☆☆妊娠治療に用いる薬剤と癌について:ASRM2024 | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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妊娠治療(不妊治療)に用いる薬剤と癌についてのガイドライン最新版がASRM(米国生殖医学会)が発表されましたので、ご紹介いたします。前回のガイドラインは、2016.12.3「☆☆妊娠治療に用いる薬剤と癌について:ASRMガイドライン」でご紹介しました。

 

Fertil Steril 2024; 122: 406(ASRM)doi: 10.1016/j.fertnstert.2024.03.026

要約:不妊治療に用いる薬剤と癌について(エビデンスレベル:A>B>C、推奨度:強>中>弱)

1 不妊治療が卵巣癌と関連していることを示す弱〜中程度の証拠があります。研究間のばらつきを考慮するとリスクを計算することは困難ですが、全体的なリスクは100,000人年あたり約3件程度と考えられます。このリスクは、子宮内膜症、女性不妊、未出産によることを示唆する証拠があります(B、中/弱)。

2 不妊治療、特にART治療が卵巣境界悪性腫瘍のリスクを高めるという弱い証拠があります。このリスクの増加は、不妊症であることや未出産によるものであるという弱い証拠があります(B/C、中/弱)。

3 中〜高品質の4つの研究では不妊治療と乳癌の関連性は示されていません。メタアナリシスでは、クロミフェンの長期使用(10周期以上)に伴う乳癌リスクの上昇が報告されています(B、中/弱)。

4 不妊症であることが子宮体癌のリスクを増加させますが、不妊治療薬は子宮体癌のリスクとは関係ありません。クロミフェン(累積投与量が2,000mg以上、7周期以上)は、子宮体癌リスク増加と関連していますが、薬剤自体の影響ではなく、クロミフェンを必要とする女性の身体的特徴(PCOSなど)によるところが大きいものと考えられます。HMG/FSH製剤と子宮体癌リスクに関する証拠はありません(B、中)。

5 不妊治療薬と甲状腺癌の関連性について、クロミフェン甲状腺癌リスク増加と報告されています(C、弱)。

6 不妊治療による大腸癌リスク増加はありません(B/C、中/弱)。

7 不妊治療薬と非ホジキンリンパ腫のリスクについてはデータ不十分です。

8 不妊治療薬で子宮頸癌リスクが上昇しないことが示されていますが、4つの研究ではリスクが減少することが示されています(B/C、中/弱)。

9 不妊治療薬と悪性黒色腫のリスクについてはデータ不十分です(C、弱)。

 

解説:不妊治療に用いる薬剤で各種癌の頻度が増加するのではなく、不妊症であることや未出産によるあるいは子宮内膜症やPCOSなど元々の基礎疾患によることが言えます。ただし、クロミフェンについては要注意です。2016.12.3「☆☆妊娠治療に用いる薬剤と癌について:ASRMガイドライン」でご紹介した2016年のガイドラインとは概ね同じですが、表現がやや曖昧になっています。

 

妊娠治療による癌のリスクについては、下記の記事を参照してください。

2023.4.12「☆卵巣刺激で乳癌再発リスクは増加しない

2022.11.9「妊娠治療薬による大腸癌のリスク

2022.9.21「Q&A3426 タモキシフェン投与中の卵胞発育

2022.8.30「☆乳癌の女性の卵巣刺激:ランダム化試験

2022.6.13「☆乳癌女性の妊孕性温存における卵巣刺激の是非

2022.4.23「Q&A3275 乳癌術後の胚移植は?

2022.4.9「☆卵巣刺激で乳癌リスクは増加しない その2

2021.12.21「ART治療と乳癌リスク

2021.10.5「☆ピルによる癌のリスクは?

2021.8.3「☆卵巣刺激で乳癌リスクは増加しない

2021.4.18「☆妊娠治療と癌のリスク

2020.1.21「☆乳癌既往のART妊娠による乳癌再発リスクはない

2019.12.30「卵巣刺激によるART治療と卵巣癌のリスク

2016.12.3「☆☆妊娠治療に用いる薬剤と癌について:ASRMガイドライン

2015.8.7「体外受精による出産後の母体の癌のリスク
2015.1.28「妊娠治療薬と境界悪性卵巣腫瘍の関係」
2014.2.25「☆卵巣刺激(排卵誘発)と卵巣癌のリスク」
2013.11.29「☆不妊治療薬で子宮体癌は増加しません」
2013.7.12「☆不妊治療薬と卵巣癌の関係」
2013.4.28「不妊症の方は癌になりやすいか その2」
2013.4.23「不妊症の方は癌になりやすいか その1」