☆卵巣刺激(排卵誘発)と卵巣癌のリスク | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

2013.7.12「☆不妊治療薬と卵巣癌の関係」では、ケースコントロールスタディー(1028名+872名)により、妊娠治療に用いる薬剤が卵巣癌の発生とは関係ないことを示しました。その際に、症例数を増やした大規模な検討が必要ですと締めくくりました。本論文は、後方視的検討により、卵巣刺激(排卵誘発)と卵巣癌リスクには関連がないものの、生涯未妊(一度も妊娠に至らない)の場合にのみクロミフェンによる卵巣癌リスクが増大することを示しています。

Fertil Steril 2013; 100: 1660(米国)
要約:1965~1988年に米国5カ所の施設で不妊症として治療を受けた9825名の女性を対象とし、2010年まで経過を観察し、卵巣癌(85名)と卵巣刺激の関連について後方視的に検討しました。クロミフェン使用もhMG製剤使用も卵巣癌のリスクとの関連を認めませんでした。しかし、クロミフェンを使用した方で最終的に一度も妊娠に至らなかった場合にのみ、卵巣癌のリスクが有意に増加(3.63倍)しました。

解説:「不妊症」「生涯未妊」「遅い閉経」「子宮内膜症」は卵巣癌のリスク因子と考えられています。前3者は排卵回数が多いことを、後1者は悪性化2013.6.8「☆チョコレート嚢腫のある方の注意点」を参照してください)を意味します。卵巣癌は、排卵現象(卵胞破裂)とその傷の修復過程によってDNAダメージが生じるためにできるのではないかと考えられていますので、ピル使用により排卵を抑制すると卵巣癌のリスクが減少します(2013.5.21「ピル(OC)のメリット」を参照してください)。逆に排卵を誘発(促進)すると卵巣癌のリスクが増大するのではないかという考え方もできます。しかし、不妊症治療薬と卵巣癌の関係は賛否両論あってはっきりした見解が得られていません。本論文は、卵巣刺激の薬剤と卵巣癌の関連は否定的ですが、生涯未妊の場合にのみクロミフェンによる卵巣癌リスクが増大することを示しており、薬剤単独の原因ではなく「生涯未妊」という別の因子が大きな意味を持つことを示唆します。妊娠治療を行って、その結果残念ながら妊娠に至らなかった女性では、その後長期に渡り卵巣を注意深く経過観察する必要があると言えます。