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アマチュア無線の裏側で

1970から1980年代の忘れがたい記憶から

前回書いた経緯を自分ながら改めて見て今、思うことが2つあります。

まずは昔のアメリカ製品に感じた「驚きや憧れの対象」が今は無くなってしまった、ということ。個人的に思うのは、Drake TR-7 (1977)あたりが日本製品を仕様で凌駕した最後の例という感じです。しかし今から期待しようにも、アメリカの有力メーカーはアマチュア無線バブルの時期に集中的に規模を拡大した日本メーカーが台頭した煽りを喰らって、もう全部が退場済です。


続いて、近代的な多機能の中には機器が寿命を迎えるまでの間に一体何回使うかな?、と思うものが増えた事です。これに伴い、押しボタンが異常に増えたパネルを「天然痘」と評した人もおりました。天然痘が根絶される以前には社会的に使えなかったであろう表現ですが、正鵠を得ています。昔の八重洲FTDX400なんてトランシーバーは最高級機だったというのに全てが回転ノブ操作で、押しボタンもスライドスイッチもトグルスイッチも一つもないですよ。かつてFT-200を気に入ってくれたG4DDI局も、今は日本製の microprocessor boxesには興味はないと言い切っていますね。


しかしHFの主なモードであったSSB/CWは今に至るも中心にあり、かつてHF帯でAMモードがSSBに完全に駆逐された程の大転換は二度と起こっていないのです。今は栄えているFT8にしても、いずれ新方式に代わられ発展的に解消されるものでしょうし、Free DVとかDMRデジピーターとかの現代的な技術も将来は同様のことになるでしょう。なるほど主流がSSB/CWに停滞していては、それは昔の「趣味の王様」も地位から滑り落ちます。

しかしそれならば、と開きなおって基本性能と操作性に徹底的に注力したシンプル化への回帰はないのでしょうか。現に昔の業務用の受信機など古株には今でも人気がありますし、いまどきのハムは老人クラブなのですが・・・しかし一般論として日本人は付加機能が大好きですから、やはり商業的には無理なのかも知れません。

 

シンプル化をあまり強調すると、実用一点張りの業務用ではなく趣味なのだから・・と言われてしまいそうではあります。しかし、アマチュア無線界の新たな通信技術というものは大体が海外の在野の人達が創始しており、日本のハム機器メーカーが主導したものではない、というのが歴史の示すところと思いますが、いかがでしょうか。

 

昔、アメリカが数の上でも最大のハム大国であった時代の無線機には、コリンズのRF-NFBとかPTOとか内部機構的なものだけではなく、表に出ている部分を見ても日本製にはあり得ない機能や性能の製品が色々とありました。

 

例えば国産で市販されていたVHF機がAM/FMのみ、しかも出力10Wまでしか存在しなかった時代に、コリンズ 62S-1はトランスバータという形態も独特でしたが、6mばかりか2mまでSSBで出られたのは当時唯一の存在ですし、入力も160Wもあります。ドレーク TR−6 トランシーバーも6mバンドで入力300Wとは、国産とはまさに桁が違いました。またHFの方では、ハリクラフターズ SR−2000は送信管8122のパラレルでオールバンド・入力2kWですからトランシーバーだというのに、テレビ球やせいぜい572Bの日本製のリニアアンプよりも格段に強力でした。

「付加機能」と比較すれば「パワー」は分かりやすく、また実用性の高さで高価格でも容認されやすい性能の代表です。


一方、圧倒的な付加機能で売り出したのはシグナル・ワン CX−7です。デジタル表示、エレキー内蔵、IFシフト、ノイズブランカー、2VFO内蔵等どれも日本製にはない機能が目立ちましたが、その他にもドライバーまで半導体であるとか、伝熱冷却の送信管採用など、特徴満載の極めて挑戦的な設計でした。しかし付加機能の品揃え、という特徴に関しては、その後の日本製品が最も力を入れて発展させた点であり、結果は現在の最高級機に反映されている通りです。

 

ハムバンド以外での送受信については、アメリカではMARSなどへの用途もあるためコリンズでもドレークでも古くから純正対応があり、バンド用の水晶発振子の数を揃えれば、IFと重なるなどの一部の周波数帯を除いてかなりHFゼネラルカバレジに近いものにできます。当時の国産でも多少はバンド追加できるものもありましたが、最初からそのつもりで設計を固めたコリンズやドレークにはどうしても自由度で劣りました。

 

(その2へ続く)

かつてNHKの人気番組「ブラタモリ」の中で、ex JA6CSH タモリ氏が水晶発振子を見ながら「これに電気をかけると発振する」、とコメントするシーンがありました。今風にモジュール化された水晶発振「器」なら確かにそうですが、「発振子」の方は原理として違います。

このよくある誤解の元は、世にある電子工作の解説がどれも「これが発振する回路」という立場でしか書かれていない事かなと思います。むしろ発振子の働きの説明は、回路の中で正帰還を止めているものの、その阻止能力には周波数的に落とし穴があってそこで帰還して発振が起こってしまう、と言う方がまだ良いかと思います。

 

古い形式であるFT-243型パッケージはベークライトの筐体に金属板の蓋をネジ止めした構造です。トリオTX-88A/D送信機や日新バナスカイ・マーク6トランシーバーのパネル上にある水晶ソケットもFT-243用で、1970年までくらいの「自作用の」標準です。ただし当時も既にメーカー製品が使うのはハーメチック・シール化されたHC-6/U, 18/U, 25/Uでしたし、逆に自作で米軍ジャンクのFT-241型を集めて選別だとかラティスに組んだとかは私以前の世代です。

 

私もFT-243型は新品で入手した4個が手許にあります。購入したのは秋葉原のラジオセンター・二階にある「菊地無線電機」で、1970年代初頭のこと。一個 800円とは水晶発振子としては少し安い方でしたが、当時でも旧式でしたから古い仕入れ品だったのでしょう。「菊地無線電機」は恐らく当時から業容も店の構えも、また主人も一切変わっていないという点では秋葉原で最古の店だろうと思います。その水晶が置かれていたガラスケースも当時のままです。

 

FT-243の脚は真空管のオクタル・ソケットのピンひとつ飛ばしの幅が適合し、部品入手に苦労した時代のOTの自作品のパネルにそれがあれば水晶用と思って間違いありません。専用のFT-243ソケットは買い占められた部品の一種で、ディップメーターのコイル用などにも使われてHC-6/U用よりずっと早く枯渇し、最後に買ったのはラジオデパートの「シオヤ無線」でした。ここもラジオ部品を扱いつつ老主人が長年頑張りましたが、ついに2023年に閉店してしまいました。

 

追記 ちょっと目を離していた間に菊地無線電機も閉店していました。また一つの時代の終わりです。

1970年代も後半、マイコンブームが到来すると「西和彦」氏の名を「I/O」誌上で見るようになりました。それはまだマイナーなマニア向け専門誌で「イチ/ゼロ」と誤って呼ばれたりもしたものです。ちょうど同じ頃でしょうか、「電波と受験」誌だか「電波受験界」誌だかを流し読みしていて、掲載された無線技術士の合格者名簿に「西和彦」の名があるのに偶然ですが目が留まった記憶があります。もっとも、今にして思えば同姓同名の別人の線が濃厚ですが、そちらの西氏も名前のことであちこちで散々イジられたに違いありません。

この記憶のもう少し後には、マイコンの方の西氏は現役の学生の身の上ながら、アスキー出版を興したことでさらに一段と有名になります。

 

西和彦氏はJH3FTAというハムだった事は自らも語っています。そのHFトランシーバーの自作のことなど、起業家の自伝は誇大に語られる傾向が強いのでどこまで本人の弁の通りかは分かりません。「作ろうとしてみた」、程度かも知れませんし、1967年に開局というのもJH3FTA というコールの発給時期とは話が合いません。しかし少なくとも1966年に10歳で電話級を取ったというのが本当なら、電気に早熟な興味を示した少年だったのは確かですし、マイコンも趣味としてはその黎明期には、CPUやらSRAMやらをDIP ICの形で集めて半田付けするという完全に電子工作の範疇でした。

従って私が目にしたプロの有資格者はもしや?、と多少は考えましたが、既にその当時の西氏はマイコン界で活動を始めていた時期ですし(だから私も名を知っていました)、また自伝によれば早稲田の理工学部、と言っても電気ではなく機械科らしいので、わざわざプロの無線従事者になる理由は一段となさそうです。

 

それにしても当ブログで色々と言及してきた JA1AN 原氏JA1AAA 岡村氏、JA1ACB 難波田氏、JA1BLV 関根氏、揃いも揃って早稲田の理工学部出身なんですね。これは以前も書いた「CQ出版社の単行本を買う前には筆者の業績を調べる」という習慣から気付きましたが、 横の繋がりも何かしらはあったのでしょう。あ、文学部ですがJA6CSH タモリ氏も早稲田でしたっけ。

 

1970年代の国産アマチュア用のまともな性能の受信機というのはハムバンド専用で、ゼネラルカバレジを欲すれば9R-59Dのような高1中2受信機で我慢するか、業務用の中古(それでも高価)を手にするか、それとも70年代途中で出て来たワドレー・ループ式という安物に飛びつくか、選択肢はそのどれかでした。

私は1980年かその少し前頃には八重洲FR-101DD受信機の局発に自作のシンセサイザーを接続してバンド拡張をしていましたが、ハイバンドでは35MHz台の局発のレベル不足を感じ、簡単に ICであと一押しと思った事があります。そこで折良く「トランジスタ技術」誌でμA733 というICの紹介が目につき「200MHzでもゲインがある」、との説明を見て「これだ」、とは思ったものの、アマチュアが1個2個を入手できなければ絵に描いた餅です。適用がビデオアンプと定義されたμA733 は当時でも汎用的なICではなく、入手は期待できない方が本筋だったでしょう。ところが、それが信越電機(現・秋月電子)にあったのです。その時こそ「よくぞ仕入れていてくれた、ラッキー!」としか思いませんでしたが、後から少々違う見方をするようになりました。

 

当時の「トランジスタ技術」誌の読者層は中級以上のアマチュアからプロ入門者あたりでしょう。それに応じて、筆者は記事内容に照らして必ずしも専門ではない人や、完全にアマチュアの場合もありました。従って、誤解や知識不足を思わせる記載がごくごく普通にあったのは、これは悪い方の側面。一方、良い方としては、アマチュアにも手の届きそうな部品や技術の情報が取り上げられやすい傾向があったのだろう、と今になってみれば思うのです。

 

CQ出版社においては単行本の著者にも同様のことがあるので、買う前には巻末で経歴を見るべし、他の著作や活動を検索してみるべし、というのが私の得た教訓です。ハム機器の製作集ならともかく解説書の類では困ったもので、明らかに著者の力量不足の場合があるのです(私みたいなアマチュアに言われてしまう程の物も・・)。

逆に、大学の教科書なども出版するオーム社やコロナ社の書籍は我々アマチュアには向かない内容が多く、それで世の中は上手く補完されて回っているのでしょう。

トリオ9R-59Dの前身に当たる9R-59にはQ-multiplier、略して「Qマルチ」が搭載されています。これはIFの選択度を上げる機構で、帰還増幅器を発振寸前に調整して実質的Qを上げる原理は再生式ラジオと同様、ただしそれをIFで行なう仕組みです。ラジオなら発振は放送バンドの妨害源になるだけですが、Qマルチが発振するのは455kHzですからBFOにも使えます。9R-59のQマルチはまさにそのBFO兼用型なので、「帯域を狭めたいCWでこそBFOと両立できない阿呆な設計」、と昔からさんざん批判されて来たのです。

しかし9R-59ラインはJA1AMH 高田氏設計とはご本人の弁ですが、いくら何でも現役ハムがその位は考えなかったはずがありません。その上でBFO兼用に決めた理由は想像がつきます。

 

Qマルチはどれだけ有効か? さすがに今時web上には見られないでしょうが、古い記事やらOMの昔話で見つけたところで賛否両論、つまりどこまでも半端な話なのですが、私は否定派です。それはIFTの特性はSSB機のフィルターのような台形ではなく、Qを上げても富士山型の裾野は余り変わらずピークの先ばかりが尖る形になるのは、言わばTノッチ (rejection)の逆さまなのです(むしろノッチにした方が良かったのかも)。つまりAMでは音が悪くなるだけ、CWでは裾野の減衰量くらいでは「邪魔者はやはり邪魔なくらいに聞こえる」というのが私の感想です。ただし、最初から切れの良いフィルターを知る世代の私とは違い、IFTしか選べなかった時代の人は僅かでも恩恵を感じたのかも知れません。

 

「BFO兼用Qマルチ」は海外に古くからあるアイデアで、IF込みの標準的な回路例も存在しました。推測ですが、高田氏も「大した効果もないし期待されてもいないだろうし」、といった具合に私同様にQマルチの効能に否定的だったのだと思います。その結果、「ビギナー用で低価格は大事だし」、「オマケでしかないので標準回路で充分」、と判断したというのが私の推測です。

 

改良型の9R-59Dでは東光製のメカニカル・フィルターを採用して選択度を稼ぎ、Qマルチは廃止されました。しかしそのAM用簡易メカフィル、当時東光の代理店だったトヨムラで買ったら350円でしたから、5,000円位した国際電気のSSB用とはモノが全然違います。それでも例によって「選択度の画期的向上」を打ち出したトリオの宣伝は上手だったのでした。

 

 

トリオのCW/AMセパレート機、9R-59D/TX-88Dラインの前身が9R-59/TX-88Aラインです。見た目は全然違いますが回路や仕様から見れば59Dラインはマイナーチェンジです。専用スピーカーやプリセレクタ&クリコンのSM-5も新しく59Dラインに合わせて新調されましたが、外部VFOであるVFO-1とVFO-2、および6m/2m送信機のTX-26は旧ラインから引き継いだので外観が合わないままでした。6m用クリコンのCC-6は59Dラインでは2m付きのCC-26になり、これだけがトランジスタ式で他の機材はどれも全管球式です。その旧59ラインの設計ですが、今の視座では変な点が色々とあります。

 

VFO-1は外部VFOだというのにパワー管の6AQ5を終段にした3ステージ送信機の体をなしており、それ単体で低インピーダンス負荷に楽に2ワット以上が出てしまいます。しかもAM時代のHF機では標準的であった周波数構成に従い源発振を3.5MHz台に置き、他のバンドは逓倍で得る方式です。従って、そのパワーでは常に他バンドへの高調波の飛び込みを警戒しなくてはなりません。なお、6mだけは源発振の周波数から違いますが、TX-88Aの終段管807は6m対応ではありません。それを利用するのはTX-26 (2E26)と、改良型のTX-88D (S2001)です。

 

TX-26は普通の送信機の体裁をしたケースに収まっていますが変調器も電源も内蔵しておらず、そこは親送信機に寄生するのが前提の、いわばTX-88A/88D向けのVHF送信用付加ユニットでした。その終段の2E26は、S2001/6146などより遥かに低電力でもドライブ可能な球です。ところが、そのドライバー段が5763というmT管ながら立派な送信管で、完全に12BY7Aより強力な存在。結局、B+電圧も充分に与えられた5763をスイングできれば(VFO-1なら文句なし)その先では2E26は物凄いオーバードライブを受けてしまうのです。

 

なお本体の設計の方でも言い出せばキリがないのですが、例えば9R-59DではRF GAINは炭素被膜バリオームだというのに、RFとIFの真空管合計3本分のカソード電流が丸々流れるので本気で使うと簡単に駄目になります。これも9R-59のIF GAINの時から引きずった欠点ですが、初心者はRF GAINを触らないので何とか通用していたのだと思います。

しかし59ラインの欠点と指摘されて最も叩かれて来たのはQマルチの事でしょう。これについては次回にて。

 

昔々、JH1が1エリアに存在した以外には、まだ全エリアがJAのコールサインだった時代、例えばJA1AAAなら単に「1AAA」と略記するのがCQ誌でもどこでも全く普通の習慣でした。少し配慮のある人はJA/JH局と書きましたが例外的で、その当時のJH1局には面白くなかった人も随分いたと思います。現在も日本の局を総体的に「JA局」という言い方は残っていますが、今の今になってもその表現に反発するようだとさすがに病気でしょうが。

 

コールサイン指定が一巡して新規開局にも再指定、つまり1エリアを皮切りに回収再利用が始まって当初はJAは再指定の対象から外され、実際に順番から飛ばされました。理由は「JAを希望する人が多いから」と活字で見たことはあり、ソースが余り明確でなく関係者の私的コメントだったのかも知れませんが、話としては充分ありそうです。なお、当初はJAの他、アルファベットの並びからは飛び順で発給済だったJHとJRも最初に発表された再指定の計画には入っていなかったと思いますが、ともかく後には全て除外も撤廃されたので、その折にはちょっとしたJA1目当ての駆け込み申請が行われました。政界の小渕優子女史もその機を待って申請した一人のようです。

 

ただし、それなりハム界で知られたような人までが長年使ったコールを捨ててJA1に乗り換えるのを見ては、少々私の理解を超えたものを感じました。電波法関係審査基準というものがあり、今は同一エリアでは複数のコールサインを持てないのは決まり事なので、JA1への乗り換えは確かな希望あって古い方を捨てたのだと言い切れます。

関東総合通信局の「かわら版」という情報ページには「一部、関東総合通信局の運用・解釈の場合があります」との但し書きの下ですが、「・・移動しない局、移動する局と2局目の無線局を開設してください。なお、コールサインは同一のものになります。」とありますから、少なくとも1エリアでは固定・移動も統合されます。

再指定コールしか選択肢のなかった時代とエリアの人には申し訳ないのですが、我々の世代が手にしたのは、一度も他人の手垢のついたことのないコールサインでした。それを長年身近に置いてきた挙句に捨てる・・というのは結局、名を成した野球選手が最後は巨人やヤンキースに行きたがる心理に似たものなのでしょうか。

ネオン管のパイロットランプは100V駆動に便利ですが、ブラケットには電流制限の抵抗が内蔵か外付けかの別があり、テスターでは導通がなく判別できません。いや、抵抗を入れて電圧降下を測定すれば分かりますが、不明なら外付けする方が早いです。私はヒューズ型ネオン管で抵抗を忘れたところ爆竹級の音を上げて両端のハンダ封止が吹き抜け、内部は蒸散しました。それでもガラスにはヒビひとつ入らなかったのが不思議です。なお、蛍光灯でも放電開始電圧以上の電源と抵抗だけでも点灯できるのはネオン管と同様です(効率は論外ですが)。

 

そもそもネオン管や蛍光灯は電極が非接触なのに電気が流れるのは初学者には難解ですが、そこをクリアしてもまだ「放電管は負性抵抗」、の解釈があります。そこで「負性抵抗」を調べると、「電圧を上げると電流が減る」と出て来るのがいけません。この説明でしっくり来るのはトンネル・ダイオードのN字特性など見るからに勾配が負の連続カーブのある素子でしょう。放電管の場合、電圧を上げても暫くは全く電流が流れず、ある点で突然ドカンと垂直に端子電圧が下がる特性はグラフに描いてもN字とは程遠く、初心者に同じ説明で済ますのは手抜きですね。


ネオン管は電源表示に使えばDCならマイナス側、ACなら両極の表面近くが橙色に光りますが、強い高周波電界の中に置けば極端な話、宙に浮いたままでも点灯するのでRFのチェックに使われました。ですからトリオTX-88Aの同調確認用に装備されたネオン管が片方の電極だけしか発振管に接続されていないのを見て、なぜ光るのか不思議でした。

なお、昔のトリオの無線機はネオン管をあちこち使用しており、まるで現代のLEDのようなブラケットがあればそれはネオンです。もちろん当時はLEDは(少なくとも民生用には)使われていません。

 

RFでの光り方は100V ACの場合とは全く違い、管内の広い範囲のガスが美しくピンク色に光ります。実はパワーが充分なら蛍光灯や液晶バックライトのCCFL(冷陰極管)、それに定電圧放電管も同様にRFで光ります。ニキシー管では基本はネオン色ですが、アルゴンや水銀が添加されているので青を含む少し複雑な発色をするなど、色々と経験をしたものです。

 

ネオン管は暗いのが欠点で、ダイアル照明を兼ねるラジオには不向きでした。そのため、ヒーター用の6.3V電源が存在しないトランスレス5球スーパーのパイロットランプには工夫があり、興味のある方は真空管 35W4 の検索でもどうぞ。

今回は昔話の要素がないので番外です。お迷い中のアマチュアEAGLEユーザーのご参考まで。

 

現在、アマチュアの使う基板設計CADはKiCadが一番人気のようです。しかしそれ以前から有力だったEAGLEユーザーもまだまだ存在し、私もその一人です。EAGLEは商用ソフトなので部品ライブラリの完成度が高いのですが、無償版は基板サイズ制限があります。「回路図時点でフットプリントを決める必要」もよく指摘されますが、私はこれは間違いを減らす効果があると思っていますし、そもそも基板設計は外付け部品もユニット間結線も含みませんから、必ずしも回路設計を兼ねません。ただ、コマンドに続きオペランドというMS-DOSみたいな操作順序は確かに現代的でないかもしれません。一方のKiCadはボランティアの成果物なので制限はないのですが、当然そちらはそちらで利点も欠点もあるでしょう。

EAGLEは2026年6月でサポート終了なので、その前にKiCadに乗り換えたという話はよく聞くのですが、本当はEAGLEは消滅というより、もっと大規模な統合ソフト Fusion360の一部で代替されるのです。

 

さて、私もこれが機会かと、KiCadを丸一日弄り回してみました。なるほどEAGLEにも良く似ていますが・・・やはり違うものは違うので色々とストレスを感じてしまい、続いてFusion360を試してみると、これなら行けます。スキンとかインターフェースはEAGLEとは結構違いますが、「あの機能があるはずだ」というような事は分かっているので探すだけなら難しくありませんし、データの互換性も確保されてビッグ・マイナーチェンジ程度の感覚で使えました。ただ、ほとんどクラウドベースなのでしばしば鈍重さを感じます。

 

ところが問題が出ました。EAGLEも作業中に特定の操作が出来なくなる事はありましたが、稀でしたし再起動で済みました。Fusion360もそこが同じエンジンらしく同種のトラブルが出て、これがアップデートがWindowsと同時に来た頃からか頻発し、以後はEAGLEに戻っています。ただし、Fusion360の問題とは限らず、私の常駐ソフトとの相性が悪いだけという可能性も充分にありますが。

では2026年6月が来たらですが、スタンドアロンならサポートがないだけでEAGLEも使い続けられるかも・・とは考えるべきではありません(多分無理ですし)。Fusion360なら機械系とも統合で3Dモデリングも扱えるメリットがあるので判断は急がず、その時になってもまだ不具合があればやっとKiCadに移行するつもりでいます。