2020年4月2日、鹿児島出張最初の休み。かねてから気になっていた石橋記念公園を訪ねるべく、JR鹿児島駅から歩いた。
もう到着、というところで出会ったのが、
この日豊本線の橋梁。名称は不明だが、通常は河川名がつけられるだろう…ということで記事タイトルの通りとした。
で…すぐになにか違和感を感じた。
なんだろう…と接近したら…あらららら?
何かねあれは?
二本の橋梁の間に
木製ホーム!?
いや、実際はホームじゃないのだろうが、なにこれ?
隙間からのぞきこんでみたら、
ガーダー上に組んだH鋼に板を敷いてあるような、簡素っぽい造り。
「危険立入禁止」と書きつつ、かなり甘々な状態だが、
さすがに現役の鉄道施設&人目ありまくりなので、登ることは控えた…登りたかったけど。
いやマジで、なんなんだろうね?
石積みの橋脚も気になりつつ…
もういっちょ気になるのは、
こちら。
カーブしながら渡河する本線に対し、直線的に架かるもう一本の橋梁。見た目的には一番新しいコンクリート橋梁だが、これだけが廃されている状況。
これはおそらく引き込み線の類だったと思われる。
というのは、
ここの踏切名称が「営林署踏切」ということで。
これは踏切より鹿児島駅方を見た景。
引き込み線は左端の架線柱あたりを打ちっぱなしの方向に延びていたと思われる。
今昔マップを見ると、1980年代までは上の写真でいうと線路より左側一帯、貯木場と思われる広大な敷地が描かれている。
営林署に付属して、かつては周辺の材木の最終集積地となっていたのではないかと思わせる、そんな場所だ。現在は、部分開通している国道10号鹿児島北バイパスがそこを横断しており、役目を終えて遊休地となっていたところを、その後バイパス用地として転用された、みたいな流れが想像される。知らんけど。
あの木製ホーム的なものが、かつての営林署や貯木場なんかに関連するものなのかはわからないが、なくはないかもしれない気がしないでもないような気がする(爆)。
ちなみに、現在も鹿児島営林署の後身だと思われる「鹿児島森林管理署」がほど近く所在しているようだ(このすぐ先ではなく鹿児島北バイパスの海側だが)。
この後すぐに見つけたのが、旧行屋堀の石造水位計。そして石橋記念公園からの帰りのこの謎物件も記事にしている。記念公園と併せ、何気にホットスポット(笑)。
以上。
笠屋橋から南へまた数十m。ここでアクセントが現れた。
コンクリートの一本橋…というよりは、これは堰、ですな。落とし戸で閉鎖したり流量調節できるようになっているっぽい。現役なのかは不明だが、状態はいいようだった。
で、その向こうにもう見えているのが
今宵のお題。場所はこちら。
やはり、ここも同じ。
月見橋、笠屋橋と共通の高欄意匠だった。そして「昭和八年架設」の銘板もまた。
さて、今度のお名前は…
「神日橋」。
毎回こういうの撮ってしまうが、
いやあ、いい風合いですなあ…。
肉眼では、
ここまでの三橋全てが見えていた。
渡って、
東側より正対。ここは、この日巡った中で唯一、丁字路になっている橋だった。
右側銘板で橋名の読み方が判明。
「しんにちはし」。うーむ、これまたどこか格調高いお名前キタな。由来が気になる~。
そして意味があるのかないのか不明だが(たぶんない)、ここまでで初めて銘板がベンガラ色に塗られている(いた)。遊覧橋は美しく白に塗られていたが、月見橋と笠屋橋は白塗りが色あせたような状態だった。すべて昭和八年製ながら、おのおの異なる現状なのは、まあ当たり前なんだけど興味深い(ワシだけか)。
では、また来月(笑)。
その名は、人間椅子。
まさに再発見した。
以前にも聴いたことはあるし、なんならアルバムだって持ってるんだが(一枚だけやけど)、今さらながらこんなに凄いバンドだったとは。何故に今まで気づかなかったこの野郎。
再発見のきっかけは、現時点で最新のリリースとなっているこの曲、
芥川龍之介の同名作に材を採った「杜子春(とししゅん)」。度肝を抜かれた、楽曲にも、歌詞のワンフレーズめにも、MVの映像にも。
穏やかながらもどこか寂しげなアコギの調べが、転調して不穏な気配を漂わせ…そして鳴り響く禍々しいキラー・リフ。ここまでの1分で名曲の予感しかしないが、それでは終わらない。まさかの展開の、ラスト1分15秒。至福のトータル7分48秒である。もうサルみたいに聴いてる。
彼らはBLACK SABBATHから多大な影響を受けた、紛うことなきヘヴィメタルバンドだが、およそその概念とはいろんな意味で乖離した孤高の存在。サムネ画からもその片鱗は伝わると思う。正直なところ、「イロモノ」の固定観念を持っちゃっていたが、いや~違う。これは「実に真っ当な異端」だ。
研磨と先鋭化を繰り返して研ぎ澄まされた純度の高いサウンドが、カッコええわ~。ギター、ベースのトーンとか、一音一音が恐ろしく気持ちいい。
他にも、驚くほど素晴らしい彼らの楽曲を再発見中。きっとまたやるぞ。
それにしても…何度か書いてるけど、やっぱスリーピースのバンドはアタリの確率がめちゃ高。
2022年5月5日、ノートさんラストラン@紀伊半島の最終日。
トリビュート記事を書いたばかりなのに登場するっていう…(笑)。
この日は(も)長年の懸案であった物件たちをやっつけるべく、朝から移動していた。
その途中にある物件をご紹介。
この物件というだけで、ターゲットが何なのかわかる人にはわかるという、そんな位置にある隧道である。場所はこちら。まあマピオン地図には描かれていないけど。
いきなり、ドン。
無骨なコンクリートポータルの隧道。
お名前は、
読みにくいだろうが、「備後川隧道」。昭和43年度施工と刻まれている。扁額はなし。
記事タイトルにあるように、ここは行政区分上は三重県熊野市だが、林道崩落により現在は奈良県からしか到達できない。
一枚目写真は、この隧道少し手前の林道風景だが、ここ備後川林道は国道425号から分岐しており、その国道425号がしばしば通行止めとなるために、何の確認もなしではなかなか来られない場所となっている。要は、少々ハードルが高いんだな。
一応、地理院地図も。
山深さを感じていただければ…。
さて、洞内。
コンクリ巻き立ての先は、素掘りとなっていた。
両端以外は
完全素掘りであるようだ。
振り返っての鉄板の構図。
ノートさんで抜けながら観賞しよう。
ちなみにノートさんのいる場所からの景がこれ。
険しいな~。街乗りファミリーカーが居るような場所じゃないのよ…(笑)。
これが、抜けながらの素掘り部分だが、
なかなか豪快ですな~。
で、抜けまして~の一枚。
ノートさんの隧道との記念撮影は、これが最後のものとなった。
こちらも扁額はなく、
同じ銘板のみ。
この時、
時刻は5時59分。
奥地での探索を終えてこの隧道まで降りてきたのは、
12時27分のこと。けっこう疲れた。
なので、この隧道前でしばしの仮眠を取ったのだが、
これが気持ち良かったな~。
そんな、想い出(笑)。
以上。































