『にゃんころがり新聞』 -5ページ目

『にゃんころがり新聞』

「にゃんころがりmagazine」https://nyankorogari.net/
に不具合が発生しました。修正するのに時間がかかるため、「にゃんころがり新聞」に一時的に記事をアップロードすることとしました。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㉒ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 その日から目に見えてリューシーの体調は良くなっていきました。二、三日経つと、リーベリが仕事から帰って来ると、リューシーはベッドの上に腰掛けて彼女の帰りを待っているのでした。既にリーベリの魔法は必要ではなくなっていました。リューシーの食べる分が足りない時は、リーベリは自分の分をリューシーに分け与えました。
 それにこれまでのところ、最も恐れていた事態は回避出来ていました。つまりケイにはリューシーの存在は知られていないようでした。ミミが部屋の中に這入って来た時、リーベリはミミにきつい云い方をしてしまったことを内心後悔していたのですが、ミミはリューシーの存在を両親には黙っていてくれているようでした。

 

 肉付きが良くなるにつれて、リューシーは痩せ細った顔立ちから美しい容貌を取り戻していきました。長い睫毛はたおやかな乙女にも負けないほどでしたし、絹のような金色の髪は柔らかくて艶があり、うっとりするほどでした。
 リーベリには、リューシーの全てが愛おしいのでした。

 

 仕事が全部終わって、部屋に帰って来ると、リーベリは大好きなリューシーの傍にいることが出来ました。ふたりきりで話していると、余りにも夜の時間が短すぎるように思えることが、唯一残念なことでした。でもリーベリにとって、これほど幸せな日々はありませんでした。
 リーベリはリューシーに、「お部屋の外には出ないでね。義母(ママ)に見つかると、ひどい騒ぎになると思うから」と話して聞かせました。

 

 リューシーは今、眠っていました。リーベリには意味の分からない寝言をひとこと、ふたこと呟きました。
 何の夢を見ているのかな?
 ふとリューシーが身に付けているペンダントが目に入りました。
 ペンダントの先についている丸い、透明な石がリューシーの布の服の外に出て鈍く光っています。石には龍の紋章が描かれていました。正確に云うと、それはただの龍ではありませんでした。龍が槍で串刺しにされている様子が描かれているのでした。
 リーベリは雷に打たれたような気がして、ベッドの下に置かれているリューシーの剣を手に取ってみました。ずしりと重く、鞘に散りばめられた金が眩く光っていました。
 その鞘にはペンダントと同じ紋章が刻印されていました。夜目にはただの龍の図に見えたものが、よく見てみると龍を串刺しにしている図柄なのでした。
 どうして今まで気付かなかったのでしょう? その紋章は王家の家紋だったからです。つまりそれを身に付けているということは、リューシーはこの国を治める王の一族に名を連ねる人かもしれないのでした。
 リーベリは無邪気に寝言を呟くリューシーを飽きることなく眺めていました。
 今やリューシーの身体が恢復していくのを見て、素直に喜べない自分がいました。
 この人は、元気に歩き回れるようになっても、自分の傍にいてくれるだろうか?
 戸口の扉がガタガタ揺れる音がしています。明り取りの外には唸りを立てるほどの強い風が吹いていました。

 

 

 

 

 

ー㉓ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 

 

 

 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㉑ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 男の子はやっとリーベリの方に顔を向けてくれました。男の子の額には血管が浮き上がり、ベッドの上に起き上がっていることすら痛々しそうな、青ざめた顔色です。「どうして追い出したのか?」
 リーベリは立ち上がり、ベッドの傍のサイドテーブルの上にミミの持って来た食事を移しました。「あの子はあたしの妹なのよ。あなたをこの部屋で看病していたことを知らなかったから、吃驚していたのよ」とリーベリは云って食事の方を手で示しながら、「でも、そんなこと気にしなくていいのよ。それより、これを食べて。早く力をつけて元気になってね」
 男の子はどうしたものかと躊躇する素振りを見せていましたが、余程お腹が減っていたのか、凄い勢いでパンをがつがつと頬張り、ミネストローネを音を立てて啜り始めました。
 リーベリはそんな男の子の様子を愛おしそうに眺めながら云いました。「急がないでね。ゆっくり食べて」
 男の子は口の中をいっぱいにして、頷いています。
 彼は時々噎せ返りながらも、出されたスープとパンをぺろりと平らげてしまいました。一息つく頃を見計らい、リーベリは訊ねました。「お名前を教えてもらってもいいかしら?」
「私の名は……リューシー」
「リューシー? 変わったお名前ね」
「……そなたは?」
「リーベリよ」
「リーベリ。……そして、そなたはミミさんの姉上?」
 姉上? そなた? リーベリはリューシーの受け答えがおかしかったので、くすっと吹き出してしまいました。リューシーは目をしばたたいて、リーベリに訊ねました。「何がおかしい?」
「リューシー……あなたのしゃべり方、すこし変わっているわよ。なんだか、何処かの偉い貴族みたい……」
「私は貴族などではない」むっとしてリューシーは云いました。
「ただの譬えよ。何もリューシーが本物の貴族だって云ってるわけじゃないわ」

何はともあれ、リューシーの食欲を見て、これだけ食べられればもう心配ないわね、とリーベリはほっと胸を撫で下ろしました。
 リーベリはサイドテーブルの上のお皿の載ったトレイを台所にさげるため、部屋を出ました。リーベリが台所でお皿を洗い、部屋に戻って来ると、リューシーが話しかけて来ました。「リーベリさんは食事はもう済んだ?」
「まだよ」
「……ひょっとすると、私が食べたのがリーベリさんの食事だったのでは?」
「気にしなくていいわ。それほどお腹も空いていないしね」
「……かたじけない」とリューシーは心から申し訳なさそうに云いました。「ところで、私を此処まで運んで来てくれたのは……?」
「あたしよ。リューシーは海岸で倒れていたのよ。どうしてあんな処で倒れていたのか覚えているかしら? あたしが見つけなければ、死んでいたかもしれないわ。相当衰弱していたから」
「ひとりで運んだのですか?」
「そうよ。とても重かったわ」
「私の近くにマデラー少佐……マデラーという男を見かけなかったでしょうか?」
「マデラーさん? ……さあ。誰もいなかったけれど。夜だったから、分からなかったのかも」
「そうですか……」
「その人がどうかしたの?」
「私と一緒に旅をしていたのですが……私のために食べ物を探しに行って、あの場所を離れていたのです。……私が居なくなったのを知ったら、きっと血眼になって捜しているでしょう」
「……ごめんなさい。行き倒れになっているのかと思って、家まで運んで来ちゃったんだけれど……」
「それについては深く感謝しています。リーベリさんの云う通り、遅かれ早かれ、あのままだと私は衰弱して死んでいたに違いない。たちの悪い熱病に罹って、何日も高熱が引かなかったのです。それなのに、どういうわけか、今はこの通りぴんぴんしています。不思議なものです」
 それはあたしが魔法をかけて治したからよ、とリーベリは云いたかったのですが、黙っていました。リューシーは懐から財布を取り出して金貨を手に握ると、それをリーベリに手渡そうとしました。「是非受け取って頂きたい」
 リーベリは吃驚して、「いいのよ」と云ってそれを断りました。「お金のために助けたわけじゃないもの」
 しばらくしてもリーベリがお金を受け取ろうとしないので、リューシーはあきらめて金貨を財布に収めました。「この恩はきっと忘れません」
 もっと色々お話をしたいところでしたけれど、リューシーの顔色の悪さを目にして、長い眠りから目を醒ましたばかりの彼を疲れさせるのは身体に毒かもしれないとリーベリは思い、「当分体調が元に戻るまでは、横になって安静にしておいた方がいいわ」と云いました。
 リューシーは「かたじけない」と云って横になりました。それから時を置いて、リューシーの静かな寝息が聞こえて来ました。
 リーベリは部屋を見回してみて、はっとしました。扉につっかい棒をかますのを忘れていたのです。リーベリは立ち上がり、部屋の内側からそれを戸に挟みました。

 

 

 

 

 

ー㉒ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 
 

 

 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑳ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 男の子を家に運び込んで来てから、既に十日が経っていました。
 この暑さが男の子の体力を奪うことにならないだろうかと、リーベリは気が気でなく、心配のあまり夜もぐっすり眠れないほどでした。
 暑さと疲れのために、仕事から帰って来ると、リーベリは夕食も取らずにうとうとしていました。
 誰か部屋の中に這入って来た気配がしたので目を開くと、知らない間にミミが部屋の中に這入り込んでいました。ミミはリーベリのために夕食をトレイに載せて持って来てくれたのでした。
 その様子をリーベリはぼんやりと眺めていました。
「そなたは誰?」という知らない男の声がしました。
 ミミは部屋の中の男の子の存在に目を丸くしていました。
 ミミは助けを求めるように夕食を載せたトレイを持ったまま、今度はリーベリの方へ視線を移しました。リーベリはやっと我に返って、愕いて男の子の方を見ました。まるで眠り姫のように目を醒ます気配のなかったあの男の子がベッドの上で身を起こし、じっとミミの方を凝視しているのです。
「私は今いったい何処にいるのだろうか?」
 ミミは、事情が分からないながらも、男の子のことをリーベリの友人か何かのように理解したらしく、男の子の問い掛けに、優しく答えを返していました。「ここはロゴーク村よ。……私はミミ。あなたは?」
「ミミ?……」男の子はしばらくミミに熱い視線を送っていました。
 リーベリはふたりのやりとりを何気なく見守っていましたけれど、そのうちにジュリアの予言に似た言葉をふと思い出し、慌てました。そうして思わず、大きな声を出してしまっていました。「どうして勝手に部屋の中に這入って来たの?」
 ミミは突然の姉の剣幕に目を白黒させながら、自分の行動の潔白を証明するように、手に持っている夕食を載せたトレイを高く掲げました。「お姉ちゃんに、お食事を持って来たの。まだご飯食べてないと思ったから」
 リーベリは苛立たしげに足を踏み鳴らして云いました。「お食事なんて、自分で取りに行けるわ! 早くお部屋から出て行って!」
 ミミはそろそろとトレイをリーベリの足元へ置きました。今にも自分に噛みつきそうな顔つきをしているリーベリを一瞥し、逃げるように戸を閉めて部屋から出て行きました。
 戸が閉まっても、男の子はまだ戸の向こうに消えて行った何かを見つめているふうでした。
「具合はどう? 十日間も眠り続けていたのよ」とリーベリは男の子の関心を自分の方に向けるように、出来るだけ優しく話しかけました。

 

 

 

 

 

ー㉑ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 
 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑲ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 屋根の上に、鳥が羽音をさせて止まる音が聞こえて来ました。ややあって、明り取りからストレイ・シープが這入って来ました。ストレイ・シープはスキップを踏むように大きな体を二、三度ぴょんぴょん飛び跳ねさせながら云いました。「まだ目を醒ましませんか?」
「でも、以前に比べると、だいぶ顔色も良くなってきたわ」
「じゃあ、目が醒めるのも、もうじきですかね」
「そうね。でも、焦らなくても大丈夫よ。元気になるまで、ゆっくり寝ていていいんだからね」リーベリはそう云って愛おしそうに男の子の顔を指で触れました。男の子のお腹が、上がったり下がったりしています。痩せ細っていた顔も、ちょっぴりふっくらしたように見えます。
 リーベリは立ち上がってカサカサと何かが這い回る籠の蓋を開けて、明り取りの下の床に置きました。「ごめんね。ご飯をあげるのを忘れていたわね」
 籠の中には、何匹もの昆虫が動き回っていました。
「わはっ。ご馳走だ!」と云いながらストレイ・シープは夢中になって逃げ惑う昆虫たちを啄んでいました。
 リーベリは男の子の傍に戻って来て、寝顔を飽きずに眺めていました。
 ジョーニーはガラクタに背をもたせかけて、寝たふりをしながら、薄目を明けてその様子をしばらく見ていましたが、リーベリと視線が合いそうになると慌てて目を閉じました。

 

 分厚い入道雲が西の空に居座っていました。地面に乾燥した亀裂が幾つも走っています。干涸らびた蚯蚓が水を求めるように何匹も地表に這い出した姿のまま死んでいます。ここ最近、雨の降らない日が何日か続いていました。

 

 

 

 

 

ー⑳ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 

 

 
 
 

 

 

 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑱ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 男の子は首にペンダントをつけていました。ペンダントの先には丸い、透明な石が光っています。
 リーベリは男の子の頬に接吻をしました。
 心なしか、口付けをしたあたりが薔薇色に染まったような気がしました。「あんたは、あたしの大切な宝物」とリーベリは男の子の髪を撫でながら云いました。「誰にも渡さない」
 男の子は黙ったままでした。不意に、この子は、このまま永久に目を醒まさない運命にあるのかもしれないという思いが、頭をよぎりました。
 そして何時ものように男の子を自分のベッドに寝かせ、自らはベッドの脇の狭いスペースに丸くなって眠りました。
 気がつくと誰かがリーベリの枕元に立っていました。信じられないことに、それは敬愛する亡きママ・ジュリアでした。「あなたが看病したおかげで、その男の子は目を醒ますわ。それもそんなに遠い未来のことじゃないわ。……この子は由緒ある血筋の人間なのよ。この子は長い眠りから目覚めて初めに見た女性を愛することになるわ」
「ママ!」とリーベリは叫ぼうとしましたが、何故か水中で泳いでいるように自分の声がうまく出せなくて、小さな呟きにしかならないのでした。「ママ! あたし、ずっとママを目標に今まで頑張ってきたの。でも、これからいったいどういうふうに生きていけばいいのかよく分からないの!」
 けれども、ジュリアは微笑を口元に浮かべながら、暗闇の向こうへゆっくりと消えて行ってしまいました。
 リーベリは目を醒ますと部屋の中を見回しましたが、相変わらず男の子がこんこんと眠っている以外、起きている者は自分ひとりだけでした。ジョーニーも元物置部屋の名残のがらくたの山に背をもたせて眠り込んでいて、ジュリアを見た様子もありません。
 夢のようでしたけれど、余りにも輪郭がはっきりしていたので、夢とも思われないのでした。どうしてあんな幻を見たのだろう? 男の子の具合が良くなって欲しいという自分の気持ちが強すぎるせいだろうか? 夜の濃密さが薄れ、東の空が灰色に変わりはじめていました。ストレイ・シープが目を醒まして、リーベリの傍に寄って来ました。「ストレイ・シープ、あたしの亡くなったママ、ジュリアを見なかったわよね?」とリーベリが訊きましたが、ストレイ・シープは小首を傾げて、「いいえ、見ないですが」と戸惑ったように答えるだけでした。

 リーベリはろくに食事もとらずに男の子の枕元から離れずに看病しました。自分がいない間に容態が急変したりしたらと考えると不安で仕方なかったのです。
 リーベリはよく男の子に話しかけていました。話しかけることにより治りが少しでも早くなるような気がしたのです。現実には、まだこの男の子とひとことも口を聞いていませんでしたけれど、想像の世界では、リーベリと男の子は既に離れがたい恋人となっているのでした。
 男の子の意識が戻って外を歩けるようになったら、まず最初に何処に連れて行こうかな、などとリーベリは目が醒めた後のことをひとり心に思い描いて愉しんでいるのでした。

 

 

 

 

 

 

ー⑲ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 

 

writer/にゃん子

 

 

デパ地下の催事で1週間限定でいらしてた「東京ベイ舞浜ホテル」。
ポスターを見て、気になりつつもその日は素通りしてしまいましたが、
「なんだか気になる!」
と1日考えていたので、次の日購入しました。

 

 

378円です。

 

 

サイズは大きめのシュークリームです。
生地はクッキーぽい硬めのしっかりしたものです。
そして、クリームが絶品なのです!

 

 

 

シューの中に満タンに詰め込んだクリーム。(ポスターの写真にもなっていた)
正直、こんなにクリーム入れなくてもと思った私を叱りたい。
とてもとてもなめらかなクリームで後味が柑橘系のさわやかな味。
甘さも控えめでいくらでも食べていられるわ~と思うと終わっちゃう。
え?あんなに大きかったのに?とビックリです。
無我夢中で食べてしまうシュークリームはここにある!

ちなみに母にも大好評でした。
「コンビニスイーツのクリームとやっぱり全然違うのね!次の日も食べちゃったわ」と
ご報告いただきました(笑)

 


にゃん子さんの評価5点

 

(本ブログでの、レーティング評価の定義)

☆☆☆☆☆(星5) 93点~100点
☆☆☆☆★(星4,5) 92点
☆☆☆☆(星4) 83点~91点
☆☆☆(星3) 69点~82点)

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 

 
 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑱ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 

 

 

 男の子は首にペンダントをつけていました。ペンダントの先には丸い、透明な石が光っています。
 リーベリは男の子の頬に接吻をしました。
 心なしか、口付けをしたあたりが薔薇色に染まったような気がしました。「あんたは、あたしの大切な宝物」とリーベリは男の子の髪を撫でながら云いました。「誰にも渡さない」
 男の子は黙ったままでした。不意に、この子は、このまま永久に目を醒まさない運命にあるのかもしれないという思いが、頭をよぎりました。
 そして何時ものように男の子を自分のベッドに寝かせ、自らはベッドの脇の狭いスペースに丸くなって眠りました。
 気がつくと誰かがリーベリの枕元に立っていました。信じられないことに、それは敬愛する亡きママ・ジュリアでした。「あなたが看病したおかげで、その男の子は目を醒ますわ。それもそんなに遠い未来のことじゃないわ。……この子は由緒ある血筋の人間なのよ。この子は長い眠りから目覚めて初めに見た女性を愛することになるわ」
「ママ!」とリーベリは叫ぼうとしましたが、何故か水中で泳いでいるように自分の声がうまく出せなくて、小さな呟きにしかならないのでした。「ママ! あたし、ずっとママを目標に今まで頑張ってきたの。でも、これからいったいどういうふうに生きていけばいいのかよく分からないの!」
 けれども、ジュリアは微笑を口元に浮かべながら、暗闇の向こうへゆっくりと消えて行ってしまいました。
 リーベリは目を醒ますと部屋の中を見回しましたが、相変わらず男の子がこんこんと眠っている以外、起きている者は自分ひとりだけでした。ジョーニーも元物置部屋の名残のがらくたの山に背をもたせて眠り込んでいて、ジュリアを見た様子もありません。
 夢のようでしたけれど、余りにも輪郭がはっきりしていたので、夢とも思われないのでした。どうしてあんな幻を見たのだろう? 男の子の具合が良くなって欲しいという自分の気持ちが強すぎるせいだろうか? 夜の濃密さが薄れ、東の空が灰色に変わりはじめていました。ストレイ・シープが目を醒まして、リーベリの傍に寄って来ました。「ストレイ・シープ、あたしの亡くなったママ、ジュリアを見なかったわよね?」とリーベリが訊きましたが、ストレイ・シープは小首を傾げて、「いいえ、見ないですが」と戸惑ったように答えるだけでした。

 リーベリはろくに食事もとらずに男の子の枕元から離れずに看病しました。自分がいない間に容態が急変したりしたらと考えると不安で仕方なかったのです。
 リーベリはよく男の子に話しかけていました。話しかけることにより治りが少しでも早くなるような気がしたのです。現実には、まだこの男の子とひとことも口を聞いていませんでしたけれど、想像の世界では、リーベリと男の子は既に離れがたい恋人となっているのでした。
 男の子の意識が戻って外を歩けるようになったら、まず最初に何処に連れて行こうかな、などとリーベリは目が醒めた後のことをひとり心に思い描いて愉しんでいるのでした。

 

 

 

 

 

 

ー⑲ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 
 

 

 

 

 
 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑰ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 朝になると、リーベリは男の子に体力を回復させる魔法をかけてから、お仕事に出掛けました。念のため、部屋の外に出てから、魔法をかけて部屋の内側から戸につっかい棒となる箒をかませておきました。これで誰も部屋の中に入ることは出来ない筈でした。
 しかし、何日経っても男の子は目を覚ましませんでした。血色が良くなったと思われた顔色は、ともすれば土気色に変わります。真夜中に男の子が咳き込んで、苦しそうに何もない胃から黒い胃液を戻したりすることもあるのでした。リーベリは夜も寝ずに男の子のそばに付きっきりで見守りました。リーベリは体力を回復させる魔法を何度も使いました。病気を治す魔法より体にかかる負担は少なくて済みますけれど、それでも使った後は後頭部にのしかかるような重みを感じるのでした。そんなことがあった後は、以前にも増してリーベリは男の子の寝顔を飽きずに愛しそうに眺めているのでした。この子は今、生きるか死ぬかの瀬戸際で戦っている。負けないで。あたしがそばにいるからね。

 

 リーベリは手拭いを水で濡らし、男の子の身体を隅から隅まできれいに拭きました。髪の汚れも取りました。かなり臭いが酷くなっていたので、着ていた衣服は脱がせて、洗濯が終わるまでの間、リーベリの衣を着せておきました。
 リーベリは男の子の裸の胸に耳をそっと当ててみました。心臓の鼓動がゆっくりと打っているのが聞こえて来ました。
 汚れをきれいにすると、やはり男の子は美しい顔立ちをしていました。リーベリは、男の子の世話をするうちに、この子が自分の人生を変えてくれるかもしれないと思いはじめていました。この子はミーシャを失ったかわいそうなあたしのために神様が特別に遣わして下さった宝物なのかもしれない。
 不意に、ケイの声がつい薄い戸の向こうから聞こえて来ました。しかし、ケイの跫音はそのままリーベリの部屋の中には入っては来ずに、遠ざかって行きました。リーベリはほっと胸を撫で下ろしました。ケイにだけはこの男の子を見つけられてはならないと思いました。ケイに知れると、何もかもが良くない方向に進んでしまうのでした。今までだってそうでした。ケイはリーベリから色んなものを取り上げてきました。この男の子だってケイが知ればきっと取り上げてしまうに決まっているのです。

 

 

 

 

 

 

ー⑱ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 
 

 

 

 

 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑯ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 三十分後、リーベリは箒に跨り南へ向かって飛び立っていました。リーベリの前には、ストレイ・シープとその背中に乗ったジョーニーが先導しながら飛んでいます。
 生暖かい風の中をゆっくりと泳ぐように飛びました。空の上は地上よりもさらに暑いのでした。漆黒の闇の中を三日月が輝いています。それ以外、リーベリ達の行く先を照らし出してくれるものは何もありませんでした。
 小さな村を越え、森を過ぎると、家一軒見当たらなくなりました。荒い砂礫が広がり、その処々に地面から岩が突き出しています。
 やがて真っ黒い海が見えて来ました。
 三人は空から降り立つと、うら寂しい海岸沿いの砂浜の上を歩きながら探しました。
 暗くて、人を探すには良い条件ではありませんでしたけれど、リーベリは落ちていた木の枝に魔法を使い火を点して捜しました。
 あるものはただの砂ばかりでした。
 ジョーニーが途方に暮れたように云いました。「おかしいな。この四辺(あたり)の筈なんですけど」
 リーベリは立ち止まって、屈み、押し寄せる波のような形の流砂をひとつまみ手に握りました。砂は摑みどころがなく、さらさらと水のように手の指から溢れ落ちます。
 三人はしばらくその四辺を歩き回りましたけれど、手掛かりはまるでありません。「見つからないわねえ。こんなに探してもいないってことは、誰かに助けられて、此処にはもういないのかもしれないわね」
 あきらめて帰ろうとした頃でした。三日月に照らし出された真下あたりが、きらっと光ったような気がしたのです。
 リーベリは光った場所まで歩いて行きました。リーベリの茶色の木靴の中にはかなりの量の砂が入り込んで来ていて、歩くと足が痛くなるほどでした。
 見たところ、海岸の一点に襤褸切れのような物が落ちている様子でした。しかし、近付くにつれて、それは襤褸切れではなく、人が俯せに倒れている姿だと分かりました。すでに木の枝は燃え尽きていて、月明かりだけが頼りでしたが、それでも身に付けている衣服は擦り切れていて、見た目にも身体が痩せ細っているのが痛々しいくらい分かりました。何日も身体の手入れをしていないせいか、鼻を背けたくなるような体臭も漂っています。
 その人間が腰に帯びている剣は、金色に輝いていて、鞘には龍のような模様の絵が描かれていました。
「渡り鳥が云っていたのは、この男のことに違いないですね」とストレイ・シープが翼をバタバタさせながら云いました。
 リーベリは木靴の先をその人の身体に軽く当ててみました。全く反応がありませんでした。死んでいるのかな、と思って口に手を当ててみると、まだ息がありました。額に手を触れてみると、思いがけなく熱いのでした。何かの熱病に罹っているのかもしれませんでした。明らかに生命力が弱り、今にも死に入りそうなほど衰弱しています。
 リーベリはその男の横顔に指先を当てて、砂を刮ぎ落としました。髪は肩にかかるくらいまで伸びていました。その横顔は痩せてはいましたけれど、何処となく端正で気品があり、面影がミーシャに似ているようにも思いました。
 リーベリは男の子を背中に背負って、空を飛ぼうとしました。
  ジョーニーが愕いて訊ねました。「あ、どちらに?」
 体重が軽いとはいえ、人間ひとりを背中に乗せて空を飛ぶのはかなり骨が折れそうでした。「このまま此処に置いておくわけにもいかないから、家に連れて帰るのよ」とリーベリが答えると、ジョーニーとストレイ・シープは目を真ん丸くさせて驚いていました。
 リーベリの背中で、生きているのか死んでいるのか分からないくらい、男の子はとても細い息をしていました。時々、風が吹いて男の子の身体が揺れると、その振動のために男の子の命の灯火がいつの間にか掻き消えてしまいそうな気がしました。
  がんばって。あとすこしだから。
 リーベリはいったん地上に降り立って、男の子をそっと下ろすと、男の子の頭上に手を翳しました。リーベリの手の平の先から、優しげな金色の光が発せられて、男の子の身体全体を包んでいます。まずは病を取り除く魔法を使ったのです。ほんの少し、男の子の顔に生気が蘇ったように見えました。それと同時に、リーベリは重苦しい目眩が自分に襲いかかって来るのを感じました。
 あたしも甘いわね。人を治療したり、怪我を治したりする魔法は使わないと心に固く決めていたのに。
 リーベリの脳裏に浮かんでいるのは、若くして亡くなったママ、ジュリアの面影でした。自分がママの二の舞になることだけは避けないと。「魔法を使うのは今回だけだからね。あとは自力で立ち直るのよ?」
 独り言のように意識もない男に話しかけているリーベリの様子を、不思議そうに見つめていたジョーニーとストレイ・シープはお互い顔を見合わせましたが、何も云いませんでした。
 村に到着すると、リーベリはケイや家族の者に見つからないように、男の子をしばらく家の外の部屋の近くに寝かせておき、家人が寝静まった頃を見計らってそっと部屋の中まで男の子を運び込みました。

 

 

 

 

 

 

 

ー⑰ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ

 

 

 

 

果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑮ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 季節は巡り、ひときわ暑い夏の日がやって来ました。
 時々、外の世界から入手した話をストレイ・シープとジョーニーが持ち帰るようになっていましたけれど、それらの話のほとんどは、いっときの退屈を紛らしてくれるものではあっても、単調な日常の世界を塗り替えてくれるほどの力を持っているわけではありませんでした。
 けれども、その日だけはいつもと様子が違っていました。
 夕焼けの空の彼方からストレイ・シープが飛んで来て、灯り取りを通り抜け、リーベリが差し出した腕に止まりました。ストレイ・シープの背中にはジョーニーが乗っていました。ひとりで遠出すると道に迷ってしまうので、いつもジョーニーがストレイ・シープの背中に乗って道先案内人をつとめていました。ストレイ・シープは小首を傾げながら話しました。「ここから北西の方角の海岸べりに、ひとりの若い男が倒れているそうです。渡り鳥が見つけたんです。何でも、腰に金ピカに光る剣を提げているそうです。そいつだけじゃなくて、他の渡り鳥たちに聞いてもみんな見たって云ってたから、これは確かな情報かと思います」
  リーベリは床の上で胡座をかいて、擂り鉢の中に薬草を何種類か入れて棒で混ぜ合わせていました。「ふうん。男の子ねえ」
「生きているのか死んでいるのかも定かではありません。この熱さですし、今から駆けつけたとしても、腐ってしまっているか、腐肉を食らう獣の餌食にでもなっているかもしれませんが」
 リーベリは薬草を混ぜる手を止めてしばらく考え込んでいました。「海岸と云うと、普通に飛んで行けば三十分もかからないで着く距離よね」
「……そうですね」
 リーベリは再び擂り鉢の中の薬草を棒で混ぜはじめました。「もう夕食は済ませているから、残りの家事を手っ取り早く終わらせてから、様子を見に行ってみようかしら。あたし達が辿り着いた時には、助け出されていて、いなくなっているかもしれないけれど」
 ジョーニーとストレイ・シープは目をくりくりさせていました。ストレイ・シープは云いました。「分かりました。それじゃ、待ってます。おいらだいたいの場所は分かりますんで」
 リーベリは頷くと、腕まくりをして、蜥蜴の尻尾を指でつまんで擂り鉢の中に入れました。

 

 

 

 

 

 

ー⑯ーにつづく

 

 

 

 

 

にゃんころがりmagazineTOPへ

 

にゃんころがり新聞TOPへ