2019年夏、親子留学の記録を綴っています。

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長女はこの滞在中、グループレッスンを取っていました。まったく英語はわからないけど、ダンスや工作は楽しいと言っていた彼女。クラスにはサポートの日本人スタッフがひとりと、先生の指示が聞き取れるクラスメイトがひとりいたそうです。

「わからなくてどうしたの?」と聞いたら「周りの人に聞きまくった」と。「わからなくてやだなーっていう気持ちになった?」と尋ねると、「ならなかったよ」と。それはなぜかと突っ込むと、「だってわかる人がいるもん」とのこと。あぁ、この子には、「わからないことは恥ずかしいこと」と感じずにいられるんだな、と思いました。それってすごいことです。頭ではわかっていても、そう感じることなく、「教えて」って振る舞えるのってすごいこと。「私は「わからないことは恥ずかしいこと」だと思っていた子どもでした。私の周りの大人たちは「わかる振りをする方が恥ずかしいことだ」と教えてくれていたにもかかわらず。大人になってそうだとわかり、だから長女には、「わからないことは恥ずかしいことじゃない」って伝えてきました。その彼女を私は、自分の勝手な物差しで計っていました。彼女はこんなにすごい人なのに。

それを聞いたとき、先生の指示がひとつもわからないという、一般的にはストレスフルな環境に放り込まれても、とくに嫌だとも思わず、そして飛行機が夜中に着いたにもかかわらず、翌日から普通にレッスンを受けている彼女のタフネスにやっと思い至りました。次女も似たようなものです。授乳以外はずっとシッターさんに預けられて、でも機嫌よくにこにこしていました。

私はスピーチの内容を変えることにしました。私の娘は、幸せになる力をすでに備えていること。こと長女にかんしてはその力が抜きん出ていること。私が彼女たちに望むのは、幸せな人生を送ることであって、グローバルに活躍することではないこと(グローバルな活躍が彼女たちの幸せなのであれば、それはよいのですが)。もし、幸せな人生を望むとき、英語を手段にしたいのであれば、きっと道を照らしてくれるであろうということ。スピーチをもって、彼女たちへのエールとしたいと思いました。

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彼女も当初はスピーチの予定があり、原稿を用意していました。演劇の要領でスピーチを覚えて、立ち稽古のように練習していましたが、当日はやはりやりたくないとのこと。ちょっと後押しをしてみたけれどやはり難しそう。スピーチはしませんでしたが、そんなことはどうでもいいなって思えました。

それは、彼女の話の他に、先生からのフィードバックシートを読んだからです。フィードバックはレッスンごとに記入されています。シートはcan-do statementが裏側にあるような感じで、きちんとトレーニングを受けた先生が書いていると一目でわかりました。シートにはまず彼女のポジティブな現状が書かれていました。学ぶ意欲があること、わかろうとする姿勢が見られること、おしゃべりが得意なこと(but Japaneseとも笑)。

ポジティブには書かれていますが、can-doに至らない場合=多くはそのルーブリックの下限にいる場合は、意欲や態度のみが話題にされます。私はルーブリックをつくる仕事をしていたのでこのあたりがわかってしまいました。そのことからも彼女の現状が見てとれました。

そして厳しい現状も書かれていました。本人も「最初は“finish”の意味もわからなかったもん」と言っていましたが、その通りでした。日を追って出来るようになることがちょっぴり増え、そこに書かれていることは彼女の感覚とも合致しているようでした。

私は、英語に触れてほしくて親子留学を選びました。でも彼女はそれ以上のスキルを習得したように見えました。トライシクルの後ろに乗るとか、路肩のパン屋さんでパンを買ってみるとか、そんなものも含めて、いろんなものを。

右側に見える青いバイクの後ろに乗るのが好き。この日はレッスンが早く終わったので、次女を預けたまま、二人だけでトライシクルで買い物へ。私も初めてバイクの後ろに乗りました。

卒業証書ももらいました。証書を手渡してくれているのはスタッフで日本語のサポートをしてくれたHちゃん。

彼女のタフネスに寮生活が影響していることは間違いないと思います。私の知らないところで、めきめきと音をたてて成長している彼女。私がしてあげられることって、あと何があるんだろうか、という気持ちにもなります。自分では思いつかないかもしれない、こういう経験をさせてあげることくらいだろうなぁとも思います。

寝る前に彼女は、英語の勉強をしたいと言いました。単語を覚えられるような本てうちにある?って。うちにあるのはちょっと難しい本だから、あなたが使う、あなたが必要な英語が学べる本にはどんなものがあるか聞いてみようって話しました。

寮生活を見ていても、今回の親子留学でもわかったのは、もし子どもに勉強させたければ、勉強しなさいっていう必要なんかなくて、勉強したくなる環境をつくってあげればいいだけなんだ、ということです。そしてその子にとって、どんな環境がそれをモチベートするのかは、対話の中からしかわからないとも思いました。

夏休みの思い出にと、気軽な気持ちで決めた親子留学ですが、思いがけず得られた果実は大きく、これもまたセレンディピティと呼ぶのだろうと思います。そして、教育の醍醐味はここにこそあるとも。インとアウトがノンリニアであることにこそ、その意義がある。そう気づけた1週間でした。

さて、シリーズで綴ってきた留学旅行記もそろそろ帰国が迫ってきました。

飛行機海とお魚と土曜日とに続きます。