『果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語ー㉑ー』にゃんく | 『にゃんころがり新聞』

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果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語

ー㉑ー

 

 

 

 

 

にゃんく

 

 

 

 男の子はやっとリーベリの方に顔を向けてくれました。男の子の額には血管が浮き上がり、ベッドの上に起き上がっていることすら痛々しそうな、青ざめた顔色です。「どうして追い出したのか?」
 リーベリは立ち上がり、ベッドの傍のサイドテーブルの上にミミの持って来た食事を移しました。「あの子はあたしの妹なのよ。あなたをこの部屋で看病していたことを知らなかったから、吃驚していたのよ」とリーベリは云って食事の方を手で示しながら、「でも、そんなこと気にしなくていいのよ。それより、これを食べて。早く力をつけて元気になってね」
 男の子はどうしたものかと躊躇する素振りを見せていましたが、余程お腹が減っていたのか、凄い勢いでパンをがつがつと頬張り、ミネストローネを音を立てて啜り始めました。
 リーベリはそんな男の子の様子を愛おしそうに眺めながら云いました。「急がないでね。ゆっくり食べて」
 男の子は口の中をいっぱいにして、頷いています。
 彼は時々噎せ返りながらも、出されたスープとパンをぺろりと平らげてしまいました。一息つく頃を見計らい、リーベリは訊ねました。「お名前を教えてもらってもいいかしら?」
「私の名は……リューシー」
「リューシー? 変わったお名前ね」
「……そなたは?」
「リーベリよ」
「リーベリ。……そして、そなたはミミさんの姉上?」
 姉上? そなた? リーベリはリューシーの受け答えがおかしかったので、くすっと吹き出してしまいました。リューシーは目をしばたたいて、リーベリに訊ねました。「何がおかしい?」
「リューシー……あなたのしゃべり方、すこし変わっているわよ。なんだか、何処かの偉い貴族みたい……」
「私は貴族などではない」むっとしてリューシーは云いました。
「ただの譬えよ。何もリューシーが本物の貴族だって云ってるわけじゃないわ」

何はともあれ、リューシーの食欲を見て、これだけ食べられればもう心配ないわね、とリーベリはほっと胸を撫で下ろしました。
 リーベリはサイドテーブルの上のお皿の載ったトレイを台所にさげるため、部屋を出ました。リーベリが台所でお皿を洗い、部屋に戻って来ると、リューシーが話しかけて来ました。「リーベリさんは食事はもう済んだ?」
「まだよ」
「……ひょっとすると、私が食べたのがリーベリさんの食事だったのでは?」
「気にしなくていいわ。それほどお腹も空いていないしね」
「……かたじけない」とリューシーは心から申し訳なさそうに云いました。「ところで、私を此処まで運んで来てくれたのは……?」
「あたしよ。リューシーは海岸で倒れていたのよ。どうしてあんな処で倒れていたのか覚えているかしら? あたしが見つけなければ、死んでいたかもしれないわ。相当衰弱していたから」
「ひとりで運んだのですか?」
「そうよ。とても重かったわ」
「私の近くにマデラー少佐……マデラーという男を見かけなかったでしょうか?」
「マデラーさん? ……さあ。誰もいなかったけれど。夜だったから、分からなかったのかも」
「そうですか……」
「その人がどうかしたの?」
「私と一緒に旅をしていたのですが……私のために食べ物を探しに行って、あの場所を離れていたのです。……私が居なくなったのを知ったら、きっと血眼になって捜しているでしょう」
「……ごめんなさい。行き倒れになっているのかと思って、家まで運んで来ちゃったんだけれど……」
「それについては深く感謝しています。リーベリさんの云う通り、遅かれ早かれ、あのままだと私は衰弱して死んでいたに違いない。たちの悪い熱病に罹って、何日も高熱が引かなかったのです。それなのに、どういうわけか、今はこの通りぴんぴんしています。不思議なものです」
 それはあたしが魔法をかけて治したからよ、とリーベリは云いたかったのですが、黙っていました。リューシーは懐から財布を取り出して金貨を手に握ると、それをリーベリに手渡そうとしました。「是非受け取って頂きたい」
 リーベリは吃驚して、「いいのよ」と云ってそれを断りました。「お金のために助けたわけじゃないもの」
 しばらくしてもリーベリがお金を受け取ろうとしないので、リューシーはあきらめて金貨を財布に収めました。「この恩はきっと忘れません」
 もっと色々お話をしたいところでしたけれど、リューシーの顔色の悪さを目にして、長い眠りから目を醒ましたばかりの彼を疲れさせるのは身体に毒かもしれないとリーベリは思い、「当分体調が元に戻るまでは、横になって安静にしておいた方がいいわ」と云いました。
 リューシーは「かたじけない」と云って横になりました。それから時を置いて、リューシーの静かな寝息が聞こえて来ました。
 リーベリは部屋を見回してみて、はっとしました。扉につっかい棒をかますのを忘れていたのです。リーベリは立ち上がり、部屋の内側からそれを戸に挟みました。

 

 

 

 

 

ー㉒ーにつづく

 

 

 

 

 

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