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(半角で 6万文字以内という字数制限に達しましたので、こちらのブログ記事に 前回 すなわち 8月29日(木)の「家政婦さんの入院・続報136・中篇・17」のブログの続きを記させて頂きます。前回のブログから 話が 繋 がっておりますので、前回のブログも 御覧頂きますと おわかり頂け易い と存じ上げます)
さて、去る 昨年の12月1日(金)の「家政婦さんの入院・続報96・後編」のブログの上段に、
「(前略)昨日 すなわち 11月30日(木)の『家政婦さんの入院・続報95・後編』のブログの上段に、
『(前略)誠に異例なことに、去る11月28日(火)の午後5時52分、去る11月29日(水)の午前9時23分、同 午前9時24分、同 午前9時29分に2回 そして 同 午前9時51分に、その家政婦さんから 【済みません。】とのことで 電話が入りました。それで、来るべきことになっていた 明日は、【急な用が出来て 出掛けなければならなくなった。】とのことでありました。それで、理解不能なので 訊きましたら、前述致しました 新宿区四谷の利用者のところに 付き添いが必要で 行くことになったとのことでありました。そこで、兎も角、お役に立っているようであることを労いました。但し、誠に遺憾なことに、先約は あらゆることにおいて 大事であり、優先されるべきであるという原則が無視されております。つまり、人間関係の基本的なところであり、ましてや 仕事に関して であります。要するに、当家は 後回しにされているということであります。
すなわち、前日になって 初めて 聞かされたのであります。しかも、ope.(オペ・英語:operation)(手術のことです。以下、ope.と示させて頂きます)が入るとか、緊急性のあるものではないとのことでありました。因みに、ope.が入るということであれば、もっと 以前から分かっている筈であります。
なお、その家政婦さんの来る筈であった日で予定を組んでしまっている訳であります。例えば、ワン ポイントを お伝え申し上げます。つまり、買い物、宅配便の配達 そして 月一回の榊 や 仏花の配達などを 家政婦さんの出勤に合わせて 日程を調整致しております。但し、これらの事例は 調整の ほんの一部のことであります。要するに、既に 一週間の予定を作っております。従って、予定がズレると 遣り直さなければならなくなるのであります。取りも直さず、一例でありますが、上記の宅配便の配達などを 家政婦さんの出勤と重ならないように調整しているのであります。ところが、前日になって 初めて言われたのでは、もはや 遣り直すことは 間に合いません。しかも、来る日を 一日 後に してもらいたいとのことであり、替わりに来る 12月1日(金)は 既に 予定があるのに 重なってしまう ということになります。
その家政婦さんは、所属している家政婦会から 電話で依頼されたときに、その日は 当家に来ることになっている日であると 言うべきであったことを話しました。因みに、その家政婦会は、これ迄 も 再三 当家に来る日を無視してきているのであります。なお、その家政婦さんは 一週間 びっしり 仕事が入っているという訳では ありません。従って、別の日に行くことも出来るのであります。すなわち、家政婦さんの出勤日は、睡眠時間を削って迄 用意して 調整している特別な日なのであります。つまり、これでは 負担が大きくなって 自分で行なった方がいいということになることを伝えました。要するに、身が持たないからであります。
取りも直さず、どんなに努力して お互いに 遣っていきたいと思っても、仕方のないことでありますが、神仏の働きがあって、あるとき 両親と死別しなければならないのと同様に、あるとき いきなり その関係が終わってしまうことがあることを話しました。すなわち、何時迄 この関係が 持つかというとは、分からないことであることを伝えました。そして、これだけは 当方が どんなに努力をしても どうにもならないことを話しました。そうして、はからいがあって 何時か終わってしまうかもしれない と伝えました。勿論、いつかは 一人で あの世に行かなければならないから、必ず 何時かは 別れなければならないことを話しました。どんなに努力しても、人と人との死に別れのようなものであり、だからこそ 毎回 これで最後かもしれないという思いで会っていることを伝えました。因みに、去る10月16日(月)の【茶道】のブログの中段やや上に、
【(前略)茶道の 一期一会の精神は 大切にしたいと思います。(後略)】と記させて頂きました。つまり、何時終わるか分からないので、真剣な気持ちで接していることを話しました。序で乍ら、このことは、去る 9年前の10月8日(水)の【親の受診に付き添っていること・1】のブログ そして 去る 9年前の11月9日(日)の【親の受診に付き添っていること ・2】のブログのそれぞれ 共に中段やや上、更に、去る 8年前の2月23日(月)の【天皇陛下行幸の君恩に浴して】のブログの中段に記させて頂きました 某・ボランティア(英語:volunteer)のサークル(英語:circle)でも言われていることであります。
そして、杜撰の謗りは免れないであろうと思われました。
ならびに、その家政婦さんが 普段 来る時間に 電話をもらったので、以前のように うっかり 出勤日でない日に来てしまって 鍵が掛かっているので、家の中に入れなくて 電話が掛かってきたのかと思ったことを話しました。そして、家の周囲を捜したことを伝えました。但し、間違って来た訳では なかったから よかった と思ったと話しました。すなわち、外で待っているのかと思ったことを伝えました。
そして、この電話が入った 11月29日(水)は来ないことになりました。すなわち、その時間からでありますと、帰りが 遅くなってしまうからと話しました。
および、その家政婦さんに、医療の現場では、症状を訴えることを主訴と言うとのことを伝えました。すなわち、【症状を訴える】という言い方をすることを話しました。
また、華僑は、日本人が とても入って行けないような 東南アジアの貧民街でも 入って行き 商売をすることを伝えました。(後略)』と記させて頂きました。
しかも、その家政婦さんによりますと、到着するなり 自分の目が おかしいとのことでありました。
そのうえ、上記のように 電話が 繋 がらなかったのは 天の摂理が働いたのかもしれないことを伝えました。
更に、その家政婦さんによりますと、自転車に乗っていて 靴の底が ツルツルであり 何度も 滑ったとのことでありました。それで、そのようなときには 靴を脱いででも 気を付けなければならないことを伝えました。
のみならず、去る 一昨年の12月20日(月)の『リハビリテーション(父親)・163・中編・6』のブログの下段に、
『(前略)去る10月5日(火)の【訪問看護(父親)・84・中編・3】のブログの中段やや下に、
【(前略)去る9月3日(金)の〖父親の食事(カレーうどん)、洗濯 そして 入浴・231〗のブログの中段やや下に、
〖(前略)その別の介護福祉士の方(常勤)によりますと、8月が終わった。時間が経つのが 速いとのことでした。 因みに、母校の先輩医師によりますと、時間が経つのが 速いと言っている奴は 真剣に生きていないとの旨でした。(後略)〗と記させて頂きました。そして、その訪問看護師の方も、時間が経つのが 速いとのことでした。それで、上記のように 母校の先輩医師が 〖時間が経つのが 速いと言っている奴は 真剣に生きていない。〗との旨を話していたことを伝えました。但し、お愛想で 〖時間が経つのが 速い。〗と言っている場合もあるから と フォローしておきました。(後略)】と記させて頂きました。すなわち、その母校の先輩医師は、今頃 すなわち 忘年会のときに言うのであります。なお、前述致しましたように、今年も 昨年と同様に、その理学療法士の方によりますと、1年は あっという間とのことでした。それで、上記の話をしました。(後略)』と記させて頂きました。なお、今日から 師走であるという話をしました。すると、今回も その家政婦さんによりますと、時間が経つのが 速いとのことでありました。それで、今回は、その話をしました。すると、その家政婦さんによりますと、『そんなこと』とのことであり 受け入れられない様子でありました。
加うるに、医者は、患者さんの自然治癒力を邪魔して 妨げないように 自然治癒力が発現する手助けをすればいいことを伝えました。すなわち、余計な ope.(オペ・英語:operation)(手術のことです。以下、ope.と示させて頂きます) や 薬物療法を控えると言うことであります。例えば、約半世紀前に NHKで放送されていた内容であります。つまり、登場する整形外科医は 自分の『牛骨の移植』の研究を誇示したいが為に、ope.に臨みます。要するに、短距離選手であった 女子中学生の膝のope.であります。因みに、現在でありましたら、C.T.(英語:Computed Tomography)検査がありますから、ope.をすることはなかったでありましょう。すなわち、そのときは、膝のope.をしてみると、若くして 治癒していたのであります。ところが、その治癒している患部を剥がして、その整形外科医は 『牛骨の移植』を施したのでありました。結果は 失敗であり、その女子中学生の母親は 娘の膝から 悪臭がすると嘆くのであります。そして、その女子中学生は、短距離は 勿論、歩くことも ままならなくなるのであります。これが、上記の余計な ope.ということであります。
おまけに、その家政婦さんによりますと、唇が乾燥するとのことでありました。
ならびに、その家政婦さんに 食事にして下さい と伝えました。 因みに、当方は その家政婦さんが帰ってから 朝御飯であります。なお、当初 朝の内には 用事があり 食べていかないとのことでありました。ところが、上記のハンガーノックの話をしましたら、結局 自分から 食べるとのことでありました。そして、誠に有り難いことに、その家政婦さんによりますと、美味 しいとのことでありました。
家政婦さんが 自ら いいだけ お皿に盛った おかず、味噌汁 と 玄米御飯であります
および、今回も、上記の因果律の話をしました。
また、誠に有り難いことに、その家政婦さんによりますと、母親は几帳面とのことでありました。
しかも、昨日 すなわち 11月30日(木)の『使用済み切手(古切手)を 寄付する 箱』のブログの下段やや上に、
『(前略)誠に遺憾なことに、途中で 金髪に染めた 女子が歩いていました。序で乍ら、うなじのあたりは、黒髪でありました。因みに、誠に遺憾乍ら、日本人の黒髪よりも、欧米人の金髪の方が いいと思っているのでありましょうか。なお、家政婦さんに この話をしましたら、誠に有り難いことに、頷いて 同意してくれました。(後略)』と記させて頂きました。すなわち、家政婦さんも、頷いて 同意してくれました。
そのうえ、去る 4年前の12月19日(木)の『偽警告・続報』のブログの中段やや上に、
『(前略)詐欺に因ませて頂きます。すなわち、去る 一昨年の7月7日(金)の【両親の食事、洗濯 そして 入浴・16】のブログの中段やや下に、
【(前略)この介護福祉士によりますと、オレオレ詐欺は 絶対に赦せない とのことでした。頭がいい人たちなのであろうが、もっと 別の 建設的なことに 頭を使ったらいいのではないか との話になりました。なお、詐欺に因ませて頂きます。すなわち、中学生時代に 同級生との関係で、〖スティング〗(英語:The Sting)という文庫本を購入しました。この〖スティング〗の中で、〖仕事〗と ルビ(英語: ruby:語源は、宝石のルビーとのことです。御承知のように、振り仮名のことです)を振られているのを見て 驚いたことがあります。詐欺を〖仕事〗と考えているということでありますね。この話を この介護福祉士に致しました。序で乍ら、この〖スティング〗は、昭和48年(1973年)に 米国・映画として公開されました。その後 大学・学部生のときに、同期生が、この〖スティング〗の あらすじの話をしていました。(後略)】と記させて頂きました。序で乍ら、今回も、読者の方々の御参考の為に と思い この迷惑メールを晒します。
偽警告の画面
(後略)』と記させて頂きました。すなわち、今回も、もっと 別の 建設的なことに 頭を使ったらいいのではないか との話をしました。
加うるに、去る11月29日(水)の『支那のこと・続報』のブログの下段やや上に、
『(前略)前述の 去る 昨年の11月29日の【支那のこと】のブログを記させて頂きまして、本日で 丁度 丸一年になります。因みに、【歎願。中国共産党(C.C.P.)を終了する】という サイトがあります。なお、400万人以上が署名しています。それで、署名することにしました。序で乍ら、下の画像のように、No. 4,002,971人目でありました。因みに、コメント欄がありましたので、以下のように記しました。(後略)』と記させて頂きました。すなわち、中国共産党(C.C.P.)は終わりにしなければならないことを伝えました。なお、国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)のような サタン(羅語:Satan)(ネガティブ[negative]で 御座いますし、お読み下さっている 方々に影響を お与えすることの無いように、日本語で 綴ることを控えさせて頂きましたが、以前 それではわからない と指摘を頂きましたので、日本語も併記させて頂きます。小さく記させて頂きます。悪魔のことで 御座います。以下、サタンと示させて頂きます)は、人の欲望を知り尽くしていることを話しました。それで、その欲望に 付け込んでくることを伝えました。すなわち、人間の弱いところをついてきます。つまり、お金、地位 や ハニートラップを使ってきます。
そして、現在のハマス・イスラエル戦争のことを話しました。すなわち、イスラエルの首相である アシュケナージ系ユダヤ人(アシュケナジーム)(白系ユダヤ人)である ネタニヤフの言動から 窺えることは、イスラエル と パレスチナ国家の二国家共存に反対しているということであります。これは 国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)の考え そのものであり、イスラエルの安全を不安定にしておくことが 軍産複合体である 戦争勢力の国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)にとって 都合がいいのであります。そして、仮に イランが参戦すれば、第三次世界大戦に拡大する可能性が高いのであります。以上のことを話しましたら、誠に有り難いことに、その家政婦さんも、頷いて 納得してくれました。
おまけに、御承知のように、よみうりランドで ウェルシュ菌による 集団食中毒が発生したことが報道されていました。それで、その家政婦さんは知らなかったので、そのウェルシュ菌のことを説明しました。
更に、上記と同様に その家政婦さんが、当家の庭の 金柑の実を持って帰りました。因みに、前述致しましたように 金柑の実を持って帰るときには 棘に気を付けなければならないので、当方が 金柑の木の枝を持っていました。なお、誠に有り難いことに、当家の庭の 金柑の実は甘いのでありますが、その家政婦さんも、頷いて 同意してくれました。すなわち、『自然でいい。』とのことでありました。なお、去る11月3日(金)の『当家の庭の木の実(金柑)(令和5年)』のブログの下段やや上に、
『(前略)その家政婦さんに、御承知のように、【初物を食べると 七十五日寿命が伸びる】と伝えました。(後略)』と記させて頂きました。そして、今回も、『初物を食べると 七十五日寿命が伸びる』と伝えました。
また、今回は その家政婦さんによりますと、柚子の実も 持って帰るとのことでありました。
家政婦さんが 持ち帰った 当家の庭の金柑の実 そして 柚子の実
それから、毎回 その家政婦さんには、『気を付けて お帰り下さい。因みに、お身體を お大事にして下さい。なお、檀那さんに 宜敷しく お伝え下さい。それから、よい 週末を お過ごし下さい。』と伝えております。そして、今回も 伝えました。
そうして、帰るときに 見送りましたら、その家政婦さんが、自分の自転車の鍵がないとのことでありました。それで、もう1度、家中を捜しました。ところが、その鍵は見付かりませんでした。因みに、その家政婦さんによりますと、自宅には もう一つの鍵があるとのことでありました。そこで、今日は この後 用事がないので、自宅に帰って また 来るとのことでありました。それで、歩いて帰るとのことでありましたが、1時間は掛かるので、電車を使った方がいいと伝えました。すると、その家政婦さんによりますと、足が痛いから そうするとのことでありました。そこで、駅の方角に歩き始めました。なお、下の画像のように、防寒 そして 防風の為に、ハンドル カバーが付いています。因みに、今は亡き 父親も、若い頃に 原動機付自転車(オートバイ)に ハンドル カバーを付けていました。そのことを思い出したことを その家政婦さんに話しました。
その家政婦さんが置いて帰った 自転車
のみならず、かなり 遅くなって すなわち 日没後の午後5時17分に、その家政婦さんから、電話が入りました。それで、今は亡き父親が売ってしまったが、車があれば 自転車ごと 送ることが出来たのにと話しました。すると、遅くなったが、門のところに来ているとのことでありました。そこで、一旦 家に帰れば いろいろと遣るべきことが出て来ることを話しました。そして、一昨日 購入した 蜜柑のことを言及された為、気持ちは 充分に汲ませてもらったので、檀那さんに あげて下さい と伝えました。因みに、上記の 金柑の実は、その都度 収穫しています。それで、その家政婦さんによりますと、収穫して 冷蔵庫に入れないのかとのことでありました。そこで、折角 当家の庭に 生っている 金柑の実なので、纏めて 収穫してしまうことは 勿体ないと思うと伝えました。すると、その家政婦さんによりますと、愛媛の蜜柑は 収穫されているとのことでありました。それで、愛媛から 運んでくるのであれば 仕方がないが、当家の庭に 生っている 実なので、わざわざ 早く 収穫してしまうことは行なわないと話しました。すると、誠に有り難いことに、その家政婦さんによりますと、何もあげないとのことでありました。そして、気を遣わなくていいことを伝えました。当家には 他に誰も居ないから と話しました。すると、その家政婦さんによりますと、気を遣っていないとのことでありました。それから、明日も 仕事があるとのことでありました。そうして、堅物とのことでありました。なお、精神分析の禁欲原則があります。
加うるに、その家政婦さんが、使用した トイレの照明を点けっぱなしにして 帰りました。因みに、前述致しましたように、このようなことが 度々あります。(後略)」と記させて頂きました。
おまけに、去る 昨年の12月7日(木)の「家政婦さんの入院・続報97・中編・18」のブログの中段やや上に、
「(前略)その家政婦さんが、上記のように 自分の自転車の鍵がないとのことでありました。それで、約1週間 捜したけれど、なかったことを伝えました。すると、その家政婦さんによりますと、あったとのことでありました。そこで、鍵を収納する キー ホルダーを用意しました。すると、その家政婦さんによりますと、以前 『ぺこちゃん』のキー ホルダーを貰ったとのことでありました。
用意した キー ホルダー(その家政婦さんによりますと、利用していた キー ホルダーでは ないですか とのことでありました)
しかも、日本有事と北朝鮮の話を前述致しました。因みに、北朝鮮は、上記のように、国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)から ならず者国家 すなわち トラブル メーカーに されていました。ところが、『金 正恩主席は、上記のように プーチン大統領が標榜している 多極化世界に入りました。すなわち、北朝鮮ファーストを目指して、国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)との関係を切ったのであります。なお、前述致しましたように、私たちも 当然のこと乍ら、多極化世界を支持しなければなりません。従って、日本も 考えなければなりませんね。』と前述致しました。
そのうえ、去る10月13日(金)の『国際情勢の考察・続報(中東情勢)』のブログの中段やや上に、
『(前略)ブッシュは 背後に 国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)が居て 支配されているにもかかわらず、北朝鮮のことを 悪の枢軸と呼んでいました。ところが、その割には、中川昭一氏に指摘されたように、北朝鮮に対する制裁は甘かったのであります。 因みに、ブッシュのことは、去る9月11日(月)の【米国 同時多発テロ事件(令和5年)】のブログの中段などに記させて頂きました。(後略)』と記させて頂きました。つまり、北朝鮮は、麻薬、マネー ロンダリング そして 拉致などを 国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)から させられてきました。要するに、北朝鮮が、日本人を 拉致する表向きの理由は 日本語教師を必要としているとのことであります。ところが、1970年代 北朝鮮には 日本語教師は 大勢 居て 必要なかったのであります。すなわち、前述致しました 分断統治法であります。つまり、国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)にとりまして、戦争で 儲ける為には 隣国同士を離間させておく方が都合がいいのであります。その為の拉致であります。従って、日本の警察も動かないのであります。要するに、敢えて 遣らない、遣れなかったのであります。何故ならば、日本の政治家たちが、国際金融資本家たち(左翼系ユダヤ人 そして その影響を受けた資本家たち・共産主義者)に支配されているからであります。なお、上記の 元 ウクライナ大使によりますと、拉致されて 帰国した 5名の日本人は、外務省によりますと 議論が行われ 北朝鮮に返すべきとの話になったとのことであります。ところが、安倍晋三 元 総理は 返すべきではないと主張したとのことであります。序で乍ら、その 元 ウクライナ大使によりますと、その主張がなければ 返されていたかもしれないとのことでありました。(後略)」と記させて頂きました。
ならびに、去る 4年前の8月12日(水)の「高天原山の尾根・日本航空123便(令和2年)」のブログの上段に、
「(前略)去る 昨年の8月12日(月)の『高天原山の尾根(鰻の蒲焼・388[カレーうどん・父親の食事])』のブログの上段に、
『(前略)去る 昨年の8月12日(日)の【高天原山の尾根(父親の食事)】のブログの冒頭に、
【(前略)去る 一昨々年の8月14日(金) の〖高天原山の尾根〗のブログの上段に、
〖(前略)去る8月8日(土)の〔ボランティア・地域医療・その4〕のブログ の上段、そして、去る11月17日(月)の〔黒胡麻〕のブログ の中段に、
〔(前略)去る10月7日(火)の〘ボランティア・地域医療〙のブログ で記させて頂きました地域医療研究会で、学部生の頃から、埼玉県神泉村(当時・無医村)(ここのフィールド[英語:field]は約四半世紀続きました)に伺っておりまして、医師になってからは、9年間伺っておりました。(後略)〕と記させて頂きました。
一昨日、すなわち、8月12日は、昭和60年(1985年)の日本航空123便(ジャンボ・ジェット[英語:Jumbo Jet]旅客機[B747])墜落事故発生から30年になりますね。520人が お亡くなりになられました。亡くなられました方々の御冥福を心より お祈り申し上げさせて頂きます。
前述致しましたように、この昭和60年の夏は、学部生として、埼玉県神泉村に伺っておりました。この神泉村を流れています神流川の上流に向かって、すなわち、神流川に沿って平行して走っています国道462号を西に向かいますと、墜落現場である 群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(通称〔御巣鷹の尾根〕)があります。
毎年、8月12日になりますと、このことを思い出していました。
因みに、神泉村には、城峰神社があります。毎年、神泉村に行きますと、必ずここに参拝していました。社伝によれば、景行天皇の御代、同・天皇の皇子・日本武尊が東征したおり、山頂に矢を納めて 東夷平定を祈願し、大山祇命を祀ったことが開創とされています。そこで、矢納という地名もあります。(後略)〗と記させて頂きました。ならびに、去る 一昨年の8月12日(金)の〖親への買い物・14・前編〗のブログの上段に、
〖(前略)今年で、31年になりました。(後略)〗と記させて頂きました。今年で、33年になりましたね。(後略)】と記させて頂きました。今年で、34年になりましたね。 因みに、この年の 直ぐ 翌月 すなわち 昭和60年(1985年)9月22日に、御承知のように プラザ合意が発表されました。なお、このプラザ合意とは、取り分け、米国の対日貿易赤字が顕著だった為 実質的に 円高ドル安に誘導する内容だったのであります。序で乍ら、このプラザ合意に反対していた 関西の財界大物4名が、その日本航空123便に搭乗していて 亡くなっています。
ときに、このプラザ合意の結果 日本においては 急速な円高によって 円高不況が起きると懸念されましたが、日本銀行は 公定歩合を引き下げずに 5%のまま 据え置きました。因みに、1ドル235円前後で推移していた為替レートは、このプラザ合意の翌日から急落します。すなわち、僅か 一年で 1ドル150円前後になりました。その後、日本銀行が 公定歩合の引き下げに動いたのは、翌 昭和61年(1986年)になってからでありました。この為に、昭和60年(1985年)には 非常に金融引き締め的な経済環境になっていたと推測され、その結果 その後 数年間のインフレ率は 低迷しました。このインフレ率の低迷、そして、公定歩合の引き下げ長期化予想を反映して 名目金利が低下したことが、貨幣錯覚を伴って 不動産 や 株式に対する投機を促し、バブル景気を もたらしたと考えられています。なお、この間、不動産 や 株式の資産価値が、投資により 経済成長を超えるペースで高騰し、実際の経済状況から乖離しました。御承知のように、その様子が 中身のなく 膨らんだ泡(英語:bubble)に似ていることから、【バブル景気・バブル経済】と呼ばれています。序で乍ら、昭和61年(1986年)から始まった 日本のバブル景気ですが、その5年後に バブルが弾け、急速に景気が後退したことを バブル崩壊といいます。因みに、このバブル崩壊の原因は 実体以上に高騰した地価 や 株価を引き下げる為に、日本銀行が 金融引き締め策を行ったこととされていますが、そもそも 上記のプラザ合意が 遠因になっていると思われます。御承知のように、このバブル崩壊の後遺症は とても大きく、また 回復まで 長く掛かったことから、後に【失われた20年】と呼ばれるようになりました。そして、今、失われた 30年になりつつあります。
なお、急激な円高を招いた プラザ合意は、後から見れば 日本経済崩壊の序章でありました。すなわち、このプラザ合意こそが、日本経済史の転換点になりました。このプラザ合意が 【第2の敗戦】と なぞらえる、それ程、日本経済 と 産業界に 大きな影を落とす失政であった とされています。(後略)』と記させて頂きました。本日 すなわち 8月12日は、昭和60年(1985年)の日本航空123便(ジャンボ・ジェット[英語:Jumbo Jet]旅客機[B747])墜落事故発生から35年になりますね。 因みに、今回も、仕事を始める前に ヘルパー(英語:helper)(日本語:家政婦)の前で、一分間の 黙禱を させて頂きました。なお、生還した 客室乗務員が、『日航123便墜落の新事実 目撃証言から真相に迫る』という本を書いています。それで、家政婦によりますと、この著者は 生命を 狙われないのか とのことでした。(後略)」と記させて頂きました。
および、去る 昨年の12月21日(木)の「家政婦さんの入院・続報99・中編・18」のブログの中段やや下に、
「(前略)去る 12月14日(木)の『家政婦さんの入院・続報98・中編・18』のブログの下段やや上に、
『(前略)前述の 去る12月7日(木)の【家政婦さんの入院・続報97・中編・18】のブログの中段に、
【(前略)去る 一昨年の2月8日(月)の〖リハビリテーション(父親)・121・中編・3〗のブログの下段やや上に、
〖(前略)去る 昨年の8月14日(金)の〔父親の食事(カレーうどん)、洗濯 そして 入浴・177〕のブログの中段やや下に、
〔(前略)一昨年 すなわち 8月12日(水)の〘高天原山の尾根・日本航空123便(令和2年)〙のブログの下段に、
〘(前略)本日 すなわち 8月12日は、昭和60年(1985年)の日本航空123便(ジャンボ・ジェット[英語:Jumbo Jet]旅客機[B747])墜落事故発生から35年になりますね。 因みに、今回も、仕事を始める前に ヘルパー(英語:helper)(日本語:家政婦)の前で、一分間の 黙禱を させて頂きました。(後略)〙と記させて頂きました。その介護福祉士の方によりますと、坂本九が亡くなったとのことでした。そして、陰謀があるとのことでした。(後略)〕と記させて頂きました。なお、プラザ合意に反対していた 関西の財界大物4名が、その日本航空123便に搭乗していて 亡くなっていることは 言及致しました。更に、国産O.S.として注目されていた〔TRON(トロン)〕の技術者も亡くなっています。但し、現在では、法律により この日本航空123便の真相を 日本人が 究明することは出来なくなっております。序で乍ら、究明されるとすれば 外国人によることになりますが、利益にならない仕事を行う 外国人が果たして 居るでしょうか。因みに、その理学療法士の方によりますと、闇とのことでした。なお、この、〔闇〕という言葉に因ませて頂きます。すなわち、去る 5年前の1月2日(土)の〔 初詣・お節料理〕のブログの中段やや下に、
〔(前略)食べ終わってからの一言が、〘一寸先は闇〙とのことでした。ここで、〘闇〙という漢字を考えてみました。普通 〘闇〙と云いますと、〖光〗の無い状態と思いますよね。〘闇〙という漢字は、門構えの中に〘音〙が入っています。〘闇〙の語源は、〘音〙が無い状態と考えられるのですね。(後略)〕と記させて頂きました。(後略)〗と記させて頂きました。
また、今年、日航機123便のボイス レコーダー や フライト レコーダーの開示訴訟がありました。ところが、高等裁判所の 2審も 遺族側の請求を棄却しました。すなわち、遺族側は 和解したのだから、開示出来ないというのであります。
しかも、運輸省の事故調査委員会の報告書の別冊によりますと、全方向に 11トンの以上外圧が加わったとあります。すなわち、ミサイルか 機関銃かが 示唆されるとのことでありました。つまり、言い含められてきた 圧力隔壁の破壊では 明らかに ないのであります。なお、以上の 日本航空123便の真相のことを これ迄 も 繰り返し その家政婦さんに話してきました。そして、今回も 以上のことを話しましたら、誠に有り難いことに、その家政婦さんも、頷いて 納得してくれました。
そのうえ、沖縄の海兵隊は 日本を守る為では なくて、日本を占領する為の部隊であります。仮に 日本が 逆らったら、日本を支配する為に 沖縄に置いているのであります。因みに、以前 沖縄の海兵隊を グアムに移動させると発言した 元 総理が居ましたね。なお、某・経済アナリストによりますと、沖縄の海兵隊のことを 上記のように 話したら 降板させられた とのことでありました。
それから、一昨日 すなわち 12月5日(火)の〖弘法大師(陪席)〗のブログの中段やや下に、
〖(前略)その東洋医学外来の室長であり、母校の神経科教室の助教授(当時の名称・現在では、准教授と言われますね)から 当家に電話が入り、 陪席(ゲシュライバー)を行なったことがあります。そのとき、その助教授が、患者さんに 弘法大師を超えなければならない と話していました。すなわち、弘法大師の後世に生きているのであるから ということのようであります。(後略)〗と記させて頂きました。
更に、去る 6年前の11月12日(日)の〖父親の散髪・2(両親の食事)〗のブログの中段に、
〖(前略)(その家政婦さんは、)以前は、文京区に住んでいたそうです。および、お祖父さんのときから 空海を信仰するようになった とのことでした。すなわち、真言宗になった ということですね。(後略)〗と記させて頂きました。すなわち、その真言宗の檀家である家政婦さんに、理趣経の話をしました。つまり、十七清浄句であります。要するに、その十七清浄句の
1に、〖(男女交合の)妙適なる恍惚境も、清浄なる〔ぼさつ〕の境地である。〗とあります。因みに、空海は 若き 修行中、火山の噴火に遭遇したとされています。そのときに、周囲の男女は 不安から お互いに抱き合いました。そして、空海も、女性を抱きました。なお、空海には、このときの体験があります。従って、理趣経を求めに来た 最澄に、このお経を渡すことを拒みます。取りも直さず、この理趣経は、文字だけの解釈では たいへんなことになるということなのであります。すなわち、空海によりますと、文字だけでは 分からないと言います。序で乍ら、真言宗では、不立文字という言葉がありますね。因みに、空海によりますと、曼荼羅は 言葉では説明出来ないとのことであります。なお、男女交合の姿も、曼荼羅になっております。序で乍ら、空海によりますと、文字だけでは 分からず、五感で分からなければならない とのことであります。つまり、上記の空海の体験は、転変地変という 稀有な瞬間であります。それで、一般の人々に 分かりやすい例を示します。要するに、夫婦が 子作りをするときであります。これは、社会的にも 認められております。
取りも直さず、空海は 日本の仏教界では 別格でありますね。因みに、終始 精力旺盛に生き切った人であるような印象を受けます。なお、現在でありますから、理趣経を 誰でも読むことが出来ますね。序で乍ら、天皇やその側近の援助を受けて 天台宗 比叡山延暦寺は 京都の鬼門(北東)を護る 国家鎮護の道場として 次第に栄えるようになりました。ところが、真言宗 高野山延暦寺は 信徒寄進によって 成り立っています。
また、嵯峨天皇は、弟に位を譲って 淳和天皇とし、更に その皇太子であった 自らの子・仁明天皇が即位します。因みに、弘法大師は、血塗られた 血にまみれた 家系を 何とかしようと、嵯峨天皇に 弟に位を譲るように進言したとされています。それで、嵯峨天皇は、上記のように 弟に位を譲ったとされています。なお、嵯峨天皇は、今上陛下の直系祖先であります。序で乍ら、今上陛下は 男子の子供が居ないとはいえ、弟の息子・悠仁親王に 譲りましたね。誠に有り難いことであります。
しかも、去る9月4日(月)の〖輪廻〗のブログの上段に、
〖(前略)去る7月31日(月)の〔式根島(伊豆七島)〕のブログの上段に、
〔(前略)釈尊(お釈迦様の尊称)によりますと この娑婆世界(仏教用語)は 苦であるとのことであり 苦の連続であります(後略)〕と記させて頂きました。 因みに、仏教では、輪廻を 〔苦しみ〕と考えています。なお、輪廻は 自由のない束縛された世界であり、生まれ変わる世界を選択することが出来ません。だから、苦とされているのであります。そして、仏教の究極の目標は、この輪廻の世界から抜け出し 解脱、すなわち、二度と生まれ変わることのない 安らかな境地である 涅槃に到達することでありました。(後略)〗と記させて頂きました。すなわち、浄土教(浄土宗、浄土真宗、時宗 そして 融通念仏宗など)は、極楽浄土に往生することを説く教えであります。すなわち、阿弥陀如来の誓いを信じ、念仏して 死後に極楽浄土に生まれることを願う教えとされています。ところが、真言宗は、この 苦であるとされる 娑婆世界を 密厳国土にすることを目指しているのであります。そして、浄土真宗の親鸞は 肉食を致し 妻帯します。それで、それ迄 の僧侶は 天の上の人と思われていたのでありますが、親鸞は 一般人と同様であり 庶民の親しみを受けるのであります。
しかして、本日 すなわち12月7日(木)の〖夢について・続報220・シンクロニシティ・後編〗のブログの下段に、
〖(前略)昨日 すなわち 12月6日(水)の〔本の進呈・続報118・後編(シンクロニシティ)〕のブログの下段に、
〔(前略)その葉書につきまして 喪中 お見舞いの返信の作業が 加わることになってしまいました。これらの作業が 朝迄 掛かり 更に お昼になりました。すなわち、今回も、寝ないで 作成させて頂き 翌日の 夕方になりました。(後略)〕と記させて頂きました。すなわち、上記のように 返信の作業が 加わることになってしまい、寝ないで 作成させて頂きました。(後略)〗と記させて頂きました。つまり、寝てないので、身体的な面が 低下しております。それで、霊的 そして 精神的な面が上がっておりますので、上記の日航機123便 そして 空海の話をすることが出来たことを その家政婦さんに伝えました。
のみならず、去る 昨年の12月14日(水)の〖赤穂義士(仮名手本忠臣蔵)(令和4年)〗のブログの下段に、
〖(前略)去る 昨年の12月14日(土)の〔赤穂義士(仮名手本忠臣蔵)〕のブログの下段に、
〔(前略)本日も、赤穂義士の 討ち入りの日ですね。なお、家政婦たちにも、この話を このブログのコピーを添えて 伝えました。(後略)〕と記させて頂きました。本日も、赤穂義士の 討ち入りの日ですね。 因みに、インター ネットを見ますと、〔昔は テレビでも 12月になれば 必ず 忠臣蔵の映画が放映され、それを楽しみにしていたのですが、最近はそういうのも無くなってしまい、残念に思っていました。〕という意見がありました。(後略)〗と記させて頂きました。そして、今回も、12月になれば 必ず 忠臣蔵の映画が放映されていたのに、誠に遺憾であるという話をしました。
加うるに、去る 8年前の12月14日(月)の〖赤穂義士〗のブログの上段に、
〖(前略)この福沢諭吉の〔学問のすすめ〕の有名な 冒頭の一節として、〔天は 人の上に人を造らず 人の下に人を造らず〕とあります。中学生の頃、担任から 故事成語を挙げるように言われて この有名な一節を発表したことがあります。但し、この〔学問のすすめ〕には、 楠木 正成 そして 赤穂浪士について 批判的なことも書かれてあります。なお、去る(昨年の)1月30日(金)の〔永代神楽祭〕のブログ の中段やや上に、
〔(前略)日本国民にとりまして、 護るべきものがある場合の価値観が関わって参ります。日本国民が国家を愛して国家を 護るために戦いました。その戦いという行為は、相手があり相対的なものであるから、 各々の立場の異なる人々によって、その価値、もしくは、不価値をいろいろに評価されるけれども、その戦いという相対的行為の奥にあるところの、日本国民が天皇を愛し 大日本帝国を愛したという、その純忠なる愛の価値は相対的価値を超えた絶対的なものでありますから、肉体という相対的存在が滅びても、永遠にその愛の価値が滅びることは無いので 御座います。(後略)〕と記させて頂きました。 各々の立場の異なる人々によって、その価値、もしくは、不価値をいろいろに評価されるのであります。(後略)〗と記させて頂きました。
おまけに、上記の福沢諭吉は 無粋でありますね。因みに、以下の話を致しましたら、その家政婦さんも、頷いて 納得してくれました。すなわち、仮名手本忠臣蔵を観賞した 江戸庶民は 2度 酔ったのであります。つまり、一つ目は、御承知のように 赤穂義士たちが、主君の仇を討つ為に 忠に生きたことであります。そして、二 つ目であります。要するに、吉良上野介は、天皇陛下の勅使に対して ないがしろな接待をするのであります。それで、赤穂藩の家来たちが、勅使接待役を命じられた 主君の浅野内匠頭に 訴えます。そこで、主君の浅野内匠頭も、家来たちの訴えは尤もであると思います。ところが、吉良上野介から 赤穂の田舎大名と思われているので、殿である浅野内匠頭でも 意見出来ません。そこで、浅野内匠頭は、殿中で 刀を抜けば 公儀(幕府)も 事情を聴いてくれると思ったのであります。ところが、浅野内匠頭は、殿中で 刀を抜いたので、即刻 切腹になってしまいます。それで、家来たちは、結果として 自分たちが 主君を追い詰めたのではないかと、いたたまれない気持ちになります。なお、吉良上野介は、天皇陛下の勅使に対する態度でもわかるように 卑劣なのであります。この仇を討った訳でありますから、江戸庶民は 2度 酔ったのであります。序で乍ら、幕府が決めた 規律よりも、主君に対する 忠 や 天皇陛下との君民一体の方が、大きな歴史の流れで見れば 優先されるべきであるかと存じます。
(半角で6万文字以内という字数制限に達しましたので、次のブログ記事に この続きを記させて頂きます。なお、義務教育の方々に 美しい日本語を 正しい読み方で 御覧頂こうと思いまして、当初から 振り仮名を付けております)
本日も、最後 迄 お読み頂き、誠にありがとうございます。唯々感謝。(^-^)