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ネパール日記  ママの誕生日パーティ

9月2日

今日は朝と昼はゆっくり過ごすことができた。

なんだかひたすら寝てた気がするなー。

夜はママの誕生日パーティ。

ママ50歳。

私たちもお祝いのカードと日本食を作った。

カードはママの絵と折り紙のコラボ。

日本食はいなり寿司、おにぎり、梅干し、みそ汁。

ネパール式のお祝いは、ごはん→ケーキ→ごはん。

ごはんを2回も食べるそうだ。ムリー。

パーティは親戚の人がたくさん来てちびっこもいた。

2人の5才くらいの男の子と赤ちゃん。

赤ちゃんはバイバイができるくらいになった年頃でとってもかわいい。

2人の男の子はやんちゃ。

ひたすら走り回ってたな。バットマンみたいなお面して。

そんな2人は超エリート学校に行ってるんだそうだ。

雨や停電などのハプニングがあって始まった時間は遅かった。

だけど何よりママが嬉しそうで良かった。

とっても楽しい雰囲気だったな。

私も楽しかった。

今日はクルタのままでバタンキュー。


親戚大集合。


赤ちゃんと男の子。

ネパール日記  カトマンズ観光2日目

9月1日

今日は早起きして、ラジさん、ディパックさん、クマールさん、はまちゃん、かよぽんでお寺と火葬場に行った。

お寺はヒンズー教の人しか入れないとこだったので、私たちは入れなかった。

火葬場に行く途中、黄色い服を着たおばあさんをたくさん見た。

なんだか違和感を感じたのは、こっちに来てからおばあさん集団を見たことがなかったから。

ネパールでは女の人は家の中にいることが多い。

ましてやヒンズー教を心から信じるお年寄りの人はそうなのかもしれない。

あと、ネパールの人の寿命は60才らしい。

だけど、この朝の散歩ではたくさんお年寄りを見た。

火葬場の近くに2つも大きな老人ホームがあったから。

ネパールでは老人ホームに入ることは屈辱らしい。

誰にも面倒を見てもらえない老人が仕方なく来る。

そんな老人ホームが火葬場の近くにある。

なんだか悲しかった。

老人は死を近くに感じずにはいられないだろう。

死体の灰を流す川では子どもたちが無邪気に水遊びをしていた。

そうやっていろいろ考えながら川の脇に目をやると、亡くなったおばあさんが足だけ水につけて置かれていた。

なんだか目が離せなかった。

おばあさんはどんな思いで人生を終えてここで眠っているんだろう。

なんだか涙が溢れそうだった。

おばあさんが安らかに眠れますようにと願いをこめた。

普段亡くなった人を見ない日本人の私だからなんだか戸惑ったのかもしれない。

ヒンズー教は死を身近に感じ、別に何か特別に感じてる人たちじゃない。

亡くなった人の横で普通に遊ぶ子どもたち。

やっぱネパールは全然違うな。

ディパックさんは、神を信仰するのは良いけど、それによって人を差別するのは絶対あってはいけないことだと言う。

ほんとにその通りだ。

ネパールは神を絶対的に信じるお年寄り世代とそうではなくなってきている若者世代とのジェネレーションギャップがとても大きいらしい。

きっとこの何十年でネパールは変わるんだろうなと思った。


火葬場の近くの老人ホーム。


灰を流す川で遊ぶ子どもたち。

そんなことを考えながら家に帰った。

少し休憩して、今度はサンギタたはまちゃん、かよぽんと買い物へ行った。

サンダルを早々と買って、民族衣装のクルタを買いに行った。

クルタの店のお姉さんは今どきな感じ。

だけど、愛想わるい。

後から聞いた話だけど、この店の人に外人だから高くするって言われたらしいけど、サンギタが他の店にもあるからそっちに行くわって言ったら安くしてくれたらしい。

サンギタはかなり頼れる存在だった。

無事3人ともクルタを買うことができて、サンギタが白い塔に連れてってくれた。

カトマンズを一望できるすごいところだった。

思った以上に階段が多くて疲れたけど。

ヒマラヤ山脈もちょっと見れたし良かった。


みんなクルタ姿。下、サンギタ。


白い塔。


ネパール日記 カトマンズ観光

8月31日

ネパールはもう今の時期は肌寒い。

今日の朝の夢でネパールの街でニニョスっ子とまさよちゃんに出会う夢を見た。

ありえないけど、リアルだったな。

今日はたくさんいろんなところに行った日だったな。

久々に観光らしいことを海外でしました。

ラジさんに連れられてカトマンズを歩いた。

道でストライキをしてるとこもあった。

初めて生ストライキを見たな。

アジアの国を歩いてていつも思うのは人は自分の力で生活してるんだということ。

日本だと忙しくて、便利で、きれいで、まわりの生活を見る余裕もないし、見えにくい。

それに比べて、フィリピンやバリ、ネパールは人々の生活がとてもオープンだと思う。

だって、デパートの建設するのに家族ごと住み込みで働いてるんだよ。

建設途中のデパートに洗濯物干してあるんだよ。

ただ、ネパールの人は女の人があまり外に出ないから街は圧倒的に男の人が多い。


お寺観光の途中でラジさんの友だちのハルサさんの家に行った。

ハルサさんとそのお兄さんはとってもそっくり。

お兄さんはお店を経営してるらしくて、お金持ちな感じ。

だけど、とっても気さくで良い人だった。


両サイドハルサさんとお兄さん。

それからラジさんとハルサさんが案内してくれて、お寺まわり観光開始。

広場に行ったらかわいいちびっこがいたから写真撮ったら喜んで近寄ってきた。

とっても人懐っこくて写真喜んで見てた。

それからもずっとついてきて、お兄ちゃんはガイドブック見ながら、ここは○○だよって教えてくれた。

その3人兄妹以外に女の子も1人ついてきた。

私はその子に笑いかけていたんだけど、お兄ちゃんはこっちに近づくなと言わんばかりの表情を女の子にむけてた。

カーストが低いからなのか、知らない子だからなのか分からないけど複雑だった。


兄妹と女の子。

お寺はどこにもふきぬけの広場があって、そこに神様がいた。

ヒンズー教と仏教は結びつきが強いらしくて、いつも仏像があった。

ラジさんもハルサさんもよく知っていていろいろ教えてくれた。

今までストリートの子どもはたくさん見てきたけどネパールにもやっぱりいるんだな。

3人の兄妹のお兄ちゃんも最後は「マネー」って言ってたし、子どもで手をさしだしてくる子は多かった。

足を引きずってる男の子が一生懸命お金がもらえるように交渉してる姿も印象的だった。

子どもだけど自分の力で生きていかなきゃいけない。

お母さんにお金を借りて、生活だって全部両親にたよってる私には想像つかない生活なのかもしれない。

そんなことを考えながらお寺をまわって、階段たくさん上る寺まで来た。

すんごい多い階段で大変かと思ったけど結構楽しく上った。

私はそこが一番気に入った。

なんだかオーラのあるところだった。

たくさんの旗があったんだけど、その旗がなびくと世界が平和になるって言われてるんだって。すてき。

ずっとずっと旗がなびいていてくれればなって思った。


旗。

その後、ハルサさんにお礼の手紙を渡して別れ、ディパックさんの家に帰った。

ディパックさんは目をキラキラさせて村の人の写真を見せてくれた。

支援している村の人たちの教育への意欲が2年前に比べて、強くなっていて感動したらしい。

私も早く村に行ってみたいと思った。

夜はジョーノさんとスレンドラ君とたくさん話ができて良かった。

だけど、お手伝いの女の子となかなか話ができない。

朝・夜は働いてるから邪魔できないし、なにもACTIONできない。

なんか仕事増やしちゃってる…。

明日こそは少しでも話したいな。

ああ、眠い。

明日は6時起きだー。。

今日、チャイを5杯飲みました。

ネパール日記  初日

来月の終わりにネパール報告会をする予定なので、最近ネパールについてよく振り返る。
振り返ると改めてすんごい体験してきたな~って思う。
みんなに知ってもらいたいことてんこ盛りなので、ブログに毎日書いてた日記を載せてきます。
私がネパールで感じたこと丸裸。
良かったらつきあってやってください。

8月30日 ネパール初日!!

朝11:50発のロイヤルネパールで出発。

さすがワースト10に入るだけあって初めから遅れが…。

飛行機にはテレビ画面がないから、ベルトの閉め方や緊急用具の付け方は通路にスチュワーデスさんが並んで実際にやってた。

普段なら適当に見てるところだけど、おもしろくて見入っちゃった。

飛行機は上海経由で1回上海で降りて待機。

飛行機ではひたすら寝てたな。


到着したら急にネパールに来たんだ!!って実感がわいてきた。

空港にディパックさんが迎えにきてくれて、無事目的地ディパックさん家に着いた。

ネパールの街はフィリピンに似てるけど、フィリピンよりごみごみした感じかも。

でも私はこのアジアのガチャガチャした感じが好きだな。

ディパックさんの家でこれからのミーティングをして、ホームステイ先の人たちにも会った。

今村さんとはまちゃんはサンギタさんの家に。

子どもたくさんの大家族で、確か男の子3人、女の子2人にパパとママ。

私とかよぽんはスレンドラくんの家。

スレンドラくんは20才のギタリスト、お姉さんのジョーノさんは27才新婚、ママはサヌさん、あとお手伝いしながら学校に行ってる女の子1人。今日は名前聞けなかったから明日聞こう。

みんな優しそうだけど、部屋が別れてるから仲良くなれるかちと不安。

せっかくのホームステイだから仲良くなりたいな。

ディパックさん家は裕福だと思っていたけど、そうではないみたい。

お父さんが苦労して働いて頑張って学校に行かせてたらしい。

何が裕福でどうだと貧しいのかよく分からなくなってきた。

まあ、これからいろいろ見てたくさん考えてゆこう。


明日はラジさんの案内でカトマンズ観光だ♪

スケジュールが決まってなくて毎日何があるかわからないから楽しみだな。


飛行機から見たネパール。

**絵顔展**関西進出!!



一緒にフィリピンのワークキャンプに参加した友だちが素敵なイベントを関西で主催してくれます★
**以下友だちの文章引用**

6月に関西で「egaoten(絵顔展)」を開催します☆
この展示会は、二年前から始まって、今回で3回目です。
今まで吉祥寺や三軒茶屋と都内で開催していたけれど
もっと色々な地域の人に見てもらいたくて
伝えたり、考えたりって色んなきっかけを発信したくて
今回は、念願の関西進出ですー!!

* * egaoten(絵顔展)* *
2007/6/8(金)~6/10(日)
11:00~21:00(最終日は20:00まで)
at 兵庫県芦屋市 GALLERY R
(JR芦屋駅より徒歩3分)

* photos *
* pictures *
* movie *
* postcard *
* DREAMS *


フィリピンの様々な環境の下で育つこども達(孤児院のこども・盲ろう学校の生徒・ストリートチルドレン・先住民族)の夢の絵を展示したり、そのこども達の写真もたくさん展示します。

また、前回から始まり大好評だった
みやせさちこちゃんが作る映像もまたパワーアップして
一日二回、上映会を行います!!
上映時間 * * 毎日 14:00~  18:00~

アルバムも置くし、
こどもの夢の絵のポストカードも販売するし、
映像流れちゃうし、
写真やかわいい夢の絵がいっぱいの空間です **


この展示会に来たことで、
色んなこと感じて、
自分の中で考えたり整理して、
それをまた自分の環境に持ち帰って、
これからに繋がったり、
周りに何か与えたり、
自分の中のちょっとしたきっかけになったり、
って何でもいいんだけど、
「egaoten」から何かあったかいものが
つながっていけばいいなぁって思います * * *

* * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
東京で行われた絵顔展で私が感じたことをこのブログに書いたので良かったらのぞいてみてください。
http://manyhappychild.ameblo.jp/manyhappychild/entry-10019725974.html

絵顔展を行うSPACE R は、カフェ・雑貨・スタジオが一緒になったお店です。


ランチやドリンクもおいしいし、かわいい雑貨たっくさんだし、ゆったりした雰囲気だし
私の大好きな空間です。

気になる!って方はぜひぜひ足を運んでみてください。
あったかーい気持ちになれること間違いなし。

詳しい内容のお問い合わせは、私かegyaoten@hotmail.co.jpにどうぞ♪

何ができる?


フィリピンの施設にて、赤ちゃんにお乳をあげるチャビイ。

私が3月施設に言った時にチャビイは10匹、トッティは5匹の赤ちゃんを産んでた。
施設中にかわいい子犬がちょこまか。
夕方にお乳をあげてる姿は、名物になってた。

私の家にもまめ太という愛犬のチワワがいる。
まめ太を買った当初は、私が散歩に連れて行ったものの、今となってはお母さんの朝の日課。
さっき聞いたんだけど、私の住んでる町では犬の散歩が禁止になったんだって。
私の住んでる町だけじゃなくて、周りの町も。
それに加えて、公園で子どもたちが野球やサッカーをするのも禁止。
それじゃ、全く公園の意味がない。
公園の近所の人たちから、いろいろ苦情があるかららしいんだけど…

「わんちゃん可愛いですね」
そんな一言から、近所の人同士のつながりができたり
「公園でサッカーしようぜ!!」
そう言って、近所の子ども同士のつながりがあったり

そんなのが私の町ではできなくなっちゃうんだ。

「禁止」するんじゃなくて、もっと他の方法はなかったのかな?
他の方法を考えようとしたのかな?
地域のコミュニティがどんどん薄れていくのを思って、かなしくなった。

そんなことを知った私には何ができるんだろう?
そんなことを知ったみんなは何ができる?

クローバー

今年の春のバリ・フィリピンほんっとに楽しかった。
バリでは、
バリのダイスキな家族に再び会えて
孤児院で新たな友だち増えて
去年ケンカしたヘンドラワンと仲直りして
学校に通ってるサニーやヘンドラワンやサナやウィリーの姿を見れて
シガラジャで私がどうしても会いたかった人たちに再会できて
そして大好きなさやちゃんとバリで過ごせた。

フィリピンでは、
28人のすんごいキャラの濃い素敵なメンバーに出逢えて
大好きなジャイラっ子に再び出会えて
井戸掘りや鶏の収穫やぶたの解体で水や食物の大切さを感じられて
ホストファミリーのうちの子どもはかわいすぎて
おかまもやっぱりかわいくて
ニニョスっこは体全体で再会を喜んでくれて
水が出て感動して
スタッフをしたことでちょっと成長できて
ほんとに充実した3週間だった。

こんな毎日が刺激的で楽しくて笑ってて幸せな時間は海外だから…
って今までは思ってた。
海外に行けば絶対楽しいって。
そりゃ、新鮮で楽しい。

だけどね、今は日本も楽しいよ。
幸せたくさんだよ。

日本に帰って、
家族、友だちが「お帰り」って言ってくれて
居心地のいいカフェでバイトして
会いたい仲間や友だちに会いに行って
久々なたっくさんの友だちから「元気かい?」ってメールが届いて
ごはん食べながらたくさんお喋りして
家に帰ってたくさん寝て

朝目覚めが良くて
天気も良くて
桜がきれいで
お客さんに「ありがとう」って言ってもらえて
おいしいごはんとケーキを食べて
バイト仲間とわいわい喋って
パソコンいじってみんなの近況知って
お風呂でぼーっとして
ふかふかのベットにもぐりこんで
爆睡。

そんな毎日が
あー幸せって思う。

ちっちゃい頃
必死で四葉のクローバー探して見つけた時に
幸せ感じたように
幸せ探せばいい
探してみればたっくさん転がってる

そんな風に感じる今日このごろ。


夢のまた夢


ぶっきらぼうなんだけど、ほんとはとっても優しいジョシュア。


見た目は男の子っぽい感じでかっこいいマリフェ。
さよならパーティの時にはいつも、泣かないでって慰めてくれる優しい子。


とっても人懐っこい笑顔のジンボイ。
最近一気にお兄さんらしくなった。

この3人が空手の大会のため来日。
これは会いに行くしかない!ってことで東京にいってきた。
ACTION の事務所に普通に長袖の服を来て、テレビを見てるジンボイ!

ジャイラに行くたびに何人かの子どもたちが
「僕の夢は日本にいくこと」
って言ってた。
聞くたびに、ジャイラっ子たちにとっては、夢のまた夢なんだろうなって思ってた。
私はフィリピンに行こうと思えば、行ける。
会いたいと思えば、会いに行ける。
ジャイラっ子たちは、日本のみんなに会いたいとどんだけ思っても、待つのみなんだ。
そんな風に考えたらもどかしかった。

だけどね、今ジョシュアとジンボイとマリフェが日本にいるよ。
私がいつも泊めてもらってるお家にいるよ。
はじめちゃんのバイクに得意げにまたがってるよ。
東京のご飯屋さんで食券買うために並んでるよ。
昨日は、ディズニーランドに行ったよ。

なんだか不思議な感じなんだけど、そんな姿を見れるのが嬉しくてしょうがなかった。
いろんな辛い経験もたくさんしてきた3人だけど、信じて頑張れば夢のまた夢も叶うんだって。
きっと彼ら彼女の経験は、他のジャイラっ子以外にも多くのフィリピンの人たちに希望を与えると思う。
そんなことを考えてわくわくしてた。

帰りぎは、
ジョシュアは、ぶっきらぼうだけど優しい笑顔でバイバイ言ってくれた。
マリフェは、ぎゅーーって強く抱きしめてくれた。
ジンボイは、手をつないで出口まで連れてってくれて、最後にほんとに素敵な笑顔で手を振ってくれた。

昨日、バイト先にかわいい外人の女の子がやってきた。
ほんとにかわいい子だったけど、私は心の中で
“ジャイラっ子のほうがずーっとかわいい!”
って親ばかにも似た気持ちで過ごしておりました。

ジャイラに帰ったら、3人はきっとたっくさんの日本での経験をみんなに話すだろう。
それをみんな興味深々に聞いてるんだろう。
その中の子どもたちから、夢のまた夢を叶える子どもがたっくさんでますように☆


約1ヶ月のバリ、フィリピンでの生活が終わった。
たーっくさんの新たな出会い。
たーっくさんの再会。
たーっくさんの別れ。
自分にとって次のステップを踏むための特別な春。

今の自分の考え方や行動力は、2004年春にフィリピンの地を踏んだことから大きく変わった。
初めて貧富の差を目の当たりにした。
初めて孤児院の子どもたちと遊んだ。
初めていろんな場所から集まって、いろんな考えをもったキャンパーと3週間一緒に過ごした。
初めて自分の住んでる環境がどんなに恵まれてるか感じた。
初めて日本以外の国にすごく愛着がわいた。
初めてフィリピンの子どもたちのために何かしたいと思った。
そんな初めてだらけの3週間。

それから3年。
自分のターニングポイントだったフィリピンの地に再び戻った。
キャンプ中、ずっと自分は何が変わったんだろう?って問いかけてた。
だけど、自分が納得するような答えは出てこなかった。
でもね、帰ってきた今それでもいいやって思う。
今分からなくても、
運命の旦那さんを見つけて
かわいくてしょうがない子どもが生まれて
おばあちゃんになって大好きな人たちに囲まれてお茶をすすってる
そんな時に実感するかもだから。

今確実に思う事は、この3年間で出会った何百人をこえる人たちとの出会いが自分にとって一番大きいこと。
みんなと出会ったから今の自分がある。
こんなにも逢いたくてしょうがない人たちが日本中、世界中たくさんいることはほんとに幸せなこと。
別れは寂しくてしょうがないけど、逢えない時間があってこそ相手といる時間をほんとに大切にできる。

私はこれからもたくさんの人に出逢うために行動を起こす。

今までであったみなさま、ほんとにほんとにありがとう。
そして、これからもずーっとよろしくです。
これからの人生も楽しみだな。





会いたい!

明日バリに旅立ちます。
今日、バリでお世話になるファミリーに国際電話。
「nama saya taeko(私はたえこだよ)」
「taeko~!!ゲンキニシテル?」
去年とってもお世話になったホームステイ先のママの声。
一気にテンションと声のトーンが上がった。

先にバリに到着してる友だちからいつも訪問してるバリの子どもたちの様子を聞く。
私が出会ったバリの子どもたちは学校に通う事なく、毎日働いてた。
去年再び出会った彼らの労働条件はさらにひどいものになってた。
そんな彼らの声を聞くのが辛い時もたくさんあった。


ホテルでバリダンスを踊る子どもたち


バリダンスの楽器を演奏する子どもたち


屋台でごはんを売る子どもたち

だけど、今日の友だちの報告はとっても嬉しいものだった。
孤児院の一部の子どもたちではあったけど、学校に通っていること。
そんな彼らの姿を見れたこと。
私も一刻も早く彼らが働く姿ではなく、勉強してる姿を見たいって強く思った。
去年、私たちは何もしてあげられなかったけど、彼らは精一杯頑張っていたんだ。

自分の力で運命を切り開くこと。

信じて頑張れば、できるんだ。