなしではなかなか来られない場所となっている。要は、少々ハードルが高いんだな。

 

 

一応、地理院地図も。

山深さを感じていただければ…。

 

 

 

 

 

さて、洞内。

コンクリ巻き立ての先は、素掘りとなっていた。

 

 

 

 

 

両端以外は

完全素掘りであるようだ。

 

 

 

 

 

振り返っての鉄板の構図。

ノートさんで抜けながら観賞しよう。

 

 

 

 

 

ちなみにノートさんのいる場所からの景がこれ。

険しいな~。街乗りファミリーカーが居るような場所じゃないのよ…(笑)。

 

 

 

 

 

これが、抜けながらの素掘り部分だが、

なかなか豪快ですな~。

 

 

 

 

 

で、抜けまして~の一枚。

ノートさんの隧道との記念撮影は、これが最後のものとなった。

 

 

 

 

 

こちらも扁額はなく、

同じ銘板のみ。

 

 

 

 

 

この時、

時刻は5時59分。

 

 

 

 

 

奥地での探索を終えてこの隧道まで降りてきたのは、

12時27分のこと。けっこう疲れた。

 

 

 

 

 

なので、この隧道前でしばしの仮眠を取ったのだが、

これが気持ち良かったな~。

 

 

 

 

そんな、想い出(笑)。

 

 

 

 

以上。

 

 

本日2022年5月19日、フォルクスワーゲン・ゴルフを正式にウチへ迎え入れ完了した。
 
 
 
今日は休みを取っていたので、まずは

先週のうちに申請しておいた、名義変更に必要な書類および自動車保管場所証票を受け取りに、警察へ。
 
 
 
 
 
その足ですぐに、
守山の陸運局へ。
 
 
 
 
 
二階にある行政書士法人に、名義変更申請の代行をお願いした。午後から用事があって、モタモタしたくなかったので。
 
まずは、
古いナンバープレートを外して、返納。
 
 
 
 
 
返納して出てきたシールを行政書士事務所に渡したら、あとは整うまで連絡を待つのみ。
 
…で、わずか20分ちょいくらいで電話をもらった。速ァァ!自分でえっちらおっちら窓口を回っていちいち申請書を書く手間を考えれば、非常にありがたかった。
ちなみにお代は3,000円と印紙代500円の計3,500円ナリ。価値ありとみなすか否かは人それぞれだが、わたくしはお願いしてよかったと思った。
 
 
 
 
いともあっさりと新しいナンバープレートを受け取り、
取り付けて…。
 
ちなみに、蒼い弾丸号からノートさんへと受け継いだ番号は、今回は希望しなかった。もともと、特に意味があった番号ではなかったし。
 
 
あとは封印だけ…だがその前に、自動車保険の車両入替をしとかないと。
 
陸運局にあるFAX(100円)で保険屋さんに新しい車検証を送り、手続きを依頼した。昨日のうちに電話で伝えてあったので、スムーズに終了。これで、最悪ここからの帰りに事故っても補償される。これを忘れると無保険状態で走ってることになるから要注意~。ちなみにこの当日までは、前オーナーにお願いして保険を生かしてもらっていた。
 
 
 
最後は封印場に車を運び、係の方により車台番号照合の上でナンバープレートを封印していただいて終了。陸運局にいた時間はせいぜい1時間ほど。午前中いっぱいくらいはかかるかと思ってたのに、めっちゃサクサクと10時すぎには終了した。ありがたや~。
 
 
 
 
 
 
なので、野菜を買いに「おうみんち」へ。
 
奥様を待ってる間に、改めて基本操作などを勉強したり、外観チェックしたり。
 
やっぱ、少しワイドになって、
 
 
少し低くなった。けど比べてみると、
 
最低地上高は気持ち上がったように見える。少なくとも、ノートさんよりも低くなったようには見えないのは良いニュース。なにしろよく打つから(笑)。
 
まあお腹に取り回したパイプ類の配置や付き方とかを確かめておかないとね~。
 
 
 
 
 
そんなわけで、本日より名実ともに、「ウチのゴルフ」になりました。どうぞよろしくお願いします(誰に・笑)。
 
 
 

 

昨日、2022年5月16日、ノートさんが退役した。

 

これを書いてるのは当日の夜であり、やっぱり寂しさを禁じ得ない。…まあ、記事ではこれからも登場するとは思うけど(笑)。

 

 

 

 

 

ノートさんがウチにやってきたのは2010年3月13日のこと。

先代の「蒼い弾丸号」ことインプレッサHX-20Sからの乗り換え。この趣味を始めて間もないタイミングで、より不向きな車に乗り換えたわけで(笑)。まあうなるほど金があれば、探索用マシンでも買うところだけども。

 

ナンバーは隠したままにしておくけど、実は先代機と同じ番号にしていた。

 

 

 

 

 

そんな、彼にとってはバッド・タイミング(笑)でウチに来てしまったがゆえに、

納車6日後にはこんなところに連れてこられてたり(笑)。

 

これは、和歌山県新宮市の初代・越路隧道。この翌日には魔境・白倉林道に突っ込んだし。

 

 

 

以降、何度も探索にお供してくれた。わたくしのこの趣味におけるキャリア(謎)は、ほぼまるまるこの車と共にあったので、思い入れも強くて。

 

 

 

 

 

先日の紀伊半島でのラストラン、実は先代の青い弾丸号もそのラストランは紀伊半島だった。2010年2月21日のこと。

 

そのラストランで撮った一枚の写真がこれなんだが。

これは奈良県上北山村、国道425号瀧トンネルを望む場所で、この背後には巨瀑・カクレ滝が落ちている。

この写真が気に入っていて、ノートさんのラストランを紀伊半島でやることにしたのは、ぜひ同じ場所で写真を撮りたいというのもひとつあった。

 

 

 

 

 

そんなわけで最終日にここへやってきたのだが…

季節の違いを計算してなかった(笑)。

 

車の向きこそ違えど位置はほぼ一緒なんだが、植生が旺盛で瀧トンネルは全然見えなかった。まあいい。それはそれで。この場所で撮れたことが大事だ。しょっちゅう通行止めになってる場所でもあることだし。

 

 

 

 

 

そして本日。

 

最後のオドメーターは

まだこんだけしか走ってなかったんだな~。

 

わたくし普段ほぼ車に乗らないサンデードライバーなので、時々買い物や用事で使うくらいで、ガッツリ乗る時といえばほぼイコールで探索へ行く時だった。

 

それがそうしばしばでもないので、結局このくらい。なのでエンジンなんかは全然好調だったし、問題はほぼなかった。唯一、無茶させすぎてよくお腹を打ったためにフロア底が傷んでいて、車検の際にちょっと強化してもらったりとか。

 

 

 

 

 

そんな感じで、まだ当面乗り続けるつもりだったんだけども…まあちょっとした展開があって、今回お別れして新しい相棒を迎えることになった次第。

 

 

実はお別れの前日である5月15日に、大阪は堺市まで新しい相棒を迎えに行っていた。まあ今の仕事場が堺市で、前のオーナー(親族です)もあっち在住なので、仕事終わりに受け取って滋賀まで乗って帰ってきたってわけで。

 

 

 

 

 

わたくし的に、どうしても前回と同じように、去り行く相棒と新しい相棒を一緒に写真に収めたかった。気持ちの上で、魂移しの儀式、的な、てきな。

 



つうわけで、ノートさんを持っていく前に、

魂移し。

 

初お目見えとなる我が新しい相棒、フォルクスワーゲン・ゴルフ。さらにこの趣味に不向きな車になりましたぞ(笑)。

 

 

 

 

 

奥様が撮ってくれた一枚。

つうわけで、ノートさんの魂は新しい相棒・フォルクスワーゲン・ゴルフに引き継がれた。つもり(笑)。

 

 

 

 

 

 

まあとにかく、

2010/3/13~2022/5/16。

12年と2ヶ月と3日間、本当にありがとう、ノートさん。

 

 

 

 

 

 

封鎖前の湖北隧道前にて。