前回は、流行期のインフルエンザは、迅速検査による診断ではなく臨床診断を行うことが重要だと説明しました。今回は引き続き、昨年末に公表された米国感染症学会のガイドラインから、インフルエンザ治療について考えてみたいと思います。
そもそも、インフルエンザと臨床診断した場合に抗インフルエンザ薬を全例に処方すべきなのでしょうか。私は、特に健康な成人において、抗インフルエンザ薬は必須ではないと考えています。なぜならば、抗インフルエンザ薬の効果は極めて限定的である一方で、一定確率で副作用のリスクがあり、確実にコストが余計にかかるからです。米国感染症学会のガイドラインでも、下記の通り、低いエビデンスレベルと推奨度で条件付きで考慮するとなっています1)。
Clinicians can consider antiviral treatment for adults and children who are not at high risk of influenza complications, with documented or suspected influenza, irrespective of influenza vaccination history, who are either:
Outpatients with illness onset ≦2 days before presentation (C-I).
Symptomatic outpatients who are household contacts of persons who are at high risk of developing complications from influenza, particularly those who are severely immunocompromised (C-III).
Symptomatic healthcare providers who routinely care for patients who are at high risk of developing complications from influenza, particularly those who are severely immunocompromised (C-III).
健常者への抗インフルエンザ薬の効果としては、48時間以内に投与された場合、プラセボと比較し、わずかに解熱など症状の改善が早まるとのエビデンスがあります2)。しかし、合併症を防いだり、死亡率を下げたりという効果報告は結果が割れており、十分に証明されていません。効果はあるとしてもごく僅かで、特に合併症のリスクが少ない患者ではほとんど差がないと考えてよいでしょう。また、一定数で吐き気、下痢、呼吸困難など副作用が認められます3)。少しでも早く症状が改善することに価値を感じる先生もおられるかもしれませんが、合併症や死亡のリスクの少ない患者層に一律に抗インフルエンザ薬を処方してしまえば、医療費の高騰や耐性ウイルスを増やす懸念もあります。つまり、健常者への抗インフルエンザ薬を一律処方することはリスクとベネフィットのバランスが悪いと私は考えています。
ただ、ここには価値観の問題も関わりますので、患者にメリットとデメリットを説明した上で処方するかを決めるのが現実的でしょう。もし処方するならば発症後48時間以内(できればもっと早く)に、というのが原則であり、早期の投与が症状短縮により有効です。一方でリスク因子を有する患者(表1)は、積極的に抗インフルエンザ薬を処方すべきです。リスクのある患者では、発症後48時間を超えていても、処方を検討してもよいでしょう。
表1 抗インフルエンザ薬の積極的な投与が推奨される合併症のハイリスク患者(米国感染症学会ガイドラインを基に作成)
・5歳未満の小児(特に2歳未満)
・65歳以上の成人
・喘息を含む慢性気道疾患、心血管疾患(高血圧は除く)、腎疾患、肝疾患、糖尿病を含む代謝疾患、てんかんを含む神経疾患
・免疫抑制薬服用者やHIV感染者
・妊婦や出産後
・アスピリンを使用中のライ症候群リスクがある人
・BMI 40kg/m2以上の肥満者
・高齢者施設に居住する人
抗インフルエンザ薬を処方する場合、迅速検査の結果は必須ではありません。抗インフルエンザ薬の恩恵は投与が早い方が大きいため、翌日に再診させて再検査する必要もありません。もし先生が臨床症状からインフルエンザを強く疑い、抗インフルエンザ薬を処方すると判断しているならば、薬を処方して自宅静養を指示すべきです。翌日の再診再検査は、患者さんもつらく、コストもかかり、周囲への感染拡大のリスクにもなるため、良いことはあまりないのです。
抗インフルエンザ薬は何を処方すべきか
現在承認されている抗インフルエンザ薬には4つの系統、7つの薬剤があります。3つの系統とは、ウイルスの脱核を阻害するM2蛋白阻害薬、ウイルスで複製された遺伝子が細胞外へ出るための酵素を阻害するノイラミニダーゼ阻害薬、ウイルスのRNA合成を阻害するキャップ依存性エンドヌクレアーゼ阻害薬とポリメラーゼ阻害薬です。