申請には地図や空中線図も必要でしたが、やはり一番の手間は送信機ブロック図の記入で、不備を突き返されて書き直しはご免です。実際その頃、同級生が再提出を求められ、理由はブロック図の記号に OSCとか MIXとか英略語で書いたからでした。やはり日本の役所への提出では「発振・混合」とかの必要があります。しかしそんな話を聞いただけに私も全てに慎重になり、一所懸命に定規で四角や三角を描いたのですが、誤解なく読めるなら本当はフリーハンドでも構わなかったのです。機械系や建築系にはフリーハンドでも綺麗な図を描ける人がいるもので、あれは天賦なのか努力の結果なのか、とにかく羨ましいですね。私はフリーハンドも字ならば毛筆も少しだけ扱えますが、製図は真似できません。
さて、全文書の副本も提出が必要です。ブロック図も2部描くのは憂鬱ですが、コピーではどうか? 今は廃れたジアゾコピー(青焼き)は保存性から無理だったでしょうが・・まだその頃は普通紙コピー(PPC)はありません。あったら当時でも許可されたでしょうし、副本は正しい写本であると証明して返却されますから、受理側としても正副照合が楽で歓迎だったでしょう。しかし当時のコピーとは専用の塗工紙を使うもので、紙の質感も写りもPPCとは全然違います。私は「LUSOのアンテナ」の説明書で初めて目にしましたが、これは塗膜を削り落とせるので恒久的な記録とは言い切れず、受理されなかったかも知れません。何しろ「1970年代の国家試験事情」でも書いた通り、当時はポラロイド写真ですら粗悪品質と拒絶されたのです。
e-mailの cc (carbon copy) に名を残す「カーボン紙」。現在でこそ宅配便の伝票など除くと手を汚さない「ノン・カーボン紙」が主流ですが、全面真っ黒の通常のカーボン紙が当時は肉筆複写のほとんど唯一の手段でした。これによる副本は受理されていたらしいのです。考えてみれば油性インクですからボールペン書きと同質ですし、再現性も文句ありません。ところが当時の私は、「カーボン複写は不可」と誰かに吹き込まれて信じていた情報弱者でした。免許状が届く前にコールサインを知るためには電監に電話までしたというのに、カーボン紙の件を確認する事は思いつかずに遠回りしたものです。
大分と前にJARLも様式書類の販売を止めましたし、実態も既に電子申請化は完了に近かった事でしょう。免許状も電子化されて罰則のない返納義務もなくなりますし、全て昔話となるのです。