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One of 泡沫書評ブログ

世の中にいったいいくつの書評ブログがあるのでしょうか。
すでに多くの方が書いているにもかかわらず、なぜ書評を続けるのか。
それは、クダラナイ内容でも、自分の言葉で書くことに意味があると思うからです。

そこまで言うか!/勝間 和代

¥1,575
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例の3人による対談集。わたしは完全なるホリエモン信者のひろゆきシンパなので買ったわけだが、むしろ興味の対象は勝間氏がこの「いい加減な」二人に対してどのように対応するか、であった。

まえがきやあとがきによれば、本書はもともと「デキビジ」で勝間さんとひろゆきが衝突したのをきっかけに、さまざまな場所で「炎上」した経緯を踏まえ、ホリエモンが両者を介して「リ・マッチ」させようとしたのがきっかけで成立したようだ。

ホリエモンもひろゆきも、良い意味で「直感のみ」で勝負する実践派なのに対し、勝間氏は曲がりなりにもコンサル出身の会計士、最近は政策提言もするという「アカデミック」な方。こういう組み合わせだと、どうしても男性陣二名の放言に対して、勝間氏が理詰めで解説、応答するというようなスタイルになるであろうと予想していた。要は勝間氏が「聞き役」というわけである。どうせホリエモンは自分で勝手に話し始めるだろうし…。

というわたしの予想があっているかどうかは、本書を読んでいただいて、めいめいにご判断いただきたいと思う。読むのが早い人なら1時間でいけると思うので、立ち読みで十分かもしれないがw

ところで、ひとつだけ苦言を呈するとすれば、本書は「ノーカット版」だということで、編集が無軌道な感じが否めない。論点が今一つピリッとせず、うがった見方をすれば本当に床屋政談をそのまま文字に起こしたという感じである。したがって一つ一つのトピックはそれほど複雑ではないのに、読後感は「何の話だっけ?」というような状況になる(少なくとも、わたしはそうだった)。これは、3人のアタマの回転が速すぎるせいなのか、編集が手を抜いたせいなのかわからないが、これで1500円はボッタクリのような気がしないでもない。信者以外は要注意であろう。

ホリエモン×ひろゆき 語りつくした本音の12時間 「なんかヘンだよね・・・」/堀江 貴文

¥1,000
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年金は本当にもらえるのか? (ちくま新書)/鈴木 亘

¥819
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久しぶりに書評をする気がする。といっても、最近は目を少し悪くして、電車で本を読むのがつらくなってきたうえ、娘の世話のおかげでほとんど本を読む時間が取れない…というのは言い訳で、じつは「24」にハマってしまい、空き時間のほとんどをジャック・バウアーに捧げているw

そんなわけで、本書は断続的に読んだので頭にあまり入ってこなかったが、たださすがに「だまされないための年金・医療・介護入門」を書いた鈴木氏だけあって、斜め読みでも十分ポイントが整理される。要は今の厚生労働省の「大本営発表」は嘘だらけであり、このままいくと破綻はしないが将来世代の税金に転嫁されることは目に見えているので、さっさと賦課方式から積み立て方式に移行しろというお話である。(基礎年金部分だけは一部目的税化することが望ましい、とも)

このあたりの議論は多かれ少なかれ、ネット上の識者が指摘しているのでもはや我々にとっては自明のことなのだが、やはり専門家が端的にまとめた入門書は、その分野の「入口」として非常に役に立つ。ちゃんと読めば2時間くらいで通読できるボリュームなので、現在30代以下のサラリーマンは一度読んでおくべきだろう。わたしも、時間があいたらもう一度再読してちゃんとまとめたいと思う。

だまされないための年金・医療・介護入門―社会保障改革の正しい見方・考え方/鈴木 亘

¥1,995
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写真から描き起こすマンガデッサン/西野 幸治

¥1,575
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英語の本を買おうと思って立ち寄った本屋で積まれていたので、びっくりして買ってしまった。

かつて自分でも絵を描いていた頃には、この手の「ムック」というか、「漫画を描くための資料集」的なものをよく買い求めていたものだが、結婚を機にいくつか残して他はすべて捨ててしまった。これは当時を懐かしんでつい衝動買いしてしまったものである。

中身は水着の女性(ときどき男性もいるが)が色々ポーズをとってくれるので、それに従ってプロのイラストレータ(著者)氏が漫画的なデッサンを描き起こし、いろいろと講釈を垂れてくれるというもの。わたし自身はもう絵を描かなくなって久しく、これがどこまで役に立つのかは判断しかねるが、モデルの女の子にいろいろな格好をさせているというシチュエーションに萌えるという変態…もとい紳士にはなかなか面白い本だと思う。(類書はいっぱいあるので、ヌードがほしい人は探してみてほしい)

ところで昔の記憶を掘り起こしてみると、やはり絵の巧拙は全体のバランス感がとれているかどうかで、素人はついバストアップや顔だけの絵ばかり描くので、全体像や動きのある絵を描こうとすると途端に馬脚を表してしまう。わたしは絵を描いているときに悟ったことがあるのだが、女性の体をうまく描くコツは、下品な話で恐縮だが「性器」を意識するかどうかだと思う。股関節に対して性器を意識すると下半身全体のバランスがやけにうまく取れる。まあ、これはあくまでわたし自身の感想だが…

ところでモデルの女性については、どうやら芸能活動を休止(?)されているようなので、特に言及することは控えることにした。知りたい方は本書を買って名前を調べてみてください。
V字回復の経営―2年で会社を変えられますか (日経ビジネス人文庫)/三枝 匡

¥840
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元ライブドア、現コンデナストの田端さんブログで猛プッシュしていた作品。これがまたクソ面白くて、久々に寝食を忘れて没頭してしまった。寝る間も惜しんでシリーズ三作を読破してしまった。

著者は「ターンアラウンド」すなわち企業再生のプロフェッショナルとして、長年コンサルタントとして奮闘してきた三枝さんという方。これらの本はかれのコンサルタントとしての経験をもとに、実際にあった事例を脚色してノンフィクションあるいは物語のかたちでまとめた本なのだそうだ。他に類書が二冊ある。

戦略プロフェッショナル―シェア逆転の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)/三枝 匡

¥680
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経営パワーの危機―会社再建の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)/三枝 匡

¥780
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出版された順番からいえば

戦略プロフェッショナル

経営パワーの危機

V字回復の経営

となっている。本来はやはりこの順に読むのがよいだろう。わたしは、田端さんは「V字回復の経営」を最も推薦していたので、まずお試し的にこの本から読み始めてしまったのだが、失敗した。これは最後に読むべきであった。

ということで、間違いなくこの本は三冊続けて読むのがお勧めであるが、それでもなお三冊同時に買うのはためらわれるという方には、「経営パワーの危機」をまずはお勧めしたい。三作の中でもっともエンターテインメント的だと思うからだ。これを読んで面白いと思えば、その次に「V字回復の経営」を読めばいいだろう。

ちなみに「V字回復の経営」のモデルとなっている企業は、Google先生に聞けばすぐ教えてくれる。便利なれども恐ろしい世の中である。(○マツ○機だそうです)


さて、そんな感じで非常に面白い本なのだが、残念ながらこの本は日系バリバリのトラディショナル超ドメ企業にお勤めの方にはお勧めできない。こんな本を読んだら、辞めたくなるか、理想と現実のギャップに絶望すること請け合いだからであるw


【IT Japan】「経営者には現場感覚が重要」--コマツの坂根正弘会長が講演
THE WAVE ウェイヴ [DVD]/ユルゲン・フォーゲル,フレデリック・ラウ,マックス・リーメルト

¥3,990
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ドイツ映画。以前紹介した「es」に通ずるものがある。簡単に言ってしまうと、ある種の思考実験映画なのだが、なにを実験しているかというと、民主化された現代西欧社会において独裁制というのは発生しうるか? というなかなか深いテーマ。「PTA」とか、「良識派」といったマジメな人々は卒倒しそうな内容の映画。

内容はややグロいが、非常にわかりやすいのでお勧めである。

以下はややネタばれを含むので、観ようと思って未見の方はとばしてください。











ここで描かれている「独裁者」は、言うまでもなくヒトラーの寓話なわけであるが、ドイツの場合はこの行き方で先の大戦で大失敗したわけだ。こうした民族の傾向というのは、(経済の)状況が悪くなるとつい頭をもたげ始めてしまうものだ。作中にも少し触れられているように、現在のドイツでは経済的な地盤沈下にともない、それに惹起される形で、トルコ系移民の排斥というかたちで国粋主義(いわゆるネオ・ナチ)が台頭してくる動きこそがそれに相当するだろう。この映画は、「いつか来た道」に注意を払わなければならない、というメッセージというふうにも見える。

同じように、日本の場合はどうだろうか。日本人がこのドイツ映画にならって「いつか来た道」に至る思考実験をするとすると、どういうシナリオになるだろうか。民族の弱点を寓話化し、映画のようなわかりやすい表現で思考実験するのはなかなか難しいかもしれない。

非才を省みず考えてみよう。たとえばこういうシナリオはどうだろうか。まず「空気」が醸成され、異論が排除される。この空気はなんでもいい、「非正規雇用を守れ」「老人を守れ」「日本人の雇用を守れ」なんでもいい、表立って反論しにくいテーマなら何だっていいだろう。これに水をさすやつは「非国民」「売国奴」と倫理的、社会的に弾圧される。

また異物の最たるものである外国人は象徴的に排斥されるだろう。日本においてはネット右翼とよばれるような「一見普通のひとびと」が、率先して韓国人や中国人を排斥するというかたちであらわれるだろう。こうしてつくりだされた「敵」に向かって、内側の日本人はますます団結を強め、持ち前の同調圧力によってお互いがお互いを監視し、もはや誰が指導者かわからないような状況のまま、破滅へ向かうのではないだろうか。

…とまあ、無理やり先の大戦に結びつけて考えると、だいたいこうなるだろう。日本民族の一番苦手なのは、物事を相対化したり、多様性の生み出すコンフリクトを受け入れたり、進むべき方向性をドラスティックに変えるというところだからだ。




ところでわたしが一番面白いと思ったのは、序盤、「WAVE」としての一体感を作り上げようとして、ユニフォームを統一し、仲間内だけで通じるポーズを考えたり、シンボルを考えたりするところに心を砕く描写である。連れ合いとも話したのだが、「このへん、日本人だったらはじめから不要だよね」と。

そうなのだ。作中で描かれるような、一体感を醸成したり、仲間内だけで通じるような「サークル感」を作り上げるのは、日本人においてはそもそも不要のプロセスなのだ。なぜなら、初めから統一されているし、お互いに勝手に空気を読みあって一体感を生み出してしまうから。一面的な見方とはいえ、やはり一般に「個の強い」と言われる西洋人にとっては、没個性的で組織に忠誠を誓うような行動はなんらかの運動が必要なのだろう。この脚本を書いた方にとっても、スポーツでもないのに、統一的なユニフォーム等を着るという行為は「不自然」に映るということなのだろう。

そう考えると日本人は、この点で「独裁」に至る閾値が非常に低いと言える。しかし歴史を振り返ると意外にそうなっておらず、むしろ独裁者に近い人物はすぐ暗殺される傾向にあるというのがおもしろい。日本人のエトスとしては、やはり一体感の醸成は容易であるが、ある特定の人物に権力や権威が集中するのを極端に嫌うものがあるのだろう。
昭和東京ものがたり2(日経ビジネス人文庫)/山本 七平

¥700
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前作に(1)と連番が振られているので、シリーズものだというのはわかるが、どうせ続編は出ないものかと思っていた。しかし、意表をついてちゃんと出版されていた山本先生最晩年のエッセイ。前回も書いたように、これは大正生まれの著者が、昭和初期(昭和10年前後)の世相を思い出して書き綴る随筆である。したがっていわゆる「歴史」ではないが、ある意味では非常に当時の世相がよくわかる本である。

言いたいことはだいたい前回書いたので、今回は山本先生の人となりがうかがえる一節を取り上げてご紹介したい。といってもわたしは短くまとめられないので、引用は少し長くなる。


―――大学で多少なりとも学生に接してみると、いまの学生は、さまざまな面で理解できない。まず第一に教育の水準はわれわれの時代よりはるかに高いはずなのに、国語では、かつての劣等性である私の、中学一年ごろの学力がない大学生がいる。なぜであろうか。あるとき「ははあ、これは『漢文』が実質的になくなったからだな」と気付いた―――


普通の老人なら、ここからの展開はまるで定型文のようにこう続けるだろう。「われわれの頃はこういう漢文がちゃんと読めた。それに引き換え、今の若い連中は・・・まったく、嘆かわしい」と。今の若い連中は、漢文を読めない代わりに、PCを操り、スマートフォンを操り、プログラミング言語を操り、英語を操っているわけだが、老衰したおじいちゃんにはそういうことが見えないのだ。

山本先生も同じなのだろうか。文章を読んでいくと、かれはこう続ける。


―――若い人からの投書や感想を寄せられると、つくづく、一時代前を誤解のないように伝えることはむずかしいと思う。確かに当時の中学一年生は今の大学生も読めないような漢文が読めたのである。そして少なくとも「及第圏内」にいた私にも読めた。しかしそのことは、私たちが今の大学生より知的であったわけでも早熟であったわけでもない。また漢文のおかげで、今の大学生も読みかねるような本も読んでいたであろう。しかし、おそらく、今の中学生と比べれば、はるかに子供っぽかったはずである。

もし当時テレビがあり「少年ジャンプ」があり、また世にいう低俗週刊誌があって、さらにそのほかのさまざまな娯楽があふれていたら、そして漢文がなかったら、もちろん私なども今の中学生と同じようなことをしており、また塾に行って、両親は偏差値を気にしていたかもしれない。そして私たちの時代には、そういったものは全くなかった―――



興味をもたれたら、ぜひ手に取ってみてほしい。
今年もあと少しで8月15日を迎える。わたしが子供のころは、終戦記念日近くなると決まって新聞、テレビで反戦キャンペーンが張られ、左翼的な言説が巷を席巻して非常に気分が悪くなったのを思い出す。いわゆる「進歩的文化人」と呼ばれる反知性的なひとたちが、個人的なルサンチマンを公共のメディアを使って垂れ流す日である。

最近は新聞はおろかテレビすら観ないので、こうした「左翼キャンペーン」が今でも行われているのかどうかは知らない。気分が悪くなるので確認する気も起きないが、たぶん、新聞やテレビは昨今の電子書籍ブームやインターネットの興隆でそれどころではないのではないか。戦争記事で釣られるような時代でもないのではと推測する。

かつては「戦争を知らない世代」とか「戦後生まれ」というような言い方で、従軍経験がないことをもって戦争を語ってはならない、というような雰囲気すらあった。しかし今はもう2010年、戦後から65年も経った。すでに従軍した人たちはもうほとんど亡くなられたであろう。要するに、もう名実ともにほとんどの日本人が「戦争を知らない世代」になったわけだ。ということで、もはやそうした気遣いは無用だろう。皆が戦争を知らない世代なのだから、いまこそ、「戦争を知らない世代」を代表して、同じ「戦争を知らない世代」に向けてのブックガイドを書こうと思う。


私の中の日本軍 (上) (文春文庫 (306‐1))/山本 七平

¥570
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一下級将校の見た帝国陸軍 (文春文庫)/山本 七平

¥570
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まず紹介したいのは敬愛する山本先生の著作だ。はっきり言ってわたしはこの本に影響を受け過ぎているので、冷静な評価ができない。したがってあえてデメリットのみ言及したい。

本書は著者の従軍回顧録なのだが、記憶を頼りに書いているはずなのに、まるで昨日あったかのような書き方をしているところが非常に信憑性に欠ける。山本先生は日頃から「人間の記憶はまるで信用ならない」と書いているにもかかわらず、本書はまるで見て来たかのように書いてある。したがって、どこまでがかれの妄想、あるいは戦後の記憶で、どこまでが事実なのか判然としない。読者は大いに批判的に読まなければならないだろう。


アーロン収容所―西欧ヒューマニズムの限界 (中公新書 (3))/会田 雄次

¥735
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こちらは知る人ぞ知る名著。いろんなところで引用されているので、知っている人もいるかもしれない。英軍の捕虜収容所である「アーロン収容所」における著者の捕虜生活の回顧録だ。欧米人の人種差別意識をよく描写しているという点でよく引き合いに出される本だ。はっきり言って必読である。この本を読まずして英米を語るなかれ、人種差別を語るなかれ、だ。

しかし忘れてはならないのは、本書は65年前の出来事を書いてるわけで、必ずしも今の英米のことを言っているわけではない。本書を引き合いに出して「英人は・・・」「欧米の差別意識は・・・」などとやると単なる世間知らずと思われるので要注意であろう。あくまで昔、そういう歴史があったということを知る手掛かりになるだけである。


虜人日記 (ちくま学芸文庫)/小松 真一

¥1,365
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こちらも山本先生つながりで知った名著。著者の小松氏は戦争中に軍属としてフィリピン戦線に送られ、現地でブタノールの精製をしていたらしい。これは著者の個人的な記録であり、もとより公開するつもりもなかった記録のようであるため、「空気」の支配を受けず、自由に筆を走らせていて大変参考になる。

そして、山本先生による解説本がこれ。合わせて読まれたい。

日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条 (角川oneテーマ21)/山本 七平

¥820
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ということで、山本先生に洗脳された白痴っぷりを余すところなく発揮してみた次第。

しかし、これらの本はいわば高学歴の、しかも下級とはいえ士官の手によって書かれた本であり、やはりある種のバイアスがあることは否定できない。こうした人たちは物事を批判的に見たり、問題を構造的にとらえたりすることに長けているため、どうしても分析的な文になる。本来はこれらのほか、一般の兵士によって書かれた本や手記を読むべきなのだろうが、残念ながら適当な本に巡り合えていないのでご紹介できない。今後の課題としたい。


戦争を二度と起こさないためには、戦争を知ることが大切である。戦争を知らない世代こそ、戦争の本をたくさん読んで、想像力を働かせてみてほしい。

こちらは過去の書評。時間があればぜひ。

僕の比島戦記
前回と変わらず、子供に手がかかり時間がうまくマネジメントできていない。まあそう言いながら「24」はしっかり見ているわけなので、要するに言い訳なのだが、それにしてもある程度まとまった時間集中することがむずかしい。世の中の自由業の方々はどうやってタイムマネジメントしているのだろうか。流行りに任せてわたしも「子育てブログ」に宗旨替えしようかとも思うくらいだ。

そんなわけで、いまだ本をちゃんと読んでないので、昔読んだ漫画でも紹介してお茶を濁させていただきたい。

冬物語 (1) (小学館文庫)/原 秀則

¥610
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これは意外な名作。これはいわゆる受験生の話なのだが、色んな意味で受験の悲哀がみえておもしろい。わたしは地方出身の国立大学出なので、作中のように都内在住者が有名私大を目指して予備校に通うという雰囲気は正直、実感がわかないのだが、なんとかしてMARCH(*1)に食い込みたいという当時の「学歴主義」のようすがうかがえるのは興味深い。東慶早、日東駒専(*2)。今や学歴のシグナリング効果は薄れ、この時代のような受験生のありようは、もはや「歴史」だろう。


知らない人はいないと思うが、一応注釈しておく:

(*1)MARCH(マーチ)→明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学。
(*2)とうけいそう、にっとうこません→東京大学、慶応義塾大学、早稲田大学、日本大学、東洋大学、駒澤大学、専修大学。

ちなみに関西では、関関同立(かんかんどうりつ)→関西大学、関西(かんせい)学院大学、同志社大学、立命館大学。


ツルモク独身寮 (1) (ビッグコミックス)/窪之内 英策

¥509
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高校卒業と同時に住み込みで家具製造の「ツルモク家具」(?)に入社し、そこで繰り広げられるラブコメ・・・だった気がする。こちらも80年代~90年代初頭の空気が感じられるいい「歴史書」だw まあ気軽に読める類の漫画なので、もし漫画喫茶でほかに読むモノがない場合は思い出してみてほしい。
最近本をまったく読んでいない。理由は色々あるが、一つは間違いなくツイッターのせいだ。こいつのせいで確実に毎日2時間は無駄にしている。さらに時間を取られることがもう一つあって、娘がだんだん動き始めてきたことである。はっきり言って集中できない。連れ合いがほとんどの家事と育児をしてくれているので楽は楽だが、それでも離乳食を与えたり、風呂に入れたり、あやしたり、寝かしつけをしたりしているとあっという間に時間が過ぎる。

それなのに空いた時間でビデオなんか観るから寝不足がひどく、電車の中でも本を読む気力が沸いてこない。そんな悪循環を招いたのがこれ「24 - Twenty Four」

24 -TWENTY FOUR- シーズン1 (SEASONSコンパクト・ボックス) [DVD]/キーファー・サザーランド,レスリー・ホープ,エリシャ・カスバート

¥4,990
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現在シーズン3の途中まで観たのだがどれもこれも「トンデモ」な展開で非常に面白い。いや、面白いというよりもむかついて続きが気になるというパターンと言った方がいいか。

続きモノは途中から入ろうとすると、その圧倒的なボリュームにうんざりしてしまうものだが、これはオススメである。食わず嫌いをしているならぜひ夏休みにファーストシーズンだけでも観てみるといいだろう。今ならレンタルビデオ屋でも絶対に欠品がない。他にも「HEROS」とか「Re:GENESIS」、「BONES」なんかも観てみたがやはり「24」が一番面白いと思う。

ジャック・バウアーは「どきどきキャンプ」のモノマネでしか観たことがなかったが、確かにあんな感じだw あとこのCMが面白いのでついでにご紹介。

貧困の克服 ―アジア発展の鍵は何か (集英社新書)/アマルティア・セン

¥672
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来る7月23日、日立製作所のスポンサードによって、アマルティア・セン氏が来日し東京国際フォーラムにて講演されるとのうわさを聞きつけた。これは対談形式で、相手はJICAの理事長でもある緒方貞子氏だという。セン氏は、以前のエントリで書いたように、小島さんの本を読んだときに初めて知った経済学者なのだが、かれはアジア初のノーベル経済学賞を受賞した人物なのだそうだ。Wikipediaによれば御年77歳。こういう歴史的な人物が、ご存命のうちに日本にいらっしゃるというのなら、御高説の良し悪しはわからなくても行くしかあるまい。ということで、平日にも関わらず、午前中休みを取って話を聞きに行くことにした。(ちなみに緒方貞子氏はさらに高齢で、現在82歳。アクティブな方はお年を召されてもなお健在!)

本書はその流れで、セン氏の予習として最適かと思って衝動買いしたのだが、訳者があわないのか、原文が講演の収録だからなのか、いまいちよく理解できなかった。ということで、失礼ながら予習が不十分なままだが、まあわたしはジャーナリストでも記者でもないのでべつにいいのである。野次馬的な根性で御高説を拝聴してこようと思ってます。