体外受精による出産後の母体の癌のリスク | 松林 秀彦 (生殖医療専門医)のブログ

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生殖医療に関する正しい知識を提供します。主に英語の論文をわかりやすく日本語で紹介します。

本論文は、体外受精による出産後の母体の癌のリスクを国家規模の統計で検討したものです。

Hum Reprod 2015; 30: 1952(ノルウェイ)
要約:1984~2010年にノルウェイで出産された方812,986名について(このうち、体外受精による出産は16,525名)、国家の出産統計と疾病統計からその後の母体の癌の発生状況について追跡調査しました。母体が癌になられた方は、体外受精で338名、その他で21,944名でした。体外受精では中枢神経系の癌になるリスクが1.50倍、全ての癌を含んだリスクが1.16倍と有意に高くなりましたが、交絡因子を補正して集計すると、その有意差は消失しました。

解説:女性ホルモンが関与する癌として、乳癌、卵巣癌、子宮体癌の他に、中枢神経系の癌、甲状腺癌、大腸癌、メラノーマ(ほくろの癌)が示唆されています。かつては、妊娠治療に用いる薬剤が、これらの癌の確率を増加させるのではないかとされていました。しかし、最新のメタアナリシスによると、交絡因子を除去して計算したところ、卵巣刺激(排卵誘発剤使用)による卵巣癌、子宮癌のリスクは否定されています。一方、その他の癌については賛否両論があります。妊娠•出産は癌の発生に防御的に働くと考えられており、出産の有無による再検討が望まれます。本論文は、体外受精による出産後の母体の癌のリスクは、交絡因子を除去して計算すると否定的であることを示しています。

ノルウェイを含め北欧諸国では、国民皆保険+マイナンバー制により、全ての国民の出生~疾患情報が一括管理されています。このため国家規模の研究が比較的容易に行なわれ、その成果が新たな情報をもたらしています。これまでにも、国家規模の統計によるさまざまな論文が発表されてきました。癌のリスクについては、長期的な検討が必要ですので、北欧諸国からの今後の発表に期待したいと思います。

妊娠治療による癌のリスクについては、下記の記事も参照してください。
2015.1.28「妊娠治療薬と境界悪性卵巣腫瘍の関係」
2014.2.25「☆卵巣刺激(排卵誘発)と卵巣癌のリスク」
2013.11.29「☆不妊治療薬で子宮体癌は増加しません」
2013.7.12「☆不妊治療薬と卵巣癌の関係」
2013.4.28「不妊症の方は癌になりやすいか その2」
2013.4.23「不妊症の方は癌になりやすいか その1」