『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー⑯ー』にゃんく~執筆構想に1年以上かけた渾身作 | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー⑯ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 三十分後、リーベリは箒に跨り南へ向かって飛び立っていました。リーベリの前には、ストレイ・シープとその背中に乗ったジョーニーが先導しながら飛んでいます。
 生暖かい風の中をゆっくりと泳ぐように飛びました。空の上は地上よりもさらに暑いのでした。漆黒の闇の中を三日月が輝いています。それ以外、リーベリ達の行く先を照らし出してくれるものは何もありませんでした。
 小さな村を越え、森を過ぎると、家一軒見当たらなくなりました。荒い砂礫が広がり、その処々に地面から岩が突き出しています。
 やがて真っ黒い海が見えて来ました。
 三人は空から降り立つと、うら寂しい海岸沿いの砂浜の上を歩きながら探しました。
 暗くて、人を探すには良い条件ではありませんでしたけれど、リーベリは落ちていた木の枝に魔法を使い火を点して捜しました。
 あるものはただの砂ばかりでした。
 ジョーニーが途方に暮れたように云いました。「おかしいな。この四辺(あたり)の筈なんですけど」
 リーベリは立ち止まって、屈み、押し寄せる波のような形の流砂をひとつまみ手に握りました。砂は摑みどころがなく、さらさらと水のように手の指から溢れ落ちます。
 三人はしばらくその四辺を歩き回りましたけれど、手掛かりはまるでありません。「見つからないわねえ。こんなに探してもいないってことは、誰かに助けられて、此処にはもういないのかもしれないわね」
 あきらめて帰ろうとした頃でした。三日月に照らし出された真下あたりが、きらっと光ったような気がしたのです。
 リーベリは光った場所まで歩いて行きました。リーベリの茶色の木靴の中にはかなりの量の砂が入り込んで来ていて、歩くと足が痛くなるほどでした。
 見たところ、海岸の一点に襤褸切れのような物が落ちている様子でした。しかし、近付くにつれて、それは襤褸切れではなく、人が俯せに倒れている姿だと分かりました。すでに木の枝は燃え尽きていて、月明かりだけが頼りでしたが、それでも身に付けている衣服は擦り切れていて、見た目にも身体が痩せ細っているのが痛々しいくらい分かりました。何日も身体の手入れをしていないせいか、鼻を背けたくなるような体臭も漂っています。
 その人間が腰に帯びている剣は、金色に輝いていて、鞘には龍のような模様の絵が描かれていました。
「渡り鳥が云っていたのは、この男のことに違いないですね」とストレイ・シープが翼をバタバタさせながら云いました。
 リーベリは木靴の先をその人の身体に軽く当ててみました。全く反応がありませんでした。死んでいるのかな、と思って口に手を当ててみると、まだ息がありました。額に手を触れてみると、思いがけなく熱いのでした。何かの熱病に罹っているのかもしれませんでした。明らかに生命力が弱り、今にも死に入りそうなほど衰弱しています。
 リーベリはその男の横顔に指先を当てて、砂を刮ぎ落としました。髪は肩にかかるくらいまで伸びていました。その横顔は痩せてはいましたけれど、何処となく端正で気品があり、面影がミーシャに似ているようにも思いました。
 リーベリは男の子を背中に背負って、空を飛ぼうとしました。
  ジョーニーが愕いて訊ねました。「あ、どちらに?」
 体重が軽いとはいえ、人間ひとりを背中に乗せて空を飛ぶのはかなり骨が折れそうでした。「このまま此処に置いておくわけにもいかないから、家に連れて帰るのよ」とリーベリが答えると、ジョーニーとストレイ・シープは目を真ん丸くさせて驚いていました。
 リーベリの背中で、生きているのか死んでいるのか分からないくらい、男の子はとても細い息をしていました。時々、風が吹いて男の子の身体が揺れると、その振動のために男の子の命の灯火がいつの間にか掻き消えてしまいそうな気がしました。
  がんばって。あとすこしだから。
 リーベリはいったん地上に降り立って、男の子をそっと下ろすと、男の子の頭上に手を翳しました。リーベリの手の平の先から、優しげな金色の光が発せられて、男の子の身体全体を包んでいます。まずは病を取り除く魔法を使ったのです。ほんの少し、男の子の顔に生気が蘇ったように見えました。それと同時に、リーベリは重苦しい目眩が自分に襲いかかって来るのを感じました。
 あたしも甘いわね。人を治療したり、怪我を治したりする魔法は使わないと心に固く決めていたのに。
 リーベリの脳裏に浮かんでいるのは、若くして亡くなったママ、ジュリアの面影でした。自分がママの二の舞になることだけは避けないと。「魔法を使うのは今回だけだからね。あとは自力で立ち直るのよ?」
 独り言のように意識もない男に話しかけているリーベリの様子を、不思議そうに見つめていたジョーニーとストレイ・シープはお互い顔を見合わせましたが、何も云いませんでした。
 村に到着すると、リーベリはケイや家族の者に見つからないように、男の子をしばらく家の外の部屋の近くに寝かせておき、家人が寝静まった頃を見計らってそっと部屋の中まで男の子を運び込みました。

 

 

 

 

 

 

 

ー⑰ーにつづく

 

 

 

 

 

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