能登半島と房総半島の相似 | こころのままに

能登半島と房総半島の相似



最近、千葉でも地震が頻発してますね。


地球守の高田宏臣さんのFacebookの記事を読んで、なるほど!と思ったので、転載させて頂きます。


こうやって房総半島と能登半島の

写真を見比べると本当にそっくりですねびっくり



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ここ数日、毎日群発地震に見舞われる房総半島。
房総半島を逆さまにすると、能登半島になる。

能登半島との相似性を考えさせられる。

 そのことは安房大神宮のことで頻繁に意見交換させていただいている安房文化遺産フォーラムの愛沢先生が指摘された。

 形だけではなく、地質、地形、地理条件的にも相似する。
例えば、能登半島先端部では今回最大4,1mの隆起が確認されたが、房総半島最南端の館山市では、元禄地震の際に4.5m隆起し、さらには関東大震災の時に1.5m隆起した証拠が地層に刻まれている。

 また、能登半島輪島周辺が棚田地帯であると同じく、房総半島鴨川一体は古くからの棚田地帯であり、地質地形的に似通っている。
 そして、その左下には能登の場合、千里浜とも言われる円弧状の砂浜が続くのに対し、房総半島の同じ位置には九十九里浜と言われるやはり円弧状の砂浜が続く。

 そして、双方とも暖流の影響を受け、そして海を隔てて世界に向き合う突端として、その交流の歴史は縄文に遡る。

また、双方ともに日本を代表する近海漁場を養ってきた。

 正月以来、珠洲での支援活動を続けてきたが、その位置はちょうど、今活動している安房大神宮に相当する。
 そして大神宮の麓の布良地区は、令和元年台風の際の激甚災害地であり、当時の僕は会社をあげて被災地支援活動に奔走してきた地域である。

 数奇な縁を感じてしまうが、少なくとも、どこでいつ、どんな地震が待ち受けているか、誰もわからない。

ひとたび大地震に見舞われたら、現代のインフラは寸断され、生活は断絶される。
 そして、考えようによっては地震よりも恐ろしい、その後の国策による復興事業によって、自分の住んでいる地域はまるで違うものに変貌し、そしてそれまでのコミュニティもまた、途絶えてゆく。
 そうならないよう、みんなで関心を繋いでほしい。

 地方の地震とその後の復興事業を、国土全体の問題として、みんなが他人事でなく、共事者として向き合い、考える必要があるだろう。

 東日本大震災復興の二の舞にしないように。

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関心を繋ぐということは大切だと思います。

そして、自分が生かされている場所の自然法則に則った環境保護や
コミュニティ作りもとても大切だと思います。

今年から来年は、いろいろなことが大きく変わると思いますので、
出来る準備はしておいて、
毎日の貴重な時間を楽しみましょうウインク

今日も素敵な1日をお過ごしくださいキラキラ