PRYCE16写真日記 -19ページ目

PRYCE16写真日記

このブログも今やすっかり凸凹凸凹ブログに?(笑)

 本当は渡良瀬遊水地経由で鬼怒川温泉に(SLでも見に)行こうと思っていたのだが、出発早々に見た富士山が綺麗だったので、急遽予定を変更。環状高速を西へと向かう。

 

中央道を少し走り、相模湖東ICから道志みちへ。

 

 

道志みちを通るのは恐らく10年振り位。コーナーを見る度に「ココは昔ダートだった」「このコーナーで新車をクラッシュさせた」といった淡く切ない思い出が蘇ってくる。富士山は近づくにつれて徐々に大きくなってくる。

 

 

道の駅どうしで休憩。家から3時間弱の間ぶっ通し運転。長距離走行も出来るようになったか。

 

 

オープン薪ストーブの温かさは格別。家のストーブ同様離れられなくなる。

 

 

まだ雪が残る中、おびただしい数のオートバイが集結していた。

 

 

流石に路面はドライだが、周囲にはかなりの雪が残る。山伏峠迄はまもなく。

 

 

山伏峠を超えた後にどーんと目の前に現れる富士山は、ウン十年前に(授業をさぼって)初めて見た時と同様にあまりにも美しく感動的だった。

 

 

山中湖畔の展望台。木々が邪魔だが、これで富士山見物は終了。

 

 

駐車場の様子。旭日丘付近はおびただしい量の観光バスや観光客であふれていた。飲食店や土産店以外は特になにもないというのに、皆一体何をしに来ているのだろう。人込みも観光地も嫌いなので、その横を素通りして次の目的地へと向かう。

 

 

御殿場駅前のD52をチラ見(駐車困難)した後、山北駅のD52をガン見。
 

 

まるで現役機のようなピカピカテッカテカのロッド類。空気駆動で数メートル動く事ができる。これも川場のD51を復活させたあの方が関わっている。

 

 

D51に比べてボイラー水容量が1.6倍、ボイラー直径が20cm強太い。シリンダー径や工程、煙管の長さや本数は同じだが、「燃焼室」なるものが増設されているのと、罐圧が若干高い。C62とは煙室形状や給水加熱器の搭載位置が異なる為、無骨な迫力がある。

 

 

公園の全貌。駐車場は隣接する健康センターと共用になっている(と思われる)ようだが、温泉利用客が多数いた模様で、残り1台分の空きに運良く停められた。

 

 

駅及びその直前にまで迫る断崖に近い山々。上層には東名高速道路が走る。

 

 

思い出のR246を北上するも、渋沢付近から慢性渋滞にハマる。更に厚木から高速に乗った際にも、ゲートを超えた瞬間に渋滞で逃げ場ナシ。金を払ってわざわざ渋滞にハマりに行った自分のバカさ加減を呪った。

 

 

悪名高い大和トンネル直前に小事故があり、その直後から快走。

 

 

これが大和トンネル。確かにちょっと怖い気がしなくもないが、法定速度で走っていれば何という事はないように思える。ブレーキを踏むのみならずアクセルを緩める程のものではない。

 

 

海老名SAは混んでいたので港北PAへ。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

ミニ炒飯(通常量のものに対して)しかなかったのでやむなく注文したが、これが適量。ボクは果たして大喰らいなのか少食なのか不明だ。

 

 

その後はまったく渋滞する事もなく快適に走行出来た。

 

 

まだ日没には早かった為、浜崎橋から無駄に横浜方面へ。東海道貨物線及び新幹線の車庫へと向かうアーチ橋の下をくぐる。もうじき天王洲。

 

先日訪れた浜川崎周辺。鶴見線方面と川崎貨物ターミナルを結ぶ廃線跡もよく見えた。

 

 

横浜猫屋敷の跡地に建った学校の隣に建ったプラネタリウム。2017年位までは空地だった。

 

 

埠頭の渦巻きパーキング。のぼりも虚しく各種オフ会が行なわれていた。

 

 

新電波塔の下を通る。本日の走行は約400km。高速に5000円位使った。やなり都心以西を訪れるのはしんどい。

 

 

 58.80 16.7

 

進行方向に激しい煙が上がっている。こういう煙を見ると(ヒマな時は)近くまで行ってみると、大抵は大火事が起きているもの。だが今日はそうではなく、渡良瀬遊水地のヨシ焼きが行われている。昨年は「予備日」の日付をみていた為、実は終わっていた(出発前に気づいたの)ので、今年は慎重に確認。昨日は雨天翌日の為か強風の為か、本日に延期になっていた。

 

 

8:30点火の30分遅れて到着した所、土手を埋め尽くすこの人出。

 

 

既に駐車場は満杯で、駐車場を求めて無駄に往来する車両でごった返していた。

 

 

有名なうなぎ屋の近くをウロウロ。煙はますます激しくなっている。

 

 

だが桜堤の最北端に運良く止める事が出来た。まずは前回使用したFA77mm。ココでは広角レンズで狙う機会はあまりないのでという事で、準望遠である当レンズを使用した。

 

 

とはいえ広角がいらないとか撮りようがないという訳ではまったくない。何しろ燃えている範囲が広範囲で、また煙も天高く吹き上がる為、広角も必須。ココは広角の雄であるGR3に任せる。

 

 

遠くに雪を纏った日光男体山の姿が見えるのだが、小さい画像では見にくい。77mmレンズはまあまあ良かったのだが、よく考えたら70-200mmレンズならばその画角が完全に含まれる。という事で一旦車に戻り(結構遠い)、レンズをつけかえた。以降GR3と70-200mmの二刀流。

 

 

こちらは先程の大放列の出来ていた方面。今まさに燃え盛る最中。GR3。

 

 

何だか煙の量がとんでもない事になって来た。

 

 

煙で遮られて太陽光線が変色。
 

 

白い車が茶褐色に写る程に。こういう時はWBを固定にした方が劇的な写真が撮れる。

 

 

目の前のヨシに点火要員による火入れが行われた。ガソリンや灯油といった油分を撒いている様子はなく、100円ライター的なもの(チャッカマン含む)で点々と火をつけてまわっているだけのように見えた。煙草のポイ捨て程度でもあっという間に燃え広がりそうなので要注意。

 

 

GR3。戦場風景の一コマにもなりそうな光景に見えなくもない。戦争じゃなくて良かった。

 

 

カメラが示す露出よりも暗目にすると更に劇的さが増す。マニュアル露出でLCDで確認しながら撮影したもので、カメラが決めた露出に対してどれだけ抵抗したかは不明。70mm。

 

 

同200mm。「遊水地のヨシ焼き」でなければ、この世の終わりのような絶望的な炎に見える。

 

 

遠くの方でも燃え始めた。

 

 

引いてみるとこんな感じ。相変わらず凄まじい爆煙。

 

 

白い煙が出ると燃焼終了の印。

 

 

遠くではまだまだ燃えている。

 

 

炎は遠くに行ってしまったが、新たな黒煙を激しくあげて燃える。

 

 

点火から2時間程でハイライトは過ぎる。来年はもっと早くに出かけよう。

 

 

本日の使用車両。 火の粉でビニールの屋根が解けやしないかとちょっとハラハラした。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

昼食はゆで太郎のかけ放題揚げ玉とクーポンのかき揚げという最悪コラボ…。油分摂取量が危険なレベルだが、まあたまにはイイか…

 

 XX.X XX.X

 

突然だが競輪場へとやって来た。貨物列車撮影にも飽きた…訳ではないがちょっとマンネリ化していた為、新しい被写体を求めての訪問だ。以前県営大宮球場を訪れた時に、隣に競輪場を見つけた事が発端。その後NACK5チームランで訪れた事が引き金となった。これは2018年のNACK5チームランで西武球場を訪れた後にライオンズの試合を観に行くようになった時と同じだ。

 

 

まるで自動車レースのサーキットのような二重の頑丈な金網と、場所による光量差に難儀するであろう事は前回のチームランで確認済みだ。それはともかく、レース開始10数分前だというのに、スタンドにもトラック内にもヒトの気配がまったくない。日付か時間を間違えたかと本気で焦った。こういう初々しい思いが出来るのも初訪問時だけなのだ。新しい世界に飛び込む時のこのワクワクドキドキ感が結構好きである。

 

 

観客達は風吹きすさぶスタンドではなく、ガラス張りのぬくぬくした室内にいた。そしてレース関係者は出走の数分前に降って湧いたようにどこからともなく出て来るようだ。先日チームランの時に良さげなポジションを確認していたので、それらしい写真は撮れたものの、段取りがまったく判らず、気が付いたらレースが終わっていた。

 

 

第1レースでは勝手が判らなかった為、第2レースでは全貌を掴む事に挑戦する。まずは車両を並べ、何かに向かって拝礼する。競技委員長へのものなのか、競輪の神様的なものなのかは不明。少なくとも観客へのものではないだろう。

 

 

スタート直後。最初の1周半は少し前からスタートした先導車が前を走る。自動車レースでいう所のローリングスタートのようなものだ。

 

 

先導車を追い越す事は出来ないが、出走者間のポジション取りは出来る模様。

 

 

2週目の3コーナー付近で先導車が逸れるといよいよ戦闘開始。「ジャン」が鳴り響く。

 

 

 

ゴール直前の最終コーナー。しかしこの位置からだとゴール姿を狙う事が出来なかった。

 

 

チームランの時に出走者が出入りした場所。この狭い場所で入場と出場が対面通行していた。

 

 

せっかくなので車券を買おうかとも思ったが、券の種類がよく判らない。基本的には車番/枠番、単勝/複勝、2連勝/3連勝の違いの組み合わせがあるのだが、枠番3連勝はないようだ。以上の事から、2車単、2車複、2枠単、2枠複までは判るのだが、残る上位3車を当てる式制の名称が、「3車単」「3車複」でない所が非常に混乱を招く。「枠」の存在もルール的には判るのだが、それぞれどんな特徴がありどう活用したら良いのかが不明だ。

 

選手の過去の成績やまくりがどうのこうのといった事を新聞類を参考に決定するというのも高等技であり、シロウトには無理だ。なのでオッズが一番低いものに掛けるのが損をしない為の一番の近道ではないかと感じた。勿論、損をしたくなけば掛けないのが一番の得策である。

 

 

第3レースでは、撮影位置を更に先へとした。ココならばゴールの接戦が観れるか?

 

 

2週目のバックストレートから3コーナーへの侵入。まだ先導車が列を引っ張っている。

 

 

3週目の最終コーナーへ。490mm相当。どうせなら出走全車を入れたかった。そうでなければ先頭2車位の大写しを狙いたい所だが、それには950mm位が必要となり、450mmをAPS-Cで使用し更にX1.3クロップをかけなければならないが、次回はまず450mmから挑戦してみよう。
 

 


前レースがゴールするや否や、次レースに出場する選手が半周差でトラック内にゆっくりと入って来る。このような進行も知る由がなく、第1レースではいつまでたってものんびり走っているな~と思っているうちにレース結果と配当が場内放送で流れ、ポカンとした。

 

当競輪場は、正しくは大宮公園陸上競技場兼双輪場という。確かに茶色いトラックやその内側は陸上競技場そのものであり、トラックの内側ではサッカーの試合が行われた事もあるそうだ。先日行われたNACK5チームランの開催は極めて正規の使用法だったわけだ。但しチームランの時には競輪トラック上を周回していた。

 

 

当双輪場は東京オリンピックの自転車競技会場候補として1939年に開業し、競輪競技は1949年から行われている。古風なスタンドや屋根の鉄骨がその頃からのものかは定かではないが、昭和40年頃のものではないかと思う。

 

 

鉄骨の塗装は全般的にボロボロと剥げており、さながら廃鉄橋と同じような状態になっている。

 

 

このカラフルな椅子は戦後間もない頃ではないと思われる。昭和40年代のものではないか。

 

航空地図で調べてみると、5号スタンドが増設されたのが1979年頃、第2コーナーのスタンドが撤去されて何やら建物が建ったのとバックスタンドが改修されたのが1980~83年頃、サービスセンターの開設(又は建て替え)が1987年頃、メインスタンド(2号スタンド?)の改修が1989年頃、メインスタンドの右隣のスタンド(1号スタンド?)の改修が1989~1993年頃、場内最東部のビルが建ったのが1993~95年頃となった。ガラス張りの超近代的なメインスタンドやバックスタンドが出来たの40年前とは思えないので、リニューアルされたとある2004年か?(それでも20年が経過している)

 

また1961~1964年の写真には、3号スタンドのみ屋根らしきものが確認出来るが、1967~1969年の写真では4号スタンドに、3号スタンド以上の大屋根が出現している。そして1972年には現在と同様な3号4号スタンドが繋がった写真が確認出来る。まとめると4号スタンド(の屋根)の建設は1964~67年頃、3号スタンドの屋根は1969~72年頃という事になる。大屋根をつける際に旧スタンドを取り壊したどうかは不明な為、スタンド部の建造年は(航空写真からは)不明。

 

 

競輪場名物の「ジャン」。残り1周の少し手前で鳴らされる。銅鑼なのかと思ったがそうではなく、まるで消防用の半鐘のようだ。

 

 

第4レース、3週目バックストレートを疾走する選手達をX1.7クロップで狙う。830mm相当。

 

 

第4コーナーを抜け、ゴール目前。フレーミングがまだまだだが、ゴール手前のせめぎあい感は少し出ているのではないか。この後日陰に入ってしまう為、ゴールの瞬間は撮れない訳ではないが、鮮やかさがまったくなくなる。早朝開催時ならどうにかといった所か。

 

 

今回は競技場内の様子が判らなかった為、「便利ズーム」を使用した。バックストレートや、1人の選手を追うような場合にはかなり足りず、一部クロップを使用した。150-450mmが必須。


 

この古風なスタンドが、屋根と同時期にて来たのか。今度はそんな観点から様子をさぐってみるのも面白そうだ。

 

 

かつての車券売り場か。レース結果が確定するやまもなく払い戻し金が確定するが、現代ならともかく、昭和40年代や、それ以前には一体どうやって計算をしていたのだろう。

 

 

ずらりと並ぶ車券売り場。ココが賑わっていた頃をのぞいてみたかった。

 

 

所変わって、大宮競輪場から約1.7km程歩き、てっぱくへとやって来た。

 

 

先日まで行われていた機関車展が終了し、おどろき!!!!収蔵展が始まったようだ。「驚収蔵展」ではない所がポイントだ。

 

 

だがこのいかにも驚きな壁の向こうに隠された入口は閉まっていた。来週からではないか!!!!

 

 

その影響でか何だか、コレクションギャラリーに松川ループの模型の展示が復活していた。つい先日貨物列車の撮影をしたばっかりの場所なのだが、まだ下り新線も関越道もない。子供の頃から見覚えがあるが、何と上越線開通の翌年の昭和7年製。ボクの父親世代が子供の頃から見ていてもおかしくないようなシロモノだった。
 

 

ボタンを押すと、まるで特撮戦隊モノの秘密基地のように、山の一部が上昇し、しばらくすると下がって元の位置に戻る。まあそれだけと言えばそれだけなのだが、それでも意外と興味深く見た覚えがある。あの頃はまさか湯沢エリアに入り浸りになろうとは思いもしなかった。先日EH200を撮影したのは●印から矢印方向を向いて行った。

 

 

Googleマップの3D航空写真で似たような角度を再現。上越線上り非ループ新線と関越自動車道の位置関係がよく判る。

 

 

南館3階の歴史ステーションを見終えた後、2両の新幹線が収められたホールを見下ろす。

 

 

こちらは屋外展示の2階建て新幹線。GR3のエグい青空の色が冴えわたる。

 

 

疲れたので0系新幹線の車内でまったり休憩。競輪場に置いてあった出走表を熟読。それとは別に昨日のレース結果が載っている。配当のみならず、売り上げ内訳まで載っている。これによると、一日で5億円もの売り上げがある事が判る。控除率は25%なので、一日で1億円以上の収益となる。また式別では「3連単」が圧倒的に人気だが、7車立ての場合で1/210という途方もない確率となる。本日のエアー投票では2車単は2度ほど当てた(オッズが一番低いものを選んだだけ)ものの3着はどちらも異なっていた。また枠番投票は単複共に発売されていない模様。これでかなり式別の整理が出来た。

 

 

大宮工場前に展示されていた戦後の客貨物専用電機の生首がリニューアル中のようだ。

 

 

本日の昼食は、ナポリタンが名物な大宮駅西口近くの「ひまつぶし」にて。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?


メニューも見ずに「ナポリタン、単品で!」と告げた為、常連と思われたのかどうか不明だが、すごい量だった。普通の店よりは盛りが良いものの、パンチョの600gに比べたら物足りない為、いつか大盛りを頼もうかと思ったのだが、これはざっと500gはありそうだった。大盛りがX1.5とかX2.0とかだと絶対に完食出来ない。パンチョが最近値上げした為、コスパもトントンか、ややこちらが優勢になった。

 

 59.85 16.3

 

一日目

最近気になっている廃国道が眠る猿ヶ京の新三国大橋を通り…
 

 

やはり旧国道の上空をゆく萱付の新境橋を通っていつもの湯沢エリアへと向かう。

 

 

いつもの下り2071貨物列車にギリギリ間に合ったと思ったもののやって来ず。諦めてウロウロしていたら急に列警がなり、慌ててカメラを構えるものの設定が全く出来ておらず、悲惨な写真に。まさかのクロップが入っていたが、前回一体何を撮ったのか(→自宅付近上空を飛ぶ旅客機)。それでも機番がバッチリ写っていたのは不幸中の幸い…⁈
 

 

RAWにはクロップ前の画像が残っているので、現像ソフトを使用すると周囲が見えてくる。

 

 

露出も補正した所、この程度までは復元出来たものの、だから何だという感じだ。貨物列車が数分間来なかったからといって即ウヤと思ってはいけないという事は過去に何度も体験していた筈だったのだが、まだまだ身についていないのであった。

 

 

1泊目(神立除雪ステーション)

その後、いつもの車中宴会で明日以降に備える。昼食を採っていなかったのでがっつりと。

 

 

 

2日目

土樽駅へと向かういつもの道がうっすら雪景色。

 

 

本日は保線のヒトも山登りのヒトもいなかったので、駅舎と記念撮影。

 

 

朝食はローソンのデカおにぎり。お値段据え置きなのが良い。

 

 

駅前の地図(北が上でない地図を見るのは本当に苦手だ)に、最近凝っている清水国道が描かれていた。馬車が往来出来る緩勾配をとる為に、等高線に沿ったぐねんぐねんの道になっている(右端の茶色い点線)。明治18年に開通したものの、わずか1カ月後に土砂崩れが発生し数年後には放棄されたという幻の国道だ。

 

 

この場所も候補のひとつだ。77mm相当のX1.7クロップで130mm位。これであともう少し上を向けられると良いのだが、関越道の巨大なアーチ橋が邪魔をする。堰からあふれる水をカットし、270mm位で狙うのも手か。

 

 

特に意味はないが、相変わらず森君(このフォレスター)には雪景色が似合う。親バカ的言動になるが「恰好イイぜっ!!!」。まもなく17年、走行18万kmなのでそろそろな気はしているのだが、本当はまだまだ乗りつづけたい。

 

 

8:07、松川橋梁をゆく上り列車を狙えそうな場所を往路で発見。例年なら高い雪壁により、撮影も駐車も困難な場所だ。しかし例によって機関車直後の空コキが残念。それと、石造りの橋脚がうまく写らなかったので、中途半端な構図になってしまった。200mm。

 

 

本日の使用機材の背後に機関車を入れる。三脚座に滑り止めの皮を貼るに当たり、付属していた銀色の台座にボンドをベタベタ塗るのは流石に抵抗があった為、黒色品をクラブハウスで購入。スクエア新宿時代から度々売りに出されていたが、こんなもの絶対に買う事などないだろうとあの頃は思っていた。まさかこの三脚座を使用する大型レンズを2本共入手する事になろうとは。150-450mmはともかく、望遠F2.8遠しの銀色ズームは既に持っていたにもかかわらずこの銀色の70-200mmに手を出したのは、黒色よりも安く、しかも底値(当時)だったものでつい…

 

 

R253を利用し、直江津(上越)へ直行。津波により壊滅した直江津海水浴場の横を通過。

 


谷浜駅にて。直江津迄は昨年訪れたが、それ以西の元北陸本線沿いを訪れたのは何と7年振り。ずっと体調が悪くて、長距離車中泊ドライブとは疎遠になっていた。
 

 

11:33、下り3093列車。この後、ズーミングしてしまった為、車両は似たようなサイズのまま歪みばかりが増えてしまった。シロウトなのだからそんな難しい事をしなければよいのに…

 

 

谷浜駅名物のものすごく低いホームには、あちこちに金網が出来ていた。

 

 

跨線橋直下に柵があり、ホーム端まで行く事が出来なくなっていた。なのでこんな所から上り列車を狙う。

 

 

12:05、上り4060列車。やはり引き付けが足りない。次位の空コキ群も残念。

 

 


名立、筒石、能生といった旧線跡を進み、梶屋敷駅へ。やはり7年振りという事もあり、途中色々変わっていた。名立と能生の道の駅のランドマークだった風力発電機がなくなっており、旧名立駅の駅舎も無くなっていた。

 

 

13:08、下り3097列車を待ち伏せるものの、残念ながら単機。
 

 

糸魚川市街を通過。妙に新しい建物が多い。

 

 

崖沿いの道を進み、旧道を通って親不知駅前を通過。

 

 

越中宮崎駅近くにあるポツンとコンビニで手作り弁当を購入。
 

 

北陸本線旧線の隧道迄、旧線路盤上を走って到着する。

 

 

越中宮崎駅々前を通る。向かいの旅館が建て替えられており、大きな公共駐車場も出来ていた。

 

 

越中宮崎駅近くの海辺にある謎の駐車場へ到着。20数年前、琵琶湖畔から一人、北陸回りでシタミチをちんたら走って帰った時に、柳ヶ瀬トンネルや山中峠を走り、金太郎温泉に入り、さて何処で寝ようかという所で見つけたのがココだ。以来北陸本線を訪れる際の定宿となっていた。北陸本線最終日の翌朝、生まれて初めてET127形気動車を見(て愕然とし)たのもココだった。
 

 

周囲には誰もいない…事もなく、漁業関係者らしきヒトの姿をチラホラ見かけた。

 

 

先程購入したコンビニ弁当をこの思い出の地でいただく。ココで宿泊するにはまだまだ不安が大きいが、かつてココで宿泊した際には先程のコンビニまで飲料を追加しに行った事もあった。片道900mかけてでも飲みたかったのだろう。

 

 

市振駅。ここは北陸本線最終日に訪れ、越後湯沢駅とを結ぶ特急列車を、平日にもかかわらず多くの同業者さんと撮影した思い出の地だ。その日はダイヤが乱れており、突然通過警告が鳴った際にすぐさまカメラを構えたのはボクだけだったというのも良い思い出だ。

 

 

駅舎内の太古の観光案内絵図がお気に入り。ココまで来る道(の過去の姿)が、まるで絵巻物のように描かれている。上路村という過去の集落を知り、訪れた事もあった。

 

 

煉瓦造りのランプ小屋が現存している。駅舎と同じ1908年製。

 

 

貨物列車通過の注意を促す張り紙。列車番号が何の説明もなく記されていたのがツボだった。

 

 

天険トンネル近くにあるパーキングから見た国道8号。険しい箇所にはスノージェットが設置されているが、これがなかったら相当怖い。周囲には打ち捨てられた旧道も各所に残る。

 

廃レストランかと思ったが、ホテルは営業中。ホテルの竣工年を航空地図から探ってみた所、昭和39年には影も形もないが、昭和40年には何やら工事をしている気配が写っていた。ちょっと泊まってみたいような気もする。この先の遊歩道は、昭和41の天険トンネルの開通までは国道だった。ココから100m程崖を下ると、旧北陸本線のトンネルを拝む事が出来る。

 

 

有間川駅を素通り。おそらく何も変わっていないだろうからというのが理由だが、こうしてみると駅舎は随分と広い。カフェとして改装中との事。

 

 

2泊目(渋柿浜パーキング)

上越市まで戻ってきた。犀潟駅近くにある渋柿浜のパーキングが本日の宿。遅い時間に昼食をとった為、夜の宴会はおつまみ程度に。
 

 

ココの何がイイかというと、信越本線のすぐ横という事に尽きる。時刻表を横目に、列警無線をBGMに宴会という至福の時を過ごせるのだ。18:30、下り85列車。

 

 

20:22、上り70列車。機番はまったく読めないが銀釜であるEF510-510、通称「後藤後藤」。3色ある後藤の比率は、赤:青:銀=23:13:2(九州300番台を除く)であり、銀釜遭遇率は1/19となる。その希少なタイミングがこの写真とは残念。

 

 

外は暴風霰。あまりに寒く、この後は外に出るのも億劫になってしまった。

 

 

 

3日目

5:43、ほくほく線の列車が上下線の間の路線をゆく。早起きはしてみるものの、霰は夜更け過ぎに雨へと変わり、更に撮影欲が減退する事となった。1/125、F2.8、ISO51200。

 

 

5:50、下り4061列車。同じ露出だとちょっと露出オーバーになった。

 

 

6:09、えちごトキめき鉄道の車両が下っていく。空が少し明るくなってきたからか、1/125、F3.2(2.8だったのが勝手に動いた)、ISO6400。しかし直前に通る筈の下り4075列車はやって来なかった。昨夜の強風で遅れているのか?7年前に比べると、超高感度特性に優れた機材があるだけに残念だった。

 

 

昨夜食わなかった炒飯焼きそばという重い朝食を摂取して時間を潰す。

 

 

土底浜駅にて。


 

7:15、下り4095列車。列警が鳴らないので来ないのかと思い、一旦ひきあげようとした所で急に鳴り始めた為、上りホームの端(結構遠い)までたどりつけず。ハイテク機器が時に足かせとなる。せめてあともう少し左を向いていればまだ良かったのだが。

 

 

下り快速列車は非情にも通過してゆく。

 

 

半面、上り列車は豪華6両編成。越後トキめき鉄道の列車が戻ってきた。越後トキめき鉄道鉄道妙高はねうまラインもココも、元は同じ信越本線だった。

 

 

2連×3編成はそのどれもが色が異なっていた。その中間に国鉄っぽい車両が挟まっている。

 

 

「新潟色」なのは何となく判るのだが、リベット打ちで、まるで銀座線の初期車両のよう。

 

 

純正カラーを纏う後部2両。

 

 

8:02、上り80列車。長大な直線が続くので撮りやすい。

 

 

その後上下浜へ移動。8:53、昔はEF81だった下り4091列車。ひきつけ具合はまあまあだが、ケツが切れている。一応順光の部類には入るものの、微妙な光加減だ。

 

 

8:58、上り4076列車が20分程遅れてやって来た。やはり長大な直線が続く。
 

 

見事なフルコキだが、後半はスカスカが続く。行く先にはものすごい色の空が広がる。首都圏では見られなくなってしまった後藤ことEF510だが、何だかお腹いっぱいになってしまった。

 

 

天気も悪くなりそうなので、走り慣れた湯沢で雪遊びをしようという魂胆の元、まだ少し早いが戻る事にした。往路とまったく同じルートというのは能がないが、わざわざ遠回りする事もないだろう。普段あまり通らないR252なので何度走っても結構新鮮だ。

 

 

湯沢は晴れだったので、更に帰路へと向かう。苗場では地吹雪に遭遇する。

 

 

旧三国トンネル時代の道路上に車を停めてみる。

 

 

猿ヶ京のローソンで軽い昼食。前回も同じものを食った覚えがある。

 

 

猿ヶ京から水上へ抜ける凍てつく峠道で、おそらく今シーズン最後であろう雪遊びをする。水上周辺での貨物列車撮影にも飽き飽きしてしまい、そのまま大人しく帰路につく。

 

 

3泊目(近所の道の駅)

家まであと少しな道の駅で車中泊。車中宴会が出来れば別に何処でも良いという事なのだろう。最終日という事もあり、豪華に炒飯餃子。ポテトサラダは結局食わずに家への土産になった。
 

 

 

4日目?

翌朝早朝のEF65牽引の上り貨物列車を第1ワシクリ陸橋上で待ち伏せ。最近のお気に入り機材(K-33&16-50mm)を使用したが長さが全然足りず、まさかのX1.7クロップを使用して130mm相当にしたがそれでもまだまだ足りない。70-200mm位(をフルサイズて使用するの)が適当だったか。
 

 

ココもまた、変な柵のみならず、変な通信ケーブル(?)の設置の波紋で、極めて撮りにくくなってしまった。しかしEF65ももはや風前の灯なので、撮る意義は大いにある。

 

 58.45 16.7

 

 超久々になってしまった恵比寿の三田庵。調べてみた所、前回訪れたのは昨年6月なので、なんと8か月振りだ。すぐ隣に建物が建設中で、店名看板が見えなくなっていた。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

いつものひやがけ大盛&野菜かきあげ。そばにコシがある。それはフニャフニャ麺の中山道(それはそれで嫌いではない)との比較では当たり前、冷凍麺(何処とは言わないか)の硬さを除いた他のイチオシ店と比べても良いコシ具合。十割蕎麦らしい濃い味わいもよく、それでいてのどごしも良いという逸品。
 

 

昼過ぎに訪れたが、あわや満席という程の繁盛ぶりだった。都心の一等地の十割蕎麦が駅の立ち食い蕎麦+αで堪能出来るのだから当然の事だろう。

 

 

===== ↑GR3  ↓WG-30W =====

 

 

恵比寿から渋谷迄、地図も見ずに適当にフラフラ。面白そうなバーを見つけた。
 

 

雨なのでGR3は出す事が出来ず、同じRICOHのWR-30Wを使用。

 

 

GR画質に慣れてしまった事もあり使うのがイヤになってしまっていたのだが、露出補正を-0.3EVだけかけた所、意外と(?)イイ感じになった。

 

 

WG-30の嫌いな所の一つに、画面の縦横比に3:2が選択出来ない点がある。4:3画像に比べると何だか緊張感がないように感じるのだ。これに気づいて以来3:2を愛用し、当機やiPhoneで撮った写真はわざわざトリミングして使用している。今回はあえて4:3のまま使用してみた。決してトリミングが面倒だったからという訳ではなくはなくなくない。

 

 

やっているんだかどうだか不明な店。直訳してみよう!

 

 

思い出のライブハウスビル。地下のCHELSEA HOTEL、1階のSTAR LOUNGE、、2階のThe Game、3階のMILKEY WAY共に訪れた事がある。渋谷徘徊で是非とも訪れたかった場所だが、地理をすっかり忘れてしまっていた。せっかくなので地図を観ずに直感で歩いていた所、まったく予想していなかった所で突然目の前に出現し驚愕した。これだから街歩きはやめられない。

 

 

他の写真もそうだが、こうしてみるとそれほど悪い画質では(当ブログる程度ならば)ない。背面LCDの色や明るさの再現性がまだ未熟な時代のもの(それはK10Dも同様)なので、それにつられると残念な事になるが、露出をカメラに任せて使用すればまあまあ良いのかもしれない。

 

 

この看板に妙に惹かれて、わざわざ戻って撮影した。この独特な色合いもまあまあうまく出ている。雨天ならばiPhone14でも良いのだが、傘をさしてのカメラ操作は想像を絶する難しさがある。せっかく買ったもののほとんど使用する機会のなかったWG-30Wだが、これを期にもう少し活用してみようか。

 

 

本日の目的地であるライブハウス。再開発されて消滅した南西エリアに加え、北西エリアで開催されたサーキットイベントに参加した事もあり、渋谷のライブハウスはかなり制した筈なのだが、ココは知らないハコ。2016年頃までは映画館だったようだ。

 

 

===== ↑WG-30W  ↓GR3 =====

 

 

ライブハウスだというのに、開催されるイベントはこんなもの??!

 

 

ロビーに歴代のGRが展示されていた。

 

 

ライブハウスだけあり、光や音の演出は十八番だ。久々のライブハウスだが、飲みながらカメラ話を堂々と出来るというのはのんべえにとってはこの上なく楽しい。

開始早々「新製品の発表はありません!」と強く釘を刺され、会場内が爆笑の渦に。皆現行GRに満足し、ヘタに(恐らく高額な)新製品が出ても困るヒトばかりなのだろう。勿論ボクもだ。

新製品の発表(や開発発表)がないからと怒ったり消沈したり絶望したりするヒト達は、現行所有機材(GR以外も含めて)でもっと写真を楽しんだらいいのになと思う。

 

写真家の先生方のみならず、ユーザーの方のプレゼンも秀逸なものばかりで、時に笑い転げた。

 

現行GRの供給難に関しては写真家の先生方からもやんわりと指摘されていたが、その理由がメーカー側から暗黙的に語られていたような気がした。

悪名高い(?)写真転送ソフトに関しては、改善する意思はありそうな兆しが感じられるような言動もあり、それは大いに期待したい。新製品なんかいらないからそっちを何とかして欲しいと結構本気で思った。
 

 

最後に記念写真を撮影。その姿を撮っている人々の姿は写っているだろうか。

 

 

出演の先生方とも撮りっこ。ユーザー出演者も含む撮りっこもあった。

 

 

素敵な夜だった!改めてGRが好きになった。

 

 

終焉後、まだ時間が早い(?)ので、夜の渋谷の街をブラブラ歩く。ビコーズI Love Youで渡辺瑞紀らがカツアゲされたトンネルは現存していたが、その向こう側は激変している。

 

 

雨が上がったので、GR3を使用出来るようになった。暗所ではGR3の本領を存分に発揮出来る舞台であるが、しいていうならばiPhone14と対決させてみたい。反則のような画像処理により、かなり苦戦をしいられる事になるだろう。ただ撮影者の意図を反映した写真にはなかなかならない事が予想される。

 

 

すっかり変わり果ててしまった渋谷駅の東口。ガラスチューブの中をゆく銀座線の姿は、子供の頃に見た未来都市のようでもある。

 

 

ダースベイダーのような車両がやって来たが、新宿止まりなのと、混んでいたので乗らず。

 

 

本日のいただきもののリストバンド。比較的小柄で細目なボクでも少々きつかった。ラガーマンのような方だと血が止まるかもしれない。

 

 

本日のいただきものその2。ビックリマンチョコ風のシールと、シリアル入りのポストカード。

 

 

ライン登録者限定の記念品。配布場所が判らず、受付でもらう事に?!

 

 

ついでに青春18きっぷも購入。今春は有意義に使えるか?

 

 58.65 14.2

 

 

森君(SG9型フォレスター)のクラッチに違和感を覚えたので調べてみた所、クラッチペダルのアームとマスターシリンダーからのロッドとをつなぐピン(クレビスピン)がグラグラしていた。18万kmを走り抜き、相当すり減っているであろう事は容易に想像出来る。

 

早速「フォレスター クラッチペダル 分解図」で検索をかけ、ペダル付近の構造を把握。わざわざペダル一式を外す必要はなく、問題のグラグラしているピンだけを交換出来そうだった…というより、ペダルを取り外す為の第一歩はこのピンを抜く所から始まるのである。また、アーム側に嵌っているメタルブッシュも擦り切れて半円状になっている事が多いようである。

 

という事で早速部品を注文。SG型フォレスターの記事はなかったが、SH型フォレスターやGC型インプレッサも同じ番号だった為、えいやっと確定ボタンをクリックした。どうせピン105円、ブッシュ154円程度のものである。それよりも送料380円の方が遥かに痛かった。

 

 

クラッチペダルアーム付近はグリスでベタベタな為、外した部品やそれをふき取る為のウエス類が落ちてフロアを汚さないように紙を敷き詰める。一度も目を通される事なく一瞬で古新聞入れへ行きとなったこれら広告が初めて役に立つ時が来た。

 

しかしピンのある位置は図の矢印付近。クラッチペダル下に逆さまに頭を突っ込まなければならない。またその際の目玉からピンまでの距離は20cm程しかない為、「老眼鏡」が必須である。車の整備で老眼鏡が必要な時代が来るとは思わなかった。

 

 

これがクレビスピン。反対側はベーターピンにより抜けないようになっているという極めて簡単かつ確実、必要にして十分な締結方法だ。ペダルを踏んだり離したりする度にこのクレビスピンの頭が目に見える程にグラングランと動き、ペダルを踏む感触も露骨にカクカクとしていた。またピンも少し右側に飛び出し気味だったように思えた。それを無理に押し込んでみたり、くるくる回してみたりすると、一時的にカクカクは収まっていた。ピンの動きは極めて悪く、ペダルを小刻みに動かしながら満身の力をピンに込めてやっと半回転程回す事が出来た。

 

 

特に意味はないが、クレビスピンのアップ。1/30、F11、ISO40000。トリミング。GR3。

 

 

クレビスピンの反対側を写した写真。肉眼でこの光景を見る事は困難で、ベーターピンの一部を左目で見るのが精いっぱいだ。

 

具体的な作業としては、1の脱落防止用のキャップを外し(壊すという方が正しい)、2のベーターピンを引き抜き、3のクレビスピンを右方向に引き抜くというたったこれだけであり、難しい要素は本来なら一切ない。だが、狭所故のアクロバティックな姿勢と、ベーターピン側は目視が出来ず、ほぼ手探りな事から、作業は恐ろしく難儀した。

 

 

シートを最高部まで下げ、クラッチペダルにおでこを押し付ける位のつもりで運転席足元に潜り込む。外からみるとかなりのセクシーポーズだ。流石にラガーマンやレスラー、相撲取りといっような、そもそも運転席足元部容積よりも体積のあるようなヒトの場合作業はまず不可能だ。また身長180cm超(でひょろひょろな)のヒトの場合も、潜り込めたとしてもサイドシルが脇腹を直撃する為、激痛に悶絶しながらの作業を強いられるだろう。世の中にはそのような体格のメカニックのヒトはいくらでもいるが、その方々がどうやってペダル回りの整備をしているのか興味深い。

 

なお写真は作業終了後の「ヤラセ」である。作業中はそんな余裕がなかったのと、手がグリスまみれな事もあり、GR3はおろか、WG-30Wですら触る事が出来なかった。

 

 

これが新旧クレビスピン。放っておけばじきにちぎれてしまうのではと思える程の激しいガタつきにビビり、今回慌てて修理したのだが、思った程は痩せていなかった。もしペダルのガタつきさえ発生していなければ、気づかずにこのまま廃車になるまで使用していた事だろう。右は新品のメタルブッシュ。ただの筒だが、クレビスピンよりも高価だ。

 

 

新旧ブッシュ。他の多くのサイトに掲載されていた写真同様磨滅が進み、半円状になっていた。

 

このブッシュは当初何処にあるのかまったく判らなかった。それは視角的な自由がきかない為に非常に見ずらく、また詳細を目視しようにも目を近づける事が出来ないからであり、決して老眼だからではない。更にはグリスで汚れている為、アームもその穴の中も黒一色である事も要因だ。試しに新品のブッシュをはめてみようとした所、まったく入る気配がなかった為、旧ブッシュが残存している事を確信。色々なもの(ドライバーやピンセット、つまようじ等)で突っついたりほじくったりしてどうにか取り外した。

 

新しいブッシュは指の力では半分位までしか入らない。まさか油圧プレス機が必要な程の圧入作業ではないものの、トンカチで叩き込もうにも狭いペダル下ではその程度の隙間すらない。仕方なく頑張って指で押し続けてみるが、だんだん斜めになっていく。下手をするとそのまま入りも抜けもしなくなってしまいそうで怖い。

 

そこで古いクレビスピンを刺し、その頭の部分を打撃目的ではない工具(12.7sqの手回し用のハンドル。短くて重い。何故こんな工具が我が家にあるのか不明)で軽く叩く事にした。これならば力が均等にかかる為、ブッシュが痛む事もないし、狙いもつけやすい。この時間違っても新品のクレビスピンで行ってはいけない。例の脱落防止用のキャップのおかげで、再び抜くのが極めて困難になるからだ。

 

この旧クレビスピンは再組立てに時に、マスターシリンダーからのロッドを仮締結するのにも重宝した。新クレビスピンを右手に持ちながら、ロッドを左手で持ち上げるのが困難な事は試す前から予想出来た。ましてや右手のクレビスピンはグリス(高圧がかかる場所なのでモリブデングリスを使用)をたっぷり塗りたくってある為、絶対に落下させる事が出来ないのだから殊更だ。そこで旧クレビスピンを反対側から刺すようにロッド共に仮組しておき、新クレビスピンで押し出すようにすると、右手だけで作業出来た。グリスをなじませる為にピンを回しながらゆっくりと刺してゆく。

 

相変わらずベーターピン用の穴は見えないが、作業前とちがい、クレビスピンは容易に回転するようになっていた為、少しはやりやすかった。だが他のヒトの提案しているように、クレビスピンの向きを逆にし、右側にベーターピンがくるように組めば、組み立て時も次回分解時も楽なのではないかと後で思った(流石にもう18万kmを乗る事はないと思うが)。

 

作業時間は写真を撮ったり(演技したり)しながらのんびり行っても2時間弱だったが、要領を得た今ならば15分、いや10分もあれば行えるだろう。元々はその程度の作業内容なのである。

 

 

夕刻、近所を走る路線に動態保存車が走るというので、夕刻の散歩時に狙いを定めて撮影。

 

 59.70 16.3

 

1日目(午後)

珍しく(?)日中に三国峠を抜ける。路面に雪はないが、木々が美しい箇所は多少はある。

 

 

日中唯一の下り貨物列車をこんな所で。ボクの得意な(?)場所を文字で表す写真の集大成?!。今年は雪が少ないので、雪景色でも車体がほぼ見えた。ある意味貴重な年なのかもしれない。アイデアは良かったものの構図がもう一つ。三脚が立てられず、ブレてしまった…のではなく、ルーペを見ての正確なピント合わせが出来なかったのが要因か?しかし何よりも辛いのは、機関車直後の空コキ群…

 

 

1泊目(塩沢道路ステーション)

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

本日の車内宴会。昼を食いそびれたので今日はがっつり。外は寒く、室内温度はみるみる下がる。21時頃に耐えられなくなり布団に入ってゴロゴロする事に。翌朝の気温は-2℃だった。

 

 

2日目

6:46、早朝の石打駅へとやって来た。安直だが、ココで上り3088列車を撮影するつもり。

 

 

駅前旅館に懐かしい琺瑯看板が並ぶ。しかし何よりも目を引くのは左上にかかげられたサボ。急行ゆけむりは国鉄時代に廃止されている。使用されたのは165系か?材質は琺瑯かプラか?!

 

 

新幹線開業前にはさぞかし賑わっていたであろう広い駅構内。冬場のスキー客もさる事ながら、それ以外にも機関車の付け替えという大仕事も戦前からあった。無人化されたのはつい最近。

 

 

下り列車がゆく。115系の姿は皆無。静止型インバーター搭載車故、停車中は無音。味気ない。

 

 

お目当ての列車の通過まではまだ少し(かなり)の時間があった為、駅を一旦離れ、昨夜の宿の目の前にあったコンビニまで戻って腹ごしらえ。起床直後、同店にてとりあえずおにぎり1コは摂取したものの、流石にそれだけでは心もとない。ましてや「暇!」なのだから、やる事と言えば食うか寝るかしかない。とはいえ弁当をガッツリ食うというのも今後の工程でもしも魅惑な飲食店が出現した時の事を考えるとはばかられるというものだ。なので好物の餃子が適量適正価格で目に入ったので、入手&摂取。

 

 

 

7:53、やってきた上り2088列車。返す返すも空コキは残念。もう少し引きつけるとカーブがあって良い感じなのだが、そこは日陰だった。という訳で晴れの日の場合450mmでもまだ足りず、500〜600mm位が必要となる。

 

 

なので実際には450mmで撮った写真をこのようにトリミングした。540mm相当。トリミングは基本的に好きではないのだが、テレ端で足りないような場合には良いのではないだろうかと思った1枚となった。APS-C機を使用して350mmで撮影するのと比べると、画素数でほぼ同等、拡大率で勝る(APS-Cの1.53倍に対して今回の場合は1.2倍)。
 

 

日本海へ抜けるルートで一番おだやかなR253を経由して鯨波へ。GR3がエグい色を出す。

 

 

有名な撮影ポイント。だが通信ケーブルのようなものが微妙な高さに設置されてしまった。

 

 

昨年と同じS字で、昨年の反省を生かして細かい構図を探す。架線柱1スパン手前が良さそうなのだが、しかしココでも通信ケーブルが邪魔をする為、結局昨年と同じ位置になった。

 

 

先に下り特急が通過する所も昨年と同様。オマケ写真とはいえ、少し手前過ぎた。

 

 

結局昨年と全く同じ場所に。しかも微妙に晴れていた為に、昨年よりも光にムラが出来てしまった。しかも寄せ切れていない。しかも空コキ…

 

 

撮影風景写真に後藤(EF510)を写し込んだ。連写すればもう少し良いタイミングが得られただろうが、この後空コキが続く事を考えるとこちらの方が良さそうだった。

 

 

置きピン位置が思ったより手前だった為、ピントの合った写真に対してにトリミングをかけた。結果この方が余計なものが写らなくなる上に、圧縮効果もわずかだが上昇する。それにこの程度のトリミングは、額縁に入れる際にはもれなく行われるのだから、あまりカツカツにせず、この程度の余裕は残しておいても良いのではないかとも思った。

 

 

下り3093貨物列車を待つが、何処もひどい逆光。なので荒海を背景にした真横姿を狙うが…

 

 

13:03、やっと列警が鳴ったと思ったら下り普通列車。しかしこれが後藤でもこの構図では…

 

 

ケツ打ちだが、絵的には1枚上よりははるかにマシである。もっとも貨物のケツ打ちではこういった誤魔化しは効かないが。結局3093列車は長岡発となった為、この場所は通らなかった。

 

 

帰路はよせばいいのにR353で。
 

 

以前ハイシーズンに抜けた時は車より高い雪壁が延々と続き、まるでボブスレーのコースのような道をただただひたすら走り、対向車が来たらどうしようとハラハラしたが、幸いにも一台もこなかったという事があった。
 

 



 

 

今回は路面に雪はなく雪壁もさほどではない(しかし今シーズンで最も高かった)が、雪景色は堪能出来た。

 

 

広い道が積雪で狭くなっているように見えるが、本当に狭く、夏場は別の怖さがある。

 

 

R253と合流する直前の谷は一番の急勾配。積雪時によく登れたものだ。この写真の場所もかなり急だが、この比ではない。運転しながらカメラを構える余裕がなかったので写真はない。

 

 

十三峠トンネルを抜け、懐かしの塩沢エリアの山々が姿を見るとホッとする。

 

 

塩沢に戻った後の遅い昼食は、朝と同じコンビニの炒飯。朝食と合わせて炒飯餃子を達成。

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

iPhone14の写真は「明瞭度」を上げすぎ。いつも使用している画像サイズ変換ソフト「縮小革命」の「くっきり補正」を70~100位に設定すると、GR3の写真も同じようになる。

 

 

その後、2072列車を湯沢中里駅で待ったが、やって来なかった。
 

 

スキー場開業期からあると思われる古い建物と、1990年代に新設された駅直結のスキーセンターが並ぶ。陽がかげって来た為、撮影は困難に。

 

その後、三国峠を越え、猿ヶ京から水上へ抜ける峠を越える。R353に比べたら簡単で退屈ですらある程の簡単な工程だ。
 

 

2泊目(道の駅みなかみ)

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

昼が遅かったので、夜は少な目。ポテトサラダは昨日購入したもので、本日の購入はコロッケのみ。シアターサンモールを訪れた時に何か既視感があったのはこれか?!

 

 

例によって隣接するスーパーで買い出しを重ねるが、半額品は少なく、これのみ。3度面に訪れた時は食い物が何もなく、ビールのみの調達。

 

 

3日目(午前)

今朝も(比較的)早く起きて、土合駅までドライブ。2駅分なのでざっと10km程ある。

 

 

朝の上り2088貨物列車を土合のトンネル出口から狙おうとしたのだが、別段面白くもなさそうなので断念。
 


湯檜曽駅も柵が出来ていて(以前はなかった筈?)イマイチ。

 

 

なので、ループトンネル出口の鉄橋から。しかしやはり光が中途半端に射している為、カメラをあまり下げられず、結局イマイチ。ループ上ではゆっくりだったのに、トンネル出口では結構早くてタイミングを誤り、顔が構造物に引っかかってしまった。

 

 

フルコキ(前半は)が素敵。

 

 

湯檜曽駅の駅前にあった水たまりの氷が見事だった。
 

 

あともう少し工夫すれば「とっておきの一枚」といったものに応募出来そうな美しさだ。

 

 

踏んでもびくともしない…訳ではなくギシギシした末突如、まるで板ガラスのように割れてしまった。何だかとてつもなく悪い事をしたような気持ちになった。

 

 

 XX.X XX.X / XX.X XX.X / 59.10 17.6

 

 

古風な容姿と塗装を纏った名物車両をわざわざ狙って乗車!

 

 

博物館の車両だというのに…

 

 

雪解け水で床がべちょべちょ…果たしてこんな運用でイイのか?!

 

妙にガニ股で運転しているように思えるが、現行8000系は如何だったか…

 

 

前方視界は悪い。やはり5分も乗ると飽きる。

 

 

大宮着。これも雪景色鉄道撮影といえるか?!

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

久々のそば処中山道。今日も洗剤臭さがあり愕然としたが、目と鼻の先にあった台布巾の臭いだった。大盛、ネギ大目。揚げ玉もやや大目だったように感じた。
 

 

食後ホームに降りると通過列車の案内放送。急いで日向に向かうも微妙に間に合わず

 

 

新宿で下車し、やって来たのはこんな劇場。「シアターサンモール」は名前はよく聴いていたが、一度も訪れた事はなかった。そしてシアターサンモールとサンモールスタジオはベツモノ。

 

 

本日の演目。以前映画版の「市子」を観たのも、実は本日の下調べ的なものだった。

 

 

◎あらすじ(公演チラシより)

1987年、バブルが始まる少し前、東大阪市のとある団地で川辺一家は何食わぬ顔をして暮らしていた。父は既に疾走し、母はスナックで働く男を虜にする美人であった。姉である市子は無戸籍児≪離婚後300日問題≫として育ち、妹である月子は難病である筋ジストロフィーを発症していた。時は流れ2015年8月、ある白骨化した遺体が山中から発見される。その遺体には不可解な謎が観られ、刑事・後藤は調査を開始する。ちょうどその頃、市子と同棲していた葉佐川の元から市子が行方不明となってい…

 

 

◎感想(ネタばれ…は特にないと思う)

事前に映画版を観ておけと厳命(?)されていたのでその通りにし、おかげでややこしい世界感にもついていけた。しかし元々は舞台版が先だったのだから、初演を観た後に映画版を観ていたらどんな感じ方になっていたのか興味深い。舞台慣れしていないヒトには映画が先の方が良いのかなと感じた。

同じ題材でありながら、映画版と舞台版ではまったく異なる表現法で、舞台芸術の奥の深さを垣間見た。最後の2場が悲しくもとても美しく、ついホロりとなった。

さつきのブチ切れ姿も壮観。
そしてドカドカと足を踏み鳴らしながらものすごい勢いで退場するお珠ちゃんを至近距離から拝見出来た。変形舞台で何処にすわろうか迷ったが、良い席だったようだ。


 

終演後、空の美しさにシャッターを切る。深く憔悴しつつも、この空のような一抹の晴れやかさもある舞台だった。最後のシーンを思い返すとまた目頭が熱くなる。

 

 

せっかくなので街歩き。早速ココが何処だか判らない。

 

 

石造りのM型ライカ。

 

 

四谷付近。だがあの家やあの店を素通りする。

 

 

一応雪景色の中、オレンジと黄色の電車も写っている。

 

 

ココは何処だかまったく記憶がなかったが、店名が見事に入っていた。

 

 

40年前にも目撃していたと思われる昔ながらの店舗。だが残念ながら閉業している模様。という事はいつ解体されるかもわからないという残念な状況だ。

 

 

 

 

30年程前に6×6カメラで撮影した事もある赤プリ旧館。

 

 

旭光学商事やファミリークラブ事務局の入っていた三宅坂ビル。まるで自社ビルかのように誇らしげにPENTAXのゴをかかげていた姿を首都高速からよく見ていた。

 

 

背面にAP印の一つ目マークが入っているのを知ったのはごく最近の事だった。

 

 

永田町で歩行を終了。半蔵門線なら1本(で近所の乗換駅ま)で帰れるが…

 

 

新富町~築地間で一旦外に出(て買物をす)る事が出来るので有楽町線に乗る。

 

 

これは…何処だ?店名ナシ。前後写真ナシ。タイムスタンプは18:20。築地駅ホームから46分後。築地~北千住間は23分である。確か北千住駅では飲料調達はしたものの、街歩きはしていない筈だが…

 

 

 59.15 17.7

 

 

都心で久しぶりに警報級(という言葉が安易に使用されているように思うが)の大雪になるというので、絶滅種の雪化粧を狙って出撃。無難にいつもの陸橋の上から撮影したが、この8685列車が通る頃にはまだ雪の勢いは強くなく、あまり面白いものにはならなかった。77mm相当を使用したが、石油列車は全長が短い為、もうすこし望遠が良い。トリミングして計算してみると、いつもはコンテナ車やカシオペアでは使用出来ない85mmが丁度良いようだった。

 

 

本日の撮影機材は、我が家で唯一の高画質防滴機であるいつものPENTAX K-3mkIIと、DA16-50mm(SDM)である。10分程でやって来たものの、既にずぶ濡れである。GR3や社機がこんなに濡れたらその場で絶命する事だろう。

 

 

せっかくなので第1ワシクリに移動。誰もいないのでのんびり適当に撮る。上り8072列車。

 

 

下り4091列車。雪の時はこの位無駄に背景を入れると良い事を以前の雪の撮影で得ていた。

 

 

第2の目的であった鮫牽引の4093列車では引き付けすぎて失敗。せめてパンタグラフすれすれまで仰角を下げられれば良かった。

 

 

車はこんな位置に停めていた。どうせ芸術写真を撮る訳ではないのだから2ショットにでもすれば良いのだが、ボンネットが切れたりとか機関車を引き付けられなかったりといった中途半端な事になりそうだったので避けた。結果正解だった。

 

 

===== ↑K-3mkⅢ  ↓WG-30W =====

 

 

 

帰宅後、雪中散歩へと出かける。いつもの街が新鮮に見える。この状況なのでGR3は使用出来ず、スキー用に購入したもののほとんど使用の機会のないWG-30Wを持ち出す。1/20sec、F3.5、ISO1600。

 

 

1/15sec、F3.5、ISO1600。戦後まもない頃の路地裏のように薄暗い。

 

 

1/8sec、F3.5、ISO1600。感度は1600が上限。絞りは(28mm相当では)F3.5が解放な為、後はシャッター速度が遅くなるばかりだが、あまり遅くも出来ないとなると、その後は画面が暗くなるというメカニズムなようだ。

 

 

1/15sec(他のパラメーターは同じ)。ポツンと商店の明かりが眩しい。

 

 

WG-30Wには徳川家康方式の手振れ補正(ブレるならブレなくなるまで待とうホトトギス的な)が入っている為、暗中の電車の写真を撮るのは困難で、列車の顔面が半分はみ出たものを連発した。なのでかなり手前からシャッターを押す必要があった。1/20sec。

 

 

1/20sec。あまりに暗い。せめて1/8位までシャッター速度を下げて欲しいが、これは1枚上の電車写真で露出補正を-0.7EVにしたまま戻し忘れていた事によるようだ。

 

 

こちらは構え方が良かったのか、ほぼタイムラグナシで写った為、こんなに手前。1/10。

 

 

階段はさして怖くはないが、もしスロープだけだったら歩行は極めて困難だろう。1/30sec。

 

 

水銀灯照明の緑色が美しい。これを汚いとするかどうかは考え方次第。1/20sec。

 

 

GR3で目が肥えているので残念な画質だが、無いよりマシだ→iPhone14で撮れば良かったか!
 

画像転送機能はほとんど役に立たない為、SDカードをGR3に差して転送するという裏技を使用。これは(転送速度のあまりに遅い)K-1でも有効。

 

 

=====  ↑WG-30W  ↓K-3mkⅢ =====

 

 

雪深くなってきたので、食後にもう一度出発。今度は最新一眼レフを持ち出したのだが、WG-30Wと比べて写りは良くなったか??!1/40、F2.8、ISO4000。
 

 

P社が誇るTAV優先モードで、1/30、F2.8で、感度を自動で決定してもらった。Mモードで感度を自動にすれば同じような事が出来るが、メーカーによっては自動感度に対して露出補正が働かなかったりする。また頑固で古風な人生と写真の先輩方から「マニュアルなのに何で感度をオートにするんだ!マニュアルの意味がないじゃないかこのバカモノめが!」等と怒られたりするので注意が必要だ。ISO10000。

 

 

いよいよ路面が見えなくなってきた。背後からの車の光で感度は2500と低感度(?)に。

 

 

暗中電車撮影。コチラの手振れ補正は豊臣秀吉方式(ブレるなら止めてみせよう的な)なので、タイミングは特にずれない(但しブレを止めきれない事はあるかもしれない)。では織田信長方式の手振れ補正とはどんなものだろうか?手振れ補正のないカメラを手放す事か??(補正ではなく手振れ対策だが)。ISO40000。

 

 

かつてはわざわざ時間を合わせて乗車していた無料特急(但し向きは逆)。ダイヤが乱れていたのか、下り列車を2本見送っていた。ISO1600。

 

 

駅前商店街。街灯が煌々とかがやいている所では比較的低感度。ISO2500。

 

 

駅までのメインストレートとて路面が見えなくなってきた。ISO3200。

 

 

電球色LEDとも違う独特の温かい光がWB固定(昼光色)だと綺麗に再現される。ISO3200。

 

 

水銀灯照明により、やはり緑の美しい世界になる。ISO10000。

 

 

ISO10000。カメラはずぶ濡れ状態だが、水をぶっかけたり水没させたのでなければ心配ない。しかし帰宅後レンズ内が見事に結露し、蒼白になった。PLMが少しだけ頭の中をよぎった。
 

 

 XX.X XX.X

 

一日目午後

今日もまた北(正確には北西)へ向かって車を走らせる。例によって遅い出発ではあるが、いつもよりは早いので、本日中にもひと作業出来そうだ。

 

 

目の前を数百回(正確には百数十回)は通ったであろう、渓谷沿いの峠道に店舗を構える超人気店に、生まれて初めて入ってみた。

 

 

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

無難に普通サイズのもつ煮定食のごはん普通サイズ。ごはんは少ない方で良かったのだが、40円しか違わないのでつい…。お盆を横にすると(やんわりと)怒られるという情報を事前に得ていたので事なきを得た。人気店だけあって、確かに美味しい。そして辛い。激辛ではないのだが、高血圧者には心配になるレベル。なのにお汁を最後まで飲んでしまった…
 

 

前回は悉く大敗したいつもの撮影地点へ懲りずにやって来た。

 

 

前回待てどもやって来なかったいつもの2071列車。しかし予想通り逆光で顔面真っ黒に。

 

 

カメラ内現像で少し補正したが、やはり単なる記録にしかならなかった。前面のパンタグラフが切れてしまったが、まあ後ろは入っているしイイかなという気がした。それよりも前半の空コキが残念。軽いものは後ろにつけないと、急カーブ部で内側に脱線するのではないか?

 

 

少し時間があったので、水上の(車で行ける)最深部、スキー場の山麓駅まで進む。

 

 

昔「宴会猿スキー」という大技を編み出した旧ゴンドラは、1960年開業という高度経済成長期の面影を残した駅舎共々姿を消した。新システムになってからは一度も乗車した事がない。

 

 

戻りがけに日中下り貨物列車の2便である6083列車が目の前を通過。フルコキで羨ましい。

 

 

1泊目(道の駅みなかみ)

↑GR3 ↓iPhone14 どっちが美味しそう?

楽しい車中泊宴会は道の駅みなかみで。隣がスーパーなので都度買い出しに行ける。

 

 

2回目は半額品多数なので明日朝の弁当を調達。3回目はほぼ売り切れだった。

 

 

2日目

5時に起きて、水上から越後湯沢まで、凍てつく国道を楽しく走破。

 

 

朝イチにスキー場に到着する人々と同じ時間になってしまい、道は思ったよりも混雑していた。

 

 

苗場付近。ココから先はレジャー客は減るが、それでもゼロではなかった。

 

 

神立除雪ステーションに到着。雪が少ない。かつては背後のあずま家がまったく見えず、夏季にココを訪れた時に初めて存在を知ったものだが、ハイシーズンのこの季節でもこんなに見える。

 

 

二居(田代スキー場)を過ぎた直後の下りヘアピンで初心者マークの車が刺さっていた。無謀なのではなく、経験不足による無知故の結果なのだと思う。ボクも昔同じ場所で、凍結で激しく滑走し、心臓が口から飛び出そうになった事があった。

 

 

日中唯一の上り貨物列車を岩原スキー場駅のストレートから超望遠で狙うべく超望遠を構える。
 

 

…と思ったのだが、背景が全く無くなってしまう。

 

 

なので300mmスタートで、余計なものが写らないように伸ばしていくという作戦をとった所、約380mmとなった。

 

 

7:40位に通ると思っていたのだが、実際には8時過ぎの通過のようで、寒い中ひたすら待つ。

 

 

8:04、色々なものを引き算したつもりだったが、もう少し伸ばして、最上部のビームを切っても良かった。

 

 

寄りの写真はiPhone14で撮ったのだが、アスペクト比を変更する時に間違えて回転させてしまった所、妙に迫力が出たのでそのまま採用。

 

 

上り貨物列車撮影後の朝食。昨夜の見切り品で賞味期限は切れているが、別段食える。但し(温かくないので)あまりうまくはないのは確か。
 

 

せっかくなので土樽方面へも足を延ばしてみる。しかし毛渡沢橋梁にも、第一魚野川橋梁にもヒトや車が行き交っていた。また岩原大カーブ脇にもワンボックス車の姿。これは怪しい…

 

 

という事で再び岩原スキー場前駅に戻り、何か来るのかと調べたりしばらく待ってみたが、結局何も来なかった。大カーブ沿いのワンボックス車は隣接するペンションのものだった。

 

 

満足したので帰路へ。途中猿ヶ京付近で古い旅館が解体されいた。

 

 

上越線を日中ゆく唯一の下り貨物列車(臨時列車を除く)が、トンネル出口から直につながる第四利根川橋梁をゆく姿を狙うが…両岸を結ぶケーブルがまるで嫌がらせのように邪魔をする。200mmを使用したがあまりにも豆粒になってしまった。300mm位が適当なようだが、まあケーブルがなくならない以上ココでの撮影は無理だろう。

 

 XX.X XX.X/58.95 16.5