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穴と橋とあれやらこれやら

初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

2021年9月25日、初の長州遠征初日。この日のネタで記事にしているのは、坂折隧道夜打原取水堰堤のコンクリート円弧橋夜打原の吊り橋平安橋

 

 

今宵ご紹介するのは、初日も夕方にさしかかろうかという頃に訪ねた物件。余談ながら、ここ最近日本で一番有名になった町にある物件であります(笑)。すぐに忘れ去られて元の落ち着いた町に戻るだろうけど。

 

 

 

 

ファーストコンタクトはこんな感じで、

ズッキューーン!っとね。

 

 

 

 

 

接近しまして、どーんと。

場所はこちら。海沿いにあるこういうローカル狭小隧道、大好物。

 

ところで、海側に見えるのはもしかして…隧道ができる前の道(の痕跡)か?

 

 

 

 

 

隧道前から海側をのぞくと、

謎の突堤?が。なんだあれ?現役?

 

 

 

 

 

入洞して振り返り~の、

鉄板の構図。

 

 

 

 

 

素掘りだが、

さすがにモルタルでがっちり固められていた。

 

 

 

 

 

西側の鉄板の構図。

夕暮れ前の、このやわらかな陽光が印象的だったな~。

 

 

愛と信頼のQ地図によればこの隧道、尾無(おなし)隧道という。延長は32m、そしてその建造年は…1920(大正9)年!100歳超えの古洞だったよ。

 

 

 

 

 

最後にちょっと引きで。

うむ、好き。大好き。

 

 

 

 

 

 

以上。

 

 

 

 

本日2022年5月28日、新しい相棒・ゴルフで初めてのプチお出かけ。買い物や用事では何度か乗ったけど、「走りに行った」のはこれが初めてだった。

 

 

まあほぼ単なるドライブなんで、ほとんど写真も撮ってないが、

このくらいの道がサイズ感を身につけるにはいいと思うんだが、やっぱりほぼノートさんと同じ車両感覚で走れる感じっすな。

でも、激狭隧道に持っていったら微妙に違うんだろうな~。ドアミラーが尖った形なのもちょっとやだな(笑)。

 

スロットルのニュアンスやブレーキングのタッチなど、徐々に慣れてきたけど、未だにとっさのウィンカーではワイパーをぶん回してしまう(笑)。

 

 

 

そういえば、この子の呼び方をまだ考えてない。ノートさん、ダホンちゃんときて、やっぱゴルフくんかなあ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らんがな(笑)。

 

 

 

 

2019年11月3日、六厩川橋アタックの翌朝。この午前中は、RKパパさんにご案内いただいての荘川名所めぐり(謎)。

今宵ご紹介するのは、すでに記事にしている尾●郷の吊り橋とはまた違った意味で、教えてもらわないと絶対に行くことはなかったであろう物件。

 

 

 

それが、こちら。

集落の中の生活橋だが、なんと木製!

 

場所はこちら。さすがにこういうところまでは、知っていないとなかなか踏み込まない。教えていただき感謝!

 

 

 

 

 

お名前は、

下島橋。

 

 

 

 

 

左の親柱には

「町屋川」と。

 

 

 

 

 

上流側からのサイドビュー。

うーむ。まんま木橋だ。

 

しかし下部構造は違うような。対岸におあつらえ向きのものが見えるんで、後でチェックだ。

 

 

 

 

 

橋上から望む、

上流方向。

 

 

 

 

 

そして、

下流方向。

 

 

 

 

 

いや~、なんといっても

この橋面の風合いが、適度にヤレてていい味出してる~。

 

 

 

 

 

渡っての正対。

ちゃんと車も渡れる橋ですな。重量制限も見当たらなかった。

 

 

 

 

 

左の親柱、

「しもじまはし」。

 

 

 

 

 

そして右の親柱にはお誕生日。

「昭和五十七年 三月」。おお~昭和!

 

観光地にあるようななんちゃって木橋みたいな、昨日今日にできた橋じゃないぞと。ちゃんと木橋として年月を重ねていることがわかって嬉しかった。

 

 

 

 

 

そしてお約束の、

下からチェーック。

 

 

 

 

 

残念ながらというかやっぱりねというか、

下部構造は非木製。コンクリート製のビームに板を敷いているようだった。

 

 

 

 

 

しっかりメンテナンスされていて、

怪しげな点は全然なかった。

 

 

何故この生活橋に木橋が採用されたのかは不明だが、最初の写真をよく見るとこの橋が「荘川ウォーキングコース」の一部であることがわかる標柱がある。そのためにちょっと雰囲気のある木橋にしたのかもしれないが…。知らんけど。

 

 

近所の方ならご存じかもしれない。

 

 

 

 

 

最後に、下流側からのサイドビュー。

パパさん、その節はありがとうございました!

 

 

この後の帰り道で、一谷坂リベンジを果たして帰宅した。

 

 

 

 

 

 

以上~。

 

 

 

2020年11月19日の仁丹看板ハントで見つけた物件をご紹介…だが今回はちょっと変則なスタイルで。ちょっと周辺が味わい深かったもので~。

 

 

 

 

まずはこれ。

まだないですよ?

 

 

 

 

 

この路地を抜けた先で振り返ると、

こういう鋭角な角広場?(呼び方がわからん)に出る。

 

左側の路地から抜けてきた。小さなお店が密集していて、夜に来たらさらに得も言われぬ雰囲気だろうな~と。

 

 

今度は右の路地に向かいまして…

 

 

 

 

 

抜けて振り返ると、

こう。おっと、ありましたな!

 

 

 

 

 

ハイ、こちら。

錦小路通りといえば、京都の台所・錦市場が有名だが、そことはちょっと離れてますな。

 

 

 

 

 

最後にいつもの「ど~こだ?」的写真で〆。

個人的には「立小便を禁止する」看板に持っていかれてしまう。この一帯にたくさん貼られてたな~(笑)。最初の写真にも写ってるし。

 

 

 

 

 

 

以上~。

 

 

 

 

2012年2月14日。聖バレンタイン・デイにおっさん二人、doodoongooさんに連れて行っていただいた玄倉林道アタックの直後に立ち寄った隧道をご紹介。

この日のネタであと記事にしているのは、最後に立ち寄った世附隧道

 

 

 

まずはこれ。

なんか書いてあったが、目がかすんでよく見えない…(笑)。自己責任でお邪魔。

 

 

 

 

 

正対。

オーラをまといつつある、コンクリート隧道だ。

 

現在地はこちら。見るからに、神奈川県道710号の旧道に見えるし、実際そうだと思う。

 

 

 

 

 

お名前は、


三神隧道。記事を書くにあたって調べてみたところ、読み方は「さんしん」隧道、1950(昭和25)年の建造だそうだ。

 

 

 

 

 

入洞して、振り返り。

むこうに見えるは、往時の氏の愛車、マーチコレットさん。

 

 

 

 

 

短い隧道なので、振り向けばもう

こんな感じ。

 

 

 

 

 

抜けて振り返り。

陽当たりの関係なのか、こっちのほうがきれいに見えるが、実はけっこうくたびれていた。

 

 

 

 

 

こちらも扁額は同内容。

この旧道の隧道は「三神隧道」だが、

 

 

 

 

 

実は現道の隧道は

お名前が違う。

 

 

 

 

 

こっちは

「神縄隧道」という。

 

神縄隧道の完成は1977(昭和52)年であり、この西方に建設された1978(昭和53)年建造の三保ダムと無関係ではないと隧道だと思われる。対する三神隧道はダムに先んじること28年。当初からダムができても問題ない高い位置に穿たれていたということになるな。

 

 

 

 

まあ、極めて殺風景なブツだったが、

素掘り隧道まみれだったこの日においては、かえって新鮮でよかった、という記憶がある(笑)。

 

 

 

 

以上。